セルリアン・ブルー 

               〜 いつも見ていた 青 〜







 ドサッ!
 リョウは背負っていた大荷物を下ろした。
 10畳ほどの板張りの部屋。中央には囲炉裏が切られ、部屋の隅には一枚だけの畳。蒲団が置かれている。
 烏竜館は山の中。
 真冬ともなれば、2メートルの積雪も珍しくない。
 今日は冬の間の米や味噌、醤油などの買い出しに、4か月ぶりの町へ下りた。
 12月に入った町は、小さな町とはいえ、クリスマスのイルミネーションに溢れていた。商店街を流れるジングルベル。おもちゃ屋の前には大きなツリー。ケーキ屋にはサンタクロースとローソクを飾ったケーキ。金と銀のモール。赤と緑の葉っぱ。キラキラと輝く星々。すれ違う人々は、老いも若きも微笑みあい、子供達は無邪気に駆け出す。
 リョウは。
 必要なものだけを買い込むと、山へ戻ろうと踵を返す。
 ふと。
 一つの店の前で、足を止めた。





                                            ☆







 「俺達が研究所に来て初めてのクリスマスだ。日頃お世話になっているお礼に、ミチルさんに是非ともプレゼントしなっくちゃあ!!」

 先ほどから眼をらんらんと輝かせ、こぶしを握り、ツバを飛ばさんばかりに力説しているのは武蔵だ。三人が共同の部屋として与えられた早乙女家の一室。
 「いいけどよ。プレゼントって、どんなもんなんだ?」
 物心ついたときから山奥で父親と二人っきり。修行に明け暮れる日々。
 クリスマスというイベントはおろか、正月や誕生日すら祝ったことのない竜馬が首を傾げる。
 その隣では世界中のイベント・歳時記の知識はあれど、祝う気なぞ持ったことのない隼人が、面倒くさそうに腕組みをしている。そんな二人に対しハイテンションな武蔵は、
 「もちろん、ミチルさんの喜ぶものに決まってる!それを今から考えるんだ!!」
 そう叫ぶとドサドサとテーブルに雑誌をぶちまける。
 『クリスマス特集号』 『彼女の欲しいプレゼント、ベストテン!』 『一歩前進するプレゼント』 などなど。きらびやかな表紙に、これでもかというほどの煽り文句があふれている。
 「ミチルさんは美人だからな。どんなドレスでもアクセサリーでも似合うと思うんだ。ブランド物のバックなんかもいいんじゃないかな。。でも、おいら、このホテルでのディナーっていうのも捨てがたい。夜景の綺麗なレストランで、クリスマスツリーとキャンドルの灯り。ワイングラスを傾けて、ミチルさんの白い頬がほんのりと赤く・・・・・・・」
         『いかがですか、ミチルさん。』
         『素敵だわ、武蔵君。なんて綺麗な夜景かしら。まるで宝石箱のよう・・・・』
         『でも、この夜景の美しさも可哀想に、ミチルさんの美しさの前では霞んでしまう。』
         『いやだわ、武蔵さん。お世辞が上手ね。』
         『まさか、真実ですよ、ミチルさん。僕が嘘をつけない性格なのは、よくご存知でしょう。』
         『・・・・ええ。』
 想像が妄想を呼び、武蔵の目がハートになり、あたりをピンクのオーラが漂い始めた。そんなウザい雰囲気をものともしない二人の朴念仁(?)は
 「いつ出撃があるかわからんからな。予約の必要なものは止めておけ。クリスマスといったって、恐竜帝国には関係ない。」
 「旨そうなメニューだけど、量が少ねぇんじゃないか?」 
 雑誌に載せられたコース料理の写真を見ながら竜馬が言う。
 「これじゃあ、一人で二・三人前必要だろ。帰りにラーメン食いに寄るっていうんならいいけどさ。」
 「そんなムードぶち壊しなこと、できるかよ!!」
 武蔵が大声で噛みつく。
 「じゃあ、却下だ。」 と一言。
 「だったら何にするんだよ、隼人!」
 ふてくされた武蔵が睨む。
 「アクセサリーでいいだろう。服は好みがあるだろうし、持っている靴やバックと揃えるのも難しい。アクセサリー、そうだな、上品なペンダントとかなら、気軽に身に付けてもらえるだろう。」
 「いいんじゃねぇか、なあ、武蔵。」
 「う、う、うん。いいけどよ。」
 確かに、「三人で」プレゼントというと、ディナーにしてもお邪魔虫が付いてくるわけだし(笑)。うん、いつも身につけてもらえるっていうなら、服やバックよりペンダントだな。おいらとしちゃあ、指輪のほうがいいんだけど。いやいや、それは三人じゃなくて、おいら個人で贈らなきゃ。もちろん、嵌めてもらう指は左手の・・・・
 「・・・・・・・また、どっかの世界に行っちまったな・・・・・・」
 「俺はこれから研究所に行かなきゃならないんだ。さっさと決めるぞ。」
 呆れた顔の竜馬と、憮然とした隼人にゲンコツもらい、頭をさすりながら 
 「でもおいら、上品なペンダントなんてわからないよ。隼人、買ってきてくれよ。」  
 「そうだな。俺だってさっぱりわかんねえもんな。頼むぜ、隼人。」
 確かにこの二人にプレゼント選びは無理だと思うものの。自分だって、ひとりで宝石店に入っていくのはご免こうむりたい。といって、通販では二人が、特に武蔵は承知しないだろう。面倒だが、どちらかを連れていくなら、やはり竜馬だろう。武蔵は宝石店で大騒ぎしそうだ。
 「わかった。ちょうど23日に防衛庁に行く用事がある。東京にはティファニーの店があるからな。竜馬、お前も来い。」
 「え?なんだ、そのティハニーって。」
 「ティファニーだ。シンプルで上品なペンダントがある。そこで選ぼう。」
 「お、おい!なんでおいらだけ仲間外れにするんだよ!リョウが行くならおいらも行くよ!!」
 「23日はミチルさんもクリスマスの買い物で忙しい。荷物も多いだろうから、おまえはミチルさんの手伝いをしろ。ディナーは無理だが、ランチならここに載っている店に行けるだろ。」
 武蔵が広げていた雑誌を指さす。
 途端に武蔵の顔が輝いた。
 「お!サンキュー隼人。やった!デートだ!!」
 「ちょっと待てよ、隼人。俺は防衛庁に用事なんてねえぞ。」
 リョウが大慌てで口を挟む。自衛隊員との訓練というならともかく。隼人が防衛庁に行くのは早乙女博士の代理だ。勲章や肩章をじゃらじゃらさせたお偉方との会見は、同席するだけで肩が凝るし退屈だ。欠伸も出来ない。
 「わかってるさ。おまえは秋葉原にでも行っているといい。元気くんのクリスマスプレゼントと、自分のゲームでも探して待ってろ。」
 「おう、そういや、元気に新発売のゲーム、頼まれてたんだ。」
 さっそくゲーム雑誌をめくる竜馬と、次々にランチ特集をチェックしだす武蔵。
 「じゃあな。」
 「「おう!」」
 部屋を出ていく隼人に、竜馬も武蔵も顔を上げず返事だけ返す。
 隼人の目に、穏やかな笑みが浮かんでいた。
 
 



 「遅くなったな、隼人。昼飯は食ったのか?」
 待ち合わせの場所で竜馬は聞いた。官僚との会議は、延びても早くなることはない。わかっているから自分は時間になったらさっさとハンバーガーを食ったけど、隼人は直行してきたんじゃないか?
 「いや、まだだ。サンドイッチでも頼むかな。お前は食ったんだろ?」
 「おう。だけど、ポテトぐらい入るさ。付き合うぜ。」
 「どうだ、頼まれてたゲームはあったのか?」
 「ああ、ちゃあんと元気のプレゼントは包んでもらったぜ。」
 「それはよかったな。」
 「このゲームは二対二で遊ぶんだ。おまえも一緒にやろうぜ。」
 「元気君のゲームだぞ。」
 苦笑する。
 「いいんだよ、みんなでやるのが楽しいんだから!」
 無邪気に笑う。
 「そうだな・・・・だが、俺が入ると、相手側にハンデがいるな。ああ、そうだ。おれが元気くんと組もうか。」
 「なんだと!なにがハンデだ。おれの方がハンデ、やるっていうの!」

    



 
 「おい、ここに入いるのか?」
 竜馬がおそるおそる尋ねる。隼人の背中からこっそり顔を出すのが可笑しい。
 「そうだ。さっさと入るぞ。」
 
 黒を基調としたどっしりとした雰囲気の店内。
 ガラスケースには黒のビロードの上、金や銀の上品な宝飾品がゆったりと並べられている。
 「いらっしゃいませ。」
 黒のスーツを上品こなした着た女性がにこやかに挨拶をする。 
 さっさと歩み寄る隼人の後ろで、竜馬はオドオドとくっ付いてくる。
 「どのような品をお求めですか?」
 「金細工のペンダントが見たい。」
 「では、こちらに。」
 爽やかな笑みを浮かべる店員。だが、竜馬はどうも落ち着かない。上品な店で、自分だけが場違いのようで。
 官僚との会議に赴いていた隼人は、いつものごとく黒のスーツで。
 嫌味のないカラ―シャツとネクタイは、色白の長身に似合っていた。それに比べ、秋葉原で違和感のなかった竜馬の格好は。
 いつもなら--------たとえば政治家や科学者たちの会議等ならば、自分が関与出来ない内容でも平気で聞き流せるし、気にもならない。自分はゲッターパイロットとして求められているのだから、その他についての「目」にはなにも思わない。自分は自分のことをやる。だが、今。
 平和な空間で、違った価値観の世界で。
 竜馬は戸惑っていた。
 「こちらは当店の一番人気の品でございますが・・・・」
 「石はいらない。」
 「では、こちらは・・・・・」
 にこやかに、そして押しつけがましくなく。次々とペンダントを見せる店員と、それに馴れた様の隼人。
 竜馬は場違いな自分にいたたまれなく、離れたところで、声をかけられぬようじっとしていた。
 「おい、リョウ。」
 「あ、ああ?」
 「この中から好きなのを選べ。」
 「はん?」
 目を向けると、15本ほどのペンダントが置かれていた。
 「あれ?」
 「どうした。」
 「おまえ、金って言ってなかったか?これ、赤とか白とか青もあるぜ?」
 「ばか。それはホワイトゴールドとか、ピンクゴールドって言うんだ。ちゃんとした18金だ。こっちのハート型はテファニーの定番だ。どうだ?」
 「ふ〜ん、そうか。」
 竜馬は順番に見ていった。隼人が選んだのだから、品質的にもデザイン的にも値段的にも手頃なものなのだろう。十字架もあれば菱形や轡(くつわ)型もある。シンプルなもの、といっただけあって宝石が付いていない分、デザインは凝っているといえる。これならばどれを選んでも、ミチルは喜んで身につけるだろう。馴れない竜馬から見ても、それらは洗練された品だった。
 「あ。」
 ひとつのペンダントに釘付けになる。
 「ん?それがいいのか?」
 隼人が目ざとく問う。
 金の鎖に三つの環。
 ゆるやかな曲線は、勾玉にも似て。
 「『エタ―ナル・サークルペンダント』か。」
 隼人がつぶやく。
 「『エターナル?』」
 「『永遠』っていう意味だ。」
 そんなことは知らない。
 ただ。
 その色が。
 その繋がりが。
 イエローゴールド、ピンクゴールド、ホワイトゴールド。
 その三つの環が繋がれたペンダント。
 
        とても親しかっただけだ。
        とても嬉しかっただけだ。
 
 
           赤と
           黄色と
   
               白と


         その繋がりが。

 

          『 eternal   (永遠)』  
 




                        ☆




   今日、町で見かけた。
    赤と黄色と白のペンダント。
  あのときのペンダントとは輝きも違う。

  多分、値段も違う安物だろう。だけど。



   

    思わず手にしようと思った時。
    TVから流れてきたニュース。
 

  北極で世界的なプロジェクトが発足し、日本が遅れて参加したのは半年前。
  基地での計画が順調に進み、第二次の隊員が来春北極に向かうという。
 
    隼人は強い。
    過ぎ去った悔いを受け入れることが出来るほどに。




   俺は。






     その夜。
     烏竜館に、今年初めての    
           
                  雪が降った。

  


  





                            ★







    北極。

   「橘博士。少し、お話があるのですが。」






          また一つの幕が開く。





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  ラグナロク様  28000番リクエスト

    お題は     「買い物に行く竜馬と隼人」





      はい、「これのどこが?」というおしかりは、甘んじて受けます!!
      明るく甘〜〜いお話を書こうと三カ月。ついに諦めました!!(そっちか!?)

      書きたいことも時間もいっぱいあります。ないのは才能だけで!!(汗)
      これじゃあ、拍手お礼の小話もオマケしなくちゃ。

       これからもよろしくお願いいたします!

        (2009.12.13     かるら)