労働とは






「ミチルさんへクリスマスプレゼントをあげよう」

そう言い出したのは武蔵だった。

丸い目がキラキラと輝き、同じくらい丸い頬が興奮のためか赤くなっている。

「そうか」

隼人は無表情で又割りをしながら、興味なさそうに相槌をうつ。

そのまま頭を膝につけようとしたところ、猛然と抗議があがった。

「なんだよ、そのどうでもよさそうな態度は!」

「個人の自由だろう。やりたいならやればいいし、やりたくないならやらなければいい」

ちなみに隼人はクリスマスに何かしようという発想自体がなかった。

幼稚園時代は父親と祝った記憶があるが、それ以降一切何もしたことがない。

クリスマスはケーキが高くなる。

その程度の不便さを感じる程度だ。

天才と称賛され続けるチームメイトの淡泊さに、丸顔がますます赤くなる。

それを鉄棒にぶら下がって腹筋をしていた竜馬が苦笑しながら飛び降り、通訳した。

「武蔵。もっと詳しく説明しないとこいつもわからねぇって。隼人。武蔵はな。みんなでひとつのクリスマスプレゼントをミチルさんにあげたいんだと」

「何故?」

「なんでだ?」

そこまでは竜馬もわからない。

別に研究所のアイドルに贈り物をしたくないと言っているわけではない。

ただ何故三人で共同であげるのかがわからなかっただけだ。

すると武蔵は先程までの勢いはどこへやら、大柄な体を丸めてもじもじしだした。

「そりゃあ。ミチルさんに喜んでほしいし」

「それはお前個人の感情だろう。正直に言え。金だろう」

「なんでお前はそんなに情緒がないんだよ!」

またもや顔を赤くしての抗議だったが、否定しないところをみると図星らしい。

別に三人は無報酬で働いているわけではないが、生きるために必要なものはいくらでも配給される待遇だ。

純粋に娯楽品を買う金はそこまでたくさん出ていない。

それでも数カ月単位で貯めればそれなりの額になるが、おそらくこの青年が計画を思いついたのは昨日か今日(多分今日だ)。

彼が求めるようなプレゼントが買えるような金がないのだろう。

瞬間的にそこまであたりをつけた天才は、又割りの状態から腰を捻って、床を滑らせるように足を回しうつ伏せに持っていく。

「言い方を変えても意味がないだろう。いくらだ?」

「だから別にお前に金を借りたいわけじゃないんだよ!」

「返せとは言わない。いくらだ?」

「あ〜〜〜!!だから」

武蔵は言葉が通じずに苛々しているし、隼人は武蔵が質問に答えないので苛々し始めている。

面白いぐらい噛みあわないふたりだ。

竜馬はやりとりを眺めながら、翻訳するタイミングをはかる。

本来なら自分はこんな役回りではないのだが、この不思議なまでに対極の倫理観を持つふたりを放置しておくとツッコミがいないボケのみの漫才と化す。

要するにいつまで経っても収拾がつかない。

それは主に現在腕立て伏せの体勢から腕のみの力で体を水平に持ち上げた青年がとことん感情面の機微に弱いことに起因する。

いや、合理的すぎるというだけか。

「じゃあ、お前一億出せとか言ったら出すのかよ!!」

「それくらい好きにしろ」

「きぃ〜〜〜〜!!!」

竜馬が少し考えているうちに自体は悪化していた。

このままではこの柔道有段者が元不良に掴みかかりそうだったので、急いで通訳に入った。

殴り合い(というか隼人が一方的にあしらう展開になるのだが)までいくと、竜馬も参戦するしか止める方法がなくなり、そうすれば何故か隼人と直接対決になり、双方ただではすまなくなる(経験済み)。

「隼人。とりあえず武蔵は金を借りるって形式じゃなくて、チームでひとつのプレゼントを買うってことにしたいんだよ。プレゼントはお前が選んだほうがいいだろうしさ。つまりは皆で協力したいってことなんだって」

隼人はまだ意味がわからないという顔をしている。

だがおそらく慣れない仲裁を任された青年の口があと百倍うまかったとしても彼にこのあたりを理解させるのは難しいだろう。

だからもう理屈なんてないんだという理屈を繰り返すしかない。

「とにかく三人で金出してプレゼント買おう。とにかくそうしよう」

「だから何故

「お前に説明してもわからないから納得しろ」

そう無理矢理ごり押しする。

妙なことに、この美貌の天才はそう言うとそれ以上反論しなかった。

白い顔には呆れと諦め、それと何故か僅かに嬉しさも混ざっている。

最近気付いたのだが、隼人は理解できないことが好きらしい。

変な趣味だとは思うが、今はそれに感謝するしかない。

美丈夫は決まると割り切りは早く、

「わかった。で?俺は何をするんだ?」

「三人分の金持ってプレゼント買ってこい」

「わかった」

言って逆立ちした後立ち上がり、歩き出す。

あまりの行動の速さに、チームメイトふたりがとっさに止めに入る。

「ちょっと待て!俺達金渡してねぇっていうかそもそも額考えてねぇだろ!」

「立て替える。額は三十万くらいでいいだろう」

「多いって!いや、ミチルさんにはそのくらいのプレゼントしたいけどさ」

再び問答が開始された。

そして一時間以上にもわたる激論(主に隼人への説明)を経て、金は数日中に各々アルバイトなどで工面して出し合うことになった。

幸い恐竜帝国に現在動きはない。

ゲッターロボも現在整備強化中で訓練は自主トレにまかされている。

おそらく申請すればアルバイトする時間くらいはなんとかなるだろう。

だがここでも問題は隼人である。

この本人は欲しくないのに色々恵まれ過ぎた青年は、金を稼ぐといったら他人に雇われるという選択肢をまず選ばない。

同じことをしている人間が包丁持って走ってきそうなほど効率よく、株などで稼ぐ。

それでは不公平だと武蔵が言った。

「人間はちゃんと汗水垂らして働かないと駄目だ」

「お前は冷房が関節につらいくらい効いた部屋で一日中腰痛頭痛に苦しみながら缶詰になってパソコンに向かって働いている人間に喧嘩売ってるのか?」

変に具体的な例えである。

その台詞に情熱家の青年はぐっと言葉に詰まるが、竜馬はぼさぼさの髪を掻いた。

「いや、武蔵の話は極端だけどよ。たまにはお前も一般的な手段で稼いでみたらどうだ?効率とかはまあ、置いといてよ」

「具体的には?」

「犯罪は不可。とにかく体を張る仕事」

それでようやく話がついた。

各々クリスマスイヴまでの四日以内に竜馬が言った条件内で四万稼ぐこと(プレゼントは十二万くらいということで決定したのだ)。

隼人がどんなふうに金を作ってくるのか不安だが、少し楽しみだ。

一号機パイロットも三号機パイロットもそう思っていた。













約束の日。

誰もいない娯楽室に集まった三人はカウンターの上に金を広げた。

きっちり四万ずつ。

武蔵は誇らしげだが、隼人は無表情で頷き

「じゃあ買ってくる」

と福沢諭吉を揃え始めた。

「隼人お前何やって金作ったんだ?」

竜馬は気になっていたことを単刀直入に聞く。

ちなみに彼は電気屋で家電の設置のアルバイトをしていた。

武蔵は引っ越しのアルバイトをしていたらしい。

一体この一見して細みの青年はどんな肉体労働をしたのか。

若干の期待を込めて尋ねたのだが、解答は想像の斜め上をいっていた。

「車に跳ねられた」

「「はあ!?」」

思わず間抜けな声をあげる。

それってつまり

「隼人。当たり屋って犯罪だって知ってるか?」

「何馬鹿なこと言ってるんだ。そんなことするくらいなら美人局やった方がまだ儲けが大きい」

今さらに不穏な発言が出たが、それはとりあえず置いておく。

「え、何?車に跳ねられたやつから依頼されて加害者から金とって分け前もらったのか?」

「違う」

「車で迫ってきた暗殺者を倒して財布抜いたのか?」

「テレビの見過ぎだ」

というかどちらも最初に設定された条件を満たしていないではないか。

美貌に心底呆れたという表情を隠さずに浮かべたため、ふたりは沈黙する。

それを無言の促しと取った隼人は、楽しくもなさそうに答えた。

「スタントマンだ。学校の交通安全指導のイベントで自転車で車に衝突してきた」

彼の話によると、今は小学校などでそういうものを催すところがあるのだという。

確かに実際事故にあっているところを見れば安全意識が高まるだろう。

「派手に吹っ飛んで見せたからな。なかなか教師に好評だった」

曰く泣き叫ぶ子供が続出したらしいが、安全意識は間違いなく高まったとの評価をうけたそうだ。

確かにゲッターチームの体は並はずれて頑丈だ。

タイミングを外してダメージを軽減しなくとも、車程度なら正面衝突しても怪我すらしない。

しかもこの男は故意に派手に吹っ飛んだとのことだから、ちゃんと仕事をする気があってしたということなんだろう。

武蔵もそれに気付いたらしく、『子供達のために頑張ったんだなぁ』と好意的な解釈をしている。

そう、なのか?

いや、真面目に手抜かりなく仕事をしてきたわけだからそうとっていいか。

だがそれにしても

「・・・・・お前極端だよな」

「何がだ?」

若き空手の達人のぼやきに、白と黒によって構成された青年は訝しげに首を傾げる。

当人としては『体を張れ』と言われていたからやっただけなのだろうが、それにしたって他に何かありそうなものだ。

しかし隼人はそうは思っていないらしい。

高い鼻を鳴らして、長い髪を耳にかける。

「・・・まあ、練習だと思えば有意義だった」

「なんの練習だよ」

「敵にやられたふりの練習」

練習なんてしなくても、お前の演技を見抜けるやつはそうそういない。

そう心から言いたかったが、ふと疑問が湧く。

「なあ、やられたふりって具体的にどんなことやったんだ?」

「さっき言っただろう。別に大したことはしてない。派手に吹っ飛んだり、あとはフロントガラスに激突してずるずる落ちてみたり」

それはやり過ぎではないか?

たかが小学校のイベントに気合入れ過ぎだ。

それとも実は凝る性格なのか?

聞いたふたりはつくづくそう思ったが、今言っても遅いので口には出さなかった。

それに出しても多分無駄だ。

妙なところで常識を逸脱したゲッターチームの頭脳は、綺麗な顔を傾ぐだけに違いない。

まあ、だがとりあえず

「結構いいだろ?体張って稼ぐの」

そう揶揄するように笑いかける。

別に効率を優先するのが悪いとは言わないが、たまにはこういうのも良いと思う。

それにきっとこういう金で買った方がミチルさんも喜ぶ。

「悪くはなかったな」

隼人は意外にあっさりと頷き、少しだけ、本当に少しだけ笑った。

嫌みでも虚飾でもない、そんな笑顔に見えた。

















end

















※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

・・・・・・やおいですね(やまなしおちなし意味なし)

最初は隼人がミチルさんのために体を張って稼ぐ話を書こうと思い立って書いていたのですが、気付いたらミチルさんが全く出てこない、しかも隼ミチ要素もない話になってました(苦笑)

いや、だって隼人って金稼ぐことにまったく苦労しない男じゃないですか!?

本人やる気になったら金なんて湯水のごとく捻りだすでしょう!?

というか私はボケる隼人とつっこむ竜馬達という構図が書きたいばっかりにこの話を書きました(ええ)

ちなみにこれ私がほとんど初めて書いた季節ネタのSSだったりします。

クリスマスネタです(これが?)

誰もいらないでしょうがいつまでもDLフリー。




         ----------*---------*-----------*----------




 ラグナロク様のサイトから。

 フリーとのことでしたのでさっそく強奪!

 スタントマン隼人、迫力満点でしょうね、私も見たい!!

 ありがとうございました!!

   ( 2009.12.18 )