人嫌い。
 リョウが初対面のハヤトに受けた印象だ。浅間山学園に入学して同じ寮になった時。
 もう一人のルームメイト・ムサシは、見た目そのままの人懐こい大らかな、何の飾りも無い陽気な男で、すぐさま打ち解けることが出来た。だがハヤトは自分の殻に閉じこもっているというか、目には見えない壁を作っているように思えた。これから同じ部屋で暮らすのだから、お互い少しでも仲良く、気持ちよく暮らしていこうと、リョウもムサシもあれこれと話しかけた。だが、ハヤトは、
 「オレは人と馴れ合う気は無い。放っておいてくれ。邪魔をされなければ、オレもお前たちの邪魔はしない。」
と冷淡に言い切った。
 「なっ?!」
 「んだとー、お前!!」 
 思わず絶句したリョウだが、ムサシがハヤトに掴みかかろうとするのを反射的に押し留めた。
 「おい、放せよリョウ!こいつ、何様だ!!」
 真っ赤になって怒鳴るムサシと必死になってそれを押さえるリョウを、ハヤトはなんの感情も浮かべぬ眼で一瞥すると部屋を出て行った。後に残されたリョウは唖然とし、ムサシはずっと腹を立てていた。


 浅間山学園は文武に優れた有名な私立校で、全国からの特待生も多い。そのため、寮の設備も整っている。
 リョウは九州から、ムサシは北海道から来ていた。ハヤトもなにかの特待生かと思ったが、ハヤトは普通に試験を受けて入ったらしい。ハヤトの体格は華奢というのではないが細く、鍛え上げられた筋肉というわけではなかったが、無駄を切り捨てた精悍さがあった。肌の色は目立つほどに白く、野外のスポーツをしていたようには思えない。日焼けしない体質ではあるようだが。ハヤトと同じ中学の出身者はいなかったが、ハヤトを知っている者はいた。
 「中学一年のときに、体操でオリンピックのメダル候補になれるって言われたやつだよ。東京での大会に一度だけ出た。でも、すぐに体操をやめたって聞いたな。」
 驚いた。なぜ辞めたのだろう。怪我でもしたのだろうか。そんなふうにみえないが。
 相変わらずハヤトは、リョウやムサシが話しかけても鬱陶しげな目を寄越すだけでろくに返事もしない。ムサシはその度にカッとなって文句を言っているが、すぐに忘れたようにサバサバしている。気持ちのいい奴だ。まあ、案外この3人でうまくやっていけそうだ.とリョウは思う。
 そしてさほど日数もかからずに、リョウはハヤトの才能を知る。
 身体能力、運動能力、知能。どれをとっても一級品だった。すぐに自分の所属するサッカー部に勧誘したが、あっさり拒絶された。驚いたのはムサシもハヤトを柔道部に勧誘していたことだ。武術もこなせるのか?呆れたが、肝心のハヤトは一顧だにせず立ち去っていく。
 他にやりたいことがあるようにも見えないハヤトに苛立つ。そのあふれるほどの才能を、どうして放置しているのだろう。何を選んでも全国レベルに届くというのに。よく授業をエスケープしているが、それでも成績は学年上位だ。見たことはないが、ケンカも強いらしい。学園の不良達もハヤトには一目置いている。というか、目を合わせないようコソコソ消えていく。ハヤトが何をしたかは・・・・・・・・聞かなかった。あいつが怪我をしているのをみたことはないから、たぶん・・・・・・
 1年、2年と共に暮らしていくうちに、リョウはハヤトが意外と義理堅いことに気づく。正義感があるとか真面目だとは思わないが、一度引き受けたことはきちんと最後まで対処する。どんな小さなことであっても。
 だから、どうしても迎え入れたかったのだ、ゲッターチームに。



 ゲッターロボのパイロットとして、共に何度も生死をかけて戦った。そのなかでハヤトの本質に触れていく。
 なんでも器用にソツなくこなすハヤトは、一見完璧に見えてその実、不器用だ。生きていくことに。
 あれほどの才能を持っているのだから、もう少し人との繋がりに気を向ければいいのにと思う。人嫌いなのではなく、単に面倒くさがりなのかとも思った。勿体無い。歯がゆいくらいに。
 だが、すぐに違うと思った。爬虫類恐怖症だったムサシを、荒療治ではあったがなんとか慣れさせた。またオレの知らないところで、オレに勝負を挑んできた奴とその兄を、ハヤトがやっつけたとミチルさんに聞いた。その二人は卑怯にもミチルさんを人質にしたから、オレが知ったなら必ずオレは行っただろう。その結果はどうあれ、暴力沙汰になったらサッカー部の大会出場停止はあったかもしれない。研究所に潜り込むスパイを見破るのはハヤトだ。自分は猜疑心が強いだけだとハヤトは言うが、言い換えれば、敵を倒そうというより味方を守る想いが強いのだ。
 人嫌いどころか、誰よりも他人を思い遣る心を持っているのかもしれない。なのに、なぜあれほど頑なに人に背を向けようとするのか。
 少し前、山中のゲッター線貯蔵庫で爆発事故があった。ハヤトは炎の中、倒れている所員を救出に向かった。。ハヤトに無茶をするなと怒鳴ったら、「あの状況なら間に合うとわかっていたさ、オレならな。」と、さらりと言い返す。事実、救出は間に合った。所員が亡くなったのは別の理由だ。無公害エネルギーのゲッター線がウランに反応して放射能に変質したからだ。ハヤトもまた、放射能に侵されていた。だが、瀕死の状態でありながらもゲッターから降りることを拒否し、戦った。レーダー頼りの地中を自由自在に動き回り、敵のメカザウルスの背後を取るなど、ハヤトにしか出来ない。もしあのとき、メカザウルスを逃し、研究所にウランスパークをぶちまけられたら、貯蔵されていたゲッター線は死の放射能となってあたり一面を侵すだろう。核爆発の比ではない。自分の命も顧みずに戦ったハヤトが、人嫌いのはずがない。
 ふと、思い出した。
 ついこの間、ハヤトは大星山での調査のとき、さおりいう少女と出会った。詳しいことは聞いていない。何しろ、その少女はすぐに死んでしまったから。ハヤトが研究所に連れてきた時点ですでに、病気で余命いくばくもなかったという。
 ハヤトとその少女との間で、どんな会話が為されていたかは後で知った。偶然ムサシが覗き見したからじゃない。研究所の廊下や部屋には監視カメラが付いているのだ。見られたくなきゃ、場所を考えろ!じゃなくて。
 さおりは恐竜帝国に捕らえられ、サイボーグに改造されたという。そして永遠の命と引き換えに、ハヤトの暗殺を命じられたという。
 「きみが生きていけるなら。」
 とハヤトは目を閉じた。
 馬鹿なことを。
 さおりは「撃てない。」と銃を落とし、ハヤトはさおりを信じていたというが、万一ということは考えなかったのだろうか。いつも慎重すぎるほど疑い深いやつなのに。
 オレだって、さおりが撃つとは思わない。だが、サイボーグに改造されているのだ。自分の意志とは別に、ハヤトを巻き込んで自爆させられたかもしれない。カメラの再生画像を見たとき鳥肌が立った。ハヤトの凪いだ眼に。
 なぜそのとき苛立ちよりも悪寒をおぼえたのか、自分でもわからなかったが。
 今、思う。
 キザでクールでニヒル。
 ハヤトを称する言葉だ。
 キザ-----気に障る、は、良しとしよう。クール、はちょっと違うかもしれない。冷静であっても熱い奴だ。ニヒル----ニヒリスト。虚無主義者。だがハヤトは実は人の想いも命も否定しないし拒否しない。なのに何故か「虚無的な」、という言葉が捨て切れない。人嫌いではないのに、人嫌いに見える・・・・・・・
 愕然とする。
 ハヤトはひょっとして。

 己自身が・・・嫌いなのか?






                           ☆




 深夜。早乙女研究所。
 地下格納庫のゲッターロボを前に、ハヤトはひとり立っていた。
 リョウ、ムサシ、ミチルはいない。3人とも2泊3日の修学旅行に行っている。学園の行事ではあるが、ゲッターパイロット全員が研究所を留守にすると、恐竜帝国が襲ってきたときに対処できない。誰か一人でも残っている方がいい。ということで、もともと修学旅行など行くつもりのなかったハヤトが残留した。リョウはずいぶん気にしていたが、ムサシの勢いに押され、しぶしぶ了承した。行き先は沖縄。マリンスポーツの楽園。ミチルの水着姿を見たいムサシが、黙っているわけはなかった。喜び勇んで出掛けたけれど、今日の日程はひめゆりの塔など戦争慰霊地だ。きっとあの大きな目から、ポロポロ涙を流しているだろう。
 ムサシの感情の豊かさを、ときどき眩しく感じるときがある。あの素直さ。
 ムサシはよく泣く。自分のために。そして他人のために。人のために泣けるということは、相手に対する無償の慈しみだ。自分のために泣けるのは心を飾らないからだ。あいつはたとえ敵であっても相手を許し、そしてまた自分自身も許せるだろう。正も負も受け入れて。そう、きっとリョウやミチルさんも同じだろうな。
 ムサシの父親は作業中の事故で、リョウの妹は交通事故で亡くなったと聞いている。ミチルさんは兄の達人さんを恐竜帝国に殺されている。家族を事故で失った2人と違い、ミチルさんには敵、憎しみをぶつける相手がある。それなのにミチルさんは穏やかだ。いや、早乙女博士も夫人も、元気くんも。みんな哀しみを誤魔化すために敵を憎んだりはしない。哀しみは哀しみとして受け入れて、そして更なる犠牲が、哀しむ者が出ないようにと全力を尽くしている。
 オレは泣けなかった。母さんが死んだとき。
 オレは怒っていた。帰ってこない父に。悲しみよりも怒りがオレを支配していた。なぜなら、母さんにはもう助かる術はなかったから。残されていたのは苦しい時間だけだった。母さんはわずかな時間を延ばすために、苦しみに耐えていたのではない。残された体力のすべて、想いのすべてで父を待っていたのだ。
 「恨まないで。」
 憎まないでと母さんは、オレの手に十字架を握らせた。姉さんが受け継ぐはずだったソレを、優しく穏やかな笑みで。
 そうして母さんは諦めたのだ。待つことを、生きることを。
 安らかな死に顔だと誰かが言った。だがオレには淋しい顔にしか見えなかった。父が来なかったことよりも、父を待てなかった自分を疎んじたような、そんな淋しい顔だった。
 母さんの遺言を無視することも出来ず、さりとて父と親しむことは出来ず、オレはただ背を向けるだけだった。
 姉さんがオレを心配する。姉さんを悲しませる気はない。オレは真面目に学校へ行く。姉さんが喜ぶくらいの成績は簡単に取れる。だが、長期の休みに家に居るのは苦痛だった。母さんと過ごした別荘へ行く。姉さんも付き合ってくれた。静かな時間。
 人に出来ることは高が知れている。オレはよく万能だと言われたが、万能であるはずがない。万能であれば母を死なせずに、あるいは諦めさせずに済んだ。そう、「死」がやむを得ないことだとしても、母さんに願いを諦めさせたことが許せないのだ。父を、そしてなにも出来なかったオレ自身を。
 母を失ってオレが知ったことは、どれほど願いを込めても叶わないことがある、という現実だった。世界は色褪せていた。

 数日前、リョウにヘンなことを聞かれた。
 「おかしなことを言うようだが。」
 と断りを入れてきたが、確かにおかしなことだった。
 「ハヤト、お前はひょっとして自分自身が嫌いなのか?」
 ひどく真面目な顔で聞かれた。
 「いや?」  と答えたが。
 正直、そんなことを考えたことはなかった。反対に「自分自身が好きか?」と問われたら、「否。」とすぐに答えたかもしれないが。
 そのままリョウが黙ってしまったところをみると、あいつはオレが肯定すると思っていたのだろう。そしてそれについて、何か言うつもりだったのかもしれない。ということは、あいつの目にはオレが自分自身を嫌っているように見えたのだ。リョウが何故突然にそんなことを思ったのか考える。長い間ずっと疑問に思っていた、というふうではなかった。最近思いついたのだろう。リョウにそんなことを考えさせることが、最近あっただろうか・・・・・
 あれか?恐竜帝国にサイボーグにされた少女、さおり。彼女が生きていけるなら、オレが殺されてもいいと言ったからか?あとでそれを知ったリョウがひどく怒っていた。オレは二つの命のうち、片方しか生きられないというのなら、譲ってもいいと思っただけなんだが。「生きたい。」と願う命が残る方がいい。別にオレが「死にたい」と思っているわけじゃない。
 今日、早乙女博士と話していて、不思議な既視感を覚えた。博士に将来何になりたいのかと聞かれて、特にないと答えたときだ。博士は言った。
 「どのような道を選ぶとも、望むところにたどり着くだろう。何本もの川の流れが、やがて同じ海に行き着くように。」
 その言葉の意味を追うよりも。
 オレはたどり着きたくないと思ったのだ。たどり着く前に、地中に吸い込まれる流れのほうがいい、失うよりも。
 何を失うと思ったのか?
 だが、そのときオレは、確かに恐怖した。人と交えぬ孤独ではなく、一人残される孤独に。

            遺されるより、逝くほうがいい。





                                ☆




 戦いを終えたゲッターロボが炎に包まれている。
 恐竜帝国は滅んだ。ムサシの特攻によって。
 ムサシは確かに「死」を覚悟していたが、生きて戻ることを諦めていなかった。
 自分のミスでリョウとハヤトに怪我を負わせ、自分ひとりが無傷だったことを悔やみ、責任を果たそうと一人で出撃していったが、「死なない。」と言った。まだまだやりたいことがあるから、必ず戻ると言った。決して、諦めてはいなかった。



             「ムサシ。出来ることならお前の代わりに
                      オレがあの世へ行きたかったぜ。」


          ハヤトのつぶやきは、燃えさかる炎に吸い込まれていった。




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 朱里様 リクエスト
       お題は   「 TV版で ハヤトの孤独 」

 孤独なのか拗ねているだけなのか、(笑) TV版ならではの 「青い(?)ハヤト」を書いてみました。
 朱里様、遅くなった割にこんなのですみません(謝!) TV版、また挑戦しますので!!

 タイトルの『背』は、ゲッターロボの人物紹介の本で、「ハヤトを一番表している後姿」とかいうコメントを読んだことがありましたので。

          (2008.1.21   かるら)

        今年もよろしくお願いいたします!