残されし者たち









    ・・・・・・光の中で  見えないものが  闇の中で  浮かんで見える・・・・・・・


    ・・・・・・闇の中で  見えないものが  光の中で  浮かんで見える・・・・・・・

     
          かつて耳にした歌は、どちらの歌詞だったのだろう。

          透き通った高音の響きに聞き惚れて、言葉の意味を覚えず・・・・・




[[  陽光 (ひかり) ]]


 俺は巴 武蔵。国連(国家機密連合)日本支部の大尉だ。同僚に車 弁慶がいる。といっても、あまりピンとこないだろう。俺達は確かに日本軍の一員だが、いわば客員軍人って感じだ。俺達が何よりも誇りをもって言える唯一無二の肩書き、それはゲッターチームの一員だということだ。ほら、ゲッターチームといえばすぐわかるだろ?
 俺達が月面戦争に参加したのはゲッターロボが開発されてからだから、月面10年戦争の最後の年だったわけだが(というか、ゲッターロボが参戦したから10年戦争が終結したのだが)、アレからすでに一年以上過ぎている。荒廃した月面基地はまだ再興されていない。なかなか手がつけられないのは、各国の思惑やら駆け引きが入り混じっているかららしい。俺達にとってはどうだっていいことだが、政府にとっちゃあ今が名を売るときなんだろう。
 日本の存在を世界に重く知らしめるため、地球の救世主ゲッターチームを取り込んでおきたいというのもよくわかる。
 だが、ゲッターチームというか早乙女研究所は、政府の機関とはいえ、早乙女博士個人の研究施設でもある。博士の個人資産も大きなものがあるし、また同じゲッターチームの神 隼人っていうやつが凄く頭がいい。学問だけではなく、経済観念、世界情勢などあらゆる分野に詳しいから、表にも裏にも立ち回り(これがまた巧い。まるめ込むのも脅すのも)、早乙女研究所を政府と対等の立場にしている。だからいくら政府とはいえ、命令ひとつでゲッターチームをどうこうできるものではないんだよな。それで妥協案として、俺と弁慶が軍に出向しているというわけだ。大尉の肩書きを持っているのは俺と弁慶だけじゃなく、あとのふたり、リョウと隼人ももっている。だが、リョウ、流 竜馬は人並みはずれた戦闘能力の持ち主だから、こいつが大人しく軍の規律や訓練におさまるわけがない。どんなに他の兵士達がくたばる訓練であっても、こいつにとっちゃ遊びみたいなもんだ。アメリカ軍のグリーンベレーや海兵隊、過激集団モハドやハマスとかの訓練だってへっちゃらだろう。毒蛇や猛獣のいるジャングルへ放り込んでも嬉々としているだろうし、敵基地の爆破なんて指令を出したら、それこそ眼を輝かせて飛んでいくだろうよ。
 リョウが平和時の軍で役に立つといったら、せいぜい数週間のサバイバル訓練なんかの教官ぐらいか。あまり長期間にすると死人をだすだろうぜ。自分を基準にするなと強く言ったところで、基準が尋常じゃない。
 隼人はリョウほど無茶はしない(・・・・・ウン・・・)ちゃんと相手に合わせた訓練もするが、こいつは時と場合によっては「この程度で死ぬ奴はいずれ死ぬ。」といった考えの、ある意味リョウよりもアブナイ奴だから、あまり訓練に携えたくない。今が戦闘中であるというのなら別だが、そうでなきゃ何も犠牲をだす必要はない。こいつは変なカリスマ性を持っていて、部下は何の躊躇いもなく命令に従うから。
 第一、隼人は研究所の仕事や国との折衝、その他いろいろと忙しくて軍に来る時間なんてないからな。で、俺や弁慶のような一般常識ゆたかな人間がここに来ているわけだ。

 「お〜い武蔵。」
 「なんだよ、弁慶。」
 弁慶がお菓子やらなにやら両手いっぱい食べ物をもっている。
 「後輩のやつらが、月面戦争でのゲッターチームの活躍を聞きたいっていってよぉ。今、酒とか持ってくるぞ。」
 「またかよぉ。あいつらも飽きねぇなあ。」
 「俺達は日本が、いや世界が誇るゲッターチームだからな。有名税ってやつだ。」
 「なにが有名税だ。調子にのってると、今度リョウが教官に来たとき、コテンパンにやられるぞ。」
 「しばらくは来ないさあ。その前に俺達が休暇に入る。」
 「そうだな。今度の休みは2週間あるからな。久しぶりに研究所のみんなに会ってゆっくりできる。」
 「ミチルさんにも元気にも会えるしな。」
 「元気にはディズニーランドに連れてってくれと約束されてるしな。」
 「博士やミチルさんは忙しくて、とても遊びに連れて行ってやれないからな。」
 「よおし、今度、たっぷり遊んでやろうぜ!」

   武蔵と弁慶は顔を合わせて笑った。
     笑った。
     そう。
     すでに戦いは遠ざかり、やさしい陽射し、ゆるやかな風。心ゆるした友。
     戦いの日々は消え去り、明日へと続く道は輝くばかり。
     微笑った。想いを馳せて。
     微笑った。今を見つめ。
     微笑った。未来を望んで。


           ------------落とし穴---------



 [[ 奈落 ]]


 山道。
 続くカーブにタイヤをきしませながら 、一台の車がひた走る。固くハンドルを握り締める手は嫌な汗をかいている。 
 二人の男が睨みつけるように前をみつめ、唇をかみしめている。言葉はでない。疑問が頭の中を渦巻くばかり。
  『何故だ、何故だ、何故だ?何故だ?!!−−』

   早乙女研究所はひっそりと沈んでいる。輝く早春の光の中で。
   光溢れる只中で、そこだけが暗黒の宇宙のように。

 「博士!リョウ、隼人!!」
 研究所に飛び込んだ武蔵と弁慶は、そこに沈痛な表情をした所員達をみた。フロアいっぱいの所員の中に、早乙女、リョウ、隼人の姿はない。
 「おい、博士達は?」
 声をかけられた所員は悲しそうに首を振り、
 「博士はお部屋に閉じこもっておられます。」
 「リョウは?隼人は?!」
 掴みかからんばかりに問いただす弁慶に、所員は無言で先を示す。
 開け放たれた扉の向こう。
 走り込んだ2人の目の前に在るもの。

        柩の中で 花に 埋もれていた。

 「ミチルさん!!!」

   固く閉ざされた眼。白い顔。
   陽光のように鮮やかで、陽だまりのように暖かなあの女性(ひと)は-----

 ふたりの男がいた。ひとりは柩の傍らに立ち、微動だにせず見詰めていた。漆黒の髪。闇より昏い瞳。死者と等しい白い顔。
 もうひとりは跪き、柩に凭れて哭いていた。搾り出す様な嗚咽。たくましい体が小刻みに震えて。

 「リョウ・・・・隼人・・・・」
 弁慶の声にリョウが顔を上げた。
 「弁慶・・・・・武蔵!!」
 幼子のように弁慶にしがみ付く・・・・・・・・・・


 葬儀は盛大だった。日本政府からは首相をはじめ内閣官房長官、防衛庁長官、各国の大使達も参列した。国内外の学界、財界の名士達も次々と弔問に訪れる。
 早乙女博士の姿はない。
 長身の男が、延々と続く弔辞を受けている。昼前に始まった葬儀は、夕方になっても終わらない。

 研究所の一室に、3人の男が座していた。ひとりの腕の中には子供が眠っている。だれも言葉を発しない。
 重すぎる悲しみは、夢としか思えなくて、言葉を紡ぐことすらできはしない。時折、互いに目を合わせ、訴えるように、縋るように、押し込めるように、ただ黙って首を振る。
  武蔵と弁慶は所員から聞いた話を反芻していた。
 『合体事故が発生した時-----』
 『分離した各機は、地面激突寸前でなんとか着地しました。ライガーとドラゴンは自力で、ポセイドンはあとでわかったのですが、メインのライガーからの緊急誘導で。
 でもリョウさんも隼人さんも衝撃で気絶されていました。早乙女博士は真っ先にポセイドンのミチルさんのところへ駆けつけられたのですが』
 『私たちが側へ寄ろうとすると、<来るな!!>と怒鳴られました。
 そして。
 ご自分の白衣を脱がれて、それでミチルさんをくるまれて------』
  
 誰も側に寄りつかせなかった。そのまま研究所に戻り一室に籠もった。そして元気を呼び寄せて。

 『リョウさんと隼人さんは、無理な分離と着陸のため、しばらく意識が戻りませんでした。そしてお二人が目覚めて博士の所へ走っていったとき。』

   ミチルは溢れるほどの花に埋もれていた。   柩の中で。

 『博士は私たちに花を持って来いといわれました。・・・ミチルの体は真二つになっていると。だれもミチルさんの傷を見ていません。おそらく、あまりにも酷かったのでしょう。
 傷を見たであろう元気ちゃんは、あれからショックのためか口をきいてくれません。』
 『事故の原因はポセイドン号の直前の緊急合体解除です。間に合わずに。
 でも、なぜ、ミチルさんが合体を中止したのかわかりません。研究所のデータでは最後まで何の異常もなかったのです。』

 機体に異常がなければ、パイロットに異常があったのか。ミチルはパイロットの訓練を受けているし、腕も相当なものだ。だが、万一、ということはある。万にひとつも失敗しないというのはリョウと隼人ぐらいだろうと思う。
 弁慶はリョウを見遣る。
 いつも陽気で生命力にあふれ、野生の強さに満ち満ちた男が、両膝を抱え俯いている。失ったものの大きさが胸を衝く。
 武蔵は自分の腕の中で眠る元気に、憐憫の情を禁じえない。名前どうりいつも元気で、天真爛漫な子供が、目覚めている間中震えていた。
 葬儀がはじまる前、隼人が3人にいった。葬儀に出る必要はないと。
 「早乙女研究所としての葬儀だ。対外的なものだ。出席しても辛いだけだ。
 それよりも元気を頼む。あれから口をきかない。3人とも一緒にいてやってくれ。」
 正直言って、ありがたかった。
 人前できちんと立って、じっと悲しみを堪え、挨拶を受ける自信などなかった。研究所にとっては必要な儀式でもあろうが。労わりの言葉さえ白々しく思えるだろう。
 それにミチルを土に返すところなど見たくはなかった。
 きのう一日中、ミチルの柩とともに居た。今にも眼を開けそうな、そんな穏やかな顔だった。それだけが救いだった。
  遠く弔いの鐘が響くのを、昏い夢のように聞いていた・・・・・・・・・・


   どこで   何が  狂ったのだろうか。
  悲しみは、それでもいつか 癒されるはずだった。
  少しづつ、少しづつ。『時間』という名の優しい御手が。
 傷ついた心を癒してくれると信じていた。昨日は笑えなくても、今日は少し、まわりを見よう。そして出来れば明日、微笑むことを試してみよう。そんなふうに。

 隼人が消えた。
 葬儀から10日たっていた。何の異常もみられなかった。いつもどおり、仕事をこなしていた。
 早乙女博士は部屋に閉じこもり、所員の前に全く姿を現さないようになっていたが、もともと月面戦争が終わってから早乙女は自分の研究一筋で、研究所の諸事には携わっていなかった。すべて隼人が取り仕切っていたから、早乙女が部屋に籠もってしまっても、研究所の日常に何の支障はなかった。隼人の指示のもと、いつもと変わらぬ生活があった。それが突然打ち切られた。
 リョウが激昂した。
 早乙女に食ってかかった。こんなことは初めてだった。
 武蔵と弁慶が懸命にリョウを押しとどめ、なだめようとするが全く無駄だった。
 「博士、あんた、隼人をどうした?!何を言った!あいつはどこだ??!!」
 「きさまに教える必要はない!」
 冷ややかに言い捨てる早乙女。武蔵も弁慶も、博士に飛び掛るリョウを羽交い絞めにするのが精一杯だった。冷たくドアが閉められる。叫び声は届かない。虚しく廊下に響くばかりだ。

 仕事がどんどん溜まっていく。集められたデータは消化されず、政府や各界からの質問・要望・要請は最小限のものすらこなせない。研究所には早乙女の助手として何人もの優秀な博士たちはいるが、事象の全体を見回し、指示・指揮する能力を持つものはいない。与えられた議題についてとか研究自体でさえあれば、誰もが己の力を充分に発揮できるとしても。
 早乙女は所長としての責任を放棄した。だれにも会わない。我が子の元気にさえも。
 元気は笑わない。怯えたように部屋のすみに蹲る。あんなに明るく無邪気ないたずらっ子だったのに。武蔵は重い気持ちで元気を抱きしめる。
 リョウは閉ざされた扉を前に早乙女を呼ぶ。不安と不審と怒りを露わにして。悲鳴に近い叫びに、弁慶はかける言葉もない。
 「博士が何かを言ったんだ。」
 リョウが武蔵と弁慶に吐き捨てた。
 「博士は、俺と隼人が故意にミチルさんを殺したと思っている。」
 「まさか?!」
 「そ、そんなばかなこと・・・・・」
 「ああ、まさかさ。そんなバカな事あるわけねぇ。あれは事故だ。直前まで、何の異常もなかった。あの瞬間、何がミチルさんにおきたのかわからねぇ。
 だが、俺達がわざとミチルさんを死なせるわけねぇじゃないか。なんで、博士はわからないんだ・・・・」
 頭を抱えるリョウ。苦渋に満ちた顔は焦燥でやつれている。
 「隼人が心配だ。あいつはミチルさんが死んでから、ほとんど寝ていなかったと思う。
 博士があいつに何か無理なことをいいつけても、あいつは罪悪感からきっと黙って従うだろう。ライガーは頭部から胴体に合体する。ミチルさんがミスしても、自分さえもっとすばやく対応できていたら、避けきれる可能性もあったと自身を責めるだろう・・・・」

 何度も繰り返し確かめた映像。その都度、悲しみにつぶされそうだったが、リョウも武蔵も弁慶も戦士だった。真実に立ち向かう強さを持っていた。感情を押し込め、冷静に精密に、「あの時」を分析した。だが結論は「異常なし」だった。
 「あの時」の合体は完璧だった。一分の狂いもないタイミング。かえって、「合体解除」できたことが奇跡と思えるようなほどの。一瞬の躊躇があったら合体解除できなかったはずだ。
 何があったのか。「あの時」、ミチルに何が??!
 ミチルの遺体の状況がどうだったのかもわからない。早乙女と元気だけが知っている。そして早乙女は研究室に閉じこもり、元気は心を閉じ込めた。
 元気はいつも怯えている。部屋の隅にうずくまっている。外へ連れ出そうとすると、からだを強張らせてしがみ付く。何を見たのか、何を言われたのか。元気に問うても震えるばかりだ。
 研究所は徐々に殺伐とした雰囲気を纏ってきた。誰もが自分の目の前の仕事で精一杯で、人を思いやるわずかの余裕さえなかった。今までであれば隼人が最終確認し、みんなは次の指示を受けて仕事を続ければよかったが、最終確認の不手際が目立ち、何度も同じことを繰り返さなければならなかった。いつのまにか責任を押し付けあっていることに気づき、所員のだれもが暗鬱な表情となった。
 あの穏やかな、笑い声に満ちた明るい研究所は------
 橘博士や他の博士たちは何度も早乙女に面会を申し込んだが、返事は返らない。リョウの苛立ちは更に高まり、博士への罵倒は顕わになる。

          ----------- 雷 鳴 ----------


[[  昏き 眠り  ]]

 
 銃声が響いた。嵐の中。雷鳴が轟く中で、一瞬。

 教会に駆けつけた武蔵と弁慶。そして元気の目にしたもの。
 目を見開き、天井を睨みつけるがごとく倒れている早乙女と。
 少し離れたところに呆然と立ち尽くす、リョウ。
 早乙女の回りの床には血溜まりが広がり、リョウの手にはまだ硝煙立ち昇る銃が。

 「お、俺じゃない!!」
 リョウが叫ぶ。だが、元気の目はリョウの持つ銃にじっと注がれる。慌てて銃を放り出すリョウ。だが、駆け寄ってきた警備員に拘束される。
 「違う!違う!違う------!!!}
            雷鳴

 状況は最悪だった。所員の誰もが、リョウと早乙女の険悪な関係を目にしていた。
 罵詈雑言の応酬。たがいに憎みあっているとしか見えなかった。実際リョウは、言葉のあやで「ぶっ殺してやる!!」と怒鳴ったこともある。だが、それは。
 想いが早乙女につながらないことに絶望したからだ。厳しいながらもあたたかく、あれほど親身になって、我が子のように接してくれた早乙女が、「あの日」を境に・・・・・・
 失ったものの大きさと愛しさとやりきれなさ。
     リョウは牢に入れられた。


 「ただいま。」
 疲れた声で弁慶が戻ってきた。
 「ああ、おかえり。」
 武蔵が答える。早乙女家の一室。
 「元気は?」
 「もう眠った。どうだった、リョウは。」
 「相変わらずだ。隼人を呼んでいる。」
 弁慶は重く答えた。
 あれからずっと、リョウは刑務所の中だ。早乙女博士殺しの犯人として。
 凶器の銃は、リョウがかつて使用した特別製のマグナムだった。敷島博士の地下研究所の武器庫にあったもの。恐竜帝国のハチュウ人兵士との対決で使われたそれは、威力の凄まじさと同等の反動を持つため、並みの人間に扱えるようなシロモノではなかった。リョウ、あるいはゲッターチームの誰かならば。
 リョウはあのとき隼人を見たと言った。ミチルの葬儀が済んで数日後、ずっと行方不明だった隼人を。だが、一言もことばを交わさなかったと。それどころか、リョウに刃物で傷を負わせ、信じがたいことにUFOらしきもので飛び去ったという。
 UFO。
 そんなものがあるわけがない。研究所の誰に聞いてもUFOなんて開発も製作もしていなかった。まだ、ゲットマシンで逃げた、というならともかく。リョウの言葉の信憑性は疑われた。
 武蔵も弁慶もリョウの言葉を信じた。なによりもリョウが早乙女を殺すはずがない。いくら喧嘩をしても。恨んだとしても。
 隼人がなぜ現れたかわからないが、リョウに傷を負わせることができるのは隼人ぐらいだ。だから、たぶん本人だろう。だが何のために、そしてなぜまた消えたのか。
 理解できないことだらけのうえに、研究所のほうも閉鎖が検討されていた。専門ごとに各機関に分散させようとの案。扱う機密が大きすぎるため、核を失った研究所に任せるわけにはいかないのだ。
 すべての不手際と責めへの怒りが、早乙女を殺したであろうリョウに向けられた。リョウの訴えは聞き入られない。理不尽さにリョウは憤り、怒り暴れる。ますます悪印象を上乗せていく。
 『隼人を探してくれ。隼人がすべてを知っているはずだ。あいつさえ、ここに来てくれれば!』
 血を吐くようなリョウの叫びは、そのまま武蔵たちの叫びでもあった。隼人ならば、どんな状況であれ見事に解決してくれるだろう。なのに、なぜ彼は現れないのか。ゲッターチームの危機に。やはり・・・・口にしたくなかった疑問。
 「やはり、隼人が、博士を殺したのだろうか・・・・・」
 苦しそうに弁慶が呟く。
 リョウが早乙女に駆け寄ったとき、まだ早乙女の体は温かく、銃は熱をもっていた。隼人が早乙女について何も語らず、リョウに刃物を向けたということは、隼人は早乙女の死をすでに知っていたわけだ。つまり、殺されたとき近くに居た。暗殺者が他にいたのなら、隼人は決して早乙女をむざむざと殺させはしない。万一遅れをとったとしても、あのタイミングなら確実に暗殺者を倒したはずだ。それがなかったということは・・・・
 暗殺者はリョウか隼人のどちらかだ。姿を消したのは隼人。
 「俺もそれを考えていた。何があったのかわからないが、おそらく早乙女博士を殺したのは隼人だと思う。だけど・・・」
 言いずらそうに口籠もる。苦渋に満ちた武蔵の顔。
 「なんだ?他になにか気になることがあるのか?」
 これ以上、何かあるのだろうか、まだ、これ以上。
 「・・・・・・・隼人のやつは、ああ見えてけっこう人気者でな・・・・」
 「?」
 「お前も知っているだろうが、隼人はあちこちの研究所や軍施設から勧誘を受けていた。だけど、その他にも外国のマフィアや過激派集団や暗黒街のボスなんかにも好かれていてな・・・・・」
 弁慶も知らないわけではない。隼人は清廉潔白な紳士ではない。清濁併せ持つというか、必要であれば「濁」だらけでも気にしない。隼人の善悪の概念は少し「人」を超えている。知識としての常識は充分に持ってはいるが、状況に応じていともたやすく無視できる。顔色ひとつ変えることなく。隼人を怒らせたら、ちょっとした組織のひとつやふたつ、つぶすことなど簡単だと承知している。名のあるやつらがこっそりと、隼人に面会を申し込んでいたのも知っていた。
 「まあ、好かれているかは別として、隼人が頼み事をしたら、どんなやつも断らんだろう。」
 武蔵が抑揚のない声でつづけた。武蔵の言いたいことが、弁慶にはいまひとつわからない。すこし、不機嫌そうになる弁慶に
 「だから、もし隼人が博士を殺したとしても、あいつがそれをリョウに押し付ける必要は全然ないんだ。隼人なら匿ってくれるところはいくらでもある。ありすぎるくらいだ。
 日本政府の目の届かないところで大きな顔で暮らしていけるんだ。なんの不都合もない。研究だってなんだってできるはずだ。隼人自身が名声を欲しがるやつじゃないし、表舞台に立てなくてもかまわない筈だ。
 それなのに、リョウの濡れ衣を晴らしてやらないなんて、俺には信じられない。ひとこと、自分が犯人だって言ってくれれば、リョウは釈放されるんだ。」
 あっ、と弁慶は思った。たしかにそうだ。隼人がリョウに罪を押し付ける理由がない。リョウは誰よりも凄腕の戦士だが、戦い以外に関しては別段特技はない。リョウを閉じ込めておく必要など、どこにもないのだ。
 「じゃあ、なんでだ?なぜ隼人はリョウを助けてくれないんだ?なにも自首しなくたって、いろいろ方法はあるだろ。隼人ならそんなことお手の物だろうに。」
 政界、財界、暗黒街。世界のいたるところに太いパイプをもつ隼人。
 「・・・・・・・・・・・」
 「おい、武蔵!」
 「・・・・・知らないんだと・・・・・おもう・・・・」
 「知らない?」
 武蔵の言葉に弁慶は戸惑う。世界的に有名な早乙女博士の死は、世界中に知らされた。そして、その犯人として同じ研究所の所員、しかも月面戦争の英雄ゲッターチームのリーダー 流 竜馬が逮捕されたという事実は、大々的に報道された。ただでさえ世界中に張り巡らされたネットワークを自在に操る隼人だ。知らないはずがない。
 「どういう意味だ?」
 聞きたいような、本当は気づきたくないような・・・・
 「もう、どこにもいないのかもしれない・・・・俺達の手に届く何処にも。
 隼人に何があったのかわからん。だけど、早乙女博士を殺すなんて、余程の理由があったとしても尋常ではない。あいつは本当に博士を敬愛していた。殺害は、究極の選択だったのだろうぜ。それを成したら、もう、あいつは何もしたくなかったのかもしれん。
 なあ、あいつはいつだって、何も欲しがらない奴じゃなかったか?」
 弱々しく呟く武蔵。弁慶も思い出す。
 いつも黙々と仕事をこなしていた。次から次へと手渡される仕事を、嫌な顔ひとつ見せず、ただ受け取り仕上げていた。一度、「無理するな」と声をかけたことがあるが、「別にたいした事じゃない。」と軽くいなされた。実際、たいした事ではなかったのだろう、隼人にとっては。
 頼りにされているから、とは少し違う。あいつにとっては、そう、すべて当たり前、当然のことだったのだろう。他人にはどんな難しい仕事に見えたとしても。
 だから、人から受ける賞賛も、特に嬉しいとも思わず淡々としていた。努力して手に入れたものならば、誰だって認めて欲しいし失いたくないだろうに。隼人は、人の世界にある誉れにも物質にも、何の執着もなかったのだ。
 だけど、俺達のことは?
 「俺達も、あいつには何のしがらみにも成りえなかったのか・・・?」
 すごくさみしい。すごくむなしい。すごく、かなしい。それは違う。違うと思う、思いたい。せめて、俺達ゲッターチームのメンバーは。
 「そんなことはないと思うさ。それにこれは、全部、俺の思い込みだしな。」
 武蔵が淋しそうに笑った。でも半分以上当たっていると思う。すくなくとも、隼人が何処にもいないだろう事は。あの隼人が、いや、ゲッターチームの誰一人として、人に罪を擦り付けたりはしない。自分の行いは、すべて自分で責任をとる。

 「リョウにそれを言うのか?」
 「いや、言うわけにはいかない。隼人がもうどこにもいないなんて、リョウが知ったらどうなる?きっと、絶望するだろうよ。」
 リョウと隼人。全く違った正反対の性格にみえて、どこか根本的なところでそっくりな2人。いや、そっくりというより、「同一」といったほうがいいような。根拠などどこにもないが、武蔵も弁慶も感じ取っていた。
 「俺達は力の限り、仕事をしよう。」
 武蔵が力強く言う。
 「リョウの立場が少しでも良くなるように、俺達の願いが聞き届けられるように、それぞれの仕事で実績をあげようぜ。リョウだって、これまでの戦いの実績を考慮してもらえるよう、橘 博士たちが運動してくれるってさ。」
 武蔵の前向きな言葉が弁慶には心強かった。そうだ。俺達は前進しなければ。元気は今も言葉を失っている。守ってやらないと。そう、誰よりも皆をやさしさで包んでくれていた、ミチルさんを悲しませないように。


    数週間が過ぎ、橘 博士から連絡があった。「リョウが、脱獄を企てた。」
 数十人の看守に軽傷を負わせ、あと一歩のところで捕まったと。
  ・・・・・屋上まで追いすがってきた若い看守が、足を滑らせ落ちそうになったのを助けたために、逃げ切れなかった・・・・

    面会を許されぬ、A級刑務所地下独房に 送られた。



       <<------  光の 中で  みえないものが
                           闇の  中で   浮かんでみえる-------->






  いくつもの 鉄の扉の奥。コンクリートの灰色の壁。作り付けのベットと便器。小さな電灯が、そこにいる男の昏い顔を映し出す。
        「待っていろ、隼人・・・・・必ずお前を 見つけ出す・・・・・・」
 幸福な、おだやかな日のあたたかさで満たされて、いつか眠りに就いていた狂気が、『ぞろり』と目を覚ます。
 手負いの獣のようにすべてを拒絶し、憎しみだけを糧と決めた昏い眼。





 地球をはるか346500キロメートル。
 月の裏側。永久に続く夜の世界。
 放置されたいくつかの観測所。そのひとつから静かな機械音の唸り。
 コンピューターから吐き出される膨大なデータを見遣り、滑るようにキィをたたく白皙の面。
 望みを持たぬため、望まれることに気づかず。


       はるかな地球。届かぬ想いは、距離のせいばかりではない・・・・・



       
       
       *****************************


  あ〜〜暗いです。OVA「チェンジ!真ゲッターロボ」のプロローグって感じでしょうか。仕方ないですよね?(また言い訳してる)
 冒頭の歌詞は、題名を忘れました。透明な声をもつ歌い手です。名前はうろ覚えなので、書きません。違ってたら失礼ですものね。
  さて、次回はお付き合いいただけるでしょうか。心配になってきた、かるらです。
            2004・12・20