陽だまりの余韻











 ふと目が覚めた。
 暗闇の中でひとつ、青白い光が浮かんでいる。
 あれ、ここは何処だ?俺の部屋じゃない。 

 ベッドのシーツは洗濯されたばかりのように、糊がきいているし、ようやく暗さに慣れた目に映る壁には、ベタベタ貼られたポスターもない。俺は、出向で宿舎にでも泊まったんだっけ。
 
 はっきりしない頭のまま、唯一の光に目を向ける。
 『パソコンの画面か?』
 青白い光の正体をみたとき、やっと、その前に座っている人物に気づく。
 『隼人!』
 すべるようにキーボードを動く白い指と、青白い光に照らされた白い顔。まるで、月の光を受けているように。
 『月じゃないな、この光は。何だっけ。つい最近見たような気がする。』
 身動きもせず、じっと見詰める。あれは・・・あれは・・・そうだ!地球だ。
 ウザーラと共に百鬼帝国を宇宙に放り出したとき、帰還の時に見た地球の光だ。“ 青い色 ”ではなくて、“ 青い光 ”だった。あのときは勝利の喜びで、景色なんて、気にも留めなかったけど。
 でも、なんで隼人がここに?というか、俺の方が隼人の部屋にいるんだよな。うわっ、これ、隼人のベッドだ。


 「起きたのか?」
 慌てて起き上がろうとしたリョウに声がかけられた。ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべている。(おい、『シニカルな笑み』じゃないぞ。似ているけど、絶対違う!って、何、ムキになってんだ、俺。)
 「少し、まぶしかったか、リョウ?」
 「い、いや、悪ィ、隼人。俺、お前のベッド、とっちまったんだな。確か弁慶も一緒に酒飲んでて・・・」
 久しぶりに出張から帰ってきた隼人の部屋で、弁慶と一緒に酒を飲んでいたはずだ。いつのまに寝てしまったんだろう。

 「今、何時なんだ?」
 「4時10分だ。あと1時間もすれば夜が明けるだろう。もうひと眠りしろよ。」
 「ひと眠りしろって、お前はいつ寝るんだよ。ずっと起きてたんだろ、着替えもせずに。まだ、仕事あったのか。やっと帰ってきたばかりだっていうのに。体、こわすぞ。」
 本当に心配だった。早乙女博士も研究が佳境にさしかかると、3日も4日も徹夜するってミチルさんが怒っていたけど、隼人も博士に付き合ってしょっちゅう徹夜している。研究していないときだって、昨日までみたいにあちこち飛び回っている。こいつが他の研究所とかに行くと、質問攻めでほとんど休む間がないって聞いているし。みんな、これ幸いと自分のわからない点を尋ねるらしい。そんなの、ほっときゃいいのに、こいつはたいして苦にしないようだ。内容は簡単なのだろうが、時間はかかるだろうが。
 「俺は、省エネタイプでな。」
 フッと笑う。今度はシニカルなほうの笑いだ。この野郎。
 「ときどき思うが、おまえ、ゲッター線エネルギーで動いてんじゃねえのか?」
 「ゲッタービジョン、試してみようか。一度に仕事が片付くな。」
 「ゲッ!やめてくれ。鳥肌が立つ!」
 10人ほどの隼人を想像してゾッとしたリョウだが、ふと、それだけあるなら一体ぐらい欲しいなーーなんて思ってビクッとした。

 まだ、酔いが残っているらしい。


 「とにかく、もう寝ろよ。俺、自分の部屋に帰るから。」
 言いながら、なんとなく後ろ髪が引かれるような気がした。きっと、久しぶりに会ったからだ。普段はこうでもないのに。
 「そう、邪険にするな。しばらくしたら、また話もできないのに。」
 そうだった。こいつは2週間後にアメリカに行くって言ってたな。何か博士号とって、そのあとはNASAで、その後は・・・・・
 「あっ、そうだ。月へ行くっていうのはいつなんだ?」
 たしか、NASAと協力して、月面調査に従事するって言ってた。
 「向こうは、観測所ができたらすぐにでも来てほしいと言っているが、NASAの開発局のほうでも手伝って欲しいといわれているんでな。はっきりしたことは、まだ言えない。」
 答えながら部屋の灯りを点ける。
 アメリカ野朗め、これ幸いと隼人をこきつかうつもりだな。
 「あんまり、無理するなよ。適当に手を抜けよな。」
 「仕事をしているほうが、パーティーとかに出なくて済むから気楽さ。」
 そうだ、あっちはなにかと理由つけてはパーティー開いて、隼人にまつわりついていたっけ。
 一度、リョウもアメリカに行ったことがある。ゲッターチームとして、また、早乙女研究所の所員として、皆からすごく歓待をうけたが、その席で、隼人は数々の大学や研究所の学者だの責任者だのからスカウトされていた。苦々しいことに、大げさなジェスチャーで肩を抱いたり、キスしようとしたりして・・・・・
 隼人が平然としているので、なおさら腹が立った。
 『郷に入っては郷に従えだぜ、リョウ。』
 自分に抱きついてきた相手の男を、おもわずぶん殴ってしまったリョウに、隼人は苦笑した。
 隼人はいいさ、あいつは相手を怯ます「冷たい目」っていうやつを持っている。相手の方でビビッてくれるけど。俺には「殺気」しかないからな、殺すわけにもいかないだろうが。
 パーティーは苦手だけど、滞在は面白かった。
 海兵隊やグリーンベレーの特殊訓練にも参加した。あちらさんは俺達を甘くみていたけれど、へっ、馬鹿にすんなよな。俺達はゲッターチームだぜ。まあ、ときどき、ひとり、抜けていたが。
 部隊の教官に言われたな。
 『我々は、敵の罠に嵌らぬよう、細心の注意をするが、リョウは罠をあっさりとぶっ壊すんだからな。』
 『こいつの特技は、死なないことです』って、弁慶のヤツ、ほざきやがった。サバイバル訓練は、
 『何の心配もなく、アマゾンの奥地に放り込めるな。』って言われたし。まあ、じっさい、行ってみたい気もするな。おもしろそうだ。
 俺と隼人と弁慶と、3人でならどんな所でだって、やっていけるだろう。アマゾンだって、サバンナだって、海の底、地の果て、月や宇宙までだって。
 訓練が終了して、帰国するとき、みんな、本気で別れを悲しんでくれた。入隊しろ、と、どれだけ誘われたか。このときばかりは抱き締められたり、キスされたりしても平気だった。あとで弁慶が
 「モテモテだったな、リョウ。」と言ってたけど、嬉しかったんだから仕方ない。隼人はさっさと上官連中に挨拶に行ってしまったが、冷たいやつだ。女性兵士から、2・30通もラブレター、預かったぞ。
 「あっ、そうだ。前に一緒にアメリカに行って訓練したとき、帰国してからお前に渡した手紙の返事、書いただろうな」
 「手紙?」
 「そうだ。海兵隊とかの連中に貰ったやつ、渡しただろうが。」
 「何故、俺が返事なんて、書かなきゃならないんだ?」
 「何故って、お前、一応、礼儀ってもんだろうが。そりゃ、単なるファンレターみたいなもんかもしれないけど。けっこう、可愛い子もいたじゃねえか、ジェニファーとかルイーズとか。」
 「お前が女の子の名前を覚えていたとは意外だな。」
 「2週間も一緒に訓練してりゃ覚えるさ、けっこう親切だったし。」
 ちょっと赤くなる。向こうはキスなんて挨拶なんだろうけど、俺は慣れてないんだから。ドキドキしたって仕方ねえだろ。お前みたいな冷血野朗とは違うんだ。
 「ふ〜ん」
 「なんだよ!その嫌味な声は。」
 「別に。ただ、礼儀しらずは俺じゃなくて、お前だ、リョウ。」
 「なんでだよ。」
 「あれは俺宛じゃない、お前への手紙だ。」
 「なんだって〜〜〜?!!!」
 思わずベッドから立ち上がった。次の言葉がなかなかでてこないリョウを、隼人は面白そうに眺めている。
 「おい、隼人。なんで俺にそう言わなかったんだ。どうしたんだよ、あの手紙?!」
 「お前に渡した。」
 「へっ?」
 「研究所に戻ってから、きちんとバインダーに綴じて渡しただろうが。『宿題だ』って言って。」
 シレ〜っとした顔で答える。あ、あ、まさか、あの・・・・・
 「あの、10cmほどのファイルか?あとで読んどけって言ってた、あの、わけのわからん数字や言葉で埋め尽くされてた、戦術マニュアル・・・・」
 「そうだ。ついでに英語の勉強になると思ってくっつけといた。」
 「なるか!〜〜!!」
 顔をまっ赤にさせて、はあはあ言ってるリョウに
 「宛名も確かめず、そのまま俺に渡したお前が悪い。勉強不足だな。」
 そんなこといっても、早口で、「LOVE」とかなんとか言われたら、お前宛だって思うだろうが。(いや、ふつうは思わないぞ、リョウ)
 「いいじゃないか、今からでも読んで、返事を書けば。」
 俺は手伝わないぞ、と、はっきり言ってる眼。
 「・・・・・ない・・・捨てたと思う・・・(あんな分厚い宿題)・・・・」
 ぼそりとつぶやくリョウに
 「やはりな」、と答えた隼人は、うつむいているリョウには見えないが、なんとなく嬉しそうな顔だ。リョウが顔をあげるといつもの無愛想な表情に戻っていたが。
 「まずったなァ・・・・」
 「あまり、気にするな。それこそ、ファンレターみたいなもんだろう。」
 「でも、返事も書かないっていうのは失礼だろう。よくしてもらったのに。」
 「正直に読めなかったって言うさ。次に会ったときにでもな。」
 「誰がくれたんだろう。お前なら覚えてるんじゃないか、何人かぐらい。」
 「お前宛だとわかったから、何も見ていないさ。ただ、綴じただけだ。」
 「そうだよな。」
 残念だ、というより、悪いことしたなーという表情でいっぱいのリョウ。
 「ま、あいつらも気のいい奴らばかりだ。お前が英語苦手なの知っているから大目にみてくれるさ。
 それよりももう5時だ。俺はきのう帰ってから風呂にも入っていないんだ。ちょっとシャワー浴びてくるよ。」
 「あ、そうか。帰ってすぐ、俺と話始めたんだもんな。
 うーん、俺ももう寝直せないし、朝飯には早すぎるしな。俺もいっしょに行こうかな。」
 カーテンを開けると、うっすらと夜が明け始めている。
 「今日も天気、良さそうだ。」
 「弁慶にも言っておいたが、午後には訓練に参加するよ。2時頃かな。」
 「えっ?お前、寝ていないんだろ。無理するなよ。」
 「デスクワークと会議ばかりで、ストレスがたまってきているからな。思い切り発散させないと。」
 「おエライさんとばかり付き合ってたら、当たり前だよな。なんなら、いまからランニングに行かないか。気持ちいいぞ。」
 隼人が寝ていないことなど、すっかり忘れて言う。久しぶりに一緒にいる時間をなんとか長く伸ばしたい、という気があることにすら気づかない。ただ純粋に、一緒に走ったら気持ちいいだろうな、と。
 「そうだな。」
 フッと笑う。
 「久しぶりに思い切り走るか。リョウ、ついてこられるか?」
 「なんだと!」
 今すぐにでも駆け出しそうなリョウに、
 「おい、パジャマだぞ、お前」
 「あ、そうだった。ちょっと待っててくれ。」
 あわてて部屋を出て行った。


 トレーニングウェアに着替えながら、先程の会話を思い出し、隼人はクスリと笑う。
 「馬鹿だな、リョウ。俺が一度見たものを忘れるものか。
 お前宛の手紙なんか、全部覚えているさ。」(ちなみに隼人には人のプライバシーという観念はない。自分だけだ。)
 バインダーに綴じたとき、万一、リョウが読むかもしれないと、抜いておいた3通の手紙も。
 ジェニファーとルイーズと、ウィルソン(男だ!)の手紙
 「お前が読んだら困るからな、あんな熱烈なのは。」




 あの3人には会わせないようにしよう。とくに、あの小山のような筋肉野朗のウィルソンには、一度、挨拶しておいたほうがいいかもな。
   スッと眼が細くなる・・・・・・






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 『狂言奇語2』の真継さまへ


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 そんな自己中な設定を基とするお話ですが、よろしかったら受け取ってくださいませ。
 
 リンクしていただいた記念に。


        2004・8.13    かるら