陽だまりのララバイ








      嬉々としている。 


 トルネード飛行による合体も5回転ほど多いし、二丁拳銃ならぬ二丁バズーカー、格闘技においては1個小隊を全滅させている。明るく元気な 流 竜馬くん。少し前までの陰鬱さが嘘のよう。
 もっともあのときも、八つ当り的な訓練指導で、候補生達は今と同じくダウンしていたが。

 「お〜い弁慶、哨戒飛行行くぜー!!」
 満面に笑みを浮かべて食堂に入ってきた。
 「ウゲッ!!」
 思わずテーブルの皿に顔を突っ込みそうになる。
 「かんべんしてくれよ、リョウ。昨日もおとといも、その前も、ほとんど休みなしでハードな訓練を繰り返してるんだ。もう体がもたねえよ。なんでお前、そんなに無駄に元気なんだよ?」
 げっそりした顔の弁慶。無理も無い。ハイテンションのリョウに付き合える体力なんて、この研究所には弁慶しかいない。リョウの上機嫌を壊したくなくて付き合っていたけれど、弁慶にだって限界はある。力だけならなんとかなるが。体の節々がギシギシ痛むし、ゲットマシンの曲芸飛行(?)でいいかげん三半器管もネをあげている。
 「なに情けねえこといってるんだ。そんなんじゃ、『月』へ行けっこねェぞ!」
 瞳がキラキラ煌めいている。
 ああ、そうだ-------


 一ヶ月前。
 もうひとりのチームメンバー、隼人が言った。 『俺達は月面基地へ行く』
 それからずっと、リョウの上機嫌は続いている。
 無理もない。弁慶にだってリョウの気持ちはよくわかる。
 百鬼帝国を壊滅させ、地球は平和を取り戻した。しばらくは高揚した気分が続いていたが、やがて生活は落ち着き、研究所も本来の仕事、ゲッター線研究に力を注ぎだした。
 もちろんゲッターロボは地球の守護神として、今までどうり整備・開発・パイロットの育成といった日常に変化はなかった。地球を覆う警戒網は、有事の場合は直ちに早乙女研究所に知らされる。だが今、敵の姿はない。
 人並み以上どころか、獣以上に闘争本能・戦闘能力の高いリョウのことだ。平和な日常における自分の存在を、どうにも不安定なものに感じていた。
 兵士は戦場を離れれば人に戻るけれど、戦士が戦場を失えば、自身をも失ってしまう。穏やかに過ぎていく日々とは裏腹に、リョウの心は重く沈みだしていた。『俺は、これから何をしよう------』
 仕事はある。研究所でも軍でも、自分は必要とされているとは思う。でもそれは、自分でなくても良いとも思う。
 ひとつ鬱になると、すべてが重くなってくる。自分にとって唯一無二のゲッターチームも、戦いが終わった今、早乙女研究所の一員というだけだ。弁慶とはいつも行動を共にしているが、隼人は何処にいるかわからないほど、顔を見ない。研究所にだってほとんどいないのだから。
 ゲッター線研究のため地下研究室に閉じこもってしまった早乙女にかわり、隼人が内外の様々な事案、事象をすべて取り仕切っている。今やパイロットとしてよりも科学者、または軍事家として世界中を飛び回っている。リョウや弁慶との接点は失われていた。
 置いていかれた、という寂寥感。自分達の繋がりを、かけがえのないものいと思っていたのは自分だけだったのだろうかという喪失感。とことん落ち込むリョウに隼人が言った言葉。
 『月面基地に行く』
 自分がそこに含まれていないと思っていたリョウに対し、こともなげに隼人は返した。
 「お前でなくて、誰が俺と居るんだ?」

 
 「リョウ君、弁慶君」
 珍しく早乙女が食堂に入ってきた。
 「隼人君に頼まれていた、重力訓練室が出来たぞ。」
 「重力訓練室?」
 聞き慣れない言葉に弁慶が戸惑う。
 「そうだ。無重力から15Gまで、好きな重力の訓練ができるぞ。」
 好きな重力で訓練って。
 なんだか嫌な予感がする弁慶に比べ。 
 「わっ、本当ですか!弁慶、見に行こうぜ!!」
 喜び勇んで腕を引っ張るリョウ。
 「お、おい待てよ。博士、その訓練室って、何のためですか?」
 「月の重力は地球の6分の1だ。それに宇宙空間は無重力だからな。NASAには訓練室があるが、君達はこちらの仕事で忙しい。慣れておくために、研究所にもひとつ造っておいたほうが便利だろう。隼人君とも相談して、ついでにゲッターの重Gの訓錬にも使えるようにしておけば、一石二鳥だということでな。」
 満足そうに答える。
 確かにそうでしょうが。
 だけど、俺は今までゲッターの操縦のため、10Gの重力に耐える訓練を重ねてきた。だからGが高くなる分にはちょっとやそっとではビビらないが、無重力?足が地面に着かない?ううっ、胃が痛くなってきた・・・・・・・
 額に冷や汗を浮かべる弁慶に構わず、意気揚々と早乙女に続くリョウ。見送るパイロット候補生たちは、弁慶に同情と労わりの眼差しを向けながらも、この新しいオモチャで、リョウのあり余る体力が、少しでも、自分達の訓練から遠ざかることを願うのだった。


 「・・・・・・・・そうか、さすがだなリョウ。・・・・・・そうだな、弁慶にはちょっとキツイかもな。・・・・・・ああ、俺のほうは順調だ。・・・・・えっ?・・・・・・いいぜ、今度、無重力状態でのバスケットをやろう。どちらが多くダンクシュートできるかな・・・・。ああ、わかった。来月始めには、早乙女博士にもこちらの会議に出席して貰わなければならないんだ。大型移動基地の件でな。お前もその護衛でこっちに来ると良い。・・・・・・・わかったよ、美味い店、探しといてやる。」
 口元に笑みを浮かべ、ゆっくり受話器を下ろす。電話の向こうで、いかにも楽しげなリョウの顔が浮かぶ。
 アメリカ国防総省(ペンタゴン)の一室。
 NASA で月面基地の準備をするはずが、何だかんだと国防省の仕事まで頼まれて、隼人はアメリカ軍の少佐の肩書きまでつけられてここにいる。
 ドアがノックされる。
 「ジン、いいかね?」
 入ってきたのは作戦参謀長、ガーニー将軍だ。
 「これは将軍。わざわざお出でいただかなくても、こちらから伺います。」
 無愛想ながらも礼儀正しい青年に、
 「いや、君は階級こそ下だが、実質はお客人だからな。無理にここに来てもらっているんだ、気にしないでくれたまえ。」
 人の良い笑顔を見せてくる。また何か、用事を言いつけるつもりだな。
 チラッと机の上の書類を見遣る。あと3日でここの仕事を終えるつもりなのだが。
 隼人はかなり広い一室をもらっていて、執務机の他にも応接セットが置かれている。洗面所や寝室も隣に付いていて、確かに客待遇だ。
 「君のおかげで、ずいぶん難問が片付いた。NASAの長官からも、早く君を返してくれと言われているのだがね。」
 どっしりとしたソファに腰を下ろし、ちょっと言いにくそうに、
 「アラスカに行って貰いたいのだ。」
 「アラスカですか?」
 予期しなかった要請に、少し眉が上がる。
 「アラスカ基地のエネルギー問題について、ぜひ君の力を借りたいのだ。今現在アラスカ基地は、軍の基地としてはあまり重要な役割をしてはいないが、今後、国防の拠点として重きを持たしていくつもりだ。しかし、アラスカはエネルギーの供給といった点では気候や距離の関係上、輸送や備蓄もなかなか難しい。そこで君の協力を仰ぎたい。」
 「ゲッターエネルギーを使うと?」
 隼人は眉を顰めた。
 「たしかにゲッターエネルギーは輸送の必要も無く、非常に高エネルギーですが。あれは、ひどく扱いが難しい・・・・・・」
 「いやいや、そうではない。ゲッター線エネルギーが君や早乙女博士にしか扱えんシロモノだということは、重々わかっている。ゲッター線エネルギーではなくて、プラズマボムスの方だ。」
 プラズマボムスは隼人が開発しているエネルギーだ。ゲッター線ほどの威力も特性もないが、現在、世界で開発されているエネルギーのなかでは群を抜いている。
 ゲッター線開発の草分け、そして今のところ唯一ともいえる早乙女研究所の一員ではあるが、隼人はゲッター線に対する不安-----恐れ-----
のようなものも感じていた。
 ゲッター線は『進化』ともいうべき、変化をする。予測がつかない。今のところは良い方向に向かっている。利用しているのは人類だ。
 だが、以前、早乙女が話してくれた。初代ゲッターの最初の稼動のときだ。
 何度繰り返しても、ゲッターロボは動かない。ゲッター線はロボの体を走らない。あらゆる回路をチェックしても異常は見つからず、何日過ぎたことだろう。一から出直すしかないかと重い気持ちで部屋に戻ったとき。
 突如、回路が開きだした。皆が呆然と見守る中、次々と回路は開き、ゲッターは覚醒した。
 その日、地上に恐竜帝国が現れた。
 何かの意志力。
 ゲッター線を研究し、知れば知るほど、その底知れぬ力に驚き、畏れ、囚われた。自分はもう、ゲッターから解き放たれることはないだろう。
 なんとも形容しがたい顔で、早乙女は呟いた。

 抑えることの出来ない大きな力は、決して人類にとって幸福ではない。日常に必要とされるものならば、いくら力は劣っても、制御できるものの方が良い。ゲッター線エネルギーは、宇宙で使えば良い。そう思って隼人は新しいエネルギーを研究していた。
 「どうかね、ジン。」
 「しかし、アレはまだ開発途中の実験段階です。」
 「だからその実験を、アラスカでやってくれればいいんだ。何もすぐに、基地全体のエネルギーを賄ってくれとは言っていないよ。」
 鷹揚に笑う。
 それもいいかもしれない。隼人は考える。自分は忙しすぎる。月へ行ってから、プラズマボムスに本格的に手をつけようと思っていたが、早いうちに結果がでれば、月でも使用できる。
 「頼むよ、ジン。できれば今月の末には向こうに行ってもらいたい。」
 なにしろ、NASA の長官に早く隼人を返せと言われているのだ。少しでも早くアラスカに行って段取りをつけて貰いたい。
 「今月末ですか?・・・・来月始めの国際会議と大統領主催のパーティーに、早乙女博士が出席するので私も出たいのですが。大型移動基地建設のための財界のスポンサー依頼は、早乙女博士は苦手ですからね。」
 「それならば、私も力になれるよ。アメリカ財界の大物、ピュアーリ財団の総帥とは懇意にしている。必ず協力させるよ。」
 ということは、断ればピュアーリ財団の援助は難しいわけだ。あれこれ手を回せば可能だろうが、時間の無駄というものだろう。アラスカでの仕事に当てるほうが気も楽だ。
 「しかし、アラスカ基地での人員は足りていますか?プラズマボムス専用に人をさいていただかないと。あらゆるデータを取りたいので。」
 「おう、勿論だとも。足りない分はいくらでも補充させてもらう。そうだ。君は以前、こちらの海兵隊と訓練を共にしたことがあったね。使える人間がいれば何十人でも選んでくれ。」
 「何十人もいりませんが・・・・そうですね、何も無理にケガさせることもない・・・・」
 あとの言葉は自分に言い聞かせるように、ポツリとつぶやく。
 ちょっと意味のわからなかった将軍だが、隼人がその気になったのに水をさしたりしない。気が変わらないうちにさっさと部屋を出ることにした。
 「では、ジン。詳しいことは明日にでも、補佐官から聞いてくれたまえ。」
 「わかりました。ご足労おかけしました。」

 「ヘイ!リョウ!!」
 「ハロー、弁慶!!」
 1年程前、2週間訓練を共にした海兵隊の面々がリョウと弁慶を取り囲んだ。
 「元気そうだな。」
 「勿論!おまえもな。」
 「俺は、いつだってピンピンしてるさ。」
 「あれ、弁慶。おまえはちょっと痩せたか?ダイエット成功か?」
 豪快に背中をバンバン叩きながら声をかけてくる連中に、リョウの弁慶も笑いながらお返しをする。
 「早乙女博士の護衛だって聞いたけど、少しは俺たちとも付き合えるんだろ?」
 「ああ。護衛っていったって、特に側にくっついてなくちゃならないわけじゃねえ。博士はほとんど部屋から出ずに何か書いてるし、命が狙われてるわけでもねえ。」
 「今回は、半分は休暇みたいなもんだ。だいたいリョウは、隼人に遊んでもらいたかっただけだし。」
 弁慶がいつもより嫌味なのは、きっと訓練で苛められたせいだろう。無重力訓練は、胃の中がひっくり返るようで、弁慶は閉口していた。
 「な、なに言ってるんだよ。遊んでほしいなんて、バカにするな!俺はただ、あいつがデスクワークばかりで、鍛錬不足になっているだろうから、つきあってやろうと思っただけで・・・」
 まっ赤になって言い訳する。
 「そうかあ。でもジンはアラスカに行っちゃって、残念だったな。」
 「そうなんだ。せっかくNASA の無重力ルームで、バスケットのシュート勝負するつもりだったのに。」
 つまらなさそうなリョウ。
 「練習を付き合わされた俺は、地獄だった・・・・・」    ぼそり、と弁慶。
 「そうそう、ルイーズとジョニファーも、入れ違いになったって残念がっていたわ。私たちの小隊からも、何人かアラスカ基地に行ったのよ。」
 「ウィルソンも唸っていたな。」
 「あれ、ウィルソンも行っちまったのか。残念だな。」
 「おや、リョウ。なんで残念なんだ?」
 「前に、今度会ったら、面白いところへ連れて行ってくれるって言ってた。」
 「面白いところって?」
 「さあ。着いてからのお楽しみって。でも、絶対思い出に残るからって。」
 海兵隊のメンバーは、ちょっと顔を見合わせる。ウィルソンは部隊ではゲ●で有名だ。
 「まあ、次の機会があるだろうさ。」
 無いほうがいい思うけど。でもリョウは強いから実害はあるまい、と周りは思った。
 「そうだな。隼人はある程度向こうの形が整ったら、こっちに戻ってくると言ってたけど、ウィルソン達は長くなるんだろうか。」
 「交替は大抵1年だけどね。あっちは娯楽のないところだから、退屈で困るでしょうね。」
 「退屈ですめばいいけどな。なにしろ、指揮官が隼人だ。」
 なにげなく呟く弁慶。リョウを除く面々の顔が引き攣る。
 『ジンは恐ろしくカンが良いからな・・・・・』
 『リョウがその点においては、鈍すぎる分・・・・・』
 『ひょっとして・・・・・・』
 「なあ、リョウ。ちょっと聞くけど、ジンって気難しそうだけど、公私混同はしないよな。」
 「あ?どういう意味だよ。なんでンなこと聞くのかわからねえけど、するわけねえだろが。隼人はそんな小せぃ人間じゃないぜ。」
 憮然と口にする。
 「いや、すまん。ちょっと、な。何かあいつ、恐いところがあるからさ・・・・」
 あわてて弁解する。
 「公私混同っていうかよぉ・・・・・・」
 ひとりごとのように弁慶が言う。
 「あいつに『公私』って区別、あったっけな・・・・?」
 ・・・・・・・・・・・
 ブリザード。
 一瞬、海兵隊のメンバーは幻影を見た。
 一年後に彼らの同僚が、無事帰隊することを祈るのだった。


 
 ブリザード。
 アラスカ基地の一室で、隼人は熱いコーヒーを口にする。
 きのう、一番遠くにある観測地点に配備したチームは、この天候では一週間ほど基地に戻れないだろう。あそこはまだ設備が完備されていないから、多少キツイだろうが、まあ、あの筋肉野郎なら平気だろうゼ。
 薄く笑う。
 p 、p 、p 、p
 ペンタゴンから通信が届く。
 今日開催されている国際会議に出席している科学者の名簿だ。すっと眼を通していた隼人の表情が少し変わる。
  アルヒ・ズゥ・ランドウ博士。
 ドイツの天才科学者と呼ばれる人物だ。その膨大な学識は、多くの人々から賞賛されているが、ほとんど本国から出ず、隼人も面識はない。聞くところによると穏やかな性質で、崇拝者も多いらしい。今頃、早乙女博士と話がはずんで、熱くなっているだろう。
 論文等を眼にする限り、本物の天才のようだ。科学者特有の偏執的な思考も見えるが、これは普通の範囲といえるだろう。早乙女博士も偏屈度では負けない。クスッと笑う。


    その本人が一番危ない奴と思われていることなど、全く気にしていない・・・・・・・




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 「陽だまり」です。ええ、これでも「陽だまり」なんですぅ。(泣)
 私にとって「陽だまり」は、百鬼帝国滅亡から、早乙女研究所崩壊までの間。
 ゲッターサーガの中で唯一安らいだ、穏やかな時間に囁く子守唄みたいなものです。ほのぼのとした、優しい。
 なのに何でかな〜。ほのぼのが遠ざかる〜〜〜
          
            (2004.2.13   かるら)