蠢(うごめ)く闇
激しい雨が教会を叩く。
雷鳴。
「ヒッ!!」
真っ青になって息を呑む元気の怯えた目。
「元気!?」
立ち上がり、側に寄ろうとすると、元気は震えたまま後退りする。受け止める弁慶。
「リョウ?」
弁慶が、リョウの顔から視線を下ろす。
「え?」
自分の手元に目を遣り、足元を見るリョウ。そこには。
「ち、違う!俺じゃない、俺は何もしていない!!!」
雷鳴。
☆
白い部屋。鉄格子の窓。
壁を壊さんばかりにリョウは叩き続けた。
「出せ!俺をここから出せ!!」
「リョウ、やめろ、落ち着け!」
「弁慶!」
「やめろ、リョウ。拳が血だらけだ。」
鉄格子の向こうから弁慶が辛そうに声をかける。
「弁慶、隼人は!?隼人はどこだ!あいつを連れてきてくれ、あいつが本当のことを知っている!」
鬼気迫る表情で声を枯らすリョウに、
「リョウ、隼人はいない。」
「何故?何処に行った?探してくれ。ああ、俺をここから出してくれ。俺ならあいつが何処に隠れていようと探し出せる。なあ、弁慶。俺は何もしちゃいない。わかるだろ?」
必死の形相。
「ああ、わかっている。おまえは・・・・・・・何もしていないさ・・・・・・あれは事故だ。」
苦しそうに答える弁慶。
「だろ!?だから俺をここから出してくれ。隼人に会わせてくれ。そうすれば、すべてがはっきりする!」
「ああ・・・・・・・・。今、探している。」
「頼むぜ!まったく隼人のやつ、肝心なときに居やがらねぇ。」
少しホッとしてベッドに腰を降ろすリョウは、気づかなかった。
弁慶の苦渋に満ちた、蒼ざめた顔。
「ただいま。」
「おう、弁慶。」
早乙女家のリビングで、弁慶は武蔵に迎えられた。
「どうだった、リョウは。」
疲れきった弁慶の様子に、答えを予想しながら武蔵は尋ねた。
「相変わらずだ。隼人を呼んでいる。」
薄暗い部屋で蹲っていたリョウは、弁慶の姿を見るとすぐさま鉄格子に飛びついた。「隼人を探してくれ、隼人を連れてきてくれ。」と何度も何度も繰り返すリョウに、以前の溌剌とした無邪気で不敵な面影はどこにもなく。
目だけがギラギラと光を放っていた。
「そうか・・・・・・・・」
やりきれない、と武蔵はソファに身を沈める。一ヶ月前のあの日から、狂った時間。
「元気は?もう寝たのか。」
「ああ、だいぶ落ち着いてきたようだ。そうはいっても、まだ夜中に魘されているようだけど。今日は、俺が添い寝してやるよ。」
「悪いな、武蔵。おまえだって疲れているだろうに。」
「ゲッターロボがああなっちまって、研究所の皆、政府への対応で大わらわだからな。」
「橘博士はずっとこっちに詰めているのか?」
「ああ、隼人がいない今、外交的なことをこなせるのは橘博士しかいないからな。」
言葉が途切れ、沈黙が支配する。
「・・・・・・・・もう寝るか・・・・・・」
「ああ、明日も忙しいからな・・・・・・・・・」
立ち上がった弁慶は、ふとサイドボードに視線を向ける。
ん?と武蔵も視線を追う。
写真。
早乙女博士とミチルと元気と。そして4人のパイロット。
還らない 時間。
☆ ☆
「隼人・・・・・・どこにいる・・・・・・何故ここに来ない・・・・・・」
何千回と腕立て伏せを繰り返しながら、男は呟く。
「許さねぇ・・・・・・・俺はテメェを許さねえ!!・・・・・・・必ず、この牢獄から出て・・・・・お前を見つけ出す。お前を・・・・・・」
「殺す。」
呟かれた言葉は、光を侵食していった。
「大変だ、武蔵!!」
弁慶が真っ青な顔で家に飛び込んできた。
「どうしたんだ、弁慶!」
悪い予感に背筋が冷える。
「リョウが、逃げ出した!!」
早乙女研究所。
以前の明るく笑いに満ちた空間は跡形もなく。閑散としていた。
カツン・・・・・・かツン・・・・・・
ボロボロのマフラーとコートをまとい、手に包帯を巻いた男がゆっくりと所内を歩く。
目指すは所長室。
「リョウ君、どうしたね!?」
殴りつけられたドアの蝶番が弾けた。驚きに目を瞠る早乙女博士。
「やっぱ、ここにいやがったか、ジジィ。」
ゾッとする笑みを浮かべてリョウは肩からライフルを降ろすと、ピタリと照準を合わす。
「な、何をするんだ、リョウ君!?」
叫ぶ早乙女に冷え切った声で。
「俺はテメェを殺した罪で牢獄に放り込まれたからな。テメェが生きてちゃ割が合うわねえ。冤罪はごめんだ。きっちり罪にしてやるさ。」
「何を言っているんだリョウ君。誰も君がワシを殺したなどと言わんだろう!?」
「へっ、テメェでも死を前にすると命乞いか。だまされねえ。テメェと隼人はこの手で殺す!!」
「リョウ君!!」
今まさに引き金が引かれんとした時、飛び込んできた影。
「やめて、リョウ君!!」
それはミチル。必死にリョウの腕にしがみつき、銃を取り上げようとしているのはまぎれもなくミチルだ。リョウの知っている、春風のような、陽だまりのような人・・・・・・・・
「い、いや、違う!!」
「きゃあ!!」
振り飛ばされ、ドアに叩きつけられるミチル。
「ミチル!!」
早乙女博士が駆け寄り抱き起こす。と。
冷たい銃口がこめかみに当てられた。
「・・・・・・・・・・リョウ君・・・・・・・」
カラカラに乾いた声で早乙女は懇願した。
「頼む、リョウ君。ミチルは助けてくれ。君の悲しみはよく解る。ゲッターロボを造り、君たちを戦いに引きずり込んだのはワシだ。ミチルは関係ない。撃つのはワシだけにしてくれ。」
「おや、殊勝だな。インベーダーも人の親ってか。へん、騙されねえぞ。インベーダーも幻も、ぶっ殺してやる!!」
「リョウ君!」
「すぐに隼人も送ってやるぜ!」
ドォーン!!!
引き金を引こうとしたリョウは凄まじい勢いで壁に叩きつけられた。
「・・・・・・・・う・・・・・・ぐ・・・・」
それでもすぐに起き上がったリョウに振り下ろされる鉄拳。間一髪避けて反撃姿勢を取ったリョウの後ろから襲い掛かるもう一方の拳。
「武蔵君、弁慶君!!」
ミチルが叫んだ。
二人の激しい拳がリョウを襲う。普段なら2対1でも勝てないリョウではないが。長い拘束生活は、確かに体を鈍らせて。容赦ない二人の拳にリョウは倒れた。
「・・・・く・・・・・」
「ば、馬鹿野郎!!」
息を弾ませる武蔵。弁慶は早乙女とミチルを助け起こし、背に庇う。
「む、武蔵。騙されるな、そいつは博士とミチルさんじゃねぇ。インベーダーだ!!」
息を乱しながら二人に掴みかかろうとするリョウに、武蔵は渾身の一撃を放った。
「ぐわぁ!!!」
倒れたリョウの胸倉を掴む武蔵。それを払いのけようとしたリョウの目に写った、武蔵の顔。その両目からはボロボロ涙が零れていて。
「武蔵・・・?」
戸惑ったように武蔵を見、つづいて弁慶に目を向ける。
「思い出せリョウ。正気に戻れ。」
この世の終わりのような辛い顔で言った。
「 隼人は 死んだんだ。」
ゆうるりと、停まっていた「時」が動き出す。
沈黙の中、深い悲しみが部屋に満ちていく。
石化したように立ち尽くすリョウ。
「な、何・・・・・言ってんだ、武蔵・・・?」絞り出すような声。
武蔵は言い聞かすように、
「半年前、ゲッターの合体に失敗して隼人は死んだ。それからお前はずっと隼人の死を受け入れられず、心を閉じ込めていたんだ。」
隼人の死を確認した途端、リョウは固まった。皆が悲しみに打ちひしがれて泣き叫ぶ間、ただの一言も発せずに。
おかしいと思った。思うべきだった。だが、誰もが自分の悲しみで手一杯で、他を思い遣る余裕などなかった。いったい誰が考えただろう、隼人の死を。
「うそ・・・・・だ。隼人が死んだ?それも合体の失敗で・・・・・・?」
目の焦点は合わず、ただ繰り返すリョウ。
「死んだんだ、隼人は。もう、何処にもいない。」
幼子に言い聞かすようにゆっくりと、弁慶はリョウの肩を抱く。
リョウは迷い子のように頼りない視線を周囲に向ける。
早乙女博士、ミチル、元気、武蔵が、痛ましい顔でリョウを見詰めていた。
「ミチルさん、生きてる?・・・・・・・・博士も・・・・・」
呆然と呟くリョウ。
雨の音。
研究所を叩く。
「思い出せリョウ。おまえはそんな弱い奴じゃないはずだ。ゲッター1のパイロットじゃないか!」
雨の音。
「・・・・俺は・・・・・・俺は合体を失敗なんかしない・・・・・・・俺と隼人の合体は!」
激しく、そして縋るように弁慶の服を掴み叫ぶ。
「おれの腕を知っているだろ?!そんなミスは有り得ない!!」
「そうだ、ありえない。だからこそお前はおかしくなった!」
武蔵がリョウの腕を取り、顔を己に向けさせる。
「辛いできごとだった。誰もが信じたくなかった。泣いて泣いて、そして受け入れた。だが、お前は!」
雨の音。
教会。
雷鳴。
稲妻に映し出された元気の怯えた顔。凍りついた弁慶の視線。その先にあるもの。リョウの足元に横たわる死体。それは。
博士ではない。
「あっ、あっ、・・・・・!!」
ガタガタと震えだし、頭を抱えるリョウ。
あれは。
「リョウ、お前は埋葬されたばかりの隼人を掘り出したんだ。」
早乙女博士はすぐにリョウを入院させた。だが、その錯乱は治まらず。暴れるリョウを抑えるのは容易ではない。鍛えられた肉体に薬は効かず、拘束衣も役に立たなかった。やむを得ず、鉄格子の入った部屋に入れられた。
「リョウ、お前は隼人を呼び続けた。探してくれ、見つけてくれ、連れて来てくれと。俺たちは医者からお前が落ち着くまで隼人の死をぶり返さないほうがいいと言われたから、お前に詰め寄られても『隼人はいない』、というしかなかった。」
「お前は鉄格子の部屋の隅で、ぶつぶつ呟くようになった。ミチルさんが死んだ、博士を殺したのは俺ではない、隼人が殺した、隼人が裏切ったと・・・・・・俺たちが何度声をかけても気づかずに。だんだん壊れていくおまえを、見ているしかなかった俺たちの気持ちがわかるか!」
哀しみを絞り出すかのように叫ぶ武蔵。やにわにリョウの腕を引き、部屋の外へ引っ張り出す。
「お、おい、武蔵!?」
慌てて弁慶が後を追う。武蔵はずんずんリョウを引きずっていく。
「待て、武蔵!」
エレベーターに乗り、一気に格納庫まで下りる。開かれた扉の向こうに真紅のドラゴン号。
「乗れ、リョウ!」
コックピットに無理矢理リョウを乗せ、閉じる。
為されるがままのリョウにヘルメットを被せ、
「思い出せ、リョウ。あの日は新しいゲッター線増幅器を使ってのテストだった。エネルギー強化により、機体への負荷、パイロットへの負担は増した。だが、俺たちはいつもどうり翔け上がった。これっぽっちの不安もなかった。」
言いながらリョウの背後から乗りあがってエンジン・キィを押す。振動。
「おい、武蔵、やめろ!危ないぞ!」
弁慶の叫び。
「思い出せリョウ。合体の寸前に隼人は合体の強制解除をおこなった。そしてすでに変形し始めていた俺とお前の機に挟まれるように・・・・・・・」
もしライガーが変形したままドラゴンにぶつかっていたら、おそらく3機とも大破しただろう。ゲッターの合体エネルギーは凄まじい。あの日は特に強化されていた。
「ライガー号が緩衝となって、俺たちはほとんど無傷だった。俺だって、お前と同様、いや、俺は目の前で隼人の機が潰れていくのを見ていた!」
あのときの恐怖は。
武蔵の顔は蒼ざめ、息はせわしなく、額には汗がびっしり噴出していた。
ふと。
エンジンを動かしたせいで揺れだしたコックピットで。
ソレは 光った。
☆ ☆ ☆
「入るぞ、隼人。」
かけられた言葉と共にドアが開く。
「なんだ、まだ着替えてねぇのかよ。」
ちょうど白衣を脱ぐところだった隼人は、
「調整に今までかかったんだ。仕方ないだろう。」
言いながら袖を抜く。
「前から思ってたんだがよ。機械の調整とかデータ確認とか、別に白衣でなくても良さそうなもんだ。顕微鏡とか覗いてるならわかるけど」
「パイロットスーツでやれってか?」 ネクタイを外しながら言う。
「パイロットスーツとは言わねぇけど。動きにくくねえか、ワイシャツだのネクタイだの。息が詰まりそうだぜ。」
「おまえはそうだろうな。俺は別に気にはならん。」
「そういやお前は、学生服のボタンも上まできちんと留めてたな。学生テロリストのくせに。」
納得顔のリョウに、『なに覚えてんだ』と苦笑する。
シャツを脱ぎ、パイロットスーツを手にする隼人を見ながら、
『こいつって、色が白いんだよな。男にしちゃ、というより女だってこんなに白いのはあまりいないよな。肌理も細かいし。俺と同じように外で訓練もするのに、なんで日焼けしないのかな。そういや、コイツが研究所に来たばかりの頃、ミチルさんが隼人に日焼け止めクリームは、どこのメーカーの使ってるのって聞いてて、おもわず噴出したことがあったな。学生テロリストで鳴らしてた隼人が日焼け止めクリーム?いつも無表情、無愛想のコイツが一瞬、目が点になってた。いやー、あの顔は写真に撮っておくんだった。勿体無い。からかえたのに。』
「何、思い出し笑いしてるんだ、気色悪い。」
顔を顰めた隼人になんでもないと返しながら、つと、視線が止まった。
「?どうした、リョウ。」
「あ、いや、そのクロスさ・・・・・」
隼人の胸を指す。
「これがどうかしたか?」
「おまえがいつも着けてるとこみると、大事なもんなんだな。何か思い出の品とか。」
「ああ、まあな。」
軽く手で弄びながら、
「母親の形見ってやつだ、母方のっていうか。代々引き継がれている。さほど高価なものじゃない。ただの金だしな。」
「へえ、代々なんてすごいじゃないか。そうか、お前にも親が居たんだ。」
「喧嘩売ってんのか。いくら俺でも自然発生するものか。」
「お前なら出来そうだけどな。でも、なんかいいよな。」
「 ? 」
「おれはお袋のことなんか知らねえし。親父の親戚だって知らない。居たのかな。話に聞いたこともなかったな。」
さらりと口にする言葉に暗さはなく、笑顔に翳りもなかったが。
隼人はすっとクロスを外すとリョウに投げる。
「わっ!なんだよ、隼人。」
「お前にやる。」
「はぁ?いらねえよ、お前の大事なもんだろが。」
「別に大事ではない。渡されたから持ってただけだ。おれには母親や祖母の記憶ははっきりしてる。モノにはこだわらん。それに記憶があるというだけで、それが嬉しいとか懐かしいとか思うわけじゃない。いいな、と思ってくれるお前が持つほうが喜ばれるだろう。」
「だからといって、俺が貰うもんじゃないだろ。お前に引き継がれたって事は、次はお前の子供かミチルさん、そうだ。ミチルさんに怒られるぞ。」
「心配いらん。ミチルさんにはちゃんと指輪を用意してある。」
にやりと笑う。
「あ、隼人。今の笑い、すっげえ、ムカツク!ちょっと婚約したからって。」
「妬くな。それにお前が死んでから返して貰うから、気にするな。」
「な、俺が先に死ぬってかよ!」
「おまえは無鉄砲だからな。いつどうなることか。俺はミチルさんと幸せな老後とやらを過ごすつもりだ。」
「ケッ!気色悪いんだよ、おまえがそんな甘ったるいこと言いやがると。鳥肌が立つぜ。まぁ、憎まれっ子、世に憚るっていうからな。それでいくとお前が最後までしぶとく生きそうだ。でも・・・・・・・さんきゅ、な・・・・」
終わりのほうの言葉は口の中でもごもごつぶやく。さりげない家族としての繋がり。ぎこちなくクロスを首にかけるリョウ。隼人は穏やかな目で見ていた。
ドタドタと廊下を走る音がして。
「おい、リョウ、隼人。まだ来ないのか、遅いぞ!」
武蔵が怒鳴り込んできた。
「今行くさ。今日はおまえが先にポセイドンに乗るのか?」
「おうよ。じゃんけんで勝ったからな。」
「今日のテストで乗り比べて、どちらがライガーに乗るかだな。」
「ポセイドンの方が扱いやすいんだけど、ライガーのパイロットっていうほうがモテるからなあ。」
「それは機体の問題じゃなく、パイロット本人じゃねえのか。」
「うるせーよ、リョウ。どうせお前はモテてるよ!!」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ。」
「おう、博士がいらいらしてたぞ。」
武蔵に続いて部屋を出るリョウと隼人。隼人がリョウを見て、
「搭乗のときは、クロスは服の下に入れたほうがいいぞ。邪魔になる。」
「ああ、わかった。」
大空に舞う3機の勇姿。まぶしいまでの青の中。
燃えるような真紅、深い群青、太陽の黄。
「うわっ、すげえ!!すげえ馬力だ!」
「少し抑えろ、リョウ。」
「ひゃあーー、操縦幹がビリビリする!!」
「情けないこというなよ、武蔵。力だけが自慢だろ!」
「力だけってなんだよ、力だけって!!」
「さすがコーウェン博士たちの増幅器は凄いな。」
「オイ武蔵。おまえがポセイドンにふさわしいか、見てやるよ。エネルギー全開だ、ビビるなよ!!」
「なんだとぉ!見せてやろうじゃないか、チェーンジ、ポセイドン!!」
「ふぅ、やれやれ。」
一点に集まった光は瞬間弾け。海の守護神・ポセイドン。
「どうだ、上々だろうが!オープン・ゲット!」
再び光が弾ける。
「行くぞ、チェーンジ・ライガー、スイッチオン!」
空を切り裂く光。大地の剣、ライガー。
「普段サボってるわりにはドンピシャじゃねえか、隼人。」
「ふっ、当たり前だ。鈍ってたまるか。・・・・・・オープンゲット!」
久しぶりの隼人との合体に、リョウは楽しくてしょうがない。すっと胸に手を入れ、クロスを眺める。かけがえのない仲間、ゲッターチーム。家族とも等しい自分達。高揚する想い。
溢れる光の中、高速でかろやかに、あるいは鋭利に舞う3機。
「ようーし、仕上げは俺だ!チェーンジ・ドラゴン、スイッチ・オン!!」
『あ』
急降下と回転を繰り返していたときに外れたのであろう、クロスが。
機器の隙間に落ちかけ
合体のタイミングが0.02秒ズレた。
そのとき
世界は 音を 失った。
☆
「うわ-------!!!!!」
絶叫がドラゴン号のコックピットを揺るがす。
「おい、リョウ、どうした!しっかりしろ!」
突然、髪をかきむしり、大暴れしだしたリョウを武蔵が止めようとする。弁慶もあわててコックピットにのぼり、二人で必死に抑える。
「俺だ、俺のミスだ。俺が隼人を死なせた。
俺が隼人を 殺したんだ!!!」
早乙女研究所を見下ろす丘に、ひとつの墓標があった。
銀色と乳白色の美しいフォルムのその前に、ミチルは持ってきた花束を置いた。
「隼人さん。わたしたちは皆、元気よ。研究所はゲッター線研究のみで、国防に関する拠点は筑波の方に移ったけれど。だって、貴方がいないんですもの。お父様に書類仕事や交渉事は無理よ。」
くすっと笑う。
「武蔵君と弁慶君は筑波に行くけど、休暇には帰ってくるわ。大丈夫、みんな、うまくやっていくわ。・・・・・・リョウ君は。」
うつくしい顔が曇る。
「しばらく、敷島博士のところに行くって。ううん、大丈夫よ、きっと。リョウ君のことだもの。あのね、リョウ君からクロスを受け取ったの。リョウ君が受け取ったものだから持っててって言ったんだけど。受け取る資格はないって。・・・・・・・無理に持たせて苦しめるのもいやでしょう?私が貰うわね。貴方は私に指輪をくれるって言ったらしいけど。」
くしゃりと顔が歪む。
「机の引き出しに入っていたけど、これはペア・リングだもの。貴方、着けてないでしょう、だから、ここに埋めるわね。いつか・・・・私がそちらへ行ったら・・・・・・・貴方の手で私に。」
静かに押し殺した嗚咽が
風に乗り、 散っていった。
「忘れ物はないか、弁慶。」
「ああ。しばらくは研究所ともお別れだな。」
「休暇には戻ってくるさ。ここは俺たちの家だからな。」
「そうだな。ここで俺たちは戦って、喧嘩して、泣いて、笑って・・・・・」
いくつもの想いを重ねていった。
「行こうぜ、そして帰ってくるんだ。」
「わかってる。リョウもな。」
「一人じゃないんだ。敷島博士も一緒だ。心配ないさ・・・・・・多分。」
語尾が弱くなるのは少し不安があるからだろう、敷島博士・・・・・
「隼人と敷島博士は気が合っていたからな。リョウも落ち着くだろうぜ。」
「変に気を使ったりしないだろうから、な。いいと思うぞ。」
「2人が揃ったら、結構、怖いことになったりして。」
「そしたら俺は抜けさせてもらうぞ。あの2人にはかなうもんか。」
わはは、と淋しさを笑いで誤魔化して武蔵と弁慶は車を出した。
帰ってくる。きっと。ここに。
☆
「本当にやるつもりか?」
浅間山から遠く。町外れ。古びた洋館。家の周りをうっそうとした木々が取り巻いている。
地下の一室で。
様々な薬品や機器が並べられている。
「クローンに記憶はないぞ。」
渋る敷島に、
「問題ない。俺が教えてやる。」
にやりと、凄みのある笑み。
「俺があいつの記憶を、思い出を全部教えてやるよ。あいつのクローンなんだから、IQ300とまではいかなくても、覚えはいいだろうぜ。」
「そしてどうするつもりじゃ。たぶん、何年もかかるだろうし、武蔵達に会わせても困るだけではないのか?」
「そんなことしねぇよ、約束を果たすんだ。」
「約束?」
「ああ。隼人は宇宙に行くと言った。だから一緒に行くんだ。」
「行くって、・・・・・ゲットマシンでか?ここで造るつもりか?」
「ゲットマシンは宇宙航行用じゃねぇだろ。心配いらね。ここに設計図がある。」
銀色のディスクをヒラヒラさせる。
「前に隼人に見せてもらったんだ。少人数用だけど、宇宙を長期航行できるUFO。火星まで、いや、もっと先まで行けるぜ!」
目の奥から発せられるギラギラした眼光。有無を言わせぬ狂気。
「まあ、いいじゃろ。そのときはワシも一緒に行ってやる。」
「博士も?」
「お前が隼人に科学を教えられるとは思わんからの。クローン体の副作用も心配じゃ。」
「ありがてぇ!じゃあ、隼人が出来る間、俺はUFOを造るか。博士、こっちも手伝ってくれよ!」
あの日から 初めて
リョウに清々しい笑顔が戻った。
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先頃、某チャットさまで、「死にネタ容認」が話題になりまして。
「私も書いてみようかな、でも、私が書くと特に暗いだろうからな。」と申しましたところ、
「OK、OK。平気です。チェンゲでどうです?」
というリクエスト(?)いただきまして。
ありがとうございます。○○様。手遅れですわよ、うっふっふ。
気が変わられぬうちにさっさとUP。苦情は先着3名様まで。(なんだ、そりゃ。)
(2007.5.9 かるら)
PS: 合体失敗時の画像は、原作「號」をご参照ください。
OVAではリョウと隼人の苦しみを、ミチルさんが光となって現れ、救ってくれましたが、
隼人はそこまでフォローしてくれません。さっさと成仏しております。きっと、自分の価値
など気にしないからでしょう。 まぁ、皆、うまくやっていくだろうと、ね。