黙示録 V










    

 
「『帰れ!!』 と言われたんだとよ。」
  「ん?」
 
 アメリカ、ペンタゴンの一室。
 会議に招かれた隼人と、その警護という名目で同行した弁慶。
 警護など必要ないと突っぱねた隼人だが、「たまには俺も観光したい、アメリカの食いもんはビッグサイズだからよ!」とくっ付いてきた。
 ちなみにリョウは自衛隊の演習に教官として参加しており、「弁慶も来い!」と言ってきたので、それから逃げ出したかったこともある。ハイテンションなリョウに付き合える体力を持つのは弁慶しかいないし、疲労困憊な隊員たちのフォローも弁慶の仕事(?)だ。普段なら弁慶も「やれやれ。仕方ねえなあ。」と付き合うのだが、ここしばらく真ゲッターのパワーテストで青息吐息だ。セーブしているとはいえ、真ゲッターのパワーは凄まじい。まだ試作段階で、しかも全パワーの五分の一の出力のときでさえ、宇宙から蘇ったブライをあっさりと破壊したのだから。
 そのあと何度もテストを繰り返し、限界までパワーを上げたが、その最終の宇宙空間でのテストが上手くいかなかった。失敗に近かったともいえる。なにしろ途中で制御が利かなくなったのだから。操縦していたリョウが、一瞬とはいえ心臓が止まった。必死に地球から飛ばした指令の電気ショックが功を成し、リョウの心臓が動き出したのは奇跡に近い。そのトラウマのせいか、以後、早乙女博士も隼人も真ゲッターのテストに慎重すぎるほど慎重だ。死にかけた当のリョウは、「早くもう一度テストしようぜ!」と乗り気だが。
 というよりも、リョウが何かもどかしい様な、不可思議な焦燥に駆られているように弁慶には見える。博士や隼人はゲッターの調整やほかの仕事に没頭していて気付いていないようだが、弁慶にはなんとなしに気にかかる。で、今回ちょこっと無理を言って一緒に来た。そうでもしないと、最近は隼人と相談するどこらか、顔を見ることもない。

 「どういうことだ?」
 会議が終わった後、夕食もそこそこに研究所から送られてくるデータの確認をしていた隼人が、少し眉を顰めて聞いた。
 「夢を見たそうだ。」と弁慶。
 「・・・・・・・」 
 『誰が』 という主語が抜けているが、おそらくリョウのことだろう。今回、弁慶が同行すると言ってきたとき、少し変だと思った。隼人がペンタゴンに呼ばれることはよくあることだ。護衛なんて付けたことはない。下手に護衛なんて付けると、事が起きた時、 その護衛を守ってやらねばならない羽目になる。それを知っているはずの弁慶が何故? まあ、何か個人的な用事でもあるのかと思っていたが・・・・・・・リョウの夢?
 「おまえは最近また随分と忙しいだろ?研究所の仕事は全部お前がやっているからな。世界各国から送られてくるデータの最終確認やこんな軍事会議の要請とか。俺やリョウには非番や休暇もあるけどよ。」
 早乙女博士が真ゲッターの研究に閉じ籠ってからは、隼人が研究所の責任を代行している。
 「別に苦になるほどの仕事じゃない。大抵のことは俺で処理できるからな。それで?リョウの夢とはなんだ?」
 真ゲッターの宇宙空間で最終訓練から後、リョウには会っていない。普段の仕事に忙しかったといえばそれまでだが。
 フラッシュバックする。
 あの時の焦燥、恐怖。
 パワーテスト最終段階に向かうリョウに、「おまえが死んでもデータだけは回収したい。」と言ったのは、まさしく「からかった。」のだ。確かに真ゲッターのパワーを限界まで上げることには不安があった。真ゲッター力は未知数だ。一つ間違えれば命取りだと知っていた。だが、「命取りな失敗」があるとは思わなかった。細部まで確認・調整したのは自分だ。なによりもパイロットはリョウだ。たとえ不測事態が起きようとも、大事なくテストを終えて地球に帰還すると信じていた。
 まさか制御不能になろうとは。
 地球からの誘導も安全装置も効かず。
 まさか。
   リョウの心臓が止まるとは!
 あわてて強化服に取り付けてある装備で電気ショックを与え、なんとか無事に済んだものの、電気ショックの指令さえ利かなかったならどうなったことか。今、思い出してもゾッとする。地球に戻ってから徹底的に点検したが何の異常もなかった。そのことがなおさら落ち着かない。早乙女博士はますます真ゲッターの研究にのめり込んでいる。だが最近隼人はそこまでやらねばならないか疑問を感じ始めている。確かに真ゲッターはブライの攻撃を軽く退けた。それも試作品の段階で。もし真ゲッターが無ければ人類はどうなっていたか。ゲッターロボGではまるで歯が立たなかった。だから自分も真ゲッターの完成に全力を尽くした。宇宙から降り注ぐゲッター線を無限に増殖させ、自らのエネルギーとして取り込む、まるで意志を持つロボット。
 ・・・・・・・・・・宇宙空間で、制御出来なかった人類。もちろんその後は制御出来たし、これからも研究が続けられていくのだが。
 一抹の不安が隼人にはある。

 「この前の夜、リョウの奴、急に言い出したんだ。」
 お互い非番でのんびりしていた。弁慶の部屋に酒を持ち込んでまったりと。くだらない話をつらつらと続け、そろそろ寝るかな、もう少し飲もうかと、ふと話が途切れた空白。
 
 



 「制御が利かなくなって、こりゃヤバいと本気で焦ったがどうにもならなくて。そのまま凄いGがかかって、操縦席に体がめり込んでいく感覚を感じた所で記憶が途切れた。意識が戻ったのは凄いスピードで上空から地上に激突する瞬間だった。なんとか着地して辺りを見回すと、そこは崩れ果てたビル街だった。見渡す限りの空は真っ黒で、ぶ厚そうな雲で覆われていて至る所で稲妻が光り轟音が響いていた。
 ここはどこかと思った。宇宙にいたはずなのに、とにかく隼人に通信入れようとしたら、え?
 操縦席やモニターじゃない。俺は俺の目で直に景色を見ていた。俺の手はゲッターロボの手。俺はゲッターロボと一体化、同化していたんだ。」
 両手でグラスを持て遊びながらポツリポツリと話すリョウ。
 「訳わかんなくて呆然として、でも空になんかいるように見えて目を凝らしてたら急に後ろからブッ飛ばされた。お前に。」
 「はぁ!?」
 「いや、違うか。お前じゃなくてゲッターポセイドンもどきにだ。」
 「なんだそれ!」
 この前のパワーテストの話だと思っていたら、どうやらその時の夢の話のようだ。心臓が止まった一瞬の走馬灯みたいなもんか?と弁慶は聞いていたのだが。
 「そいつはところどころ壊れているというか、まだ製造途中というか不完全で、俺を完成体と呼んだ。そして俺の体から部品を取って自分が完成体になるんだとよ。もちろんすんなポセイドンもどきにやられるような俺じゃねえからな。あっさりぶち壊してやった。そしたら奴、倒れたまま俺を恨むでもなく、羨ましそうに言うんだ。『お前強いな。お前ならあそこに行けるぜ。』って。『あそこってどこだ?』って聞いたら、『とぼけちゃいけねえぜ。おまえだってあそこに行くためにその体になったんだろうが。』とな。俺が何も言わないでいると『あそこに行けばここから出られる。この星はもうゲッター線に汚染されていてダメだ。だがあそこには別の世界がある、宇宙にだって行ける!!』俺は空を見上げた。稲妻が光って直撃された多くのロボットが落ちていくのが見えた。次々に雲に向かい、そして破壊されていくロボット。雲の中に何かいるのか?その問いに奴は答えた。『聖獣ドラゴン、ゲッター聖(セイント)ドラゴンだってな。」
 「ドラゴン?ゲッタードラゴンか?」
 なかなか壮大な夢だなあ。ちょっと根暗っぽいが、まあ、死にかけたときに見た夢だから仕方ないか。弁慶は思った。
 「それで?」
 「俺はもちろん雲の中に入って行った。強烈なビーム?そんなのが降るように注いできたが、そんなもの真ゲッターは屁でもない。雲が切れた所に居たモノ、こいつにはさすがの俺も息を飲んだ。」
 「どんなやつだったんだ?」
 「デカイ奴だ。途轍もなくな。顔しか見てねえ。全身は知らん。とにかく目が会ったとたん名前を呼ばれた。そして『何故来た、私がお前に会うのははるかな未来。帰れ、帰らぬか!!』 怒鳴られたけど、帰るといってどうすりゃいいんだ。どういうことかと尋ねたとたん 、『帰れ!!!』 
 で、気がつけばコックピットにいた。」
 そう言うとリョウは、ぬるくなってしまった酒を一気に飲み干した。
 「・・・・・それは・・・・・なんというか、その・・・・・・・」
 弁慶もかける言葉が見つからない。変な夢だな、と言えばいいのか。気にするなと言えばいいのか。死にかけたんだからそんな夢見たんだろうと慰めればいいのか。そのどれもが微妙に違う気がした。
 「・・・・・・まぁ飲めよ。」
 グラスに新しい酒を注いでやる。
 「夢、なんだろうな。だけど、やけにリアルで。すべての感触がまだ体の中に残っているぜ。」
 あれはなんだったのだろうか。はるか未来の出来事?地球の滅び?多くのゲッターロボもどき、あれはなんだ?考えればいやな予感しかしない。
 真ゲッター。
  「凄まじい力を持つロボットを手に入れた人類の未来が、あんな悲惨な終末だと言うのか?それになぜ俺は、アレに未来で会わなきゃならねえんだ?!」 

   リョウは吐き捨てた。

 








         ★   










 時折、遠雷が聞こえる。
 隼人は慣れた通路を進んでいく。





 弁慶の話を聞き流していたわけではない。
 隼人は研究所に戻ってからそれとなくリョウの様子を窺ってみたが、気になるそぶりは見えなかった。弁慶に打ち明けて少し気が軽くなったのか? リョウが自分ではなく弁慶に相談したのが少々不満だが、リョウの考えもわかる。自分に伝えていれば、きっと自分は科学的根拠や計測結果でその状況を分析しようとしただろう。リョウが真ゲッターと同化したことは一応錯覚として保留し、真ゲッター自体の不具合を探すはずだ。自らの意思を持っているかのように見えても、ロボットはロボットだと。人の手で作られたモノに過ぎないと、あの時の自分ならば。
 その考えが変わったのは、弁慶を失ったからだ。
 偶然だったのだろうか、あの日弁慶が足を骨折してゲッターに乗れなかったのは。
 俺とリョウと一緒に真ゲッターに搭乗せず、ひとりでゲッターロボGに乗り込んでゲッター線を暴走させて敵を倒したのは。
 武蔵と同じく俺たちを、人類を生かすためにひとりで逝ってしまった弁慶!
 あの日、あのとき。
 宇宙から、いや未来から亜空間を超えてやって来た敵。ゲッター線の消滅のみを目的とした、自爆覚悟の強大な敵。
 その戦いの最中で触れた記憶次元。 
 ゲッターが宇宙を席巻し支配していく様を。
 敵と見做した者すべてを破壊していく様を。
 俺達は見た。
 そして。
 弁慶を取り込んだゲッタードラゴンが、まるでまだ生きているかのように敵をも取り込んでいったのも。



 リョウはゲッターを降りると言って去った。
 俺がリョウと見たモノは、リョウが一人で見たモノよりもはるかに耐えがたいモノだったのだろうか。ゲッターから離れたいと思うほどの、「悪しきモノ」だったのか?
 俺はゲッターのせいで多くの命が犠牲になったのだとしても、いや、更にまた犠牲が増えるとしても、失った命と想いを「無」にしたくないと思った。だがゲッター線に全幅の信頼を置けるわけもなく、ゲッター線を使わないロボットの開発も始めた。その矢先。
 ふたたび襲ってきた未来からの敵。俺とリョウは真ゲッターで迎え撃ったが、あの巨大な宇宙戦艦を破壊したのは何だったのだろう。俺とリョウは時間稼ぎをしたにすぎない。確かに艦内に突入したが、俺たちの攻撃は微々たるものだったはずだ。何者かが宇宙戦艦を破壊し、知らぬ間に亜空間からも戻った俺たちの前で・・・・・早乙女研究所は崩壊しており、・・・・・・・早乙女博士をはじめとして全ての研究所所員は失われた・・・・・・・・・・
 あのときの喪失感は・・・・・・・二度と味わいたくないと思った。
 リョウが去り、ゲッター線研究は封印された。俺はゲッター線に代わるエネルギーの研究に取り組んだ。早乙女博士や皆が本来願っていた、人類の未来のための研究。もう戦いは無く、平和な世界を築くためのエネルギーならば、エネルギー自身が意志を持つ必要はない。人類を滅ぼそうとする敵はいないのだから。
 ・・・・・・再び襲ってきた恐竜帝国。
・・・・・・・・ リョウ、號、タイール・・・・・・・・
 俺はまた残された。

 いつだって、俺にはまだ仕事が残っていると言い残される。
 早乙女博士の最後の遺産のゲッターアーク。敵は未来からの宇宙人。恐竜帝国と手を組み戦った。カムイも拓馬も貘も失わずにすんだ。これで俺の仕事も最後だ、もう、あとは寿命がくるまで地下のドラゴンのお守りをするだけだと思っていたら。
 体細胞が活性化し続け出した。俺は何になった?いや、何になってもいい。だが、これから先、誰の死を見届けろというのだ?
 いつまで?
 
 


     
   だから、ひとりで火星に行ったのだ。







 
  敷島博士の通信を受信し、すぐさま小型宇宙船クジラを発進させた。
  隼人が月と地球の間に見た「ソレ」。
 「 ゲッター聖(セイント)ドラゴンか?」 
 ぶしつけな隼人の誰何に怒る様子もなく、「ソレ」は応えた。
 「隼人か。」
 「答えてくれ。あんたは何者なんだ、研究所の地下深くに居たゲッタードラゴンか?何故ここに?地球はどうなった、リョウとはもう会ったのか!?」
 「私がお前に答えることや教えることは、何も無い。」
 「なっ!!」
 「お前と私が会うということは、必要でもあったし、不要でもあった。お前はこのまま地球に行くがよい。そこで見たモノ、感じたこと。どうしたいか、どうしたくないか、それはお前自身が決めることだ。」
 「・・・・・・・・・・・・」

  

 
 


 旧早乙女研究所の近くに、隼人は一軒の家を持っていた。リョウや號達が火星に行った後、すべての公的な仕事から身を引き、敷島博士とひっそりと過ごしていた。カムイを引き取った後、三人とも新早乙女研究所に引っ越しはしたが、この家と旧早乙女研究所には秘密の通路がいくつもあった。
 すでにこの家も朽ち果てて瓦礫が散らばるばかりだったが、隼人はさっさと歩いて行くと何か所の地面を調べた。そのうちのひとつを少し掘ると、埋もれていたスイッチが現れた。持ってきた端末を繋げキーを打つ。地面に扉が現れ開いていく。
 するりと身を滑り込ませ、通路を進んで行った。

 長い通路を行くと扉がある。ここからは旧早乙女研究所だ。いや、旧ではない。こここそが、唯一無二の。
 扉の手前にある小さなボックス。中に入っていた記憶媒体。
 敷島博士のメッセージ。あの人のことだ、きっとあらゆる所に、いくつも保存しておいてくれたのだろう。・・・・・・・できるならば、どれかひとつでも俺に伝わるようにと。
 
 
 階段を下りていく。下へ、下へ。

 




 
                    地獄の釜が開いていた。









 
 もう遠雷は聞こえない。雲に向かうロボットはいない。
 あれが博士の言い残したように、人間のなれの果てならば、
 今はもう、誰もいない。
 この地球に誰もいない。
 生きとし生けるものすべて。鳥も花も虫も何もない。
 自分が、そして彼らが守っていきたかった地球が、人類が、未来が。
 
 すべて

 失われた。

 また自分だけが、
 残された。





        早乙女研究所の残骸の前に立ち尽くし

        隼人は。

















            ★








 「過去が消えたって?どう意味だ、隼人。」

 エンペラーの一室でリョウが聞いた。武蔵も弁慶も隼人を見つめる。
 隼人は三人を見渡すと
  「過去が消えるということは、それを基にする現在・未来も消滅する。よく、過去に戻って未来を替えると言うが、「時間」には「時間」の自己修復機能がある。多少の歪みは訂正される。ヒトラーやナポレオンが世に出る前に暗殺されたとしても、それに代わる誰かが同じ行動をとることによって歴史が守られるというように。それに、かつて亜空間を超えゲッターを消滅させようとした敵がいただろう。あのとき、当時の俺たちの科学力では到底、敵に太刀打ち出来なかった。ゲッタードラゴンの暴走は、言い換えれば亜空間からの敵に呼応したものだ。未来を変えないために。
 時間というか未来を変えるのは簡単なものじゃない。無理やり捻じ曲げるには膨大なエネルギーがいるし、また、それを押し止めるにも、計算できないくらいのエネルギーを欲する。・・・・・・・かつて真ゲッターで亜空間に入った俺とリョウが帰還したとき、早乙女研究所は崩壊していた。今になって解る。皆の命や思いのすべてが、地下のゲッタードラゴンと共鳴して、敵を押し返すエネルギーとなったのだろう。だから無暗矢鱈に過去を弄るものじゃない。拓馬やカムイがこちらの世界に来た時に、過去の人間は過去の人間の手によって倒すということに拘ったのもこのせいだ。未来を知った拓馬やカムイがどう生きていくかによって、歴史にある程度の変化はやむを得ない。永い時間の営みの中で、幾つもの道に分かれ、あるいはまた交わって、未来は続いていくものだ。
 だが、どうしても修復できない場合がある。その決断によって、今のこの世界が完全に断ち切られる分岐点。ターニングポイントというやつだ。
 ソレが、今、起きた。このままでは、俺たち全員、いや、エンペラーも消滅する。」





                     「ゲッターの敗北だ。」
  
 



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お待たせしました〜〜〜(え?待ってない?やっぱり?)

いや〜〜このあとどうなるんでしょうねえ。というか、どう収拾付けるんだ、私!
それと、当サイトも10周年です!!うわぉ!
これもあたたかい拍手を下さる皆様のおかげです。ありがとうございます!!

     (2014.5.31 かるら )