UFO







 浅間山の麓。早乙女研究所は国立公園の中にある。研究所を出てしばらく走ると、周辺は静かで緑豊かなため、私有の保養地も多い。
 優しい春の陽射しの中、一台の赤い車が滑るように走っていく。なだらかな丘陵は、萌え出したばかりの若芽で淡い絨毯のようだ。やがて車は脇道に入り、『これより先、私有地。立ち入り禁止.』の立て札を通り過ぎる。前方のひっそりとした林に入り込み少し行くと、一棟のログハウス風のコテージの前で停まる。外見は素朴だが、一目で良い材木を使っているのがわかる。
 『バタン』
 車から降りてきたのは、薄手の白い半そでセーターと、車と等しい鮮やかな赤のスカート。ショートヘアの良く似合う、生命力に溢れた若い女性だった。黒い大きな瞳には意志の強さと、慈母のような穏やかさを併せ持っている。スラリとした肢体は若鹿のようにしなやかだ。
 車の助手席から少し大きめのバスケットを取り出すと、コテージには入らずそのまま裏手に回る。小道を少し行くと、木々の間に体育館のような建物があらわれた。入り口のドアを押す。中には整然と置かれた工具や機器。そして中央に鎮座する、にぶい銀色に光る----UFO-----

 「隼人さん!!」
 呼ぶ声にUFOの下から姿を現す。
 「ああ、ミチルさん。来たのか。」
 「ええ、調子はどう?だいぶ出来たみたいだけど。」
 ミチルはにこにこと近づく。
 「ああ、今日、明日でほとんど完成だ。そのあとは、最終的な微調整や内部の細々としたところかな。」
 やさしく微笑む。研究所や他の人間がいるところでは決して見せない顔。
 「でも凄いわ隼人さん。これほどのUFOをたった一人で作ってしまうのですものね。それも休養時間を削って。」
 口調は優しいが、眼は睨んでいる。
 これまで隼人が自分から休日を取ることはなかった。予定されていても、たいていは急用でつぶされていた。いつだって、あふれるほどの仕事が隼人を取り巻いていて、休日などないと同じだった。隼人の体を心配したミチルがいさめても、ひと月に1日休めればよいほうだった。
 だが、6ヶ月前から隼人は最低でも月に3日の休暇をとった。月への派遣依頼を受けてからだったから、何か思うこともあるのかと早乙女も気にせず、いつも研究所のために働き続ける隼人のめったにない要望を喜んだ。しかし、隼人の秘書として一日中側にいるミチルの目から見て、隼人はとても休養しているようにみえなかった。むしろ休日明けの隼人は普段よりも疲れているかのようにみえた。もちろん、これはミチルだから気がついたことで、他の者に気づかれるような素振りを隼人がみせるわけがない。ミチルは隼人が休日になにをしているか気になった。個人的なことに立ち入るわけにはいかないが、それでも隼人の体調のためだと自分自身を納得させて問い質したのだった。

 「でも隼人さん。あのとき、『自分一人の力でUFOを作りたい』って言われて、それが望みなら仕方ないかと思ったけれど、どうして一人で作ることにこだわったの?こんなに大きくて複雑なもの。そりゃ、自分の手作りっていうのは、私にはわからないけれど、男の人の「夢」かもしれないし、自分で作ったほうが宇宙に出てからも安心かもしれないけれど。物にもよるわよ?UFOを一人でつくるなんて、隼人さんでも無理があるわ、仕事の合間になんて。ウチの工作部の人達だって、凄腕よ?少しは手伝ってもらえばよかったのに。この6ヶ月間の休日すべてUFOの制作に使ってて、休養なんて取っていないじゃないの。」
 ミチルがポンポンと言う。飾りのないぶん、本当に隼人を心配しているのがみてとれる。
 「・・・・・・・・・・・・・だから・・・・・・・」
 「えっ?」
 ミチルが思わず問い返す。隼人の声はいつだって大きくはないが、決して聞き取りにくいわけではない。低く呟いた声でさえはっきり響く。
 「ごめんなさい、隼人さん。ちょっと聞き取れなかったわ。」
 戸惑ってミチルが聞き返す。
 「・・・・・・・・・・・・・旅行用だから・・・・・・・」
 「?」
 「このUFOは新婚旅行用だから。自分の手で作りたかったんだ・・・・・」
 早口でそれだけを言うと、さっとUFOの下に潜り込み、何か作業を始めた隼人を見ながら、ミチルは
 『なんて、可愛い人だろう・・・・・』
 と、知らず口元に笑みが浮かぶ。まるで、手作りセーターをつくる女の子のようだ。
 沈着冷静、頭脳明晰。世界中の研究所や施設から引きも切らない勧誘。頭脳ばかりではなく、軍人としての高い評価も受けている。その隼人のこんな不器用ともいえる無邪気さを、誰が知っているだろう。
 7ヶ月ほど前、隼人は日本政府から日本の代表として、月面基地計画の責任者の一人として月への出向を要請されていた。研究所における仕事で手一杯だったが、早乙女博士との相談の結果、引き受けることになった。数年間は地球に戻ることは無理だろうと考えたとき、隼人が初めて自分の中に気づいた、ある感情。戸惑いの逡巡の結果、隼人はミチルに想いを告げた。そしてミチルはそれを受け入れた。

 この別荘は隼人の持ち物、正確には隼人の亡き母親の持ち物だった。父親は健在だが、隼人はこの別荘だけを貰い、他の財産、父親の分も含めてすべて相続放棄している。結婚してフランスに住んでいる姉の明日香とその夫が父親の会社、日本でも有数の企業、『神重工業』を引き継ぐことになっている。姉夫婦はパリ支社にいるのだ。隼人は、父親の仕事には興味なかったが、重工業という職種のため、いろいろ技術的なこととか世界情勢など、相談や指導を頼まれている。隼人にとってはたいして難しいことではないが、何しろ時間が取れない。必要なことだけアドバイスしたり、開発に協力するのだが、それによって、会社は莫大な利益を上げている。顧問料として隼人が受け取る金額も多く、隼人は別荘の敷地に自分個人の研究室を作っていたのだ。

 「ねえ、隼人さん。お昼にしない?」
 UFOの下に潜り込んでなかなか出てこない隼人に声をかける。
 「ああ。」
 いつになくぶっきらぼうなのは、テレているからだろう。ミチルは満面の笑みだ。
 「あっ、そうだわ。今日、研究所を出てくるとき荷物が届いたわ。」
 熱いコーヒーを手渡しながら、ミチルが思い出したように言う。
 「荷物?」
 「ええ、コーウェン博士からだったみたい。」
 ミチルはちょっと眉をしかめる。コーウェン博士とステンガー博士。早乙女博士と共にゲッター線の第一人者といわれる人物である。この3人が月でのゲッター線計画を進めたのである。早乙女はインベーダーが現れてからは地球に戻り、ゲッターロボの開発に力を注いだが、あとの2人はずっと月で研究を続けていた。
 ミチルも以前に一度、月面戦争が終わり一時帰国したコーウェン博士達と会ったことがあるが、あまり好きになれそうにないという印象を持った。もちろん、他人から見れば自分の父親である早乙女も、「お近づきになりたいタイプ」とはいえないかもしれないが。
 「コーウェン博士たちは今、地球に戻っているんだ。この前、新しいゲッター線増幅器を開発したらしいので、ひとつ送ってもらうことにしたんだ。」
 「新しい増幅器?」
 「ああ。まだ研究所のみんなには言っていないが、俺が月に行ったらゲッターロボはリョウ達に任せることになる。月面戦争が終わってから俺がパイロットになることはほとんどなくなったけれど、もし万一また敵が現れてゲッター出動、ってことになっても月から飛んでくるわけにはいかない。
リョウ、武蔵、弁慶に搭乗してもらうが、武蔵や弁慶にライガーは乗りこなせないだろう。スピード重視の機体だからな。といって、今訓練に来ている自衛隊のやつらよりは、まだ武蔵たちのほうが巧い。
 だからライガーは地中専用ということにして、ポセイドンの装備を重視し、戦闘能力を強化しようと思う。ちょうど、コーウェン博士から試作品の連絡が入ったので、それをポセイドンにつけてみることにしたんだ。
 今日、届いたとなると、研究所に戻ったほうがいいかな。」
 「お父様は、特に隼人さんを呼ぶようにとか言っていなかったわ。とりあえず自分だけで見てみるつもりじゃないかしら。実験室のほうに運ぶように言っていたもの。」
 隼人はちょっとUFOを見る。自分の休日は今日と明日の2日間だ。ここで研究所に戻ってしまうと、当分休みは取れない。今日だって無理に取ったのだ。明後日には会議で首相官邸に行かなければならないし、そのあとは月面基地計画についての検討などで1週間は帰ってこられない。それに研究所に帰ってきてからも、月に行くまでに片付けておく書類や引継ぎ事項など、普段以上に仕事が詰まっている。UFOを今日明日でほとんど完成させておきたい。
 増幅器のほうは博士にまかせておいても良いだろう。コーウェン博士達の作ったのものなのだから、特に問題はあるまい。あまり急ぎの仕事ではない。たぶん、今日は点検と簡単な実験ぐらいだろうから。必要があれば呼び出しがくるはずだ。
 「武蔵君たちも、来月の始めには休暇で帰ってくるのよね。」
  ミチルが楽しそうに言う。
 「5ヶ月ぶりかな。今回の休みは1週間ぐらいあるはずだ。あいつらが帰ってきたら、正式に研究所の皆に知らせよう。博士には、俺が東京の会議から帰ったらお願いに行くよ。ミチルさんと結婚させてくださいって。」
 じっとミチルを見詰める隼人の眼の奥に広がる、深い海のような想い。
 『吸い込まれるよう・・・』とミチルは思う。
 「人」をはるかに超えているこの人は、一見、感情すらも「人」を離れているように思われているけれど、本当は誰よりも「人」を、「地球」を愛していると思う。視野が広すぎるから、「冷たい人」に思われているけれど。必要か否かが一瞬でわかるから即座に判断する。それが冷酷に受け止められるけれど、結局一番犠牲の少ない方法だったのだと後から知る。
 これほどの才を持ちながら、自分のために使うということがない。いつだって、人のために忙しく働きまわっている。いまだかつて、隼人が望んだ自分個人のものは、このUFOしかミチルは知らない。そしてそれが何のためなのを知り、ミチルはこの上もなく幸せだった。


 早乙女は、届けられた増幅器にゲッター線エネルギーを照射していた。ポセイドン号に搭載し、より強力な力を得るために。
 上昇するエネルギーゲージを見詰める。  『もう少しで合体時のエネルギーだな。』
  ・・・・・・・・じっと見詰めるその内部で、密かに覚醒しつつあるものが・・・・・・・
 「よし、ここまでにしておこう。」
 スイッチを切る。ゲージが急下降する。
 「あとは隼人くんが戻ってからにしよう。急ぐ必要はない。」


   ・・・・・・・・・・・・まだ目覚めぬ『ソレ』は、沈黙している・・・・・・・・



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  「あま〜いお二人さん」で終わりたかったのですが、どうも暗雲の兆しが・・・・
 ごめんなさいな、ミチルさん。やきもち妬いているわけではないですよ?OVAに合わせたものですから・・・
  LOVEは苦手だけれど、言い訳の得意な<かるら>です。
             (2004.11.15)