挽 歌
-------託されし想い------
「アバヨ、ダチ公!」
メガトン級の爆発が
空を焦がし、大地を焼いた。
☆
隼人はゲッターロボの修理を見詰めていた。
修理、というには無惨なほど壊れていたイーグル号。あとの2機は思ったほどの破損はなかった。武蔵は両足と腹に怪我を負ったが、これもさほど心配はない。松葉杖をついて歩けるほどだ。自分はせいぜいかすり傷だ。
そしてリョウは-----------
生死不明だ。「生きている」のが「不明」なのではなく、「死んでしまった証拠がない」といった意味での。
あの爆発。
ゲッターロボは確かにとてつもなく強靭な特殊金属で出来ている。だが、あの爆発の水爆並みだった。
熔けた岩。開かれていた扉。
武蔵は泣きながら酒を呷っている。俺は『アホが。』と言い捨て、武蔵の感情を逆なでさせた。
『悔やみの言葉ひとつかけられない冷血漢め!!』
『リョウの遺志を継いで爬虫人類を倒すことが、一番の悔やみだ!』
本音は・・・・・・・・・・
わからない。
俺は戸惑っている。
初めての、やるせない感情に。
ゲッターチームに入る以前に、仲間を持っていなかったわけじゃない。学生テロ組織のリーダーとして、何十人もの手下を従えていた。
手下------
仲間というより、駒のようなものだったのか?だが、それでも確かに俺は奴らの身の安全を考えたし、必要でなければ犠牲を求めはしなかった。必要であれば、それ時は。
俺はいつでもひとりだった。俺の隣に立つ奴はいない。だが、いつでも俺の周りに人はいた。俺の下知を待つ奴らが。おそるおそる俺の側に来て、おれの忠告もしくは命令を嬉々として受け入れる。
あいつらは何を求めていたのだろう。今まで考えたこともなかった。いくら俺の制裁が恐いからといって、なぜあれほどまでに俺の言葉を受け入れたのだろう。俺にとっては、テロ活動も今はなんの感慨もない。あいつ等自身が政治に不満を持っていたとも考えにくい。ただ俺に賛同していただけ気がする。あいつらは何をしたかったのだろう。
リョウは戦士だった。
戦士の望みは「戦うこと」、「勝つこと」。あるいは「失わない-----守る」ということ。
ならば残った俺たちがやるべきことは、恐竜帝国を倒すことのみだ。それをやればいい。リョウも眠れる。
だが。
本音は。
本当は信じたくないのだ、奴の『死』を。
敵は倒す。必ず倒す。いつか、倒す。
だがリョウは戻らない。
ただそれだけが納得できない。たとえアイツの望みが叶えられたとしても-------
俺の望みは。
静かな山裾の小さな町は、無惨な廃墟と化していた。あのとき、イーグル号の扉は開かれていた。武蔵の言うように、死体は蒸発したのかもしれない。だが、原爆を落とされた広島では、人の影が石畳に焼き付かれていた。リョウが本当に死んでしまったのなら、何か俺たちに証拠を残しているはずだ。それは意味のない確信なのか、はじめて求めた願いなのか。
ガラガラと足元の瓦礫が崩れる。
乾いた風が、いまだ焦げた臭いを乗せてくる。
あの後すみやかに捜索隊が派遣されたが、子供がひとり、生きていただけだった。リョウが助けた子供。俺が助けた子供はいなかった。リョウとイーグル号に乗っていた子供。もしリョウが生きているのなら、あの子供も生きている。開かれていた扉。爆発の後、墜落の後に開かれたのだと思いたい。そのときは生きていたと。
近隣の病院すべてに問い合わせた。身元不明のケガ人、もしくは・・・・・死人はいないかと。
今も該当はない。
「ふっ。」
思わず自嘲が漏れる。
何のことはない。リョウの死を、一番受け入れられないのは俺じゃないか。
あんな死に方は許さない。普段なら倒せる敵だった・・・・・・あの子供さえ庇わなければ。
「心配するな、オレは死ぬとは限らん!」
最後に届いたあの声が、
俺を支えているとは知らんだろうな、リョウ・・・・・・」
☆ ☆
光が。
頭の中でスパークする。
人影が見える、ひとつ ふたつ。
何かを叫んでいる。
駆け寄ろうとするが、遠ざかる映像。
しゃにむに手足を動かした途端、激痛が体を貫く。
「あぅっ!!・・・・・・あ・・・・・あ・・・・・」
目を開けると白い天井が見えた。上半身を起こした包帯だらけのその男は、じっと自分の手を見詰め、己が何者であるのか問いかける。
オレは・・・・・・オレは・・・・・・
ここは自分の居場所ではない。それだけはわかる。ならば、何処へいけばよいのか。
「不安」というより、狂おしい「焦燥感」。早く、早く『戻る』のだ。
おそらくオレにとってのただひとつの居場所。
オレを待つあの場所に。
「あの男の様子はどうかね。」
白衣を着た老人が問う。
「はい。顔の傷はまだ酷いですが、体のほうは回復しております。あれほどの怪我を負いながら、信じられない回復力です。」
「ふっふっふ。そうでなくてはな。こちらも危険を押してまで助けたんだ。」
「院長。あの男お記憶が戻ることはないのでしょうか。」
「可能性は高いじゃろう。体のみならず、精神力も優れている。顔の傷がふさがり次第、早急に手術せねばの。あの男なら早乙女を拉致することも容易いだろう。なにしろゲッターチームのリーダー、最強の男じゃからな。」
片めがねの奥の眸が、ギラリと光った。
早乙女研究所
ゲッターロボは完全に修復された。あとはパイロットをひとり・・・・・・・
「おい、隼人。」
武蔵が入ってきた。松葉杖は手離せたようだ。
「何、調べてんだ?」
背を向けたままの隼人を覗き込む。コンピューターに次々と映し出される画像。
「なんだ、これ。」
「パイロットの候補だ。」
武蔵を見ずに答える。
「な、なんだって?!」
思わず隼人を振り向かせ、襟首を掴み挙げる。
「お、おまえ、リョウの代わりを探しているのか?!」
「そうだ。」
冷ややかな声音。それ以上に、感情のない表情。
「何言ってるんだ隼人。おまえ、リョウが死んだって、本当に思っているのか!」
掴まれた手を冷たくはずし、
「先にそう言ったのはおまえだろうが。とにかく、真実はどうあれリョウはいない。新しいパイロットは必要だ。ゲッターは2人では動かせない。」
「本気で言っているのか隼人。リョウ以上の奴がいるとでも!」
「いるわけがない。」
再びコンピューターのキィをたたく。
「は?」
「リョウ以上、もしくはリョウと同等の力を持つ男がいるものか。俺とお前の力を伸ばし、少しでもまともに戦えるようフォローして、なおかつゲッターの性能を向上させるしか手はない。」
「あ、ああ。そりゃそうだ。だけどよ。リョウのゲッター1はメインロボットだ。経験のないやつにまかせられるかよ?」
「そのときは俺がイーグル号に乗る。とにかく恐竜帝国は待ってはくれない。出来る限りの手は打たんとな。」
コンピューターから目を離し、凛とした眼で武蔵を見る。揺るぎのない意志。苛烈と思えるほどの闘争心。
再び背を向け検索を続ける隼人の後姿を見ながら、武蔵は漠然と思った。
『こいつはなんと言うのか・・・・・・戦士というより指揮官、指導者みたいな・・・・・きっと、人をどこまでも引っ張っていける奴だ。学生テロ組織のリーダーだって聞いて、きっと残酷な制裁で君臨していただけだと思っていたけど、それだけじゃないな・・・・・・・・
こいつは死なせるわけにはいかないな、何があっても。こいつには「何か」が課せられているような気がする・・・。』
いつか陽は沈み、深い夜が訪れていた。
「あれ?博士。なんですかぁ、これ。」
デスクい置かれた薬袋。Y市の総合病院の名が印されている。
「昨夜、わしを襲った男が落としていったものだ。」
「博士を?おい、隼人。おまえ、捕まえなかったのか?」
武蔵は驚いて、窓の外を見ている隼人に声をかける。隼人は無言だ。
「・・・・・・・顔は包帯で覆われていたが・・・・・わしはアレはリョウだと思う。」
「リョウですって?!」
思いがけない名前を聞き、武蔵は隼人に詰め寄る。
「おい、隼人。おまえ、なんで奴をつれてこない?!」
「俺にはわからん。」
吐き捨てるように隼人がつぶやく。
「身体能力は確かにリョウ並みだった。この俺がグゥの音も言えず殺られるところだったからな。だが、あの眼はリョウじゃねぇ。」
隼人の知っているリョウは、あんな眼はしない。野獣のような、血に餓えたような眼は。・・・・・俺と違って。
「何ぐだぐだ言ってるんだよ隼人。早く迎えに行こうぜ!」
「武蔵。俺はあの後、近隣の市町村ばかりでなく県内、いや国内中の病院、診療所に至るまで連絡いれたんだ。勿論Y市も。それでも返答はなかった。」
「だからなんだよ。」
「リョウじゃなかったらどうする?」
「そのときは仕方ねぇ。帰ってくるさ。お前、どうしたんだ?変だぞ?いつもなら、真っ先にはっきりさせにいくじゃねぇか。」
いわれて隼人は気がついた。
怖いのだ。
自分でもリョウだと思うあの男が、もし、リョウでなかったら。
たとえ1%であっても、叶う可能性があればこそ、希望を持てるのだ。
「何してるんだ隼人。さっさと行くぞ!」
返事を待たずに武蔵が駆け出して行く。
隼人は苦笑しながら追いかけた。俺は今まで、自分の考えのみで生きてきた。なのに今は他人の意見を取り入れている。そしてそれがどうやら、嫌ではないようだ。
隼人の運転する車に乗り込んだ武蔵は、黙ったまま車を走らせる隼人を見ながら思った。
-------コイツは他人に対する感情が冷たすぎる奴だと思っていたが・・・・・・冷たいんじゃなく、知らねぇんじゃないのかな。人との付き合い方というか、人の間での暮らし方。・・・・・それに、いつだって「先読み」する奴だと思っていたけど、それも「先読みをする。」ではなく、「読めてしまう。」じゃねえかな、嫌でも。だから他の考え方や感じ方が出来ないという・・・・・。一瞬で全ての道筋と結果がわかってしまう。だからかえって「願い」が持てない。『予想される現実』ばかりでさ。それはすこし哀しい。『哀しい』と気がつかないところがまた。
オレなら、可能性が0であっても信じることが出来る。願うことだって。
Y市 総合病院。
最奥の手術室のベッドに一人の男が横たわっていた。
包帯だらけの体。顔には無数の傷がある。
「この状態でツノを移植することは危険だがやむをえない。記憶が戻りつつある。手術が成功すれば良し、失敗して死んでも、また<良し>だ。ゲッターチームは最強の男を永遠に失くすのだからな。」
あの大爆発のとき、恐竜帝国の科学力を量るために付近一帯に兵士を潜ませていた。爆発に巻き込まれた者も多数でたが、思いがけないことにゲッターチームのメインパイロット、流 竜馬を手に入れることができた。爆発のショックと大怪我で、自分が誰であるかも忘れていた。命を助けたことを盾に早乙女の拉致を命じると素直に従ったが、どうやら何かのアクシデントがあったらしい。戻ってきてからずっと自分の名前を呼んで暴れている。記憶が戻るとやっかいだ。鬼として、完全に洗脳してやろう。
病院がメカザウルスに襲われた。
院長に会わせろと押し問答している武蔵と隼人の目の前に現れたメカザウルス。
病人たちを非難させようとした武蔵は目を瞠った。
「ぼく達は逃げないよ!!」
不適に笑い、メカザウルスに突進していく病人やケガ人達。
その額には、「ツノ」が生えていた。
☆ ☆ ☆
「どう?」
心配そうなミチルに、隼人は黙って首を横に振る。
「そう・・・・・・可哀想なリョウ君・・・・・・」
イーグル号の座席で、頭を掻きむしるリョウ。
大切なものが思い出せない。
頭の隅にこびりついた「何か」。
このマシンを見ていると、体中がゾクゾクに震えてくるのに、どうしても「何か」が出てこない。
ちくしょう・・・・・俺は・・・・・・
やらなきゃなんねぇことがあるんだ!!
研究所に非常ベルが鳴り響く。
隼人はリョウをミチルに預け、司令室に向かう。早乙女の姿はない。地下研究室に閉じこもったままだ。
迫り来るメカザウルス軍団。対する研究所には地雷砲、ナバロン砲、メーザー砲しかない。リョウを欠いたゲッターロボで、どれほどの働きができるのか。最終的には武蔵と2人でゲッターを動かすしかない。不慣れではあるが、やはりゲッター2ではなく、ゲッター1で戦うのがいいだろう。攻撃力が一番だから。それまでに、1匹でも多くのメカザウルスを倒したい。今までこれほど多くのメカザウルスを一度に送って来なかったのは、戦力の温存というより、まだこいつらは未完成、もしくは完全武装されていないのだろう。質より量できたようだ。ナバロン砲や地雷砲でもかなり叩ける。
とにかくやるしかない。
最悪の場合、早乙女博士は避難させなければ。あと、ミチルと元気、そしてリョウ。
今は記憶を失くして戦えないが、時間をかければ必ず治る。本当は武蔵を護衛に付けたいところだが、2人でゲッターを動かさなくてはならない。万一のときでも、博士とリョウさえ残っていれば、人類はまだ戦える。
降り注ぐ砲弾やミサイルの雨の中にリョウは立っていた。空を覆うメカザウルス。絶間ない閃光・爆発。
体内に荒れ狂う感情。もう少し、もう少しで思い出せる。「死」に対する恐怖よりも、思い出せないことへの焦燥と不安と怒りが、リョウを支配していた。
ゲッターが 飛んでいる ・・・・・・・
呆然と見詰めるリョウ 唖然とする隼人。
それから先は、別次元の様相、何かの映像を見ているようだった。
数え切れぬほどの攻撃を受け、ゲッターは満身創痍だった。動きの止まったゲッターに絡みつく何体のもメカザウルス達。
膝を屈し、それでも前を見詰めるゲッター。スローモーションのように流れる時間。
やがてまばゆい光がゲッターを包む。絡み付いているメカザウルスばかりでなく、上空にいる多数のメカザウルスまでもが苦しみだし、ドロドロに熔けていく・・・・・・
ゲッター光線
一体、どれ程のエネルギーが発せられているのだろう。ゲッターロボそのものまでもが熔けていく。
誰がこれほどのエネルギーを操れるのか。これはもう、人の肉体の為せる技ではない。それは、仲間に対する想いだけが昇華された精神体。誰も知らない、ゲッターの『何か』とシンクロしていた・・・・・・・
ボロボロと皮膚が剥がれるように崩れていく。それでも武蔵はしっかりとレバーを握る。
不敵に笑う。心残りは・・・・ない。あいつ等ならやれるだろう。
「リョウ、隼人、さらば。
・・・・・・・・あとのことは 頼んだよ・・・・・・」
世界は 白い光に 覆われた。
「武蔵、俺が記憶を戻してさえいたら・・・・・・・・
許してくれ、武蔵!!!」
リョウの血を吐くような叫びが、荒廃した大地に吸い込まれていった。
隼人は研究所の地下で、早乙女から武蔵の遺言を受け取っていた。
たった一人で出撃していく武蔵を許可した早乙女に喰ってかかったとき、早乙女が言った一言。
「甘ったれるな、君には残酷な未来がある。」
少し前、やはり自分はこうして立っていた。
あのとき、信じたくなかったリョウの死は受け入れずに済んだ。だが、武蔵を失うとは思わなかった。何の根拠もなかったのに。いつのまにか自分は、仲間とずっと戦える、一緒にいられると思っていたのか。
失うことなどないと思っていた。たとえ去ることがあったとしても。共に消えることがあるとしても。
残されることなど思ってもみなかった。
残酷な未来など背負いたくはない。
だが、武蔵の願いは・・・・・・
いいだろう。
どうせ、やりたいこともない。鬼の奴らも気に食わない。
武蔵、お前の願い、受け取ってやるさ。
ゲッターもパワーアップした。それに。
リョウも いる。
-------------*----------*-------------*-----------
くるつ様1000番代理リクエスト。
お題は 「リョウの記憶喪失から、記憶の戻るまでの隼人の懊悩」
今まで、他人に心を移すことのなかった隼人。でも。リョウを失ったとき、自分でも思っていなかった「喪失感」を感じたのではないか?・・・・
ありがとうございます、くるつ様。
隼人の心理描写が「おやつ」より大好きなかるらです。(3度の食事は手放せませんので)
なのに、ずうずうしくもリクエストをねだった割には、いまひとつ、盛り上がりにかける・・・・
もうしわけありません。でも、まだ機会はございます。「真」の終わりとか、「號」の終わりとか。全部で3度もリョウを失うんですものね、隼人は。・・・・・あれ、考えてみれば結構気の毒だなぁ。ま、それはおいといて。(おいとくのかよ!)
まだ挽回のチャンスはあるということで大目にみてくださいませ(汗!!)
「甘ったれるな、君には残酷な未来がある。」
この言葉が隼人を象徴しているようで、気に入ってる<かるら>です。(ええ、隼人ファンですよ、私?)
(2006.2.26)