陽だまりの追憶 1
アメリカ合衆国 カリフォルニア州サンディエゴ。アメリカ海兵隊基地。
迷彩色の服に鍛え抜かれた肉体を包んだ一団が、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。
アメリカ軍特殊作戦部隊のグリーンベレーやネイビーシールズに匹敵する、戦闘・射撃・爆破の実力を持つ、海兵隊武装偵察部隊リーコン。
通称フォース・リーコンの面々だ。
彼らの視線の先には三人の男達が居る。いずれも23・4歳くらいか?
「・・・・・というわけで、今日から一ヶ月間合同訓練することになった。短い期間だがお互い切磋琢磨してもらいたい。」
上官はぐるりと周囲を見渡す。自分の部下達は彼等を歓待しようと手ぐすね引いている。まあ、血の気の多い奴らだ。注意しても無駄だろう。
「では、午後から第2演習場に集合だ。以上。」
さっさときびすを変えて去っていく。あとのことは見て見ぬふりを決める。
くちゃくちゃとガムを噛みながら、三人の兵士が男達の前に立つ。
「フォースリーコンにようこそ、オ・キャク・サマ」
大柄で見るからに屈強なレスラーもどきの兵士が、「お客様」の中でも一番がっしりとした男の前に立つ。その隣の先ほどから物珍しげにキョロキョロしていた無邪気そうな、かつ精悍な面構えのお客様の前には、女性兵士の中でも一番アブナイと言われている美人が。そして細身のせいか、その身長がさらに日本人離れして高く見える無表情お客様の前には、部隊一の格闘技術を持つ兵士が立つ。
握手を、と手を差し出してきたその瞬間。
「バシュ!!」
「きゃあ!」
「!う、うぎゃあ!!!!」
全員が目を見張った。
力自慢の兵士の重いパンチを平然と受け止めている男。
急所を狙った女性兵士の鋭い蹴りを、予備動作もなく2メートルほど飛びあがって避けた男。
呻き、脂汗を流しながら肩を押さえてうずくまる兵士を見下ろす、男。
「お、おい、大丈夫か?!」
我に返った兵士達が仲間に駆け寄る。
「きさま!なにしやがる!!!」
「あ〜〜大丈夫、大丈夫。肩が外れただけだ。折れちゃいねぇよ。」
思わず無表情男に詰め寄ろうとした兵士に、当人ではなく横から返事がくる。
「おら、・・・よっと!」
「うぎゃあ!!」
もう一度絶叫の後、肩を入れ戻された兵士が呆然とする。
「な、もう平気だろ!」
「あ、ああ。」
「ま、こいつはちっとばかし融通がきかなくて過激だけどよ。俺と弁慶は冗談は好きだぜ。よろしくな!」
無表情男の肩に腕を回してリョウが笑う。
「そうそう、隼人にちょっかいかける命知らずはリョウぐらいだ。」
弁慶は自分にパンチを繰り出した兵士に笑って、
「いいパンチだな〜〜まだ手がジンジンするぜ。」
「あ、おう。お前もすごいな。ピクリとも動かずに受け止められたのは初めてだ。俺はウィルソン。よろしくな。」
リョウに避けられてたたらを踏んだ金髪美人も、
「私はジェ二ファーよ。リョウ、貴方ってイカシテるわ!」
バチン!とウィンクされる。
「あら、ジェニフアー、一人じめは駄目よ。私もリョウが気に入ったわ。」
リョウに向かい、
「ルイーズよ、リョウ。」
「やあ、さすがゲッターチームだな。いや、ジャックから凄いとは聞いていたけど、俺達リーコンに比べたらどれほどのことがあるかって思ってさ!。」
「そうそう、メリーからも聞いていたんだけどね〜〜。」
「見た目、あんまり強そうじゃないからな。」
「あん?なんだよ。強そうだろうが!」
和気あいあい。先ほどまでの陰険な空気は見事に払しょくされ、お互いに固く握手を交わす。
「え〜〜と〜〜〜〜」
握手すべきか否か。あと一人いるのだが。
最初に手を出す勇者(?)はいない。
「おい、隼人。仏頂面してないで握手しろよ。これから一ヶ月、仲良くすんだからよ!」
「・・・・・仲良く、か。」
ふっ、と可笑しそうに呟くと、隼人はすっと手を差し出した。
「あ、おお、よろしくな。」
リーコンの面々が慌てて握手する。かるく素早く速やかに。
「そんなにビビらなくたって大丈夫だぜ。そうそう噛みつきゃあしないさ、なあ隼人。」
ポンポン肩を叩きながらリョウが笑う。
「そうだな。この一ヶ月、お互い協力していかないとな。」
「お、珍しいじゃねえか、隼人。お前がそんなふうこと言うなんてさ。」
ちょっと驚くリョウに。
「俺は今回、演習内容の立案にも携わっているんでな。皆の協力が必要だ。」
「そうか、なら任しとけ。全員一致で協力するさ、なあ!!」
リョウの声に
「ああ。そのための合同演習だからな。」
「俺達フォース・リーコンの実力を見せつけてやるさ!」
「こちとらプロの軍人だからな。いくらゲッターチームといえど専門に戦闘訓練を受けたわけじゃないだろ?」
暗にロボット無しではたいしたことないだろうと含んでいる。フォースリーコンの隊員になるのは選りすぐりの海兵隊員だ。地獄の訓練を生き抜けた自負がある。しかもここにいるメンバーは、リーコンにおいてさえ『クレージー』と呼ばれる小隊だ。
「言いやがったな。おもしれぇ、さっそくお手並み拝見といくぜ!!」
「おうよ、昼から楽しみだ!」
「じゃあ、まず寮に案内するぜ。荷物は着いてるんだろ?」
「片付けが済んだら着替えてメシに行こう。ここの食事はなかなかイケるぜ。」
「へえ、そりゃーあ楽しみだ!」
皆に囲まれながら嬉しそうに歩いていくリョウの後に続きながら、弁慶はボソッと呟く。
「あ〜〜あ。こいつら言質取られやがったな。これじゃどんな訓練内容だって文句言えないぞ。隼人が立案するって言うのに・・・・」
ちらっと後ろを歩く隼人を見る。
変わらぬ無表情だが、微かに口元が笑っている。(ように見える。)
リーコンのメンバーだから、地獄のような訓練でもこなすだろう。ということは、地獄以上の訓練が課されるわけだ。地獄以上ってなんだっけ?煉獄?う〜〜ん。
昼飯は控えめにしよう・・・・・・・・
「バカな!!そんなことが出来るものか、たった2秒でこの連動式の地雷原を抜けろっていうのか?!」
演習場に怒声が響く。
「無理ではないだろう。ちゃんとお前の運動能力のデータに基づいている。」
「そのタイムは俺の自己最高記録だろうが!」
「そうだ。」
小隊一の速さを誇る隊員が顔を真っ赤にしている。対する隼人は平然としたものだ。
「2秒で走り抜けば地雷は爆発しない。そしてそこにあるスイッチを切ればいいだけだ。」
「だ・か・ら!ここは整備されたグラウンドじゃないんだ!途中でつまづくことだってあるかもしれないじゃないか。そんな危ない賭が出来るか!」
「賭?」
隼人の目がすぅっと細くなる。
「い、いや。俺だってこれが本当の戦闘で!これしか手立てがないって言うんならやるぜ?でも、こんな訓練で、命を落とす恐れがあるようなことは・・・・・・」
全員黙っている。確かに兵士として、作戦に従わないのは許されない。しかし、訓練でこのような危険なことを命ぜられても・・・・
「わかった。この役はしなくていい。代わりに3週間で自己ベストを0,1秒縮めろ。」
「無理だ!そう簡単に縮まるわけが・・・」
「つまづくおそれがあるなら、そうすべきだろう。」
淡々と告げられたが、隊員は羞恥で真っ赤になった。
「2秒で抜けられる者が居ないとなると・・・・・リョウ、お前がやれ。」
「あん?いいけどよ。俺じゃちょっとタイムオーバーするぜ。地雷は爆発してもいいのか?」
「かまわん。模擬基地への侵入、破壊工作がこの演習の目的だからな。」
「オッケー。」
「ちょ、ちょっと待てよ。地雷が爆発してもいいって、そんな。」
リーコンの隊員、ジョンがあわあわと言いかける。
「予定では地雷原を通り抜け、地雷のスイッチを切った後に全員が基地に入るつもりだったが、地雷を爆発させてから入ってもかまわない。連動式だから不発もないだろう。安心して続け。」
「いや、そうじゃなくて、リョウのことだよ!爆発に巻き込まれたらどうするんだ!」
至極まっとうな意見。のはずだ。
「あ、気にすんな。大丈夫。」
「はあ?だってリョウ、お前、タイムオーバーするって。」
「や、だから巻き込まれっけど怪我しねえから。心配すんな。」
「な、何言ってるんだ?おい、弁慶。リョウは言葉の意味、わかってるのか?」
「う〜〜ん。難しい単語やややこしい言い回しはわからんだろうけど。これくらいの英語は理解出来てるはずだぜ。」
「なんだと、弁慶。おまえ、偉そうに!英会話はおれとどっこいじゃねえかよ!!」
「次の説明にいくぞ。静かにしろ。ジョン、リョウのことは心配ない。あとでわかる。基地に入ってからの行動を指示する。相手は3個小隊だ。敵を倒し情報を手に入れ、偽の情報でコンピューターを撹乱させ・・・・・・・・・」
次から次と映し出される画面。全員必死に頭に叩き込んだ。
リョウは見事にやった。基地間際で爆発し始めた地雷。その爆風も土砂もさらりとかわしながら基地の入り口に到達する。3個小隊を相手の破壊工作も予定通り。
「でも何で足もとで爆発しても怪我しねえんだよ!!」
ジョンは信じられないと首を振る。
「だからよ、爆発したなって思ったときに飛び退くんだよ。」
「出来るか、普通!!」
皆、うんうんと頷く。
「ねえ、弁慶も当然って顔してたじゃない。弁慶もあんなこと出来るの?」
「うぷっ!」
昼の分までもと飯をかっ込んでいた弁慶が詰まる。
「俺をリョウや隼人と同じ人外だと思わんでくれよ。俺は普通人なんだ。」
「ということは、隼人が参加してたらリョウの代わりが出来たってことね。今回は指揮官室にいたけど。」
「隼人が演習に参加してたら、最初の予定どおり地雷原を走り抜けてスイッチを切ってたさ。あいつなら2秒もかからない。」
『え?』
「あのさ・・・・・」 ジェニファーがおずおずと問いかける。
「リョウと隼人って、どっちが強いの?」
「そりゃもちろん俺さ!」 リョウが胸を張る。
「へへっ!そう言いたいところだけど、どっちかな。」
「格闘技術はリョウに軍配が上がるんじゃないかな。大差ってわけじゃないけど。その分、頭脳が関係してくることについては隼人に軍配があがるな、大差で。」
「おい、大差ってとこ、強調しなくていいだろが!」
「今日の演習でも基地の破壊工作っていったらリョウのお得意だろうし、基地の乗っ取りといった作戦なら隼人の独壇場だろうな。」
「・・・・・・・なんか、よ〜〜くわかった。」
「でも、今日は楽しかったな。またこんなのやんないかな。」
にこにこと笑っているリョウ。敵想定の3個小隊の3分の2をひとりで倒した。それも素手で。全員を倒さなかったのは無線でストップがかかったからだ。いわく、
『お前ひとりで片づけるんじゃない!!演習って言っただろが!』
怒鳴られたリョウはブチとブチと
「ふん、だ。お前だって此処に居たら全部片付けたろうにさ・・・・・」
呟いていたのをみんな知っている。
「今度は大隊でやってくんねえかな〜〜〜」
「そうそう、同じことばかりやっていられるか。」
「お、隼人。」
嬉しそうなリョウの声に、リーコンのメンバーは思わず姿勢を正す。
「隼人、今からメシか?」
「いや、少佐達と軽く食ってきた。」
「なあ、明日は何やるんだ?今日の、面白かったんだけどな。」
「お前がひとりでどんどん片づけていったおかげで、上がちょっと気分を害してな。」
「えっ、なんかまずかったか?」
焦ったリョウに
「海兵隊が誇るフォースリーコンがなんという様だって、カンカンさ。」
ゲ!と周囲のメンバーが蒼ざめる。
「3日ほどビッシリ鍛えなおすそうだ。お前も格闘技指導してくれってさ。」
「いいなあ!よぉし、やるぞ!」
大張りきりのリョウ。リーコンのメンバーも仕方ないかと顔を見合わせる。確かに今日の自分達は情けない。海兵隊のエリートと、少し思いあがってもいたようだ。リョウの指導はキツイだろうが、得るものは大きい。あの無駄のない動き。しなやかで、かつ鋭くて。今回は味方だったから思わず見とれていた。
「ご指導ご鞭撻頼むぜ、リョウ。」
「おうよ、任せとけ!」
「お手柔らかにね、リョウせんせv」
けらけらと笑い声が上がる中、弁慶は冷静に考える。なんで隼人がわざわざ言いに来たか。食事はすんでいるし、明日発表すればいいことだ。必要のないことを隼人がするとは思えない。必要なことさえ言わないことが多いのに。
今日、みんなはクタクタだ。ゆっくり安眠するに越したことはないが。心の準備というのも大切だろう。
「隼人、お前は明日も上官達と作戦会議か?」
「いや。明日はおれも『先生』さ。」 さらり。
「お、そうか!じゃ、俺も気合いれなきゃな!」
嬉しげなリョウに。
「ああ、俺も気合入れてやるさ。」
「へえ、お前が張り切るなんて珍しいじゃないか。」
「ご褒美があるんでな。」
「ご褒美?」
「3日めに総当たり戦をやって、その結果を踏まえてチームを組みピクニックだ。」
「え、どこに?」
「アマゾン川流域のジャングルで2週間のサバイバル。」
「なんだって!!!!」
先ほどから顔面蒼白になっていた面々が、止めとばかりの『ご褒美』にぶっ倒れる寸前だ。
「アマゾンか、いいなあ!!俺達は三人一緒なんだろ?」
浮かれながらも一抹の不安を浮かべるリョウに
「指導を手抜きしなきゃな。」
「もちろんだ。ガンガンやるぜ!」
弁慶は不思議だった。隼人は別に海兵隊やフォースリーコンに何の恨みもないだろうに、これほど苛めるのは珍しい。もともと隼人は怨恨や嫌悪の感情は希薄で、どちらかというと、「邪魔」か「邪魔ではない」といった二者択一方式だ。(それもどうかと思うが。)
まあ、苛めといっても個人攻撃するわけではないし、確かに訓練範囲だと言える。その証拠に兵士達の腕も短期間にしてはずいぶん伸びた。そのぶん、顔色は酷いものだが。俺達が帰ったら休暇申請がドッと出されるだろうな。
最初の演習と訓練で一週間。アマゾンでのサバイバル(ピクニック)が2週間。最終の一週間は特に目新しいこともなく通常の訓練となっている。リョウは小隊のみんなにモテモテで、こっちにくる前に英語での日常会話練習に根をあげていたのが嘘のようだ。(おれも。) もっとも早口でやられるとほとんど解らないが。片言でもなんとかなるもんだ。隼人はアマゾンから戻ってからずっと会っていない。海兵隊本部に行ってるとかなんとか。隼人は早乙女博士の代理でもあるから、いろいろ用事があるんだろう。そう思っていたら、明日は日本に帰るという前日。夕方になってやっと隼人の姿を見た。
「おい隼人。今帰ってきたのか?」
「ああ。リョウは?」
「明日でお別れってんで、ちょっと皆と町まで遊びに出てる。」
「お前は行かないのか?」
「俺は昨日行った。お前がいつ帰ってくるか解らなかったから、交代で。」
「そうか。かまわないのに。気を使わせたな。」
「いや、それより忙しかったようだな。海兵隊本部だって?」
「いや、国防省、ペンタゴンだ。」
「へ?!」
「テキサス・マックだけじゃ心もとないらしい。だが、軍事関係を表面に出しては日本政府との兼ね合いもあるからとかなんとか、早乙女博士はそんな面倒なこと大嫌いだからな。止むを得ず、今回は日米合同演習と銘打って、ついでに国防省で意見交換とやらだ。」
ふぅっとさすがに疲れた様子だ。
「おい、ということは隼人、お前ロクに休んでいないんじゃないか?」
俺達といなかった時間、ほとんどそんなことに費やしてた?
「アマゾンでは2週間休めたさ。」 二ヤリと笑う。
あ、もしかして、国防省への八つ当たりも兼ねてシゴいてたのか?
「まあ、リョウが楽しそうだったからいいが、ちょっと目つきの悪いのもいたからな。」
「は?」
居たか?ようわからん。
「とにかく明日は帰国だ。今夜中に今回の演習を基にした戦術マニュアルを作らなきゃならない。」
すっとパソコンに向かう。
「今から仕事するのか?!」
「下書きはほとんど出来ている。さほど時間はかからんさ。」
「・・・・・・・・手伝えなくて悪いな。日本に戻ったらゆっくり休んでくれよ。研究所の仕事なら、少しは手伝えるからな。」
「ああ。」
翌日。リョウに手渡された何通ものラブレター。
日常会話が出来るようになったというのに、なんでこんなときだけ理解しないのだろうな。
お前宛のを預かったぞと、当たり前のように渡されて。
隼人は戦術マニュアルの最後に綴じてリョウに渡す。
「うげぇ!」と全身で嫌そうにしていたリョウのことだから、きっと開きもせずに押し入れに入れるだろう。
だが、万一ということもある。この3通は処分だ。
ジェニファー、ルイーズ、ウィルソン・・・・・・・
覚えておこう。
- ---------- *------------*-----------*------------
お久しぶりです! 「陽だまりの余韻」 エピソードとでもいいましょうか。というより、こっちのエピソードが「余韻」?
すっかり放置サイトとなっておりますが、時折こっそりUPしたりします。
たま〜〜に覗いてくださいませ!
(2012.3.31)