星追人達の序曲








    
                 百鬼帝国滅亡から3年。






 流竜馬は浅間学園大学部に在籍していた。車弁慶、早乙女ミチルも同じである。
 サッカー部に所属し、その活躍はプロも注目するもので、早々と勧誘の声もかかっている。リョウの実家は流一刀流という剣の道場と孤児院を経営しているが、父・竜作はリョウが継ぐ事を強要していない。リョウは好きなサッカーの道を行くこともできるのだが、そう決めるには抵抗がある。ゲッターロボで人類の平和のために命がけで戦ってきたリョウにすれば、プロとはいえサッカーはスポーツの粋を出ない。趣味止まり、といったところか。燃え尽き症候群とまではいかないが、物足りなく思っている。弁慶も大学野球界では4番強打者として怪物の異名を取っているが、プロ野球選手を目指しているわけではないようだ。
 では、何をするか。
 早乙女研究所に入るのも一つの手ではあるが、今や戦いはない。ゲッターロボは研究所の地下に眠っている。ゲッターロボはもともと宇宙開発用だといっても、それはまず、宇宙に出てからのことだ。日本はまだ宇宙を足場としていない。恐竜帝国や百鬼帝国との戦いを引き受けさせられていた早乙女研究所は、本来の研究であるゲッター線エネルギーの実用化に着手したばかりだ。無公害エネルギーとはいえ、破壊エネルギーとして絶大な力を持つゲッター線は、危なくて今のところ早乙女研究所でしか扱えない。いや、早乙女博士以外は、というべきか。実用化にはまだまだ遠い。そんな現実を無視して宇宙に向かえるほど、日本政府に力はない。国内経済を安定させるため、高エネルギー、無公害のエネルギー確保が第一だ。それに世界各国からの圧力もある。ゲッターロボほどの軍事力を一つの国に持たすのは脅威でしかない。世界平和や人道主義を掲げて日本を抑えている。まぁ、日本は他と足並みを崩したり、悪口を言われるのが嫌いな国だからちょうどいいか。(オイ!)
 もちろんリョウは戦いを好む性格ではない。人類を守るためにやむを得ず恐竜帝国や百鬼帝国と戦ったのだ。そして戦いの辛さを思い知った。失われた命の多さ。敵も味方も。それらを乗り越えてきた哀切が、自分個人の幸せを追うことを拒否するのだろう。犠牲になった人達のため、彼らの願いを叶えるためにこそ、残された者は生きていくべきだと。使命感の強さはピカイチだ。
 だから早乙女研究所の所員になるのが一番だと思う。国を守る、と言う点では自衛隊だが、平和を守るとなればやはりゲッターだろう。今は閉ざされているとはいえ、一旦事が起きたら出動できる。ゲッターパイロットであった自分としては、やはりゲッターに一番近いところにいたい。だが、早乙女研究所は宇宙開発から手を引いている。大学の専攻を宇宙工学にするかどうか迷った末に機械工学にしたのは、現実を重視したからだ。夢は夢として。二兎を追うものは一兎も得ず。
 このことわざを思い浮かべた途端、リョウは苦い顔になる。例外は確かにある。
 あいつ。
 言うまでもなく、神隼人。
 アメリカ、マサチューセッツ工科大学に留学している。
 「あっちは日本と違って簡単に飛び級できるし、取ろうと思えば短期間にいくつだって博士号が取れる。別に博士号など欲しくはないが、いろんな分野を重なって受講できるわけだから合理的だ。」
 と、さっさと飛び立っていった。
 確かに合理的だろうよ。だいたい高校時代、いねむりとエスケープで授業の3分の一も聞いていないくせに常に成績はトップクラスだった奴だ。真面目に受講すれば3倍の時間、単純計算で4年間で12年分の勉学ができるわけだ。そりゃ、博士号の10や20取れるだろう。だが、言い換えればハヤトなら別に留学などしなくてもこっちでも知識は充分得られるだろうに。研究所にはなんといっても早乙女博士がいるのだし、データバンクもひけをとらない。実験室の設備も充実している。
 人の選んだ道にケチをつけるつもりはないが、リョウが気に入らないのはあれから一度もハヤトが日本に戻ってこないことだ。そんなに遠いか?そんなに忙しいか?と、思ってしまう。日本とは昼夜の時間が反対だから、こちらから電話は遠慮しているが、言ってくれれば真夜中でもこちらからかけるのに。メールもろくに届かない。



 「あら、リョウ君。」
 かけられた言葉に振り向くと、ミチルが立っていた。
 はっきりと整った顔立ちの中で一際人の眼を惹きつける、強い意志を湛えた双眸。肩にかかる柔らかな黒髪は、陽射しを反射して栗色に見える。若鹿のようなしなやかな肢体。3年連続してミス・キャンパスの名を冠している。
 高校時代にトレードマークだった赤いミニのワンピースを身に着けることはもうないが、代わりに誰かのトレードマークだった金の十字架がその胸で揺れている。ちなみに今日ミチルが着ている初夏らしい白いツーピースは、今、パリの令嬢たちの間で上品さと若々しさを兼ね備えたデザインで人気のあるオートクチュール、アスカ・ジンの一点物だ。ミチルは大学に通いながら研究所で父・早乙女博士の手伝いをしている。早乙女が学会でドイツやフランスに行くときは、秘書役として同行している。ハヤトの姉の明日香に、フランスに来たときは必ず彼女の店に寄るようと言われており、訪問するたびに着せ替え人形よろしく服をプレゼントされている。時間が合えば、ファッションショーのモデルになったりもする。
 「やあ、ミチルさん。今日の講義は昼からかい?」 
 二人が立っているととにかく目立つ。広いキャンパスの中で、そこだけが鮮やかに浮き上がっているようだ。お似合いの美男美女だと悔しげに溜め息をつく者も多い。二人は周囲の人間にはお互い、親しい友人というだけだとと告げているが、あまり信じられていない。確かに親しい友人と一言で済まされないほどの親密さはある。なんといっても元・ゲッターチームだ。幾度となく生死を共にし、哀しみを支えあったもの同志だ。高校からの同級生はリョウとミチル、そしてゲッターチームのことは知っているが、ベンケイは途中からの転入生だったし、ハヤトは皆から一歩離れていたうえ結構怖れられていたから、4人の絆の深さには気づいていない。リョウとミチルの仲が目立つ。まぁ、虫除けになるからいいか、とミチルが思っているかは知らないが、リョウは不埒者がミチルに手を出して、あとでハヤトに再起不能にされないよう予防しているつもりだ。自分にはなんの連絡も寄越さないし、リョウからの連絡も繋がらないが、ハヤトの情報網は地獄耳どころじゃない。以前、ミチルにしつこく言い寄っていた男が居た。有力議員を父に持ち、暴力団との繋がりを持っていた奴だ。随分、非道なこともやっていたらしいが、ある日、ふと消えた。3日後、繁華街のゴミ箱のそばに転がされていたが、それと同時に父親の汚職が暴露され、用心棒代わりだった暴力団も麻薬取引を皮切りにあっさり潰された。両方とも有無を言わせない証拠なタレこみがあったそうだ。新聞をおおいに賑わせたこれらの事件に、ミチルへのちょっかいが関係していたとは誰一人思いもしなかったが。後日、珍しくリョウに掛かってきたハヤトからの電話の途中、なんとなしにリョウがこの事件に触れると(同じ学部の奴だったので)、
 「オレが直接手を下しにいくと、殴り殺しかねなかったからな。仲間割れにしてやった。」
 と軽く言う。
 「え?」 
 「あの男が暴力団の弱みを握って、脅しをかけたように見せかけてな・・・・」
 く・く・く、と国際電話の向こうから聞こえる含み笑いに、リョウの背筋は凍りついた。
 『こいつ、いったい何の勉強してるんだ!!?』
 高校時代、優れた才能を有しながらも何にも気力を見せず、人や社会との交わりもおざなりで、ただ時の流れを傍観しているだけのようなハヤトが歯がゆくて。リョウはなんとかその才能を表に出させてやりたかった。
 ・・・・・・・・・マズかった、か?
 それ以来リョウは、ミチルに言い寄る男がないよう、さりげなく気を配っている。


 「その予定だったけど、急に休講になってしまって。ついてないわ。」
 明るく笑う。
 「オレも今日はこれで終わりなんだ。帰るなら送っていこうか?買い物とかあれば付き合うけど。」
 リョウは大学の近くにアパートを借りている。早乙女家に下宿を進められたが、受講や実験によっては深夜に及ぶこともある。食事等も不規則になるから迷惑がかかると、一人暮らしを選んだのだ。ベンケイも同じアパートにいる。
 「うれしいわ。ちょうどデパートに行く用事があるの。元気が来週、修学旅行なのよ。リョウ君が付き合ってくれるなら、他にもいろいろ買い込めるし。」
 「元気ちゃんも中学2年だったな。どこへ行くんだい?」
 「デ○ズニーランドよ。楽しみにしているわ。」
 平和だ、とリョウは思う。3年前の戦いが嘘のようだ。だが、あの戦いを風化させてはいけない。あのとき死んでいった多くの命。その中でも、今も悔やまれるムサシの死。
 微笑みながら隣を歩くミチルと何気ない話をしながらリョウは思う。
 ムサシはミチルを好きだった。
 オレもハヤトもミチルさんに好意を持っていたが、その中で一番はっきりと意思表示していたのはムサシだった。(文次なんてしらん!)
 どこまでも真っ直ぐなムサシの気性が、殺伐とした戦いの中で救いになっていたことを、オレは、そして多分ハヤトも知っている。ムサシの死はハヤトに大きな影響を与えた。あの自己中で仲間の和を乱していたハヤトが、自己中はそのままとしても(オイ!)感情が控えめになった。それまでは怒鳴るか無視するかだった。ハヤトはああいう解りにくいやつだけど、あいつはムサシを気に入っていた。普段は小馬鹿にしているようにしか見えなくて、ムサシはずいぶん腹を立てていたし、オレもわざわざ不快な言い様をしなくても、と苦々しく思っていた。だが、あるとき見てしまった。
 恐竜帝国の兵士達は、皆がすべて人間を憎み、抹殺したいと思っているわけでもなかった。自分の誇りを持って戦いに望んだものも居る。共存できなかったことが不幸だったのだ。敵であれ、その死がやるせないときも幾度かあった。ボロボロボロボロ涙をこぼすムサシ。オレも涙ぐんだ。ミチルさんも元気ちゃんも早乙女博士も。
 そのとき、ふと見遣ったハヤトの顔。
 じっとムサシを見ていた。その目に浮かんでいるのは、憧れるような、羨むような、諦めるような、そんな色だった。違和感を感じたのは、それが死んだ敵に向けられたものではなく、泣くムサシに向けられていたことだ。
 ミチルさんにそんな目が向けられるときもあった。だがそれは、元気ちゃんにも博士にも夫人にも向けられた。だとするとおそらくオレにも向けられたことがあるかもしれない。ハヤトは何に憧れたのだろう。なにを羨んだのか、そして諦めたのか。
 それが何かわからないうちにムサシが死んだ。モニターの向こうから「帰ってくる!」と言い切ったムサシ。ミチルさんを好きだから危険な目に遭わせたくない。代わりに行って、戻ってくると。
 オレたちはどれほど祈ったことだろう。
 だが、ムサシは戻ってこれなかった。ムサシの葬儀のとき。ゲッターロボが崩れ落ちる瞬間、ハヤトが何か呟いた。
 オレは聞き取れなかった。

 百鬼帝国との最後の戦いのとき。
 ミチルさんの代わりにレディコマンドに乗り込んだハヤトは、「帰ってくる。」とは言わなかった。「鎖が壊れたから直しておいてくれ。」と、いつも身に着けていた十字架をミチルさんに投げた。ハヤトの生死がわからなかったとき、ミチルさんは「ハヤト君は私の代わりに死んだんだわ。」と泣いた。
 よしてくれ!とオレは叫んだ。「あのハヤトが死ぬわけがない。」
 ハヤトがミチルさんに好意以上のものを持っていたとは気づかなかった。そんな素振りはカケラも見せなかった。ハヤト自身でさえ気づいていなかったのでは?  あのときハヤトが十字架を渡さなければ、おそらく今もオレは気づかないままだっただろう。
 ハヤトが無事に帰還して、ミチルさんに「持っていて欲しい。」と十字架を渡した時、オレとベンケイは呆気にとられて見ていた。ミチルさんは黙って微笑んで受け取った。
 つい口を挟むタイミングを失ったオレ達は、さりげなく並んで戻っていく二人を見送るばかりだった。で、これからどうなるんだろう。まさかハヤトがオレ達の目の前でイチャツクとは思えないが、お邪魔虫になるのもなぁ。と、ベンケイと話していたら、イチャツクどころかさっさと一人で留学してしまった。ミチルさんにこれでいいのかと聞いたら、「私はとてもマサチェーセッツには入れないわ。」と笑う。いや、そういう意味ではないんだが。
 余計なお世話だろうけど、さすがに3年間も帰ってこないとなると、本当に二人は恋愛しているのか疑問に思う。すくなくともあれから発展はしていないんじゃないか?


 
 デパートで買い物を終え、ミチルお薦めのカフェに入る。あふれるメニューを見てもよくわからないから、無難にコーヒーを頼む。ミチルが付き合ってくれた礼だとケーキを選んでくれた。
 「ミチルさん、ハヤトの近況はどんな様子だい?あいつ、ちっとも連絡よこさないから。」
 『天使のほほえみ』と銘うったケーキを口にしながら問う。ミチルの『白妖精のほほえみ』というケーキとどう違うのかわからない。生クリームの量か?チョコレートの描き方か?
 「講義と実験と発表とかでずいぶん忙しいみたいよ。私もここ2ヶ月、メールだってしてないもの。」
 うーん、やっぱりここのケーキはおいしいわ。このトッピングはまさしく白妖精だわね。あとで『水の妖精』も頼もうかしら、と呟いている。
 「・・・・・・・・・」
 本当に二人は恋人同士なのか?オレの勘違いだったのだろうか。友達以上、恋人未満ってか?
 「私は無理に急がなくていいと言ってるんだけど。」
 ミチルがイチゴに生クリームをたっぷり乗せてほおばる。
 「え、何を?」
 「結婚。」
 「ぶっ!?」
 むせる。気管どころか、脳に回ったようだ。
 「け、結婚って、だれが?!」
 解りきったことと思いつつも聞き返してしまう。
 「私とハヤトさんよ。」
 当然のごとく。涼しい顔で。いや、疑ったわけじゃないんだ、なんというか、その。
 「急がないって、ハヤトはいつ結婚しようって言ってるんだい?」
 「大学を出たらよ。だから来年の春。」
 ゆっくりとカップの紅茶を飲みほし、ティーポットからおかわりを注ぐ。
 「それまでに予定している勉強をすべて終わらせようとしているんだけど、自分の実験だけでも時間がかかるのに、いろんな教授たちからも声がかかっててなかなか進まないとボヤいていたわ。私は卒業してもお父様の手伝いをしているだけだから、忙しいとはいえ、時間に融通はきくわ。式だけ挙げて、アメリカとこっちを行ったりきたりしてもいいんだけど。ハヤトさん、あっちじゃひっぱりだこらしくて、メリーからも頼まれているの。キング博士が1年でもいいから助手にって。でもそれを聞いたお父様が絶対帰ってこいって。」
 クスクス笑う。
 呆然と聞いていたリョウだが、だんだん淋しい気分になってきた。それほど具体的な話が進んでいるとは思わなかった。ハヤトとミチルが結婚する。祝福よりも寂しさが勝った。どちらかに対して、というのではない。ふたりとも等しく大切な友人だ。ふたりが結婚しても自分との関係は変らない。たぶんしばらくは研究所で二人を見るたびに、置き去りにされたような淋しさは感じるだろうけど、ベンケイもいるし、そのうち自分にも恋人ができればそんな気持ちも消えるだろう。
 「・・・・・そうか・・・・じゃあ、いずれハヤトが早乙女研究所の所長になるわけだ・・・・」
 わかっていたことだが、改めて考えると少し鬱屈するものがある。リョウが早乙女研究所に入れば、友人とはいえ上司にあたるわけだ。ゲッターチームではリョウがリーダーだった。べつに自分が上にいたいのではない。ハヤトとは同等でいたいのだ。
 ハヤトはゲッターチームに入った当初チームの和を乱し、自分勝手な行動で幾度かチームは危機に陥った。人に背を向けていたハヤト。協調性を訴える前に、その目をこちらに向けさせなければならなかった。
 だがハヤトの資質をいえば、人の上に立つに充分だといえる。科学者としての才能はいうに及ばず、研究所の運営とかいった世俗的な分野は早乙女よりもうまくこなすだろう。
 「ううん。ハヤトさんは早乙女研究所には入らないわ。お父様も承知よ。」
 「は?」
 あっさり言ってのけるミチルに、思わず間抜けな声が出た。
 「ハヤトさんのお父様は、神重工ゲッター線研究所を持ってたでしょう。ゲッター線は民間が扱うには機密保持も含めて危険だし、政府からの横槍も入ったことだからゲッター線研究は止めにしたの。神重工研究所と改名して宇宙開発をやろう、もともと神重工は人工衛星の製造を手がけていたから、ノウハウもあってちょうどいいって。」
 「ハヤトはおやじさんの後を継ぐのかい?」
 リョウはびっくりして尋ねた。ハヤトが父親との溝を埋めたのは知っていたが、そこまで親密になっていたとは。
 「いいえ、会社は継がないわ。ハヤトさんのお父様はそれを納得の上、研究所の名称を『神研究所』にすればいい、と仰ってくださるんだけど、ハヤトさんは会社のものを借りるんだからそのままでって。 ゲッター線エネルギーの開発と人類の平和は早乙女研究所にまかせて、オレたちはさっさと宇宙に遊びに行こうって笑っているわ。そのためにも宇宙空間でなにがあっても対処できるようにって、理論だけでなく、様々な技術も身につようと頑張っているの。ウィルス研究や医術なんかもね。何があっても最低限の処置はできるようにと。だって、最初から大きな宇宙船は造れないもの。乗員は限られる。私としては、あまりあれもこれもと無理してほしくはないんだけど、でもハヤトさん、すごく嬉しそうな顔で、しかも子供みたいに目を輝かせてそう話すのよ。」
 そう言ったミチル自身が、とても煌めいていた。

 その眩しさに目を細めながらも、リョウは胸に重い塊を感じた。
 オレは見ていない。
 オレはハヤトのそんな目を見たことがない。
 オレが見たのは、羨むような憧れるような諦めるような、そんな目でしかない。
 高校時代の3年間、学生寮の同じ部屋で暮らし共にゲッターで命をかけて戦ったオレは、そんな前向きなハヤトを知らない。いつも少し顔をそらし、背を向けるばかりだった。
 「ねぇ、リョウ君。リョウ君は大学を出たらどうするの?」
 ミチルが無邪気に問いかける。
 「う、うん。まだはっきりとは決めていないんだ・・・・・」
 リョウにしては暗い、くぐもった声に訝しむことなく、
 「リョウ君ならプロのサッカー選手として活躍できるだろうけれど、できたら早乙女研究所に入って欲しいな。お父様もそう望んでいるわ。」
 「博士が?」
 「ええ。リョウ君は優秀だし真面目だもの。お父様の助手になってくれたら嬉しいわ。研究所の人達も頼りにしてるわよ。」
  





 夜。
 着替えもせずにベットに寝転がったリョウは考える。
 ゲッター線が人類にとってどれほどの恩恵を与えるエネルギーであるか、その重要性は十二分に知っている。その研究に携われることは名誉なことだ。早乙女博士をはじめとして、研究所の皆とは親しい。一緒に仕事をしていくのに何の不満もない。
 宇宙。
 ゲッターロボで宇宙に飛び出したことがあったが、それはあくまでも戦いの一環でしかなかった。ゲッターロボはもともと宇宙開発のために開発されたものだ。政府の決定でやむなく中止したものの、早乙女博士も心残りだろう。ハヤトはゲッターエネルギーの代わりになるエネルギーを開発しようとしているらしいが、いくらハヤトでも多くの時間がかかるだろう。それにどんなエネルギーであれ、ゲッターエネルギーを超える事はできない。ゲッター線エネルギーは宇宙一だと思う。
 日本政府に隠して、というわけではないが、どうしても宇宙船にゲッター線が必要になることだってあるだろう。ゲッター線は宇宙から降り注ぐエネルギーだから、言い換えれば宇宙に出れば無尽蔵ってことだ。取り出すことが容易ではないだけで。他のエネルギーではエネルギー切れが心配だ。宇宙空間でエネルギー切れなんて、シャレにもならない。そのときのためにも、オレは早乙女研究所でゲッター線エネルギーの開発に携わろう。ハヤトは器用だが、ひとりで宇宙船の操縦やデータ収集などすべてができるわけがない。もともとあいつは研究者タイプだ。宇宙船航行の面倒はオレがみてやろう。操縦や調査はお手の物だ。ミチルさんも頼りにしてるわよ、といってくれた。久しぶりに気分が高揚する。
   リョウは力強く拳を握り締めた。




 シャワーを浴びたミチルは、タオルで髪をふきあげながら机に目をやる。ハヤトと二人で写っている写真。
 「リョウ君に、研究所に入ってゲッター線研究を手伝ってくれるよう頼んだわ。ハヤトさんはゲッター線は使わないっていうけれど、代わりになるエネルギーの研究までするなんて無理よ。だいたい、誰よりも合理的な貴方が、政府の決定に素直に従うなんておかしいわ。リョウ君も不思議がってたわよ。エネルギー問題や宇宙船の操縦など、リョウ君やベンケイ君にもっと頼ればいいのに。ひとりで頑張りすぎるものじゃないわ。」
 ツン、と写真をつつく。
 写真の中から、やわらかい眼差しが向けられていた。





 早乙女研究所。 地下研究室。部屋のプレートは『閻魔庁』
 敷島は次々と移り変わっていくデータを見詰めていた。画面いっぱいに広がるソレは、この3年間、考え付く限りの予想を入れて、何百回となく繰り返してきたものだ。
 「・・・・・・やはり、わからんか・・・・・」
 疲れ切った顔でつぶやくと、ぬっと立ち上がり、戸棚から一升瓶を取り出す。床にあぐらをかくと、コップに並々と酒を注ぐ。ぐいっと一気に飲み干す。
 「ふー・・・・」
 手の甲で口をぬぐうと新たに酒を注ぐ。
 「・・・・・・仕方あるまいな、ハヤト。ゲッター線は封印するか・・・・・」


 3年前。留学を前に敷島の研究室を訪れたハヤトは、ゲッター線に代わるエネルギーで宇宙に行くつもりだと言った。
 恐竜帝国滅亡のあの瞬間、あのときのコマンド・マシンによるマシーンランドの大爆発 《ビック・バン》。計算上は不可能だった。何も無いところから突如現れたとしか思えないエネルギー。そんな奇妙で危険なエネルギーは、少なくとも自分は使いたくないと言う。
 「だが、これを解明できればどんなことでも出来るのではないか?」
 「オレは『どんなことでも』、が、やりたいわけではありません。宇宙に行きたいだけですから。」
 「欲のない奴じゃのぅ。」
 不満も隠さず敷島が言うと、ハヤトはニヤリと笑った。
 「とんでもない、オレほど欲の深い人間はいませんよ。」
 「ああ?」
 「オレは自分が共にいたい者たちだけが大事なんです。人類の夢とか、地球の未来とか考えません。」
 「おかしいじゃないか。おまえはこれまでゲッターパイロットとして、命をかけて戦ってきただろうが。」
 「人類のため、と思ったことはありませんよ。なりゆきみたいなものです。それにやはり、喧嘩に負けるのは癪ですしね。」
 「・・・・・そうじゃったか?」
 「もともとオレは、自分の限界は嫌というほど知っていますから。人類を救おう、地球を守ろうなんておこがましい事は考えたことありません。」
 「それほど卑下することもあるまいて。突出しておるとは言わんが、そこそこの能力は持っておろう。」
 「『能力がある』、ということは、『望みが叶う』、ということです。自分の望みを叶えられるか否か。オレの基準はそれです。他人の価値観は知りません。」
 「叶えたい望みとはなんじゃ?叶わぬのか?」
 「『かつて、叶わなかった』 。 それ以来、オレは望むこと自体を止めました。」
 「なんともしみったれたやつじゃのう。」 呆れる敷島。「年寄りのワシよりも老いぼれているぞ。」
 「敷島博士を越えられる人間はいないと思いますがね。まぁ、確かにオレもここに来て考えが変わりました。」
 「ほう、どんなふうに。」
 「叶うことを望むことにしたんです。」
 「・・・・・・・・・・・・」
 それで宇宙旅行か?それは普通、『夢』とかいって、『叶わないもの』の代名詞ではないのか?
 「自分には能力はないと言わんかったか?」
 「宇宙旅行に行くぐらいの能力はありますよ。」
 しれっと言い切るハヤト。やはり思っていた通りの人格じゃないか。一瞬でも首を傾げた敷島はホッとする。(なんで?!)
 「ゲッター線開発は平和利用以外禁止されたが、なに構うことはない。ここで堂々と研究すればいい。政府なんか放っておけ。」
 機嫌よく言う敷島に
 「いえ、ゲッター線は人類に、いや、少なくともオレの手には負えません。こんな気まぐれなエネルギーは遠慮しますよ。」
 「なんじゃと?」
 「政府や各国が怖れたのは、それでも 『制御されたゲッター線エネルギー』です。制御できない、というか、自分勝手にパワーアップしたゲッター線のことは知りませんからね。オレはあの謎が解明できない限り、ゲッター線を使おうとは思いません。オレの宇宙旅行は、宇宙戦争ではありませんから。動きさえすればガソリンだってかまいませんよ。」 
 さすがにガソリンは無理だろう、と自分でも思うが。
 敷島はじっとハヤトを見詰めていたが、ふぅっと溜め息をつくと。
 「ワシは宇宙に出るより、あのエネルギーの謎を解明したい。あれこそがゲッター線の真髄という気がしてならんのだがのう。」
 「それは博士にお任せしますよ。おれは気楽にやっていきます。」
 敵もなく味方もなく慈しむ。人類のためとか地球の未来のために力を尽くす。そんな無償の優しさに憧れもしたが、俺は到底、ムサシやミチルさん、リョウ達のようにはなれない。羨むよりは諦めて、諦めるなら開き直ろうと思う。ミチルさんがそばにいてくれる。


 
 「戦闘中のゲッター線エネルギーの数値は、ほとんどが予測の範囲内だった。ムサシのときと、あのベンケイの時以外。」
 敷島はつぶやく。
 まだベンケイがゲッターチームに疎外感と不信感を持っていた頃、その弱点を突かれたことがあった。不協和音。百鬼帝国 白髪鬼の謀略に嵌ろうとした。自分が騙されていたと知ったベンケイがリョウとハヤトを救ったとき、ゲッター線エネルギーは予測値を大きく越えた。「脳波停止光線」を遮るほどに。
 「ハヤトは感情が左右するという仮定を立てた。結論は出ておらん。だが、感情以外に要素がない。」
 あれほどの破壊エネルギーが感情によって表出するようでは、危なくて使えない。守る力は壊す力よりも強いと言うが、(本当かは知らん。)好意が悪意に変わるのは、悪意が好意に変わるよりずっと多い。もしゲッター線が好感情に反応するにしても、何に対する「好」、「善」なのだろう。善悪の観点ほどあやふやなものはない。
 ハヤトが「確かなこと」だけで間に合わせようとしたのも今ならわかる。守りたいものがあればなおさら慎重になるのも強さだ。ハヤトの言うとうり、宇宙を遊びに行くのにそれほどのエネルギーや強さはいらない。いずれ、世界規模で開発が行なわれるだろう、必要であれば。今、世界は地球のみで手一杯だ。
 そうだな。ワシもここを出てハヤトの研究所に行くか。ここではもう武器の開発も必要ないからのう。
 アステロイド・ベルトをぶっ放すミサイルでも考えるか。



         

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          ラグナロク様  16500番 リクエスト

          お題は    「 TV版終了後のハヤトとミチル 」 

  おお!!『多元宇宙』 初の恋愛物!!
  と狂喜して取り組んだのですが、どうも「かるら設定」ではうまくいきません。
  じゃあ、TV版番外ということで、ということで書き出したのですが、恋愛語句の貧相さを思い知りました。
  1ページも埋めることが出来ませんでした。(ううううう・・・・)
  いつものごとく、かるら設定です。
  
   ラグナロク様、随分お待たせしました挙句、こんなので申し訳ありません。
   歯の浮くセリフを書く前に、手が震えてしまったかるらです。
   でも、ハヤトとミチルさんは結婚しますよ〜〜〜自慢自慢vv

         (2008.4.25  かるら)