夜想曲
☆
「ねぇ。ハヤト君は、社交ダンス、出来るの?」
早乙女家の居間。
夕食後のなごやかな雰囲気が、一瞬止まった。
にこにこ+興味深々のミチルに、リョウとムサシは思わず距離を取ってしまう。ついこの間の文化祭で、ハヤトの八つ当たりを受けた二人にとって「ハヤトとダンス」は禁句だ。
聞かれたハヤトは無愛想にミチルを見遣るが、ミチルが動じるはずもない。諦めたように一言。
「出来る。」
「「ええっ??!」」
リョウとムサシが信じられないような目をする。
『社交ダンスって、あれだろ?』
『男と女が手取り足取りして踊る・・・・・』
(いや、ムサシ。足は取らないと思う・・・・・・腰だ?)
硬派・軟派という以前に、他人との関わりを最小限に留めているハヤトだ。ダンスであっても、「社交」という言葉は似合わない。それがダンスだぞ、ダンス。体育祭でのあの・・・・・・・ですら、引き攣っていたのに。
不審一杯の顔をしている二人に うんざりしたように、
「姉貴の練習相手、させられた。」
ハヤトの姉 神 明日香。
玲瓏とした美人だ。花に例えるなら「月下美人」。
姿形からすれば、ハヤトと姉弟だと確かに思えるが、性格はまるっきり違う。楚々として優しげで儚げで。まちがってもハヤトみたいに斜に構えたような顔などしない。上品で丁寧な言葉で、しっとりとした声で。
なんであれほど感じの良い人を姉に持ちながら、こんなひねくれた性格に育ったのかなぁ、とリョウは思ったものだが、「そんなの、ハヤトの性格が悪すぎたに決まってるさあ。これ以上矯正できないくらいに。」と、ムサシが簡単に決め付けた。勝手な二人の言をフンと鼻であしらい、
「ま、オレがグレなかったのは、姉さんのおかげだがな。」
姉の影響を否定しないハヤトに、ちょっと人間味を感じて驚いた。だが、これでグレていないというなら、ハヤトがほんとにグレたら・・・・・考えただけでもゾッとした。能力だけはあるからな。テロぐらいやりかねない。(あれ、原作版になるだけか?)
「よかったわ。じゃあハヤト君、今度、私のパートナーになってね。」
マイペースという言葉は、ミチルのためにあるのだろう。
「ええ?」
「な、何でミチルさん、ハヤトとダンスするんだよ?!」
リョウが驚き、ムサシが叫ぶ。
「研究所に資金提供していただいている企業のお付き合いなんだけど、ダンスパーティーがあるの。お父様は絶対嫌だとおっしゃるし、欠席するわけにはいかないから私が出ることになって。でも私、社交ダンスは、ジルバしか知らないのよ。」
困ったように言う。
「そういうダンスパーティーなら、あとブルースとワルツぐらい踊れればいいだろう。2、3曲でいいだろうさ。」
淡々と話す口振りに、
「おい、ハヤト。お前、実際のダンスパーティーにも出たことあるのか?」
「仕方ないだろ。オレは真っ平ご免だが、姉が付き合いで出なきゃならんのもあったからな。」
リョウの言葉に嫌そうに答える。
「でも、ふつう、ダンスパーティーに縁なんてねえよなぁ。」
「あら、ムサシ君。ハヤト君の家は有名な企業よ。独自の通信衛星も飛ばしているし。お付き合いだって、ハンパじゃないわ、ねぇハヤト君。」
「くだらん付き合いばかりだ。」
吐き捨てるように言う。そういえば、ハヤトは親父さんと仲が悪いようだったな。リョウは少し前の事件を思い出す。*注・TV版45話(おい!)
「それじゃハヤト君、練習とパートナー役お願いね。あ、スーツは持ってきていないわよね。」
「家まで行かないとな・・・・・ああ、別荘にも2,3着、置いたままにしてあるな・・・」
社交的ではないにしろ、社交的なことに慣れているハヤトに、リョウもムサシもちょっと驚いていた。
☆ ☆
オートバイを走らせる。
軽井沢のはずれ。幼い頃から何度も訪れた別荘があった。
もともと体の弱かった母親は、ハヤトを生んでからよく体調を崩した。夏の暑さを避け、母と姉、そしてハヤトの3人でここで過ごした。近くに小川が流れ、木々の間から光が溢れ、時間すら止まった空間。
幼いハヤトは、父親に会えないことに特に不満はなかった。ハヤトが生まれる少し前から、会社は急成長し始めた。そのかわり様々な商談や駆け引き、交際で父親は酷く忙しくなった。とても家族を顧みる時間はなかった。姉の明日香はハヤトより5歳上だったから、おぼろげながらもまだ父親のぬくもりを覚えていた。父と母は仲が良かった。父と母と自分の3人で遊園地に行ったこともあるし、公園を散歩したこともある。アルバムの仲で両親と手を繋ぎ、自分はいつも笑っていた。その分、弟が可哀想だった。
弟は、自分と母を見て無邪気に笑う。可愛い弟だった。森の中に溢れる生き物に、楽しそうに優しく笑いかける。昼間は手伝いの人を頼んでいたが、夜は静かな森の中に3人だけだった。閉ざされた世界。だが、満たされた世界で。
オートバイを停める。
別荘は管理人を頼んでいるから、定期的に清掃され、空気も澱んでいない。
ハヤトが小学校に入る前から、母親は床に伏すことが多くなった。救急車を呼ぶこともあり、もう別荘で過ごすことはできなくなった。
夜中、救急車を呼ぶのは姉だった。父親は仕事仕事で国内はおろか、世界中を飛び回っていた。それほど会社が大事なのだろうか。
会社が大きくなるとともに、社員たちの生活を保障するためにますます責任が重くなり、仕事に予断を許さなくなる。ということなど、子供のハヤトに解るはずがない。ただ目の前で苦しんでいる母親をなんとかしてやりたい、でも、自分にはどうすることもできない、という事実だけだった。早く大人になって母親を助けてやりたかった。
苦しさを押し殺しながら自分と姉をやさしくみつめる母の目は、確かにそこに居ないもう一人の姿を探していた。
「どうしてお父さんは来てくれないの?お母さんは待っているのに!!」
睨み付けるようにすがる弟に、明日香は返すことばがない。自分と違って父のぬくもりを知らぬ弟は、ただひたすら父への怒りをぶつける。宥めの言葉は耳に入らない。ハヤトにとって父親は、ただ母親を苦しめる存在でしかないのだ。
明るく無邪気に笑っていた弟は、少しづつ笑みを失っていった。自分が母さんを守るのだとひたすら体を鍛え、勉強に没頭した。同級生と遊ぶこともなく淡々と。
たまに、本当にたまに父親が家に帰ってきても、ほとんど口を利くことはない。父親もかける言葉がみつからなかったのだろう。いつも決まってよそよそしく、「勉強はしているか。」というばかりだった。
それでもまだ、母が生きているうちは良かった。外出できない母のために、四季折々の花や香りを届けたり、誰も来ない運動会も「一等賞の賞状を貰ってくるから。」と笑った。
だが。
ハヤトが中学に入って2ヵ月後。母親は亡くなった。
ちょうどその頃、会社は外国の企業に買収されそうになっていた。大きな利益を上げ始めた会社を乗っ取ろうと、様々な策や妨害が講じられたのだ。
父親は来なかった。
冷たくなっていく母の手を握り締めながら、ハヤトは父を恨んだ。昏い眼だった。
鍵を開け 中に入る。
家を嫌ったハヤトは、中学校の3年間、長期の休みになるとこの別荘に来た。ハヤトが閉じこもるのをおそれた明日香も、出来るだけ共に時間を過ごした。
たとえば冬。
しんしんと降り積もる一面の銀世界。音も色彩もない世界で、暖炉の炎だけが息づく。芳しいコーヒーの香。
ゆれる炎に映える白い肌。湖のように凪いだ瞳。ゆったりと語られるおだやかな声音。
時を止めることも、戻すことも不可能だ。だからこそ。
目の前にあるおだやかな微笑が、ずっと続くことを祈るだけだった。想いを込めて。
そう お互い。
「ハヤト。」
優しい声がかかる。
「姉さん。」
振り向くと、明日香が片手に大きな袋を抱えていた。
「ちょうど良かったわ。2・3日泊まろうと思って。貴方も?」
「いや、俺はちょっと服を取りに来ただけなんだ。」
「服?」
「ああ、スーツを。・・・・・用事があって。」
少し口ごもるハヤトにを悪戯っぽく見遣って、
「ぜひ聞きたいわ、その用事。泊まっていくでしょう?」
「いや、今日は、その・・・・」
「だめよ、この間の母さんの命日の時、貴方、お参りだけで帰ってしまったじゃないの。」
いつも母親の命日には2人で墓参りをして、そのあとこの別荘に泊まるのだが、先回は寮に戻るからと帰っていった。
不審そうな姉に
「俺、今、ゲッターチームにいるんだ。」
少し、はにかんだ様子で、それでも凛とした声で。
弟は告げた。
☆ ☆ ☆
秋はまだ半ばとはいえ夜は冷える。暖炉に放り込まれた2、3本の薪の小さな火があたたかい。
「リョウ君やムサシ君とはうまくいっているみたいね。」
「おせっかいばかり言って来るけど。ま、ちゃんと借りは返してるしな。」
ニヤリと笑う。明日香でさえ久しく見ていない、悪戯っぽい笑みだ。
ハヤトがゲッターチームに入っていると聞いたとき、明日香はひどく驚いた。選ばれたことにではなく、承諾したことに。
幼い頃から母親を守るため、自分に力をつけようと、弟は必死で頑張った。もともとの才能もあったのだろう、中学に入る頃はすでに高校生の学力を持っていた。運動能力も身体能力も、他をはるかに凌駕していた。
中学に入って始めた体操も、このまま続ければ最年少のメダル候補だと騒がれたが、母の死とともにあっさりと止めてしまった。
あふれる力やあり余る才能を持て余すことさえなく、弟は流れる時間をただ見詰めているだけのような気がした。
自分にだけは素直で笑顔を見せる弟。
他人との繋がりを持とうとしないことが気になって、自分の2年先輩である坂崎という男性を紹介した。登山が好きな明るい、健康的な青年だ。始めて会ったとき、ハヤトは一瞬刺すような視線を向けたが、そのあとは年上に対する礼儀をわきまえた態度に接していた。
何度か会ううちに、本格的な登山にも付いていった。帰ってから坂崎は明日香に、驚きのままに伝えた。
「ハヤト君は凄いよ。まだ中学生なのに、俺たち大学生の登山にもついて来れる。体力や持久力も並じゃないし、バランスもいい。本当は途中の山小屋で俺と2人、あとの連中が頂上に行って戻ってくるのを待っていようかと思っていたんだ。男同士、2人でいろいろ話をするのもいいと思ってさ。だけど、見事に登頂を果たしたもんな。しかもまだまだ余力もありそうで。みんな、驚いていたよ。」
ひとしきりハヤトを褒めた後
「本当をいうと、最初にあったとき彼が恐かった。一瞬だったけどね。まるでヘビに睨まれたカエルのような気分になったよ。『コイツは姉にとって善か否か?!』見透かされているようだった。幸い、「良し」とされたようだけど。
まだ子供なのに、あんなにカンが鋭いんじゃ、本人もかえって辛いんじゃないかと気になってね。
でも大丈夫みたいだ。彼はちゃんとコンとロール出来ている。そして、その要は、
姉である君だよ。」
君達2人の間に入るには、俺ももっともっと精進が必要だな、と茶化すように笑った。
ゲッターチームのメンバーは、みんな大事な人を失っている。リョウは妹を、ムサシは父を、ミチルは兄を。そしてハヤトは母を。
哀しみを堪え、せめて他の人々には悲しい思いをさせまいとする、心やさしい若者達が、自分の命を賭けて戦っている。人の命の重みを知るがゆえに。
ハヤトはこんな仲間達に囲まれ、相変わらず斜に構えた態度と口調で過ごしているのだろう。たぶん、自分では気がついてはいないだろうけれど、居心地の良い場所になっているのだ。それが明日香には嬉しかった。大切な弟。
「そういえば、貴方がなぜスーツを取りに来たか、まだ聞いていないわね。」
「・・・・・・・・ミチルさんに、ダンスパーティーのパートナーになってくれって言われたんだ・・・・」
ちょっと俯いて呟く。
「まあ!」
驚きの声を上げる姉に、慌てて、
「博士が出たがらないから代わりに・・・・・仕方ないだろ、リョウやムサシはダンスなんか踊れっこないんだから。」
ムキになっている姿が珍しく、おもわず笑ってしまう。
「別に何も言っていないじゃないの。そんなに焦らないでよ。」
「あせってなんかいないさ!」
プイッと背を向ける弟が、子供の頃の姿と重なって嬉しくなる。からかえるなんて久しぶりだ。
「でもハヤト。貴方もダンスは久しぶりでしょう。うまくお相手できるの?」
父の会社は大企業となって、交際も多彩だ。明日香はまだ大学生だが、それでも時々社交場に出る。何度かハヤトを付き合わせたこともある。父親が出席しないものであれば、ハヤトもしぶしぶ頷いた。会場で2人はかなり目立っていた。良く似た白皙、優雅な物腰、柔らかい笑み。人当たりは良いけれど中には踏み込ませない。さりげなく人をかわす様は、風に似ていると。
・・・・・・・・・リョウやムサシが知ったら、ハヤトに関しては噴出すに違いない。
「ミチルさんは運動神経も良いからな。パーティーまでには慣れると思う。俺は、姉さんみたいな下手っぴいでも、うまくリードできるんだぜ?」
からかわれたお返しに、イヤミたっぷりに笑う。
「まぁ、失礼ね。いいわ、貴方の腕が落ちていないか見てあげる。ミチルさんに恥をかかせたら大変ですもの。」
「姉さん?」
「いい月よ。母さんが好きだった曲を流しましょう。」
広く取られた窓から見える白い月。まわりを蒼い光が取り巻いている。
「・・・・・・・・わかりましたよ、姉上。お心のままに。」
ゆっくり立ち上がる。
「ドレスはあの、青のグラデーションが良いな。姉さんのデザインの中では一番好きだ。夜に溶け込む月の光って感じで。」
「・・・・・・・貴方、いつのまにそんなキザなこと、口にするようになったの?これならミチルさんへのエスコートも心配ないようね。」
すこし呆れて言うと、
「ミチルさんのドレスなら、俺が褒めなくてもリョウやムサシが褒めるさ。特にムサシは知っている言葉、全部並べるだろうな。」
面白そうに言う。
「女の子は、いくら褒められても嬉しいものよ。」
「へぇ。じゃあ今度坂崎さんに会ったら、そう伝えるよ。ノート1冊分の褒め言葉、用意しといた方がいいよって。」
「ハヤト!」
今宵 十六夜
降り注ぐ光を 木々が散らし。
祈りの 舞に似た シルエット
蒼き 森の 夜想曲
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くるつ様 3500番リクエストです。
お題は「ハヤトと明日香のエピソード」
物事に対してすべて斜に構えているのに、姉・明日香に対してだけは素直なハヤト。
「俺がグレなかったのは姉さんのおかげさ。」とはっきり言い切る。
そこには何の飾りも虚栄もない。お互いが相手を大切に想う2人。
もう、大好きですよ、明日香さん。ハヤトの姉にぴったり!(すみません、どうしても私はハヤトが基準になるものですから。)
こんな素敵なお題をいただいて、「私も読みたかったんだ、2人のエピソード。ようし、書くぞ!」と意気込んだまではよかったのですが・・・・あの・・・・・その・・・・
「シスコン、というのではなく、年上の恋人といったような、危うい色気もあるみたいな・・・・」というご意見、まったく同感です。なのに私が書くと、危うさはどこ?色気はどこ? (「アブナサと殺気」は得意なんですが。)
ごめんなさい、くるつ様。こんなものになってしまいましたよ。私の明日香さんへの想いだけ受け取って下さいませ。(汗!)
3000番、3500番と続けてリクエストいただいて、「おや、この調子なら自分でお題考えなくてもいいかも。ラッキー!」な〜んて、あさはかですよね。自分の描写力、過大評価して。
まだ懲りずにお付き合いして下さいませ。 かるら
(2005.9.28)
追記 ミチルさんとのダンスにつきましては、どうぞ、ご自由に創作なされてくださいませ。
そうですね、私の案としましては、ドレスアップしたときメカザウルスが・・・・・・(謝!)