始まりの日  再び











 垂直旋回に移ったマシンは、その腹を天に向け、背面飛行から下降する。
 旋回によって生じる何Gもの強力な遠心力が、パイロットの全身の血液を収縮させる。対Gスーツによる防護も、ゲットマシンの凶暴なまでのGは・・・・・


 「・・・・・・・・・・・・・・ぐぅうぅ・・・・・・・・・」
 「腕が・・・・・・・う・・・ごか・・・ない・・・・・」
 『黒田中尉、スピードを上げすぎだ!!計器を見ろ!』
 「う・・う・・う・・計器が・・・・・見えない・・・・・」
 『レバーを引け!!』
 「・・・・・・・内臓が・・・・・飛び出す・・・・・・・・・」
 『1号機 、3号機がついている。中尉、シュミレーション通りにやるんだ、落ち着け!!』
 「・・・・グ・・・・・・グ・・・・・・顔が・・・・崩れていく・・・・・・」


   「ウワァァァ・・・・・・!!」



 「神一佐・・・・・・・」
 黒メガネの男が静かに声をかける。
 「次の候補生は?」
 黒煙を上げているマシンを見詰めたままの冷たい声が返る。
 スケジュール表を確認する。


 「全国高校陸上大会です。」






                               ☆





 シャワーを浴びた終えた翔は自室に戻る。
 タンクトップのままゴロリとベッドにころがる。
 清潔な白いシーツ。ベッドと机と本棚だけの殺風景な部屋。花も飾りも写真もない。父・橘博士の書斎には、幼い翔と兄・信一の笑っている写真立てが飾られている。
 だが、翔はアルバムをクローゼットの奥に仕舞い込んでいる。
 優しかった日々の想いではいらない。あの日、あの時、あの最後の映像。それだけが思い出のすべてだ。昏く満たされぬ想いだけが、自分の切望する、ただひとつの望みを支える力となっているのだから。

 今日の合体はまたしても失敗だった。2号機は大破した。
 ネオゲッター。
 ゲッター線エネルギーを使わぬゲッターロボ。



 神の恩恵かとも思われたゲッター線エネルギー。
 不可能を可能にし、人類を更なる飛躍へと向かわせるはずだった。そう信じられていた。だが、それが開けてはならぬ冥界への扉だったのか、開けざるを得ないパンドラの箱だったのか、今もわからない。わからぬままに封印されたゲッター線。
 それでいいと誰もが思った。たとえどれほど強大な力を持っているとしても、人類が扱いきれぬのならば封じたほうが良い。おそらく人類は、ソレを扱えるほど進化してはいないのだ。宇宙における地球、そして人類はそれほど大きな存在ではない。「分不相応」という言葉は、古臭いようだが確かにある。天から降り注ぐ奇跡もさることながら、地球は地球のエネルギーを見つめ直そう。

 日本政府、いや世界は、国と国の「戦いのための研究」を中止した。恐竜帝国や百鬼帝国など、人類以外の敵が地球を狙っていたのだ。存在を知っていたどころか、夢想だにしなかった敵だ。幸い、地の奥底深く、あるいは宇宙の闇に葬り去ることができたけれど、また何か、他の敵が人類を脅かすかしれない。     
 そのため、人類は一丸となるべきだ。地球を小さく切って国々が争っている場合ではない。地球の資源が足りないというのなら、宇宙に糧を求めるといい。もちろん、人類が移住できるような星というのではない。小惑星帯------アステロイドベルトと呼ばれる------は、かつて、ひとつの惑星もしくは星だった。であれば、そこに人類の必要とする鉱石や資源が含まれていても不思議はない。他の星や国を攻めるのではなく、この太陽系に存在する糧を分け合えば良い。全世界の科学者、政治家、軍人、財閥がその頭脳、知力、技術、財力を合わせれば、人類はこれまでにない進歩を遂げるだろう。

 世界統一プロジェクト。



 翔は身を起こした。
 知らぬ間に動悸が激しくなっていた。
 いつの間にか思い出していた、あの日。

 冷たくなっていた肩にパジャマを羽織る。つと立ち上がって窓の外を見遣る。
 夜の帳に包まれたネーサー基地。すでに当直の者以外は、昼間の過酷な労働で泥のような眠りに落ちているだろう。監視塔の赤い灯りが間断なく基地を探る。
 翔はじっと外を見詰める。
 ここ、居住区からは見えないが--------
 基地の中心、司令塔であるあの建物の、あの一室の灯りは今も消えてはいないだろう。朝方まで、ほとんど灯りの消えないあの部屋。
 ネーサー基地の実質的な司令官・神 一佐。

 今日の黒田中尉が何十人目の犠牲者であったか、それを数えることは、とうに止めていた。
 ネーサー基地はランドウ博士の世界征服に対抗するため秘密裡に建設された、日本政府の軍事施設だ。
 15年前の北極で、壊滅的な打撃を受けたとはいえ、その後、氷の層に潜り込んだのかと思われるほど動きを隠したベガゾーン。破壊された痕跡がない以上、どこかに潜んでいると考えたほうがいい。あの力を侮ることはできない。
 世界各国はそれぞれ対抗策を練り、日本は政府機関となった橘研究所-----ゲッターロボを引き継ぐ-----に、防衛のための研究を命じた。ただし、ゲッター線ではなく、再開発されていたプラズマボムスをエネルギーとするロボット。
 開発は困難を極めた。
 地球史上最大最強の力をもつエネルギーを封印しているというのに、それと匹敵する力を求めるのは、並大抵のことではない。だが、隼人-----
ゲッターチームの最後の一人-------は承諾した。ゲッター線を使わぬ戦闘ロボットの開発。
 以前、早乙女研究所で隼人がプラズマボムスをエネルギーとする戦闘ロボットを試作したとき、何度やっても合体のタイミングが満足いかなかった。微妙にズレる。やはり、ゲッター線を使うしかないのかと諦めようとしたとき、あの事故が起きた。
 いや、あれは事故といえるのだろうか。
 あのとき何があったのか、誰も理解していない。そう、あのとき真ゲッターに乗り込み、時空を超えたリョウと隼人でさえ。
 あるのは現実だけだった。早乙女研究所の崩壊。300人いた所員の消滅。

 ゲッター線を封印したことについては、早乙女研究所を継いだ橘博士も、ゲッター線研究を継ぐだろうと思われていた隼人も、異論はなかった。ゲッター線は閉ざされるべきだ。
 ゲッター線によってもたらされる利益以上に、取り返しのつかない犠牲が生じたのだから。
それでも。
 あの力を上回る「力」はなく-------
 あの力を上回る「守り」もない-----

 ランドウ博士との戦いのためには戦闘力を落とすわけにはいかない。最高のエネルギーが使えないとしても。
 パワーで劣る分は、技術とスピードでカバーするしかない。幸い研究所には、武器に関しては早乙女博士にも勝る異能の天才、敷島博士がいた。研究所崩壊のとき、偶然にも他出していたのだ。いつも研究所の地下研究室に引き篭もっていた博士の、数年ぶりの外出がその命を救ったことに、他の者は何かしらの因縁を感じたものだ。
 ゲッタービームやゲッタートマホークに匹敵する武器プラズマサンダー。その他にもチェーンナックル、ショルダーミサイル等、次々と強力な武器を開発した。それと並行して、機体のスピードも極限まで上げられた。ゲッターロボGを凌ぐスピードだった。だが、そのぶんパイロットへの負荷は苛烈を極めた。初代ゲッターはパイロットを守るシールドは未熟だった。しかしそれ以上にパイロットが尋常ではなかった。流 竜馬、神 隼人、巴 武蔵。 3人はヒトをはるかに凌駕する体力と精神力、運動神経の持ち主だった。2代目のゲッターロボGは、初代ゲッターよりも10倍のパワーを持っていたが、初代ゲッターのノウハウを生かして制御能力も格段に上がり、なおかつパイロットを保護するゲッターシールドも向上した。勿論、それでも特殊訓練を重ねた者でなければ対応できなかったが、百鬼帝国壊滅後、自衛隊から幾人ものパイロット候補生が派遣され、訓練を重ね、ゲッターに搭乗した。
 ネオゲッターの場合、人体への負荷を考慮して開発された「戦闘用パイロットスーツ」を身につけてさえ、重Gとスピードに耐えうる人間は稀だった。初代のパイロット達は自前のライディングスーツや剣道の防具やキャッチャーマスクなんかで、平気な顔で操縦していたというのに。(ただし、武蔵の「胴」はあとでゲッター合金で造られたものだと思う。でなきゃ、爆発のあとコロコロころがってこないよね。)
 
 現在、ネオゲッターのパイロットとして名を挙げているのは、翔と山岸二尉の2人だ。山岸は自衛隊一の腕を持っているエリートだ。ベテランとしての戦闘経験も豊富だ。だが最近その顔色は悪い。おそらく毎日今日のような事故が続くなか、自分の腕に対して、いやそれ以上に他の搭乗者の技量に対する不安と不信を持ち始めているのだろう。合体時の事故は、即、自分の生命に繋がる。繰り返される失敗に、神経が参り始めていた。

 翔はあの日、戦士の道を歩むと決めた。
 兄・信一の体が自分の目の前で千切れ飛んだあの日、守られるだけの無邪気な日々は終わった。
 父や他のメンバーと共に北極基地を逃れ日本に着いてから、翔はがむしゃらに、憑かれたように体を鍛えた。苛めんばかりの鍛え方に、幼い体は悲鳴を上げたが、翔はけっして屈しなかった。父・橘はそんな翔を哀しく思ったが、兄を失った翔の心が捌け口を求めているのが解っている以上、無理にやめさせるわけにもいかなかった。それに橘には新たな仕事が山のようにあった。北極基地であった出来事の全貌を世界中に知らせ、取るべき手段を講じなければならない。
 自暴自棄ともいえるトレーニングを続けた結果、翔は高熱を出した。信一の最後の悪夢にうなされ続け、全身に嫌な汗をかきつづけた。弱った体は生死の境をさまよった。
 医師達の必死の看病でようやく持ち直した翔は、ふらつく足ですぐに訓練を再開しようとした。
 「馬鹿者!!」
 憤怒の表情の父親に頬を打たれた翔は、それでもキツイ目で睨み返した。
 まわりにいた人間が慌てて2人の間に入る。
 「博士、翔ちゃんは病人ですよ!」
 「翔ちゃん、お父さんにあやまりなさい、お父さんはずっと、看病していてくれたんですよ!!」
 暫しの沈黙。
 緊張の糸が切れようとしたとき。


    「お父さんを困らせるのは感心しないな、翔。」
    「--------!!」

    振り返った全員の目が一斉に固まる。

    「隼人おじちゃん?!」



 
                    ☆                 ☆




 翔は12歳年上の兄・信一が大好きだった。母親を早くに失くした翔の面倒をみたのは信一だった。父親の橘博士も家庭を大切にする人間で、子供達のことを随分気にかけてくれたが、実際、翔を育てたのは信一だ。信一は高校生になると研究所で父の手伝いをするようになり、翔もいつも側にくっついていた。優しくて、何でも知っている賢い兄。強くて、いつも自分を大切にしてくれる。

 「わたし、おおきくなったら、おにいちゃんのおよめさんになるの!!」
 かわいらしい宣言に、周りの大人たちはみな面白そうに微笑み、信一は顔を赤くした。
 「あのね、翔ちゃん。兄妹は結婚できないの。信一君のお嫁さんにはなれないわ。」
 噛み含めるように諭す女性研究員。
 「ええー、なんで〜?!」
 むきになって膨れる翔。
 大人たちはやさしく笑っていた。
 「うーーー。じゃあ、はやとおじちゃんのおよめさんでいい。」
 翔の妥協に、そこにいた大人たちは思わず「うっ!」と詰まる。
 「そ、そう?翔ちゃん・・・・」
 「う、うん、それもいいかもな・・・・」
 「あはは・・・・・・」
 困ったような乾いた笑い。
 「 ? 」
 無邪気に首を傾げる翔に、
 「あ、おやつの時間だぞ、翔。」
 あたふたと信一は翔の手を引いて出て行った。
 「・・・・・・・どうかね、神くん。翔はああ言っているが。」
 「 『おじちゃん』 でなくなったら考えましょうか。」
 面白そうに問いかけてきた橘に、隼人はシレッと答えた。
 周りの人たちも明るく笑う。
 「翔ちゃんと神さんが結婚すれば、橘研究所も安泰ですけどね!」
     (・・・・・・笑いに紛らわせた、本音がチラリ?・・・・・・)

                       *



 「神くん、無事だったのかね。いつ戻ってきたんだ。何故、今まで連絡をくれなかったのかね?!」

 矢継ぎ早に橘に質問を浴びせられ、
 「申し訳ありません、博士。怪我の回復に時間がかかったものですから。詳しくはあとで説明いたします。」
 そう告げると今度は翔を見詰め、
 「 翔 。」
 「隼人おじちゃん。」
 真直ぐに自分を見つめる目に、隼人は言った。
 「 翔、強くなりたいのなら、私がお前を強くしてやろう。がむしゃらに体を動かしても、身につくものは少ない。お前が真実、敵と戦うというのなら、私は戦士として鍛えてやる。」
 その怜悧な強い眼差しは、到底子供に対するものではなかった。思わず口を挟もうとする大人たちの動きの前に、翔は毅然として答えた。
 「お願いします・・・・神さん。」


 愛され慈しまれ、守られるべき子供が、「戦士」となった瞬間だった。


 

 橘博士の自室。
 「神くん。私は君がもう死んだとばかり思っていたよ。アレから2ヶ月、何の消息も聞かなかったのだからね。」
 「ご心配かけて申し訳ありません。故意に連絡を絶っていたわけではないのですが。」
 少し歯切れ悪く答える隼人に
 「いや、責めているわけではない。とにかく、生きていてくれただけで満足だ。よくぞあの敵から脱出してこれたね。さすがは神くんだ。」
 嬉しそうに肩をたたく。戦士としてのみならず、科学者としても指導者としても、抜きん出た才を持つ隼人。今まで政府との折衝や技術開発なので孤軍奮闘していた橘にとって、何者にも勝る心強い味方だ。
 「武勇伝を聞かせてくれないかな。」
 ソファに座るよう勧める。久々の安心感に、橘の口調も軽い。
 「武勇伝、というほど華やかではありませんが。」
 変わらぬ静かな声が、語りだした。


 橘博士達日本チームのメンバーが、潜航艇に乗り込み発進するのを見届け、援護のために残っていた隼人は自分も脱出すべく駆けだした。だが敵の兵士やロボットに邪魔され、他の格納庫にも近づけなかった。それならと基地の破壊に転じた隼人は、かなりの打撃を基地に与えたがついに追い詰められた。回りは敵、ただひとつの逃げ場は海だった。サイボーグ兵士の姿を認めた隼人は、躊躇なく海に飛び込んだ。弾も切れ、怪我を負った身では、いくら自分でもサイボーグ兵士にはかなわない。
 極海に飛び込んだ隼人を、敵は死んだものとみなした。
 氷の海。長くいることは不可能だ。冷たさに手足は自由を失い沈むだけだ。よしんば浮上してきても、零下の大気はたちまち体を、息を凍らせるだろう。いくらゲッターチームのひとりとはいえ、北極の自然は過酷だ。おりしもブリザードが吹き荒れ始めた。まだ煙をあげている基地の消火に、敵は全員戻っていった。

 凍るほど冷たいとはいえ、海水は凍っているわけではない。氷上に顔を出せば、たちまち顔は凍りつくだろうから、隼人は潜ったまま基地から離れていった。持っていた銃身を海中で分解して、その筒で息を継ぎながら北極の地図を思い浮かべ、上陸場所を考える。水の冷たさに手足は痺れてきているが、体に受けた怪我も冷たさに麻痺しているせいか痛まない。痛みを誤魔化せている間に安全な場所に行かねばならない。大気に触れる時間を最小限にしなければ、凍傷どころか全身が凍り付いてしまうだろう。とにかく海から上がったらひたすら走り続けて体熱を確保しなければならないが、どうやら胸や腹に傷を負っているようだ。なかなかスリリングな状況だな、と、こんなときでも隼人は他人事のように笑った。
 「死」を嫌うわけではないが、あいにくランドウを倒すことができなかった。あの狂人は自分をも改造していたようだ。このままにしてはおけない。対抗策を講じるまでは、何としてでも生きなければ。あんな奴のためにこの地球を守ったのではない。------そう、早乙女研究所の皆は------
    ふと、ひとつ、思い出した。

 「私は以前、しばらくアラスカの米軍基地にいたのですが、そのとき、基地からずいぶん離れたところに観測地点をひとつ設けました。ブリザードに潰されないギリギリ程度の物ですが、辺鄙なところに設置したぶん、北極に近かったんです。」
 何を思い出したのか、隼人の口元がちょっと緩む。隼人がアラスカ基地に派遣されていたのは、橘の記憶では百鬼帝国が滅んで1年ほど経ったときだったろうか。あのときはまだ早乙女研究所もゲッター線研究や宇宙開発に一丸となって取り組んでいた頃だ。苛烈な戦いは終結し、未来だけが輝いていた。・・・・・・・わずか2年余りの穏やかな時間・・・・・・・・
 「もともと1年ほどの利用予定で造られたモノでしたから、ろくな設備や器材もありませんでしたし、撤退のときほとんどの資材も持ち帰っていますが、ただ北極に近い分、どこかの調査隊が万一遭難しかけたときのために、若干の備蓄は残されていました。海から上がってなんとかそこにたどり着いた私は、とりあえず怪我の応急処置をしました。幸い、救急箱には痛み止めのモルヒネもありましたし。」
 淡々と語る隼人に、橘は瞠目した。砂漠やジャングルに置き去りにされたのなら、こんなふうにさっさと戻ってきても不思議はない。少なくともゲッターチームのあとの2人にとっても容易なことだろう。だが北極だ。重装備の探検隊ですら遭難の危険性のあるあの大地に、何の装備もなく水に濡れたまま、しかも大怪我をしている身でどうして動くことができたのか。
 「常人離れしている」と、「人を超えている」と、「人ではない」という差異は、ただ肉体における強弱だけなのだろうか。何かの-------干渉があるとしか思えない。
 「・・・・・・にあった器材を使って、ゲッター線収集器を作りました。」
 「え?ゲッター線?」
 考え事していて聞き逃した橘の耳に、聞きなれた言葉が入ってきた。
 「ええ。もともとそこはプラズマボムスのための観測地点でしたから、放棄されたとはいえ、取り外しにくい大型の器材なんかは残っていました。エネルギーが必要でしたし、どうせ作るならゲッター線にしたほうが微量でパワーもあるし、太陽光線も弱いとはいえ降り注いでいますから。」
 廃物利用でゲッター線収集器を作れるのは、世界広しといえど隼人だけだろう。今生きている人間では。
 橘はもう驚愕を超えて呆れていた。その心情がわかったのか、隼人は
 「早乙女研究所崩壊の少し前のことなのですが、研究所のゲッター線値が異常に高くなりだしたのです。リョウが早乙女博士に会ったとき、博士はひどく高揚していたそうです。人の考えが手に取るようにわかる、体調もすこぶるいい、体が軽い、魂が若返ったなど、とても普通とは思えない雰囲気だったと。博士のいた区域は、通常の15倍ものゲッター線がありました。金属変化を促すエネルギーが、無機物だけではなく有機物、肉体にも何らかの影響をもたらしても不思議はないのかもしれません。私は今、地球にいる人間の中ではもっともゲッター線を浴びた者かもしれません。」
 もうひとり。少なくとももう一人、俺と同じくらいゲッター線に関与した男はいるけれど。
 「何かね、神くん。君も体調に変化があるのかね?」
 橘が不安げに尋ねる。見た目では今までどおりだが。
 「私は観測所内でゲッター線エネルギーを暖房等の動力に転化させる措置をしたあと、意識を失い眠り込んでしまいました。何度か水や栄養剤を口にしたような気もするのですが、高熱を発していたようでさだかではありません。完全に目が覚めたとき、体の傷は皆ふさがっていました。」
 それが1ヶ月前のことで。つまり、1ヶ月間飲まず喰わずでいたらしい。怪我の手当てにしても何もしていない。
 さすがに体力の衰えは激しく、自力で起き上がるのに半月ほどかかったという。そのあとアラスカ基地の知り合いに密かに連絡をとり、秘密裡に日本に戻ってきたのが今日だ。
 「そうだったのか。大変だったな、というしかない。だが私は、君が生きて戻ってきてくれたのが何よりも嬉しい。」
 橘は隼人の手をしっかりと握り締めた。純粋な気持ちとして隼人の生還が嬉しかったし、これから先の戦いにおいて、誰よりも力となる人物がもどってきてくれた喜びは筆舌に尽くしがたい。
 「神くん。今後もよろしく頼むよ!」
 「全力を尽くします。・・・・・・翔ちゃんのことですが。」
 橘はハッと隼人を見る。
 「翔をゲッターのパイロットにすることに、許可をいただけますか?」
 強い光を湛えた瞳を見ながら、橘もまた凛と答えた。
 「翔が望んだことだ。そして誰かがやらねばならないことでもある。力を持たないことで大事なものを失う苦しみは、肉体に与えられる苦しみをはるかに凌駕する。君のもとでなら翔は、憎しみだけではない強さを持つ戦士になれるだろう。私からもお願いする。」


 橘の部屋を辞した隼人は、以前与えられていた自分の部屋に戻る前、翔の眠る部屋を覗いた。小さな寝息をたてて眠る翔。前からカンの鋭いところ持つ子供だった。額にかかるやわらかな前髪をそっと掻きあげる

 これから先、自分が翔に与える苦しみは地獄のようなものだろう。だが翔はすでに地獄を見ている。悪夢を断ち切り這い上がるのは自身の力でしかない。翔は女だから、力そのものや体力は男に敵わない。(この場合の男とは、武蔵や弁慶のことだ。) そのかわり、スピードや鋭さならば上をいけるだろう。
 そう、俺のかわりに2号機に乗れるほどには。



 部屋に戻った隼人はシャワーを浴びる。
 鏡に写った体には無数の傷跡がある。
 あのとき、観測所にたどり着いたあのとき、出血はすでに止まっていた。冷気で凍り付いて固まったともいえる。怪我はどれもかなり深く、ほとんどの臓器を傷つけていたし、肋骨も何本か折れていた。
 よく血も吐かずここまで来れたものだと自分で感心した。堰を切ったように襲ってきた痛みをモルヒネで抑えながら、ゲッター線収集器を作った。作動させたあと、薄れいく意識の中で、自分の治癒能力はどれほどのものだったかなと、埒もないことを考えた。意識が戻ったとき、正直、自分が生きていたのが不思議だった。よくリョウや武蔵たちが俺のことを「ハチュウ類なみの冷血野朗だな!」と言っていたが、どうやらハチュウ類なみの生命力は持っていたようだ。
 ただ。
 生存を優先したらしい体は、まず生命維持に必要な血管や神経、細胞を確保・治癒させたが、あとは適当にしたらしい。骨の欠片が臓器に刺さったまま癒着していたり、変に血管や神経が絡んでいたり。
 アラスカ基地での診察の結果、俺の内臓はひどく痛んでいるが、下手に手術するとこんがらがった血管が切れ、大出血するだろうとのことだった。このままでも何とか日常生活はこなせるだろうが、俺の願う負荷には耐えられない。重Gは・・・・・・内臓を破裂させるだろう。
 もちろん、1度や2度の戦闘で破裂するほどヤワな内臓でもあるまいが、戦いは1度や2度で終わってはくれない。
 パイロットが必要だ。
 俺やリョウのような身体能力を持つ者はめったにいるもんじゃない。だが、皆無でもない。

 ランドウ博士の野望は北極基地の破壊で随分後退しただろう。人材も資材も多く失ったはずだ。だが、もし他の、なにかとてつもない協力者が現れたとしたら-----------




                 ☆                 ☆                ☆








 
 メカニック担当の剴は、鼻をぐずぐず鳴らしながらゲットマシンの整備をしていた。
 今日の合体事故で2号機は大破したが、1号機、3号機も少なからず損傷を受けていた。パイロットの黒田中尉は重態で面会禁止だが、とりあえずは生きている。即死はまぬがれたが、あとは本人の生命力だ。
 「もう予備の機体はないんだぞ。」
 マシンを愛する剴
涙声だ。
 「シュミレーションと実際に搭乗するのとでは天と地の差がある。体と心が付いていかないのも無理ないかもしれない。だが、アレでも、最高速度ではないんだがな。」
 翔が無表情に呟く。隙のない物腰と怜悧な眼差しは、師である人物を彷彿とさせる。整った容貌としなやかな体躯。細いが強靭な筋肉。居合いの達人でもある翔は、ゲッターロボのパイロットとして申し分のない身体能力と技術、精神力を身につけていた。15年間にわたる血を吐くような訓練で。
 「でも、もうパイロットの候補はほとんどいないんだろ?黒田中尉は自衛隊から選ばれた最後の一人だし、国内のオリンピック経験者はすべて駄目だったんだろう?」
 「戦いはスポーツではないからな。せめて、素質があればいいのだが。」
 ネオゲッターの完成と同時進行で、パイロットの候補が探されていた。だが技術以前に、ゲッターの高Gに耐えることのできる人間は少なかった。初代ゲッターパイロット探しの経験から、空手界、柔道界、体操界・野球界から何百人の候補を出してみたが、データだけであっさりと落とされた。
 「翔ほどの奴を3人、といったら難しいだろうけど、山岸2尉と同じくらいなら見つかりそうだけどなあ。」 
 ちょっと失礼なことを口にするのは、剴だって、ゲッターを操縦することができるからだ。重Gにも十分耐えられる。戦闘になったときの戦いのセンス、運動神経が鈍いと隼人に拒絶されただけで。
 「動かせない人間よりは、たとえ少々モタモタしても、俺の方がずっとパイロットに向いていると思うけどなぁ。」
 残念そうに剴が言う。愛するゲットマシンとともに戦いたいのだ。
 「繰り返したくないのだろう、神一佐は。」
 「はぁ?」
 「おまえのように体力だけが取り柄でニブイ人間は。」
 「おい、翔。」
 思わず睨む。本当のことであっても気に障る。それに俺は確かに鈍いが、手先は器用なんだ。決して体力バカではないし、人並みの運動神経は持っている。そりゃ、人並みでは駄目なんだろうが。
 「すでに2人も亡くなっているんだ。」
 「 ? 」
 剴は記憶を確かめる。自分がこのネーサー基地に来てから、何人もの候補者が事故で死んだが、翔がわざわざ言うような目立った体力自慢の奴っていたっけな。
 首を傾げながら指を折る剴に、
 「ばか、ここじゃない。かつてのゲッターチームメンバーだ。」
 
 すでに伝説となったゲッターチーム。
 恐竜帝国と戦い、百鬼帝国を壊滅させ。原因不明の事故で消失した早乙女研究所の勇者。
 「初代ゲッター3号機パイロット、巴武蔵さん、ゲッターロボG3号機パイロット、車弁慶さん。運動神経が鈍いといったって、それは神一佐とくらべてだ。本音じゃない。もちろん、戦いにおいてはギリギリのところでその差が雌雄を決するだろうが、武蔵さんたちはそれで亡くなったわけじゃない。あの2人は皮膚が剥がれ、体がボロボロと崩れていく中でさえ、最後まで操縦桿を話さなかった。自爆のその瞬間までエネルギーを放出させた。凄まじい胆力と体を持っていた。だから2人と似た剴を乗せたくないのかもしれない。」

 あの2人はゲッターと共に自爆した。いや、弁慶は融合か?どちらにせよ、ゲッターに取り込まれた2人。


 「1号機のパイロットは、特に戦闘能力、戦闘にたいするセンスのようなものが要求される。私も何人かのテストをしたが、全く駄目だな。とても一佐に会わせられるシロモノじゃなかった。」
 かたわらに置いていた刀を取って、さっと鞘走る。持ち主に似た怜悧な白刃。ゲッター合金を使用しており鉄をも切り裂く。
 どんなテストをしたんだか。
 剴はちょっと気になった。いや、気の毒になったと言い直すべきか。知らない相手だが。
 幼い頃から隼人に仕込まれた(?)翔は、身体能力のみならず知能も高い。愛想はないが外交的な礼儀はしっかりしている。全く、神一佐の女性版だと基地の皆は思っている。そう、その性格も。

 翔はずっと隼人を追っていた。兄を失ったときのあの焦燥感は二度と味わいたくない。誰よりも強いこの人について行けば、自分もきっと強くなれるだろう。
 幼い頃は、隼人の強さに憧れた。誰よりも早く走り、高く跳ぶ。格闘技や火器を始めとする武器も簡単にこなす。ゲリラ戦はお手のものだ。基地の全員を相手にしても平然としている。
 次は隼人の頭脳に敬服した。
 ネオゲッターの開発に伴う数々の難問。その他、政府の高官との見事な駆け引き。本当に頭の良い人物とは、知識を詰め込んだ容器ではない。
 そして今。
 峻烈というべき隼人の生き方に心服していた。
 名誉も財も隼人には関係ない。冷酷・冷徹・非情と呼ばれようと、眉ひとつ動かさない。ゲッターのGに耐え切れず死んで行くものに対しても隼人は冷淡だった。悔やみの言葉ひとつ掛けはしない。
 だがそれでも、基地で隼人を責める声はなかった。
 パイロット候補のみならず、特殊部隊の兵士に対する訓練は苛烈だった。体力・技能に自信を持つ何百人もの隊員が血を吐き、傷を負い、必死の形相で日々の訓練をこなしていた。脱落して行った者も数知れない。だが残った隊員たちは、より強く、より正確な技を身につけるべく全力を尽くしていた。
 神 隼人の下す判断は、それがどれほど残酷で非情なものであっても「必要なもの」なのだ。
 だからこのネーサー基地にいる者は、誰も隼人の命令に逆らえない。いや、不信や不満を持つことさえない。この基地は地球を守るために必要であり、神 隼人の命令は人類を守るために必要なのだ。
 「 死 」は犠牲ではなく、力及ばぬ自分の弱さだ。生き延びてこそ再度戦える。一度ネーサー基地に配属された者は、誰ひとり転属を希望しない。死を日常とする苛酷な場所だということは誰もが認識しているが、それ以上に「生の実感」がここにはあった。そしてたとえ死すとも、「願い」は確実に引き継がれることを知っていた。


 刀身を見詰めていた翔は鞘に戻す。マシンの整備を再開した剴を見ながら、「こいつも実力はあるんだけどな。」と思う。
 合体に失敗した黒田中尉も、3号機の山岸中尉もパイロットとしてのまずまずの実力を持っている。山岸中尉がベテランとして培った経験と技は、確かにゲッターをうまく扱うことが出来た。だが翔の目から見て山岸の不安定な弱さが気になった。高いプライドで不安を押し殺しているようだが、それがどこまで持つのか。
 翔は他の職員と一緒にパイロットの選出に携わった。だが、翔にとってパイロットの定義は“、自分と同等、もしくはそれ以上”の実力を求める。何しろ、戦士としての理想的人物を真近に見て育ったのだから。(戦士としての理想像であって、理想的な人格ではない。あくまでも。)
 戦いは綺麗事ではない。
 どんな手を使っても勝たなければ--------守れないのだ。
 翔がパイロットの選出に冷ややかなのは、何も相手を蔑んでいるのではない。甘い選出は、反って相手のためにならない。最初から弱い者を選ぶのは、死ねといっているようなものだ。
 敵は人間であって、人間ではない。洗脳されたサイボーグ、あるいは痛みを知らぬゾンビ。
 翔の目にはまだ、うつろな眼をしていた科学者たちの姿がある。
 哀しむよりも悼むよりも、為さねばならないことがある。




          ☆          ☆          ☆            ☆



 
 「神 一佐。行って参ります。」
 代表して挨拶した翔に、
 「私も行こう。」
 何気ない様子で隼人は言った。
 「は?」
 思わず聞き返す翔たちに、

 「おもしろい、奴がいる。」

  隼人の手に、一枚のデータがあった。







          -----------*-----------*------------*------------


     くるつ様2500番 代理リクエスト

             お題は 「 翔が見た
 人狩り。   (スカウト、ともいうらしい) 」

 
   
 はれ?「翔が見た人狩り」というより、翔が「人狩り 第一号の犠牲者」じゃないですか!!
 一佐、純真無垢な幼な子を思い通りに育てるなんて、アンタは光源氏か、翔は紫の上かよ?!
 
 すみません、興奮しました。傷は浮き上がりませんが。
 ・・・・・・・・力不足のあまり、現実逃避してしまったかるらです。

 申し訳ありません、(こればっか) くるつ様。
 素敵なお題いただいて、アレも入れよう、これも書かなきゃと欲張りすぎて、肝心のリクエストが・・・・・(謝!!)
 まだ見捨てないでくださいますか?(ドキドキ)


 反省
 500番ごとのリクエストおねだりしていましたが、これじゃあ貰えませんよね。1000番ごとに控えます。
 代理リクエストも諦めるべきかも知れませんが、欲しいので、ねだります。(これで反省してるって?)

        はい、開き直りのお年頃の かるら です。
                (2006.4.29)