睦月一日
早乙女家の自宅というか私宅は、研究所からさほど離れてはいない。研究所を臨む丘の中腹にある。車ならば5分というところか。
早乙女博士の妻は、末っ子の元気が1歳になる前に病気で亡くなった。元気は歳の離れた兄姉の達人とミチルに育てられたようなものだが、その達人が敵との戦いで命を落としたあと、ミチルと元気は安全のため研究所に居を移した。そのため、自宅はほとんど使われず、時折ミチルが掃除と空気の入れ替えに寄るぐらいであった。だが、さすがに一年の始めの日ともなれば、年中無休の研究所および早乙女も、ひとつの区切りとして世間一般の行事を楽しむものだ。で、今日は久しぶりの自宅にて、お正月。
外は一面の雪化粧。
暖められたリビングでは、早乙女はじめ、ゲッターチームの面々がくつろいでいる。お屠蘇で顔を赤くしている者や、朝ご飯なのか昼ご飯なのかおやつなのか、途切れることなく口を動かしている者もいる。普段、めったに顔を見せない父親にじゃれつく元気を見ながら、みんな、ゆったりと過ぎる時間を楽しんでいる。
「いやー、いい正月だなあ」
弁慶ののんびりした声。
「まったくだ。去年はまだ月面戦争の後始末でバタバタしてて、ゆっくり雑煮も食えなかったもんな。」
「だからといって武蔵、去年の分まで食う必要はないと思うぜ。」
リョウがニヤニヤして言う。
「だってよう、ミチルさんのお節はうめえもんな。いくらでも食えるよ。」
「武蔵くんの食べっぷりを見ていると、ほんと、料理のしがいがあるわ。」
ミチルが嬉しそうに笑う。
「「最高だよ!ミチルさんの料理」」
武蔵と弁慶が同時に叫ぶ。
カチャ。
ドアが開く。
「おう、隼人。故障は直ったのか?」
元日早々研究所から呼び出しを受けた隼人が入ってきた。
「ああ、大したことはない。宿直の人数が少ないから、ついでに少し手伝ってきた。」
「隼人さん。コーヒー淹れるわね。」
「ああ、ありがとう。」
ゆっくりソファに腰を下ろす。
「なんだ武蔵。まだ食っているのか?」
呆れたような声。
「いいじゃねえか。来週から軍に出向しなきゃならないんだ。ミチルさんの手料理の食いだめだよ。」
平気な顔でモグモグしている。
「体が重くて走れなくても知らねえぞ。いくら、手抜きの訓練だってな。」
リョウがからかう。
「なにが手抜きだ!お前が異常なだけだろが!」
弁慶も武蔵に同調する。
「そうそう、俺達は普通なんだ。いや、普通よりずっとタフなんだ」
「体の頑丈さは俺達以上さ。それくらいは認めているぜ。」
隼人がニヤリと笑いながら言う。
「お前に言われても、ちっとも褒められた気になんねえよ。」
「別に褒めているわけじゃないからな。事実をいってるだけだ。」
「ほら、その言い方だよ。お前は黙っているほうが親切ってやつだ!」
毒づく弁慶。 『ふふっ』と笑ってミチルからコーヒーを受け取る隼人。
「まあ、武蔵君も弁慶君も、大変だろうが、早乙女研究所の代表として頑張ってきてくれたまえ。」
早乙女がにこにこしながら声をかける。
「任せといてください博士。ゲッターチームが、リョウや隼人みたいな非常識な、人間離れした奴ばかりじゃないこと、皆に見せてきてやりますよ。」
「リョウ、俺達は非常識人間だそうだ。」
「ひでえなぁ。非常識人間は隼人だけだぜ。俺は人より戦闘能力は高いが、あとは普通の人間だからな。」
「何勝手なこと言ってる。俺ほど常識豊かで、外交上手はいないぜ。」
ちょっと皆の間を沈黙が支配する。
ボソボソとした呟き。
「・・・・・・・たしかに巧いといえるがな・・・・・」
「文句のつけようがない、という意味ならな・・・」
「というか、文句を許さない、というか・・・」
いつのまにか3人が隅に固まってこそこそ話している。
「・・・・・常識は、知識としてあるだけで・・・」
「ソレを使うか否かは全く別次元で・・・・」
「臨機応変、唯我独尊、表裏一体、快刀乱麻、などなど・・・」
素知らぬ顔でコーヒーを飲む隼人。ミチルと早乙女がにこやかに笑っている。
元気がトコトコと3人のところへ行き、袖を引く。
「何だ元気。遊んでほしいのか?」
武蔵が元気を抱き上げる。
窓の外を指差す元気。
「よおし、元気。でっかい雪だるま作ろうか。」
「そりあそびも出来るぞ。」
マフラーや手袋もそこそこに4人が外に飛び出す。陽の光を受けて、雪がキラキラ光っている。
「ゲッター3、作るぞぅ!!」
「なに言ってやがる。ゲッター1に決まっているだろうが!」
「安定性があって、作りやすいのはゲッター3だからな。」
「おもしろくねえな。ゲッタートマホーク作ってやる!」
「おい、投げるな。ゲッターミサイル!」
「やりやがったな、トマホークブーメラン!」
「何やってんだか。」
少し離れたところで、雪まみれの3人プラス、周りでキャッキャッいってる元気を見ながら、隼人が苦笑する。
「いいお正月ね、隼人さん。」
傍らに立つミチルの優しい声。
隼人の目はリョウ達に向けられている。穏やかな瞳。
「来年のお正月は、雪ではなく地球を見ながら過ごすのよね。なかなか素敵だわ。」
「博士は淋しがるだろうな。君も元気もいないと。」
「きっと、いつもどうり研究所に閉じこもって、お正月さえ気づかないわ。いつもそうだったもの。今年は特別よ。」
さらりと口にする。きっと、自分に負担をかけないつもりなのだろうと、隼人は思う。
「でも、あいつらは月に呼んでやろう。ゲッターロボでなら、たいして時間はかからない。」
「あら、個人的な理由で地球の守護神、ゲッターロボを使っていいのかしら?」
ミチルがいたずらっぽく微笑む。
「なに。俺にしか直せない故障が発動するプログラムを組んでおけばいいだけだ。」
あっさり返す。
「まあ、悪い人ね。」 かるく睨むミチル。
ヒュッ!!
突然、雪玉が飛ぶ。3人が雪玉の豪速球を間断なく隼人に投げつける。隣にいるミチルには、掠らせもしないのはさすがだ。
「隼人!なに、てめぇだけ、すかして立ってるんだよ!!」
「ミチルさんを独り占めすんな!」
はじける笑い。煌めく陽光。
隼人はふわっと、2階のベランダの手すりにジャンプする。雨どいにちょっと手を掛け、にやりと笑う。
「ドリルミサイル!!」
その手から放たれたものが、雪像のゲッター3の眉間に。
深々と突き刺された『つらら』
思わず顔を見合わせる3人。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・ヤバイんじゃないか・・・・・・」
ポキ!ポキ!ポキ!
めったに見せない楽しそうな笑いを浮かべる隼人。
「うわ〜〜、まて、早まるなァ!!」
「それはまずいってェ!!!」
「タンマ、タンマ!」
大慌てで駆け出す3人。
舞い上がる粉雪。陽の光を反射して、輝く。
輝く。
輝く空間。輝く時間。輝く・・・・
地球(ほし)
暗い宇宙(そら)
ぽっかりと浮かぶ 青く光る 地球(テラ)
月面移動車の特殊ガラスの内側で、隼人はずいぶんながい時間、地球を見詰めていた。
あのとき、傍らに居ると約した人は無く、共に在ろうとした友もいない。再び巡りきた、睦月一日。
だが、あの青い光の大地では、大事に思う人々は、それぞれ穏やかに日々を過ごしているだろう。早乙女と自分がいなくなって、ゲッター線計画は多少開発が遅れているだろうが。それでも、動力エネルギーとしての開発のみならば、橘博士をはじめとしたメンバーで充分研究は進むだろう。リョウや武蔵や弁慶たちも、軍の仕事をしたり、パイロットの訓練で相変わらず忙しくしているだろうな。
元気は元どうりの明るさを取り戻しただろうか。あの3人がついていれば、きっと大丈夫だとは思うけれど。
もう一度、はるかな空間に想いを馳せ、隼人は車のエンジンをかける。
すでに住み慣れた月の裏側、夜の世界に戻るために。
「ほら、元気、雪だるま作ったぞ。こっちは雪うさぎだ。どうだ、かわいいだろう。」
武蔵の明るい声がひびく。、
無表情に近い元気の顔が、目の前に置かれた雪うさぎをじっと見詰める。赤い木の実の愛らしい瞳の雪うさぎ。ぎこちなく、そっと手を伸ばす元気に、武蔵は胸を痛める。
『去年はゲッター3をつくったけれど、今年は元気に見せることはできない。あれから、研究所に寄ることすら怯える元気に』
武蔵は軍を辞め、ずっと元気を育てている。この広い早乙女家に2人。
もう一度、元気が笑いを取り戻すことだけを願って。
「なあ、元気。もうすぐ弁慶が軍の基地から帰ってくるぞ。そしたら雑煮を食おうな。俺もずいぶん、料理が上手くなったんだ。弁慶が驚くぞ。」
『俺が一番、あの人の料理を食っていたんだからな。誰よりもあの味を覚えている・・・・』
鉄の扉。コンクリートの壁。
朝も昼もない閉ざされた空間。
ひとりの男が腕立て伏せを続けている。何千回、何万回。
壁には外界を繋ぐただひとつのもの、時計。日を刻み、月を刻み、年を刻む。憎しみとともに。
ふと立ち上がると、空間を見詰め、見えぬ敵と対峙する。繰り出す拳。空を切り裂く足刀。その凄まじさは、狂気と等しくて。
わずか8畳ほどの、そこは深い、深い闇の世界-----------
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やはり、1月はお正月を書かなければ!来年、このサイト、残っているとも限らないし。(おい!)と思いまして、少々遅くなりましたがUP。
なのに、何故〜〜!この暗さの、どこがお正月?!・・・・・・でもまあ、OVAの「真」ですし・・・・
相も変わらず<言い訳かるら>です。今年も先が思いやられます。(なに他人事みたいに。)
でも、あれだけ陽気だったリョウを復讐の鬼にするためには、これくらいじゃまだ苛めたりないですよね---。いじめっこかるらを大目にみてください。でも、隼人が一番悪いよね?うじうじしていないで、とっとと地球に戻れってーの。
ところで『つらら』
最近、見ることありますか?昔は(いつごろかは、聞かないのが礼儀ですよ。)よく見たのですが、暖冬が続きますし、何より現在、ほとんど雪の降らない地域に住んでいますので、ちょっと、わからないのですが。でも、浅間山あたりは寒いですから、いいですよね、この設定でも。
サイト設立して8ヶ月。自己中な小説ばかりですが、よろしければ本年もお付き合いくださいませ。
(2005.1.15 かるら)