星の林に


                   天の海に  雲の波立ち  月の舟
                         星の林に
  漕ぎ隠れ見ゆ

                           <万葉集>  柿本人麻呂







早乙女研究所から東南東350キロメートルの山中。
小型ジープがかろうじて走れる荒れた山道。
突き当たりに廃寺か?と思われる道場があった。

    -------烏竜館。


    「んじゃ隼人。メシの材料獲ってくるから。」

 麻縄と麻袋を肩に掛けた竜馬が、そう言って出掛けたのは3時間前。
 オレも一緒に行こう、と言い掛けた隼人に、ずびし、と指を突きつけ
    「てめえは休んでろ。ここへは休養に来てんだからな!」




 
                       ☆




事の発端は昨日の出来事。 


 ネオゲッターチームが早乙女研究所に封印されていた真ゲッターロボに乗り込み、恐竜帝国を倒したのは半年前のこと。被害の大きかった街も徐々に復興され、人々は日常生活に戻りつつあった。
 ハチュウ人類とメカザウルスに襲われ破壊された早乙女研究所の再建については、国際社会への遠慮など政府の思惑もあり種々論議が交わされたが結局、早乙女研究所本来の目的であった宇宙開発の一環として、ゲッター線研究も継続を許可された。ネーサー基地の一部に研究室を置くことも検討されたが、万一のことを考えて隔離(もしくは破壊)できたほうがいいとの事で、もとの浅間山に建造された。
 すでに国の防衛機関としての任はネーサー基地に移っていたので、規模としては以前ほど大きなものではなく所員も50人ほどである。真ゲッターロボは再び地下格納庫に封印された。

 ネオゲッターチームは軍人としてネーサー基地に所属しているが、初代ゲッターチームの流 竜馬はすでに一般人だ。戦いの後、自分の道場に戻ったり早乙女研究所に来たりしていたが、パイロットとしての腕は格段に優れているし、武闘家としては他に類を見ないほど凄まじい技能を持っている。そのため橘博士に乞われ、もともとゲッターチームの準パイロットとして共に訓練を受けていた車 弁慶と一緒に、自衛隊員たちの訓練教官としてネーサー基地に招かれている。

 一文字 號は機嫌が悪い。
 その理由が何となくわかっている翔と剴は、困ったように目配せしながら訓練室に向かう。
 鋭い気合が廊下まで届く。
 「・・・・・・・・あのオッサン・・・・・・」
 號のオーラがどす黒い。

 「なんだ、なんだぁ!?今のゲッターは、こんなひ弱な奴でも搭乗できるってか!」
 道場の中央に仁王立ちしているのは初代ゲッターパイロット 流 竜馬。
 積み上げられて山になっている訓練生達。
 「や〜れやれ。平和っていいよな。こんなんがパイロット出来るなんて、さすが隼人の作った防護パイロットスーツやシールドは見事なもんだぜ。」
 挑戦的な眼差しは積み上げられた訓練生に向けたものではなく。
 今、道場に入ってきたネオゲッターチームに向けられている。否、ただひとりに。
 「オッサン、あんたらのときだって、正規と準のチームメンバー以外は乗りこなせかったんだろ?こいつ等が弱くったってしょうがねぇじゃないか。」
 敵愾心、という言葉を余すところなく体現している號に、
 「オッサン、とはご挨拶だな。おれはこれでも隼人と同じ年なんだぜ。おまえは隼人もオッサン呼ばわりしてんのか?」
 にやり、と笑う。
 『あちゃーー!』
 思わず額に手を当てて唸るのは、剴のみならず翔もだ。號が隼人をオチャラケに使われて黙っているはずがない。これで今日の訓練はお流れだな、と回り右してサロンに向かう。ゆったりした空間に先客が一人。
 「おう!」と手を上げる弁慶に、
 「あれ、あちらへは行かれないのですか?」
 「ああ、お前たちが向かうのが見えたからな。」
 「すみません、俺たちが號を抑えれれば・・・・・・」
 「気にするな・・・・・・オレもリョウを抑えられん。」
 お互い同じ立場の連帯感に苦笑する。
 まぁ、今、あちらで行われている訓練という名の喧嘩を見れば・・・・・・誰も3人を咎めないだろう。

 道場からは、いまだ途切れぬ重低音の地響き。


 
 「今夜早乙女研究所で、研究所完成の祝いを兼ねての夕食会がある。」
 今朝のミーティングのあと告げられた言葉。
 「あれ?たしかこの前やらなかったか。政府のお偉いさん達がごちゃごちゃ来ててさ。隼人、お前引っ切り無しに対応に追われてだろ。早乙女博士はさっさと引っ込んじまったし。」
 と弁慶。
 「あれは研究所のお披露目だ。後々のこともあるから関係者に挨拶しとかないとな。今日のは内輪だけの簡単なものだ。ミチルさんは新旧のゲッターチームの親睦を図るとか何とか言ってたが・・・・・・」
 『必要ないだろうに』という表情の隼人に、少なくとも弁慶、翔、剴はため息をついた。
    『誰のせいだと思ってるの?!』     言えず。


 翔が思うに。
 號が隼人に懐くのは無理もない。直接彼から聞いたわけではないが、両親を失い親戚を転々とし、中学卒業と同時に一人で生きることを選んだ號。何の技術も資格も持たない者が簡単に受け入られるほど、社会は寛容ではない。ましてや家も保証人もない未成年だ。地下プロレスの選手になるまでに號が舐めた辛酸は、想像に難くない。もちろん、翔だって甘く生きてきたわけではない。兄・信一を失い、戦士として生きることことを決めたあの日から、翔は隼人の課す地獄のような特訓をこなしてきた。体中痣だらけになり何度も吐いた。それでも。
 自分が少しづつ、少しづつ強くなっているのが実感できた。どれほど辛く苦しい特訓にも耐えることができたのは、自分の行動が正しいと信じることができたから。完全な信頼。絶対的な精神の安定。隼人の指揮の下。
 號にはそれが無かった。
 その日その日暮らしの生活は、號に不安と不満を。利用され裏切り続けられた生活は孤独と絶望を。自棄になって堕ちていくしかないそんな日々な中で。
 だが、それでも號はそんな生活から抜け出そうと足掻いていた。自分が人よりも抜きん出ているものを最大限に伸ばして。自分の力で何かを成したいと体を鍛え続けて。確たる展望もない不安を押し殺しながら。
 そんな號が隼人に出会って惹かれないわけがない。
 何よりも欲していた精神の安定を与えてくれる。
 そして、自分が隼人に依存しているのを知っているから、自分も隼人の助けになりたいと思う。もちろん、それは他のネーサー基地の隊員たちも願っていることだが、號は特にその想いが強い。ようやく得た居場所だけに。対等にはなれいが、せめて頼りにされたい。支えたい。
 だから、竜馬に苛立つのだ。
 リョウはすでにパイロットではなく、隼人と共にはいない。隼人の生活に必要とされているのはネーサー基地の隊員である號たちだ。ゲッターを動かしたのも自分たちだ。
 だが。
 かつて隼人と共にゲッターに乗り込み戦ったのは竜馬だ。その共有した時間が、記憶が、隼人にとっての安定剤になっていることを號は気づいているから。
 翔は幼いころからリョウ達3人のことを知っているから、自分がその立場になりたいと思ったことはない。あの空間は別格で、自分はずっと3人に憧れていたから。いまでも“憧れ”でしかない。
 だが號は。






                      ☆                        ☆



 そのパーティは身内同士の気軽さに、明るい笑いがあふれていた。早乙女博士は橘博士と楽しげに話しこんでいる。リョウと號が敷島博士に纏わりつかれて閉口しているのはご愛嬌。翔はミチルにあれこれ話しかけ、弁慶と剴はご馳走を食するのに夢中だ。
 ふと。
 ゆらりと 隼人の体が傾いだ。

 「おい、隼人!!」
 すぐさまリョウが飛び出してその細身の体を受け止めたとき、反対側からすでに隼人の腕を掴んでいる號がいた。
 「神さん!神さん!」
 悲鳴のような號の声。
 誰もが強張ったまま立ち尽くす。
 「---------ああ、大丈夫だ。」
 ゆっくりと隼人が顔を上げた。
 「ちょっと立ち眩みしただけだ。心配いらん。」
 いつものように苦笑している。だが、その顔色は白さを透り越して蒼く。
 「なに言ってるんだよ、神さん。すごい顔色だよ!」
 「隼人さん、すぐ横になったほうがいいわ。医務室に行きましょう。」
 ミチルが忙しげに言う。
 「おう!おぶってってやるよ、隼人。」
 弁慶が背を向ける。
 「あ、オレ、オレがやります!」
 剴もあわててしゃがみ込む。
 「いや、大丈夫だ。もう平気だ。」
 「馬鹿言ってるんじゃねぇ。引きずっていこうか?!」
 リョウの怒声に號が反応する。
 「病人になんてこと言うんだよ!神さんには指一本触れさせないぜ!!」
 「なんだとぉ!このガキ!」
 あわや掴み合いをはじめようとする2人を、弁慶と剴が引き離す。
 「まあ落ち着きたまえ、2人とも。確かに隼人君の顔色は悪いが、熱があるようにも見えん。貧血だろう。少しソファで休んで様子をみよう。」
 早乙女が仲介する。
 全員が見守る中、決まり悪げに隼人が腰を下ろす。
 「ちょっと寝不足が続いただけだ。このところ少し立て込んでて忙しかったから。」
 なんでもなさそうに説明する隼人に、
 「寝不足ってのはどれくらいなんだよ。睡眠時間が短い日が続いたのか、それとも徹夜が続いたのか。」
 リョウの目が据わっている。誤魔化されないぞ、と。
 「う・・・・・、徹夜はこの3日だけだ。その前はちゃんと仮眠とってたぞ。」
 珍しく目が泳いでいる。
 「隼人さん・・・・・私が一ヶ月前にパーティに都合がいい日を聞いたとき、すぐに今日を指定したわよね。貴方が用事を先送りすることってほとんどないから、あの日から今日まで忙しくて時間がとれなかったわけよね。」
 にっこりと笑みを浮かべているミチル。怖い。
 「そういえば、大佐は明日の午後からドイツの学会に行く予定でしたね。10日ほど。その間の計画書やら報告書やらが部屋に山のようにつまれていましたが、ここの来るのに大佐を迎えに行った時、きれいに片付いていましたね。」
 一週間前は足の踏み場もなかったのに、と翔。
 「まあ、研究所の再建に関してはすべて隼人くんに任せていたが。」 と早乙女博士。
 政府との折衝の数々。研究所の必要性を訴え存続を認めさせ、予算の確保や機器や資材、備品の搬入。工事自体の監督。それらすべてを隼人が行っていた。もちろん、ネーサー基地での日々の業務は疎かにはできず。
 「・・・・・・・・ドイツの学会は他の者に行って貰おう。隼人君は10日間の休暇だ。」
 橘博士が重々しく言う。
 「待ってください博士、急にそんな変更は!」
 思わず隼人も焦る。
 「遠慮するなよ隼人。博士がいいって言ってるんだからよ。」
 「そうだよ神さん。仕事なんか他の人にやらせなよ。」
 「君のことだ。学会での発表に必要な資料とかの書類はすべて整っているのだろう?他の者で十分だ。だいたい君がいつも学会に指名されるのは、学会の後、他の学者たちに個人的な質問や助言を求められるからだろう。いつもそちらに時間を取られているじゃないか。今回は休みたまえ。」
 矢継ぎ早に言われると、さすがに隼人も反論できない。確かに発表に必要な書類は揃っているし、他の者でも問題なく済ませられる。今回はボン大学のヴォルフ教授に研究室に寄るよう言われていたが、あの教授は興が乗ると一日引っ張られるからな。断りのメール入れておくか。ああ、ベルリン大学のハッセル博士にもな。博士の実験を見せてもらう予定だったから、少しヘソを曲げられるか・・・・埋め合わせ考えておかないとな。だが、10日間空くならちょうどいい。この間から気になっていた懸案がいくつか片付けられる。そうしたら少し時間ができるから、例の有毒産業廃棄物処理についての・・・・・・・・
 「ストップ!」
 ぐいっと隼人の目の前に指が突きつけられる。
 「今、何考えていたか、当ててやろうか?」 
 リョウにギロリと睨まれ回りを見回すと、不機嫌そうな顔・顔・顔。
 「おまえな!休養するためにドイツ行きやめるのに、次の仕事考えてんじゃねえ!」
 「これではとても基地では休ませれないね。」 
 橘博士が困ったように言う。
 「早乙女研究所でもむりだろうな。」
 「いっそのこと隼人さん。温泉にでも行ったら?」
 「いや、ミチルさん。」
 あわてて隼人が遮る。なんでそこまで言われなきゃならないんだ?俺は病人ではないし、子供でもないぞ。
 「過労には温泉が一番よ。」
 いや、だから。ちょっと立ち眩みしただけであって。
 「おれ、付いてく!!」
 號が叫ぶ。
 「な、オレがボディガードとして付いてくよ。」
 「なに言ってやがる。ガキが温泉なんざ、10年早ェ!」
 「ちょっとちょっと待てって!」
 また掴み合いかけた二人の間に弁慶が入る。
 「だが、隼人くんのことだから、お目付け役は必要だな。ちょっと目を離すと、すぐ仕事をする。」
 「仕事しようにもパソコンとかの通信手段とか機器の使えないところがいいですね・・・・・休んでいるしかない、う〜んと不便なところとか・・・」
  『・・・・・・・・ひとこと言わせていただければ、貴方がたがもう少し所長としての仕事をしてくだされば、問題は解決するのですが・・・・』 
  隼人のみの言葉にあらず。
 「じゃあ隼人、俺んちに来いよ!」
 「リョウくんの?」
 「ああ。町中に借りてる道場じゃなくてさ。山ン中の烏竜館だ。電気もガスも水道もないし、携帯電話の電波も届かねぇぜ!」
 いや、いばって言われても。どんなところに住んでるんだ、この人。
 翔や剴の引いたような顔に気づかず、「うん、いい思い付きだ」とリョウはご機嫌だ。
 「なに言ってんだよ。携帯も入らないって、緊急の場合はどうすんだよ!」
 真っ赤になって怒鳴る號に、
 「コレがあるさ。」
 腕を高く上げる。
 「コイツなら、地球の裏側にいたって届くさ。」
 たくましい腕に取り付けられた時計型通信機。
 いつでもどこでも、どんなときでも、3人を繋いだ ソレ。
 號はフッと顔を背ける。
 自分が欲しかった---------モノ。
 「そうだな、そういうところなら隼人君も仕事できずに休めるだろう。」
 「リョウ君なら、隼人君を抑えられるしね。」
 満足そうな早乙女博士と橘博士。隼人の観念したようだ。
 再び会話が飛び交いだした中、翔と剴はそっと視線を向ける。
 號が唇を噛んでいた。


 翌日。午後からリョウと隼人は烏竜館に向かった。3日間の休暇。当然10日間の休めとリョウは言ったが、戻ってからの仕事量を考えると3日が限度だろう。ドイツに行ってさえ、パソコンで指示し、基地の仕事をする予定だったのだから。さすが省エネタイプ、ゲッター線は効率的なエネルギーだ。(なに、それ?)

 烏竜館へは號が絶対ネオイーグルで送ると言い張るので、翔はネオジャガーで竜馬を送る。ネオイーグルに3人乗れないわけではないが、(闘いのときはちゃんと3人乗っていた、ぎゅうぎゅうだったけどね。博士とリョウと隼人と)竜馬と號を一緒にすると隼人の胃が持たないだろう。いや、こういう点は鈍いから煩がるだけか。
 翔は竜馬と面識があったとはいえ、子供の頃だし、たまにだったからよく覚えているわけではない。ゲッターから離れたリョウと再会したのはついこの間。早い話、教官としての付き合いだ。だが、リョウはよくしゃべった。ネーサー基地から烏竜館に行くまでの短い時間、ネオジャガー号の中で。自分たちがゲッターパイロットであったときのことをずっと、懐かしそうに、楽しそうに語った。あの頃の自分たちを知っている人間というだけで、翔にはすっかり気を許して。
 だから翔には解ってしまった。
 リョウがどれほどゲッターチームに居たかったかを。
 父親に武術だけを教え込まれた人だと聞いていた。今向かっている山の中。年の近い子供どころか、人間は父親しかいない特殊な環境で。ただひたすら強くなることだけを押し付けられた人。強くなれ、強くなれ。だが、その力を必要とする対象も持たぬまま。強くなれ強くなれ。求められたのは強さであって、ソレを生かせる手段は知らず。不安と孤独と絶望と。リョウと號は似ている。
 ゲッターがなければ竜馬の半生は無駄だったかもしれない。それを一番身に沁みて感じていたのはリョウ自身だったのだ。そのリョウの不安を一掃し、君の存在は神の恩恵だとばかり諸手で受け入れてくれた場所。それが早乙女研究所、ゲッターチーム。リョウが憎めるはずがない。
 だが、リョウは憎むことに決めたのだ。武蔵を失ったから。どこよりも自分の居場所だと信じていた研究所。あまりにもそこはリョウにとって聖域だったのだ。だから許せなかった。武蔵を見殺しにしたゲッターを。
 戦いで失ったのならまだよかった。相手の命を取る分、自分たちも覚悟はできていた。だがあれは。
 ピクリとも動かなかったゲッター。信じていた想いの大きかった分、リョウは許せなかった。
 唯一無二と信じていたゲッター。
 疑心に満ちた自分はもう、ここには居られない。
 リョウは去った。それを悔やんではいなかったけれど。

 リョウは號に嫉妬している。おそらく號と同じ感情で。
 號が自分には手の出せない隼人の過去、リョウを羨むように、リョウもまた、自分を必要としないネオゲッターチームを羨んでいる。特に號に向かうのは、號が自分の位置を引き継いでいるから。
 ずっと隼人は一人で戦っていた。
 リョウがゲッターチームを捨ててからも。
 ゲッターを捨てたのはまだいいが、自分は地球の平和も見捨てたのだ。武蔵が命を捨てて守った平和。
 その事実が今もリョウを苦しめている。
 別れた後、隼人はランドウとかいうやつと遣り合って平和を守った。それを知ったとき、リョウは頭の中が真っ白になった。自分は何をしていたのだろう。武蔵を見捨てたゲッターを許せなくて離れたけれど、武蔵が守った平和を見捨てていた自分。いや、あのときは見捨てたなんて思わなかった。恐竜帝国は滅び、これから先平和は続くとばかり思い。
 だが、それは詭弁だ。現に新たな敵は現れ、隼人は守りきった。
 その事実がリョウを苦しめた。自分は何をしていたのだろう。ただ拗ねて。武蔵の死と想いを無駄にして。
 だから今回、再度恐竜帝国が襲ってきたのを知ったとき。研究所に駆けつけたのだ。二度と後悔したくなかったから。隼人も博士も当然のように受け入れてくれた。だが。
 自分の居ない間に隼人の頼りとなっていたネオゲッターチームに嫉妬した。そのパイロットに。
 理不尽なのは自分でもわかっていた。リョウがいない間隼人は一人で戦いそして重傷を負った。もう二度とゲッターで戦うことが叶わぬ大怪我。
 冷静に現実を見極める隼人が新たなチームを作るのは当然だったけれど。
 そこに自分の場所がないことが辛かった。離れたのは自分だと言い聞かせはしても。
 本当は。
 いつでも共にいたかった。

      早乙女研究所の
                  あの       空間。





         
                           ☆



 さすがに3時間は長いと思う。もう日は暮れている。ここは山の中だから、日の暮れるのは早いとしても。
 食料を捕りにいったリョウがまだ帰ってこないのは何故か。今は秋。獲物はたくさんある。ずっとここで暮らしていたリョウが、獲物の居場所を知らないというのも信じられないし、崖から落ちたり怪我したりなんてもっと考えられない。落ちても怪我はしないだろう。とすれば、嬉々として獲物を集めているのか?二人分だぞ?弁慶がいるわけじゃなし。
 博士たちに持ち物検査されて、(オレは中学生か?)仕事に関するものは一切持ってこれなかった。ノートとペンも却下されたぞ。まぁ、頭の中にメモすればいいことだけど。ここまでお膳立てしてくれたのだから、3日間ぐらいは我慢しよう。10日間では絶対仕事するが。(休めといってくれるが、仕事を代わりに片付けてくれるわけではないからな。)
 リョウは何もするなと言っていたけど、ずいぶん部屋は汚れている。武道場は、たまに来る弟子たちが掃除しているようだが。四天王とか自称しているらしい。ふっ、あの程度で?
 とにかく、寝るには汚い部屋だから掃除した。押入れの布団もかび臭いから干しておいた。風呂を満たすために井戸から水を汲み。薪はあったから火をつけ風呂を沸かす。まるで江戸時代だなと可笑しくなる。そして・・・・・・少し辛くなった。今でこそアイツは町で道場を開いているが・・・・・・・・それまでアイツはどんな想いでここにいたのだろう。ただひとりで、黙々と技を鍛えていたのだろうか。
 あのときは何も言わずに別れた。お互いが選んだ道が違えたのは仕方ない。オレはオレで、アイツはアイツで。だから選んだ道を悔いたことはないが、アイツはどうだったのだろう。悔いがなかったのならよいのだが。

 隼人は外に出る。薄闇に山々のシルエット。
 しばらく見上げていたが、ゆっくりと視線を戻すと道場に戻った。
 早く帰って来い、リョウ。熊はいらんぞ。


 
 やっぱ、熊もあったほうがよかったかな。岩魚と雉とイノシシを担ぎながらリョウは呟いた。熊の肉は硬くて不味いけど、たしか漢方薬に『熊の胆』ってあったよな。熊の胆って胃か?肝か?生でもいいのかな。やっぱり、焼いたほうがいいか。隼人は小食とは言わないが、あまり食事に関心を持たないから忙しいとすぐサプリメントとかで誤魔化してるからな。ここにいる間に栄養のあるものをたっぷり食べさせてやろう。よし、明日は熊を獲ってこよう。土産に持たせてもいいな。



 意気揚々と獲物を抱え、明日は熊を獲ってきてやるな、と嬉しそうに言うリョウに脱力した。
 いったいお前は何人分の、何日分の食料を捕ってきたんだと、文句を言いつつ捌いて。じゃあ食うか、という頃にはすでに真夜中になっていた。オレはたしか休養に来ていたはずだが、と思いながら隼人はリョウと酒を酌み交わす。
 秋も深まりつつある山中は冷気も厳しく、囲炉裏に鍋をかけ岩魚を串に刺す。ゆらゆらと赤い炎。
 「・・・・・こんなふうに暖を取るために火を使うのは懐かしい気がするな。研究所や基地は冷暖房完備だし、火といえば火炎放射器やエンジンの発射、事故機の炎上とかだからな。」
 「 おい、しみじみと物騒なこというな。」
 眉をひそめるリョウ。
 「お前は子供の頃ずっとここにいたんだろう。どんな生活していたんだ?」
 「どんなって・・・・・とにかく修行ばかりさ。山ん中走り回されたり、崖から突き落とされたり、岩を割らされたり。ガキの頃は本当に辛かった。冬は水の冷たさに皮膚が切れるンだ。治る前に次々切れてくし・・・・・・そうだな、今から思うと、どうだったんだろ。親父は親父自身が強くなりたかったのか、オレを強くしたかったのか。」
 生きるためには強さが必要だと言いつづけた親父自身は、その鍛えぬいた力を何の形にすることもなく死んだ。ゲッターの存在も恐竜帝国の存在も知らなかった親父。何のために究極の力を追い求めたのだろう。
 父親が死んだあともリョウはここで修行を続けていた。これが何になるかと苛立ちながら。どれほど強くなっても、その力を生かすことができなければなにもならない。焦りと不安。紛らわす為にがむしゃらに体を鍛えた。
 ゲッターを離れて再びここへ戻ってきたとき。
 もう修行に何の意味もないように思えた。どれほど強くなったとしても、それを使うことがないなら何もならない。生きていくだけならば、ほんのわずかの力で事足りる。2年間、ただノルマをこなすだけのような修行をしていた。
 北極でランドウとかいうヤロウが世界征服を企てていたと知るまで。
 それを隼人が阻止したと知るまで。
 何をやってたんだ、俺は。
 武蔵の死を無駄にしたんじゃない。武蔵の「生」を無駄にしようとしていた。
 今ならまだ間に合う。再び何かがあったときオレ自身が、もしくはオレの代わりとなる人間を鍛えて、この地球を担う一手となろう。
 そう思って町に出て道場を開いた。残念ながらオレの跡を継げるような奴はまだ見つからないが、今は自分も戦える。年を取るまでになんとか丈夫な奴を見つけ出して鍛えてやろうと思ったのに、また隼人が先に見つけ出していた。正直へこんだ。だが、今回は自分も間に合った。早乙女博士を助け、真ゲッターが敵の手に落ちるのを阻止できたのだから良しとしよう。號の戦力はまだまだオレには及ばない。隼人の代わりに鍛えてやろう。もちろん、號より才能のある奴も探してやる。
 リベンジだ!
 だんだん顔色が暗くなって、落ち込んだように黙り込んだリョウに、声を掛けた方がいいのかと気になった隼人だが、急に気合が入って悪巧みするときのようにほくそ笑んだ顔に、『なに考えてんだコイツ。』
 「そうだお前は?おまえはどんな子供だったんだ?」
 急に元気になったリョウ。
 「というか、お前にも子供時代はあったよな。」
 つい確認する。
 「当たり前だろが。生まれてすぐ大人になるか。」
 そりゃ人間はそうだが。ロボットは完成体から即・・・・・・
 思考が素直に顔に出るのも問題だな、リョウ。ポーカーフェイスしろとは言わないが。先に常識を頭に入れろ。
 いや、隼人が「常識」といったら、首をかしげるのはリョウだけではないはずだ。
 「取り立てて変わった子供でもなかったぞ。今とあまり変わらないと思うが。」
 それが世間一般では「変わってる」と言うんだぞ。今の隼人のミニチュアと思うと恐ろしい。
 不毛な話題は変えようと、隼人のコップにに酒を注ぐ。岩魚もキレイに焼けている。
 「ところで隼人。おまえ、ずっとネーサー基地にいるつもりか?科学者辞めて、将来は政府の首脳陣とかになるんか?」
 「なんだ、それは。」
 「いや、ほら、防衛庁長官とか、大臣とか。」 
 「なんでそんな面倒くさいものにならなきゃならないんだ。酔っているのか、このくらいで。」
 言いつつリョウのコップになみなみと酒を注いでやる。
 「酔うかよ、こんくらいで!いや、お前の来客とか対談相手の肩書きをみるとさ、国内だけでなく海外でもお偉いさんばかりだろ。何せ、俺だって知ってる名前がごろごろしてるからさ。政界に誘われてもおかしくないとおもってな。」
 「誘われてはいるが、行く気はない。世情が落ち着いて、国防システムも整えたら俺の用事はない。ネーサー基地の司令官は他の者にまかせて軍は辞める。俺は俺のやりたいことをやる。」
 「やりたいことって?ゲッター線研究か?研究所に戻るのか?」
 早乙女博士の跡を継ぐ者。
 「まず、地球の環境保全問題だな。ハチュウ人類を無理やり追い払っておいて地球を死なせたら、詫びのしようもない。無公害エネルギーの問題だけでなく浄化についても考えている。」
 「それが望みか?」
 ちょっと意外。いや、隼人らしいといえばそうなのかな。
 リョウは岩魚に齧り付きながらそう思った。コイツは案外地球を愛している。
 「いや、それは問題解決の手助けができれば、ということだ。俺だって、とても10年や20年で結果が出るもんだとは思っちゃいない。」
 隼人はぐいっと、一気にコップの酒を飲み干す。


      「 恒星間航法だ。 」




 満天の星。

 届かぬ高さにあるその光は。近づいてみればただのガスの塊でしかないとしても。
 その光に属する惑星には、どんな生命があるだろう。


 「・・・・・それはその・・・・・・宇宙開発というやつか?」
 ほどよくアルコールの入った体はまだ温かいが。冷えた夜気の中で吐く息は白い。道場の看板にもたれて問うリョウに、
 「開発じゃない。探検、いわば冒険かな。」
 返された言葉に目を見開く。
 「冒険だって?!」
 「ああ。利益や成果を求めるんじゃなくてな。あっちこち気ままに星を覗いてみたい。」
 「・・・・・・・おまえ・・・・・・」
 「ゲッターロボのように一体のロボットが3通りの体形にになるのは合理的だし、分離できるのも小回りがきいていい。探検にはもってこいだ。ただ宇宙は広いからな。恒星間航法を得ない限り、隣の星系に行く前に寿命が尽きてしまう。」
 「オレ・・・・・・・おまえがそんな無鉄砲やる奴とは思わなかった・・・・・・・・」
 「地球のためとか、人類のためとか、そんな他人に対して尽力をするほうが、本来オレには似合わないがな。」
 にやりと笑う。
 そう言われてみると。たしかにそうだ。コイツはもともとテロリストだ。ゲッターに乗り込んでハチュウ人類と戦ったから人類の味方だと思い込んでいたが。反社会的な凶悪人間だったっけ。更生したのかと思っていたが、優先順位が変わっていただけだ。まず、生存。次に趣味。(おい!!)
 「いいなあ、隼人。凄くいい!!オレも行くぜ!」
 リョウがバンバンと隼人の背をたたく。
 遠慮ない痛みに顔を顰めながら、
 「行くったって、すぐじゃないぞ。肝心の航法がわからないんだ。10年かかるか20年かかるか、それ以上か。」
 「待つさ!それにお前のことだ。きっと10年もかからず発見するさ。」
 満面の笑みで言い切る。
 「・・・・・・・なんの根拠もない信用、ありがとよ。」
 あきれたように呟く隼人を無視して、リョウは両手を大きく広げて宙を見る。
 行くのだいつか、あの宙へ。
 未知の世界、オレの力をぶちかませる世界へ!!
   
         「 行こうぜ、隼人。 」




    
                    ☆                ☆ 




 ネーサー基地では弁慶が訓練の指導に来ている。拗ねて不機嫌な號を抑えるには、とても翔や剴だけでは無理だということで。
 それほど基地の全員をびびらせた號だが、ふしぎとこの3日間上機嫌で訓練を受けている。首をかしげる翔たちだったが、下手に尋ねて機嫌を損ねても厄介だ。隼人が帰ってくる3日目になって、やっと皆な肩の力を抜く。ここまで持てばもう大丈夫。たとえ暴れだしても隼人が帰ってくればすぐ収めてくれる。ああ、それよりも隼人を迎えにやらそう。基地においとかないほうが安全だ。
 「翔、神さん迎えに行くぞ。お前は流のオッサンな。」
 だ〜から。大佐と流さんは同い年だって。また噛み付かれるぞ。と思いながら。
 「だが號。おまえ、ずいぶんこの3日間機嫌がよかったじゃないか。もっと拗ねると思っていたが。」
 「へ、へ〜ん。ガキじゃねぇよ。」
 いや、ガキだ。思ったのは剴だけではない。
 「大佐を送っていったとき、なにかお駄賃でも貰ったか。」 
 なかなか鋭い翔。
 「へへッ、あのな。」
 声を潜めて。
 「神さんに、今度休暇を取るときは一泊でもいいから俺を連れてってくれって頼んだらサ。」
 おい、そんなこと頼んだのか、と咎める翔たちに構わず、
 「そうしたら、いつか恒星間航法とかを手に入れたら宇宙探検に行くから、そのときは連れて行ってくれるって!期限なしの休暇だってさ!!」
 少女マンガの主人公のようにキラキラした目。
 「ゲッターロボも積んでいくんだ。あれならどんな星だって探検できるぜ!それに流のオッサンにはまだ話してないって言ってた。」
 おい、大事なのはそっちかよ。
 

   荒唐無稽な話だけれど。

  いつか、そういつかきっと あの人は行くだろう。
  あの人が追い求めるのは

   夢ではなく、目標だ。




                       ☆



 「ゲッターを動かすには3人いるからな。やっぱ、弁慶も連れて行くか。」
 「號も行きたいと言っていたから、何とか3人にはなるがな。」
 「ああ?おまえ、號に言ったのかよ。いつだよ!」 
 「こっちに来るときだ。」 
 「オレより先に話したのかよ。」
 「何か不都合あるか?」
 「・・・・・・・・・順序ってもんがあるだろ・・・・」
 「?おまえが一緒なのは前提だったからな。」
 「!!」





        ---------*---------------*---------------*-----------     



   ラグナロクさん、10500番リクエストです。

   お題は   「ネオゲで本編終了後、仲がいい隼人とリョウ  」

 ありがとうございます。いつもリョウに置いてけぼりにされて泣いている隼人に代わりまして深くお礼申し上げます。
 って、隼人を苛めているのは誰でしょうね。あはは。

 この度、ラグナロクさんのチェンゲの後話をご好意により頂き物のページに飾らせていただきました。
 嬉しい限りです。これからもよろしくお付き合いくださいませ。
               (2007.3.10  かるら   )