甦る 陽光(ひかり)
その物体が宇宙から飛来してきたのは、今から7000万年以上も前のことだった。
その頃の地球は、後に「白亜紀」と呼ばれる時代で、空を、海を、大地を闊歩していたのは、恐竜という大型爬虫類と、そこから進化した小型のハチュウ人類だった。片方は力を求めて進化し、もう一方は智を求めて進化した。智を得たハチュウ人類は恐竜を使役したが、それでも大地は豊かで、両種は共存共栄、共生することが出来た。
その物体は、海に突っ込んだ。海は悲鳴を上げ、いくつもの島を飲み込んだ。ただちに調査隊が派遣されたが、半ば海底に突き刺さったソレを、引き上げることは出来なかった。損傷箇所から内部に入ることも出来ず、周囲に散らばった破片等を回収するのが精一杯だった。
採集された金属片は地球に存在せず、解析するには、帝国の科学力はまだまだ未熟だった。科学者達は適う限りの資料を作成し、沈没の位置を詳しく記録した。いずれ、恐竜帝国の科学力が、あの物体を解明するに至ることを確信しながら。
地球外建造物--------オーパーツ。
どこから
何のために飛来してきたのだろう。
自分達にとって、地球にとって、
ソレはどんな利益をもたらしてくれるのか。
ハチュウ人の誰もが自分たちの更なる飛躍、繁栄の未来を信じて疑わなかった。
異変は急激に襲ってきた。
強い生命力、再生力を持つハチュウ人は、その永い寿命の間、病気というものに苦しむことはほとんどなかった。それが。
体が溶け出した。
直ちに最高の医療チームが組織され、総力を挙げて研究が始まった。
まず、最初にウィルスが疑われた。病人は隔離され、様々な処置が施されたが、その間も凄まじい勢いで死人は増えていった。必死になって研究を続ける医療チームは、やがてひとつのことに気づいた。
存在するもうひとつの種。恐竜。
彼らには症状がなかった。ウィルスだとしたら何が抗体となっているのか、それとも、他に何かの原因があるのか。
恐竜帝国の総力を結集し、不眠不休の研究が続けられた。
そして、ついにその原因が判明したとき、ハチュウ人はその半数が減っていた。
宇宙線。
地球に降り注ぐ雑多な宇宙線。そのひとつの値が異常に増えていた。
まさか、宇宙線の一種がこんな事態を引き起こすとは。
誰もがまだ半信半疑だったが、防護服を纏った研究員が、高濃度のその宇宙線を満たした部屋に入った途端、あっというまにドロドロと溶け出したのを見たとき。
恐竜帝国に必要なのは、原因解明よりもただ防ぐこと、だった。
どの鉱物、どの金属ならばその悪夢のような宇宙線を防げるのか。恐竜帝国はその持てる力をすべて屈指して開発に心血を注いだ。しかし、その宇宙線は執拗にハチュウ人類を侵した。どんな岩石も合金も、嘲笑うかのように透過した。
素が同じであるはずの恐竜には影響を与えず、なぜ自分達だけがこれほど徹底した悪意を受けるのか。
そう。
それは悪意としか、意志を持っているとしか思えなかった。
やがて、地底の奥底、マグマの中でなら、その宇宙線を防げると解った。そのときはすでにハチュウ人は10分の1に減っていた。
マグマが宇宙線を防ぐとわかっても、超高温、高圧のマグマに耐えられるシェルターがを建設するのは容易ではない。ましてや人手は容赦なく減っていく。ようやくただひとつの巨大シェルター、マシーンランドが完成したとき、 待っていたかのように最大量の宇宙線が地球に降り注いだ。
ひとつの種の終焉。
かろうじてマグマの海に逃げ込んだハチュウ人類は、避難が間に合わなかった同胞と失われた栄華、そしてこれから先の地獄ともいえる現実に、ただきつく唇を噛み締めるだけだった。
生き延びたとはいえ、ハチュウ人すべてへの食料等があるはずはない。生存のための最小限の人員以外は永い眠りについた。
いつか。
いつの日か。
あの灼熱の太陽の下。
濃緑のシダ類蔓延る大地へと。
還るのだ。
永い永い歳月。
生きていることすら不確かに思う永い時間。
その間、地球は氷河期を迎えた。1億500万年もの長きにわたり地球の覇者となっていた恐竜は姿を消し、人類の祖となる哺乳類が現れた。
人類。
その進化は、それまでの地球の種からは想像も付かないほど凄まじい速さだった。発生からわずか200万年も待たず、人類は地球の覇者となった。だが、地球から忘れ去られていたもうひとつの種は、決してかつての願いを捨てることはなかった。地上を監視し、ときには密かに人間社会に紛れ込みつつ、自分達にとって致死の宇宙線を防ぐ方法を研究し続けた。
恐竜帝国に収集されていたあらゆる分野の膨大な資料は、マシーンランドに移る際、そのほとんどを廃棄せざるを得なかったが、厳重に封印されていたひとつの金属片が、その悪魔の宇宙線を完全に遮断することがわかった。しかしそれは、自分たちの記憶にある、どんな物質でもなかった。
付記されていた古い古い記録。かつて地球に飛来した宇宙船とおぼしき建造物。恐竜帝国の科学者たちは、藁にもすがる思いでソレを発見すべく調査を行なった。しかし、記録されているそこは、6500万年も前に氷に閉ざされていた。
南極大陸。
地殻変動により示された場所は失われていた。それでも、探し出す時間が許されていたなら。
死の宇宙線。
地球の覇者となった人類が、「ゲッター線」と名付けたその宇宙線が、爬虫人類が捲土重来を目指して動き出した今になって、多量に降り注ぎ始めた。まるで、地の底からの復活を許さないかのように。
恐竜帝国 帝王ゴールは決断した。これ以上、遅らせることは出来ない。ゲッター線はますます強くなるだろう。地球の空をガスで覆い、ゲッター線を遮断しなければならない。
帝国の科学力を結集し、改良に改良を加え造り上げたマシーンランドと戦闘ロボットメカザウルス。人類等という取るに足りない弱い種族など、一瞬のうちに滅亡させることができるだろう。この地上を制覇したのちに、未知なるオーパーツを探し出し、完全にゲッター線をねじ伏せるのだ。
人類に猛攻をかけたゴールは、卑小な人間が自分達にとって最大の恐怖、ゲッター線を利用できることを知る。自分達にとって死をもたらすソレを、人類は無造作に武器として操った。
最強の攻撃ロボット、ゲッターロボ。最凶の武器ゲッタービーム。
強固な防護に守られたメカザウルスもマシーンランドも、強化されたゲッター線、ゲッタービームの前には為す術も無く苦戦を強いられた。ゴールは戦闘と並行して失われたオーパーツの確保を早急に命じた。ゲッター線に打ち勝つただひとつの可能性を秘めたオーパーツ。一度滅びることを余儀なくされた「種」への、最後の希望、贈り物。
ニューヨークで、ゲッターロボがゲッター炉心を取り出し、攻撃してきたすべてのメカザウルスとマシーンランドを道連れに自爆したとき、閃光に紛れて一機の飛行艇が、海の奥底を猛スピードで移動していた。ゴールの命によって別行動をとっていた残されたハチュウ人たち。ついに探し当てたオーパーツ。巨大宇宙船。
恐竜帝国のバット将軍とガリレイ長官は、ゴールの首をカプセルに入れ再生処置を施す。そして、恐竜帝国再建のため、ひとりの人間に協力を求める。世界征服の甘言と共に。
アルヒ・ズゥ・ランドウ。
自らをサイボーグ化した天才科学者。世界各国から集めた優れた科学者、軍人をロボトミー手術で思いどうりに動かし、数年の歳月をかけてその野心の集約、「ベガゾーン」を完成させる直前。
日本から派遣された研究チームの一員、ゲッターチームの最後のひとり、神 隼人によって、その野望は世界に暴露され、かつ、基地は大きな痛手を受けた。ようやく沈下した基地の最下層で、片目を失い激昂するランドウに、バット将軍派冷ややかに言った。
「ゲッターチームの神隼人を捕らえて拘束しておきながら、命を奪わなかったとはな。」
「人間の間では、奴の評価は低いのかのぅ。」
ガリレイ長官も面白そうに笑う。
「味方の恐ろしさは、あまりわからんものじゃて。」
「相手の能力を一番知っているのは、結局、敵だと言うことだ。」
「ええい、うるさい!!」
不快を顕わに怒鳴るランドウ。
「あやつの力は、このワシも充分に理解しておるわ!だからこそ、あやつを生きたまま味方に引き入れたかったんじゃ!」
ランドウの目的は世界制覇。世界の破壊ではない。
世界を我が物とするには、自分の傍らに控える人材が大きくものをいう。優れた情報処理の才を持ち、細かなところも大意も掴み取り、なによりも、決して裏切らない人間。
裏切らない人間と言うのは、欲を持たない人間ということだ。これはなかなか難しい。才能ある人間は、自分の存在を誇示したがる。優秀な者ほど2番手に甘んじるのは少ない。表面上は従順でも、虎視眈々とトップの座を狙っている。
神 隼人は。
おそらくその才は、現在の地球でも最たるものだろう。IQ300の知能。
知能のみならばランドウも、自分は負けてはいないと思っている。人を虜にするカリスマ性も持っている。だが、隼人の身体能力は世界有数の戦士に等しく、かつその指導力、カリスマ性は、あの若さにしてネーサー基地の実際の指揮を任せられていることからもわかる。
自分も知っている気難しい科学者たちの学会でも、各国の軍人達、政府高官の間でも、彼の評価は高い。目的を達成するための、苛酷、冷酷ともいえる強引さを持ってしても、隼人を悪く言う者はなかった。
欲しかった、神隼人の忠誠が。
諸事全般を完全に掌握し、統括できる才能。
それを得てこそ、ランドウの世界制覇は成し遂げられるのだ。
「で、神隼人の死は確認できたのか?」
バット将軍が尋ねる。
「いや。だが、確実に死んでおるだろう。」
ランドウが残念そうに答える。
「ほう?証拠でも?」
ガリレイ長官が面白そうに聞く。
「あやつは南極の海に飛び込んだ。サイボーグ兵士たちの海上掃射を受けて無事だったとは思えぬ。万一撃たれていなかったとしても、到底、南極の海で生きておれるはずがない。ほんの数分で体が麻痺し、溺れてしまただろう。」
「神隼人は類まれな戦士ではあるが、それよりも指揮官としてこそ、その力を発揮する。たとえ両足両手を失っていたとしても、その能力には差異はない。死亡を確認しない限り油断はできないぞ。」
「もし、海から上がったところで、数歩も行かないうちに凍りつく。あのときはブリザードが吹き荒れておったからな。死体は沈んだか、氷に閉じ込められたか。」
欲しかった、あの青年。
「ふむ。ならば、まあ大丈夫でしょうな。神隼人とて人間だ。」
ガリレイ長官が口角を上げる。
「すぐに基地の再建に取り掛かるぞ。」
「いや、その必要は無い。」
「ああ?」
眉を顰めて聞き返すランドウに
「この地下部だけで充分だ。上はもういらぬ。かえって、ひと目を避けるにもちょうど良い。」
「何を言っておる?」
「太古の宇宙船の修復の目途が立ったということだ。」
バット将軍が可笑しそうに言う。
「宇宙船?あの、海底に突き刺さっていたガラクタが何になるというのだ。今、あんなもんは関係なかろう。」
「どうしてどうして。あれはわれハチュウ人にとって、最高のシェルター、マシーンランドに代わる物じゃ。あれがあれば、わしらは自ら戦いに出れる。おぬしら、人間の手を借りなくともな。」
「なに?!おぬしら、まさか裏切るのか!」
サイボーグ化した強力な腕で、ガリレイ長官の首を掴み、絞めようとしたランドウは、突然苦しそうに身を捩る。
「う、ぐゎー!!」
床に伏し、のた打ち回るランドウ。
「・・ぐ・・ぐ・・・・がはぁ・・・・・・な、なにを・・・」
「この内部を我々ハチュウ人類の生まれ育った空気にしたんじゃよ。人間には、残念ながら猛毒のようだがの。」
いやらしい笑いを浮かべている。
「な、なぜ、今になって・・・・急に裏切る・・・・・まだ、これから・・・・・」
息も絶え絶えに問い詰める。
「おまえがこの基地に人類の最高の頭脳を集めてくれたおかげでな。我々の科学力だけでは理解できなかったオーパーツが利用できるようになった。 なに、解明できなくとも、使えればそれで良い。ここに残されていた科学、エネルギーはゲッター線をもはるかに超える。我らのためのエネルギーじゃ。」
「帝王ゴール様の復活も遠くはない。確かに今、ゲッター線の照射量は増えてきているが、我らハチュウ人類の寿命は永い。大気も自然も、人類が滅びたあとでゆっくり改造しよう。」
嘲笑するバット将軍。
ランドウは最後の力を振り絞って叫んだ。
「・・・・・忘れたか・・・・ゲッター線は進化を促すエネルギーだ・・・・・・ゲッター線に拒まれたお前たちは、排除された種族だ!!」
「違う!」
バット将軍は真っ青になって叫んだ。
「ハチュウ人が排除されるわけはない!ゲッター線は悪意のエネルギーだ、地球は我らハ虫人類のものだ。帝王ゴールに栄光あれ!!」
バット将軍の剣がランドウの首に振り落とされた。
沈黙が場を支配する。
はるか。はるか昔。為す術も無く体の溶け出した同胞たち。生き残ったのはほんのわずかのハチュウ人。
本当に。
我らは地球に見捨てられたのか?
「バット将軍。」
「ゲッター線に対抗できるオーパーツがわれらの手に入った。ゴール様の復活も確実だ。そしてなによりも今の地球にゲッターロボはいない。早乙女研究所は封鎖され、早乙女も軟禁状態だときく。人類は我が手でおのが首を絞めておる。ゲッターパイロットの流竜馬は行方不明、神隼人は死んだ。たとえゲッター線が増加していようとも、天は我らに味方しておる。」
ガリレイ長官の力強い声が、迷いを断ち切る。
「おお。そうでしたな、長官。この地球が再び我等のものとなる日は近い。」
「ゴール様の再生と、新たなメカザウルスの製造に、全力を尽くしましょうぞ。」
☆
8年後。
メカザウルスを始動させた恐竜帝国は、各国のスーパーロボット軍団と対決する。
日本も、神隼人が指揮するネーサー基地より新ロボット、ネオゲッターロボがメカザウルスを迎え撃った。
「やはり生きておったか、神隼人。」
「だが、今度は我らが勝つ。なんせ、アレはゲッターロボではないからの。」
楽しそうにガリレイ長官が笑う。
「早乙女はまだ生きておるのだな。」
地の底を揺るがすような重厚な声が響いた。
「バット将軍。早乙女研究所を襲撃し、早乙女を殺し、不完全なゲッターロボを破壊するのだ。」
「ははっ!帝王ゴールに栄光あれ!」
「待ってたぜ、神さん。」
ネーサー基地のヘリポートに、號が笑いながら立っていた。
「俺は呼んだ覚えはないが。」
不審そうに眉を顰める隼人。
「神さんさ。政府のお偉いさんとの会談のあと、何だか様子がおかしかったからさ。きっと、なにか行動を起こすと思ってね。」
「お前に読まれるようでは、俺も落ちぶれたものだな。」
「違うだろ、神さん。オレのカンがいいんだってこと、褒めてくれよ!」
號を無視するように、さっさとヘリに乗り込む隼人。慌てて追いかけ隣席に座る。
「お前も来るつもりか?」
「降りないよ!」
へへっと笑う號を一瞥し、隼人はエンジンをかける。
「で?どこに行くの?」
「 浅間山。 早乙女研究所だ。」
早乙女研究所は血の匂いが溢れていた。
累々と横たわる警備員の死体。
號はいつも沈着冷静、何事にも動じない隼人が顔色を変えたのを初めて見た。
「あっ、神さん!」
號が慌てて隼人を追う。隼人は一言も発さずに研究所に飛び込むと、上の階へ向かう。研究所内はシンとして、非常灯が頼りない光を浮かべている。エレベーターも使えないため非常階段を駆ける。
『駆け上がるってもんじゃないぜ!』
號はあがる息を必死で抑えながら隼人を追う。階段の手摺に手を掛け、ひとっとびで最上段に着地する。曲がりくねった廊下を疾走するその姿は、號でさえ見失いかねない速さで。
「はぁはぁっ!あの人ってバケモンか?!普段オレみたいに訓練しているわけでもないっていうのに!だいいち、体にガタがきてんだろ、あの人!」
翔が言っていた。隼人は二度とゲッターには乗れない体だと。
『年だって、30近いんだろ?』
「おわっと!!」
隼人を見失い、慌てて走っていた號は、ひとつの部屋の中に隼人を見つけ立ち止まる。
「神さん!!」
そこには恐竜兵士の死体が山積みにされていた。隼人は跪きじっと死体を検分している。
「ここって・・・・・・所長室?」
内部を見回し、おそるおそるつぶやく號に構わず、隼人はつかつかと窓に向かう。
號がちらっと見た死体は、どれも銃弾等の跡はない。首の骨を折られたり、心臓を一突きにされていたり。
『素手?』
首を傾げる號を無視し、隼人は大きく窓を開ける。
「へッ!?」
たった今號の目の前にいたはずの姿はなく。
「ちょ、ちょっと、じょうーだん!ここ最上階!!」
あわてて窓に駆け寄りのぞきこんだ號の見たものは。
すうっ、と無造作に降っていく人間。
「ああー、もう!!」
號も飛び降りる。
ズン、と大地に着地する。
「痛え!!」
さすがに骨を折ることは無いが、痛い。だが文句を言う前に、また隼人が研究所に入っていくのが見えて、すぐさま後を追う。
『今度は地下かよ!!』
地下はもっと凄い有様だった。足の踏み場も無いほどの死体。人間のものはない。すべてハチュウ人だ。
「わっっと!?」
隼人を追っていた號はひとつのドアの前。立ち尽くしている隼人にぶつかりそうになる。
「神さん?」
隼人の目がまっすぐに見詰める部屋の中。覗き込んだ號の前に、道着姿の精悍な男。
「おう、久しぶりだな、隼人。」
ニヤリと笑いかけるその全身からは、歴戦の戦士だけが持つ強靭で、凄烈で、凶暴なオーラが溢れていた。
「なに辛気臭ぇツラしてふてくされてんだよ。」
ニヤニヤとからかう口調の竜馬。
隼人は早乙女博士と真ゲッターロボを動かそうとしている。號は手持ち無沙汰だ。回りには、いまだ片付けられていないハチュウ人の死体。
「全部、素手でやったのか?」
ポツリと呟く號。
「ん?ああ、俺は銃なんか持っちゃいねえからな。」
死体はすべて一撃だった。脳、あるいは心臓を。その正確さと破壊力。
號だって格闘には自信がある。闇プロレスのときだって自分よりでかくてタフな奴らを何十人も叩き伏せてきた。さすがに殺しまではしなかったが。ネオゲッターチームのパイロットとして、ネーサー基地の一員となってからはずいぶん訓練をしてきたし、それなりに実戦も積んできた。今ここにハチュウ人が襲ってきても、充分対応できるほどには、自分は強い。だが、目の前の、これほどまでは。
「あん?殺しがうまいからって、自慢できるモンじゃねぇぜ?」
號の葛藤がわかったかのようにリョウが軽く言った。
『そんなこと、わかってる。」
號はプイッと顔を背ける。
一瞬で敵を殺せる力が羨ましいんじゃない。守れる力が欲しいんだ。
綺麗ごとじゃない。殺さなければ守れないなら、自分は何としてでも敵を殺す。だが、その力が足りなかったら?守りたい人を、仲間を守れなかったら?
10数年前の恐竜帝国との戦いのとき、號の目の前で死んでいった両親を思い出す。
「素手では無理でも、お前にはアレがあるさ。」
竜馬がクイッと指を向ける。
格納庫の中央。
真紅の 真ゲッターロボ。
「え?アンタはアレに乗らないのか?」
號が驚いたように問う。
初代ゲッターパイロット、流竜馬。
伝説となった、地球最強の戦士。
「オレはあれを信用してねえからな。」
精悍な顔に似合わず、すさんだ笑いが浮かんだ。
あのとき。
オレは願った。心底、祈った。
動け!飛べ!武蔵を助けろ!!
ピクリとも動かなかった真ゲッターロボ。
注入された膨大なエネルギーは内部を走らず。
虚無に吸い込まれるように消えた。
スクリーンの向こう、ニューヨークでの武蔵の最後を見たとき、竜馬はゲッターを憎んだ。
「今度は動くかもしれねぇが・・・・・・・オレは乗らん。お前の仲間を呼んである。3人でアレを動かせ。」
「だけど・・・・・・アンタが最強だ。」
「あのときだって、強かったんだけどな。それに、あいつは乗れねえんだろ?」
視線の向こう。忙しくコントロールパネルを操作する隼人。
「お前らはゲッターで戦え。オレはオレでやる。敷島博士がいいもン作ってくれてるらしいしな。」
笑顔。
これから始まる戦いを前にして、過去の重みを引き摺って。
それでも屈託の無い笑顔。
守るために。
「おう、隼人。まだか、さっさとやれよ。」
大股に近づいて何やら話しかけている。まるで空白の時間がなかったかのような2人。
「・・・・・・ちきしょう・・・オレだって・・・・・・」
號は拳を握り締める。
恐竜帝国の総攻撃が始まった。
オーパーツの力で復活した帝王ゴールは、生体と機械の融合した最強のメカザウルスといえた。その力は圧倒的で、真ゲッターを起動させることに成功したゲッターチームも苦戦した。
ゴールと真ゲッターの激しい攻勢の傍らでは、地上攻撃を始めた宇宙船と、それを阻止しようとする竜馬達の戦いが繰り広げられていた。ネオイーグルに乗った竜馬と隼人、敷島博士。敷島が間断なく放つ超振動パルス銃が、ようやく宇宙船のバリアーに穴を開ける。
「よし、今だ!」
隼人がニードル線を避けながら素早く入り込む。
「だけど、こんな馬鹿でかい奴、どこを壊せばいいんだよ。」
次々と襲ってくる兵士たちを倒しながら、リョウはうんざりしたように言う。自己修復機能が働いており、壁を壊したぐらいではどうにもならない 。
「これを使え、リョウ。」
敷島が銃を投げる。
「うん?」
向かってきた敵に引き金を引くリョウ。一瞬、光があふれたと思ったら、見回す限り敵の姿はない。
「ええ?」
戸惑うリョウ。
「細胞破壊光線じゃ。ゲッター線を使用しているので、ワシらには無害じゃ。ハチュウ人だけに効く。この宇宙船は、いま、地球の大気を改造しておる。下手に壊すわけにはいかん。制圧して、機械を止めなければな。」
「えげつねぇ武器。」
あまりの凄まじさについ、憎まれ口を利く。敷島はそれを無視し変わった物を取り出す。
「(いくつ入ってんだ、そのポケット。)何だ、それ?」
「コントロールルーム探知機じゃ。」 くるくると回る小さなアンテナ。
「・・・・・・・・・もう、何も言わねぇぜ・・・・・・」
程なくしてコントロールルームにたどり着く。
「じゃ、オレは邪魔者が入らねえように、大掃除といくか。」
細胞破壊光線。光の届く範囲に居た者は、全員一瞬で消えた。
「・・・・・・・・太陽光線を浴びた吸血鬼って、コンナふうに消えるのかな・・・・・・」
さすがのリョウも、口が重い。殺した、という感じがしない。ただ「消した」。
罪悪感を感じない殺戮が、かえって気分を悪くする。
「以前、ウラン剤に対抗するための中和剤があったじゃろう。アレの応用じゃ。」
「中和剤って、じゃあ、コレは隼人の考案か?!」
頭がカッと燃える。
敵を無差別に、余すことなく殲滅させる武器。
かつて竜馬は隼人を罵った。老人や子供、非戦闘員まで死なせる毒ガス。しかもそれは人類にも建造物にも何の影響もない。ただ、ハチュウ人だけが死んでいく毒ガス。ひとつの種を抹殺させる。それは抵抗も哀願も許さない絶対的な死。
そんなものを、たかが一個の人間が使っても良いものかと。いくら、戦争だからといっても。
結局、それは封印されたが、それを呼び覚ませねばならないほど、隼人は追い詰められていたのか。オレは、それほど隼人を独りにしていたのか。大怪我をして、自分では戦えなくなった隼人。新ロボットを造るのも、パイロットを探すのも、基地を纏め上げるのも、独りで背負ってきた隼人。オレは・・・・・・・逃げた。
激昂した後、不意に言葉を失くし、苦しそうな表情の竜馬に、敷島は、
「・・・・・・・隼人は南極のベガゾーンを脱出するとき、基地の地下、厳重に封鎖された扉の向こうから、とてつもない悪意を感じたと言いおった。恨みや憎しみなどという可愛いものじゃない。人類を抹殺、消滅させんとする強烈な意志じゃ。ランドウ博士はどうやらハチュウ人に利用されたようだが、そのハチュウ人をも利用して人類を消し去ろうという意志。恐竜帝国が手に入れたオーパーツは、ひょっとしたら宇宙の何者かの意志だったのかもしれんて。」 呟くように言った。
「だが、この破壊光線も、元はといえば隼人は環境保全のために考案したものなんじゃ。」
「環境保全?」
「ああ。地球にあふれるゴミ、な。ゴミ処理問題は、人の生活に直接かかわる大きな問題だ。焼却も埋め立ても、環境に与える影響は著しい。隼人はゴミ、廃棄物を安全に、効率よく分解し、かつ、分解時のエネルギーを利用する方法を考えていたんじゃ。ワシがこの分解光線に、ゲッター線を使えば強力な武器になると進めたとき、それはやりたくないと言ったがな。だが、今はとにかく勝つしかない。生き延びるしかな。」
後悔するにも命があればこそ。敷島はそう言って、隼人のほうへ戻って行った。
リョウは、手にした銃を見詰め、敵に向ける。血を吐くような辛い想いを共有するために。
☆
戦いは終わった。
帝王ゴールは今度こそ、完全に消滅した。
1億5000万年の永きに渡り地球に存在していた一つの種の終焉だった。
宇宙船は大気変成装置を停止させた途端、自爆スイッチが入り、リョウ達はかろうじて脱出できた。宇宙船は大気圏まで飛び去り爆発した。宇宙船を調査されたくない、何かのプログラムが発動したのかもしれない。
メカザウルスとの戦いで、原型を留めぬほど破壊された早乙女研究所は封鎖を解かれ、早乙女博士は平和利用と宇宙開発のためのゲッター線研究に取り組むこととなった。
ネーサー基地も宇宙船の攻撃を受け、重要施設がいくつも崩壊したが、こちらも全力で再建されることになった。生き残った所員たちも慌しく動き回った。號たちネオゲッターチームは、当然、ネーサー基地にいるのだが。
問題は。
「神さん!また早乙女研究所に行くのかい!?」
ヘリに乗り込もうとしていた隼人の腕を掴み、噛み付くように號が怒鳴った。
「おととい帰ってきたばかりじゃないか!」
不満を隠そうともしない。
「おい、號。大佐の邪魔をするな!」
慌てて追いかけてきた凱が號を引き離そうとする。
「神さんはネーサーの司令だろ?向こうは早乙女博士にまかせておきなよ!」
凱を振り払いながら號が言い募る。
「あいにく、早乙女のジジィは研究以外はまったく駄目でな。」
ひょこっとヘリから顔を出す竜馬。
「な!いたのかよ!」
途端に険しい顔になる號。
「おう、わざわざオレ様が迎えに来てやったんだ。」
リョウはソレガわかっててニヤニヤしている。
「早乙女研究所がそんなに忙しいんなら、もっと人を雇えばいいじゃないか!」
「ゲッター線研究は最高機密だからな。そう簡単に人を増やせないさ。能力もいる。」
「だったら、あんたがもっと頭使えよ!筋肉ばっかじゃなくてさ!」
「あ゛−?」
一瞬で沸騰する竜馬。
「目上の者に対する礼儀ってやつを、教えてやらんとな。」
指をポキポキ鳴らす。
「早乙女博士をジジィ呼ばわりする人に教えてもらう礼儀なんて、ないよ!」
「このガキー!!」
「う、うわ、やめろ、號!」
あわてて號を止めようとする凱だが、すでに戦闘状態に入った2人を分けることなど到底できなくて。
「あ、大佐。」
ヘリに乗り込む隼人を見て、凱が駆け寄る。
「あの、あれはどうすれば・・・・・・」
指の先で繰り広げられている死闘。
「ほっておけ。」
ひややかに一言。
「え、いや、でも怪我でもしたら・・・・」
「怪我して動けなくなる方が静かでいい。」
これ以上無駄な時間が使えるかとばかりに、隼人は自分でヘリを操縦して飛んで行った。
「あらららら・・・・・」 と凱。
「そうだな。號一人でもいいかげん手間をかけさせられるのに、流さんまで絡んできたら、大佐は仕事どころじゃないだろう。」
いつもまにか隣に来ていた翔が、同情するようにつぶやく。
「1号機乗りっていうのは、やっぱ、似るもんなのか。」
「大佐はゲッターに乗れるのは、優秀な奴かバカだって言ってたけど。」
あの2人がどちらなのかは、あえて言わず。
まだ当分続くであろう死闘をそのままに、翔と凱は仕事へと戻った。
ネーサー基地も、いまだ機能の修復は終わっていない。
***
早乙女研究所の再建工事。
設計図を手にしながら、隼人は各現場の監督たちに次々と指示を出す。
ゲッター線エネルギーの威力は凄まじい。果たして人類が利用しても良いものか、と疑問に思うほど。
以前からも、何度もそう思っていたが、今回の戦いでそれは更に強まった。政府はこれほどの力を野放しにも出来ず、研究は一応続けられることに成りはしたが、万一、何かがあったときには速やかに終了、もしくは消滅させなければならない。ゲッター線を消滅させるなど、恐竜帝国の科学力をしても無理だった。人類にそれが出来るとは思えないが、少なくとも、核となるゲッターロボを閉じ込めることだけは出来るかもしれない、いや、やらなければ。生み出した責任において。
そのためにゲッター線研究は早乙女研究所に隔離しておくほうがいい。一度はネーサー基地に移行させることも検討されていたが、それらの事情から、このまま早乙女研究所に留め置かれた。早乙女研究所の地下部は、核弾頭ミサイルが落ちてきても大丈夫な設計だ。・・・・・・・ゲッター線が核以上の脅威だとしても、今の人類にこれを超える防御はない。ゲッター線が人類の脅威になったなら、地下部をすべて特殊コンクリートで埋め尽くし、地中深くに封印する。そのとき、早乙女研究所は、墓標になるだろう・・・・・・
いや。
隼人はゆっくり頭を振る。
人類は、ゲッター線と共存していかなければならない。自分達が滅ぼしたハチュウ人のためにも、大気を守り、大地を枯渇させてはならない。
笑い声が聞こえる。
視線の先にはミチルと元気が早乙女を囲んで笑い合っている。軟禁中は家族といえども、簡単に会うことは出来なかった。幼かった元気は、さぞ淋しい思いをしていただろう。ミチルもいろいろ気苦労したに違いない。
ふと、ミチルが目を合わせる。何か言いたそうなミチルに軽く手を振ると、隼人は次の指示を出すために作業に目を戻す。
だが。
それでも、つい、思ってしまう。
宇宙開発のために研究されていたゲッター線エネルギー。
恐竜帝国が発見した未知の宇宙船。
この二つが、もし、違う形で組まれることができていたなら。
永い時間を過ごせるハチュウ人類
この宇宙のどこかで、
新たな星を得ることもできたかもしれない。
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ゑゐり様 14500番リクエスト。
お題は 「 隼人がカッコよく活躍する話 」 もしくは
「 登場人物が延々と隼人のカッコ良さを噂する話」
はい。申し訳ありません。5月からこっち、ずっと「虚数空間」とやらでリョウばかり書いておりまして、
隼人の出番はちょこっとでした。「隼人至上主義」 看板に偽りあり、ですね。
(出ずっぱりのリョウが恵まれていたかは別としまして。くすくす。)
今回は、敵にも褒めていただきました。ランドウ博士、敷島博士と両翼で好きです。くふふ。
ネーサー基地の終了話にしましたので、ちょっと「褒め」が少なかったかもしれません。
ええ、胸焼けするほど褒める予定だったのですが。でも、次回からもいっぱい褒めますから!!
(2007.9.7 かるら)