刎頸の交わり

 

 

 

 

 

 

 

白い手

まるで女のように線が細くて

指が長くて

だがけしてか弱くない

そこに

緋が

赤が

紅が

流れる

白い手に巻きつくように

絡むように

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、そこは見慣れない天井だった。

「・・・・・・?」

ここはどこだろう。

いまいちはっきりしない頭を振ろうとして違和感に気付く。

どうやら頭に包帯が巻いてあるらしい。

周囲は心電図やら点滴やらで取り囲まれ、断続的な電子音が耳につく。

不自由な首を巡らせると、窓の外が見えた。

それは明らかに研究所のもので。

「・・・・研究所の医療区画か」

ということはここは医務室。

見慣れなくて当たり前だ。

自分はほとんどここの世話になったことはない。

大抵の怪我は寝れば治るのである。

(・・・・・俺なんでここにいるんだ?)

記憶がない。

何があった?

そう当然の流れで考えると、

「!?」

頭に壮絶な痛みが襲ってきた。

いや、痛いなんてもんじゃない。

今にも頭が割れて弾けそうだ。

胃の奥から苦いものがせり上がってくる。

すると慌ただしい足音が近づいてきた。

人数から察するに医師と看護士らしい。

身をよじって呻きながら霧散していく思考をかき集める。

しかしそれすらも叶わず、痛みの中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

痛みが治まった。

そして顔をあげると、周囲には誰もいなかった。

陽光を差し込ませていた窓の向こうが暗い。

どうやら、自分は意識を失ってしまったらしい。

時間が吹き飛んだかのように、経過がわからなかった。

今までこんなことはなかったのに。

「・・・・・・・・どうしたんだ。俺」

らしくない。

本来の自分なら、痛みに負けたりなどしない。

月面戦争の時など、肋骨折っても元気に駆け回っていたくらいなのだ。

たかが頭痛くらいで気絶するなどらしくないにもほどがある。

竜馬は起き上がり、周りの機器を押しのけてベッドから降りた。

体中が悲鳴を上げるが、それはとりあえず無視だ。

寝っぱなしでは頭の痛みは変化しないような気がした。

ふらつきながら備え付けられていた洗面台の鏡で自身を見る。

そしてぎょっとした。

鏡の中には酷い顔色の男がこちらを見ていた。

連続の徹夜にも耐えきった強靭さはどこに行ったのか。

しかし、鏡の中の男は肌の色こそこれ以上ないくらい酷いものだったが、目の光だけは失われていなかった。

あいつに何度も褒められた目だ。

俺も同じようにあいつの目が好きだった。

自分と同類。

おそらくは唯一の同族。

「・・・・・・・・?」

そこでまたひとつの疑問が生まれた。

『あいつ』って誰だ?

その時部屋の外でこちらに近づいてくる気配に気付く。

音から察するに履きものはスリッパ。

人数はふたりなので、おそらくは医者だろう。

ちょうどいい。

聞きたいことはいっぱいあるのだ。

袖口で乱暴に汗を拭いとると、ベッドの縁に腰かける。

引き戸が開くまでの数十秒間が異様に長かった。

入ってきた医師は竜馬が起きていることに驚いたようだったが、すぐにその表情は控えめな気遣いに変化する。

「流さん、ご気分はいかがですか?」

「頭が痛てぇ。それよりも今の状況がわからん。俺はどうしてここにいるんだ?」

今日意識が戻った。

それはわかっている。

だが、今の今まで誰からも事情の説明は受けていない。

自分でも不思議だが、どうしても思い出そうとすると頭が痛む。

今だって金槌を振り下ろされているかのように痛かった。

竜馬の問いかけに、医師の背後にいた看護師がぶたれた犬のように切ない顔をする。

医師も同じようなものだった。

だがこちらは微笑みを絶やさず、患者の肩に軽く触れる。

そして横になるように促しながら、微量の笑みを口元に浮かべた。

「流さん。まだ何も思い出せませんか?」

「ああ。ここにいる理由はさっぱりだな」

「無理に思い出さなくても大丈夫です。ゆっくり思い出していきましょう」

やたら博愛に満ちた顔でそう言われるが、妙に嫌な予感を覚える。

この医師とは顔見知りだが、こんな言い回しをされたのは初めてだ。

「なんだよ。もってまわった言い方しやがって。知ってるならさっさと教えろよ」

「いいえ。これは貴方自身が思い出さなければいけないことです。そうでないと」

壮年の医師は、そこで言葉を切る。

それは別に竜馬と話すことを放棄したわけではない。

病室の外を慌ただしい足音が近づいてきたからだ。

「竜馬!」

「竜馬!大丈夫か!?」

引き戸を開けきる前に大きな体を室内に押し込んできたのは、既知のふたりだった。

ふたりとも同じように小柄でがっしりした体形で、ひとりは色白、もうひとりは色黒だ。

「弁慶。武蔵」

「弁慶、武蔵。じゃねぇよ!!大丈夫なのか!?」

名前を呼べば色黒_弁慶が掴みかからんばかりの勢いで寄ってくる。

しかし、竜馬の酷い顔色を見て、まるで暴言でも投げられたかのように傷ついた顔で押しとどまった。

「・・・怪我の具合は?」

「そこまで重篤ではありません。彼の回復力なら、2週間もあればほとんど全快するでしょう」

暗い顔で武蔵が医師に尋ねると、問われた方ははっきりとそう請け負う。

本来なら見舞い先の状態が良好ならば喜ぶものなのだが、何故か見舞客ふたりの表情は晴れなかった。

見れば武蔵もあちこちに包帯を巻いている。

寝ているほどではないようだが、それでも結構な怪我だ。

「武蔵。どうしたんだその怪我?」

「・・・?お前覚えてないのか?」

「いや、だからなんなんだよ?」

話が相変わらず読めない。

ふたりは顔を見合わせ、まるで腫れものにでも触れるように竜馬の顔を覗き込む。

「竜馬。・・・・大丈夫か?」

「まあまあだな。それよりか、いい加減俺がどうしてここにいるか教えてくれ。俺はなんで怪我したんだ?覚えてねぇんだよ」

彼らなら答えてくれるはずだ。

いつだって聞けば、時間があるならば詳しく納得するように教えてくれた。

少し偉そうに滑らかに。

やや長い髪を時折弄いながら。

____長い髪?

そこまで考え、ふたりの顔をまじまじと見比べる。

彼らの髪は短い。

武蔵は短髪だし、弁慶は坊主頭だ。

「・・・・・・お前ら髪切ったのか?」

「・・何言ってるんだお前」

「いや、だって。お前らどっちか髪長かっただろ?指でいじれるくらい」

そうだ。

どちらかにそういう癖があったはずだ。

不思議そうに尋ねるゲッター1パイロットに、室内にいる他の面々は各々険しい色を宿す。

大切なものが、無残に食い荒らされているのを見たような、そんな顔でベッドの住人を見つめている。

「いや、だってそれは・・・・・○○の癖だろ?」

聞こえない。

「誰だって?」

「いや、だから○○だよ。その癖は○○のだ」

また名前が聞こえない。

唇を読むことが出来るはずなのに、何故か頭に入ってこない。

「ああ?誰なんだよ、その・・・なんだ?なんとかってのは?」

その瞬間凄まじい勢いで武蔵の手が竜馬の寝巻の襟ぐりを掴んだ。

あまりの突然のことに、掴まれた方は抵抗する間もない。

文句を言おうとするが、思いとどまる。

武蔵の目があまりに真剣だったからだ。

「竜馬・・・・お前覚えてないのか?」

「何がだよ。だから俺はここにいる理由が知りたいって

「そうじゃねぇ!!」

吠えるように、温和な男が叫んだ。

ほとんど襟を引きちぎろうとでもするかのように強く、縋るように懸命に手に力を込める。

医師達がおろおろしているが、あまりの剣幕に割って入ることが出来ない。

「お前本当に覚えてないのか?あいつを?」

「だから誰なんだよ!?ちゃんと説明しろよ!」

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

武蔵は歯を擦り減らさんばかりに噛みしめると、勢いのままに頭を竜馬のそれに叩きつけた。

「先輩!!!」

慌てて弁慶が止めに入る。

反射的に反撃にでようとした竜馬の方は、医師と看護師がまといつくようにして拘束した。

「武蔵!!何しやがる!?」

「馬鹿が!!忘れちまったのかよ!?あいつのことを忘れちまったのかよ!?」

「先輩落ち着いて!!竜馬もとにかく落ち着け!!」

「流さん!!お願いですから治めてください!!」

弁慶や医師が奮闘するが、暴れている側の力はそこらの人間とは比較にならない。

このままでは今にも喰い合いそうな勢いで睨みあう双方よりも周囲の人間の命が危なかったが、今回は運が味方した。

この事態を収拾できる数少ない人物である、早乙女博士とミチルがいっぺんにやってきたのである。

「何があった!?」

「どうもこうもねぇよ。こいつがいきなり頭突きかましてきやがって」

「いいからふたりとも離れて。今すぐに!」

凄まじい剣幕でそう訴えるミチルに、取っ組みあっていたふたりは大人しく身を起こす。

どんな時でも気丈だった彼女の顔は深い悲しみに歪んでいた。

「・・・・ちゃんと順序を追って説明して。何がどうしてこうなったの?」

「竜馬が○○のこと忘れたんだとよ」

武蔵が吐き捨てるように言い放った。

その言葉が世界の支柱を打ち壊したかのように、ミチルの表情がみるみるうちに涙に崩れる。

竜馬にしてみればわけがわからない。

「・・・ミチルさん?」

戸惑い、さんざん逡巡した後零れたのは意味のない呼びかけだ。

見れば博士も幽霊でも見たかのような、真っ青な顔で竜馬を凝視している。

「・・・・・・リョウ君。・・・・・本当にわからないの?」

「だから、何がだよ?」

皆のあまりに悪い顔色を見ているせいで、語尾は尻すぼみに消えた。

自分は一体何を忘れているのか。

誰を忘れているのか。

思考を探るが、核心まで辿り着くことが出来ず、意思は霧散する。

分厚い壁に阻まれているかのように、その向こう側を窺い知ることが出来ない。

ずきりずきりとまた頭が痛む。

頭蓋を内側から突き破らんばかりに。

まるで中から記憶が溢れだそうとするように。

脂汗が頬を縦断し、短く刈られた髪の中を走り落ちる。

竜馬の変化にいち早く気付いた医師が、慌てて見舞いを部屋の外に出した。

信じられない激痛の中、竜馬は皆がこちらを涙ぐみながら見ているのを感じていた。

 

 

 

 

 

それからさらに一日。

竜馬は何も考える気にならず、ぼうっとしていた。

いつもなら体を動かしていないと落ち着かないのだが、体を鍛える気分にもならない。

医師から止められているし、自分でも今動けば傷の治りが遅くなるとわかっているからでもあるが、動こうとしてもつい考え込んでしまうのだ。

自分は何を忘れてしまったのか。

大切な何を失ったのか。

わからない。

どれほど考えても、ある境界を越えられない。

「・・・ちっ。俺の頭は小難しいこと考えるのに向いてねぇな」

こういうのはあいつの担当だった。

「・・・また、【あいつ】かよ」

多分この『あいつ』というのが忘れている大切なものだ。

また、頭が痛みだす。

傷口に熔けた鉛を流し込まれるように、酷く。

それでも竜馬は思いだそうと懸命になった。

伏せっていても未だ衰えない筋肉が震え、乾いた唇が戦慄く。

『あいつ』って誰だ。

思い出せない。

大切なはずなのに。

そんな時、ノックの音が聞こえ、ミチルが入ってきた。

相変わらず彼女の顔色は蝋のように白い。

「・・・・・リョウ君。大丈夫?」

「・・・なあ、ミチルさん。俺は誰を忘れてるんだ?」

チームメイトである彼女の心配には耳を貸さず、単刀直入に疑問を投げる。

彼女の顔がますます悲しみに歪んだことが胸に別な痛みをもたらしたが、それでも問いを重ねた。

「俺は誰のことを忘れてるんだ?俺はなんで怪我したんだ?思い出せないんだよ!どんなに思いだそうとしても!」

「・・・・それは自分で思い出さなければいけないわ」

最近こけた頬を微かに持ち上げ、ミチルは囁くように告げた。

その目は今にも滴りそうなほどの涙が溜まっている。

「・・・・明日。多分思い出すと思う。迎えに来るから。着替えておいて」

問いかける顔のまま、自身を見つめる仲間から目をそらし、佳人はどこか遠くを見つめていた。

見えない誰かに助けを求めるように。

 

 

 

 

 

 

大きく掲げられた遺影。

ほとんど説明らしい説明もされずに通されたそこにいたのは二十代とおぼしき男だった。

卵をひっくり返したような滑らかで白い面差し。

それを縁取るように流された翠の黒髪。

黒曜石を削りだしたような鋭く切れ長の双眸。

高くほっそりとした鼻梁。

薄い頬と口唇。

けして男性的とは言い難いが、恐ろしいほど整った美丈夫だ。

どこかで見たような気がする。

いや、そもそも葬儀に呼ばれたということは会ったことがあるということだろう。

だが思い出せない。

テレビか何かで見たのだろうか?

しかしそれでは竜馬が葬儀に出る必要などないはずだ。

それに研究所で葬儀をやるということはゆかりが深い人物であるはずだ。

ならば親しい付き合いがあったはずなのに、覚えていない。

眩暈がする。

吐き気がする。

頭が痛い。

誰だっただろうか?

思い出せそうなのに思い出せない。

まわりで潜められた声が葉鳴りのように鼓膜を揺らす。

『・・まだ若いのに可哀想に』

『25でしたよね。本当に惜しい人を亡くした』

『しかも結婚間近だったそうじゃないか。あそこにいるのが婚約者の子だろう?気の毒に』

『博士もやりきれんだろう?未来の息子と後継者を同時に失ったようなものだ』

流れ込んでくる故人の情報を拾いながら、ぼんやりと考える。

何故か大切なことを思いだせない。

自身の記憶の根幹。

内部に根付いた重要なもの。

それはわかっているのに、何かが邪魔をする。 

「っ!!」

また頭痛が酷くなる。

万力で締めあげられているようだった。

周囲の音を拒むように、痛みは激しくなっていく。

「竜馬!大丈夫か?」

様子がおかしい竜馬を気遣って、弁慶が近寄ってくる。

それに大丈夫だと返そうとしたが、声を出す気力が湧いてこない。

いきなり背中に氷塊を押しこまれたかのような寒気に身を震わせる。

そんな竜馬を案じるかのように、遺影の中の男は柔らかな微笑をたゆたわせていた。

 

 

 

 

 

重病人のような状態で、どうにか葬儀に出席した後、竜馬は火葬場に連れて行かれた。

いや、連れて行かれたのではない。

竜馬が自ら望んで向かったのである。

確かめなければならなかった。

どうしても思い出さなければならなかった。

皆のすすり泣く声の中、棺が焼き場の中へ消えていく。

竜馬の大切な『誰か』が。

焼かれてなくなっていく。

恐ろしく長い待ち時間の後、戻ってきたのは完璧な形が残る骨。

白かった。

血肉を焼かれた残骸は、目に焼きつくほど白かった。 

あいつの顔のように。

あの時も白かった

そこに血が

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出した

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛ぁ゛あ」

知らず、竜馬の口から動物の断末魔のような悲鳴が押し出される。

そうだ。

そうだ。

あの時。

あの時あいつは。

「竜馬!?」

「大丈夫か!?」

仲間達が気遣う声は耳には入っても心には届かない。

膝をつき、顔を覆う。

焔のように身を焼く事実に打ちのめされながら。

獣のような唸りが喉を裂く。

何故今まで思い出せなかったのか。

どうして今の今までわからなかったのか。

忘れるはずなどないのに。

忘れることが出来るはずなどないのに。

思い出した。

遺影の男は。

今、骨になってしまった男は。

こいつは。

「隼人」

ようやく出た声はくぐもり、吐息と区別はつかなかった。

 

 

 

 

 

『おいおい。リョウ。どうしたんだ。らしくない顔して。腹でも壊したのか?』

そう揶揄するように笑いかけてきたのは、ゲッターの合体訓練直前だった。

いつもは騒々しいくらいに豪胆な竜馬が、何やら口数少なくうつ向いていれば心配にもなるのだろう。

隼人_神隼人_はからかうように顔を近づけて笑いかけてきた。

それに竜馬も笑い返す。

『ちげぇよ。なんか嫌な感じがするだけだ』

『じゃあ、中止にするか。お前の勘は良く当たるからな』

『馬鹿言うなよ。なんとなくでやめられるか。整備にはなんの問題もないんだろう?』

『まあな。だが嫌な予感は俺もする』

彼らしくない台詞に、竜馬の眉が寄る。

『おいおい。なら本当にやめた方が良いんじゃねぇか?お前の予感は外れたことねぇだろうが』

『あくまで予感だ。根拠はない。行くぞ時間だ』

言って隼人は歩き出した。

いつものように。

背筋を伸ばして迷いなく。

竜馬は、この時何故止めなかったのかと悔やんだ。

おそらくこれからも悔やむだろう。

 

 

 

 

振り返った先には    

白いものが突き出ていた。

潰れた機体から生えるようにそれはどこか内臓を突き破る骨にも見えた。  

それは手だった。

白い手。

白に赤が巻きつき

ところどころに紺色の布が引っ掛かっている。

それが破れたパイロットスーツであることなど気付かなかった。

わけがわからないまま、竜馬の意識は爆発の中途切れた。

 

 

 

機体の動作不良の原因は不明。

だが機体に動作不良が起きたのは竜馬の機体だった。

変形機種はゲッター1。

あのまま行けば、竜馬は地面と2号機3号機に挟まれて即死しただろう。

しかし隼人はあえて間に留まり、両機のクッションの役割を果たした。

機体の速度を調節して被害が最小限になるように。

自身の命を捨てることで。

隼人には別な道があった。

離脱すれば良かったのだ。

そうすれば彼は生き残れた。

だが、彼はその道を選ばなかった。

他のメンバーが同じ状況でもそうしただろう。

しかし、彼のような冷静な選択が出来たかどうかはわからない。

 

 

 

 

隼人の遺体は笑っていたらしい。

らしいというのは竜馬は全く見ていないからだ。

竜馬が見たのは腕だけ。

機体から突き出た腕だけ。

異様なまでに白い、赤に彩られた腕だけ。

竜馬はぼんやりと窓の外を眺めた。

青い空。

鳥の声。

こんな良い日和なのに、研究所内は静かで重々しい。

葬式以来、竜馬の顔から笑顔が消えた。

以前からおしゃべりというわけではなかったが、今はほとんどしゃべらなくなった。

怪我はあまり治っていない。

病は気からというが、どうやら竜馬の精神状態が大きく作用しているらしい。

傷がなかなか塞がらず、もうすでに2週間経過しているのに抜糸もままならない。

どろりとした顔色のまま、ここではないどこかを眺めている。

隼人がいなくなった。

あの隼人がいなくなった。

手の届かぬ場所へ。

もう話せない。

一緒に笑えない。

いつか来る。

それは知っていた。

だがこんなに早いとは。

まだ一緒にいられたはずなのに。

「・・・・・竜馬。飯持ってきたぞ」

武蔵がそう言って、部屋の中に入ってきた。

弁慶がお粥を乗せた盆を持ち、竜馬の顔を心配そうに覗っている。

前はその体格に見合うだけの量を食べた空手の達人はここ数日ほとんど何も食べていなかった。

刺々しい空気をまとい、周囲を威嚇するように沈黙するさまはまるで手負いの獣だ。

実際そうなのかもしれない。

体の怪我だけではなく、彼は傷を負っていた。

親友である隼人の死は、竜馬にとって深い傷になっていた。

声をかけても反応せず、じっとどこかを見つめる仲間に、大柄なふたりは苦い顔で俯く。

つらいのはよくわかる。

だから励ましの言葉も浮かばないし、しっかりしろとも言えない。

この痛ましい姿を見ていることしか出来ない。

普段は豪快なふたりがどうすればいいのかと悩んでいると、凛とした声が放たれた。

「リョウ君。いい加減何か食べなさい。何日まともに食べてないと思ってるの」

入ってきたのはミチルだった。

手にはスポーツドリンクと点滴セットがある。

「とりあえず、これ飲んで。点滴するから寝なさい」

「・・・・・・・・・・」

ミチルの言葉にも、竜馬は全く反応しない。

まるで彼だけ時が止まったかのように、ごうとも動かなかった。

「・・・・・リョウ君」

「・・・・・・・・・・・・」

「リョウ君」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

ミチルも沈黙し、点滴セットを机に置く。

そして、何かをこらえるように身を震わせた。

「・・・・・しろ」

ぼそっと低く、細い喉から声が漏れる。

武蔵が声をかけようか否か迷っていると、いきなり彼女の顔が跳ねあがった。

「いい加減にしろ!!!」

言うが早いか、スポーツドリンクの缶が竜馬の顔面に直撃した。

ミチルが投げたのだ。

竜馬は無反応だったが、他のふたりはそうはいかない。

青くなって、止めに入った。

「み、ミチルさん!?」

「黙ってて!!もう我慢ならないわ!」

甲高い声は竜馬の背後に流れた。

ついで肉が落ち始めた背中に凄まじい衝撃は走る。

ミチルが中段蹴りをかましたのだ。

普段ならまだしも、今の竜馬は防御すらまともにしていない。

もろに床にたたきつけられることになった。

「やめなってミチルさん!!」

「竜馬は今弱ってて」

「勝手よそんなの!!」

悲鳴のような怒号だった。

ミチルは怒っていた。

薄く隈が浮いた目をつり上げ、血を吐くように叫ぶ。  

「なんでいつまでも閉じこもっているのよ!?つらいのは貴方だけじゃないのよ!?私だって、私だって」

顔を覆い、呻く。

竜馬は床から起き上がり、その姿を見た。

細い肩を震わせ、涙する姿を。

キッと、鋭い視線がふがいない仲間を突き刺す。

「・・・私だって隼人君と一緒にいたかった」

「〜〜!」

その言葉に今まで作り物のようだった顔に感情が宿った。

池に石を投げ込んだように、感情を浮かび上がらせる。

涙に濡れた目が、それをきつく睨みつけた。

「一緒にいたかった。ずっと一緒にいられると思ってた。お別れなんて先のことだと思ってた」

「・・・・・・」

「それがこんなに早く来てしまったのは、すごく哀しいわ。すごく・・・・すごく悲しい」

「・・・・・・」

「だからリョウ君がそんな風になってるのがすごく腹立つ!!」

「!!」

「だって隼人君はリョウ君を助けたくて、武蔵君を助けたくて死んだのよ!?ふたりに生きて欲しかったから死んだのよ!?」

竜馬の胸倉を掴み、激しく揺さぶる。

「・・・自分だけ助かれたかもしれないのに、それでも貴方達を助けたかったから死んだんでしょう?」

「!!」

「これは隼人君の選択だもの。隼人君は後悔してないわよ」

少女のような面差しが泣き笑いと歪む。

「・・隼人君はいつもそう。自分よりも私達のことを優先するの。もっと自分を大切にしてもいいのに」

「・・・・・・・・・・・・・」

「もしかしたら・・・・・・・伝わっていなかったのかもしれないわね。・・・自分がどれほど愛されているか。能力だけじゃない。『彼自身』がどれほど私達に必要だったのか」

「・・・・・・・・・・・」

「変なところで疎かったから・・。他のことはなんでもわかっちゃうくせに」 

きりりと顔を上げた。

「だから貴方にはしっかりと生きて欲しい。・・隼人君が助けた命だもの。粗末にしたら承知しないんだから」

「・・・・・・・・・・・」 

「隼人君って・・・・・・・・・・・勝手よね〜」

「・・・・・・・・・・」

「うぇ・・。えぇええぇ」    

ずるずると、支えをなくしたかのように崩折れる。

子供のように泣きながら。

見れば武蔵も弁慶も泣いている。

竜馬の視界が大きく歪む。

歪みに歪んで、ぼろりと零れた。

一度零れた止まらない。

声を出して泣いた。

皆で声を嗄らして、さんざん泣いた。

 

 

 

 

「なんからしくないよな」

「まあ、そう思うけど。・・・・でも私達の職業柄仕方ないわよね。・・隼人君の遺言でもあるし」

「ゲッター合金を加工したんだろ?壊れる心配無くていいな」

「そうだよな。こいつもゲッターと一緒で嬉しいだろうし」

時間が経ち、ようやくある程度哀しみが整理されてきた頃。

四人の目の前には揃いのペンダントが並んでいた。

それには大粒のダイヤが埋め込まれている。

これはただのダイヤモンドではない。

隼人の骨を使用して造り出した宝石だ。

死んだら墓は作らず、加工して皆で持ち歩く。

数度の人類の存亡の危機を味わい、墓を建てても消し飛んでしまうようなことが何度もあったことから決めたことだった。

まさか本当にやることは仮定してなかったが__。

武蔵がペンダントを見つめながら語りかける。

「隼人。これからもずっと一緒にいようぜ。お前に助けてもらった命だ。大切にするよ」

「見守っててくれよ」

普段装飾品などつけない面々だ。

その点でも戸惑ったが、このペンダントは彼らの戦友だ。

言いながら慎重に首に下げる。

「・・・・・隼人君」

ミチルも同じように丁寧に首にかけた。

そして竜馬は手の中でキラキラと光るとそれを見つめる。

最初はこんな宝石が隼人だと言われても実感が湧かなかった。

だが、今はわかる。

隼人はここにいる。

あいつの気配を感じる。

「・・・・・・隼人」

気のせいだと言われればそれまでかもしれない。

だがそれでもわかるのだから、どうでもいい。

「・・・・・ありがとうな」

思わずそんな言葉が零れた。

ダイヤがまた輝く。

それがこいつの答えのような気がして、微かに笑った。

 

 

 

 

 

またしゃべれる時を楽しみに待ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

fin

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

以前に拝見したかるらさんのサイト『多元宇宙』の『蠢く闇』という話からインスパイアされた話です。

私はハッピーエンド至上なので最後はさらっとまとめました。

本当は最初誰が死んだのかわからないように引っ張ろうかと思いましたが、私の気力が続かず断念(笑)

男の友人に見せたところ、『多分そのうちこんな展開になるだろうし』という評価をもらいました。

・・・・私二度目の隼人死にネタです。

夢の果てはあれ死んでませんから。

隼人って一番早く死にそうなイメージがあるんですよ。

原作では最後まで生き残って見届けることになりましたが・・・。

エンディングは少しあっさりした展開にしてみました。

いや、あまりくどくどやるとなんか違う気がしたので。

・・・どうかな?

でも思うようには書けたと思います。

この話をかるらさんに捧げます。








            ----------*-----------*----------*-------------



 ラグナロクさんから頂きました!

 以前『蠢く闇』をUPしましたとき、他の方に、「隼人が死んで、悲しくないか?」と問われたことがあります。


    「全〜〜然!いつも置き去りにされるよりず〜〜とマシ!!
     それに当サイトでは、必要ならさっさと生き返りますからね〜〜」

    ・・・・・・・・やぁ〜〜、さっさと生き返らせちゃいましたけど(笑)。

  
 ラグナロクさんのミチルさん、おとこまえ〜〜!!
 そうそう竜馬、しっかり生きなさい。隼人はいつでも置いてけぼりにされて、でも生きてたもんね!

  

  ラグナロクさん、ありがとうございました!!