「時間(とき)」に潜むもの
何処から来たのだろう。
この地球の、何処に足跡を遺していたのか。
いや、それは、忽然と現れたのだ、彼方から。
恐竜帝国を深いマグマ層に追い遣って、息つく間もなく始まった更なる戦い。
ゲッターロボは、新しく開発されたゲッター増幅炉によって、今まで以上のパワーを持つスーパーロボットとしてよみがえった。
そして、武蔵を失ったゲッターチームも、新たなパイロット弁慶を迎え、また研究所もより強固な防衛力と攻撃力を備えた新早乙女研究所として復活した。
「いやー、しかし、この前の戦いは危なかったなあ」
研究所の談話室で、夜だというのに饅頭をほおばりながら、弁慶が言った。
「まあな、百鬼獣自体は大したやつじゃなかったが、博士や隼人、ミチルさん達がビルに閉じ込められたのには参った。連絡もとれねェし、あれほどアセったことはなかったぜ。」
とリョウ。
巨大な70階建てのビルそのものが百鬼獣だった。そこでのパーティーに招待されていた早乙女博士、隼人、ミチル、元気の4人。会場に閉じ込められ、次々と襲い来る死のトラップ。
床から突き出す槍衾。剣を持った彫像が人々の首を刎ねる。B級ホラー映画のように人々は屍と化した。集まっていた各界の名士たちは、最後には毒ガスにやられ誰一人助からなかった。
ドラゴン号で救援に駆けつけたリョウが見たものは、まさしく地獄の絵図だった。会場に充満している毒ガス。口から泡を吹き、苦悩の表情を浮かべたまま事切れた人達。へやのあちこちで床からの槍で串刺しにされた人や、おそらくは高圧電流だろう、黒焦げになった人間。本当に隼人たちが助かったのは奇跡としか思えなかった。
窓の外、カーテンを使って吊るされたテーブル。そこに避難していた隼人たち。さすが隼人だと、リョウは驚嘆の目と言葉を告げた。
「お前が博士達の護衛に付いててくれて助かったぜ。俺だったら、果たして助けられたかどうか。」
「フッ、お前だって助けられたさ。敵に気づかれぬよう合体せずに二手に分かれて静かに救援に来たんだ。なかなかの策士だぜ。」
隼人が言うと、リョウはひどく嬉しそうに、
「いやー、いつも指揮する博士がいなかったから、どうしたらいいか、困ったんだがな。人質になっているのなら、とにかく敵を刺激しないようにと思ってさ。」
「的確な判断だ。お前が俺の代わりに博士の護衛に付いていたら、博士ばかりではなく、もう少し、助かった人間もいただろうな。」
「なんでだよ。お前に出来なかったことが、俺にできるわけねえだろ。」
ミチルから聞いた、あのときの悲惨な状況。パニックに陥った人達が、次々とトラップにかかって死んでいった。それをどうすることも出来なかったと。
不審そうな眼をして問いただすリョウに、
「俺は博士達を助けることしか、頭になかったからな。他の人間のことなんて、これっぽちも考えなかった。
たとえ、少しでも余裕があれば、お前なら他の人を助けることを考えるだろうが、俺はより確実にと博士達の安全に費やすからな。
ほかの人間は助けない。」
淡々と語る隼人。その平然さと、言葉の内容のアンバランスに、リョウ達はつい言葉を失った。
『隼人君、すまんが、わしの部屋まで来てくれ。』
早乙女の声が、腕の通信機から響いた。
「はい」
返事をすると、隼人はスッと立ち上がり、部屋を出て行った。
残された3人は、困ったような顔を見合わせた。問いたげなリョウにミチルは、
「隼人君は、あのときに出来る、最大のことをしたと思うわ。何よりもお父様を死なせるわけにはいかなかったもの。」
自分の父親だから、というだけではない。世界のためにも早乙女は失えない。
ミチルは苦しそうに思い出していた。隼人はどこにどんな罠が仕掛けられているかを知るために、ドアを開けようとしたり、電話をかけたりしようとした人を止めなかった。『止めれば助かったのに』という早乙女に
『奴らの手の内を知りたい。ここから逃げ出すためにはそれが必要です。』
『しかし、人ひとりの命だぞ。』
『このままではどうせ全員殺される。博士、あなたをここで死なせるわけにはいかない。どんなことをしても、俺はあなたをここから脱出させる!!』
あの阿鼻叫喚の地獄の中、冷静で、的確で、そして冷酷な判断-----
・・・・・・助けられる力を持ちながら・・・・・・
「で、でも、なんとか間に合って、よかったなあ」
重く、苦しい空気を払うような弁慶の声。
「ええ、隼人君も、すぐにリョウ君たちが助けに来るって、信じていたわ。」
「え、本当か?」
「ええ、リョウ君達と連絡が取れないのは、きっと研究所に何かあったからだ。おそらく百鬼獣が現れたのだろう。妨害電波が出ているようだって。そして百鬼獣ならリョウ君たちがすぐ倒してこちらに向かうだろうから、もう少しの辛抱だって。」
「いやー、ま、ちょっと百鬼の奴にてこずっちまったけどよ。もう少し早く行ければ良かったんだけど。」
「ミチルさんに見せたかったなあ、俺のかっこよさ。」
「なんだよ、弁慶!自分ばかり売り込むな。」
信頼されていたのが嬉しくて、リョウと弁慶は言い合いを始めた。それをミチルの優しい目が見守っている・・・・・・・・・
「よし、まずはこれでいってみよう。」
ゲッター増幅炉のひとつの課題を取り決めて、早乙女は大きく伸びをした。煙草に火をつけ、ゆったりと腰を下ろす。
「博士、今度から政府やその他の会議や説明、交渉などには俺が出ます。博士はできるだけ、研究所から離れないでください。」
隼人が椅子にも座らず早乙女に告げる。
「しかし隼人君・・・・」
「研究所以外では、博士の身の安全を守ることは難しい。暗殺者なら倒せても、この前みたいに建物自体が敵のときは、どうしようもありませんからね。」
「うむ、たしかにそうだが・・・・・しかし・・・・」
「かまいませんよ、政府の連中にいちいち博士が会わなくても。説明ぐらい、俺で充分です。」
「まあ、確かに君なら議員相手でも、軍人相手でも引けをとらんだろうが・・・・そうしたら、君の身の方が危険じゃないかね?」
「俺ひとりなら、たいがい乗り切れますよ。それに万一死んだところで、あとがまならいくらでもいる。」
「何を言うんだ隼人君。君のあとがまなんて!」
早乙女は少し驚いた。身体能力もさることながら、IQ300という優れた頭脳。それに物事に対する判断力や他との折衝の巧さは舌を巻くばかりだ。
たしかに自分はゲッター線研究の第一人者で、科学者としても超一流だと自負している。そしてまだまだ未知の力を探求し、手にいれるつもりだが。
それでも、いずれ戦いが終わって平和になって、自分の跡を継ぐ者として、宇宙開発への大きな力になるであろう若者を、早乙女は密かに楽しみにしていた。
「俺は人より多少頭の回転が早いだけですから。その分人数を揃えれば、俺の仕事なんて誰にでもできるでしょう。」
気負いもせずにさらりという隼人に、早乙女は『本気なのか?』と戸惑った。自分と対等に討議できること自体、他とははるかに優れているというのに。
持って生まれた能力というものは、努力を必要としないかわり、執着もないのだろうか。
「博士、百鬼の奴らは、何を目的にしているのでしょう。」
「ふむ。そこのところが今ひとつわからんな。まあ、君も座りたまえ。コーヒーはどうかね。」
「ええ、いただきます。」
隼人はそういって部屋の隅にある小さなテーブルにあるポットを手に取った。
「百鬼一族は、すべての人間を奴隷にしようとしているようだ。あの角を植え付けて、人間を支配しようとしている。そのためのエネルギーとして、ゲッター線増幅炉を狙っているようだが・・・・・」
「60億もの人間を奴隷にして、何が面白いんでしょうね。一斉に『右向け右』でもさせたいのかな。」
隼人がクスッと笑う。口元に浮かぶシニカルな笑い。
「まあ、独裁者という者は、変に潔癖なところがあるから、全部が全部、思い通りにならんと気にいらんのだろう。」
「それから考えると、まだ恐竜一族のほうが可愛げがありましたね。あちらは何といっても信念があった。」
ふと、ゴールの最後を思い出すように隼人は黙った。自分達に体当たりして、最後の意地を見せようとしたゴール。それを堂々と受けようとした自分達の横から数本の銛が発射され、ゴールは串刺しになった。高らかに哄笑する百鬼一族。リョウは許せず、ただの一撃で百鬼獣を撃破した。
ゴールは海溝の奥深く沈んでいった。
守りたいものが違っただけで、求めるものは同じだった。仲間の命、仲間の幸福。
地球を真二つに分けることが出来たなら、あるいは共に生きることが出来たかもしれない。時折、互いに交流しながら。
いや、たぶん、それは夢でしかないだろう。でも、『夢を見たい』と思える敵でもあったのだ。
だが、百鬼についてはそんな感情は湧かなかった。戦い始めてまもないから、というのではない。恐竜帝国だって、最初から人間を大量殺戮するために、非道な実験を繰り返していた。それでも戦うにつれ、彼らから滲む焦りに気が付いた。後がない、後ろから追い詰められる、そんなどうすることも出来ない、切羽詰った怯えのような焦り。なぜなのかわからなかったが、ゴールの最後の言葉が強く残った。
「おそらく何かが、われら爬チュウ人類が地上を支配するのを好まなかったのだろう。」
自嘲するような、辛そうな声だった。
百鬼帝国の親玉ブライ大帝の顔は、一度モニターで見ただけだが、その傲慢な独裁者の顔の後ろに潜む、黒い影のようなものが、一瞬見えたように感じた。
呪いにも似た憎しみ。
地球を制覇するというより、人類を抹殺したいような。
本当の敵はそいつだと、背筋が凍りついた。すぐにその気配は消えたが。「夢魔」にも似た戦慄。
リョウや博士がソレを感じたかはわからない。隼人自身でさえはっきりしないものだ。「カン」とも違う。遠い“何か”。ゆっくり首を振り、コーヒーを口にする。
「?どうかしたのかね?」
早乙女が訝しげに問う。
「いえ、なんでもありません。なかなか手ごわそうな相手だと思って。」
「そうだな。新しいゲッターは、今までの数倍のパワーを持つし、武器の威力も数段アップした。制御機能も格段によくなった。これからますます、君達の活躍を期待する。」
「わかっています、博士。リョウも弁慶も頼もしいやつです。勝つために戦いますよ。・・・・・・・・だが、百鬼は何処から来たのでしょうね。」
「ん?どういう意味かね?」
「地上は人類が満ちています。地下はハチュウ人類が潜んでいた。とすると、百鬼は何処に居たのでしょう。大地ではなく、地下でもないとしたら、海か・・・・空でしょうか」
「空?・・・宇宙だとでもいうのかね?」
「いえ、わかりません。地球が宇宙において、それほど重要な星とも思えませんし。
地球を欲しがるのは、やはり地球人だと思いますが。それに、百鬼は一種族というより、サイボーグ集団みたいですからね。やはり地球のどこかに潜んでいたのでしょう。ひょっとしたら、南極か北極・・・・」
「極地はまだまだ閉ざされた世界だからな。何十万年前という氷の下に、われわれの知らない何かが眠っているのかもしれない。時折、地震などによって、新しい断層が姿を現すが、すぐにブリザードで隠されてしまうからな。」
「いずれ、時間ができたら調べてみるといいかもしれませんね。」
「そうだな・・・・・だが、できるものなら、早く戦いを終わらせて、研究に没頭したいものだ。」
少し突き放すように、早乙女は呟いた。
なにも戦いに勝利するために、ゲッター線を望んだのではない。
エネルギーの枯渇する地球の将来のために、代わりとなりうる無公害、無尽蔵のエネルギー。宇宙から降り注ぐ雑多な放射線のなかにみつけたゲッター線。自分の生涯をかけた研究。
科学者として、自分の研究が戦いに使われるほど哀しいことはない。敵が人類外であったから、まだ、救われる気がするが。
「いや、今は何よりも、敵を倒すことに力を尽くさなければな。罪のない人達が、少しでも巻き添えになって死ぬことのないように。」
早乙女は数日前を思い出していた。誰も助けられなかったあのとき。
「博士、もう休まれたらどうですか」
「そうだな、君ももう休みなさい」
嘆くだけで取り戻せるならば、嘆くだろう。だが、失ったものは戻らない。過去を無かったことにはできない。再び失わないために、前に進むしかない。
「さっそく君には明日、いや、もう今日か。政府への説明会に行ってもらおう。恐竜帝国についての説明も残っているからそれも頼む。いろいろ書類や報告が溜まっておってな。百鬼が現れるものだから、少しも片付けられなくて・・・・・・」
「・・・・・・博士・・・・・・」
咎めるような低い声に、早乙女は急いで手を振って、
「じゃあお休み隼人君。明日の会議は4時からだから、2時にはここを出たほうがいいだろう。」
「・・・・・はい、失礼します・・・・」
何者にも媚びず、真実だけを追究し、新たな事象を探求することにすべてを賭ける。そのくせ研究以外には無頓着で純粋な早乙女の性格が、とても好ましく頼もしいものに思えるけれど、事務的なことや外交的な付き合いなどは、まったく苦手なんだからな、と隼人は部屋の外で苦笑する。
世界有数の偉大な科学者。少しでも早く百鬼を倒し、ゲッター線の研究に専念させたいと思った。人類にとって、必要不可欠なゲッター線エネルギー。単なる動力エネルギーではない。ゲッター線を照射することによって生み出された特殊合金、G合金。硬度はチタン合金を上回り、しかも通常の金属ではありえない弾力性に富む。そしてゲッター線が発生する「力場」によってゲッター効果ーーー量子レベルで物質情報を書き換え、機体形状を変形させる。これだけでも今までにない特殊エネルギーだが、まだまだ未知の力を秘めていた。到底解明され尽せないだろう力。
だからこそ、少しでも早く研究に戻れるようにしたかった。あせり、ともいえる不安。
信じられぬエネルギーが発見されたと同時に現れた、思いもしなかった敵。
はるか伝説に埋もれていた「悪魔」や「鬼」といわれた敵。『何か』が“時”満ちて動き出したのかもしれない。
「おい、隼人。」
自分の部屋のドアを開けようとしたとき、隣のドアからリョウが顔をだした。旧研究所では3人同じ部屋だったが、新研究所では各々が個室を貰っていた。
「なんだ、リョウ。起きていたのか。珍しいな、こんな時間まで。」
「ちょっとテレビ見ていたんだ。少し、いいか?」
「ああ、いいぜ。俺の部屋にするか。」
「うん、そっちの方が綺麗だからな。」
「自覚しているんなら、掃除しろ。」
苦笑しながら灯りのスイッチを入れる。
「ほんとに、いつ見ても何もねー部屋だな。」
「散らかっていない、と言え。」
「チェックインしたての部屋って感じだな。」
「くだらんことばかり言ってないで、用事があるんだろ。」
「まあ、用事ってほどでもねえけどよ。博士と何か、難しい話でも?」
「いや、ゲッター線についてのちょっとした検討だ。まあ、それと、今度からなるべく他所での会議なんかは、俺が出ることにしたんだ。」
「お前が?」
「この前みたいに会場自体が百鬼の罠だったら大変だからな。百鬼も博士が出ないと知れば、あれほど大仰にはしないだろう。」
「だが、そうするとお前、随分忙しくなるんじゃねえか。」
今でさえ新しいゲッターの操縦に慣れるため、訓練時間は半端じゃないし、その他にもゲッター動力炉とか他の機械の不調なんかで、訓練途中でさえ呼び出しがきている。
「博士が会議に出ない分、研究所のことは博士がやってくれるだろう。」
まあ、事務的な雑務の総括は、俺のほうに来るだろうけど。
「甘いんじゃねえのか。さっきだって他の助手の人達だっているのに、お前に呼び出しがきてたじゃねえか。」
研究所には300人ほどの所員がいる。技術者ばかりではなく、もちろん博士の助手として、それぞれ大学の専門分野を修めた人間も多い。ゲッターロボの開発の主任は橘博士だし。
別に、高校も休学中(中退か?)の隼人がいろいろ引き受けることもないのだが。ただ、この研究所は、なによりもゲッター線の研究と平和を第一に考えているから、適材適所という考えが浸透している。そこに嫉妬とかのわだかまりはない。リョウもパイロットとしての力量を認められているから、年上の所員たちとタメ口をきいても誰も気にしない。
能力のある者が、それぞれの力を最大限に発揮するのが当たり前、という考えであるだけに、居心地のいい反面、際限なくこき使われる。 もちろん非番はあるが、それぞれの受け持ちに不調とかの突発事案があれば、休日は返上だ。そして隼人は、すべての部署に対応できた。
「会議なんかに出るってことは、移動にもだいぶ時間を取るんだろう。いくらお前でも、1日は24時間しかないんだぜ。」
「今度のゲッターは前のゲッターのノウハウを生かしてあるから、制御機能は格段に良くなった。訓練で一番重要な合体にかける時間も、今までよりは減るだろう。弁慶がまだまだ不安だが。あとは個人訓練、特にリョウ、おまえの訓練が重要だ。」
「え?何でだよ」
「今まではなんといっても3体が、それぞれそれなりの攻撃能力を持っていた。メインはおまえのゲッター1だったがな。だが、これからは今まで以上にお前のゲッタードラゴンに、戦闘の主になってもらうつもりだ。
ゲッタービームもダブルトマホークもパワーアップしたが、それ以上にゲッター最大というべき必殺武器をドラゴンにつける。」
「必殺武器だって!」
「ああ、俺達3人、3機のエネルギーのすべてを使う。ライガーやポセイドンはゲッター2、ゲッター3の能力を数段パワーアップしたがそれだけだ。各機×3じゃなく、3乗でなければ百鬼には勝てそうにないからな。
一番戦闘力のあるのはお前だから、お前の操るロボットに最強の武器をつける。今、早乙女博士達が最優先事項として開発に取り組んでいる。そのためにも、他の雑用は俺が片付けなければな。」
「へえー、なんか凄いな。わくわくするぜ。」
嬉しそうにリョウは眼を輝かせた。
本当いうと、リョウはちょっと落ち込んでいたのだ。
ひとり部屋になったせいもあるが、以前の自分達、隼人と武蔵の3人はもっと親しかった。武蔵と弁慶を比べているわけではない。弁慶は武蔵の代わりではなく、正しくゲッターのパイロットだ。力量だって認めているし、いい奴だと思う。同じ部屋で寝起きしなくても、1日中、ほとんど一緒に行動している。隼人とは最近は特に訓練以外では別行動だが、以前だって博士の助手として結構忙しくしていた。まあ、今ほどではないが。
今、隼人が自分のことを高く評価してくれたのが、ひどく嬉しかった。そうすると自分は思った以上に「チーム」というものに固執しているのかもしれない。他人と交わることなく、父親に修業だけを求められた日々。初めて手に入れた「チーム」という仲間を、決して手放したくなかった。なのに、やむを得ないとはいえ武蔵を失った。
「俺達3人、誰もが同じことをしたはずだ。」と、記憶を失った自分を責めるリョウに隼人は言った。確かにそうだろうと思うけれど、それでもかけがえのない仲間を自分のせいで失ったという後ろめたさがリョウにはあった。自分が記憶を取り戻していたなら、あるいはーーーー
そのせいか、弁慶の前で武蔵の名をだすのは躊躇われた。「代わり」ではないが、それでも「代わり」には違いない。武蔵が死ななければ、弁慶はゲッターのパイロットにはなっていないだろう。隼人はあれから何も言わないが、本当はどう思っているのだろう。仕方がないことと思っているのだろうか、それとも少しでも責めているのだろうか・・・・・
そんな、口に出せない小さなわだかまり。それがリョウを苦しめた。疎外感・・・・
だが、今の隼人の言葉は。
全く、前だけを向いていた。
今、必要なこと。守るために、求めるために、勝つために。
リョウは急に吹っ切れた気がした。武蔵の笑顔が眼の前に大きく浮かんだ。
そうだ、武蔵はいつも笑っていた。戦いなんて、一番縁のなさそうなあいつなのに、自らゲッターに乗り込んできた。何度断られても諦めずに。
そんなあいつが一番早くゲッターから離れたのが、ひどく無念だっただろうと決め付けていたが、あいつの望んだ最後を、なぜ俺は受け止められなかったのか。残念だっただろうが、無念ではなかったはずだ。俺達を信じていたから。あいつはゲッターで、「守るため」に戦った。だから俺達が後を継ぐだろうことに、何の迷いもなく笑って逝ったんだ。
それに、距離が開いたように思えた隼人も、ちっとも変わっていなかった。よそよそしかったり、冷酷すぎると思えた言動は、俺じゃなく、敵の手強さに対応していただけなんだ。こいつは必要とあれば、必要以上に冷酷になれるから。(それもちょっと考えものだが。)
「どうした、リョウ。久しぶりにすっきりした顔、してるじゃないか。」
隼人がちょっといたずらっぽく笑う。
「え、ええ?そうか?」
照れて少し顔が赤くなる。
「新しいオモチャを喜ぶなんて、ガキと一緒だな。」
「ガキとはなんだよ。それにオモチャって。俺はただ、必殺武器っていうのが楽しみだなって・・・・」
慌てて言い募るリョウに、『おまえの気持ちなんてお見通しさ。わかりすぎるってくらいだ』という眼をして隼人が笑う。
『お前は誰よりも強くなりたがっている。再び仲間を失わないために。』
翌日。合体訓練を始めた弁慶は、いつもと違うリョウの気迫に気圧された。凄まじいスピード。高度な技術。自分の今までの操縦が、制御機能に補助された子供だましと解った。今までいくつかの戦闘を経験して、それなりに自分もゲッターの一員として恥じない腕だと思っていたのに。
「弁慶、なにモタモタしてやがる!?」
リョウの怒鳴り声。
「動きが鈍いんなら、せめてスピードを落とすな!ライガーでいく!!」
「ライガーなら、俺達が合わせればいいからな。」
隼人が皮肉っぽくモニターから笑う。
あっというまにドラゴン号とライガー号の位置が変わる。ほとんど同時に合体が完了した。青空に溶け込むライガー。
「次は湖面すれすれで分離して、ポセイドンに合体だ!!」
リョウの声にライガーが湖に向かう。
「うわっ??真ッ逆さまかよ!!!!!」
へろへろになった弁慶を横目に、リョウと隼人は昼食をとっていた。
「おまえら〜〜よく食えるな〜〜〜〜」
「おや、弁慶。お前、車酔いの体質だったか?」
「お前が食べないなんて珍しいな。熱でもあるんじゃないか?」
しらじらしく声をかけながら、平然としている。
「隼人、何時にここを出るんだ?」
「2時には出る。それまでに、片付けておくこともある。」
「なに?どこに行くんだよ」
「会議さ。東京まで行ってくる。帰りは明日になるだろう。」
「な、なんて、タフな奴だ〜〜〜」
「なに言っている、弁慶。お前も午後から特訓だ。俺が個人メニュー、手伝ってやるよ。」
悪魔の微笑みにしか見えない笑みでリョウが言う。
「武蔵はいつも居残りの特訓をやっていたぞ。お前も俺達に追いつくには、並みの訓練じゃ到底無理だぜ。」
リョウの口から武蔵の名が出たことに、ミチルも弁慶も驚いたようにリョウを見る。隼人は口元に例のシニカルな笑みを浮かべて3人を見ている。
「なんて顔しているんだ弁慶。さっさと食えよ。武蔵はへたばっていても食ってたぜ。」
笑いながら言うリョウの言葉には、懐かしさだけがあふれていた。
弁慶はそのとき、ゲッターチームの中で、自分の居場所を確認した。
最初からチームの一員ではなかった。武蔵と自分が、技能においてさほど差があるとは思わなかった。かえって専門に訓練を受けていて自分のほうがゲッターの操縦は上だと思っていた。だが武蔵の最後があまりにも壮烈で、強烈であったために、自分があくまでも武蔵の代わりとしてしか、受け入れられていないことに気が付いていた。やるせない焦燥感。これが、リョウや隼人の代わりとして入ったのなら、かえって踏ん切りがついたかもしれない。比べられても仕方ないと。あの2人に、自分は到底及ばない。
だが、武蔵は自分と似ていた。というより、自分が武蔵に似ていたから選ばれたのか。嫉妬に近いやるせなさ。死者とは勝負できないから尚更だ。他の所員が武蔵をほめるとき、無性にいらだたしかった。かといって、一言も武蔵の名を言わぬリョウ達にも手放しで親しめなかった。表面は親しく、ふざけたりもしたし、確かにそれはそれで楽しいのだが。
口に出すことができないほど、武蔵を失ったことが辛いのだろうとわかっていたから、リョウが1人で何かを考えているとき、声をかけることができなかった。わざと少し戻ってバタバタと足音をたて、リョウに気が付かせた。そんな自分が情けなかった。
隼人のことは・・・・考えないことにした。あいつの内面は、考えれば考えるほどややこしい。どうしたってわからん。下手に間違うより、表面どうり、受け止めたほうがいい。
だから・・・・・・
大急ぎで食事を始めた弁慶に、
「そんなに食ったらあとで吐くぞ。俺の特訓はハンパじゃねえ。」
「へん、吐くなんて、もったいないことするかよ。俺のタフさを知らねえな。」
「ああ、知らねえな。まだ一緒にチームを組んで、2ヶ月もたってねえからな。そろそろ本気でしごかせてもらうぜ。どうやら、逃げ出しそうにもないしな。」
「ケンカ売ってんのか、リョウ!?」
「下手くそ!っていってんだよ!ひとりだけ湖に突っ込みやがって。ゲッターは2機じゃ合体できねえんだ。あれが地面なら、お前、お陀仏だ!!ドジ!!!」
「上等だ!早く行こうぜ!!」
すごい剣幕で部屋を出て行った2人を呆然と見送り、ミチルは1人でお茶を飲んでいる隼人に眼を向けた。いつものペアのケンカなら放っておくが、(口出しできるものか。手出しなどもってのほかだ。いつものケンカは)リョウと弁慶のは見たことがない。
「隼人君、放っておいていいの?リョウ君、どうしちゃったの?」
「武蔵は俺やリョウより下手だった。弁慶もそうだ。リョウは武蔵を失ってから臆病になった。失敗したくなくて、つい弁慶を庇っていた。それが互いによそよそしさを感じていた。新ゲッターはもっともっと動けるのにな。弁慶だって、もっともっと巧くなれる。
同じ戦士だ。遠慮はいらないさ、リョウも弁慶も。」
フッと笑う。その笑みにつられるように、
「そうね、隼人君はちっとも遠慮しないものね。」
ミチルがいたずらっぽく笑う。だが、その眼は笑っていない・・・・・
隼人は自分の部屋に戻り、会議にいくために着替えた後、机の引き出しを開ける。ガラスの箱に入れられた小さな塊。
例のビルから現れた百鬼獣の残骸の一片。
それはゲッター線で熔けたせいかもしれないが、今までの記録にない未知の合金だった。とび抜けて強度があるというわけではないが、材質がわからなかった。百鬼が発見した合金なのだろうか。
掌でしばらくもてあそびながら、ブライの顔を思い浮かべる。
大帝ブライの望みは世界征服。地球を我が手に。歴代の独裁者と同じ、偏執的な欲望。異形ではあるが、百鬼兵士とてサイボーグだ。ならば自分達は勝てる。
だが、ブライの後ろに見た、あの影は・・・・・・
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浅間山、噴火しましたね〜。早乙女研究所、大丈夫でしょうか
ブライの宇宙戦艦は南極で、ランドウのベガゾーンは北極。アークでの恐竜帝国は海の底。
私は地理が苦手なので、おおまかな設定に助かっています。(なはは)
ところで、原作(コミック)では、「魔王鬼の挑戦」で最後にゲットマシンが最大噴射で敵の流れに乗りましたよね。あれ私、弁慶にはまだ無理だと思えるのですが。余程、制御能力が上がったのでしょうね。
戦闘シーンが書けないので、心理描写ばかりでつまらないでしょうね。それでもお付き合いくださいまして、ありがとうございます。次はもう少し、おもしろく、と思っています。(だったら、いまからそうしろって)
ごめんくださいませ。かるら
2004.9.29