蠢く闇   3


               絡みつく祈り















 「お帰りなさい、武蔵君、弁慶君。」
 
 優しい声が掛けられた。
 「ただいま、ミチルさん。いやー、相変わらず綺麗だな。」
 「本当だ。最近、とみに綺麗になったなぁ!」
 武蔵と弁慶の賛辞に、ミチルはふわりと花のように微笑う。
 ツクン-------
 武蔵と弁慶の胸に小さな痛みが走る。
 明るく笑う人だった。見ている方が心弾む、そんな笑顔の女性(ひと)だった。その笑顔が見たくて俺たちは纏わりつき、馬鹿なことを言っては笑わせた。だが今彼女は。
 凪いだ海のように静かに笑う。とても綺麗なのに、哀しくて。
 「そうだ、元気は?お土産があるんだけど。」
 わざとはしゃぎながら弁慶が大きな包みをかかげる。
 「まあ、ありがとう。喜ぶわ。二人が来るまでに宿題を済ませるように言ってあるのよ。でないとちっともやらないから。もうすぐ終わる・・・・・・・・あっ、終わったみたいよ。」
 「弁慶さん!武蔵さん!」
 元気が走ってきて二人に飛びつく。
 「おお、元気。大きくなったなあ。そうか、もう小学生だったな。」
 「うん!おねえちゃん、宿題終わったよ!」
 「じゃあ手を洗っておやつにしましょう。武蔵君たちもお茶を入れるわね。クッキーを焼いてあるのよ。」
 「うわー、久しぶりだな、ミチルさんのクッキー!」
 「夜はご馳走よ。腕をふるうわね。」
 「やっほーい!これが楽しみなんだ。」
 「あ、元気。土産だ、ほら。」
 「ありがとう!あけていい?」
 「ああ。」
 「元気、お部屋に入ってからよ!」
 楽しそうに声が響く。先を争うように家に駆け込む元気と武蔵。静かについていくミチル。
 その後を追うように動きかけた弁慶は、ふと振り返る。ここからも見える、研究所を見下ろす丘の。


     墓標。






 「武蔵君と弁慶君は、今度の科学サミットの件で来たのかね。」
 早乙女博士を交えての夕食は、元気にとっても久しぶりの父親との食事だったらしく、ずっとはしゃぎ続けていた。二人と一緒に風呂にも入り、さすがに疲れたのだろう、うつらうつらし始めた元気をベットに運んだその後。リビングで武蔵達は酒を交わしていた。
 「はい。サミットの警備です。俺と武蔵は博士の護衛をまかされています。」
 「護衛を頼むほどの危険なぞあるまいに。」
 「そうは言っても、今回は世界に名立たる博士たちが勢ぞろいですからね。何か好からぬことを企む奴がいないとは限りません。」
 「国の威信もありますからね。日本での会議を失敗させるわけにはいきませんから。」
 「やれやれ、大仰なことだ。」
 こういった公式会議が苦手な早乙女は、苦虫を噛み潰したような顔だ。
 「そうだわ、お父様。今回はコーウェン博士やスティンガー博士はいらっしゃるのかしら。」 
 ゲッター線研究の第一人者であり、早乙女博士と共同開発に取り組んでいた博士たちの名を口にする。来日するのなら、家に呼ぶべきだろう。
 「いや、今回はスティンガー君が少し熱を出したらしくてな。コーウェン君が欠席するとの連絡を寄越している。あの2人はいつも仲が良くて一緒だからな。」
 『仲がいいって・・・・・・・・』
 いつも小猿のようにコーウェン博士にしがみ付いてるスティンガー博士を思い出し、『仲がいい』というより、ペットって感じだよなぁと、失礼なことを感じた3人だった。
 「ああ、そういえば、今回は珍しくランドウ博士が参加されるようだ。あの人は滅多に本国から出て来ないのだがな。」
 「ランドウ博士?」
 武蔵が聞き返す。
 「知らない名前だけど、そんな有名な人なんですか?」
 「ドイツ生まれの天才科学者といわれる人だ。特に医学博士としては最高だ。知識ばかりじゃない、彼の外科技術は神業とまで言われている。死人すら生き返らせるとな。もちろん、医学だけじゃなく、工学や化学やそのほか、あらゆる分野に優れている。」
 「へえー、凄い人なんですね。」
 「才能って、一箇所に集まるもんなのかなあ。」
 感心したように言う武蔵と弁慶だったが、ふと、ミチルの雰囲気が変わった気がして目を向けた。
 「あれ、どうしたんですか、ミチルさん。」
 不機嫌そうに眉を顰めるミチルは珍しい。思わず問いかけた武蔵に
 「あ、いいえ、なんでもないわ。」
 バツが悪そうに顔を背けた。
 「「?」」
 不審そうに顔を見合わせる2人に早乙女は、
 「いや、その。ランドウ博士は随分、隼人君を気に入っておってな。」 
 隼人。
 懐かしい名前に2人とも言葉を失くす。
 あれからもう2年が過ぎようとしている。随分昔のような気もするし、ついこの間のような気もする。
 辛い記憶を封じるために、幸福だった日々まで押し込めていた。無意識に。まるで名前を口にすることさえ罪であるかのように。
 そう。
 お互いが支えあい、乗り越えるはずの悲しみを、いつまでも引きずっているのはここに居ない一人のせいだ。
 リョウ。----------
        流  竜馬。

 武蔵は慌てて首を振る。せっかくの楽しい団欒を、暗い悲しみで満たしたくない。
 「気に入ってたって、どういう意味です、博士。」
 2年経っているんだ隼人。お前を話題にしてもいいよな。
 「なんか不都合なことでもあったんですか?」
 弁慶も武蔵に合わせて明るく尋ねる。そう、もう思い出にしなくては。いつまでも縛られていてはいけない。
 「いや、隼人君を助手に欲しいと言ってきたんだが、それがなんというか、熱烈というか積極的というか、精力的にというか・・・・・」
 「はぁ?!」
 「しつこく、ねちっこく、いやらしくって言うのよ、お父様。」
 ミチルの視線。氷。
 「え?いやらしくって・・・・・・」
 嫌な汗が浮かぶ武蔵と弁慶。話題を間違えたか?
 「いや、ミチル。西欧人というのは往々に挨拶とか、ジェスチャーが大仰だからな。」汗だくな早乙女。
 「そうね、お父様。ランドウ博士は他の人には無愛想な分、隼人さんには凄くスキンシップ取ってたもの。私、次にドイツに行くときには、絶対リョウ君について来てもらおうと思ったもの。」
 まったく笑っていない眼。口角が上がる。ここしばらく見慣れていた可憐な微笑みは一体何処に?淋しげなミチルも辛いが、こんな黒いミチルは嫌・だ!〜〜〜
 「そ、そういやリョウは、どうしてるかなあ!」
 あせった弁慶の声に、ミチルが復活(?) 白いミチルの顔に翳がさす。
 「私、ときどき差し入れを持って敷島博士の家に行くんだけど・・・・・・・・・あまり顔を見せてくれないのよ。」
 「リョウは・・・・・・・相変わらずか?」
 「ええ。最初の頃はそれでも明るく出迎えてくれたし、いろいろ話もしてくれたんだけど・・・・・・・・ここ半年は電話で声を聞くぐらいなの。それもほんとにちょっとだけ・・・・・」
 「・・・・・・・・・あれから2年経っているのにな・・・・・・・・」
 ぽつりと呟く武蔵。
 くるりと部屋を見回す弁慶。
 今でも鮮やかに思い出す。この白いソファがお気に入りだったリョウ。ふんぞり返りながら、あるいは寝転がりながら、ダベッたりおやつの取り合いをしたり。「最後の一枚がうまいんだよな。」と笑って。そして少し離れたところのあの椅子には。
 呆れたように、それでも穏やかな眼差しで俺たちを見ている隼人が居た。


 隼人が死んで半年の間。リョウはずっと錯乱していた。誰よりも精神的に強いはずのリョウがどうしてそうなったのか、俺たちには皆目検討がつかなかった。たしかにリョウと隼人との間には、俺たち以上に何か互いが惹き合うものがあったように思う。そこに2人がいるのが当然のような。
 だが、リョウは戦士だ。自分の責任を放棄して、現実から逃げ出すとは思えなかった。だが、実際はその強い責任感こそがリョウを追い込んだんだ。
 自分のミスで隼人を死なせた。
 それを知ったとき、俺たちはリョウと隼人の絆を見せ付けられた気がした。リョウは永久に自分を許さないだろう。そしてリョウを本当に解き放てるのは・・・・・・・・・ただ一人だ。
 だが、それでもまだ、もしゲッターロボを必要とする戦いが続いていたとしたら、リョウは自分を手放さなかっただろう。隼人の意志を継ぐ、というその事実だけで生きていけたはずだ。おそらくはとんでもない無茶はしただろうが。しかし、実際世界に争いはなく、ゲッターが、リョウが必要とされることはなかった。リョウは隼人に何も償うことができなかった。
 ミチルさんとの結婚を目前に控えていた隼人。月面基地開発の責任者の一人として華々しい活躍を期待されていた隼人。欲しさえすれば何でも叶ったであろう隼人の人生を、奪ったのは自分だ。いや、隼人だけではない、ミチルの幸せをも。
 自分は決して許されない、いや許されてはいけない。
 錯乱から覚めてなお、リョウは自分を責めている。
 隼人はとっくに成仏してるのに。いや、「仏」になったとは思えない、あの性格じゃ・・・・・どちいかというと、反対の・・・・・
 おっと。
 大体、リョウや俺たちだって、立場が逆なら誰だって恨みなんか残しゃしない。わかりきっている。そりゃ、感情は別物だろうけど、それでも乗り越えていって欲しいというのは我儘ではないだろう?隼人だって、きっとそれを望んでいる。
 俺と武蔵は筑波にある国防基地に移った。リョウも落ち着いたら来るだろう。もしくは研究所に残るって言うかもしれないが、それでもいいと思ってた。研究所は俺たちにとって、決して離れられない聖地みたいなもんだ。想いの生まれた所、そして還る場所。
 だが、リョウは敷島博士の家に閉じこもったまま出てこない。
 始めのころの半年間は、俺たちが基地から帰るたびに会ったし、しょっちゅう電話もした。あいつは博士と宇宙艇、UFOを造るんだとはしゃいでいた。そのテンションの高さにちょっと不安をj感じたが、何にせよ、目標が出来たのはいいことだと武蔵と喜んだ。
 だけど、そのあとだんだん会おうとしなくなり、電話もそっけなくなった。最近では敷島博士が電話に出る。あの人嫌いの敷島博士が気を使ってくれている。博士は、UFOの進み具合が思わしくないのでリョウの機嫌が悪いのだろう、ぼつぼつとやっていくさというけれど。
 「なぁ、弁慶。今度のサミットの博士の護衛、リョウにも声をかけないか?」
 黙っていた武蔵が思い詰めたように言う。
 「えっ?なんだ、急に。」
 「今まではよ。リョウがまた狂ったら、ってのが怖くてさ。腫れ物に触るように接してきたけどよ。もう2年も経つんだ。一度リョウをこっちに引っ張ってきてもいいんじゃないか?あいつ、まだ一度も隼人の墓参りしていないんだろ。」
 
 隼人が死んだとき。
 リョウは教会の墓地に埋葬されたばかりの隼人を掘り起こした。リョウを無理矢理病院に押し込めた後、再び同じ土に戻すのは躊躇われた。遺体を荼毘に付し、灰の一部を研究所を見下ろす丘に建てられた墓代わりの慰霊碑の下に。そして残りの灰をすべて海に散らせた。生き返って欲しいという自分たちの願いを強制的に断ち切らなければ、リョウの狂気に引きずり込まれそうだったから。
 もういない、何処を尋ねても無駄なのだと、現実を噛み締めるために。

 「そう・・・・・だな。もうリョウもこっちに戻ってきてもいい頃だ。電話、するか。」
 「来ないってんなら2人で押しかけて腕づくでも連れて来ようぜ。力比べなら負けやしないさ。」
 「久しぶりに敷島博士にも会いたいしな。あのアブナさも、こういうときは結構、気晴らしになる。」
 顔を見合わせ苦笑する。
 「ああ、そうだわ。今、敷島博士のところにちょっとステキな助手の子がいるのよ。」
 ミチルがいたずらっぽく笑う。
 「へ?博士のところに?」
 「ステキなって、美人が?」
 偏屈で人付き合いの悪い敷島の所に、助手なんて来るのか?不信感いっぱいの表情の2人に、
 「男の子よ。年は18,9かしら。ちょっとミステリアスな感じの色白の子。敷島博士の遠い親戚らしいわ。」
 「敷島博士の親戚でミステリアスって・・・・・・・・・・」
 ちょっと悪い方向に想像がいく。
 「違うわ。とても敷島博士の親戚とは思えないくらい礼儀正しくておとなしい子よ。顔も中性的って言うのかしら。キレイな子よ。きっと、うーーーんと遠縁か、博士とは血の繋がりがないかだわ。」
 何気にヒドイミチル。
 「ふーん、やっぱりUFOを造るとなると2人じゃ無理だろうからな。」
 「リョウがそいつとうまくやってんのなら、特に心配しなくてもよかったかもな。どんなやつか俺も興味あるな。」

 リョウが他人と付き合えていると知って、武蔵も弁慶も安心した。殻に閉じ篭っていたリョウ。
 あのときの恐怖と等しい絶望は二度と味わいたくない。
 どれほどの哀しみであっても飲み込んで、共に生きていこう。  







                              ☆





 カタカタカタ・・・・・・・・・
 キィを叩く音が続いている。
 「おい、ハヤト。あまり根を詰めるな。また熱が出るぞ。」
 心配そうに声をかけるリョウの手には、ミネラルウォーターといくつかの錠剤の乗ったトレイ。
 「ああ、リョウ。ありがとう。」
 受け取るハヤトはゆっくり微笑む。
 「何か用事があったら言えよ。何だってしてやる。お前は体が弱いんだからな。」
 「悪いな。俺がこんな体じゃなかったら、おまえのUFO制作の手伝いもできただろうに。迷惑ばかりかけている。」
 「何言うんだ、ハヤト!迷惑なんて、これっぽちも思ってねえ。おまえは体を丈夫にすることだけを考えてろ。」
 真剣な顔で言うリョウな、ハヤトはこっくりと頷く。満たされるリョウ。
 「どうだ、ハヤト。何か参考になるデータとかは見つかったか?」
 コンピューターの画面を覗くリョウに、ハヤトはゆっくりと答えた。
 「早乙女研究所のコンピューターに繋いでる。ここの人物データにアルヒ・ズゥ・ランドウという博士がいるんだが。」
 すばやく指がキィを滑る。画面いっぱいに表れたデータと肖像。
 「ドイツの科学者か。」
 「この人物は世界でも有名な天才科学者と言われているが・・・・・・・」
 ハヤトがカタカタとキーと打つ。
 「早乙女研究所の極秘データによるとそれだけではないらしい。独自のサイボーグ研究、肉体と機械との融合といったサイボーグ研究をすすめているらしい。公表こそされていないが、かなりの成果をあげているようだ。どうだろうリョウ。このランドウ博士とアポイントメント取れないだろうか。今回の日本でのサミットに参加するため来日する予定だ。今、世界で一番の外科技術も持っている。俺の体の欠陥について、なにかアドバイス貰えるかもしれない。」
 「俺に伝手はないけど、早乙女博士に頼んでみよう。」
 「かなり詳しい個人の研究データがあるところをみると、結構深い付き合いかもしれない。」
 「早乙女博士は人嫌いだったけど、隼人は世界中の著名な科学者連中と深いコネを持っていたからな。どこの会議でもひっぱりだこだったし、共同研究の依頼は引きも切らなかった。ここしばらくは研究所とも疎遠だったけど、お前の体のためだ。なんとかこの博士に会えるよう頼んでみよう。」
 「ありがとう、リョウ。手間をかけるな。」
 「お安い御用さ。こう見えてもおれはゲッター1のパイロットとしてちょっとは名が知られているんだ。そうだな、UFOについて是非教えてもらいたいことがあるとの名目でここに来てもらおう。神隼人の設計といやあ、無下に断わられることもないだろうさ。」
 無邪気に笑うリョウ。一瞬、ハヤトの眼に剣呑な光がよぎったが、すぐに何事もなかったかのように笑い返す。
 とんとん。
 控えめにドアがノックされる。
 「あの、リョウマさん・・・・・・」
 「何だ、ゴウ。」
 ぶっきらぼうに返すリョウ。
 「敷島博士が呼んでおられます。その、早乙女研究所から電話だと・・・・・・・」
 おそるおそる答えるのは、最近リョウが研究所からの電話を無視するからだ。ミチルが来訪してもろくに顔を合わせようとしない。ゴウは敷島博士の親戚として紹介されているが、ハヤトは部屋に隠されている。
 ハヤトは以前ほど高熱を発することはない。IQ240もの頭脳は瞬く間に様々な知識を吸収した。おそらくその知識は世界有数の学者に等しいだろう。だが、相変わらずその肉体は虚弱だった。人の手を借りなければ立ち上がることさえ困難で。
 リクライニングベットに身を起こし、膝にパソコンを置いて一日中キイを操作し、「世界」という知識を得ていった。手に入るのは知識だけ。
 「研究所からの電話だって!?」
 おもわず弾む声。リョウはハヤトを見る。ハヤトは甘えるように
 「頼むよリョウ。ランドウ博士を紹介してもらってくれ。」
 「おう。なんていいタイミングだ。待ってな、ハヤト。」
 風のように部屋を飛び出していったリョウを、ゴウは奇異の目で見送る。なぜ今日は?ふとハヤトを振り返る。そして。
 残忍な光を宿すその双眸に戦慄した。
 「ハ、ハヤト。おまえ一体、何を?・・・・・・・・リョウマさんを傷つけることだけは許さないぞ!」
 顔を強張らせ、それでも凛とした声を張り上げたゴウに、
 「フン、心配するな。オレもリョウの幸せを願っているさ。」

 軽くあしらうように笑みを返すハヤト。その笑みが、先程見た眼光よりも禍々しいもののように、ゴウには感じられた。







 
 「でも、リョウの奴、結構元気だったじゃないか。」
 早乙女家のリビング。早乙女、武蔵、弁慶、ミチル。
 10日間におよぶサミットも無事終了し、弁慶はホッとしたように言う。
 「ミチルさんから聞いて、よっぽど人嫌いになってんじゃないかと心配してたんだがな。俺たちに対してだけじゃなく、ウィルソン達とも笑いながら話してた。」
 「グリーンベレーの連中とは、ずっと前だけど合同演習やって、随分気が合ったからな。」
 「あの時は楽しかったな。リョウと隼人が揃うと、ジャングルでの地獄の行進とやらもハイキングだからな。」
 「一日分の食料と水、道具はサバイバルナイフ一本だけで2週間放り出されたけど、隼人は生きた植物図鑑だからな。外国での食べられる植物や薬草も知っているんだから。俺たちのチームは誰も体調を崩さなかったな。」
 「リョウは獲物を捕るのが楽しくて楽しくて。ピラニアでもアナコンダでも嬉々として捕まえて。」
 「食いきれる分だけにしとけって、何度も隼人に怒鳴られてたっけ。」
 「ウィルソンはキング博士の護衛でこっちに来てたんだろ。きょうはあいつもこっちに呼ぼうと思ってたんだけどなあ。」
 「そうよ、武蔵くん。リョウくんだって、今日は絶対こっちに泊りに来ると思っていたのに。うーんとご馳走つくろうと思っていたのよ。」
 ミチルがちょっと拗ねたように睨む。
 「い、いや、おいら達だってそのつもりだったんだ。何度もリョウに声をかけたんだけど、先約があるって・・・・・・また連絡するってよ。」
 「先約?誰かしら。」
 「ランドウ博士だと。」
 「ランドウ博士って・・・・・・この前電話で聞いてたアレ?」
 「そうそう。UFOについて教えてもらいたいことがあるから、紹介してほしいって言ってただろ。」
 「ほお。ランドウ博士が関心を持たれたとはな。あの人は愛想はいいが、滅多に人の誘いを受けない方なんだが。」
 「オレも側に居たんですが、最初はリョウの話をただニコニコ聞いてるだけで、なんか適当にあしらわれそうな気がしたんですけど・・・・・・でも、リョウがこれは隼人の設計だって言ったあたりから俄然興味を持ったみたいで。その後2人で何やら言葉をかわしてたんですが、ランドウ博士はずっと上機嫌だった。すぐに敷島博士の家に行くことになったようでさ。」
 「ええ、敷島博士の家に?!」
 急に形相を変えたミチルに武蔵はびびりながら
 「あ、ああ、うん、あの、なにかマズイことでも?」
 「マズイに決まっているでしょう、あそこにはゴウ君がいるのよ!」
 「・・・・・・・・あの・・・・・・」
 憤慨しているミチルの理由がわからない。
 「ぜったいゴウ君、ランドウ博士の好みだわ!」
 「・・・・・・・・その・・・・・・その根拠を聞いてもいいかな。」
 おそるおそる弁慶。
 「ゴウ君は、隼人さんに似てるもの!」
 撃沈。
 『ミチルさん、性格変わった?』
 2人の視線を受けた早乙女は一言もない。
 「で、でもさミチルさん。隼人に似てるって、ゴウ君とやらは確か素直でおとなしいって・・・・」
 「そうよ。それに優しげでキレイで、大人びてるわりに可憐で・・・・・」
 それのどこが隼人に似てる?!2人の顔に不安が浮かぶ。もしかして、ミチルさんも前のリョウと同じ、精神が・・・・・・
 
 隼人がいかに優しくて可愛かったかのエピソードを延々と披露し始めたミチルを前に、頭が想像を拒否するのろけ話は、拷問になりうることを身をもって知った2人だった。








                               ☆






  車が止まる。
 「ゴウ、帰ったぞ、お客さんだ!」
 あわてて出迎えたゴウに、リョウは上機嫌の笑みを見せた。
 「お帰りなさい、リョウマさん。」
 リョウの笑顔にゴウの声も弾む。後ろの人物を認め、
 「いらっしゃいませ。」
 と深く頭を下げる。
 ゴウの目の前に立った初老の恰幅のいい男性は、ゴウを頭の天辺から爪先までゆっくりと、舐めるような視線を向ける。
 「あ、あの・・・」
 ちょっと引いてしまったゴウに、
 「ああ、君が神君のいとこかい。」
 満面の笑みを浮かべると大きな腕でハグする。身動きできないほど抱き込まれてしまったゴウは固まっている。
 「ち、違うぜ、ランドウ博士。そいつじゃねぇ!」
 あわててリョウが言うとランドウ博士は
 「ふむ?てっきりそうだと思ったんだが。」
 とゴウから身を離し、まじまじと見返す。
 「博士に会わせたいのは別の者だ。こっちに来て・・・・ください。」
 言い慣れない敬語にことばが詰まる。特に気にすることもなく、ランドウ博士はリョウに付いて中へ入っていった。


 トレイにお茶の用意をしながら、ゴウは先程のショックからまだ立ち直れないでいた。「科学者」と呼ばれる人種はあんなものなのだろうか。自分がクローン人間だから感覚がおかしいのだろうか。
 弁慶あたりが聞いたら、早乙女博士、敷島博士という異様な科学者しか知らないゴウに同情してくれただろう。

 「ゴウ、誰か来ておるのか?珍しいのう。リョウが人を連れてくるのは。」
 「あっ、敷島博士。」
 台所を覗き込んだ敷島に、
 「ランドウ博士という御方です。」
 「ランドウ?ドイツのランドウ博士か?」
 驚いたように聞き返す。
 「いえ、そこまでは知りません。ただ、リョウマさんがランドウ博士と。」
 「ふーむ。で、どこに?」
 「ハヤトの部屋です。」
 少し悲しそうな顔。だが、すぐ明るい声で。
 「お茶を出してきます。」



 40分ほどして、リョウがリビングに入ってきた。一人だ。
 「リョウ、ランドウ博士は?」
 「今、ハヤトを診てもらっている。」
 どっかりとソファに座る。
 「おまえはランドウ博士と知り合いだったのか?あやつは学会以外はほとんど出てこないので有名だが。自分のサロンを持っていて、そこの会員になるのは並大抵ではないというぞ。」
 「隼人は特別会員のナンバーを持っていたらしいな。俺は知らなかったけど、早乙女博士が知っていた。隼人の設計したUFOについて教えてもらいたいことがあるって言ったら、隼人のものなら是非見たいって。で、今までUFOについて話してた。」
 「ハヤトを診てもらっているって?」
 「ああ。ほんとはこっちが本命だったからな。ハヤトの虚弱体質についてアドバイス欲しくてな。なんでもあの博士は医者としても最高らしいな。」
 「ハヤトのことはどう説明したんじゃ?」
 「隼人のいとこだって言った。似ているから通じるだろ?」
 『似ておらん!』
 何度言っても無駄だとは解っていても、つい突っ込んでしまう敷島だった。
 「・・・・・・・・ランドウ博士は人体だけではなく、サイボーグやアンドロイドの研究でも有名だ。ハヤトがクローン体だってことを解っているのか?」
 「さぁな、知らね。バレてもバレなくてもどっちでもいい。ハヤトが元気になるんならな!関係ねぇ。」
 機嫌よく言い切って、「おい、ゴウ。腹減った。なんか食わせろ!」と笑うリョウ。
 そんなリョウにゴウも嬉しそうに用意する。
 無邪気なリョウ。ハヤトを生かすことだけを考えている。いや、隼人を。
 だが、その対象になっているのはハヤトだ。隼人ではない。
 そろそろ限界かもしれぬ。武蔵と弁慶が帰ってきている。打ち明けるときが来たのかもしれない。


 一時間ほど過ぎて、ランドウ博士が顔を出した。
 「では、もう失礼するよ。いや、送りはいい。わたしの車を呼んだ。」
 「博士、ハヤトは!?」
 ガバッと立ち上がり、ランドウに詰め寄るリョウ。
 「彼に説明してある。詳しいデータが取られていたから診断しやすかった。」
 鷹揚に告げると敷島博士に目を向ける。リョウはすぐさま廊下に出るとハヤトの部屋に駆け上がっていった。
 「お初にお目にかかる、敷島博士。神くんからときどき貴方のことを聞かされていましたよ。一緒に研究されてたとは羨ましいことだ。」
 「あんたほどの人に羨まれて光栄と言おうかの。孤高なあんたがこんな所においでになるとは。何に興味を持たれたか、お聞かせ願えんじゃろか。」
 じろりと睨むような敷島に構わず、
 「日本という国は野蛮な風習の国ですな。死者を火葬にするとは。他国では火葬は伝染病とかで死んだ者ぐらいですがな。土の下に眠るいとしい者に、いつまでも想いを語りかけるべきです。もし、神くんの遺体が保存されていたら、あのときの私では無理でも今ならなんとかなったかもしれない。残念なことです。」
 「・・・・・・・・・日本は死者の安らぎを願う国じゃからの。」
 「ほっほう!それにしては・・・・・」 くすりと笑う。嫌な笑いだ。
 「まあ、よろしいでしょう。今夜は素晴らしいものを見せていただいた。」 
 大股で玄関に向かう。ゴウが慌てて追い、ドアを開ける。
 迎えの車のライトが停まる。
 挨拶をしようと目を合わせたゴウの腕をガシッと掴むとスルリと撫ぜる。
 「瑞々しい、吸い付くような肌だ。筋力もしなやかで、鞭のような弾力がある。」
 再び固まるゴウ。
 「また会おう。楽しみにしているよ、神くんのクローン君。」
 目を見開いたままのゴウに手を振ると、さっさと車に乗り込み去っていった。








 
 大きく採られた窓からは、幾千万もの星の瞬き。
 明かりを消した部屋のベットでハヤトは夜空を見上げていた。
 「おい・・・・・・・ハヤト。」
 急いで駆け込んできたリョウは、ぎこちなくハヤトの側に寄る。
 「ハヤト・・・・・・・どうだった・・・?」
 不安に揺れるリョウの眼差し。
 「なぁ、リョウ。」
 リョウと顔を合わせぬままハヤトは言葉を続ける。
 「ここから見る星は、近づいてみればただの高温のガスの塊にすぎないのに、これほど人を惹きつけるのは、やはり、その恒星を取り巻く惑星に生命が、想いがあふれているから、なんだろうな。恒星自体には生命なんかないのに、自身を燃やし続けることで他の生命を守っているんだ。」
 星の光が、ハヤトの白い肌に揺れる。
 「おい・・・・・ハヤト。」
 その薄い肩をつかむリョウ。泣きそうな顔になっている。
 ゆっくり目を合わせるハヤト。そして。
 「すまん、リョウ。お前とは行けない。」
 優しく、哀しそうに告げる。
 「なんで!なんでだよ、ハヤト!?」
 途端に形相が変わるリョウ。ギラギラした眼。
 「オレの体は病気というより、細胞自体が壊れていくらしい。普通は新しい細胞が生まれ続けてバランスがとれるが、オレの細胞は再生、もしくは新生がなされない。今ある分で終わりだ。」
 「そんな!なんか、なんか手はないのか?!薬とか手術とか放射線とか!!」
 真っ青になって喚き続けるリョウ。
 「お前と一緒に居たかった。」
 「いやだ、だめだ!」
 「お前と一緒に宇宙へ行きたかった。」 
 「行くんだ、絶対。諦めるな!」
 「ずっとお前と笑ったり、話したりしていたかった。」
 「そうだ、ハヤト。ずっと一緒だ。なんとか、なんとかしてやるから!」
 「ゲッターロボにも搭乗してみたかったな。」
 「2号機はお前のものだ。誰にも渡さねえ!」
 「おまえがオレのために精一杯のことをしてくれたのはわかっている。ありがとよ。いつ死んでもそれは思っている。」
 「まだだ!死なさねえ!俺の命にかけても!!」
 鬼気迫るリョウ。そのリョウをじっと見詰め。
 「リョウ、オレと居てくれるか?」
 「!もちろんだ、ハヤト!」
 「オレとずっと一緒に生きて、オレと宇宙に行って、いつまでもオレを守ってくれるか?」
 ゆっくりと、呪文のようにつぶやくハヤト。
 「ああ。約束する。俺は今度こそお前を守ると誓った。もう二度とお前を死なせはしない。この命に代えても!」
 強い光を湛えた瞳で言い切ったリョウに、細い腕を差し出すハヤト。
 かがみこむリョウ。
 白く長い指がリョウの頬をなぜ、そっと自分のほうに引き寄せる。
 ハヤトは リョウの耳元に口を寄せ、甘く、唄うようにささやいた。





     
            「だったらリョウ。お前の体をオレにくれよ。」





     
            
          --------------*--------------*-------------*-------------
 
 
 
  う-------む・・・・・ここは「隼人至上主義空間」だったはずなんだけど、いつのまに「リョウ、いじめられっこ空間」になったんだろう。まあ、いいけど。(いいのか!?)
 問題は、このままいって、隼人を幸せに出来るのかってことですね。ええ、竜馬の幸せは他のサイトさんにまかせてますから。
 「虚数空間」は、ふだんは礼儀正しい(?)かるらも箍が外れておりますので。ご了承くださいませ。

           (2007.7.7  かるら )  七夕にこんなのUP?