閉ざされた 呼び声










       「いやー、神大佐。流石だ。」

      満面の笑みで。

     「ネオゲッターは日本の守護神だ。何も恐れるものはない。」


          ---------そう。アレは、決して 目覚めさせては ならない--------






ネーサー基地。 半年前。

 「もう一回!もう一回だ、翔!」
 「いいかげんにしろ!さっきから何度繰り返してると思ってる?!」
 「いや、もう一回頼む。今度はうまくやれそうなんだ。」
 「なあ、號。いっぺんに覚えようたって無理だぞ。もう一時間も予定をオーバーしてるんだ。俺たちだって、くたくただよ〜」
 「ひとりでシュミレーションやってろ!!」
 「冷たいこと言うなよ、翔。シュミレーションならとっくに出来てるさ。あ、じゃあ格闘技にしよう!素手でもいいし、木刀でもいいぜ?」
 「だから!!私は疲れているんだ!」
 「ほんとに號。お前、どこまで体力が余ってるんだ?訓練開始から終了まで、ほとんど変わりなしじゃないか。」
 「へん!鍛え方が違うのさ。地下プロレスでひとりで食ってきたんだ。体力や打たれ強さなら誰にも負けねーよ。」
 「何やってる。」
 「あ、大佐。」
 「神さん!」
 深く落ち着いた声に、振り向いた號の顔がパッと明るくなる。
 「ねぇねぇ神さん、暇?暇ならちょっと付き合ってくれよ。翔も凱もへたばっちまったらしくてさ。」
 子犬がじゃれつくように隼人の腕を取る。
 「わ、馬鹿!何言ってるんだ號。大佐が暇なわけないだろうが!」
 「ほら、離れろよ。わかったよ、もう一回付き合ってやるから。」
 翔と剴があわてて號を引き離そうとする。
 「ヤダよー!なあ神さん。相手してくれよ。そりゃゲットマシンの操縦や射撃なんかは俺はまだ未熟だけどさ。格闘技なら翔や剴、ここにいる誰よりも上だって自信、あるぜ?」
 「フッ。せっかく一つしかない自信を、失くす必要もあるまい。」
 切れ長のすっきりした二重が、からかうように號を見る。
 「あー、言ったなあ。なんといっても若さが違うよ。ほとんど一日中研究室に籠もっているか、会議とかで出張ばかりしている運動不足の人には負けないよ!」
   無謀。自己過信。身の程知らず。ア○。
 そのとき周りにいた、すべての人間はそう思った。

 「號。生きてるかー」
 のんきな声で部屋に入ってきた剴がベットを覗く。ミイラ男がひとり・・・・
 「ヴ〜〜〜」
 「めし持ってきたけど、食えるかぁ?」
 「ヴ〜〜〜〜」
 「いや〜でもすごいじゃないか。25分間も持ったぜ。さすがだな、號。」
 「うるせぇ・・・」
 「ま、打ち身ばかりだから大したことはないさ。2,3日で動けるだろうよ。」
 持って来た食事をムシャムシャたいらげながら剴が笑う。
 「何言ってる。いつ敵が来るかわからないんだ。明日までに治せ。」
 翔が入ってきた。手にもつトレイにはヨーグルトやジュースが乗っている。ちら、と號を見て、
 「これも無理か。」
 とヨーグルトを手にする。
 「寄こせ!」
 ガバッと身を起こし、
 「あ、いたたた・・・・!!」  あえなく沈没。
 「大人しくしていろ。大佐は人の急所や痛覚を良く知っている。なるべく体を傷つけず、痛みだけを与えるのはお得意だからな。」
 「サドかよ〜〜〜」
 「言わない方がいいぞ。今度は骨にくる。サドというより、合理主義者だ。今の場合、無駄に怪我させる必要はないからな。出撃の心配さえなければ、きちんと叩きのめしてくれる。」
 あっさり返され、號がふとんの中からうらめしそうに翔を見る。
 「翔、あの人はいったい何者なんだよ。」
 「ああ?」
 「神さんさ。このネーサー基地の司令官で、世界的な科学者だってことは知っているけどさ。いくら軍人だからって、あの強さはなんなんだよ。」
 「「・・・・・・・・・・・・」」
 翔も剴も呆気にとられた。『言ってなかったっけ。』
 「あの人は、もと早乙女研究所のゲッターチームパイロットの一人だ。」
 「科学者でパイロットだったのか?」
 「というより、パイロットとしてスカウトされたが、科学者としての能力も持っていたわけだな。早乙女研究所が封鎖されたあと、政府の要請で翔のお父さん、橘博士と一緒にネオゲッターの開発に携わったんだ。」
 剴がジュースを飲みながら続けた。號はそのコップを取り上げ飲み干し、
 「以前のゲッターも3人で操縦したんだろ?神さんがあんなに強いところをみると、あとの2人も凄い人なんだろうな。今は何処に居るんだい?」
 少し、間があいた。
 剴と顔を見合わせた翔が口を開く。
 「私の父は早乙女博士の助手をしていたんだ。だから私も小さい頃、ときどき早乙女研究所に遊びに行ったことがある。ゲッターチームは1号機が流 竜馬さん。2号機が神大佐。3号機が巴 武蔵さんだった。3人の合体フォーメーションは、それは凄いものだった。あのゲッターロボはパイロットを守るシールドも、制御能力も、私たちのネオゲッターより数段劣っていた。だがあの3人のフォーメーションは、今の私たちでもかなわないだろう。」
 おぼろげな幼い記憶。そのなかで、燦然と輝く映像がひとつある。
 抜けるような青空。吸い込まれていく3機。閃光とともに現れる真紅の勇者。ふたたび光が散り、滑るように着陸する機体。にこやかに歩いてくる3人。お日様のような笑顔。月の光のように澄んだ眼差し。あたたかな大地のような笑み。
 憧れというにはまだ幼くて。でも高く抱き上げてくれた力強い腕に、無条件に安心した。あのとき、戦いはまだ激しいものだったはずなのに。少しの不安も持たなかった。
 ゲッターロボと、あの3人。
 「私も幼かったから詳しくは知らない。だけどゲッターロボの最後は聞いている。戦いで流さんと大佐が大怪我をして、そのため武蔵さんが1人でゲッターで特攻したと。ゲッターの心臓、ゲッター炉心を取り出し、最大出力でまわりのメカザウルスすべてを道連れにして爆発した。
 その凄まじい最後は、政府にゲッター研究を封印させるほどのものだった。流さんは研究所を出て行った。神大佐は国防省の新しい研究機関に、私の父と移ったんだ。」
 「その流さんは、どうして神さんと新しい研究所に移らなかったんだい?」
 「さあな。戦いが終ったからじゃないかな。誰よりも戦闘能力が高い人だったそうだが。メンバーの武蔵さんを失ったことがひどく堪えたのかもな。すごく陽気で、とてもやさしい人だった。」
 「神さんはどこが悪いんだ?一番始めに一緒にゲッターに乗り込んだとき、いきなり血を吐かれてびっくりしたけど、あれから特に具合悪そうにも見えないし。さっきの格闘技の訓練じゃ、元気いっぱい、どこも悪くないようだけど。」
 不思議そうな號に剴が答える。
 「あれで病人だったら、負けた方の立つ瀬がないよな。大佐は内臓を傷めているんだ。普段の生活とか運動には影響ないけど、重Gに耐えられない。ゲッターのGはハンパじゃないし、内臓を鍛える、なんてことは出来ないだろ。それでもあれだけ動けるんだから大したものだ。元気だった頃は、どれほどのものだったんだろな。」
 「流さんもか?その人もゲッターに乗れないのか?」
 「いや、流さんは後遺症はなかったはずだ。大佐は2号機が腹部になっていたときに攻撃を受けたから、一番怪我が重かったんだろう。ゲッターは通常、真ん中の機体に一番負担がかかるからな。」
 「・・・・・・・・・・・・」
 急に黙り込んだ號に、翔と剴はお互いを見、
 「疲れただろう、號。もう寝ろ。」
 「飲み物は置いていくから。じゃあ。」
 静かに部屋を出て行った。


 翔と凱がいなくなってからも、號はなかなか寝付けなかった。
 両親を失ってから、ずっと一人だった。恐竜帝国との最終戦後、世界は混乱し、孤児は多く、政府は充分な手を差し伸べることはできなかった。親類の家を転々と巡り、自分が相手の負担になっていることを思い知る。あからさまに邪険にされることはなかったけれど、異分子であることはわかっていた。自分の居場所を持てなかった。中学卒業と同時に家を出た。
 ひとりで生きることを決めた號に、世の中は決して優しいものではなかった。親切な人も確かにいた。だが、ほとんどの人は他人のことを気にかける余裕も考えもなかった。自分の幸せ、家族を守る。それは当たり前のことなのだけれど。
 寂しかった。好意に餓えていた。誰かに必要とされたかった。自分の存在を認めて欲しかった。
 そんな世間知らずの子供に待っているのは、ケンカや悪事に引き込もうとする輩ばかりだ。優しい言葉に騙され、抜け出そうとする度ひどく殴られた。幸い、というか、號の運動能力は優れていた。足も速く、おかげで何度も危機を脱した。騙される度、もう2度と甘い言葉になんか乗るものか、と心底思うのだが、一人で過ごす夜は長く、人恋しさに膝を抱える。やがて地下プロレスのレスラーとなり、大金を稼げるようになった。だが、それは上流階級と呼ばれる気取った男女の、慰みのためのショーでしかない。そんなもののために体を張る。ときには命すら脅かされる。やりきれない腹立たしさ。何よりも虚しさと自分への嫌悪。
 金のためだ、俺だってあいつらを利用してるんだ。と、いくら思い込もうとしても。
 ひとり倒す度、金を受け取るたび、自分がゆっくりと腐っていくのを感じていた・・・・・・・
 餓えていた。ただ、焦がれるほどに----------何かに。
 そして今。
 無理矢理引きずり込まれた戦闘。なのにふと気がつくと、もう何年もここに居たかのような安心感。誰もが当たり前のように認めてくれている自分の居場所。
 家もなく、親もいない。学歴もない。だが、ここではそれを問題にする者もいない。誰もが心からの親しみをみせて號に対する。號はマイナスの感情には敏感だ。だから、ここでは本当に誰もが認めてくれて、必要としてくれていることがわかった。初めて得た空間。決して手放したくない居場所。
 翔も剴も凄い奴らで。自分にはチームプレイなんてできるわけがない、と思い込んでいた號にとって、この二人ははじめて得た仲間だった。2人の戦闘能力の高さにライバル心を燃やした。早くこの2人に追いつきたい。俺が負担にならないように。そして、早く追い越したい。俺がこの2人を守れるように。そんなふうに他人を想ったのも初めてだった。認めてほしいとか、褒めて欲しいとか思いつづけていたはずなのに。与えられることばかり望んでいた。ひねくれていた自分。荒んでいた心。それらが知らず消えていった。ここでは誰もが、己のできる最良のことを成そうとしている。それがどれほど危険なことであるか、そんなのは2の次だといわんばかりに。まず第一に、やらなければならないか、否か。それだけが問題であるかのようだ。何故そこまで出来るのか。それはきっと、この基地を取り巻く強い意志の力だ。
   ゆるぎない意志を持つあの人------------神  隼人

 基地の人間すべてに信奉されていた。なぜだろうと思った。あの若さで。
 普通、もっと人の妬みなんか受けるはずだ。基地には年長者も多いし、それぞれが自分の技量や能力に自信を持っている。あの人は大佐の地位だが、これほどの基地を任されているにしては、そう高い階級には思えない。科学者として名を馳せているようだが、「博士」と呼ばれていないところをみると、学位は持っていないのかもしれない。この基地には何人もの博士もいる。普通は小馬鹿にされたりするものじゃないのか。それなのに、誰もが一目置いている。政府の高官とか、他からのお客さんも皆、あの人に話を持っていく。
 號はやっと基地に慣れたところだ。本格的な訓練が始まって、隼人とはほとんど口を利く間もない。地下プロレスの会場で出会って、何もわからないままゲッターに乗せられて戦って。自分のそれまでの世界観が一変した。なによりも、自分の確かな存在感。
 人のため、平和のためにあっさりと命を捨てる。なんてお題目はここにはなかった。出来るだけ自分も生き延びる。自己犠牲は最終手段だ。しぶとく戦う。逃げられるものなら逃げる。『この基地は戦いの最前線になるのだから、誰も死を恐れてはいない。死にたくない奴はここを出て行っているからな。だからといって、私たちは、無駄に命をかけるわけにはいかない。ここにはそれを一番哀しむ人がいるからな』
 乗りなれないゲッター。訓練に次ぐ訓練。拷問のような重G。ついへたばって、恨み言を口にした號に、翔は冷たく言い放った。その感情を抑えた眼に、もうひとつの同じ光を見た。
 『強ければ強いほど、死ぬ確率は低くなる。』
 気を失う寸前にかすかに届いた言葉は、まるで呪文のようだった。

 それから號は弱音を吐かない。実際、訓練内容に慣れてしまえば、號の体力・技能は」めきめき向上した。精密さではまだ翔たちに劣るものの、戦闘力は一番だった。訓練でも軽口を叩けるようになったころ、ふと、自分に向けられた穏やかな視線に気づいた。その視線に、懐かしさが含まれているのをみたとき、號の胸がチクリと痛んだ。
 『誰を思い出しているのだろう。----]』
 不思議な感情だった。自分はあの人を尊敬している、と思う。凄い人だ。あれほどの能力を持ちながら、少しも驕らない。驕らない、というよりも興味がないようにみえる。世の中の「欲」というものに。名誉や物や権力、そんなものは一切、目に入っていない。今まで嫌というほど人の欲を見せられてきた號にはわかった。欲がないから、他人の評価も気にかけない。己の信念だけを貫く。いっそ、すがすがしいまでの自己中人間だ。
 清濁併せ持つ人間こそが、本当に強い人間だと思う。人の弱さや醜さを認める度量があるからこそ、人の心をとらえる。人は、己の強さと。そして弱さも認めて欲しい生き物だ。強さばかりを求められたら息ができない。あの人は人の弱さも引き受けてくれる。ありのままを、当たり前に。足りないところは、すべてあの人が埋めてくれる。これ以上も無い安心感。
 迷いのない人間に負の感情はない。だからこの基地は、死と隣り合わせであっても、これほどまでに明るい。
 でも、そうすると、集められた負の感情はどうなっているのだろう。あの人が一人で昇華させているのだろうか、「信念」というエネルギーで。それが気になった。ここでの居心地が良い分、余計に。
 だが、垣間見たあの一瞬の眼差し。
 あの人にも、自分の支えとなる記憶があったのだと知った。俺の知らない、俺の含まれていない記憶。
 当たり前のことなのに無性に悔しかった。もっと早くに生まれていたら、もっと早くに出会えていたら。あの人と対等に肩を並べ、穏やかな眼にさせるのは自分であったかもしれないのに。
 そんな理不尽な悔しさが今も燻ぶっていた。
     -------「流 竜馬」-------
 あの人ひとりに辛い未来を押し付けて逃げていった奴なんか、思い出して欲しくない。だが、そいつが今もここに居たら、俺は選ばれることも無かったのだろう。


   號は重い気持ちのまま眠った。





 ネーサー基地。現在。奥まった一室。
 隼人は號の訓練データを見ていた。ここ半年で、號は驚くほど能力を上げている。今度遣り合うときは、手加減できそうにないな。 
 クスリ、と笑う。
 號、翔、剴。この3人は、ネオゲッターの能力を最大限に生かしてくれる。
 だが。

 コンピューターに向かい、シュミレーションを始める。3人の戦闘力の最大値を入力し、あらゆるサポートを考慮する。
 天井まで届くスクリーンが次々と数字と記号で埋め尽くされていく。素早く訂正される数式。更に入力。さらに訂正。こぼれそうな数字。表情の消えた白皙。滑るようにキイをなぞる白い指先。やがて。
 はじめてその眼に感情が表れる。
    「ネオゲッターでは、ここまでだ。」





    -----------『  アレを  目覚めさせては   ならない    』---------

                遠く  呼び声が  聞こえる。





           
           *******************************

  OVA『ネオゲッター』です。
 『ネオ』はレンタルで3回見たのですが、手元にないので細かい設定がおぼろげです。「こんなだったかな?」と思われる方、ゴメンナサイ。(もっとも、『真』も『原作』も、好き勝手にいじっていますけど。)
 プロローグ、ということで、退屈だったかもしれませんがお許し下さいませ。これから先、面白くなるかもしれない?ということで。(すぐにエピローグになったらどうしよう・・・・)
                  
                     (2005.6.21)    かるら