流転現象

 

 

 

 

 

昏い海の底に沈むように

何もない空へと舞い上がるように

俺の意識は形をなくし

分解されていった

 

無音の世界

無色の世界

虚無の世界

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

誰かが名前を呼んでいる

俺の私の僕の

名前を呼んでいる

 

再構成

再構築

再起動

 

眩しい光

 

 

 

 

「ハヤト!!!」

「!!」

野太い呼びかけにハヤト、神隼人は思わず椅子から跳ね起きた。

そして目の前に中年の男のどアップがあったためおもいきりのけぞる。

そんな青年の反応に男は気遣わしげな顔になった。

「ハヤト。いい加減疲れているだろう。どんなに丈夫だといっても人間だ。無理しないでもう休め」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・博士?・・・・・・早乙女博士?」

まるでうわごとのように呆然と、掠れた声で呟く。

目の前にいたのは早乙女博士だった。

薄汚れた白衣に下駄。

櫛を通した形跡がない蓬髪。

作りが太く、浅黒い顔。

何もかもかつての彼そのものだった。

もういないはずの。

消え去ったはずの男がいる。

幻影ではなく実体として。

「博士・・・一体どうして」

何故生きている?

「寝ぼけているのか?だから言っただろう。無理はいかんと」

普段のポーカーフェィスを脱ぎ捨てている青年に、博士は苦笑めいたものを浮かべる。

その目は理性的で狂気の色は微塵もない。

かつて尊敬し、慕った偉大な科学者その人のものだ。

早乙女は自慢の息子を褒める父親のように優しく言った。

「その熱意は素晴らしいし、それに比例して実績が上がるのもわかっている。だが根詰めて倒れては大変だ」

だが隼人は博士の気遣いをほとんど聞いていなかった。

その鋭い目は自分の置かれた現状を少しでも把握しようと、忙しなく動き回っている。

パイロットスーツを身に着けていたはずの長身はワイシャツに白衣という研究者の装いに変わっていた。

青年が座っていたデスクチェアは大掛かりな装置の前に据えられている。

彼の周囲を早乙女研究所所員達が忙しそうに自分の仕事をこなしていた。

断続的にデータの用紙を吐き出し続けるそれは、ゲッター線計測装置。

それによってここが早乙女研究所の第三研究室であることを理解する。

そして世界最高ランクの頭脳がめまぐるしく回転しだした。

何故廃墟と化したはずの研究所がかつてのように機能しているのか?

何故自分はここにいるのか?

何故博士が生きているのか?

疑問をあげればきりがない。

それに今の話の内容を反芻すると、早乙女博士は自分がしたことを覚えていないように聞こえる。

何が何なのかわからない。

一体どうなっているのか。

それに

(おかしい。記憶が欠損してる)

声には出さなかったが、隼人は自分の異常を認識し始めていた。

自分はあの星すらも巻き込んだ戦いの後、竜馬達と一緒に次元の狭間へ旅立ったはずだ。

だがその後の記憶がない。

いや、正確にはないわけではない。

今しがたまではっきり覚えていたはずなのに、どんどん形が曖昧になっていくのだ。

失われいくそれを必死に繋ぎとめようとするが、意識すればするほど手のひらから砂が零れるようにどんどん流れ落ちていく。

その空虚な感覚に隼人は背筋に氷塊が滑るような薄ら寒さを感じた。

IQ300のこの青年には覚えていようとすることを忘れるという概念がない。

記憶力には絶対的な自信を持っているのだ。

だからみるみるうちに溶け消えた記憶は今までに体験したことのない不快感となった。

混乱を表現する手段すら思い浮かばずただただ動揺する。

だがこれ以上それについて思考しても意味がないと割り切ると、即座に失われたものの空洞から意識を離し、改めて早乙女と対峙した。

「博士。・・・・・・・どうして・・・・貴方はここにいるんです?」

「どうしたんだ、急に」

幽霊でも見たような顔で不思議なこと尋ねてきた優秀な助手に、早乙女は少し鼻白んだようだった。

どうやら本気で隼人が睡眠不足と疲れで弱っていると思い始めたらしい。

青年の鍛えられた肩を軽く叩き、意味を取り違えた労いを言葉にする。

「確かにわしも昨日から寝ておらんが、君はここ三週間くらいまともに睡眠をとっていないだろう。な〜に。何かあったらすぐに呼ぶ。だから今はとにかく休め」

「・・・・・・・・・・・・・」

そこで青年の切れ長の双眸がすっと細められた。

その鋭敏な頭脳がある可能性に到達したのだ。

それはとても非現実的で、突飛な発想。

だが

彼にとってのありえない話ではなかった。

「・・・・・博士」

おそるおそる、呼びかける。

声の震えを抑えるように低く。

「ん?どうした」

「今日は・・・・・・・・・・何年何月何日ですか?」

「?」

早乙女は思わず助手の青年をまじまじと見てしまった。

驚異的な記憶能力を持つ彼が珍しいこともあるものだ、とその皺が目立つ顔に書いてある。

隼人は構わず繰り返した。

今度は言葉ひとつひとつを区切るようにはっきりと。

高鳴る胸の鼓動を必死になってなだめながら。

「今日は何年の何月何日ですか?」

「君も日にちを忘れることなんてあるのかね」

「お願いです。答えてください」

声を押し殺し、強く願う。

何事かと所員の何人かの視線がこちらを向いていたがそれすらも気にならない。

秀麗なその顔は見るからに緊張し、何かを期待しているようにも見える。

博士はそれを訝しく思いながらも、問いに答えた。

隼人の双眸が驚きに見開かれる。

その中には隠しきれない歓喜が揺らめいていた。

 

 

 

隼人は走っていた。

小走りなんてものではない。

それはもう何かを追跡するかのように研究所内の廊下を全力で駆けていく。

冷静沈着を絵に描いたような男の神隼人の珍しい行動に、すれ違う所員は全員彼を驚きの目で追ったが、視線の的はそんなことは思いも至らないようだ。

めまぐるしく首をめぐらせながら何かを探している。

その彼に所員のひとりが声をかけた。

「あ!!神さん!!流さんが」

「リョウがどうした?!!」

控えめな呼びかけにややスリップしながらも急停止する。

そして一瞬にして距離を消し、半ば詰め寄るようにして問いかけた。

そのあまりに鬼気迫る秀麗な顔に、気圧されながらも若い所員は用件を告げる。

「探してましたよ。ついさっき。格納庫の方に行きました」

「わかった!!」

所員への礼もそこそこに隼人はその人間離れした俊足で格納庫に向かった。

長い長い廊下を疾風のごとく駆け抜け、その最奥へぶち当たるやキーを見もしないで暗証番号を打ち込む。

目的の場所はかなり大規模な吹き抜けになっている。

その深さはビル二十階相当。

常人の視力では階下は視認出来ない。

だが猛禽類ばりの視力が三機のゲットマシンが並ぶ最下部に、目的の人物の姿を見つけた。

階段を下りるのももどかしかったが、さすがにこの高さから飛び降りたらただではすまない。

だから仕方なくある程度のところまで下りると、転落防止用の柵を飛び越える。

「リョウ!!!」

「ハヤト!?!」

十階ほどの高さから轟音とともに振ってきた隼人を、竜馬は一種の緊張感を漂わせて見つめる。

それはまるで敵味方を判断するかのように真剣だ。

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

しばらくの間ふたりに言葉はなかった。

お互いを目に焼き付けるように、じっと凝視し続ける。

その内面を見透かそうとするように。

やがて重々しく口を開いたのは竜馬だった。

「・・・・・・・・・・・・なあ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・お前もなのか?」

何が、と隼人は聞き返さなかった。

ただただ自分の今の状況が妄想ではないことを確認する。

傍から聞いていれば全く意味不明の会話だったが、隼人も竜馬も細かいことは言わない。

言わなくてもわかっていたからだ。

お互いの顔にはなんとも言えない微妙な笑みに彩られる。

「信じがたい話だな」

「だがありえねぇ話じゃねぇだろ」

「ああ」

隼人は諦めたように長い前髪を指ですくと、薄い口唇からなんとも言えないため息がもれた。

「まさか俺もタイムスリップなんてものを体験するとは思ってもいなかった」

タイムスリップ

『現実の時間・空間から過去や未来の世界に瞬時に移動すること』

なんてことは今更確認する必要はないほど有名な現象だ。

しかしそれを実際に体験した人間はそうはいない。

むしろ体験したなどと言ったならば即座に病院に引っ張っていかれるだろう。

それは一般では絵空事とされているからだ。

しかし竜馬はすでに一度それを体験している。

だからその現象自体の実在は疑いの余地は無い。

なのでふたりは現状を受け入れるのはとても早かった。

「ここは三年前・・いや、お前には十六年前か、の早乙女研究所だってこったな?」

「そうらしいな」

隼人は自分の先ほどまでの状況を説明した後、戦友の問いを肯定して、そこらにあったコンテナに腰掛ける。

竜馬のその隣に並んで座った。

早乙女博士が告げた日にちは隼人達がいたはずの時間より十六年過去のものだった。

竜馬も会った所員全員に確認したが全員口をそろえて同じ返答をしたという。

ゲッター1パイロットはにっと口角を吊り上げて見せた。

「さっきまでゲッターのコックピットにいたと思ったらいつのまにやらベッドの上ときた。どうやらタイムスリップつうより、『中身』だけ未来からスライドしてきたって感じだな」

「・・・なるほど」

本来タイムスリップといえば未来や過去の人間が違う時代に行くことで、飛び越えた年月が短ければ当然そこにその時代の自分も存在する。

だがどうやらこの場合はそうではないらしい。

今の自分達はこの時代の自分達でもあるのだ。

「『スライド』・・・・言いえて妙だな」

「だろ?まあ俺はさっきまで半信半疑だったけど・・・お前見てなんか納得した」

「?」

「お前見た目若いし」

その指摘に隼人は反射的に自分の顔に触れた。

今まで全く気を払っていなかったが、傷だらけだったはずの肌の手触りにとっかかりがない。

白衣の袖をまくって確認すれば石膏でつくったような細くも逞しい腕があるだけだ。

あまりのことに自分の体のことなど気にもしていなかっため、今になって気付いた。

考えてみれば当たり前である。

意識だけこちらに来たのだから体は二十五のはずだ。

「・・・・・なんだか妙な気分になるな」

思わず苦笑が漏れる。

それに竜馬はしかつめらしく頷いて見せた。

「そうだろうな。俺はこっちの方が自然だけど」

「だろうな」

十三年の時を飛んだ竜馬には自分よりも十三も年上になった戦友の方が奇異に映ったことだろう。

そこで屈強な空手家は思い出したように首をひねった。

「そうだ。弁慶も俺らと同じなのかね?」

「その可能性が高い、が今は連絡のとりようがないな」

あの時『時の狭間』に一緒に旅立ったもうひとりの仲間。

彼も自分達と同じ状況なのだろうか?

だったらかなり混乱しているだろう。

隼人達と違って同じ境遇の仲間が近くにいないのだから。

「前に会った時に辺境での訓練に参加すると言っていただろ。最低でも三ヶ月は連絡がとれないって」

「お前・・・・・よく覚えてるな」

そのあまりに軽い口調に竜馬はほとんど呆れ顔である。

とても遠い昔の話をしているようには見えない。

まあ、この男のことだ。

十六年も前のことをまるで数分前の出来事のようにはっきりと覚えているのだろう。

戦友の反応に隼人はその細くも逞しい肩を竦めてみせた。

ひとつひとつの仕草が全て絵になるというのもこの男の特徴だ。

「俺の取り柄はこのくらいだからな」

「・・・・・・お前嫌味だよな」

竜馬はこれ以上ないほど白い目で戦友を睨んだ。

隼人の取り柄が記憶力だけのはずはない。

容姿端麗、頭脳明晰、冷静沈着、戦士としてもずば抜けていて、さらに指揮能力とカリスマ性が非常に高い指揮官であり、優秀な技術者や研究者でもある。

要するに完璧超人なのだ。

というかこの男に苦手なものなどあっただろうか?

長い付き合いだが何かを不得手としているところを見たことがない。

いや、ひとつだけミチルさんのことがあったが・・・・・あれは苦手というより不器用なだけだ。

しかしそんな誰もが羨むような才能と能力を持ちながら、隼人の自身に対する評価は驚くほど低い。

それはもはや自虐的なほどに。

「前よりも酷くなったんじゃねぇか?お前の自分への過小評価」

やや口調に揶揄が混ざる。

以前からだが、とても代替がきくとは思えない逸材であるにも関わらず、隼人は自分の代わりはいくらでもいると思いこんでいるようだった。

それを思い出して竜馬は少し悲しくなったが顔には出さない。

隼人は竜馬のからかいには応じず、全く別なことを尋ねた。

「なあ、リョウ」

「なんだよ?」

「何故俺を殺さないんだ?」

「ああ、・・・あ?」

あまりにその口調が自然だったので、咄嗟に何を言っているのかわからなかった。

数秒の間の後ようやく言葉の意味を理解する。

いきなり何を言い出すのか。

思わず竜馬はまじまじと戦友の顔を見つめた。

見返してくる隼人の麗貌は真剣だった。

濡れ羽色に輝く目が相手のそれを射抜いている。

「それどころじゃなかったから言及はしなかったが、何故俺に銃を返した?」

そこには皮肉などはない。

奇妙なほど冷静な声音。

論理的整合性を求める学者のそれだ。

「・・・・・・なんで・・って」

それは

返答に窮す竜馬の機先を制するように美貌の青年は重く言い放つ。

「俺はお前を裏切った。俺の罪をかぶされたお前の冤罪を解こうとしなかった」

「・・・・・・・・・・」

「言い訳はしない」

隼人は竜馬の目をしっかりと見て告げた。

その漆黒の双眸の奥には強い意志が灯っている。

苦々しく吐息を零し、力なく首を振る。

「今更謝ったところでどうにもならないが・・・・・・覚悟はしている」

それは暗に殺せということだ。

あまり鋭い方ではない竜馬にもそれはわかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前は・・死にたいのかよ?」

疼痛に呻くように、尋ねる。

重陽子爆弾の爆心地に突っ込んでいったり、タワーを真ドラゴンに向かわせたり、死に急いでいるようにしか見えないことをこの男はやったのだ。

そうとしか思えなかった。

「・・・・・・・・どうなんだろうな」

隼人は彼には珍しい、ひどく曖昧な笑みをたゆたわせた。

それは見慣れた底が読めないものではなく、揺らめく水面ように不安定な微笑だ。

もしかしたら本当に隼人自身にもわからないのかもしれない。

長い前髪を揺らして高い天井を仰ぐ。

「ただ償いをしたいという気持ちだけは確かだ。俺はそれだけのことをやったんだから」

「・・・だから俺に殺せって?」

「お前にはその権利がある。現にそうしようとしただろう?」

ひどく淡白な、温度を感じさせない問いだ。

まるで自分の命に少しも頓着していない。

そうならなければいけないからそうする。

そう告げるように。

切り捨てるように鋭い声音だった。

「だが少しだけ待ってくれ。やらなければいけないことがある。それが終わったら好きにしてくれてかまわない」

「・・・・・・・・・・・・・」

竜馬は無言で立ち上がる。

その表情は俯いているために見えない。

だがその全身から凄絶な威圧感が放出されている。

「・・・・・・リョウ?」

「・・・・・・・・・ねぇ」

「え?」

ぽそりと可聴域に満たない音声を聞き取ろうとした時

その顔に強烈なストレートが襲った。

隼人はそのあまりに唐突な行動に反応が追いつかず、もろに食らって吹っ飛ぶ。

受身こそなんとかとることができたが、床に激しく叩きつけられた。

肉を打つ音に肺から空気が抜ける苦鳴が重なる。

「ふざけんじゃねぇ!!!!!!!!!」

竜馬は叫んだ。

本気の怒声だった。

その精悍な顔は怒りで紅潮し、強靭な拳は震えている。

野性的な両目に涙すら滲ませながら、竜馬は吼えた。

「なんでお前はいつもそうなんだよ!!全部自分の中だけに押し込めやがって!!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

意識がもうろうとしているのだろう。

隼人は何も答えない。

ただ苦しげに胸を上下させるだけだ。

「くっそ!なんだってお前は!!」

言いたいことは無数にあるのに、ありすぎて言葉にならない。

それが腹立たしくて意味不明な唸りを上げる。

握りこまれた拳が白くなって、軋んだ。

「どうして、お前は・・・・」

「・・・・・・・・」

隼人はそこでようやく身を引き起こした。

衝撃で切れた唇を手で拭い、ふらつきながら立ち上がる。

滑らかな白い頬にはくっきりと拳の痕がついていた。

もしかしたら頬骨にひびくらいは入ったのかもしれない。

だがそれでも二号機パイロットの言葉は静かだった。

「・・言い訳はしない。俺はそう言ったはずだ」

「すればいいじゃねぇか、言い訳くらい!!いくらでも聞いてやらあ!」

「!!」

隼人の目が丸くなる。

竜馬は落ち着こうとして肩を上下させて深呼吸をした。

すると幾分か語調が抑えられて吐き出される。

「なんでお前を殺さなかったかだって?そんなの決まってるじゃねえか・・。わかった、いや、思い出したからだよ」

「?」

「お前が好き好んで俺を裏切るようなやつじゃねぇってことをな」

「・・・・・・・・・・」

隼人は何も言わない。

竜馬は不敵に口角をつりあげる。

「伊達に何年も一緒に戦場出てたわけじゃねぇぞ。お前のことぐらいよく知ってら」

幾度にもわたる合体訓練。

死地に赴く覚悟で挑んだ月面戦争。

お互いに命を預け、インベーダーの群を相手にして戦った。

共に怒り、笑い合った己の半身とも言える戦友。

それが隼人であり、武蔵、弁慶。

そしてミチルだ。

竜馬はゆっくりと隼人に近づいた。

隼人は黙って竜馬の次の言葉を待つ。

「俺はお前みてぇに頭がいいわけじゃねぇ。だけど」

大きく息を吸う一拍の間。

「少しひとりで考えたら思い出せたぜ。お前が自分の都合で戦友を裏切るようなやつじゃないってことを」

「・・・・・・・・・・・・」

「だから俺はお前を殺すのやめたんだよ」

竜馬は向かい合った心友の胸倉を掴み、視線を正面からぶつける。

鼻がつきそうなほどの至近距離でお互いの顔が双方の黒瞳に映りこんでいた。

隼人は抵抗らしい抵抗もせず、黙ってされるままになっている。

「隼人。今この場で約束しろ」

「・・・・・・」

「説明しろ。全部。もう隠し事するな」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「それと」

「?」

「お前もうちょっと自分を大切にしろ」

「・・・・・・・」

「勇気と自殺行為は違うって言ってたのはお前だぜ?」

そう揶揄するように笑うと、ふと真顔になる。

そして搾り出すように言った。

「簡単に・・・・・・・・殺せとか言うなよ」

「・・・・・・・・・・・・」

隼人は長いこと黙っていた。

ただその美麗な顔には純粋な驚きが浮かんでいる。

いつでも年齢に見合わないほど老成している隼人だが、感情を露にするとひどく幼く見えた。

このゲッターチームの司令塔は今までこのリーダーにこれほど思いの丈をぶつけられたことはない。

気の置けない仲ではあったが、隼人の方はどこか絶対にある一線を画していたのだ。

その顔からしだいに戸惑いがゆっくりと治まっていく。

そして最後には穏やかな微笑になった。

「・・・・・・・・・・お前に説教されたのは初めてかもな」

「うるせえ。ひとりでうじうじして死にたがるお前が悪い。で、わかったのかよ?」

「・・・・ああ」

「約束しろよ」

「ああ」

隼人は苦笑して、しかしはっきりと首肯する。

「・・・・・・・・すまなかった」

「よし!許してやろう」

竜馬は弾けんばかりの笑顔で偉そうに頷く。

その中には一切のわだかまりはない。

今この場でふたりの間の柵は氷解したのである。

隼人もつられるように喉を鳴らすが、腫れた頬と深く切れた唇の痛みで盛大に顔を顰めるはめになった。

さらに白衣で絞まった首も苦しそうだ。

「あ、わりい」

その段階になって胸倉を掴みっぱなしだったことに気付き突如開放すると、隼人はおもいきりよろめいた。

竜馬はそれを慌てて支える。

「おいおい。大丈夫かよ」

「自分でやっといてそれはないだろう」

「・・・・・・わりい」

ばつ悪そうに視線を逸らす戦友に隼人は微かに口元を綻ばせた。

その顔はつき物が落ちたかのように晴れやかだ。

「気にするな。悪いがそこまで肩を貸してくれないか?」

「お、おう」

そう了解してとった腕は相変わらずしっかりと筋肉がついてはいたものの、記憶していたものよりもさらに細くなっていた。

おそらくこの時期の隼人は忙しすぎてろくに食事をとっていなかったのだろう。

やることが多すぎて訓練もろくにできないと愚痴っていたことを思い出す。

細いが長身なのでみかけに反してかなり体重があるはずだが、竜馬はそれをなんなく支えて先ほどのコンテナまで導いた。

「さて・・・・どこから話したものかな」

隼人は小さく礼を言った後再びコンテナに腰掛け、鋭利な曲線を描く顎を細い指でなぞる。

「・・・・・・・・ミチルさんが死んでから・・・・・くらいからだろ?」

そう問う竜馬の声は重かった。

全てはあの時から狂い始めたと思う。

精密な機械じかけから大切な部品が弾け飛んだように、全てが崩れ去っていった。

心なしか稀代の天才の顔が青白いのは目の錯覚ではないだろう。

彼にとっては彼女の死は古傷などではなく、今も血を流し続けているのだ。

出来れば触れたくない話題ではあったが、始まりを聞かないことには何もわからない。

美貌の天才の唇がうっすらと弧を描く。

「覚えてるか、リョウ。俺がミチルさんのところにプロポーズしに行った時」

「・・・ああ」

壊れてしまった宝物の残骸を集めるように、哀しげな瞳で語る親友に竜馬も苦しげに首肯した。

隼人はミチルさんのことが好きだった。

それは随分前から知っていたことだ。

なかなか本心を見せず、自分が悪者扱いされても気にもしないがゆえに冷血漢だなんだと言われていた男だが、本当は誰よりも熱く誠実であることを知っている人間は少なくない。

そしておそらくそれを誰よりも先に気付いたのがミチルだった。

『OKをもらったんだ』

珍しく緊張した様子でミチルに告白しに行ったその日の夜。

隼人は彼がそれまでに見せたことがないほど嬉しそうに笑って、そう告げた。

女みたいだと散々からかわれた白い頬を染めて、声を弾ませて。

あの時の顔は今でもはっきり覚えている。

照れている隼人を見たのはあれが初めてだった。

そのわずか三日後だったのだ。

ミチルが死んだのは。

ミチルが死んだ後、隼人の中の何かが抜け落ちた。

「・・・あの時ミチルさんが死ななければ・・もっと未来は違ったんだろうな」

竜馬はひとりごちて天井を仰ぎ、今でも鮮明に覚えている出来事を思い返した。

 

※※※

 

合体失敗の後ふたりは意識を失っていた。

下手をすれば即死しかねない衝撃が襲ったのだから、当然である。

割れたフロントガラスや装甲板があちこちに突き刺さっただけだったのは幸運だろう。

だが当然ながらけっして軽い怪我ではなく、緊急の摘出手術が行われた。

竜馬は麻酔が効いて体が動かなかったし目を開けることも出来なかったが、何故か意識だけは回復していた。

たまにではあるがこういう人間は存在する。

その時耳に飛び込んできたのは隼人と早乙女博士の言い争う声だ。

『そんな馬鹿な!!』

隼人は切迫した様子だった。

いつでも憎らしいほど落ち着き払っているくせに、今の声は酷く掠れている。

まるで今にも泣き出しそうな悲鳴じみた声だ。

(どうしたんだ、隼人のやつ)

あまりにもらしくない雰囲気を感じ取り、状況を確かめるために起き上がろうとしたが体はぴくりとも動かない。

それでもなんとか目だけでも開けようと四苦八苦していると、衝撃的な台詞が耳に飛び込んできた。

『俺達がミチルさんを殺したなんて!!』

(殺した?)

竜馬は意味が解らなかった。

いや、何を言っているのかはわかったが理解できなかった。

殺した?

誰が?

それよりミチルさんは死んだのか?

一号機パイロットの混乱をよそに、博士の憎憎しげな声が響いてくる。

『今更しらを切るつもりか!?』

『何を言ってるんですか・・博士』

隼人の呆然とした呟きが落ちる。

その通りだ。

大分考えがまとまってきた竜馬もひそかに同意した。

何故自分達がミチルを殺したなどという考えに至ったのだろう。

ミチルさんは仲間だ。

それに隼人にとっては最愛の人でもある。

そのことは博士もよく知っているはずなのに。

だが博士は自分の考えに疑いを持っていないようだった。

憎悪を爆発させるようには声を叩きつける。

『貴様らがミチルを殺したんだろう!何年も乗ってきた貴様らがあんな単純な合体失敗などありえるか!!』

『・・・あれは』

隼人はそこで言葉を詰まらせる。

(・・・・・・・あれはミチルさんの機体に問題があったか、操縦ミスとしか思えねぇ)

あの時隼人も竜馬もタイミングは完璧だった。

長年の訓練で培われた完璧な連携。

しかし明らかに途中で速度がおかしくなったのは三号機。

つまりミチルが乗っていた機体だ。

そもそも訓練の様子は博士も見ていたはずなのに・・・・。

隼人もそれを言おうとしたのだろうが、言うことができないのだろう。

そうすればミチルに責任を押し付けることになる。

そんな娘の婚約者の苦しい心境を汲み取った様子もなく、博士の声に悪意が滲んだ。

『どうした?ん?答えられんだろうが。こんなあさはかな企みがわしにわからんとでも思ったのか?』

『俺達は・・・やってません』

声を軋ませて、小さくも明瞭に話す。

その優秀な頭脳ではどうすれば博士がわかってくれるのか懊悩しているのだろう。

『ミチルさんを殺したりなんてしてません。あれは・・事故です』

その掠れた声を摘み取ったのは殴打音。

それに続くように苦鳴が響く。

さらに肉を打つ嫌な音は続き、竜馬が寝かされているベッドに衝撃が走った。

どうやら隼人が突き飛ばされてきたらしい。

『よくもそんなことが言えたものだ!貴様には良心というものがないのか!!』

『博士・・・一体どうしたんですか?』

竜馬のすぐそばでその問いは投げられた。

その豊かな声音は濃い苦悩に彩られて霞んでいる。

『何度言われても認めることはできません。俺達はそんなことしません。それは博士もご存知でしょう!!』

『黙れ!!』

隼人の必死の弁解を頭から押さえつけ、博士はヒステリックに叫ぶ。

ほとんど同時に瀬戸物が割れる音が響いた。

どうやら近くで花瓶か何かが壊されたらしい。

『わしは貴様らを許さん!!絶対にだ!!』

扉が砕けんばかりの音をたてて閉じられる。

あとには海の底のような静寂だけが残された。

それからどれくらいの時間が経ったかはわからない。

竜馬はようやく体が動くようになったことに気付くと弾かれたように起き上がる。

見回すとそこは研究所内の医務室とは別に設けられた入院施設。

カーテンが開けっ放しになった窓の外は真っ暗だ。

「・・・・・・・・・・・隼人?」

隼人は竜馬のベッドの横に座り込んでいた。

その額の包帯には血が滲み出て、白い頬を縦断している。

おそらく怪我をした部分を何かで殴られたのだろう。

大分時間が経っているだろうに出血が止まっていない。

「隼人!大丈夫か?!」

「・・・」

そう声をかけて肩を揺さぶるとようやくリョウの存在に気が付いたように顔を上げる。

切れ長の目が真っ赤に充血して、ひどく痛々しい。

「ああ、リョウ。目が覚めたのか」

「あ、ああ。そんなことより・・お前・・・怪我」

「あまり派手に動くなよ。俺よりお前の方が酷いんだ。縫ってまだ六時間も経ってないんだからな」

自分のことなどまるで眼中になく、憔悴しきった顔で微かに笑う。

動いた拍子にまた一筋、血が頬を伝った。

「俺のことじゃねぇよ!お前血出てんぞ、血!!」

竜馬は慌しく首を巡らせる。

すると隼人のまわりに花瓶の破片が無数に散らばっていることに気付いた。

内心舌打ちする。

博士は何かで隼人を殴った上に花瓶まで投げつけたのだ。

真新しいタオルを発見すると、それを隼人の額に押し当てる。

じわりと手の下で生暖かい感触が広がった。

隼人は微かに苦笑したようだ。

「・・・・別になんでもない」

「いいから押さえてろ!」

圧迫止血でどうにかなるかはわからないが、今出来ることはそれくらいだ。

とにかく医者を呼ばないと。

隼人は竜馬の手当てを何もせずに受けていたが、そのうち諦めたらしく自分で額を押さえる。

その痛ましい姿に竜馬は盛大に悪態をついた。

「くっそ、あのじじい!!」

「・・・・・・聞いてたのか」

隼人は笑うようにして頬をつり上げたが、結局それはなんの表情にもならずに抜け落ちる。

その目に宿る昏いものはなんなのだろうか?

不安そうにそれを見つめる友人とは視線を合わせず、平坦な音階が紡がれる。

「・・・・即死だったそうだ」

「!」

誰のことを言っているかなど聞かなくてもわかった。

竜馬の顔が険しくなる。

無意識のうちに避けていた話題だ。

隼人もそのことを薄々感じ取っていたようだったが、呻きのように低い声で続けた。

「・・・・・遺体には会わせてもらえなかった」

「・・・・・・・・・・・・」

何故かは言わずもがなだ。

早乙女博士が竜馬達をミチルを殺した犯人だと思っているからに他ならなかった。

何故彼がそんな考えに至ったのかはわからない。

愛娘を失った父親の苦悩ゆえなのかもしれなかったが、それを甘んじて受けなければいけないようなことを竜馬達はしていなかった。

「・・・・・・・・・・・・」

竜馬はしばらく何かを言おうと口を開閉させたが、結局重い吐息が押し出されただけだった。

今は何も言えない。

未だにミチルが死んだことへの実感すら湧いてこないのだ。

形だけの慰めや同調はできない。

「・・・今医者呼んで来る」

博士の誤解を解くのはひとまず治療をしてからだ。

そう割り切ると竜馬はベッドから下りてスリッパををひっかけると、足早に出入り口に向かう。

隼人は床に座り込んだまま動かない。

「いなくなっちまったんだな・・ミチルさん」

出て行こうとする竜馬の背中に、ぽつりと囁かれた言の葉が突き刺さった。

 

※※※

 

「あの時からだったよな。博士の態度が変わったの」

苦い記憶を呼び覚ましたために、竜馬の眉間に深い皺が寄る。

早乙女博士は人が変わったように、ことあるごとにふたりに冷たく当たった。

所員の前で人殺しだとなじったことも一度や二度ではない。

幸いにというかその言葉を本気にする所員はいなかったが、良好な関係を保てるはずはなかった。

ふたりと博士の間にはあっというまに深い溝ができていた。

(・・・・隼人が一番つらかっただろうな)

隣で目を伏せる友人の横顔を見ながら、内心でひとりごちる。

大切な人を失った上に尊敬する人物からあれほどの仕打ちを受けたのだ。

よくおかしくならなかったと思う。

いや、あの時はもうすでにおかしくなっていたのかもしれない。

食事も睡眠もとらず何日も何日も働きづめなことなどざらだったし、何より彼の中の何かが欠落していた。

竜馬ともほとんど会話することもなく、狂的なまでの集中力で役割をこなす。

以前よりも痩せて鋭さが増した顔の中で切れ長の目だけが常軌を逸した輝きを見せていた。

彼は一言も泣き言を言わなかったが、竜馬は見ていて苦しかった。

隼人が早乙女博士を殺したのは、陰鬱な日々がしばらく続いてからだ。

「・・・・・・お前はじじいがインベーダーだってわかったから殺したんだよな?」

「・・・・ああ」

空手家の青年が話題を変えるように問うと、隼人の鋭い双眸がさらに鋭角になる。

それに彼らしい生気を感じた竜馬は少しだけ頬を緩ませた。

「でもどうやってわかったんだよ?まさか撃ってみて確かめたわけじゃねぇだろ?」

インベーダーの寄生は見た目では判断しにくい。

寄生して即座に宿主を食い破るものもいれば、精神を徐々に支配していくものもいる。

竜馬に博士は後者だとわかったのはかなり時間が経ってからだ。

「博士本人から聞いた」

「!!」

驚く竜馬に隼人は淡々とした調子で回顧する

「俺が博士を殺すちょうど前日。俺は博士に真夜中に彼の自室に呼び出された。博士は開口一番、『殺してくれ』と言ってきたよ」

彼はインベーダーに侵された体を見せて、そう言ってきた。

真剣な目で。

その中には狂気はなかった。

ただただ真摯な自分の『息子』への依頼だった。

「完全に理性がなくなる前に。自分が自分でなくなってしまう前に。博士はそう言っていた。そして自分の役割を受け継いでくれるようにとな」

そう首を竦めてみせる仕草は何気ないものだったが、その自然さが不自然だった。

「その時は確かに衝撃を受けたが、同時に心の底からほっとしたよ。今までの博士の言動は彼の本心ではなかった。俺達に向けられた悪意は彼の意思ではなかったんだ」

だが事態は残酷なものだった。

それがわかったところでどうにもならないのだから。

竜馬は苦しげに眉を寄せる。

「・・・・・・・それで殺すことにしたのか」

「・・・・俺は博士を尊敬していた」

隼人は静かに告げた。

素直な、哀しい打ち明けだ。

「いや、今でもしている。自分の研究をあれほど人や未来のために心血注げる人間に出会ったことはない」

「・・・・・・・・」

「だから出来るならば救いたかった。だが・・・・」

博士はもう手遅れだった。

いや、そもそもインベーダーの宿主を救う方法など確立されていない。

寄生が発覚したら殺すしかないのだ。

「・・・・・・殺すしかなかった。まあ、けっきょく殺しきれてなかったわけだが」

「・・・・・・・・・・・・・」

竜馬は何も言えない。

隼人はしばしふんぎりをつけるように黙然としていたが、すぐに顔を上げる。

「リョウ。言い訳していいって言うから言うが、俺はお前に容疑をかぶせる気は全くなかった。あれは俺の意図じゃない」

「・・・・・てことはお前が俺をA級刑務所に送ったわけじゃないってことだよな?」

言ってはみたものの竜馬も正直そこまで考えていたわけではなかった。

というか隼人が自分に罪をかぶせて逃げたと思ったから怒っていただけだ。

隼人はやや憮然として首肯する。

「当たり前だ。そもそもそんなことが出来るくらいの力があるなら、逃げないで自分の罪をもみ消せばいいだろう」

「あ、そっか」

言われてみれば確かにそうである

「それに・・・・こういう言い方は不謹慎だが、普通ひとり殺したくらいでA級刑務所に行くと思うか?」

「ん?・・ああ確かに」

A級刑務所というのは大量殺人犯やテロリストなどの凶悪犯を収容する場所である。

人死があまりに多い環境にいたために感覚が麻痺していたが、普通の殺人事件でそれほどおおがかりなところに入れられることは考えにくい。

「だったらどうして」

「それなんだが・・お前確か前に政治家の湯山にさんざん暴言吐いたよな?」

「ユヤマ?・・・・・・・ああ!!あのデブか!!」

湯山というのは以前に早乙女研究所に来たことがあるいけすかないお偉いさんだ。

ゲッター線の利用に否定的で、だからといって代替案を出す努力も能力もなく、言いたいことを好き勝手のたまう嫌な奴の見本のような男だった。

当然ながら隼人も早乙女博士もよく思ってはいなかったが、所詮俗物だとわりきっておりさほど気に留めていなかった。

だが竜馬は違ったらしい。

湯山のねちねちとした嫌味に真っ向から反論したのである。

「あのおっさんは嫌な奴だったよな〜。よくお前らの仕事の邪魔しにきてよ」

「それは否定しないが・・構っても仕方がなかっただろう」

「じゃあ何か?ご機嫌とっとけってか?」

「いや、そんな必要は全くない」

きっぱりと隼人は言い切った。

「だが多少の外面は必要だってことだ。奴自身は小物だが、総理大臣を何人も産出した家系の人間だ。コネクションはかなり広い。当然警察の上層部にもつてがある」

「それがどうかしたのかよ?」

そもそもあの嫌な奴が何の関係があると言うのか。

ここまで言われても竜馬はいまいちぴんとこないらしい。

隼人は子供に話すように噛み砕いて説明した。

「よく考えてみろ。自分が嫌いな人間が自分が好き勝手できる領域に転がり込んできたんだぞ。頭が回る奴ならともかく、あの小物が何もしないでいると思うか?」

竜馬はそれでようやく合点がいった。

「てことは何か?俺に殺人容疑がかかったから、これ幸いと罪おっかぶせてA級刑務所に入れたってことか」

確かにあの陰険そうなデブならやりかねない。

「ああ、そういうことだろうな」

「だーーーー!!ちっくしょう!むかつく!」

竜馬は髪をむちゃくちゃにかきむしる。

張本人が目の前にいたならばためらいなく首をへし折りかねない勢いだ。

あんな奴のために三年も地獄を見たのか!?

頭の中が煮えるような怒りを爆発させながら盛大に喚く。

隼人はそれを黙って見ていた。

どうやら怒りが沈静化するまでほうっておくつもりらしい。

実際隼人の思惑通り、竜馬はひとしきり罵った後急に大人しくなった。

熱くなるのも早いが冷めるのも早いのだ。

「・・・・ていうかなんでお前そんな裏事情知ってんだよ」

「お前が刑務所に入れられたことを知ってからすぐに調べた。どう考えてもおかしいことが多すぎたからな」

隼人の話によると、彼は自分の逃亡後の事情を敷島博士から聞き、密かに内部資料などをハッキングして竜馬の冤罪が人為的なものであることを突き止めたという。

「俺は他の人間に容疑がかからないように色々策を講じた。早乙女博士を殺す時はその前に教会で博士に呼び出されていると言って回ったし、凶器の銃にもはっきりと指紋が残るようにした。お前が現れたのは予想外だったが」

その時のことを思い出したのか、薄い唇に苦笑が滲む。

「まさかお前に容疑がかかるとは思いもしなかった。あの時博士と険悪だったのは俺も同じだったしな」

「あの時ナイフを振り回したのは?」

「犯人に怪我させられたっていうのも弁解要素になるだろう。それにお前に俺が犯人だと証言して欲しかった」

「聞いちゃもらえなかったがな」

「ああ、それが予想外だったんだ。俺の方がお前よりこの手の敵は多い。追い落とそうとする輩なんて無数にいるはずだったんだ。だから多少証拠が少なくても俺を犯人に確定するとばかり思っていた」

冤罪を仕向けた奴の特定は簡単だった。

竜馬に個人的な悪意を持つ権力者はかなり数が限られるからだ。

「それですぐに湯山に行き着いた。俺が直接行くわけには行かないから何人か人を使って取引も持ちかけた。だが」

隼人はなんとも言えない顔になる。

それは強いて言うなら疲労と不快感が混じり合ったものだ。

「なんというか、あの手の人間が感情的になることほどやっかいなものはないな。まったく靡いてこなかった」

「・・・・・そうだったのかよ」

密かに隼人は自分のために奔走してくれていたのだ。

その気持ちは素直に嬉しかったが、申告した方はそうは思っていなかったらしい。

「だから言っただろう?俺は知っていて助けなかったんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

隼人の脱獄の手助けをしなかったと言っているのだろう。

確かに彼の能力を使えば刑務所から竜馬を脱獄させることも可能だ。

だがそんなことは出来るはずはない。

そうすれば隼人を影で追っていた人間に消息のてがかりを与えることになる。

「他のゲッター線研究者達は俺が博士の研究を奪って逃げてると思い込んでいたらしいからな。まあ、それは大筋は間違っていなかった。確かに俺は號を引き継いだんだから。連中に捕まるわけにはいかなかった」

ふと表情を消して隼人は言った。

早乙女博士はゲッター線研究の第一人者だ。

その研究成果を喉から手が出るほど欲しい人間は吐いて捨てるほどいた。

吸い込まれそうなほど黒い瞳は冷徹な光を放っている。

「インベーダーは絶滅していない。近いうちに必ず人類の敵となる。博士もそれを予見していた。だから真ゲッターのパイロットを創りだすことにしたんだ」

「そんなことしなくても俺達が乗ればすむんじゃねえか?」

熟練した操縦者であるゲッターチームがいるのだから、わざわざ手間をかけて創りだす必要などないはずだ。

隼人は首を振った。

「近いうちといってもそれがいつになるかわからなかった。十年後かもしれないし、二十年後かもしれない。その時まで俺達が現役でいられるかどうかはわからないし、そもそも死んでいないかもしれない。だからお前と俺の遺伝子、それに早乙女博士とミチルさんの遺伝子を使ってモデュレイテッド型のクローンを創りだすことになった。俺達の戦闘記録データーを記憶として植え込んでな。まあ・・・結果的には號以外は失敗だったわけだが」

あの化け物達を思い出したのだろう。

隼人の顔に苦いものが混じる。

「おそらくあれは罰なんだろう。生命という不可侵の領域に踏み込んだことへのな。だが號だけはなんとか残してくれた」

「随分ロマンチストな発言だな」

竜馬はそう茶化す。

だがその声は元気付けるような優しい響きだった。

隼人は合理主義で現実主義なくせに妙なところで夢を持っている。

いや、現実主義だからこそ知っているのかもしれない。

何か人智の及びも付かない『何か』が存在することを。

『早乙女博士の後継者』はその言葉に少しだけ笑い返した。

だがそれは哀しい微笑だった。

「早乙女博士がどこまでが正気だったのかは今になってはわからない。だが俺は號を生み出したのは博士の良心だと信じたかった。この星を愛した偉大な科学者の想いだと。だから俺はなんとしても號を守ろうとした。真ドラゴンを他の野心家に渡すわけにはいかなかったんだ」

一時は自分が騙されていたのだと思った。

現にあの事件から三年後に博士が號を奪った時はそう思った。

「お前は間違ってねぇよ」

ほろ苦く作り笑う親友に竜馬はきっぱりと断言した。

「博士は俺達に未来を託したんだ。それは確かなことだろうが」

真相はわからない。

だが少なくとも『早乙女博士』の地球や人類を愛する想いは本物だった。

それは間違いない。

「・・・・・・・そうだな」

隼人は顔を上げて戦友を見つめる。

その視線の奥には憧憬めいた感情が揺らめいていた。

「俺もそう信じられたら良かったんだが」

そしたらあれほどの後悔はしなくて済んだはずだ。

覚悟の上で進むことが出来た。

早乙女博士の後継者にとって『仲間』がいない十六年は苦しいものだった。

やることは無数にあったが、それは自分に課せられた役割であり、求められたにすぎない。

選択の余地などなかった。

隼人はそのことを吐露することはなかったが、竜馬にはなんとなく伝わったらしい。

だが口にしたのは別なことだった。

「なんだよ。俺が単純だって言いてぇのか?」

「お、よくわかったな」

「なんだと、てめぇ!」

軽口を叩きあいながらもその様子はひどく楽しげだった。

その姿から一時は互いの額に銃口を押し付けあった関係を連想することは出来ない。

「なあ・・・・・・今思ったんだけどよ」

「ん?どうした」

竜馬が急に真面目腐った顔で腕を組んで何やら考え込んだ。

そしてじっと隼人の顔を見つめる。

「・・・・お前・・・・別に悪くなくねぇ?」

「・・・・・・・・・・・」

隼人は無言だった。

「だってミチルさんは・・・・自分で死を選んじまったし。博士を殺したのはインベーダーから博士救うためだろ?俺に罪かぶせたのはハゲのせいだろ?ならお前悪くねぇじゃん」

どうしても口調が非難がましくなってしまう。

「なんでお前今までなんも俺に言わなかったんだよ」

そしたらこんなややこしいことにならなかったのに。

言外にそう言い募る竜馬に、隼人は自嘲的に口元を歪めた。

「・・・・・・・・言ったところでどうにもならなかっただろう。もうすでに終わったことだ」

自分が悪くないなどと開き直る気にはなれなかった。

それが本意ではなかったにしても、結果竜馬を裏切る形になってしまったことには変わりない。

竜馬はその俯いた横顔を黙って眺めていたが、

「ずびしっ」

ふざけた掛け声と同時にいきなり指を隼人の腫れた頬にめり込ませた。

「〜〜〜っ!!」

声にならない苦鳴があがる。

やられたことがある人間じゃないとわからないが地味に痛いのだ。

無言で悶絶する隼人を半眼で睨み、竜馬はしかつめらしく指を振った。

「ま〜たそこで暗くなる。お前本質根暗なんじゃねぇのか?たまには開き直れよ」

どうしてこの男はこうまで自虐的になれるのだろう?

普通の人間ならば自分の弁護をするだろうに、こいつときたら逆に自分を追い詰めている。

それが隼人が隼人である所以なのだろうが、その変に冷めた性格が気に食わない。

「リョウ!」

しつこく打撲をつつく竜馬に隼人は抗議するが、それは聞き入れられることはなかった。

どうやら痛がる友人の反応が楽しいらしい。

「そもそもこの話はお前の説明不足が原因だろうが。少しは俺のこと信用しろよな」

その不機嫌そうな台詞にさすがの天才も言葉に詰まる。

決して竜馬のことを信用していなかったということはないが、この場合そうとられても仕方がない。

竜馬は黙りこくった戦友の自分より細い肩に腕を回してにっと不敵に笑う。

「嘘だって。もう気にしちゃいねぇよ。お前も気にすんな」

「・・・・・・・・・・・・」

そんな簡単な話ではないと思うのだが・・。

だが本人がいいというならいいのだろう。

隼人はそう割り切って肩の力を抜いた。

この自分と正反対な親友と一緒にいるとときどき自分がひどく馬鹿なような気がしてくる。

なんだかんだと緻密に計算して成功させるのが隼人なら、何も考えずに自分の直感で成功させるのが竜馬だ。

これほどベクトルが逆なふたりもそうはいないだろう。

だがそれゆえに彼らはよく似ていた。

そこで隼人はふと表情を引き締めて竜馬に向き直る。

「なら遠慮なく言わせてもらう。俺にはやらなくてはいけないことがあるから付き合え」

「あ?ああ。お前そういえばさっきもそんなこと言ってたな」

俺を殺すのはやらなければいけないことが終わってからにしろ。

確かそう言っていた。

「何やるんだ?」

「・・・・今がいつかわかってるか?」

隼人は竜馬の質問には答えず、別なことを尋ねる。

「?いや、だから十六年前の早乙女研究所だろ」

「俺達はなんでここに来たと思う?」

「?」

さっきから問いの意図がわからない。

構わず隼人は続ける。

「俺達がここに来たのは意味があるはずだ。何かの意思でこの時代に連れてこられた」

いや、そうじゃなくても構わない。

「今は十六年前。そしてあの事件のちょうど三ヶ月前だ」

「!!」

竜馬の顔にじわじわと理解の色が広がる。

それを確認すると、隼人はまるで宣言でもするかのように厳然と言い放った。

「俺達が未来を変えるんだ」

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

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え〜となんだか長編ぽくなってきちゃったよ?

ぶっちゃけ続きます。

今回の話で何が書きたかったかといえば、『竜馬が隼人を殴って叱る(?)』です。

それとあの早乙女博士殺人事件の裏。

チェンゲの隼人はまじで美人ですよね。

ゲッターの手の上で竜馬に胸倉掴まれた時に早乙女博士の『お前らがミチルを殺した』発言を聞いた直後の顔なんてとんでもなくセクシーでした。

なので表現に美貌とか入れちゃったんです(てへっ)

私の中の隼人はいつでもセクシー系(表現古い)美人ですから。

さらに彼は映像で見る限りかなり長身がっちり体型ですが、私の中で彼は細身!!と呪いのごとく決定されているので私の話内では彼は細身です(断言)

にしても辻褄合わせが困難でした。

マジで困難でした。

ていうか合わさってないです(滝汗)

いや、実を言うと書いててもおかしいって思うもん。

なんだか説明不足が目立つ話になっちゃった(T口T)

かなり細かく考えたのに描写の関係上入れれなかったり。

この話をかるらさんに捧げます。






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ラグナロクさんから頂きました。

なんて素敵!!チェンゲですよ、しかもタイムスリップ!!

もしかして、皆、幸せになれる?

でも一番嬉しいのは、隼人と竜馬のわだかまりが消えたこと。

がんばれ隼人、最後のチャンスだ竜馬!

 

  「何かの意思だろうと導きだろうとそれを最大限に利用するだけだ。」


この言葉に、隼人の真髄を見せていただいたかるらです。


ありがとうございます。後編も楽しみにお待ちしています。

         (2007.3.10)