遠い明日







    ・・・・・・・届かぬ想い、見果てぬ夢・・・・・





 人体に無害で無公害。エネルギー不足を危惧する人類にとってまたとないエネルギー、ゲッター線。その夢のようなエネルギーが、ウランと反応すると、瞬く間に人類を侵す放射能に変化することが判明したのは、ゲッター線エネルギー貯蔵庫の事故であった。
 山中に密かに建設されていた貯蔵庫が、地中のウラン鉱脈に反応して大爆発をおこし、所員の一人が死んだのは、発生からわずか2時間後だった。
 所員を助けに貯蔵庫内に入った隼人が、同じく放射能を浴び、急いで作られた中和光線によって命をとりとめたのは、太陽の沈みかけた夕方だった。
 中和光線の成功の確率は5分と5分。躊躇する早乙女博士に、
 「このままでは僕は死ぬのを待つばかりです。無駄に死なせないで下さい。」とだけ告げた隼人。あとで武蔵に
 「50%の確率で助かるなんて、悪運の強い奴だな。」
とからかわれ、
 「たとえ1%でも99%でも、要は死ぬか生きるか2つにひとつ。いつだって、フィフティ・フィフティだと思っているさ。」
 1%でも諦めない、99%でも楽観しない。言葉にしない、そんな強い意志を持つ隼人が、リョウには頼もしく、かつ少し、辛い気がした。
 そんなに張りつめて生きるなよ、99%あれば笑えよ・・・・・・勿論、決して口には出さないけれど。
 後日、恐竜帝国がゲッター線とウランを反応させた放射能、<ウランスパーク>を武器として使用してきたとき、リョウも武蔵も倒れたが、隼人だけは無事だった。早乙女博士は、前に隼人が浴びた中和光線の効能がまだ効いているせいだと、急いで中和光線をリョウと武蔵に浴びさせた。隼人はジャガー号に中和剤を積み込み、ウラン液に侵された町を救いに行った。途中、メカザウルスの攻撃を受けたジャガー号から漏れ出た中和剤は、ハチュウ人類にとっては猛毒だった。大慌てで退散していくメカザウルスを、隼人は機影が見えなくなるまで、じっと見詰めていた。
 結局、恐竜帝国は更なるウラン液を開発し、ゲッターチームはそれを中和させる薬を再度発見するという、イタチごっこだったが。

人々も、なんとか無事ですんだ。


 ゲッターチームの日常は、訓練と哨戒飛行が主である。
 ゲッターロボは合体の瞬間が一番無防備になることから、訓練の第一は合体であり、コンマ何秒を縮めるため、3人は常に厳しい訓練を繰り返してきた。3人の中では反射神経や運動能力の劣る武蔵も、最近は何とか他の2人に合わせられるようになってきた。なにしろ、TV版では第32回だ。(おいおい)
 合体訓練に余裕の出てきた分、他の訓練、技能、技術の習得に励むことになった。
 格闘技や射撃などは、半分娯楽のようで(特にリョウと隼人の格闘技ときたら!所員たちはこっそり賭けていた。)、「好きこそ物の上手なれ」ではないが、3人ともめきめきと力をつけていった。
 あと重要なのはゲットマシンの整備である。こればかりは各々が精通していないと命にかかわる。ゲッターロボに合体したときは、隼人がいるから応急処置なら心配ないが、個々のマシンは、各自がある程度直せる様にならなければならない。リョウも武蔵も必死で覚えるのだった。あと、爆弾やその他破壊活動についてはリョウも武蔵も適当にしていた。要はぶっ壊せばいいのだから。
 「時には直す必要もあるし、敵の設備を利用する必要もあるんだぞ!」
と博士に言われたが、そのときは、たぶん隼人も一緒だろうからと気にしていなかった。まあ、早乙女も、ゲッターはチームだからなと納得していた。
 だから必要なことだけ覚えればいいようなものだが、どこの世界にもおせっかいはいる。この場合、リョウたちにとって不幸だったのは、このおせっかいするのが、ミチルだったことである。ミチルに勝てるわけがない。もっとも、武蔵はミチルが相手ならすべて、ラッキーの一言だろうが。
 ミチルはゲッターチームに一般教養も必要だと思った。3人とも高校生の立場であるが、ほとんど学校へは行っていない。正式に退学したわけではないから、ミチルのおせっかいもわかるというものだ。それで、ミチルが先生になってリョウと武蔵に一般教養を教えた。隼人は例外。ミチルが教えることがあるはずがない。
 で、リョウ達がミチルに絞られている間、隼人は自分のやりたいことをすることにした。
 「う〜〜、なんでゲッターで戦うのに、助動詞だの形容動詞だの漢字なんか覚えなきゃなんないんだよ〜〜」
 「数学だっていらないと思うぞ。三角関数も、二次関数も、戦いには関係ねえだろうが。」
 リョウと武蔵がぶつぶつ言いながら、会議室のひとつから出てきた。ミチルにどっさり渡された宿題。「隼人君に泣きついちゃ駄目よ!」とのキツ〜ィお言葉。顔を見合わせため息をつく2人。
 「いいよな、隼人は。こんなこと、しなくていいんだから。」
 「まったくズルイよなあ、頭の出来があれほど違うっていうのは。」
 「生まれつき、っていうものほど、腹の立つものはないよな。」
 「そうだ、そうだ。頭と顔は、努力なくして手に入れるなっての!」
 なんか情けないが、まっとうな意見を口にしながら2人は部屋に戻った。
 3人同じ部屋。ベッドが3つと机も一応3つ。使われているのは真ん中のひとつだけのようだが。そのひとつも、最近はあまり使われていない。ここ2週間ほど隼人は合同訓練が終わるとどこかへ行ってしまい、眠るのもかなり遅いらしい。リョウたちは10時ごろに眠ってしまうのでわからない。本人に尋ねても、
 「ちょっと化学的なことを調べているんだ。」
と、そっけない。無理に聞き出そうとしても、「理解できるって言うんなら、言うけどな。」と言われるのがオチだ。ケンかを売っているつもりはないのだろうが。
 事実を言っているだけだとしたら、それはそれで腹立たしい。ま、好きにさせておくさ。

 翌日。午後も3時を回り、訓練も哨戒飛行も終了した。リョウも武蔵も他に用事がないか探したが何もない。用務員のおばちゃんに、「草取りでもしようか?」と尋ねたが、「やっと訓練が終わったんだろう、休みなよ。」と暖かい言葉をかけられた2人。隼人がにやりと笑い、
 「ご苦労様」と、さっさと行ってしまった。
 残された2人は顔を見合わせ、大きなため息をつき、重い足取りで会議室へ歩いていった。そこへミチルが走ってきた。
 「ごめんなさい、リョウ君、武蔵君。」
 ミチルが困った顔をして言った。
 「急に用事ができて、家へ帰らなきゃならないのよ。早く終われば戻ってくるけど。」
 「えっ!い、いやミチルさん。ゆっくり用事済ませてきてくださいよ。」
 「そうだぜ、ここしばらく俺たちの勉強で、いつも遅くまで付き合ってくれてたんだから。」
 武蔵もリョウもあわてて答えた。このチャンス、逃せるものか。
 「そう?ごめんなさいね。あ、きのう渡した宿題、まだ済んでなかったらやっておいてね。」
 「はい、はい」
 いい返事をしながら、リョウ達はミチルを玄関まで見送った。ミチルの姿が見えなくなると、2人はやっと安心した顔になった。
 「やったー!遊べるぞ。おい、リョウ。TVゲームやろうぜ。元気に『新しいソフト買ってもらったから、一緒にやろう』って言われてたんだ。」
 「そうだな。そうするか。」
 うなづきながら、リョウはちょっと考えた。
 「ん、と。やっぱ、先にやっててくれ。俺はあとから行くよ。」
 「あん?何だ、用事か?」
 「ああ、ちょっとな。」
 「じゃあ先に行ってるぞ。談話室にいるからな。」
 とっとと走っていった。

 「あいつはどこかな・・・・」
 化学的なことを調べている、と言っていたから、多分実験室なんだろう。研究室かな。いくつかの部屋をのぞいたが見つからない。あれ、毎日、どこへ行っているんだ?そういえば、しばらく夕食も別だったな。リョウは食堂へ行った。
 「あ、リョウ君、ちょっと待っておくれ。すぐ用意できるから。」
 食堂はたいがい、いつでも食事ができるようになっている。所員たちの不規則な時間に合わせて。
 「あ、いや、違うんだ。食べに来たんじゃないよ・・・・最近、隼人の奴と夕食が一緒じゃないもんで、あいつ、いつもいつごろ来てるのかなと思って。」
 「隼人君かい・・・・夕食に来ないときもあるからねえ・・・・でも3・4日前におにぎりを持っていったけどねえ。」
 「おにぎり?・・・隼人が?・・・どこで食べてんだろう。」
 「お酒ももらえるかって聞いてきたから、敷島博士のところじゃないかね。ここでお酒を注文するのは、敷島博士だけだからね。」
 注文するのは、というか、ここで渡すのは、という意味なんだろうけど。未成年の隼人が飲むというのは、全然考えないらしい。俺が頼んでもくれるかな、とリョウは思った。
 でも敷島博士?あの人って化学者だっけ。失礼だけど、本気でそう思った。武器の製造だけじゃなかったんだ。


 早乙女研究所の地下にあるいくつもの研究室の中でも、なぜか異様な雰囲気を醸しだしている敷島博士の研究室。多少以上の爆発にも耐えられる構造の重い扉の向こうに、狂人に近い変人の科学者がいた。
 第2次世界大戦中から、戦争のための武器全般を扱う異能の天才、敷島博士である。
 「こんにちは、敷島博士」
 「なんじゃあ・・・・リョウのガキか・・・」
 じろっ、とリョウをにらんだ敷島博士は、おそらく子供なら泣きだすだろうな、というおどろおどろしい容貌と雰囲気を持っている。リョウだって、暗い所で急に会えばちょっと恐いかも。もっとも、一番恐いのは武器を振り回して狂喜しているときだろうが。
 「なんじゃあ、また面白い武器でも見にきたのか?・・・・いっぱいあるぞ。これなんかどうじゃ。敵の体内に入ったとたん、花火のように爆発して、飛び散る肉片は5m四方・・・」
 「う、うん。それはあとでゆっくり見せてもらいますよ。」
 スプラッタはあまり見たいほうじゃないけど。
 「ちょっと隼人に用事があって。博士のところかな、と思ったんだけど」
 「あー、隼人なら2日ほどここに来てたがな。もう研究室のほうにおるじゃろう。」
 「どこの研究室か知りませんか?探してみたんだけど。」
 「たぶん、北奥のFブロックじゃろう。」
 「Fブロック?なんであんな辺鄙なところ。何の研究をしているんだろう。」
 「毒ガスじゃよ。」
 「ええっ、毒ガス?」
 聞き間違えたのかと思った。
 「わしは、大戦中、政府の命令によって毒ガスの研究をしていたからのう。隼人に意見を聞かれての。じゃが、やっぱり、武器というものは、血飛び、肉ちぎれる銃器類が一番じゃ。そうは思わんか。
 毒ガスというものは、近くで結果を見ているわけにはいかんし、あとの始末が大変じゃ。広い範囲に散布すると中和が難しいし、ガス室みたいなところでは、一度に多くは殺せん。やはり、血飛び散り、肉ちぎれる・・・・・」
 勝手に陶酔している敷島をほおって置いて、リョウは長い通路を走った。研究所の敷地のはずれ、ひとつだけ区切られたFブロック。
 
 打ちっぱなしのコンクリートでできたその棟は、外に向かう窓はない。両端に入り口があるだけである。内部は5つの研究室に分かれている。
 ここは一種の隔離棟で、危険な爆発物の研究や病原菌の研究など、万一の場合は棟もろとも爆破したり、燃焼させたりできるよう、他とは離されているというアブナイ所である。もちろん、めったに使われていない。アブナイ研究か、アブナイ研究者がひっそりと、あるいはこっそりと、使用するのである。
 今、両端の入り口の扉があいているところをみると、危ない研究をしているのではないらしい。敷島博士が毒ガスとか言っていたけど。冗談だったのかな。あの人が冗談を言うとも思えないが。というか、あの博士は冗談というものを知らないだろうな。冗談を超えた本気だ・・・・
 そんな関係ないことを考えながら中に入る。窓がないため、昼間でも電気が点いている。真ん中の研究室のドアが開かれている・・・・・

 『おい、隼人・・・・』
 声をかけようとして、リョウはちょっと止まった。
 机の上にいくつものフラスコやビーカー、コンピューターの静かな唸りが時折ひびく。そのなかで、探していた人物は、ひとつの反応をじっと見つめていた。
 『綺麗だな』
 リョウはちょっと見惚れていた。たしかに隼人の顔は整っている。やさしく微笑んでさえいれば、黙っていても女の方から寄ってくるだろう。微笑んでいるのを見たことはないが。
 リョウだって、精悍な顔つきで、引き締まった体つきの好青年だ。目つきは鋭いが、茶目っ気もある。運動神経も抜群どころじゃない。高校に通ってさえいれば、ずいぶんと女生徒にもてるだろう。いや、男にだってもてるかも。おいおい。

 「何か用か」
 スッと顔をあげた隼人が聞いた。
 「いや、別に用ってほどじゃないけど。
 ミチルさんが急用ができてヒマになったんで、お前がなにしているのかと思ってさ。何だ、それ。」
 「中和剤だ」
 「中和剤?」
 「ああ、この前の戦闘のとき、恐竜帝国のウラン液を中和するために作ったアレだ。」
 「なんで、今頃そんなもの。」
 「最初のウラン液は、俺がゲッター線貯蔵庫の事故のとき受けた放射能の中和光線で中和できたが、次のウラン液には効かなかった。運よく、海水を加えることで新たに中和剤が完成できたがな。
 だが、次にもっと、強力なヤツが使われないとも限らないしな。ヒマなうちに中和剤とウラン液の根本的なところを確認しておこうと思ってな。」
 「へー、すごいこと、考えるんだな。(ヒマなうちにってとこが特に)
 でも、やっぱ、冗談だったんだな、あれは。」
 「ん?」
 「いや、敷島博士がさ。お前が毒ガスの研究しているなんていうからさ。嘘だと思ったんだけど、こんなところで研究してるから、一瞬、本気にしちまってよ。」
 屈託なく笑う。無邪気な笑顔。
 「別に、冗談ではないさ。」
 「あん?」
 「人間にとっては中和剤だが、ハチュウ人類には猛毒だからな。」
 「え・ええっ!」
 「おまえと武蔵がウラン液、ウランガスにやられて眠っているとき、俺はジャガー号で町を中和しに行った。」
 「ああ、そうだったな。」
 「あのとき、メカザウルスが現われて攻撃を受けたとき、中和剤の入ったタンクを撃たれた。バランスを崩して墜落しそうになったが、何故かメカザウルスは追撃して来ず、それよりもむしろ、慌てて去っていった。不安定な飛び方で、逃げ出していく、と言うような去り方だった。
 幸い、俺のジャガー号はコマンドマシンと同じ、索敵、分析、解析の性能が高い。それで後で何度もデータの確認をしたんだ。」

 イーグル号、ジャガー号、ベアー号にはそれぞれデータ分析の装置は付いている。だが、イーグル号、ベアー号が自動的に収集データを研究所に送るのと異なって、ジャガー号は探索用のコマンドマシンと同じ、高性能の収集、分析能力を有している。これはジャガー号が地中という、レーダー頼りの操縦を必要とするためであるが、高性能の装置ほど人の手による調整が必要だからだ。オートマッチックのカメラと、プロのカメラマンが使うカメラが違うように。
 それに、戦闘は、リョウのゲッター1が主である。攻守のバランスや破壊力が一番優れているし、空も自在に飛べる。
 ジャガー号の隼人にデータの収集、分析をまかせるのが、最も効率的である。

 「その結果、俺たちの中和剤が、やつらにとっては毒ガスだということがわかった。それも即効性の猛毒だ。俺たちに致命的な、放射能には平気なのにな。」
 「ふーん、そうなのか・・・・」
 隼人が言っていることはわかったが、『それがどうした?』って感じで、いまひとつ、意味がつかめない。
 「リョウ、お前、恐竜帝国は何処にあると思う?」
 「・・・・・・・・・」
 わかっていたら、さっさと攻撃している・・・・
 黙ってしまったリョウに、
 「言い方が悪かったな。つまり、奴らはゲッター線から逃れるために地下に潜ったわけだが、奴らがあちこち自在に出現することや、メカザウルスの武器にマグマを使用していることなどから考えて、本拠地は地下の空洞というより、マグマ層にあるんじゃないかというのが、博士や俺の考えだ。」
 「へェー、そこまで解ってきたのか。」
 俺は、敵がきたらやっつける、としか考えていなかったけど、博士たちはそこまで考えているんだな、やっぱり。
 「それで、マグマ層に奴らがいるとしたら、それはひとつの巨大な要塞、まあ、ひとつだけとは限らないが、閉ざされた空間であることは確かだ。」
 そうだよな。マグマの中で航行しているのだろうから。
 「ということは、そこに俺たちの中和剤、つまり、やつらにとっての毒ガスを注入できれば、一気にカタはつく。
 敷島博士にいろいろ聞いたが、中和剤なら、たとえいくら地上に漏れても何の害もない。俺達、人類にはな。」

 ミチルがリョウたちに勉強を教えるのと同じような調子で話されて、思わず頷きかけたリョウだったが、ちょっと、待てよ・・・・
 「それって、要塞の中にいる奴ら全員を、皆殺しにするってことか?」
 「皆殺しにはできないだろう。いくつも隔壁があるだろうし、部分的に切り離すことも可能だろうからな。それに大きさがわからない。中和剤の量がどれほど必要か。ひょっとして、ハチュウ人類全員がひとつの要塞というか、そういうものの中に暮らしているのだとしたら、とてつもなく巨大なものだろう。そうした場合、一瞬でカタはつかない。時間があれば、やつらはすぐに中和剤を作るだろう。そしてそれは人類にとっては猛毒になるだろうからな。諸刃の剣というやつだ。」
 よどみなく続ける隼人。しかし、リョウの頭は混乱してきた。『皆殺しにできない、というのは、しない、というのじゃなくて・・・・』
 「まあ、とりあえず今は、いろいろ応用できるよう、調べているんだ。どうせ、俺ひとり、ヒマだからな。」
 いったん言葉をきり、机の上の器材やフラスコに目をやる。いくつかの数式をコンピューターに入れ、少し可笑しそうにリョウを見る。
 「なにか、言いたそうだな。リョウ。」
 「う、言いたいというか、聞きたいんだが・・・・」
 「なんだ」
 「その、要塞には、たぶん、研究所の食堂のおばちゃん達みたいなのや、元気みたいな子供、つまり、非戦闘員っていう人達(?)もいるんじゃないか?」
 「たぶんな。」  それがどうしたっ、という顔。
 「そんな非戦闘員も、巻き込んじまうんじゃないか?」
 「そうだ。」  あたりまえだろう、という顔。
 「その、兵士たちはともかく、そういうのは助けてもいいんじゃないかな、と」
 「それは俺たちじゃない、ゴールが考えることだ。」

 「まだ、何か聞きたそうだな。」
 少しからかうような口ぶりで隼人が言う。
 ・・・・・聞きたい、というより、聞きたくない、と言った方が正しいのかもしれないな。
 「その、隼人。お前には、それができるのか?」
 逡巡していたリョウが思い切って尋ねた。
 「技術的に、という意味なら、残念ながらしばらくは無理だろう。心情的に、というのなら、俺は今からでもできる。」

 コポコポとフラスコの中の液体が音をたてている。時折ひびくコンピューターの静かな唸り。その中でリョウは、自分の心臓が耳障りなほどの動悸を繰り返していることに気づく。
 目の前に立つ、暗黒の瞳を持つ男。
 「お前・・・・死神・か?」
 「そこまで万能じゃない。せいぜい、『死の配達人』ってとこだ。」
 無造作に言い返すその軽さに、リョウはぶち切れた。
 「隼人!!」
 真正面に繰り出す拳。瞬間、隼人は全力でリョウに体当たりした。
 「グワッ!」
 背中を廊下の壁にしたたかに打ちつけ、それでもリョウはすぐさま体制を立て直し構えた。と。
 隼人が廊下にうずくまっている。胸を押さえ、起き上がる気配はない。
 「お・・・・い?」
 リョウは少し近づいた。隼人がリョウの拳をまともに喰らうことなどめったにない。憎らしいくらい防御が上手い。たいがい、力は殺がれている。完璧にヒットした、と思ったときでさえ、わずかに急所を避けている。
 でも、だからといって、仮病をつかうような姑息な真似はしない。とすると。
 『ゴフッ!』
 隼人がゆっくり身動きした。かなり苦しそうだ。
 「おい、大丈夫・・・・か?」
 もう一歩近づく。いつもと勝手が違い、少し戸惑う。
 「・・・・・馬鹿が・・・・」
 「え?」
 「あんな所で、殴りかかってくるヤツがあるか・・・・俺が、なんの実験、してたと思ってるんだ」
 「あっ!」
 思わず息がとまる。たしか中和剤。それもひとつ間違えると、毒ガスになるっていう・・・・
 壁にもたれ、浅く息をする隼人。おれを止めるため、まともに拳をくらったんだ。隼人のスピードと相まって、その衝撃は・・・
 「あ、あの、もしかして、アバラ、イッちまったか?・・・」
 「そこまで、ドジじゃないさ・・・だが、ヒビぐらい、イッたな・・・」
 「すまん・・・・」
 すっかりしょげてしまったリョウに、苦笑しながら
 「まあ、俺も、お前の反応を読み切れなかった油断があっただけさ。わかりすぎるぐらい、単純なのにな」
 そこで頷くべきか、怒るべきか、ちょっと考えている間に隼人は立ち上がった。
 「・・・・・・・」
 かなり顔色が悪い・・・当たり前だが。
 「おい、大丈夫か。背負ってやろうか?」
 「折れていないから歩けるさ。それより、薬品を片付けておく。しばらくは中止だ。」
 部屋に入り、ゆっくり片付けだした。
 「何か、手伝おうか?」
 「そのビンを、この金属容器に入れてくれ。ウラン液だ。気をつけてな。それさえ混ざらなければ、たいしたことはない。」
 フラスコやビーカーを洗浄し、コンピューターの電源をおとす。
 「そのウラン液を、第3研究室の薬品庫に返しておいてくれ。」
 「ああ、わかった。」
 2人で棟を出る。隼人は時折、胸を押さえている。
 「おい、なんでこんな辺鄙な所でやってたんだ?隔離だけなら向こうにもちゃんとした部屋があるだろう。ウラン液さえ混ざらなければいいのなら。」
 「向こうは、動力のほとんどがゲッター線エネルギーだ。万一、ということもある。ここはふつうの電力だ。」

 医務室に行って、「いつもの喧嘩」というと、それだけで納得された。服を脱ぐと、すでに胸のあたりが広範囲に変色している。隼人は色が白いからとくに目立つ。
 「今日は派手にやったんだねえ」
 ドクターの呆れた声。
 「鎮痛剤を打っておくから、今日はここで寝ていなさい。少なくとも3・4日は安静にしなければね。」
 「俺、博士に伝えておく。」
 部屋を出て行くリョウに、隼人はなにか言いたそうな眼を向けたが、そのまま横を向いた。
 
 「博士。」
 早乙女の部屋に入る。
 「どうしたね、リョウ君。難しい顔をして」
 「あの、実は、俺、隼人を殴って、あいつ、アバラにヒビが入って、3.4日安静だと・・・」
 「ふむ?珍しいな、そんな喧嘩は。君はなんの怪我もしていないようだが。」
 「それが、ケンカっていうか、いや、ケンカになるところだったんですが、その、」 
 うまく言えないので、はっきり聞いた。
 「博士は隼人が何の研究をしていたか、ご存知だったんですか?」
 「中和剤のことかね?」
 「毒ガスのことです。」
 それだけで、早乙女は何があったのか、わかったようだ。煙草を一本取り出し火をつける。ふぅーと息を吐きながら、
 「知っている。相談を受けたからね。」
 「博士は賛成なのですか?」
 「敵の基地が発見できたときは、有効な手段のひとつだとは思うがね。まあ、実際に使うことはないだろう。解毒剤としての研究と思ってくれればいい。」
 「ヤツは使いますよ!隼人は死神、いや、殺人鬼だ!!」
 思わず大声をだして、それでハッと気がついた。自分が隼人の何に一番腹を立てていたか。隼人が<殺人鬼>だからではなく、ヤツが、必要なら<殺人鬼>になることさえ、平然と受け入れることに、だ。
 黙ってしまったリョウに早乙女は穏やかに尋ねた。
 「隼人君は、君に何を言ったのかね?」
 「・・・・・毒ガスで敵を倒せるのなら、自分はそう出来ると・・・」
 「その前は?」
 「その前?」
 「うむ。なぜ隼人君が中和剤に目をつけたか、その最初の理由は聞いたかね。」
 「理由って、中和剤がハチュウ人類には毒ガスになるっていう事でしょう?」
 「いや、確かにそうだが、彼が最初求めようとしたのは、殺戮ではない・・・・共存だ。」
 「きょうぞん・・・?」
 思いもかけぬ言葉に、漢字が当てはまらない。
 「そう、共に、存在できないかとね。」
 「誰と、誰がです?」
 「もちろん、人類とハチュウ人類がだ。」
 「何言ってるんです博士。正気ですか?」
 「わしが言ったんじゃない。隼人君がだ。わしもそのとき、唖然としたがな。」
 2本目の煙草に火をつけ、ふかく煙を吸った。呆然としているリョウに、ゆっくり続ける。
 「同じ物質であっても、これほど極端に正反対の影響を受けるのだとしたら、完全に生活圏を切り離したら、同じ地球で共存できるのではないかとな。
 まるで、夢物語のように聞こえたが、真剣に話してくれた。口調はいつもと変わらなかったがな。
 たとえば、人類未踏といわれる秘境は、いまも地球にいくつもある。ジャングルの奥地、険しい山岳地帯、奥深い谷、人類が暮らしていない場所は多々ある。恐竜帝国の科学力は優れている。マグマの熱等を利用して、彼らに合った場所にできないものか。
 人類と仲良く、というのは無理だろう。同じ人間同士でも、有史から争いは続いている。何世紀かが過ぎ、人類が宇宙にでも飛び立てるほどの科学力をもてば、地球にこだわることもないかもしれないけれど。
 とりあえず今は、何とかそんな、人類と接することのないところで、生きていくことはできないだろうか、と。
 きっと、恐竜帝国すべてのハチュウ人類の数はそれほど多くないはず。過酷な環境で、繁栄できるはずがない。兵士たちを見ても、どちらかというと小柄で、人間と大差ない。大きくなるにしろ、増えるにしろ、充分な食料や資源は必要だ。マグマ層や地下では難しいはずだ。戦う力を、共存に向けることはできないだろうかとな。」
 「そ、それで、できるのですか?!」
 意気込んで、リョウは聞いた。もし、できるならば。
 「いや、無理だ。」
 途端に力が抜ける。
 「で、でも、隼人は・・・」
 「 うむ。隼人君と、いろいろ検討したがな。致命的なことに、大気の問題があった。」
 「大気?」
 「そうだ。恐竜時代と現代で、一番違うのは大気だ。古代、恐竜たちが過ごしていたときは、亜硫酸を含んだ炭酸ガス。人類が生きていくことはできない。かといって、ハチュウ人類に我慢させるわけにはいかない。
 今は、古代よりもさらにゲッター線が増えている。この大気のままではハチュウ人類は暮らしていけない。いくら、ゲッター線を克服したといっても、平気になった、というのではない。防御できるようになったというだけだ。メカザウルスや要塞が耐えられるだけだ。奴らは地上に出たら大気を変え、ゲッター線が地上に届かないようにするつもりだろう。他のものならともかく、大気を隔絶することはできない。
 ・・・・共存は・・できない。」
 いつのまにか、3本目の煙草も灰になっていた。息苦しい重さは、煙草のけむりのせいだけではないようだ。
 「それで隼人は?どうしたんですか?」
 聞かなくても解るような気がする。たぶん、あいつは・・・
 「いつもの眼と、いつもの声でひとことだけ言ったよ。」


  『では、戦うしかありませんね。』 





 リョウは医務室に向かっていった。早乙女博士の言葉が耳から離れない。
 『なぜ隼人は、俺にそういう説明をしないで、<殺せる>とだけ言ったんだろう。俺が反発するのがわかっているくせに。』
 『たぶん、君の重荷になると思ったのだろう。どうすることもできないことだから。
 助けたいと思わないほうが、思い切り戦えるからな。そしてそれは、絶対に必要なことだ。人類にとって。』
 だからといって、自分ひとりが悪人になる必要がどこにあるんだ?俺たちはチームなんだ。でも、おれがそう言ったら、たぶん、『聞かれたことに答えただけだ。』というだけだろうな。
 医務室の白いベッドに隼人は眠っていた。長い前髪が、白い顔に翳をつくっている。去り際に、博士がポツリと言った言葉。
 『隼人君は、“彼ら”と言っていた。“奴ら”ではなく。』
 ベッドの横に立ち、じっと隼人を見る。
 『おまえは誰よりも賢いかもしれないけど、俺よりも馬鹿だ!』
 と、隼人が目を開けた。立っているリョウをみて、フッと笑った。
 「どうした、神妙そうな顔して。」
 「あ、いや。具合はどうだ?痛むか?」
 「鎮痛剤が効いているから大丈夫だ。気にしなくていい。」
 横の椅子に腰掛けて、
 「何かして欲しいことないか?あ、夕飯持ってきてやろうか。」
 「あとで、ミチルさんが運んでくれるって言ってた。勝手にケンカしたんだから、いいって言ったんだけどな。」
 「俺が持って来てやるよ、当事者なんだから・・・・そうだ、今日は付き添いしてやるよ。何か用事、あるだろう。」
 「ありがたいが・・・・お前はもう、終わっているのか?」
 「えっ、何が?」
 「宿題だ。さっき、武蔵が、看病してやるって言って、ついでに宿題を抱えてきたところをミチルさんに見つかってな。」
 ドキッ!!
 「会議室に引っ張って行かれたみたいだが、お前はもう終わって・・・・・いないみたいだな。」
 苦笑する。




 「ま、俺のほうはいいから、お前も会議室に直行しな。」







      ******************


 『 隼人が言った。
  「一応もう一度訊くが、話し合うーー共存の余地はないのか?」
  「あるはずがなかろう」
   ゴールの返事は響くように帰ってきた。 』
 

 たかしげ宙さんの『ゲッターロボ@』  
     メディアワークス電撃文庫より


  これを読んだとき、「共存なんかできたら、話が続かないでしょうが、」と思わず突っ込みたくなりましたが、『アーク』で隼人がカムイをゲッターのパイロットに受け入れ、恐竜帝国と手を結んだところをみると、彼は本気だったのかもしれませんね、30年も前から。(そうか?)
 私の小説のキャラクターは、この本の影響もあります。『やさしく微笑んでさえいれば、黙ってても女の方から寄ってくるに違いない』は、ここから引用しました。

 あと、みなさん、スーパーロボット対戦はご存知だと思いますが、そのHPに、
 http://superrobot.com/があります。ここのSRWデータベース、キャラ名鑑

  http://members.jcom.home.ne.jp/superrobot/db/srw.htm  


ここにゲッターチームはアニメ版と、原作版の2つのキャラが説明されています。この、原作版が私の小説のキャラの基本です。ときどき、アニメ版も使いますが。よろしければ、一度ご訪問ください。スパロボに出てくるメンバーがほとんど紹介されています。
 今後も、私の小説のキャラは、ここを参考にする予定です。


 何かご意見、ご要望がありましたら、メール下さいませ。アドレスをご記入いただければ、返事いたします。
 苦情がありましたら、「閉じるボタン」をクリックして下さいませ。3日ほどすれば、気にならなくなると思います。(私の経験上)


 では、次回も、よろしければお付き合いくださいませ。 かるら
   2004.7.19