蠢く闇    「0」  










       考えるより先に  手が動いた。
         光が散る瞬間  思ったのは
         頭を駆け巡る数式。 衝突時エネルギーの余剰。
         ああ これならば
             二人に 影響はないだろう。

             俺は  安堵した。


 人が死んでも霊魂は、49日留まるという。どうやら個人差はあるとしても、確かにすぐ消滅するわけではないようだ。
 深閑とした宇宙空間に俺は居た。そこが宇宙空間だと思ったのは、俺が知っている火星や土星や太陽や地球が視野に広がっていたに他ならない。とはいっても。
 別に俺の知らない空間であっても、何ら問題はない。すでに俺は地球に、あいつらに、関与することは出来ないのだから。
 どうすれば意識が消滅するのかわからないが、そう遠いことではないだろう。気にすることではない。
 今の俺に出来ることは、ただ願うだけだ、消え逝くわずかの間でも。
      幸せに。   たとえ、今は嘆いても。
      幸せに。   笑ってほしい、愛する人よ。

   あとは頼んだぞ、弁慶、武蔵、リョ・・・・・・

                  リョウ?




 ザズッ、ザズッと音がする。
 宇宙空間に吸収され同化しかけていた意識を、無理矢理集中させる。すでに肉体を持たぬ身でありながら、凄まじい痛みと吐き気が襲ってきた。とにかく音の発生源、リョウを視る。さっき、何かが引っ掛かった。すでに俺は何も為せないが、消える前に確かめておきたい。
 土を掻いている?
 膝を付き、一心に両手で土を掻いている竜馬。さほど固い土ではなさそうだが、泥だらけの指は爪が割れている。何をしているにせよ道具を、スコップぐらい使えよと回りを見回す。おや?ここはどこだ?
 闇に浮かぶ無数の石碑。
 白い墓標があたりを埋め尽くしている。
 教会の墓地。
 リョウの傍らに無造作にころがっている真新しい石碑に、刻まれた名は「神 隼人」。
 俺の墓か? なにか気になることでもあったのだろうか。柩を掘り起こすほどの。
 だが、こんな夜中におかしな事だ。急ぐのなら、武蔵や弁慶にも手伝わせればいいのに。今にも雨が降り出してきそうな中、一人で、素手で。灯りも持たずに。
 遅まきながら異常に気が付いた。どうした、リョウ。

 雷鳴。
 映し出されたリョウの


         狂気。






 頑丈な鉄格子がはめられたコンクリートの壁。重い扉。清潔なベットとトイレとシャワーを備えているとはいえ、病室と言うより、牢獄と等しい部屋。
 一ヶ月前に暴れて看護人を半死半生にしてから、食事さえもが鉄格子の下に作られた小さな二重扉から差し入れられている。正気を失って暴れる竜馬を取り押さえるのは、弁慶や武蔵でさえ困難だった。医者も検査もカウンセリングも受け付けないリョウ。かろうじて武蔵と弁慶は識別出来るようだが、それでもただただ二人に繰り返すだけだ。
 「隼人を連れてきてくれ。」
 早乙女博士もミチルも、リョウの目には映らない。膝を抱えたままブツブツと呟かれる言葉から知れる。竜馬の中では、二人はすでに死者になっている。本当に死んでしまった隼人の代わりに。
 面会に来た弁慶が溜め息をつき、辛そうに扉を離れる。白い部屋の中で蹲るリョウ。その傍らに立つ隼人。
 『どうしたんだ、リョウ。何故、俺の死を受け入れられない?』
 しゃがみこみ、目線を合わせてリョウに問いかける。だがリョウの眼には何も映らない。狂気が熾き火のように燻ぶっているだけだ。
 『鏡に映ったり、写真に写ってみたり、夢枕に立つにはどうすればいいのかな。』
 生きているときは大抵のことが出来た。「不可能」の文字は「目標」と同義語だった。自分の能力を信じ、自分を無力だと考えたことはなかった。
 だが、今。
 苦しむ竜馬にただの一言さえ伝えることが出来ない。一言を。
 どうしてリョウがこれほどまでに壊れたのかさえわからない。
 合体事故の原因は解析中だが、それでも、俺の死を受け入れることは出来るだろうに。博士や武蔵、弁慶はそうしてくれた。
 ---------ミチルさんも。
 隼人はやりきれなさを払うかのように軽く頭を振り、再び竜馬を覗き込む。
 『なあ、リョウ。正気に戻ってくれ。お前がそんなだから、みんな前に進めない。みんな辛そうな顔で、笑いを忘れてしまったかのようだ。俺はもう、お前たちに何もしてやることが出来ない。だから早く俺を切り捨ててくれ。頼むぜ、リョウ。』
 死者は生者に何も出来ない。思い出が生きていくための支えになれたとしても、生者には生者の手助けが必要なのだ。互いに労わりあい、慰めあい、そして喜びを分かち合って生きていくのだ。
 『リョウ。』
 そっと肩に手を置こうとしたとき、竜馬の瞳が隼人を捉えた。
 『リョウ!?』
 俺がわかるのか!?と問いかけようとしたとき、竜馬から凄まじい殺気が放たれた。
 「殺してやる!!」
 ギラギラと怒りに燃える眼が隼人を貫く。
 「殺してやる、隼人!許さねえ!俺を裏切ったお前を、俺は絶対許さねえ。必ずこの牢獄から出て、地の果てまで追って行く!!」

 咆哮と共に手あたり次第物を投げつけ、壁を殴り続けるリョウの眼は、


        誰をも映していなかった。











 

     
   蠢く闇     「5」







 


 敷島はふと、バズーカーを調整する手を止めた。
 窓の外に広がる無限の宇宙空間。
 カペラ星系に属する太陽系、その第5惑星の衛星に、巨大タンカーを思わせる超巨大飛行艇が鎮座していた。その形容から付けられた名前は。

  クジラ。

 もともとは、人工衛星を保有する日本の一企業が、宇宙ステーションにも、スペースシャトルにもなるものを、と開発していたものだ。企業の名は『神 重工業』 。会長の神大造は、隼人の父だ。
 隼人は早乙女研究所にいた頃、仕事の合間に父親の会社の研究・開発に力を貸していた。ゲッターロボの合体事故で死んだ隼人は、何故か2年後に生き返って(?)しまった。隼人は密かに父と連絡を取り、秘密裡に飛行艇を完成させ譲り受けた。
 事故の前に隼人が個人的に開発していたUFOは、長期旅行を予定していたとはいえ地球を、早乙女研究所をホームベースとしていた。せいぜい、太陽系とその近辺を巡る宇宙船。大がかりな設備を必要とするものではなかった。
 もし、隼人が単に生き返っただけであったなら、なにも地球を離れる必要はなかった。たとえ「脳」からの再生であっても、知られなければいいだけだ。ゲッターチームの神隼人が事故で死んで、遺体は荼毘に臥されたと発表されていたが、実際は仮死状態だったのだ、治療の末やっと目覚めたのだと言えばいい。情報操作はお手の物だ。(おい!)  それに不老不死になったとしても、ひっそりと生きていくことは可能だ。それこそ、たとえば火星に永住してもいい。宇宙の放浪者となるくらいなら、研究所の人間、もしくは早乙女博士やミチルだけに告げて、ミチルも一緒に暮らせばいい。反対する者はいないだろう。その選択は、復活して第一に考えられた。リョウも敷島も、それが一番いいと。
 だが、隼人は首を横に振った。
 細胞が再生し続けることが重要なのではない。隼人は、死んだ「脳」が自らゲッター線エネルギーを取り込んで再生した。理由よりも方法よりも、その事実だけが重要なのだと。



 
 隼人は死ぬ前に、月開発計画の参加要請を受けていたが、それを承諾した理由の一つに早乙女博士から、いや、ゲッター線から距離を取ろうと思ったのだと言う。不思議そうな顔をする竜馬に、隼人は敷島も知らされていなかった計画を話した。
 真ゲッターロボ。
 まだ早乙女の頭の中での構想でしかなかったが、それを聞いた隼人は戦慄した。
 ただでさえ信じられない金属変化を促すエネルギーが、自らの意思でもって増幅するという。早乙女博士はただ科学者として、自分の発見したエネルギーを見極めようと思っているだけなのかもしれないが、それが可能だとしたら恐ろしいことだ。自らの意思とは、何者の意志なのか。
 不確定要素はいらない。人類はまだやっと宇宙に目を向け始めた幼い種族にすぎない。発展のために着実に歩いていくときだ。進化はまだ、早すぎる。
 と、思っていたのに。
 自分はいったい、「何」になってしまったのだろう。
 確かに自分は強く願った。全身全霊をかけ、もう一度だけリョウに会いたいと。
 隼人の死を自分の責任として背負い、精神の均衡を崩してしまった竜馬に、面と向かって言葉を伝えたいと願った。もし、その願いの強さが意志として、「無」から「有」を発生させたのだとしたら、これから先、自分は自分を押さえる自信はない。隼人にとって自分の行動に自信を、責任を持てぬことほど恐ろしいことはない。
 だから地球を離れて。
 自分にとって、何よりもかえがたい、大切な人達。
 ミチルや武蔵や弁慶や。
 彼らになんの影響も与えないようにと願って。

   リョウはいい。もともとお前の馬鹿さ加減からきたことだ。
   ゴウは・・・・・すまんが諦めてくれ。リョウのお馬鹿を責めてくれ。
   敷島博士は・・・・・・・まあ、かまわんでしょう、貴方は。

       深刻に、沈痛に、語り続けられた言葉が、このセリフで締めくくられた。








 15年か。
 敷島は呟いた。

 あれから15年、経ったのだ。



 最初の5年間は木星の第5衛星 カリストにいた。さすがの隼人でも、恒星間航法を手に入れるには時間がかかった。その間、他の三人は眠りにつき、時折目覚めて隼人と過ごした。敷島は研究の相談役でもあったから、かなりの時間を起きていたが、竜馬とゴウ、特にゴウは細胞の急激な成長-----老化に向かう------を阻止するために、ほとんど休眠カプセルから出ることはなかった。
 隼人は恒星間航法の研究と並行して、新しいロボット、ゲッター線エネルギーを使わない変形ロボットの制作にも取り組んだ。もともとは早乙女博士が研究していた新エネルギー、プラズマボムス。このエネルギーの完成前に、より凄まじいエネルギー、ゲッター線が発見されたために忘れられたエネルギー。

 星々を探索するには、やはり空を飛び水に潜り地中を行くロボットは必要だ。どんな凶暴な生物がいないとも限らない。こちらからの攻撃は控えても、防禦力は高くなければならない。そうして新しいロボットが作り上げられた。戦闘用ではないが、もちろんそこは敷島博士のことだ。「攻撃は最大の防禦なり。」がモットーだ。
 起きてきた竜馬が敷島の設計図を見て大喜びして。二人で目を輝かせながらあれこれ付け足して。
 最終的な設計図を見せられた隼人に、「恐竜帝国を探しに行くつもりか!?」と怒鳴られてしまった。

 
 ネオゲッターロボが完成した日、ゴウを目覚めさせた。
 目を丸くして絶句するゴウに、
 「お前のゲッターロボだ。」
 と、竜馬が笑った。



         その日、太陽系を離れた。








 いくつもの星を巡った。
 もういいのではないかと敷島は思う。

 
 ゴウの体は治ったとはいえない。いまだその細胞の成長は著しい。だが、高濃度のゲッター線を照射することによって、細胞が活性化して老いが退けられる。コントロールさえうまくやれば、通常の成長と大して差はないだろう。
 隼人は相変わらず15年前と同じ容貌だが、もともと隼人は老けてみえるし、ミチルさんは年よりもう〜〜んと若く見える、かまわないんじゃねえの?とは、竜馬の言だ。
 リョウは、地球を離れる時、隼人の父・大造にひそかに耳打ちされたらしい。いずれ地球に、いや、ミチルさんのもとに隼人を連れ帰ってほしいと。
 今は自分の運命とやらに混乱しているだろうが、いずれ落ち着いたら、地球を離れたことを後悔するだろう。隼人は頑なだから、君がアレを引き摺って帰って来てくれと。
 隼人は私に似て、生涯ただ一人の女性しか愛せないだろうからと笑った。・・・・・・・・・大造の惚気を聞かされたのか?

 カペラ星系に来たのは3年前だ。地球の太陽によく似た恒星、カペラ。ここに属する種族も地球に似ていた。こちらのほうが地球よりも進んだ文化で、それぞれの惑星を行き来していた。その分、宇宙海賊なる無法者もいて。ひょんなことから海賊退治に携わったゲッターチームは、銀河パトロール隊の尊敬と友情を得ていた。
 隼人はゲッター線の「何か」を気にしていたが、宇宙の広さを知った今、自分の悩みの小ささを感じたのではないか?ゲッター線は単なるエネルギーにすぎない。見知らぬ宇宙で命をかけて平和を守ろうとするなら、自分の愛する人のいる地球を守る方がいいではないか。もしくはここに愛する人を連れてきてもいい。
 宇宙は広い。そして地球も宇宙の一部だ。



       帰ろうかのう。地球に。
       早乙女研究所に。

        われらの    



               還る場所に。 
    









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      ゑゐり様   21000番リクエスト

         お題は    「 リョウと隼人の宇宙旅行 」


   え?これのどこが宇宙旅行??
   いや〜〜、宇宙ってどんなんでしょうねえ。異星人って、人類タイプにしていいのかしら。
   宇宙の自然ってどんなふうなんでしょ。そう考えてたらあっという間に3ヶ月過ぎましたわ。
   さすがにこれ以上更新ないのも辛くて。
   宇宙旅行のエピソードは、拍手お礼でちょこちょこ書こうかな〜〜と。
    ゑゐり様には後ほどお詫びに行きます!!
   あ、「蠢く闇」はこれで終了です。やっとハッピーエンドですもん!


            (2009.2.22     かるら)