青き星にて    6








           その人を

           知ると同時に




                         囚われた。 












 山咲の両親は二人とも優秀な技師だった。選ばれて「月開発」に携わることになったのは、一人娘の玲未(れみ)が10歳のときだった。すでにかなりの設備が整い、大勢の人間が働いている月面基地は子供の数も多く、教育環境としても申し分のない配慮が為されていた。
 月から仰ぎ見る地球は青く輝き、その比類ない美しさに人々は、地球の一員であることを誇りに思うのだった。
 そう、人類は新たに発見された究極エネルギー、ゲッター線のよって宇宙への切符を手に入れたばかりか、誰一人予想だにしなかった、未曾有の危機であったはずの恐竜帝国との戦いにおいても勝利を得た。
 誰もが輝かしい未来が開けていると、疑いもしなかった。


      インベーダーが現れるまで。




 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 月で繰り広げられている惨状は、そんな一言で済まされるようなそんな生易しいものではなかった。自分に襲い掛かって来る者は、つい先程まで笑いあっていた仲間だった。・・・・・自分を庇ってインベーダーに身を挺してくれた、父母や恋人だった。

 「逃げるのよ、玲未!!」
 母が銃を撃ち続けながら背を押す。何発もの弾を受けながら襲い掛かってくるのは・・・・・・・・父だ。インベーダーと化した仲間達から母と玲未を守って、慣れない銃を撃ち続けていた父が、今、その身をインベーダーに喰われて二人に襲い掛かってくる。
 「早く格納庫へ!外へ逃げるのよ!!」
 弾を撃ちつくした銃を投げ捨てて母が叫ぶ。
 「あっ!」
 足を縺れさせて転ぶ。
 「玲未!!」
 飛び掛ってきた父の前に母が両手を広げて立ちはだかる。
 「早く、早く行きなさい。あのドアに、急いで!!」
 足が動かない。ガタガタと全身が震える。
 目の前で黒いドロドロした塊が母を包む。
 「おかあさん、おかあさん!!」
 血を吐かんばかりの叫びの中、母はゆっくり変質する。
 再び目が合ったとき、ソレは手を差し伸べて呟く。
 「・・・・・・・・逃げろといったのに・・・・・遅かったわね・・・・・・一緒に行きましょう・・・・・・」
 「・・・・・ヤダ・・・・・・・おかあさん、イヤダ・・・・・・」
 流れる涙をぬぐうことも忘れ、じりじりと後ずさる。
 「どうしたの、おかあさんよ。こっちにいらっしゃい・・・・」
 玲未はイヤイヤと首を振る。これは母だけど母じゃない。母は自分に逃げろと言った。だからこの手は掴んではならない。
 「・・・・・・・困ったわね・・・・・おかあさんの言うことを聞かない子は悪い子よ。悪い子は・・・・・・」
 がばぁ!!と黒い塊が通路を塞がんばかりに膨張し、
 「喰われなさい!!」
 取り込まれた父の、母の、その他の者の顔が同時に現れ掴みかかってきた。
 「やぁーー!!」
 思わず目を瞑った玲未に予想された衝撃は来ず。
 「ドゴゥ!」「ドゴゥ!!」 
 あたりを震わす重低音の銃声。
 「ぐわぁ!!」
 その破壊力の凄まじさに、インベーダーは後方に吹っ飛ばされる。
 「ドゴゥ!ドゴゥ!」
 すぐさま元に戻ろうとするインベーダーに、間髪入れず撃ち込まれる弾丸。
 立ち尽くす玲未の横を、すっと長身の影が過ぎる。
 「え?」
 「大丈夫か!?」
 すぐ後ろから声が掛けられ、振り向くと防護服を身に纏った数人が格納庫に通じるドアから走り寄ってきた。
 「助けに来た。ここにいるのは君だけか?怪我はないか?」
 矢継ぎばやに声が掛けられ、ただ呆然と相手を見、そして視線を前に戻す。
 男が。
 長身の男が。
 無造作に銃を撃ちつづける。象撃ちのライフル銃のようにも見える大型の銃を平然と。
 救援に来た誰もが頭から爪先までスッポリと完全防護の服を身に着けているというのに、その男は。
 デスクワークから立ち寄っただけ、というようなスーツのままで。
 大勢の人間を取り込んで膨れ上がったインベーダーを怖れる様子もなく、ただ撃ちつづけていた。
 「・・・・・・た・・たすけて・・・」
 さすがのインベーダーも危険を感じたのか女の顔、玲未の母の顔を浮かべて哀願する。
 「?おかあさん!!」
 玲未は叫ぶと、引き止めようとした隊員の手を振り払って母の元に駆けつけようとする。
 「ドゴゥ!ドゴゥ!!」
 容赦なく放たれる弾に、母の顔が歪む。
 「やめて、やめて!おかあさんを撃たないで!!」
 必死になって止めようとするが、自分よりもはるかに背の高い男の腕には届かない。
 「やめてったら!!おかあさんを撃つな!!」
 泣き叫びながら男の腹と言わず、足と言わず殴りつける。
 それでも男は微動だにせず、ただ銃を撃ち続ける。
 「待ちなさい、君!」
 追いついた隊員が玲未を抱き上げる。その瞬間、玲未は男の腕にしがみつき思いっきり噛み付いた。
 「何をするんだ?!!」
 だが、叫んだのは隊員のほうで。
 噛み付かれた男は目を向けることさえしない。
 その横顔。
 彫刻のような白皙。なによりもその眼。
 インベーダーに向けられたその眼は、すべてを見越すかのように怜悧で透徹で、そしてすべてを断じるかのように冷酷だった。
 玲未が固まっているうちに隊員の一人が慌てて彼女を引き剥がし後方に連れて行こうとした。そのとき。
 泣き落としが効かないと知って、たちまち怒り狂って毒の言葉を吐き散らかしていたインベーダーが、ふたたび母の顔になった。今度は哀願ではなく消え入りそうな笑みを浮かべて。
 「このやろう、まだ懲りずに!」
 憎々しげに銃を構えた隊員を白い手が静かに制する。
 「神さん?」 
 戸惑う隊員を無視し、神と呼ばれた男はじっとインベーダーを見つめた。
 「ありがとう。」
 安堵の声で母は言った。
 「私を殺してくれてありがとう。この手で娘を殺さずに済んだ・・・・・玲未、あなたが大好きよ。いつだってあなたの幸せを願っているわ・・・・・」
 「・・・・おかあさん・・・・・」
 おそるおそる手を差し伸べようとしたとき。
 「連れて行け。」
 冷たい言葉が発せられた。すぐさま隊員は玲未を抱え込むと格納庫に走っていく。
 「待って、待って、おかあさんが!」
 「見るな、破裂する!」
 格納庫に飛び込んだ途端、ドアの向こうで断末魔の叫びとともに黒と赤の血肉が弾けとんだ。

 玲未が12歳のときのことだった。



 月で一番大きなコロニー、第3基地。
 親を失った子供や、怪我人を優先的に地球に帰すための出航準備が急がれていた。
 玲未はひとり壁際に立ち、忙しく動き回る人々を見詰めていた。
 「玲未ちゃん。」
 ひとりの女性隊員が声を掛けてきた。
 「大丈夫よ。地球ではあなたの叔母さんがあなたを待っているわ。」
 母の妹である叔母は、姉夫婦の死を知るとすぐに玲未の保護を引き受けた。叔母の家には仲の良かった年の近いの従姉妹もいる。女性隊員は痛ましそうな目を向けた。目の前で親を殺された、あるいはインベーダーに取り込まれる姿を見た子供たち。皆一様に恐怖に震え、眠りの中でも魘され続けていた。地球に戻っても長く心のケアは必要だろう。
 「・・・・・・わたし、行かない。」
 小さな、それでもはっきりと声がした。
 「え?玲未ちゃん?」
 「叔母さんは優しくて大好きだけど、わたしは地球に帰らない。ここに居る。」
 「何を言っているの。ここは危険なのよ。」目線を合わせながら隊員は言う。
 「危険じゃないわ、あの人がいるもの。」
 「あのひと?」
 「あの人がインベーダーをやっつけてくれるんでしょ。」
 その目に宿る、子供らしからぬ強い光に隊員は言葉を途切らせる。
 と、そのとき。
 「神さん、出航準備が整いました!搭乗を始めます!」
 サッと敬礼した隊員に、隼人は軽く頷く。フロアいっぱいに集まっていた人々は、キビキビした隊員たちの誘導の中、子供も怪我人も次々に船に乗り込んで行く。怯える子供たちを隊員たちは優しく抱きかかえていく。
 玲未の側の女性隊員は、困ったように船と玲未を交互に見る。
 「どうした。何か問題が発生したのか。」
 船に乗り込む人々を見詰めていた隼人が視線を向けた。
 「は、はい。地球に帰りたくないと言って・・・・」
 「地球に身元引受人はあるはずだが。」
 「はい、この子の叔母です。大好きな叔母だと言っているのですが。」
 「わたし、おとうさんとおかあさんを殺したインベーダーがいなくなるまで、地球には帰りません!」
 声を張り上げる少女に
 「復讐したいのか?」
 と隼人は問う。その子供に対すると思えぬ、感情を映さぬ瞳を、玲未は震えを押し殺しながら見返した。
 「いいえ、ただ・・・・・」
 見届けたいと思ったのだ。母は死の間際に元に戻り、優しい言葉をかけてくれた。あの言葉がなかったら、インベーダーだけではなく、助けてくれた隼人や隊員たちまでも憎んだだろう。他の子供たちと同じように、恐怖と苦しみで悪夢に魘され続けただろう。だが玲未は母のおかげで苦しみは苦しみとして、哀しみは哀しみとして受け入れることができた。もしこの先の戦いを見届けることが出来たら、苦しみや哀しみを乗り越えることさえも出来る気がした。そう、この目の前の人の強い光に導かれて。
 「好きにするといい。」
 「!」
 「え?神さん。」
 あわてて女性隊員が問い返す。
 「その子の母親は死ぬ前に自我を取り戻した。その子はそれを見ている。大丈夫だろう。」
 隼人はそう言うと次の指揮に移るべく、さっさと立ち去って行った。
 「じゃあ玲未ちゃん、地球の叔母さんに連絡しておきましょう。しばらくはここで暮らしましょうね。」
 「あの人は・・・・」
 「うん?なあに。」
 「あの人は誰ですか?」
 玲未の目はすでに姿の見えない人物に向けられていた。
 「ああ、あの人は。」
 それでも隊員には誰のことを言っているのかすぐにわかったようだ。
 「玲未ちゃんも知っているんじゃないかしら。早乙女研究所のゲッターチーム。ゲッターパイロットの神隼人さんよ。まだ若いけれど科学者としても軍人としても申し分のない才能の持ち主で、コーウェン博士たちの要請でインベーダー戦の指揮をとっているわ。」
 女性隊員は少し頬を染めた。

 「神、隼人さん・・・・・」
 インベーダーとの熾烈な戦いが続く月面基地で、玲未は護符のようにその名前を繰り返していた。 




 
 やがて月のインベーダーは一掃され、玲未は地球に戻った。叔母は玲未を我が子のように愛し、従姉妹たちも姉妹のように親しんだ。
 平和な地球。月での惨劇はここには伝わらない。だが、地球で起きていた恐竜帝国との戦いも月では遠い出来事だった。玲未は思った。知らないことは決して罪ではない。愚かでもない。すべてを見通し、すべてに対応できるなど、普通の人間には不可能だ。また、求められてもいない。玲未は個人の無力さも正確に知っていた。だから人は。
 出来る範囲で、出来るだけのことをすればいいのだ。少しばかりのことしか出来なくても、それが積み重なれば大きなものとなる。それを纏める力を持つ者さえいれば。 
 玲未の頭の中にはいつもあの姿があった。
 目的を熟慮し指針を定め、どんなことがあっても動ぜず行動する。鋭利で冷酷でそして強靭な精神の持ち主。母の願いを叶えることのできた強さを持った、あの白皙。

 玲未はいずれ早乙女研究所に入ることを切望した。世界でも有名な研究所。そこに入るには並大抵の能力では無理だろう。勉強ばかりでなく、スポーツやボランティアにも力を入れた。そして中学の卒業を前に、次の新たな進路の選択を始めたとき。
 
 早乙女研究所は閉鎖された。
 神隼人の行方は知れず。


 
 何が起きたのかわからない。
 ゲッターロボの合体訓練中、早乙女博士の娘であるミチルが事故死したとだけ伝えられた。その後しばらくして、早乙女博士がなんと、ゲッターチームのパイロット、流竜馬に殺害されたという。竜馬はすぐに逮捕された。その少し前に研究所から神隼人の姿も消えていたらしい。ひょっとしたら、それも竜馬が殺したのではないか?隼人をどうこうできるものなど他にはいない。本気でそう信じている所員も多かった。
 だが、玲未は信じなかった。どこかに隼人はいると。
 それは単なる願望でしかないかもしれないが、玲未は疑わなかった。そして玲未は中学卒業後すぐに軍に入った。理由はただひとつ。
 神隼人は指導者となる人物だ。であれば、自分は科学者・技術者としての道を歩むよりも軍人として進む方がいい。あの人はきっと地球を守るために帰ってくるだろう。そのときに一番近いところで働けるといい。そのときに、どんな指示もこなせるように。





 それから3年後。
 唐突に。
 殺されたはずの早乙女博士が現れ、ゲッターロボ軍団で攻撃してきた。博士が何を画策しているかもわからないまま、軍はあたふたと出動した。だが、せいぜい住民の避難誘導が関の山で。なにがどうなっているかも把握できないまま、国際機密連合からの重陽子爆弾が発射されたことを知る。迎撃もできず、ただただ右往左往する大臣や将軍たち。そしてついに重陽子爆弾は爆発し、全世界はゲッター線に汚染された。収拾のつかないまま、とにかく何かがわからないかと爆心地に派遣された兵士たちは、そこで壊れたゲットマシンとかなりの重傷を負った男を見つけた。
 神隼人。
 病院で目覚めた隼人を詰問する者は誰もなかった。それよりもこれからさきの協力を要請された。ゲッター線汚染で全世界から冷眼視されている日本政府にとって、各国の要人との太いパイプを持っている隼人はなによりも必要だった。隼人は自分については何も話さなかったが、インベーダー対人類の戦いの指揮をとることを承諾した。各国の軍人、政治家たちも、隼人ならばと了承した。
 まだベットから起き上がることの出来ない隼人のところに、軍から副官としてひとりの軍人がが派遣されてきた。

 「山咲と申します。」
 亜麻色の髪の、凛とした眼を持つその女性を暫し見詰め、隼人は言った。
 「月基地にいたな。」
 
 「はい。」

       山咲は感動に震えるばかりだった。








                            ☆




 明日、ゲッターチームは時空の彼方、果てのない戦場へと帰る。もう二度と会うことは叶わないと諦めていた人の元に。 
 こんなチャンスを逃すものか。
 ゲッターチーム4人とも、「時間」が止まっていると言う。もし自分があちらの世界に行っても、自分ひとりが老いさらばえていくだろう。だが構わない。自分が少しでもあの人の役に立つならば側にいたい。年を取り、役に立たなくっても、同じ空間にいられればと願う。あの人が今なにをしているか、そんなことを知るだけでも充分だ。そう思っていたら。
 敷島博士が居るという。しかも、サイボーグもどきのロボットになって。
 なんという幸運。
 時間どころか力まで持つことが出来る。あの人の役に立てるならば、どんな改造も平気だ。あの人はきっと私を帰そうとするが、その命令だけは聞けない。 流さんたちには泣き落しが効く。敷島博士には実験体になるといえばいいだろう。あの博士の扱い方は結構慣れている。
 ふふふ。
 「おい、この大根の種も持っていこうぜ。おでんが食いたい。」
 「大豆を持っていけば枝豆や豆腐が食えるンじゃねえか?」
 リビングではお土産の選定に余念がない。
 「流さん、コーヒーの生豆と数本ですが苗も。」
 山咲は持ってきた苗を差し出す。
 「司令のお好きな銘柄ですわ。向こうで根付くといいのですが。」
 まだ一般には嗜好品は出回っていないが、伝手を持っている山咲には容易だった。
 「あ、サンキュ。あいつの好きなもんも持って帰らないと怒られるからな。」
 「おう。俺たちのばっかじゃ何言われるか。」
 「栽培についてはアムルがいるから大丈夫じゃねえかな。」
 「アムル?」
 ケイが聞く。
 「ああ、アムルタートって言う奴がいてな。植物の生育には凄腕なんだ。」
 「ネオアースの人なの?」
 「うんにゃ。ちょっと変った星の人間だよ。床まで届く銀色の髪で、うん、まあ、美人っていうかな。」
 「用事がない限り、いつもひっそりと隼人の近くにいるな。」
 「仕方ないさ、アムルにとっちゃ、隼人は特別だ。」
 「お、おやじ・・・・」
 ケイは嫌な汗が流れる。ゴウもガイも同じのようだ。口が渇く。
 山咲のこめかみがピクピク動いたような・・・・錯覚か?
 本当に、なんだってこのゲッターチームは鈍感なんだろ。この2ヶ月で学習したはずだろ!?ゴウだって解るようになったっていうのに!
 ケイの殺気に気づいたのか、ようやく弁慶が視線を合わせ・・・・・・・硬直する。
 知るか、親父。あんたらの自業自得だからね。まあ、あっちでもせいぜいドジって八つ当たりされてくれ!
 ケイとゴウとガイはさっさとキッチンに避難しておやつと決め込む。
 


            「向こうでの人間関係を円滑にするために、
            いろいろ教えてくださいな、流さん、巴さん、、車さん。」


         微笑みながらゆっくりと
         ひとりひとりの名を区切って問いかける。
           逃げを許さぬ瞳。    
  

  



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  ゑゐり様18001番リクエスト

     お題は  「 女性と隼人 」

            (ミチルさんでも、山咲さんでも、明日香姉さまでも。)

 ということで、山咲さんです。ちなみに原作(コミック版)での山咲さんは、悪いんですけど書けません。だって、隼人と婚約したにもかかわらず、さっさと死に急ぐなんて。ほかに志願者がいなかったならともかく。隼人が特別と認めたのならなおのこと、どれほど隼人が苦しむか。隼人と共に在る人は、しぶとく生き抜く根性を持った人がいいなぁ、とは私のエゴですが。
 ところで。
山咲さんの名前は、アニメ版からいただきました。私にネーミングセンスはありません。「アムルタート」はゾロアスター教で、「不死」と「植物」を扱う心やさしい天使だそうな。
        (2008.6.1     かるら)