黒・平安京 2
・・・・・・パチパチパチ・・・・・
破れ寺の囲炉裏。柴のはぜる音。
小さな朱い炎が暗闇の中、憂いを帯びた白皙を浮かび上がらせる。
隼人は手にした小枝をポキリポキリと折って火にくべていく。
虫さえもが眠りに付いた丑三つ時。少し前まで木々をざわめかせていた風さえもピタリと止んだ。
「ぐおぅー!がごぉー!ぐおぉーー!!」
雷鳴もかくや、といわんばかりの大いびきがひっきりなしに続いている。
隼人は囲炉裏の傍らで大の字になって眠る弁慶の、お堂を震わす大いびきに一瞥もせず、じっと炎を見詰めていた。
黒平安京。
ゲッターロボで鬼を追って飛び込んだ異空間。そこは自分たちに伝えられた歴史とは異なった世界だった。
畑を耕し魚を取り、けものを追う。そんな人々の生活は、一見見知ったもののように思えたが。
山賊たちは銃を携行し、空を戦艦が行き来する。その奇妙な科学のアンバランス。そして平然と存在する鬼。
自分たちの歴史では、鬼はその強力な力を怖れられながらも、人間社会の片隅にひっそりと生息し、やがて淘汰されていった存在だった。だがこの世界では、人間と鬼との「種の存続」を賭けた戦いが繰り広げられているらしい。それはまるでこの世界こそが、自分たちゲッターチームが鬼と戦う世界の過去、そう、この世界の延長こそが自分たちの世界だと言うかのようだ。
ゲッターロボ。ゲッター線エネルギー。
パキン!!
知らず枝を折る手に力が入っていた。
俺と竜馬と弁慶と。
3人が共にゲッターロボに搭乗したまま渦に飛び込んだにかかわらず、3人がバラバラの場所、しかも時間軸すら異なって放り出された。この世界で弁慶はすでに2年を過ごし、自分は1ヶ月を過ぎた。ゲッターロボ自体は更に過去、何百年も前に飛ばされたようだ。ゲッターロボとおぼしき岩山には、あと3日ほどで着くだろう。この世界には空飛ぶ船があるにもかかわらず、一般の人間の移動手段は馬がせいぜいだ。
もう一人のパイロット、竜馬が今どこにいるかはわからないが、ゲッターを動かせば多分すぐに合流できるだろう。竜馬の乗るイーグル号は、いや、竜馬の操るゲッター1は、俺のゲッター2や弁慶のゲッター3とはエネルギー値が違う。ロボットの形状が変わっただけで総エネルギー値が大きく変わるなどあり得ない。俺は研究所で何度もデータの確認を行なった。繰り返し繰り返し、それでも原因はわからなかった。ゲッター1の戦闘中におけるエネルギーの増幅、示されたのはその事実だけだった。
もし竜馬がゲッター2、ゲッター3を操縦するとしたら、やはりエネルギーは増幅するのだろうか。気にはなったが、俺はそれを確かめることができなかった。
研究所はゲッター線エネルギーを主エネルギーとしている。研究所全体に分布するゲッター線エネルギーをスキャンしたとき、格納庫や実験室以外で不規則で不安定な量のゲッター線エネルギーを捕らえた。俺は深夜、一人でその異常箇所を目指した。空調用の配管通路を伝ってたどり着いた所はこれまでの戦闘で破壊され、あるいは試作機として様々な実験に供されたのち廃棄されたゲッターロボの残骸置き場、ゲッターの墓場だった。
そこには俺が忍び込むのを知っていたかのように早乙女博士がいた。
淡い緑色の光を纏う幾体のもゲッターロボ。早乙女博士は各個体の残留ゲッター線が連鎖するのだという。
「連鎖・・・・・・・それは、『何』に呼応するのですか、博士。」
俺の問いには答えず、博士はただ淡い光を見詰めていた。
ゲッター線 。
何?
☆
隼人がゲッター線に興味を持ったのは単純な理由だった。
国防省の極秘情報データをハックしたとき現れた聞きなれぬ単語。他の国々からザルのような、と揶揄されるほどお粗末な機密情報保持システムのなかで。
IQ300の隼人でさえ突破するのに数日を要した鉄壁のブロック。
少しは楽しめそうだ、と隼人は口角を上げた。
隼人は飽いていた。生きることに。
存在することに。
知能指数300。そして常人をはるかに凌駕する身体能力。
それらずば抜けて突出した才能は、回りの人間にとって羨望と嫉妬の的でしかない。その能力が高ければ高いほど、向けられる感情は「負」だ。生まれ持った才能---- そこには本人の努力はない。それゆえ嫉妬の感情はあからさまにぶつけられる。
だが、悪意を向けられる本人とて、それらの才能を望んで生まれたわけではない。理不尽な悪意を向けられるくらいなら、平凡に生まれてきたかったかもしれない。だがそれを言っても「贅沢だ。」のひとことで押さえ込まれたなら・・・・・・・・性格がひねくれるのも無理はないだろう。物心ついたときから羨みの眼、「悪意」で見詰められてきたとしたら。
それでも本人に何か欲しいものがあればよかった。その目的に向かって全力を尽くし、報われるという喜びを知るだろう。自分の高い能力を「幸」として。
やっかいなのは何の欲も持たない者だ。
溢れるほどの才能を持ちながら欲----目標を持たない。そんな人間が行き着く先は・・・・・・・・
破壊だ。
望むものがこの世界にないのだから、現実を壊せば何か見えてくるかもしれない。あるいは 単に暇つぶし。
という、迷惑極まりない理屈。
天才には凡才の苦労はわからないが、凡才もまた、天才の虚無はわからない。
隼人は単に破壊の力としてゲッターロボを手に入れようとした。とてつもない力。初めて知る高揚感。だが、ゲッターパイロットとして研究所に入り、ゲッター線の何たるかを垣間見て。
囚われた。
未知の力に。恐怖さえも感じる奥深さに。
そして、生まれて初めて嫉妬した。
ゲッターに選ばれた 竜馬に。
ゲッター1、ゲッター2、ゲッター3。
それら3体のロボットは、それぞれの形態に合った得意分野を持ち、互いにその力を最大限に発揮する。そこに優劣はない。
と、
竜馬も弁慶も思っている。というか、そこまで意識していない。3機の違いは形態だけだと。だが、隼人は。
なまじっか才能があるということは、ある意味不幸なことだということを、誰も信じてはくれないだろうが・・・・・・真実だ。
目先のこと、「鬼を倒す。」------このことだけに専念できれば、それで満足できただろう。それを幸いと言えばいえるだろうに。
隼人は鬼との戦いの中に潜む真実の戦い、そう、それこそが真の敵といえる「モノ」の存在を感じている。ゲッター線が秘める凄まじい力を知れば知るほど、この力と対になる、相反する力の存在を感じた。この広大な宇宙、無限に続く時間の中で、どこかに。
妄想に似た思考の中で隼人は、これだけは確信していた。
求められているのは俺じゃない。それは・・・・・・・
「ふぁっーくしょん!!」
弁慶の大きなくしゃみに我に帰る。いつのまにか囲炉裏の火は消え、夜はしらじらと明けていた。
「ふわぁーー!!よく寝た!あれ?隼人、もう起きてたのか?」
ごしごし目をこすりながら顔を向けた弁慶に何も答えず、隼人は手早く火をおこすと囲炉裏の灰に2本の竹筒を突き刺し、
「顔を洗ってくる。まだ朝は早い。飯が出来るまで寝てるといい。」
と言うとさっさと外へ出て行った。
その後姿を見送った弁慶は、視線を囲炉裏に戻す。夜寝る前に隼人が米と水を入れておいた青竹の筒。灰の熱でうまく米が炊ける。隼人と旅を続けてもう10日程たつが、再会してから1度もひもじい思いをしたことがない。2年前に一人でこの世界に飛ばされたときはいつも腹をすかし、人々に追い立てられながら怯えて日々を過ごしていた。弁慶は力だけはあったから、その気になれば人々を支配することも出来たかもしれない。しかし弁慶は亡くなった和尚のいいつけを忠実に守って、ひたすら村人たちの迫害に耐えた。
隼人と再会してゲッターロボを探すことになったが、1ヶ月前にこの世界に来たばかりだという隼人は、まるでもとから計画的にここに来たのように平然としている。1人で見知らぬ世界に来て、不安はなかったのか、と尋ねると 「必要があったからこの世界に飛ばされたんだろうよ。やることをやったら戻れるさ。というより、やらなきゃ戻れまい。で、俺たちにやれることといえばゲッターで戦うことだけだろうが。さっさとゲッターを見つけて戻るぞ。」
にやりと口を歪めて言った。その不敵さ。感心した。
隼人は凄く頭がいいらしい。俺は良くない。もとの世界でも、他の人間の言うことはよくわからなかった。兄弟子たちの話も和尚の教えも。何度聞いてもすぐに眠くなる。
早乙女博士もミチルさんも頭がいい。研究所の他の人たちも。どれほど違いがあるかは俺にはわからないが。竜馬は普通らしい。まぁ、メカの修理については俺もそれなりにうまくやれる。竜馬より上手いか?
頭がいいということは、生きていくうえでとても良い事なのだと兄弟子たちが言っていた。隼人は頭のいい人間ばかりの研究所の中でも特に頭がいいという。そんな誰よりも頭のいい隼人は、それなのに研究所の誰よりも、なんだか苦しそうに見える。
ゲッターでの訓練以外は一日中コンピューターに向かって何かをしている隼人。俺にはなにが隼人を苦しめているのかわからない。隼人はゲッターロボに対して、ゲッター線に対して、何か俺たちにはわからない苦しみを感じているのだろうか。昨夜寝る前に、ふと隼人に尋ねてみた。先日、ゲッターを動かせば必ず竜馬が現れると言い切った隼人。
「なあ。俺にはわけがわからん。 ゲッターってのは何なんだ?」
そのときの隼人の眼を、俺は決して忘れないだろう。隼人は言った。
「 その答えを、 俺はずっと探している。」
遠い 遠い 眼。
☆
「遅ぇぞ、隼人、弁慶!!」
竜馬の怒声が響く。
目の前には自らの胸に童子切丸を突き刺した源 頼光が。
鬼の親玉・晴明の思念バリアーを切り裂くために、消え行く命のすべてを託した頼光。竜馬は涙を飲み込んで童子切丸を頼光の胸から引き抜くと晴明を追った。弁慶も続く。隼人は。
立ち尽くしていた。
今、目の当たりにした光景。頼光が童子切丸を胸に刺した瞬間。
童子切丸は淡い緑の光に包まれた。
「おい、隼人!急ぐぞ!!」
弁慶の声が遠くに聞こえる。隼人は冷たくなっていく頼光のそばに跪き、問いかけるようにつぶやいた。
「ゲッター線は何に呼応したんだ?おまえの命にか?おまえの願い、意志にか?」
すでに頼光が纏っていた残留ゲッター線は消えていた。息絶えた白い顔を見ながら、隼人はひとつの仮定をたてていた。
昏い眼で。
☆
晴明を倒し、再度現れた渦に飛び込んだ瞬間。
3人の乗るゲッターロボは凄まじい集中砲火を浴びた。
敵か!?
と、すぐさま戦闘態勢に入った3人の目に映ったのは。
早乙女研究所。
以前よりもはるかに迎撃システムが向上した早乙女研究所だった。所長代理は早乙女ミチル。
驚いたことに、ゲッターチームが次元の渦に飛び込んでから、こちらの世界は3年という月日が過ぎていたという。その間、1度も敵の襲来はなかったが、ゲッターロボのいない研究所を守るため、敷島博士を中心として迎撃システムが強化されたのだ。空中に3年前と同じ渦を認めたミチルたちが、すわ鬼の襲来と、システムを作動させたのも無理はない。だが、国内有数の花火大会でさえ、これほど派手にドンパチはやらないだろうほどの迎撃システム。さすがに敷島博士の立案だと、竜馬達は妙に納得した。
だが、早乙女博士は?
研究所の指揮を執っていたのはミチルだった。もともと竜馬に鬼娘の異名を付けられたミチル。研究所の指揮をとってもなんの不思議もない。それほどの才能と胆力を持った女性だ。
だが、早乙女博士は?
ゲッター線エネルギー研究の祖、ゲッターロボの生みの親はどこにいるのだ?
「地下よ。」
無造作にミチルが答える。
「地下?」
「ええ。会いたければ行くといいわ。相手になるかは知らないけど。」
これが親子ってものなのか?という素朴な疑問を感じさせるミチル。もう少し言い様があるんじゃないか、という竜馬と弁慶の心の声。そんな2人を無視して、これまたそっけない隼人がさっさと地下に向かう。
竜馬と弁慶は別に早乙女に用事があるわけではない。挨拶くらいはしたほうがいいかな、と思っただけで。ミチルの様子からその必要も感じなかったので、与えられた個室へと向かう。
「なあ〜〜んかくたびれちまったなあ〜〜。俺は寝るよ、リョウ。」
弁慶が大あくびをして部屋に入るのを見送って、竜馬も部屋に入る。
真新しい部屋。ベットにころがり、天井を見上げる。
助けられなかった頼光を思う。
自分達が何のためにあの世界に行ったのか。何が俺たちを呼び寄せたのか。俺たちに求められたのは何だったのか。
そんなことはどうでもいい。
隼人はそれこそが問題、すべての問いの答えだとか言っていたけど。
俺はそんなことに興味はない。
俺は助けたかった。
頼光を。四天王たちを。
鬼への恐怖に怯えながらも戦っていた多くの兵達を。
助けたかった。
力がほしい。
俺に、ゲッターにもっと力があったなら、晴明のバリアーを簡単に切り裂くことができただろう。頼光を死なすこともなく。
力が欲しい。もっともっと圧倒的な力が。
早乙女博士は地下に閉じ篭り、憑かれたように新しいゲッターロボの開発に取り組んでいるという。今までのゲッターよりもずっとずっと強大な力を持つ新ゲッターロボ。
早く完成するといい。どれほど強大な力であれ、きっと乗りこなしてみせる。
欲しい。鬼どころか、神さえも倒せるほどの力が。
竜馬の眼は、ギラギラと凄まじい光を湛えていた。
地下。
隼人は立ち尽くしていた。
圧倒的な力が。
そこにあった。
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ゑゐり様16000番リクエスト
お題は 「青き空にて」で かっこいい隼人 もしくは
「 テロリスト 隼人の優雅な生活」 だったんですが・・・・・
も、申し訳ありません!! うちのサイトは「新」が少ないので、「テロリスト隼人」にしようと思いつつ、テロを起こせなかったかるらです。(謝!)
で、「新」は竜馬がメインで、隼人はいつにもましてイジケ虫になっておりますので、「隼人至上主義」を掲げる当サイトとしましては、是非とも隼人に愛を捧げたく(ええ、迷惑と言われましょうが平気です!)、リクエストの拡大解釈で「新」ということで。ゑゐり様、お許しを!
でも、おかげさまで私なりの「新」の筋道が立てましたよ〜〜vv
ゑゐり様、懲りずにまたリクエスト、お願いいたします。(いつも同じこと言っておりますが・・・・)
(2008.3.14 かるら)