黙示録 T 










 南太平洋の不可侵ゾーン、『ストーカー01』は消滅した。



 十数年続いた異常気象は治まった。荒廃し切っていた自然は、恐ろしい程の回復をみせた。まるで、未来からの干渉による遅れを取り戻すかのように。
 地球自身が意識しているのでは、と思えるほどの凄まじいばかりの回復。砂漠さえもが緑あふれる大地に変わった。さらに資源が枯渇していたはずの地球に、次々と高品質で豊富な鉱脈が発見された。エネルギーに関しては、以前早乙女研究所が発見、開発していた無公害・高エネルギー、『プラズマボムス』が実用化されるようになった。ゲッター線エネルギーは日常生活に使用するには強すぎる。宇宙開発には必要だとしても、一般人では管理出来ない。石油、原子力に代わるエネルギーとしてなら、プラズマボムスがもっとも使い勝手がいい。
わずか3年で、地球は、人類は、驚くほどの科学力をも手に入れた。『ストーカー01』以前を遙かに凌ぐ文化。






 
 「ここで壊れた家電を取り合っての、流血沙汰が日常茶飯事だったなんてなぁ・・・・」
 「至る所にあった瓦礫の山が、今は跡形もなく綺麗なもんだぜ。」
 整然と整備された区画。住宅地として、公園や病院、学校や大型スーパーの建設が始まっている。
 「・・・・・・・新・夢の島なんて呼ばれたゴミの山で・・・・・ゲッターD2が墜落してきて、お前が乗り込んで・・・・・」
 シミジミと呟く獏。
 「そういやお前、アレはどうなった?ほら、予知能力ってやつ。」
 拓馬が思い出して問う。
 「ああ、アレか・・・・・・なんて言うのかなあ、あれからあんまりにも信じられない世界に放り込まれたからよ、感じなくなっちまったというか・・・・・・・もともと俺は、兄貴みたいに本物の超能力者じゃなかったから・・・・・」
 「メシア・タイルだっけ?神の子って言われてたんだってな。」
 「俺は兄貴がゲッターで行っちまった頃に生まれたからな。実際会ったことはないんだ。でもおふくろに言わせると、自然というか地球っていうか、宇宙の声が聞けたらしいな。よくわかんねえけど。」
 「宇宙の声か・・・・・聞けていいもんじゃないような気がするな・・・・」
 拓馬の脳裏に浮かぶ未来の宇宙戦争。その信じられないスケールよりも、『聖戦』だと言いきった武蔵に身の毛よだつ狂気を感じた。人類はゲッターに選ばれた唯一の存在だと言う。 そこまで驕れるほど、ゲッターは凄いものだろうか。人類は偉いのだろうか。とうてい拓馬や獏は言いきれない。そこまで思わざるを得ないほどの戦いが、続けられていくのだろうか。武蔵の話を信じるならば、少なくとも2500年間、人類は終わりなき戦争しているのだ!
 「武蔵さんがいたってことは、お前の親父さんや他の人達もいたんだろか・・・・・・」
 獏が言いにくそうに言う。
 「どうだかな。俺は、親父の姿を見たような気がするけど・・・・・」
  爆発のショックとともに弾き飛ばされた異空間。おぼろげな映像。気がついたとき、自分達と恐竜帝国のゲッターザウルスは太平洋に突っ込んでいた。
 「実際、親父と話したわけじゃないし・・・・とはいっても、ゲッターチームの一人がいるってことは、あとのメンバーがいたって不思議はないからな。」
 残りのメンバー。
 名前だけは知っているが、重要なのはそこではない。
 ただひとりの名。彼もそこに居るのかと。
 それが聞けなかった。聞きたいわけではなかったが。
 「カムイも、それについては黙ってろって言ってたしな。」
 研究所に帰還する途中、カムイは未来の人類の歴史について聞いたことは黙っていようと言った。実際詳しい話を聞かされたわけではない。未来を知ることは良くないことだと武蔵は言った。それに、未来にわだかまりもあった。
 拓馬達は地球を守るために、命がけでゾーンに飛び込んだが、そこでは拓馬達の力など児戯に等しいものだった。必要とされたのは、過去の地球人を未来の者が殺すわけにはいかないという理由、
 ただそれだけ。 
 蹂躙といえるほどの力を敵に押しつけていたゲッター軍団。捕虜を撃ち、星ひとつを腐らせる。そんな人間が未来の人類だと、それがゲッターの意志だと、拓馬ですら受け入れるのは難しかった。地球を守るためにと手を組んだ恐竜帝国の兵士たちは、もっと受け入れられないだろう。彼らには拓馬達が受けた説明さえ外された。カムイが説明を受けたのは、人間の血を引いているからだ。
 研究所に戻ったカムイは、未来のゲッター軍団の指示で敵を倒したと告げたが、武蔵の名は出さなかった。詳細を問われたカムイは、「敵が時空を超えると同時にそれを知ったゲッター軍団が、すぐに俺達の現れる場所を計算して、指揮官の一人が派遣した。その指揮官に未来を知ることは危険だ、戦いに必要なことだけ教えると言われ戦った。」と答えた。所員の中には訝しげに見る者もいたが、早乙女研究所所長・神隼人は無言で頷いた。そして、神隼人が承諾したことに異論を唱える者はいなかった。研究所内でも、 政府内でも。
 「神大佐はずっとひとりだったんだ。いつも置き去りにされて。もし、未来の世界に武蔵さんがいたと知ったら、そして拓馬の親父さんの流竜馬もいるらしいと知ったらどうするか。あの人以外のゲッターチームメンバーは、みんなゲッターロボに取り込まれたに等しい。自分も同じ世界に行こうと、ゲッターに乗り込んで暴走させかねない。勿論、地球や他の者に害を与えないように、宇宙空間かどこかで。あの人を死なせるわけにはいかないだろう?」
 幼いころに隼人に引き取られたカムイ。恐竜帝国の意思があったにせよ、カムイにとって隼人は特別だ。もともと爬虫人類を認めていた隼人、ハ虫人類を嫌悪の情で見たことはない。(・・・・・・最初パニック起こしたことは、まあ、若気の至り?可愛らしいと思うことにしてv。無理?) まだ子供のカムイにいろいろなことを教えてくれた。戦士としての心構えはもちろん、肉体の限界を超えた修行も、知的な分野も。そして。
 人類と恐竜帝国との戦い、その相容れない心情を。正確に。客観的に。
 共存出来なかったのが不幸だったのだ。種族として劣るものがあるわけではない。同じ星に生を受けた者同士。そして、隼人は今でも共存を諦めていない。
 カムイは隼人を尊敬している。
 拓馬も獏も思う。
 いつだって死を厭わない者が、いつだって置いていかれる。そんなやり切れなさは耐えがたい。しかも、それが一度ならず二度三度。繰り返されたら、人は何を支えと出来るだろう。たぶん、自分が生きていかなければならない理由とやらがあるのだろうと、過ぎる日々を見続けるしかない。なまじっか才能があるがゆえの、果てしない孤独。
 でも、生き続けていたら、何かいいことだってあるかもしれないだろ?
 そう、思う。いや、思いたい。
 だから、未来のゲッターチームについては何も告げなかった。確信はないのだしと。
 「カムイは神さんに挨拶に行ってるって?」
 「ああ、今度正式に恐竜帝国に戻るからって言ってたからな。」
 「よかったな。何の気兼ねもなくおふくろさんと暮らせるようになってよ。」
 「ああ。さすがにハ虫人類達が地上で暮らすわけにはいかなかったけどなぁ。島のいくつかをもらって、自由に行き来出来るようになったからな。」

 地球が救われたのは、恐竜帝国の協力があったからだと聞かされても。
 人類がハ虫人類を受け入れることは容易ではない。人類は、同じ種族であったとしても、色の違いや宗教の違い、習慣の違いで相容れない種族だ。隼人の強い(皆をビビらす)要請を受けても、共生の要望はおいそれと受けいられられなかった。業を煮やした隼人が強硬手段に訴えようとする前に、カムイから調整が入った。
 恐竜帝国は今までどおりいくつものマシンランドゥで深海で過ごす。ただ、赤道直下の島をいくつか欲しい。時折海中を出て、太陽の光を浴びたいと。
 そんなものでいいのか?そう問うた隼人に、カムイは
 「ゲッター線の放射量が著しく増えています。このままではたとえ国一つをもらっても、.到底住むことはできません。島をまるごとシールドで覆って、ゲッター線を防ぐつもりです。マシンランドゥを直下の海底にとどめ、その島を保養所にします。」
 「・・・・・・・・それでいいのか?」
 「私達恐竜帝国の者は、太陽の光の焦がれていました。でも、その太陽から致命的なゲッター線が降り注ぐのであれば、諦めるしかありません。ハ虫人類は子供の数も少ない。ひっそりと生きていくべきなのかもしれません。」
 自嘲するでなく、投げ遣りになるでなく。6500万年もの間の悲願を、プライドを捨て去る。いや、プライドを捨てるのはない。
 今一番必要なのは何なのか。 カムイにはそれがわかっていた。





 「ゴール3世とは上手くいっているのか?」
 「はい。この度、空竜元帥の地位を与えられました。」
 「ほう。ということは、帝国の軍事面の実質的な最高責任者ということか。そこまで信用されたのだな。」
 帝王ゴールの血をひく異母弟を、自分に次ぐ実力者と認めるとは、ゴール3世もなかなかだ。もちろんそれは、今までのカムイの、帝国に対する献身からだろう。カムイは人間とハ虫人との混血で、これまで受けてきた仕打ちは悲惨なものであっただろう。それでもカムイは恐竜帝国を、ハ虫人類を大切に思っている。
 異母兄に認められたカムイは幸せなのだろう。
 「空竜元帥ともなれば行政面でも忙しい。ちょくちょくこちらへ来ることは出来ないだろうが、たまには研究所にも顔を出せ。拓馬達も会いたいだろう。」
 「ええ、拓馬達はマシン・ランドが苦手のようですから、島の方に呼びますよ。大佐は一度、マシン・ランドに来られませんか?」
 「私がか?」
 隼人は苦笑する。
 「恐竜帝国にとっては私は、ゲッター線そのものみたいなものだ。せっかく治まっている感情を逆なですることもあるまい。それに・・・・・」
 「・・・?・・」
 ちょっと言葉を濁す隼人を、カムイは不審そうに見る。この人がこんな煮え切らない態度を見せることはない。
 「お前にだけは言っておこうか。私はいずれ、研究所を、地球を離れるつもりだ。」
 「なんですって!?」
 カムイは思わず大声を出した。そんな、そんな・・・・・
 「そう驚くな。大したことではない。」
 少し気まずさそうにする。
 「大した事ですよ、神さん。研究所を辞めるのはともかく、地球を離れるって・・・」 
 そんな・・・・そんな・・・・
 「未来からの脅威は去った。この先何かが起こるかもしれないが、それが人知を超えたものであれば、また未来がなんとかしてくれるだろう。そして人の力でなされる程度のものであれば、私がいなくともやっていける。そろそろお役御免にしてもらおう。」
 「し、しかし、ドラゴンは?早乙女研究所の地下深くに眠るゲッタードラゴンはどうするんです?」
 「あれは・・・・・まだ眠り続けるだろう。眠らせておくほうがいい。」
 願望。いや、祈りに近い。
 「早乙女博士の最後の遺産、アークも役目を終えた。ゲッタードラゴンが目覚めるのは、時が満ちた時か、ドラゴンの敵が現れたときだろう。この先数十年、私が生きている間にそんな敵が現れるとは思えない。それに今地球には人類だけではなく、より高度な科学力をもつハ虫人類がいる。ふたたび未曽有の危機とやらが襲ってきて、未来からの援助がないとしても、両種が力を合わせてやっていけるだろう。あのとき、『ジュラ・デッド』を成功させたように。人類とハ虫人類と、地球生物すべてを守り得たようにな。頼むぞ、カムイ。」
 重荷を降ろしたかのように穏やかに微笑む隼人に、カムイは苦しそうな顔をしている。
 「どうした、空竜元帥様。」
 からかうように笑う。
 カムイは意を決したように告げる。
 「神さん。地球は俺達が守ってみせます!」
 告げた言葉に嘘はない。意図的に、いくつかの言葉を省いたとしても。
 立場は違えど、思いのすべてで地球を守ってきた隼人に、嘘はつきたくなかった。
 「それで、貴方はどこへ行かれるつもりですか?」
 さらりと話題を変える。不自然にならぬように。
 「火星だ。」
 「火星??」
 また大きな声が出る。
 「今日は驚いてばかりだな、カムイ。」
 「驚かない方が無理です。火星は着陸出来ない星じゃありませんか。」
 デビル・ムゥと融合した真ゲッターロボ。
 火星に飛んだソレは、火星の大地に衝突したと思われる。思われる、というのは解らないからだ。火星は今、厚いガスに覆われ、探査ビームも届かずプリズムも作用しない。直接近くまで行こうとしても、すべての計器が狂わされる。何一つ寄せ付けない、全てを拒絶する。
 沈黙の星。
 「なんとなく行けそうな気がする。」
 「なんとなくってどういうことですか!」
 世界で五指に入る科学者が、なんて御都合主義!
 「行けなければ戻ってくるさ。」
 「戻るって、全ての計器が狂ってしまって、未だ帰還出来た探査機はないんですよ!」
 「有人の宇宙艇ならば出来るかもしれんだろう。操縦するのは私だ。」
 「そ、それは・・・・・」
 確かに隼人は操縦と修理のスペシャリストだ。たとえ火星に到達出来ずに宇宙の迷子になったとしても、何とか修理して戻ってくるだろう。少なくとも通信機器さえ直せれば、地球から救助を呼べる。
 「いずれ、とは、いつを考えておられるのですか?」
 「いくら戦いがないだろうとはいえ、ゲッターのパイロットを欠けたままにしておけない。翔の息子の信二がキリクを使いこなせるようになるまではな。」
 「彼なら、二年もすれば立派に乗りこなせるでしょう。」
 「私の引き継ぎや、各国の政府や学界から依頼を受けている仕事も、二年あれば片付く。火星に向かうのは二年後になるだろう。」
 「淋しくなりますね。」
 「何言っている。お前は忙しすぎて、余計なことを考える時間なんてなくなるだろう。皆がお前を頼る。」
 「貴方以上に忙しい者なんていませんよ。火星に行かれる時は、お見送りします。」
 カムイが笑う。
 「着陸出来なくて戻ってきたら恥だな。」
 「ハジをかかないでください。」
 ゲッター戦闘用語において、「ハジをかく」とは。
 『火星に行けるなら、ハジをかくのもいいな。』
 言わず、隼人も笑った。








 その夜。
 南太平洋の海底。数多くのマシン・ランド。その中で一番大きな、玉座を有する基地(ベース)。
 クーデターが起きた。



 「兄上。もうあなたに恐竜帝国を治める力はない。権力放棄の発表をおこなってもらいます。」
 「きさま・・・・・・本気で・・・・・言っているのか。」
 「帝国はすでに我々の手中にある。・・・・兄上、あなたは殺さない。あなたに従う者も大勢いる。あなたには象徴になっていただく。私は空竜元帥として実権を握る。これから私がやることには、帝国の力が絶対必要なのです。」
 「きさま、なにをやろうとしているのだ・・・・・・」
 「人類の殲滅。」
 「バカな!そんなことが簡単に出来るならとっくにやっておるわ!何度戦って、敗れ去ったことか!!」
 「今度は敗れない。我々が勝つ!我々には最強の武器がある。」
 カムイの手の中のひとつのツノ。
 「カムイ、人類と混血のお前が、どうしてそれほど人間を。」
 「兄上に話そう。おぞましい話を。私が見た宇宙での・・・・・ゲッターエンペラーの正体を。」



 「カムイ、承知した。すべての権力をおまえに託そう。帝国の持つ資材や人手のすべてを自由に使うとよい。」
 「感謝します、兄上。」
 「だが、人間のほうは放っておいてよいのか?確かにパグはゲッターを倒すことの出来る兵器メカだ。だが、我が母ジャティーゴの失敗もある。人間世界が一丸となれば、取るに足りぬ力でも無視出来まい。さらには新しいゲッターロボが作られる恐れもある。」
 「ええ、強力なカリスマを持つ指揮官と、新ゲッターロボを開発できる科学者がいれば、我らの軍団も大きな犠牲を払わざるを得ないでしょうが・・・・・・・その点は心配ありません。」
 「む?神隼人を暗殺出来ると?」
 「いえ、もっと簡単です。」
 「なんだと?」
 「神隼人は二年後、人類を見捨てて火星に行くそうです。到達出来ても出来なくても、彼が戻る前に、すでに決着は着いているでしょう。」

 思いがけず得た幸運。一番手強いと思われた障害が、自ら消え去るという。隼人の言葉を聞いたとき、カムイは勝利を確信したのだった。






                             ☆




 「ついに行くか、隼人。」
 「敷島博士。」  
 「世界は平和になったと言え、そんなに急いで行かなくても良いと思うがの。橘や翔も、驚きを通り越して、怒り狂っておったぞ。」
 「もともと私は、真ゲッターが火星に行った時、引退したんですがね。」
 「引退と火星に行くのとは大違いじゃろ。何かコトが起きたらどうするんじゃ。火星からではどんなに急いでも半年はかかる。しかもそれは単に距離的なものでだ。あの分厚いガス雲はひどく重いものだと考えられる。宇宙艇が通り抜けるにしてもかなりの負担があるだろうし、そもそも肝心の連絡がつくかどうか。」
  不満気に言う。
  「私が無事に火星に到達する、というのはデフォルトなのですか?火星は全ての計器を狂わせる星ですよ?」 
 少し笑って問い返す隼人。
 「ふん、殊勝なふりをするな。自分なら通り抜けられると思っているんじゃろうが。もちろん、ワシとてお前が宇宙の迷子になると思っとらん。ただもっと後に、20年程して、本当にお前が地球に必要とされなくなったら、火星に行くと思っとった。まだ、この前の戦いから5年しか経っておらん。これほどまでに急ぐ理由があるのか?」
 いつもふざけているような敷島の目が、誤魔化しを許さぬようにきつく見据える。
 隼人はスッと席を立つと、ポットのコーヒーを二つのカップに注ぐ。ゆっくりと敷島の前に置くと、自分のカップに口を付ける。そのまま暫し、言葉を発しない隼人に、
 「・・・・・・・・・・ふん、まあいい。これは餞別じゃ。」
  無造作にテーブルに投げ出された小さな封筒。
 「?」
 手の上に転がり出たのは・・・・・・・髭剃り?
 「火星に行くなら少しは身綺麗にするんじゃな。15,6才は若くみえるじゃろ。」
 隼人は思わず敷島を凝視した。
 「博士・・・・」
 「早乙女が言っておった。ゲッター線は細胞を活性化させると。個人差は随分大きいようだが、お前はこの地球上で誰よりも多く、そして高濃度のゲッター線を浴びてきた人間じゃ。どれほど影響が大きくてもおかしくはない。」
 「かないませんね、博士には。」
 隼人は諦めたようにつぶやいた。
 「確かにこの髭は、年を誤魔化しています。ただ単に年を取らないだけではなく、俺の体は、実際、アークにさえ乗れるんです。」
 「なんじゃと?それほどまでもか?」
 パイロットとして必要な、強靭な体。人の5倍以上の強い力、ナイフで刺されても平気な回復力。かつての戦闘でボロボロになっていた隼人の体が、拓馬やカムイらのような超人離れした肉体に変化していると?
 「何故でしょうね、これは。」
 隼人が皮肉気に笑う。
 「俺は、何になってしまったのでしょうね。」



 「守人」なのだと。
 地球とゲッタードラゴンを守る、「守人」なのだと思った。
 みんな自分を置いて逝ってしまったが、あと数十年もすればまた会えるさと思った。それまでは、あいつらがやりたかったことを代わりにやってやろうと。
 だが、ある日ふと気付いた。
 カムイを引き取ったあと。
 体中の傷痕は消えていないにしても。
 拳を握りしめる腕に震えはない。
 5年経っても10年経っても、肉体の数値に変化はない。
 これは、今度こそ、俺がゲッターと逝けるのかとひそかに期待したが、また3人のパイロットが見つかった。俺の出番はまだらしい。
 カムイ達は未来の世界を見てきた。そこには強力なゲッター軍団があったという。あいつらははっきり言わなかったが、おそらくゲッターが宇宙を睥睨(へいげい)する様を見たのだろう。俺がかつて見た世界。いや、もしくは俺は見ていないが、竜馬ひとりが見た世界。
 説明するあいつらの雰囲気がどことなく変だった。俺の目を誤魔化せると思うなよ。
 だがいずれにせよ、未来に人類は存在した。それならいい。ここで俺がゲッタードラゴンや地球のこれからを考えなくても、人類は宇宙に広がるだろう。ならば俺は火星に籠る。この先、年を取らずに地球に残って、もしもまた一人、残されるなんて御免だ。もう誰の死も看取ってはやらない。万が一地球にまた危機が迫ったら、今度は俺が火星から竜馬や號を引き連れて戻ってやろう。獏も兄貴に会いたいだろう。ジャテーゴは連れて行きたくないが・・・・・・カムイの立場もあるからな。ゴール3世への土産だ。


   さて、行くか。
 

 

 
                            ☆
 








 「カムイ!きさま、なにをする気だ!!」
 「拓馬。」
 冷やかな声が告げる。
 「このまま人類の進化を許せば宇宙は消滅する。お前はそのことを良く知っているはずだ。」
 「・・・・・・・に、人間は、地球は俺が守る・・・・・」
 「あきらめろ。アークになにができる。このパグはすべての人間を抹殺し、地球そのものを創り変える。人類の進化は、ここで打ち切る!!」
 朦朧とした意識の中で、拓馬は必死にゲッターアークを立ち上がらせようとする。だが、膝を崩すアーク。霞んだ目に映るのは・・・・・・


   「出たな、ゲッタードラゴン!!」







                            ☆







 火星は濃密な二酸化炭素と水蒸気のガスに覆われていた。
 原始大気。
 超高温の地表。
 隼人はただそれを見ていた。地球が生命を生み出すまで40億年かけた工程を、早送りのように再現しつつある火星。
 「これもゲッターの力ってやつか?」
 そうだとしたら凄まじい力だ。想いというより『念』だな。
 「このままいけば、100年もしないうちにカンブリア紀に近づくかな。1000年もすればジュラ紀の様相になるかもしれない。そうならばカムイ達を呼べる。マシンランドをそのまま宇宙船にすればいい。そのくらいは恐竜帝国の科学力なら容易いだろう。分厚いガス雲は、彼らにとって致死の宇宙線、ゲッター線を遮ってくれる。濃密な大気、強い熱射。彼らにとっての悲願の楽園。永い寿命と永い眠りを持つ彼ら。1000年ほどは待てるだろう。出来るものならば今すぐ教えてやりたいが・・・・・・」
 あのガス雲はどんな電波も乱して散らす。俺が何の障害もなくすんなりここに入って来られたのは、俺だけが当分ここで暮せということだろう。それに何の意味があるかは解らないが。
 ゲッターは無駄なことはしない。それが吉と出るか凶と出るか。今さらジタバタしても始まらない。まあいい。火星はけっこう広い。しばらくはクジラで放浪の旅とシャレ込むか。もっともこの熱湯の雨の中では、景色を楽しむことも出来ないけれど。

 小型宇宙船、クジラ。
 小型とはいえ、人ひとりが生活するには充分な広さと設備を備えていた。宇宙空間を航行するだけではなく、飛行船のように各地を巡航することも可能だ。研究所並みの実験室もある。大気を分解して水を空気を得、小さな温室で植物を生育することもできた。
 「食べなければ死ぬ、とも思い難いが、食べなくても死なない、なんて実験はしたくないからな。(それこそゲッターロボだ。)」
 温室で採れたトマトをかじりながら隼人は呟いた。




 「時」はゆっくりと流れていった。
 大気と地表が冷えていくにつれ、濃密な大気に含まれていた水蒸気は雨となり激しく地表に降り注ぐ。まだまだ熱い地表はすぐさま雨を水蒸気に返す。さらに激しく降る雨。やがて高温の海が形成され、繰り返し繰り返し、やがて海は冷えていく。
 壮大な営みの中で、隼人はただ研究を続けた。
 シュバィツァ博士と恐竜帝国のハン博士が共同開発した「亜空間固定装置 ゾイド」。亜空間が時間を左右出来るものであれば、研究題材としてはなかなか面白い。火星という閉ざされた世界に居る自分にとって、どんな研究も結果も使うことのないガラクタにすぎないとしても。 ヒマだから。
 ストーカー01を送りつけてきた敵は、「アンドロメダ流国」と名乗った。230万光年先のアンドロメダ銀河か?もしそうだとすると人類はいずれ、アンドロメダ銀河まで到達し、支配下に置くというのだろうか。敵が起死回生を図って過去に飛んだということは、人類が敵を追い詰めたからだ。かつて自分が真ゲッターで竜馬や伊賀利三佐と見た映像、あれはゲッターエンペラーとアンドロメダ流国との戦いだったか?
 そのとき地球はどうなっているのだろう。幾千年後の地球。すでに人類は旅立ち、廃墟だけがかつての息吹を伝えるのか。

 
 火星の時間は、地球のソレとは違う。ガスで覆われ、何も見えない空では、基準となるものもない。一体どれほどの時間が流れたのか、もしくは滞っているのか。
 永遠に止むことがないのかと思われた雨が、突然上がった。
 火星で見上げた初めての空。
 はるか上空に雲はあれど、薄ぼんやりとした明るさが大地を表わす。
 隼人はさっそくクジラを飛行させた。火星の大地は起伏していて、幾筋もの川が海へと向かう。 まる五日経って、ふと目に入った奇妙な岩。
 顔岩に見えた。
 決して忘れない、あの。

  クジラを出た隼人は大きく息をする。息苦しいが、マスクを必要とするほどではない。短時間ならば大丈夫だろう。顔岩に手を伸ばした時、腕の通信機が鳴った。 

 「!!?」
 信じられない。誰が、この通信機を鳴らすのか。
 さすがの隼人も躊躇する。だが、通信機は弱々しい音を繰り返す。
 「こちら隼人!」
 意を決して応答する隼人に、
 「・・・・か・・・・え・・・こい・・・・・・はやと・・・・・・かえ・・って・・・・ちきゅ・・・・・」
 雑音だらけの通信に、途切れ途切れに混ざる呼びかけ。
 「敷島博士?!どうしたんです!何があったのですか!!?」
 噛みつくように尋ねても答えはない。ただただ繰り返されるだけの言葉。
 隼人はすぐさまクジラに戻り、急発進させた。
 何があったのかわからない。第一、あれから地球では何年が過ぎたと言うのか。通信機の時計は地球の時間に合わせたままだが、変わらぬとすれば、300年は過ぎている。敷島博士はサイボーグ化していたが、それでも「脳」がまだ生きているとは考えられない。地球を離れる時ですら、80歳を越えていたのだ。それに何処から連絡しているのか。火星にまだガス雲は存在し、地球ははるか遠い。







 クジラがガス雲に遮られるかも、とは考えなかった。
 火星に来たときのように、何の障壁もないと思った。
 そのとおりに雲を脱した時。

 火星の周りを無数の発信機が浮遊していた。おそらくミサイルに詰め込めるだけ詰め込んで、散弾銃のようにバラ撒いたのだろう。太陽光をエネルギーとしているらしいソレらは、ほとんどが壊れているようだったが、かろうじて機能するいくつかが、録音されたただひとつの言葉を繰り返していた。
 『ハヤト、カエッテコイ、チキュウガオワル、ジンルイガ、スベテガ』





 

                               ☆






 月と地球の間に、

 
 

      ソレは居た。

 





 

  


 倒壊した高層ビルの残骸。
 ここが「東京」と呼ばれたのは、いったいいつのことだったのか。

 バリッ!バリッ!バリッ!!
 ズババ!!バババ!!ドドドーン!!!
 上空の分厚い雲の中では、閃光と爆発音が響く。
 ダダダーン!グワッシャーン!!!
 黒い塊が落ちてくる。
 
 隼人はゆっくりと歩いていく。
 地上のあちこちで争っているロボット達。
 より強く、より大きくなるために。
 完成体になるために。
 この雲を出て、あそこに行くために。
 お互いの部品を奪い合い、エネルギーを奪い合う。

 これが

          地球。











 『 ・・・・・・・隼人。帰ってきおったか・・・・・
  遅すぎたとは言わぬ。お前が地球を離れたのは、お前ひとりの意思ではない。
  お前が火星に行きつけたこと、それは、この戦いでお前を死なせないために他ならぬ。
  いや、お前の時間が止まった時点で、わしはそれを疑っておった。もう一度、戦いが起きると。
  そして、その戦いにお前はいないとな。
  何があったかだけは伝えておこう。
  カムイが人類の殲滅を図った。最終兵器「バグ」を使って。カムイは亜空間の戦いで、百鬼の生き残りから、未完成のその兵器を受け取ったらしい。拓馬達は知らなかった。
  カムイがそれを使ったのは、未来の人類に恐れと嫌悪と反発を覚えたからだ。
  ・・・・・・・武蔵がいたそうだ。拓馬達を手助けした未来のゲッター軍団に。指揮官として。
  武蔵は人類はゲッターという神に選ばれた、宇宙唯一の生物と言ったらしい。これは「聖戦」だと。
  2500年以上の戦いだと言う。人造人間となってその時間を過ごした武蔵には、当たり前の感覚だったのじゃろうがの。
  人間だある拓馬達でさえ、その考えは受け入れにくかった。ましてやハ虫人類と混血のカムイだ。
  ・・・・・・武蔵は、カムイがハ虫人類の血を憎んでいると思い込んでいたのじゃろうな・・・・・・・・・
  カムイは宇宙のために、人類を殲滅させようとした。カムイは早乙女研究所の地下深くに眠る、ゲッタードラゴンのことも知っていた。拓馬達が倒れる寸前に、現れるかもしれんことは予想の範囲内だったのじゃろうがの。
 カムイは地球を守れると思っておった。人類は宇宙を食いつくす存在だから消し去る。そして、そのあとにハ虫人類が地球を慈しみ、守っていくのだとの。
 ・・・・・・甘いことだ。人間だけではない。ハ虫人類もまた、地球人なのだからな。敵にとっては滅ぼすべき対象じゃ。
 バグとゲッタードラゴンがぶつかり合った後・・・・・・・・・・地球を汚染したゲッター線は、地獄のカマどころではない。ハ虫人類はすべて死滅した。・・・・カムイもな。
 人類も無事ではおれなかった。肉体はあまりにも脆く、義手義足を通り越し、わしのようにサイボーグ化しなければ生きられなかった。それはやがて、ゲッターとの融合へと進んで行きおった。
 ・・・・・たぶん、おまえはもう目にしただろう。より強い体を望んで闘い合うゲッターロボット。あれは人間のなれの果てじゃ。ゲッターは人類を地球に閉じ込めた。それになんの理由があるかはわからん。ゲッタードラゴン、いや、今はどう名乗っておるかのぅ。いずれにしろ、お前がこのメッセージを聞いているのなら、やはりお前は何かを託されているのじゃろうて。
 ・・・・・・・すまぬな。火星にいるお前には、何も告げずにいようと思うたが、おそらくわしが伝えなくても、お前はいずれ地球に戻るだろう。ならば真実をわしの口から伝えるのが、わしに出来る最後の・・・・・・・お前への・・・・・・』


       
        
  







      早乙女研究所の残骸の中に立ちつくし




      隼人は




     



                     絶望した。






    ---------*---------*-----------*------------*---------



 ゑゐり様30500番リクエスト
      お題は   「 原作ゲッター。何があっても一人残される隼人 」


 おーほっほ!他の人に隼人を苛められると不機嫌ですが、自分で苛める分には平気な「サドの女王 かるら」です!
 やー、書く予定だったんですよね〜〜。でも、隼人至上主義を掲げている当サイトとしましては、ちょっとどうかな〜〜と思っていたのですが、
 リクエストですもの、皆さま、お許しをv

 「許せるわけないでしょが、さっさと幸せにしてよ!」と言われる方、切り番ゲットしてリクエストされるか、暫くお待ちいただくか、

 ご自分で書かれてくださ〜〜い!!。脱兎!

       ( 2010.7.3   かるら拝)