永劫の絆


・・・・未来永劫     時の狭間で    戦うために・・・・










 

「ところで隼人、俺たちはこれからどっちへ行くんだ?」

バス停で降りて、あたりをキョロキョロしているような口調でリョウが言った。
「わからん」

冷たく突き放すように(要するにいつもの口調で)隼人が答える。

「そ・そんな〜。お前がわからなかったら、何処にも行けんじゃないか。」

「おい、弁慶!情けない声だすな。さっきまで、貫禄十分のオヤジさんだった

のによ。」

茶化しながらリョウが笑う。いかにも楽しげな様子に、<たいした奴だ>と隼人は思う。ほんの少し前まで悪鬼のように憎しみのオーラを纏っていた奴なのに。(俺のせいだがな)ゲッターに3人で乗った途端、この無邪気さだ。

「だってよう、こんなところにいつまでも漂流したら、腹が減ったらどうするんだよ。何も、食い物なんかないぞ?」

「そういわれりゃそうだ。おい、隼人。それはちょっとヤバイんじゃないか?」リョウが少し真剣な顔になる。

「俺たちは自分たちの意志でここへ来たけれど、結局は呼ばれたわけだ。第一、

ゲッターはボロボロで、本当ならこの宇宙空間で俺達が今、生きていられるはずがない。シャインスパークのために動力炉を取り出したんだ。俺の機には穴が開いているんだぜ。」

「そ・そうだった。隼人、大丈夫か?」

モニターにリョウの驚愕の顔が大写しになった。うーん、素直ともいえるし、ニブイともいえる。

「大丈夫じゃなきゃ話せんだろうが。」

途端にほっとした顔に戻る。お前、俺を憎んでいたはずだよな?

「でも、じゃあ、どうすりゃあいいんだ?」弁慶の声。

「もう少し待ってろ。何か、変化があるだろう。」

「お前は、ほんとっに、冷静だよなー」

じゃあ、モニターの向こうで大きく伸びをしているお前はどうなんだ、リョウ?

耳のあたりをガリガリかいて眠そうな顔になっている弁慶も。

「眠いんなら寝ろよ。今は何もできないし、少し疲れただろう。」

「そう言ってお前は起きてんだろ?いっつも保護者みたいにエラそうに。」

「ふっ、おまえみたいな扶養家族はいらんよ。」
「なんだとー」

「俺は寝る。何かあったら起こしてくれ。」
「おい、弁慶。」



静謐。深淵。無音。

ここは何処にあるのだろう。今までいた世界の宇宙図にあるのだろうか。おそらくはそうだ。俺たちは空間を飛んだはずだ。時間のほうはまだ、わからんが。

暗い宇宙空間で、遠く星々が瞬く。無惨に壊れたゲッターはゆっくり漂う。淡い明るさが周りを取り巻く。

 

<隼人・・・お前、なぜ俺を・・・裏切った?・・>

ずっと問いたかった問いを、それだけを支えにしてきたはずの問いを、リョウは口にすることが出来なかった。聞く権利も、恨む権利も、殴り倒す権利もあるとは思っているが。

隼人が言いたくなければ今はいい。いずれ話してくれるだろう。もしくは問い詰めてやる。喧嘩に負けそうになった時にでも。今、一緒にここにいる。それだけでいい。望んでいたことだ、ずっと。

ふと、隼人の顔の傷を思い出し、不安になった。

「おい、隼人。起きているか?」

「何だ、リョウ。」

「お前、重陽子爆弾の爆発に巻き込まれたんだろ?体のほうは大丈夫なのか?傷だけか?」

「ああ、さすがに直後は死にかけたがな。コックピットも割れて、体が半分投げ出されていた。」

「なんてヤローだ。悪運が強いにもほどがある。バケモンだ。死んでるぞ、普通?」

「時空を超えて、月まで行ってたお前に言われたくないな。そっちの方が、よほどバケモンだ。」

隼人は苦笑した。そういやコイツ、時空移動は2度目か?

「なア・・・俺が、死んだと思ったか?」

リョウは少し口ごもって尋ねた。隼人は俺がいなくなってどう思っただろう。

「俺が奇跡的に助かっていたんだ。俺よりももっと奇跡を起こさせようなお前が死ぬわけないって思ったな。ゴウも見つからなかったし。ただ、2人とも年を取っていないとまでは思わなかったがな。」

 ゴウの場合は、コールドスリープみたいなものだったのか?リョウは・・・ただ、現在に放り出されたって感じか?

「だが隼人。お前はやっぱり凄いな。地球を汚染したゲッター線の、諸悪の根源ともいうべき早乙女研究所の出身なのに、対インベーダー戦の司令官としてタワーやスーパーロボット軍団を預かる責任者になってるんだからな。」

 普通、能力があるというだけで務まるものじゃない。特にシュワルツや他のパイロットみたいに一癖も二癖もある剣呑な奴らを従えるなんて。

「俺以外に纏める奴がいなかっただけさ。たいした事ではない。」

 ちょっと、いや、かなりムカつく。別に,IQが300あるとか、反射神経が抜群だとか、運動能力が異常に優れているとか、それは生まれつきだといってもまあいい。でも、人を惹きつける力、というか本当の意味でのカリスマというのはどうしたら手に入るのだろう。こんなに無愛想で陰険で冷血なくせに。気がつくと、こいつはいつもトップに祀られていた。自身が望むと望まないとにかかわらず。そしてまた、完璧にその役割を果たすのだ、

 

「おい、弁慶、起きろ!」急に隼人が怒鳴った。リョウも慌てて

「どうしたんだ、隼人?!」

「ゲッターが、変化している?!」

 

ボロボロに壊れていたゲッターが、触手を伸ばすように再生してきた。ゴウやケイ、ガイ達を包んで真・ドラゴンが変化したように、次々と触手は装甲となり、歯車となり、計器類となっていった。音もなく、魅せられたように見守る3人・・・

 そして目の前に現れたのは、この空間に入る前にみたイマージュのゲッターよりははるかに小さい、だがどことなく似ている宇宙艇だった。前面の大きな透明キャノピーに暗い宇宙が広がっていた。星々が瞬く・・・

「直っちまった・・・」

「これからいつもこんなに簡単に直るんだったら、いくら壊しても大丈夫だな。」

 まったく、こいつらは疑問とか常識とかいうものを持たないのか?まあ、この空間に入った時点で常識なんか吹っ飛んだけれどな。それをいうと、もともとゲッターには常識はなかったかもな。普通、どんなエネルギーであれ、主たる力は動力だ。もしくは破壊力。ゲッター線のように物質を変化させるエネルギーなんて。しかも、勝手に進化していくエネルギーなんて。

 たしかに生物エネルギーの中には変化させるものもあるが、ゲッターは機械だ、と、思っていたが・・・な。

「だけど、これはゲッターロボか?3機に分離するのかな。」

「どっちかというと、1号機って面してるけど。」

 面食らった声で2人が問う。いつのまにかリョウのシートは操縦席に。あとの2人はいくつもの計器類の前のシートに座っていた。点滅する計器類から目が離せない。

「ゲッターロボGが融合して真・ドラゴンになったときも人の手は加わっていない。ゲッター線というやつは、なにしろ進化するエネルギーだからな。先程から俺達の機体を取り巻いていた淡い光はゲッター線の集合体みたいなものだろう。でなきゃ俺たちは死んでいるからな。この際、疑問や常識は放っておけ。

こんな空間に呼ばれたこと自体、人間の理解を超えている。とにかく俺達は戦うためにここに呼ばれた。考えてみれば早乙女博士がゲッター線を捕らえた時点で、俺達はここに来ることになっていたのかもしれんな。

 とりあえず今は、現実だけ受け入れろ。」

少々無理な理詰めで言い切ったが。

「おっしゃあ!そういうことだ。」

「隼人がそう言うんなら、別に文句はつけねえよ。」

 この2人、言いくるめられるタイプか?それとも自分で考えたくないだけか?

「そういやこの空間に入る前に見たゲッターはずいぶんデカくて、中も広くて、

人が立っていたような気がするな。」

「巨大宇宙船って感じだったな。これもあれくらいデカくなるのかな。」

「リョウ、何処に向かって操縦してるんだ?」

「いや、自動操縦だ。勝手に飛んでる。」

 ふりむいたリョウが2人を見て愕然とした。

「オ・おい隼人、弁慶!!その顔?!」

「顔?」

 怪訝な2人。同時に顔を見合わせて、確かに驚いた。

 若返っていた。正確に言うと、3人がバラバラになった十三年前のあの頃に。

「ありゃあ〜」弁慶が何ともいえない声を出した。

「俺たちも、壊れてたところが直ったってことかよお。」

 隼人は無言でパイロットスーツを脱いだ。しなやかな白い体が漆黒のパイロットスーツから現れる。何ともいえずなまめかしい・・・

「おい隼人!何のつもりだ?」

 ひどくドギマギしてリョウは声を荒げた。ち・ちょっと待てよ・・・

「どうだ?」

 隼人は平然とモデルのように身を回した。

「ど・ど・どうって・・・」

 リョウも弁慶も返事に困った。なんて言えばいいんだ?隼人はもともとスレンダーな美形だ。ちょっと顔をかしげている様はひどくセクシー・・・

「脇腹から背中にかけての傷が一番ひどかったんだがな。それも治っているか?」

「えっ、傷?」

 慌てて隼人の体をよく見る。白い体には傷ひとつない。そういえば顔の傷もない。いつも見慣れていた綺麗な顔だ。

「ないぞ、傷なんて。」

弁慶が答えた。

「何だ、傷を気にしていたなんて。やっぱりお前、ナルシストだったんか?」

ちょっと赤くなったのが照れくさくて、リョウはわざと皮肉った。

「いや、外傷は別にかまわんのだがな。内臓がちょっとな。」

 まったく平静に応えて服を身につける隼人に、リョウはあわてて

「内臓?内臓ってどういう意味だ。お前、病気か?どこか悪いのか。」

 こんな処に医者はいるだろか。医術なら隼人が手術でもなんでも出来るだろうが、自分自身にメスを入れることって出来るのかな。なんとなく、自分で自分を手術する隼人を想像して、可能性がある気がするリョウだった。

「前の重陽子爆弾の時に、内臓までひどくやられてしまってな。まあ何とか、日常生活には支障ないし、ちょっとした運動にも差し障りないがな。」

ちょっとした運動とは、一般的にか?それとも隼人的にか?

「強いGを受けると、内臓破裂する懼れがあったんだ。」

「えっと・・・強いGというと・・・サーキット・・?ジェットコースターか?」

 弁慶が真面目に考え込んだ。<ああいうのって、確か、子供やお年寄り、酔っ払い、妊婦の方はご遠慮ください、って書いてあるよな。>

「隼人がジェットコースターで遊ぶ面かよ。もっと身近なものを考えろ。たとえば・・・あっ、ゲッターか?!」

いったい今まで、何の訓練をしてきたと思っているんだろな、こいつらは。もっともこいつらに取っちゃ、ゲッターのGなんて、へでもないってんだろう。

俺もそうだったが。隼人は苦笑した。

「おい、隼人。何か?お前はゲッターに乗ると、内臓破裂で死んじまうところだったのか?!なのに、ここまで、来たのか?」

 リョウは隼人の襟首をつかんだ。自分でも顔が強張っているのがわかる。

 <そういや、こいつは俺達とゲッターに乗れねえって抜かしやがった。>

記憶が戻ってくる。早乙女博士の真・ドラゴンに対抗するために、弁慶と3人で真ゲッターに乗り込もうとしたとき、隼人は「乗れない」と言ったのだ。

「何故だ?」という問いに、苦しそうな、辛そうな眼で見返され、俺は弁慶と2人でゲッターに乗り込んだ。隼人はタワーを動かし、自爆覚悟でタワーにゲッター線を吸収させた。無謀にも程がある、とリョウは隼人らしからぬ行動に怒鳴った。あれは無謀ではなかったのだ。いつも冷静に物事を見極め対処する隼人の、出来うる限りの行動だったのだ。

 隼人ならば崩壊した早乙女研究所の地下に真ゲッターが眠っていることを知っているはずだし、もし知らなくてもこいつなら真ゲッターは造れたはずだ。

各国のスーパーロボット軍団をみても、真ゲッターのほうが段違いの力を持っているのはわかる。ただ、乗り手がいなかったのだ。たとえ、リョウたちがいなくても、隼人さえメインパイロットとして乗り込めれば、後の2人はたとえばシュワルツぐらいのパイロットでもなんとかなっただろう。完璧なゲッターでなくても、他のスーパーロボットよりははるかに力を持っていた。その隼人自身がゲッターに乗れないのでは、他の方法を考えざるを得なかったのだ。ゲッターチームはひとりしか残っていなかったから。13年前のあの時から、隼人はいつも一人だったのだ。リョウは隼人から手を離した。

 眼前に広がる宇宙空間を、隼人は無言でみつめていた。

 弁慶は、元気を育てるために、早乙女研究所時代のなにもかもと縁を切った。

日本軍の一員として働いてはいたが、ゲッターがどうなったか、リョウや隼人がどうなったか、そんなことは一切知らなかった。知ろうとしなかった。目の前で震えている元気を守り、癒してやることだけが弁慶の生きる指針だった。

前だけをみていなければ生きられなかった。失った仲間を、かつての日々を、思い出しては生きていけなかったのだ。

 リョウもまた、前だけを見て生きてきた。憎しみを糧にしなければ、こころが壊れそうだったのだ。絶望と、哀しみ、なによりも果てしない孤独。

必ず隼人を殺してやる。必ずもう一度隼人に会って、何故俺を裏切ったか問い詰めてやる。憎んでやる、呪ってやる。この手で隼人を殺すまで、もう一度、隼人に会うまでは俺は死なない!

 今なら、いや初めから解っていた。俺は隼人に会いたかった。真実を教えてほしかった。憎んでいたのではない。俺が憎まれていたんじゃないと、確認したかったのだ。

 もう一度、昔のように笑いたかった。武蔵や弁慶と馬鹿なこと言って笑いころげ、うしろで苦笑している隼人のちょっと冷たい、でも穏やかな、瞳が見たかった。もう一度。

 何か言葉にしようとすれば、泣き出しそうだった。リョウは窓の外をみつめている隼人の、背中をただ見詰めていた。

 

 <まったくおひとよしだな、リョウは。あんな目に合わせた俺なのに。>

自分のうしろで、リョウが震えているのがわかる。自分の苦しみよりも俺の哀しみを想ってくれている。こういう奴だった。なぜあの時疑ったのか。いいや、リョウを疑ったんじゃない。もっと非道い。俺は、自分自身を信じちまったんだ。あのとき・・・・

 

「だけど隼人。お前、タワーから放り出されて真ジャガーに飛び移ったけど、大丈夫だったじゃないか?真ゲッターのGは半端じゃないぞ。」

 弁慶がいまひとつ、納得出来ないような顔つきで尋ねた。

「ふ・・・タワーの爆発で、空中に放り出されること自体ふつうじゃないんだよ。俺はメインブリッジにいた。敷島博士がシールドを解除したうえ、収集装置を限界以上にいじるから、暴走して、一番派手な爆発地点だったんだ。爆風で飛ばされるどころか、一瞬で蒸発してもおかしくないところだ。なのに俺は無傷でしかも真ジャガーに飛び乗れた。俺の姿だってお前たちにははっきりとは見えなかっただろう?あの時俺が、<こいつは、まだ俺を必要としてるってわけか>と呟いたとき、弁慶、お前、<感傷に浸ってんじゃないぞ>と怒鳴ってくれたな。だが俺は、これ以上ないほど感傷的になっちまったよ。まだ戦えるってな」

 だから、そのあともゲッターに乗ったんだ。少なくとも戦いの帰趨がはっきりするまでは、俺は死なないと思ったから。その後なら、死んでいい。   
「そっかあ、おまえも苦労したんだな」

 弁慶がつぶやき、そして思い出したように言った。

「そうだ。ずっと気になっていたんだ。あの時、早乙女博士を殺したのは、本当は誰だったんだ?それに隼人、お前はどこにいたんだ?」

 

沈黙・・・隼人の薄い頬が引きつり、秀麗な顔に翳りが差す。切れ長の瞳に苦渋が滲む。

「ば・馬鹿、弁慶!なにも今、そんなこと聞かなくても・・・」

被害者であるはずのリョウがあわてて弁慶をとめた。確かに知りたいが、隼人を苦しめてまで答えさせたくはない。

「リョウ、お前は本当におひとよしだな。俺はお前に殺されたって文句言えないのによ。」

「わかっているさ。お前はあの時、俺に自分の銃を投げ寄越して、<これで俺を撃ち殺せ>っていったじゃねえか。<すべてが終わった後に>ってな。」

 あのときの隼人の眼は忘れない。こいつはいつだって、言い訳なんかしない。でも俺だって、こいつが始めから説明してくれれば冤罪だって受けたのに。それが、どうしても必要なことだったんだろうから。

「そうじゃない、リョウ。俺が馬鹿だっただけだ。早乙女博士の口車に乗っておまえを裏切った」

 リョウの想いが聞こえたかのように、隼人は苦しげに告げた。

そうだ、リョウは思い出した。俺が理由を問い質した時、隼人は早乙女博士の口車に乗って、といった。博士は横で大笑いしていた。思い出してもカッとくる・・・・

「全部俺が悪い。俺がお前の立場だったら、俺はお前を100年は許さないだろうな。」

意を決したようにリョウを見詰める隼人。

 その悲壮な瞳に思わず息をのんだ。聞けば、俺たちの関係が壊れてしまうほどのことなのだろうか。俺達の関係が壊れてしまうほどのことは、この世にあるはずがない、と思いつつ、リョウは聞くのが怖かった。もういい!と叫びたくなった。

 「でもよう、隼人なら100年でも、リョウならせいぜい50年くらいしか根にもたねエんじゃないかなあ。もっと短いかも。こいつ、そんなに記憶のいいほうでもねえし。」

 いつもの間伸びした口調で弁慶が言った。重く張り詰めていた空気が一気に霧散する。

 「な・何〜、よけいなお世話だ。俺の頭の出来を、おめえに言われたかねえよ。」

 安堵してリョウは怒鳴った。本当にほっとしたのだ。屈託なく言い合いしている2人を見つめて、そうだな、と隼人は思った。俺達はこの先この空間で、どれほどの時間を過ごして行かねばならないか、それはわからない。

 憎まれ続けても、ただ一日、笑い合える日が残っていればいい。

 「まあ、俺はヘビみたいな隼人ほど執念深くねえけどよ。100年恨むほどのことならば、1年を1回として50回ほどぶん殴らせろ。そしたら50年で許してやらあ。」

 リョウが冗談まじりの口調で笑った。どんなことでも、はっきりさせて引きずらない。いつも前向きで頼もしい。隼人はいつも羨ましかった。自分には決して手にはいらない、そんな 力?、を感じていた。

 「1年の回数をもっと増やしてもかまわないぜ。殴り殺されたって文句は言えねえんだからな」

 嬉しいくせに、自嘲気味にいう隼人にたいして、

 「こんなところでお前を殺したら、俺達だって生きていられねえよ」

 「そうそう、せめて、食い物を手に入れる方法をみつけるまではな。」

 まあ、戦いがあるということは、日常があるということなんだが。

宇宙的規模も神秘も、こいつらには日常を超えない現象なんだろうか。頼もしいというべきなんだろうな、無理にでも。

 

宇宙の暗さは夜ではない。闇とも違う。少しの間、外に目をむけていた隼人は

ゆっくりとリョウ達に視線を戻した。

 

「あの合体事故が起きる2週間前・・・」

リョウは胸がズキンとした。あの事故・・・

ミチルが合体に失敗して死んでしまったあの事故。あれからすべてが、悪いほうに向かってころがり落ちて行った・・・

「俺はミチルさんと婚約したんだ。」

「ええっ?!」

見事にハモる2人。

「そ・そんな・・・」

「で・でも・・・」

戸惑う2人。信じられない、という訳でもないし、信じたくないということでもない。よくよく考えれば、一番似合いのカップルにも思える。というより。

ミチルが自分達以外の誰かを選ぶというのも思えなかったし、隼人が誰かと愛を語る、というのも想像がつかない。ミチルなら、なんとか?

 隼人が結婚するという前提があるなら、相手はミチルだろう。独身で通すはず、と決め付けていたわけではないが。

「あの頃は、武蔵や弁慶は軍にいて、研究所を離れていたからな。でも、次の休暇には2人とも帰ってくると言っていたから、そのときに正式に発表しようと思っていたんだ。

 だけど、早乙女博士にはちゃんと許可はとっていた。博士は俺達を祝福してくれた。とても喜んで。

いまでも、それだけは確信している。」

 あの日のことは決して忘れない。もっとも、隼人は幼い頃からこれまでに見聞きしたすべてを憶えている。写真のように、ビデオのように、正確に記憶に刻み込まれている。それでも「あの日」は、部屋に入り込む、風の匂いさえ憶えている。



 

「博士、ちょっとお話があります。よろしいですか?」

いつもと同じ丁寧な声で隼人が部屋に入ってきた。後ろに、ちょっとはにかんだようすのミチルがいる。

「おお、隼人君。ちょうど呼ぼうとおもっとったところだ。第4地下研究室からきたゲッター線のデータだが、」

ろくに顔も見ずに、早乙女は手に持っていた書類を隼人に押し付け、ガリガリと頭を掻きながらコンピューターに目を移した。

「見たまえ、この間、君が開発したシステムの方に流してみたところ、これまで以上に純度の高いゲッター線が得られるようだ。まだまだ不安定だから、机上の計算でしかないが、それでも・・」

興奮して、一方的に喋り続ける早乙女にたいして

「待ってください、博士。俺の話を先に聞いていただきたいのですが。」

早乙女は、「おや?」という顔になった。隼人がこんなとき、違う話を優先させるのは珍しい。科学者としての探究心は自分と同等だ。訝しげに新しい煙草を手に取り火を点けた。じっと隼人の顔を見る。いつもどうり無表情、というより無表情を装っているようにみえる。こんな様子ははじめてだ。余程重大な話があるとみえる・・・・

「ミチル、おまえは席をはずしなさい。」

なにか用があるのか、さっきから黙って立っている娘を早乙女は追い払おうとした。

「まあ、お父様ったら。」

いつもはすぐに出て行く娘が、何故か責めるような眼差しで睨む。

「?」

「博士、実は、俺とミチルさんの結婚を認めて欲しいんです。」

一気に言った隼人の頬がうっすらと紅く染まる。言葉よりもそれに驚いて、

「な・な・なに〜」

おもわず煙草を落とし、拾おうとして「うわっちちちっ・・」

吸殻の山になった灰皿をひっくりかえし、灰が舞い、咳き込んだ。

「博士!」

「お父様!」

駆け寄った隼人の腕をがっしりと掴むと、

「本当か?本当にミチルと結婚したいというのか?」

「はい。お願いします」

見知らぬ青年をみているようだった。いつも慇懃な態度をくずさず、凛然として物事に正確・迅速に対処する彼は、その卓越した頭脳ゆえか、なぜか、世俗というものを超越しているかのようにおもえた。もちろん、冷血、冷酷という面を多々持つ彼が、どれ程人類を大切に思っているかは解かっていた。仲間というか、個人も大切に思っているだろうが、それでも、世間一般のように顕すとは、正直考えられなかった。じっと自分を見つめる眼の奥に不安が揺れているのも驚きだった。

「いや、嬉しいことだ。わしに異存はない。大賛成だ。」

言ってやると隼人の顔に、いや全身に喜びが溢れた。こんな晴れやかな笑顔はいまだかつて見たことがない。というより、こんなに素直に喜びを表すこともできたのか、と妙に感心した。

「ありがとうございます」

深く頭をさげ、言葉は相変わらず低く、落ち着いた声ではあったが。

 ミチルが大喜びで父親に抱きつき、その様子をいとおしそうにみつめる隼人。

「こらこら、ミチル。抱きつく相手が違うだろうが」

「まあ、いやなお父様!」

顔を真っ赤にしてむくれる娘に、早乙女は、

「いやーよかった、よかった。これで、やっとゴミを捨てられる。」

「え?ごみ?」

不審そうに早乙女を見る2人を尻目に、うしろのスチールロッカーを開ける。中から大量の封筒がなだれ落ちた。

「なんですか、これは」

床に散らばった封筒を拾い集めながら隼人が尋ねた。

「見合い写真だ」

「ええっ?!」

 ミチルがあわててひとつの封筒を開け、中を見ると

「・・・・・」

 そこに写っているのは間違いなく、正装した女性。見合い写真である。つぎつぎと開くミチル。学会のパーテイなどで見知っている顔や社交紙・写真集で見かける顔。その他、全然知らない娘たちが、とびきりの笑顔で微笑んでいた。

「お父様、これは、どういうこと?!」

眉をひそめて詰問してくる娘に対して。

「いや、隼人君に渡してくれと、あちこちから押し付けられたんじゃよ。学者仲間ばかりじゃなく、各国の政府高官や軍人連中からもな。どうやら、隼人君を自分たちの後継者に欲しいらしい。」

 無理もない、と早乙女は思う。

 この白皙の青年は、あらゆる点で人を凌駕している。知能においてはホストコンピュータの異名を取るが如く、学問全般に通じている。身体能力は世界有数の戦士の一人であるし、音楽や絵画、彫刻などの芸術面の造詣も深い。パーテイ等で求められれば、優雅にダンスもこなすのだ。そして、何より。

 人を惹きつける強力なカリスマ性を持っていた。人種差別や偏見の激しい、荒くれ者揃いの部隊をまかされても。自尊心の高い偏屈な科学者たちの合同プロジェクトにおいても。神 隼人という人間は、いつの間にか人々に、指示を仰がれていた。

 「ミチルの分の見合い写真もあるんだぞ。」

 プンプンしながら写真をみているミチルと、苦笑しながらなだめている隼人を見ながら、早乙女は机の下からひとまとめにくくられた封筒の束を取り出した。

 「えっ?わたしの?」

 「ライバルは消せっていうか、おまえ宛てにもたくさん紹介がきている。」

 手に取ろうとしたミチルの後ろから、ヒョイと隼人が束を持ち上げ、

 「これは俺が処分します。」

 眼のフチにちょっと剣呑な光を滲ませながら。

 ・・・自分にとっては最高の後継者、愛娘にとっては最高の生涯の伴侶。

早乙女はこれ以上もなく満足であった。そのあたたかい視線をうけ、隼人もまた満ち足りていた。

 

 

 遠い眼をしている。

 暫し、口をつぐんだ隼人を見て、リョウは胸が痛んだ。あの頃、2人の仲がそんなふうになっていたなんて、思いもよらなかった。というより、あの頃はあまり隼人と顔を合わせることがなかったのだ。リョウは自衛隊から派遣された後輩たちとゲッターの訓練をしたり、自衛隊基地での演習に教官として招かれたりしていたし、隼人は研究所の仕事以外に外交面で忙しく、さまざまな要請が目白押しで、ゲッターの訓練に顔を出すことはほとんどなかった.NASAや国連への出向も多く、そのほかにも各国の重要な会議に招聘されていた。

 「武蔵と弁慶が戻ってきたら、俺はどちらかにライガーを譲り、ゲッターのパイロットを降りようと思っていた。いままで以上に博士の代理としての仕事が増えるだろうし、近い将来、月面基地計画の責任者のひとりとして、月へ行ってほしいとの打診も受けていた。そうなれば、しばらく地球には戻れないだろうからな。」

 「おまえ、そこまでお偉いさんだったのか?」

 「たまげたなアー。いやー、おどろいた。」

リョウも弁慶も呆れた様に隼人を直視する。たしかに凄い奴だとは思っていたが、チームメートとしてあまりに身近に感じていたのと、いつも淡々と物事を処理していくので、そんな大層なものだという実感がわかなかったのだ。

 「ライガーはスピードが主だからな。武蔵や弁慶では少し無理があるとも思ったが、他のパイロットよりはずっとましだからな。たぶん、弁慶に譲ることになると思っていた。2人の意見を聞いてだが。」

 「へえー、俺がライガーかあ。かっこいいなあ。」

満更でもなさそうに弁慶がつぶやく。

 「イ・イメージが・・・」

これはリョウ。

 「譲ると決めたら、やはり寂しくてな。その頃、出来るだけ時間をとって、ライガーに乗ったんだ。」

 「そういや急に、訓練に顔をだすようになったな。でも、ポセイドンは自衛隊の奴の操縦だったから、いまいちスピードが出なかったっけ。」

 久しぶりに隼人と合体できるのが嬉しくて、いつも以上の推力でフォーメーションを組み、それについて来れないポセイドンにいらついた。仕方ないと思いはしたが。

 「俺の搭乗が最後だと知っていたから、ミチルさんがポセイドンで合体訓練に参加してくれたんだ。」

 苦しそうに隼人がいう。

 

 

「ミチルさんにポセイドンは無理だぜ。」

「失礼ね、リョウ君。私だって、レデイコマンドの操縦者よ。」

「そりゃそうだけど、レデイコマンドとポセイドンじゃパワーが違うし。」

「大丈夫よ。以前にもちゃんと合体できたもの。心配ならリョウくんと隼人さんが、タイミングを合わせてくれればいいのよ。チームワークなら、他の人には負けないわ。」

「そりゃ、気心が知れてるっつたらバッチリだけどよ。おい、隼人、どうする?」

「あまり、すすめられないな。ミチルさん、やめたほうがいい。」

「大丈夫よ、隼人さん。戦うっていうんなら、武蔵くんや弁慶くんにはとてもかなわないけど、ただ合体という技術なら、あまり差はないと思うわ。ポセイドンはドラゴンやライガーよりもずっと安定もいいし。」

「うーん、じゃあ、いっちょう行くか!たしかに武蔵たちより、うまいかもナ。」

「ミチルさん、無理しないでください。」

「大丈夫だってば。わたしの腕をみてちょうだい。」

「おーい、隼人くん。あまり、ミチルを甘やかさんほうがいいぞ。」

「お父様!」

あのとき、さっと赤くなったミチルさんは、とても綺麗だったな。

 リョウは思い出した。あの博士の言葉、あの時は気づかなかったけど、あれは隼人とミチルに対する愛情だったんだ。

 輝く3機は大空に吸い込まれ、合体し、分離し、繰り返す。光溢れる空。

そして。

 「ライガーにチェンジだ!」

 「おう!」 

 「オッケイ!」

 「チェーンジ、ライガー!!」

 


    唐突に、打たれた終止符。あの日。



 

隼人は幼い頃から、自分から何かを欲したことはなかった。周囲の大人も子供も、競って彼の関心を惹こうとさまざまな事物を彼に差し出した。隼人は何にでも興味があったから、人々が示すそれぞれをおもしろそうに受け取った。大人たちは、高価なおもちゃや珍しい所、たのしい所に連れていった。子供たちは一緒に遊ぼうと、虫取りやかくれんぼ、トランプやベーゴマ、探検ごっこ、いろいろな遊びに誘った。隼人はどんなささいなことでも楽しんだが、2度目からは興味をもたなかった。どんなにおいしいお菓子やごちそうも、特に食べたいとは思わなかったし、声をたてて笑った遊園地も、食い入るように見つめた水族館も、再び行く気にはならなかった。「いらない」と、つまらなさそうに

つぶやくだけだった。

 スポーツにも興味をもった。だが、教えられた技術はすぐに身についた。人をはるかに超える基礎体力、運動能力ですら天性のものだった。空手や柔道、拳法などの武術もひととおりこなしたら、興味をうしなった。ある程度のトレーニングは気晴らしに続けはしたが。

 各国の言語にも興味を持ったこともある。だが、一度学べばすぐ覚えたし、覚えたことは決して忘れることはなかった。他の学問もすべて同じだった。

 物事の善悪も、また、ただの‘知識’だった。善も悪も相対的なもので、受け止める相手によって異なる観念だから、社会通念上の善悪に縛られることはなかった。成長するにつけ、「新たな楽しみ」というものは減っていった。「努力する楽しみ」には縁がなかった。

 退屈な日々がつづいた。高校生になって学生運動に手を出してみた。相手が人間で、駆け引きが面白そうに思えた。すぐに他の学生から奉られ、思いどうりのゲームを始めた。最小限のリスクで最大の効果。考えるのは楽しかった。いずれ厭きるだろうが、それまでは、と思った。失ってつらいものなど、持ったことはなかった。絶対手に入れたいと、願った事など一度もなかった。

 リョウが迎えに来るまでは。

 早乙女研究所で隼人は一変した。

敵は強大でしぶとく、次から次へと攻撃してきた。生命を懸けたギリギリの戦いの中で初めて、隼人は自分と対等、もしくはそれ以上の人間をみつけた。

 早乙女博士は、はじめての尊敬できる人物だった。単なる‘偉大な知能’ではなく、‘偉大な知力’だった。凄い、と震えた。

 チームメイトのリョウや武蔵、弁慶も‘凄い奴ら’だと思う。学力は問題ではない。隼人にとっては、小学生も高校生もたいして差のないレベルだから、

リョウ達の頭の出来は気にならない。単に勉強が苦手な奴らだ、という認識しかない。それよりもあいつら、特にリョウは凄い。

 戦闘力、破壊力、どちらもリョウのほうが上だった。隼人がリョウと互角に殴りあいが出来るのは、隼人がスピードで勝っているからにすぎない。まともに拳を喰らうところを、わずかでも避けることが出来るから、最小のダメージで済むのだ。勿論、隼人も常人(この場合、鍛え抜かれた人間を指す)よりもはるかに強いしタフだ。だが、それ以上にリョウは強い。計算出来ない強さ、というより計算を超える強さを持つ男。

 ゲットマシンの操縦や、敵基地破壊といった技術や知識、精緻さを必要とする行動であれば隼人のほうが上ではあるが、リョウには最も重要である場面での底力があった。それは限界のない力。相手がどんなに強力でも、それを倒せる力。隼人とはまた違う天性の能力。天性のカン。邪気のない笑顔とともに、隼人には羨望の的だった。

 武蔵や弁慶のことも好きだった。ドジだのノロマだのからかいはしたが。

一本気でおおらかで、涙もろくて頑固で優しい。こいつらになら、どんなに大事なものでも預けていけるだろう。俺が切り捨てざるを得ない、大切なものを。そんな気がした。こいつらは、俺よりも、ずっと頼りがいのある奴らだ。本当の意味で俺よりも世の中に必要な人間だろうなと。

 ミチルについては、始めは博士の娘、という存在でしかなかった。だが、幾度もの戦闘を重ねた間、彼女もまたチームの一員であり、戦士であった。恋愛とは別の意味で、かけがえのない存在となっていた。

 戦いが終わって、とりあえず平和になった研究所で、ミチルは隼人の秘書的な役割をしていた。日常における様々な事象―ゲッター線のことももちろんだが、他の機械や設備、集められたデータについての指示、所内のこまごまとした雑務の決済、他の機関への外交的な対応。いくつもの会議の要請、軍の作戦指導、政府への説明。それらをすべて隼人が取り仕切っていた。早乙女は自分の研究に没頭していた。もともと、研究ひと筋の科学者だったから。いつの間にか隼人は研究所の副所長扱いだった。すべてをまかされていた。誰もが、当然のことのように隼人を頼りとした。早乙女よりも。

 どれほど時間があっても足りない隼人は、当然のことながら休息の時間を削って仕事を片付けていった。目を血走らせることもなく、声を荒げることもなく淡々と仕事を片付けていくので、さらにまた、次々と意見を求める所員達。

そんな所員を(博士連中も含めて)一喝出来るのはミチルだけだったし、隼人に注意し、説教し、有無を言わさず仕事を休ませられるのも、ミチルだけだった。

 いつのまにか、傍にいるのが当たり前のようになっていた。政府から月面基地計画への参加を要請されたとき、頭を翳ったのはミチルの顔だった。自分でも驚愕した。これまでのどんな難問より時間をかけ頭を悩ませた。常とは違う隼人の様子に、さすがの所員たちも、なにか重大な問題を抱えているのだろうと仕事をもっていくのを遠慮した。おかげで暫らく所内は、戦闘時のときのように混乱したが。導き出された結論はひとつだった。

 そして・・・・ミチルに告げた。


 

 リョウは、苦い唾を飲み込んだ。ミチルの葬式に、早乙女博士は顔を出さなかった。次々と訪れる各界の弔問客。すべては隼人が執り行った。リョウは自室に籠もっていた。慌てて駆けつけてきた武蔵と弁慶が、黙って側に居てくれた。どうしようもないやるせなさ。悲しみ。くるしみを共に癒し合うように。

 だけど、隼人は誰が慰めていただろう。弔問の言葉を受けるたびに、ミチルの死を事実として突きつけられる隼人は。最愛のひとを、おそらくは自分の我儘で死なせたと、自責の念に苦しむ隼人を、誰が。

 ミチルの喪に服しても、研究所の仕事は変わらない。早乙女は研究室から出ず、研究所を取り仕切るのはやはり隼人だった。誰もがそれを当たり前と考えていた。

 一週間がすぎ、ふとリョウが隼人を探すと何処にもいなかった。というより

 「先程まで、ここにおられました。」「今、ここを出られました」「もう、あちらに着いておられるころです。」

 隼人の跡を追って捕まえるのに、2日かかった。夜遅く、車から降りてきた隼人に駆け寄って、リョウは言葉をうしなった。

 泰然としていた。まったく普段と変わらぬ静かな表情。いつだって喜怒哀楽を表にださない男だが、その表情にはなにもなかった。何も。
 リョウは背筋がゾッとした。

 「ただいま」

 かけられた言葉があまりに日常すぎて、かえってリョウは混乱した。さっさと歩いていく隼人を追いかけて、

 「あ・ああ。遅くまで、大変だな。今日はもう終わりだろ?俺の部屋で、一杯やらないか?」

 「せっかくだが、まだ所内のデータの確認が残っている。明日も東京で会議があるんでな。今日中にやってしまいたい。」

 「おまえ、ちゃんと眠っているか?」

 「眠れるときはな」

 それが、時間的を意味するのではないことに気づいた。

 翌朝、食堂で待っていたが隼人は来なかった。そういえば、最近、食堂ではみかけないね、と、おばちゃん達が言う。そとで食べているんだろうね、忙しいから。

 もともと隼人は食事に興味のない奴だった。微妙な味の違いもわかるくせに、美味くても不味くても平然と食う。第一目的は栄養の摂取だからな、と、隼人の研究室に宇宙食がおかれていたのを覚えている。あんな、まずいもの。

 

 リョウは早乙女博士の部屋に行った。おそらく隼人は、自分が何を言っても寂しげに微笑むだけだろう。そんな気がした。だから、博士から隼人を説得してもらおう。博士の言葉なら、隼人も聞くだろう。

 「博士。」

 振り向いた早乙女は別人のようだった。もともと狂気を秘めた科学者ではあるが、リョウ達に対しては師として以上に、父親にも似たあたたかさを持っていた。それが。

 すさんだ表情。憎しみに近い嫌悪の表情でリョウを睨みつけた。

 「何だ、リョウ?」

暗い、押し付けた声。リョウは一瞬躊躇した。娘を亡くした哀しみが、早乙女を変えていると思った。今、早乙女に頼むのは酷かな、と思ったが、

 「あの、実は隼人がずいぶん参ってるみたいで・・・仕事にかこつけて、食事も睡眠もほとんど取っていないようなんです。このままだと、あいつ、倒れてしまいそうで。研究所の仕事も大切だと思うけど、2・3日隼人を休ませてやってほしいんです。俺が言っても聞かないだろうから、博士からあいつに言ってくれませんか。2・3日、どこか静かなところへ行くように。俺も一緒に付いていきますから。」

 「ほう、殺人者2人で祝杯を挙げるという訳か。」

 「へっ?!」

 どす黒い憎しみに満ちた声。その言葉の意味が掴めず、リョウは言葉を失った。・・・「サツジンシャ・・?」

 早乙女はすでに憎悪に満ちた眼でリョウを睨みつけていた。

 「お前たち2人が、わしのミチルを殺した!!」

 「な、なにを馬鹿なことを!博士、あれは事故で!」

 愕然とするリョウ。

 「事故だと?!お前たちの腕で、あんな簡単な合体で!事故だと?!ミチルの未熟さで誤魔化そうとしてもそうはいかん。あれは故意だ。悪意だ。事故であろうはずがない!」

 激しい憎しみを身体中から発し、早乙女は糾弾した。あまりの事に頭が真っ白になるリョウ。自分の前にいる人物が、いったい誰なのかわからなくなった。

 「落ち着いてください、博士。なんで俺達が、ミチルさんを殺すんです?どんな理由があるっていうんです!」

 「そんなものは、お前たちが知っているだろう!」

取り付くしまもなく、憎しみだけをぶつける早乙女。

 あまりに理不尽な言いがかりに、リョウは何を言っていいのかわからなかった。ミチルの死で博士は狂ってしまったのだろうか。俺ひとりの手にはおえない。隼人を呼んで来なければ。と思ったとき、ふと頭をよぎった。

 「博士、あなたはまさか、隼人にもこんなこと、言ったんじゃないでしょうね?!」

 「奴が眠れていない、というのなら、おまえより少しばかり罪悪感はあるんだろう。ちょうどいい、奴も呼んで来い」

 「馬鹿な。そんなことができるものか1」

 憎々しげに呟く早乙女の顔が、ゴールやブライよりも憎く思えた。隼人は、傷つきながらも研究所のために、寝食を捨てて働いているのに、あいつまで疑い、傷つけようとするなんて。俺達がミチルさんを殺すなんて、どこをどう押せばそんな考えがでてくるんだろう。狂っている・・・

 かつて、トカゲ共に取り付かれた長男の達人を、自分の手で殺した早乙女なのに、娘の死はそれほど痛手だったのか。事故と認められないほどに。

 哀れには思ったけれど、自分が、ましてや隼人までがミチルを殺したと誤解されては堪らない。

 「博士、おちついて下さい。俺たちはけっして、」

言いかけたとき、思い切り殴り飛ばされ、廊下の壁にぶつかった。閉じられたドア。普段のリョウなら避けられた拳のはずだが、動転していたのだろう。

 「博士!博士!」

ドアの向こうは沈黙していた。

 

 その夜、リョウは研究所の前で空を見上げていた。人里離れた山のなかの研究所では、いつも夜空は溢れんばかりの星で埋め尽くされているのに、今夜はひとつの星もなかった。

 下のほうから車のヘッドライトが見えてきて、玄関で停まった。黒のスーツを着た隼人が降りてきた。黒いネクタイ、黒いシャツ。闇に溶け込む黒い髪。闇より深い黒い瞳。

 「お帰り、隼人」

 「ああ、ただいま。どうしたんだ、リョウ?」

 「何か眠れなくてナ。どうせ、おまえもすぐには寝ないんだろ?ちょっと、一緒にいようかと思ってな。」

 「相手してやる暇はないぜ。」ちょっとだけ、笑ったように見えた。

 「ああ、勝手にいるさ」ひどく、うれしかった。

 相手してやる暇はない、と自分で言ったとうり、隼人は忙しく動いた。リョウは部屋の隅でそれを見ていた。次から次に隼人に書類を手渡す所員たち。それに目を通し、コンピューターの端末を操り、モニターの確認をしながら、また所員の報告をきく。いつまで続くのかと思う単調な繰り返しに、リョウは眠くなってきた。早乙女の異常を隼人に告げるべきか否か。一時期の錯乱ならいいが、とてもそうはみえなかった。隼人の仕事はますます増えるにちがいない。

 意味のわからぬ記号で語られる会話、模様としか見えないモニター画面。

モノクロになっていく部屋のなかで、隼人の姿だけが目に鮮やかだった。やがて、長椅子の上で眠ってしまった。

 ざわざわした雰囲気に目を覚ますと、もう朝になっていてリョウは自分に毛布が掛けられているのをみた。所員たちは交代したらしく、ゆうべと違う面々がそれぞれの席に着いていた。

 「やあ、リョウさん。起きたんですか。」

 「ずいぶん疲れていたみたいですね。ぐっすりでしたよ。」

笑いながら所員たちが話しかけてきた。

 「ああ、そうだな。よく寝たよ」

 早乙女との一件で重くなっていた気分がだいぶ軽くなっていた。やはり、隼人の顔を見ていたせいか、と思った。あいつの側は安心する・・・

 「もう隼人はめし食いに行ったのかな。今日は出張はないんだろ?」

 「さあ、ちょっと連絡事項は受けていませんが。」

 リョウは食堂に行った。見回しても隼人の姿はない。時計は7時だ。昨日も遅かっただろうから、まだ部屋で寝ているのか?それならいいが。やがて武蔵と弁慶も来て、一緒に食事をとった。当分は研究所にいる、という2人が心強かった。

 だが、その日以来、隼人の姿は研究所から消えた。



 

 「お前は博士に何を言われた?そして何処にいたんだ?!」

 所員の誰も隼人の居場所を知らなかった。何をしているのかも。リョウは激しく早乙女を追及した。それに対し、憎々しげな冷笑と、言う必要はない、の一点張りで、2人の間はどんどん悪化していった。武蔵たちが話をしようとしても、扉は閉ざされるばかりだ。

 隼人がいないために消化されない仕事の多さに、所員たちも殺伐としてきた。

誰もが互いを認め合い、労わり合って笑いに満ちていた研究所が、重く息苦しい監獄に変わるのに、そう時間はかからなかった。

 「あの夜、お前が眠ってしばらくして、俺は博士に呼ばれた。」

 午前2時を回り、ようやく仕事が終わろうとしたとき、内線で連絡が入った。

長椅子で眠ってしまったリョウをちら、と見て、毛布を掛けてやってくれ、と言って部屋を出た。早乙女の部屋に入る前、ふっ、と大きく息をついた。さすがに疲れが溜まっていた。ここ10日ほど、ゆっくり寝たことはない。眠れば

夢をみてしまう。やさしい、やさしい、哀しい夢。手を伸ばそうとした途端、

悪夢にかわる。耳をつんざく悲鳴。あれは自分の声か?つめたい汗が体にまといつく。眠りたくない。だが、そろそろ、体が限界にきているのもわかっていた。

 「博士、入ります。」

 一瞬、違和感を感じた。振り返った早乙女の姿に。だが、それが何なのか、わからなかった。

 「おお、隼人君。待っていた。」

 常と変わらぬ口調。顔は憔悴しているが、それは無理もない。ミチルが死んでしまったのだから。少し、感じがおかしいのも、そのせいだろう。たぶん、自分もそうだ。

 「隼人君、これから言うことは真実だ。証拠はない。だが、間違いない。

・・・・ミチルは殺されたのだ、リョウに!」

 一変、地獄の悪鬼の形相と化した早乙女が地の底から響くような声で言った。だが、その様子よりも言葉に、一瞬、思考が停まった。

 「な、なにを言い出すんです、博士!」

 およそものに動じない(ふりをする)隼人だったが、此の時ばかりは慄然とした。博士は狂ってしまったのか、あまりの悲しみに。

 顔色の変わった隼人をじっと見据えて、

 「嘘ではない。リョウは、君とミチルを憎んでいた。」

 「馬鹿な。何故、リョウが・・・」

 「わしは、君とミチルの結婚を、リョウだけに話した。奴は君の親友だと思っておったからな。発表のとき、特別にプレゼントでもしたいかと思ってな。

だが、わしが伝えた時のリョウの顔。あれは、凄まじい顔つきになった。わしは驚いて、どうしたのかと尋ねたが、奴は無言で部屋を出て行った。今なら判る。奴は、ミチルに横恋慕しておったのじゃ。君を憎んだ。」

 「信じません。たとえリョウがミチルさんを好きだったとしても、なおさら、何故ミチルさんを殺せるんです。殺すんなら、俺の方をでしょう。」

 狂っている。博士は、悲しみのあまり。

 「君が死んだら、ミチルはリョウに乗り換えるとでも?そんな娘だと思っていたのか?君が死んでも、いや、君が死んだらなおさら、ミチルはリョウなど歯牙にもかけんだろう。百歩譲ってリョウを選んだとしても、君の面影は常に付きまとい比べられる。勝てるわけのない君の影にな。それに奴は君を失いたくもないのだ。リョウは社会でははみだし者だ。確かに、人並み外れた戦闘力や技術はこの研究所においては尊ばれる。しかし、平和になれば、特異な能力でなくとも、誰でも遜色なく仕事がこなせる。他ともうまくやっていける、そんな人間なら大勢いる。奴にできるのはせいぜい試験パイロットか特務機関の教官だ。奴にとって、何も面白みのないものだ。しかも君は月面基地への要請も受けている。このまま行けば、君はミチルと2人で月に行き、研究所、つまりリョウのことなど気にもかけんだろう。だが、もし、ミチルが死んだら、君は消沈してここに残るか、あるいは、親友と思っている奴を支えにして、共に月に行くだろう。あそこは奴にとって、力を発揮できる唯一の場所だ。皆から尊敬され、君にも頼りにされるのだ。現にリョウはわしに、君と2人での休暇をくれと言ってきた。きっと、そのときに、君を丸め込んで・・・」


 

ガッシャーン!!

凄い音とともに隼人は吹っ飛び、壁にぶつかり崩れ落ちた。宇宙艇が揺れる。

 「リョウ!」

 弁慶が後ろから羽交い絞めにする。それを激しく振りほどき、

 「は・隼人、貴様!俺、俺をそんなふうに!」

怒りで言葉が詰まる。羅刹のごとく顔が変わる。ぶるぶる震える腕を、弁慶はしっかり押さえる。

 「ま、待て、リョウ!落ち着け!気持ちはわかるが」

 「わかってたまるか!!」

 「隼人だって、極限の状態だったんだ、だから、」

 「うるせぇ!どんな理由があろうと、俺を、俺が、そんな卑劣なこと、

貴様、信じたのか?!」

 頭の中が沸騰する。悔しさで狂いそうだった。隼人は俺をそんなふうに・・

 「いくら俺でも、それほど馬鹿じゃない・・・」

 「??」

 ゆっくり顔をあげ、続ける隼人。

 「それ以上の、馬鹿ではあったがな」

 口を切ったらしく、赤い筋が流れる。やるせない、暗い眼。


 

 「博士、俺はあいつを知っています。リョウはそんな奴じゃない。もし俺を憎むことがあったとしても、決してミチルさんに手は出さない。他のどんな手段を使うことがあったとしても、それは俺に対してだけです。」

 「だから、君に対して、一番痛みの激しい方法を取ったんじゃないかね。

ミチルの死以上に、君を苦しめるものがあるか?」

 「博士、お願いです。しばらく仕事を離れ、静養してください。貴方は悲しみのあまり、錯乱している。」

 「お優しいことだな。それほどリョウの本性が信じられんとは。

 だが、もし、逆の立場だったらどうする?」

 「逆?」

 「そうだ。ミチルの選んだのが君ではなく、リョウだったとしたら、君は、諸手を挙げて祝福できたかな?」

 

 急にあたりが暗くなった気がした。照明は変わらないのに。低い声が続く。

隼人の声は深くて、普段ならいつまでも聞いていたい心地よさだが、今は、暗い重さがあたりを覆う。

 「さすがに早乙女博士は恐ろしい人だ。俺は隠し通せていると、信じていたのにな。

 リョウ、お前は気づいていたか?俺が、おまえを羨んでいたことを。

はっきりいって、嫉妬していたことを。」

 「は?」

 リョウだけではなく弁慶も、不審そうな、困った顔を見合わせた。

 「俺は、人よりも執念深いし、わがままだし、嫉妬ぶかいんだ。」

 「そりゃ、おまえは確かに執念深いし、わがままだし。」

 「冷血だし、冷酷だし、陰険だし・・」

 おまけをつけながら、2人はそれでも

 「でも、俺の{リョウの}何に、嫉妬するってんだ?」

不可解さにハモる。

 「俺の持っていない、いや、持ち得ないものにさ。俺の手には入らない。」

 自嘲するような、憧れるような、不思議な顔だった。

それにおかまいなく2人は、

 「なんだろな。俺が持ってて、隼人が羨ましがるものって。」

 「頭は隼人の勝ちだし、格闘技術も似たようなもんだ。羨むほどでは。」

 「身長も隼人の勝ちだし、手先の器用さも比べものにならないし」

 「人望ときたら言うまでもないし、もちろん、顔の造りも上だし。」

 「なんで顔の時だけ、‘もちろん’が付くんだよ。」

 「いや、まあ、世間一般の評価としてだな・・・」

 「余計なお世話だ!なあ隼人。お前のほうが、全部、上じゃねえのか?」

 「ふっ、だがそんなもの、お前だって、欲しいもんじゃないだろが。」

 「そ、そりゃ、お前みたいな頭脳なんていらねーよ。こき使われるだけだからな。・・でも、身長はちょこっと欲しいかな。」

 「おれは、やっぱり顔だなあ。たまにはもててみたい。」

 「やめろ、おまえの体に隼人の顔が乗っかったら、ウエッ」

・・・意を決して 懺悔してるっていうのに、なんでこいつら、漫才やってるんだ。本当に、聞く気があるのか?でも・・・言わないとな。無理やり深刻さを引き戻す。

 「いつも俺は思っていた。漠然とだがな。リョウ、お前は、いつか、何処かへ往ってしまう。俺は置き去りにされ、ひとり残るだけだってな。」

 「なんだ、それ。」

 「どこかって、どこだ?」

 「何処かさ。彼方か、遠い世界か、何とでもいえばいいけど、とにかく、けっして俺の手の届かない、俺の往けない処だ。」

 「よくわかんねえ。」頭をかきながらリョウが言う。「わかるか、弁慶?」

 「うーん、やっぱり、死の世界ってか?」

 「勝手に殺すな!」

こころなしか疲れた口調で隼人は言う。

「今なら、なんとなく説明できるけどな。

13年前、重陽子ミサイルの爆発に巻き込まれた時、お前は無傷で‘時’を跳び、さっさとブラックゲッターを作って月から戻ってきただろう。お前は何も変わらない。

 だが、俺は大怪我をし、その後13年間、地上でコセコセと動き回ってきた。俺に出来る限りの力で造ったタワーもスーパーロボット軍団も、真ゲッターや、真ドラゴンの力がなければ、敵を倒すこともなく、無意味に壊されるだけだった。俺の力なんてそんなものだ。」

 「ちょっと、それは卑下しすぎだぞ。」

 「そうだ。もし、俺たちがおまえの立場だったら、何もできないどころか、邪魔にされるか、早乙女研究所の一員だったとして憎まれただけだぞ。」

 元気を暴徒から守るために、自分の姓を名乗らせた弁慶が言う。ああ、こいつも辛い年月を越えてきたんだ。そしてこいつは誰を責めることはない。リョウは、自分ひとりだけが13年を飛び越えたことが、ひどく申し訳ない気がした。

 「俺はたまたま月に跳ばされただけで、」

 「それがお前の力、というか、もって生まれたものさ。俺にはない、選ばれた証だ。」

 見詰める隼人の狂気を含んだ瞳。

 「たぶん、おまえはゲッター線に、宇宙に選ばれたんだ。時がきたら、さっさと飛び立っていく。」

 「やめろ、俺は別にゲッター線なんていらねえよ。インベーダーじゃあるまいし。」 

 すごく、嫌そうな顔のリョウに、

 「それだよ。その、‘なにも欲しがらないお前’に嫉妬したんだ。」

 「何言ってやがる。なにも欲しくないなんていってねえだろ。ゲッターが欲しくねえって、言ってるんだ。それに、俺が時間を跳んだのが‘選ばれたから’っていうんなら、おまえだって、選ばれた人間だろが。あの爆発の中で、死んでないんだから。」

 「そうだ、そうだ。あの時、何十万人もの人が瞬時に消滅し、その後人々は

地下に潜ったりしたんだ。リョウが宇宙に選ばれたんなら、おまえは地球に選ばれたんじゃねえのか?」

 弁慶の言葉。

 核心を突いている。とリョウは思った。誰も持ち得ない大いなる才能。惹きつける魅力。隼人が望み、行動を起こせば、世界制覇もさして難しくないように思える。隼人には私欲というものがなかった。口に出す者はいなかったけれど、誰もがそのことは知っていた。いつでも人々は、隼人のまわりに集い、敬い、指示を求めた。研究所でも軍でもどこでも。決して強制はしないのに。

 こいつは地球が望んで創りあげた人間だ。地球が望む方向へ導くために・・・

?・・望む方向へ導く・・?それって、まるで、

 と、隼人の顔を見る。白く冴え冴えとした美貌に翳る孤独。

太陽系に存在した10の兄弟星の中で、ただひとつ生命溢れる地球。     

こぼれ落ちるほどの生命を愛しながら、それでも、その生命に縛られることを

疎ましくも思っている。はるか昔に砕け散った兄弟星を想い、太陽の引力から抜けたがっている。だが、生命に縛られ、それも叶わない。

 40億年の、地球の孤独。      

「おまえ・・」

 思わず隼人の腕を掴む。一瞬、消えてしまうかと思った。

「俺の価値なんて、一人で何人分かの仕事ができる、いわゆる一台何役かのお徳用ってだけだ。」

 吐き捨てるわけでもなく、淡々と続ける隼人。

「でも、それしかないなら仕方ない。諦めるほかはな。」

 驚いた。リョウも弁慶も心底驚いた。人の羨む才を持ち、いつも冷静で鋭くて、誰もが無条件につき従う隼人の自己採点が、‘お徳用?’

「おい、さっきから、いくらなんでも卑下しすぎだって言ってるだろ。」

「そうだ。せめて、‘アーミーナイフのように万能’ぐらい付けろ。」

「それもおかしいぞ。あれは7種類ぐらいだろ。」

「値の張るやつで10種類ぐらいのもあるぞ。サバイバルナイフぐらい大きくて。」

「とにかく」

 くだらない会話をきっぱり止めさせて、

「ないものねだりは苦しいだけだ。置いていかれるのは辛いけど、ミチルさんが傍にいてくれる、と言ってくれたから、笑って見送れるかな、と思えるようになった。」

 やさしい光が眼の隅に浮かぶ。初めて見るような、でも、最もふさわしいと思えるような光。

「俺の望む、届かぬ彼方。何かを追い求めたいと願ったが。

俺を頼りにしてくれる人達のいるこの地上で、穏やかに、大切なものを守りながら生きていくのもいいかなってな。いずれ、月や火星ぐらいまでなら行けるだろう。閉ざされた空間の中でもそれなりに、満足することができるだろう。

共に語る人が居れば。」

 すっと頬がこわばる。思い出したくない、あの自分。

「だから博士の、逆ならば、リョウとミチルさんを祝福できるか、との問い掛けは、俺が決して認めたくない、暗黒の部分を切り裂いた。」

 

 祝福できるわけがない。

 いつも自分は飽いていた。何の感慨もなく過ぎる日々に。欲するもののない世界に。存在すること自体に。

 リョウが迎えに来てゲッターに乗り、はじめて自分の居場所を見つけたけれど、平和になってなお、居場所となり得るかわからなかった。戦いの終結を、望みながら怖れていた。忙しさだけは与えられるが、楽しみとなりえない、そんな日常が来るだろう。再びリョウと新たな旅立ちができればよいが、きっと

俺は置き去りにされるだろう。漠然とした暗い予感。

俺を置いていくな、連れてってくれとの懇願が、叶うならば試みてもいいが、たぶんそれは、リョウにどうこうできるものじゃない。互いになにかの意志で定められているのだろう。‘運命’なんて、リョウなら「クソくらえ!」というだろうな。

 ‘旅立ち’は俺に与えられなかったが、かわりに愛する人を得ることができた。リョウを笑って見送れるほどの。刺激のない日々であっても、愛する人の、たいせつなもの、平和とか大地とか人類とか。そんなものを守っていくのもいい。それに平和は死んでいった人々や、去っていく(はずの)リョウの守りたかったものだ。かわりに守ってやるさ。そう思えるようになったのに。

 逆の立場、もしもふたりが旅立ち、俺一人が残されるとしたらー

たぶん俺は、いや、必ず、俺は・・・・

 

「言うな、隼人!口にするんじゃない!」

おもわずリョウは隼人を抱き締めた。陶磁の人形のように無表情のまま、ヒビ割れ砕けていく錯覚におそわれた。

「おまえも、決してミチルさんを傷つけたりしない。たとえ何があろうとも、どんな想いにかられようと。俺と同じ、決してそんなことはしない。」

「そうだ。お前は傷ついて、打ちのめされて、衰弱してて、マイ、マイ、なんとかコントロールされただけだ。おまえが博士だけは尊敬していたのを逆手に取られて!」

「何でお前、自分を信じない?!いつものお前なら絶対!」力をこめるリョウ。

無言でリョウの腕をゆっくりはずし、じっと2人を見詰め

「違う、リョウ。俺は信じたんだ。ポセイドンを破壊する自分を。認めまいとしていた自分の悪意を。」

 

 戦いにおいて、隼人はいつも冷静で、冷酷・非情だった。

恐竜帝国との戦いにおいても、退化していく人間を解剖した。原因を突き止め、少しでも早く、次の犠牲を減らすために。人体実験された人々も見捨てた、敵を倒すために。百鬼帝国との戦いでも、敵の罠を知るために幾人も見殺しにした。自分自身ですら、体を乗っ取られかけたとき、なんの躊躇いもなく舌を噛み切ろうとした。自分の体が敵にならないように。

 どれほどの犠牲であろうとも、それが必要ならば決断し、実行した。   

リョウや弁慶もわかっていた。すべての人を守り抜く。戦争なんてそんな甘ったれたものじゃない。最小限の犠牲ですめば良し、そうでなくても、どうしても必要なものだけは、守り通さなければならない。どれほどの犠牲を払っても。

究極の決断をするのは、いつも早乙女か隼人だった。誰にも下せぬ命令。

こころが傷つかないわけはない。それでも。

精神のバランスをとるために、なによりも自分個人の悪意を憎み、抹殺したがった隼人。

「早乙女のジジイは、お前にどうしろと言ったんだ?」

かすれた声でリョウが問いかけた。重い気持ちに潰されそうだった。

<なんで、こいつは・・・>

 実際にミチルを殺したわけでも、殺そうとしたわけでもない。リョウにしたって、どこかへ行こうとしたわけでもないし、置いていこうとしたわけでもない。なんでそんな予感だけで、これほど自分を苦しめることができるんだ?

こいつは誰にたいしてよりも、自分自身に冷酷で厳しい。隼人は気づいているだろうか。お前は生きるために、死ねない理由ばかり付けている。犠牲になった人々のためとか、失われたもののためとか、守らねばならないものがあるからとか。時折、自分の存在を疎んでいるかのように。

いつも頭のいいやつは考えることが違うって思っていたが、こんなのは頭の良し悪しじゃねえ。弁慶じゃねえが、こいつが地球に選ばれてこんなふうに生まれてきたのなら、地球なんてぶっこわしてやりてえ。孤独な地球、その悪意。

 


「博士は俺に一枚の地図を渡した。研究所を出てそこへ行くように。行けばわかると。俺は受け取り、そのまま車に乗った。」

「何だと?隼人、おまえ、たったそれだけの会話で研究所を出たのか?博士になにも質問もせず、俺たちになにも言わずによオ。」

「だいたいお前、博士に俺がミチルさんを殺したって言われたんだろ。それについて何も感じなかったのか。俺に、一言でも怒りをぶつけようとは思わなかったのか?」

 本当なら、隼人がリョウをぶち殺しに来てしかるべきだ。博士の言を信じたのなら。リョウならそうした。

「だから言っただろう、おまえを疑ったわけじゃないって。そのときですら、おまえがミチルさんを殺したなんて信じちゃいなかった。あれは事故だと。

ただ俺は、だれよりも愛し、守ろうと思っていたはずのミチルさんを、殺せるだろう自分に、気が付いた。俺の、卑劣さ以外のなんでもないことで。

そんな俺が、他に対して何を言える?自分で考えることはやめたんだ。言われたことをやるだけでいい。」

変わらぬ表情でつづける隼人に、リョウも弁慶も苛立ちを禁じ得なかった。

誰よりも熱いこころを持っているのに、なぜこいつは中に秘めてしまうのだろう。なぜ自分をもっと愛せないのか。誰もが慕ってやまないのに。

「俺がたどり着いたのは、街から遠くから離れた古い洋館。現れたのは敷島博士だ。」

「敷島博士?」

意外な人物に驚く2人。敷島博士は早乙女研究所でも変人で、地下の自分の研究室からほとんど出てこなかった。リョウたちもときどき新しい武器をみせてもらうだけで、平和になってからは、ほとんど顔をみていない。いつのまに  研究所を出ていたのかさえ知らない。

「敷島博士は俺にここで何をするか聞いているのか、と尋ねた。俺はなんでもよかった。博士は俺のようすが変だと思ったようだが、なにも言わなかった。

そこで俺は、人のクローンの製造をはじめた。誰のクローンかとも、何のためかも聞かなかった。3つのカプセルの中でそれぞれの細胞が分裂をはじめた。俺は記録し、放射線を照射し、遺伝子を組み替え、ただ研究を進めていった。」

「俺たちのことは、少しも思わなかったのか?」

押し殺した声でリョウが問う。あの頃、俺は心配し、探し回り、早乙女との間はますます険悪化していった。殺伐としていく研究所。

「別に俺がいなくても、何も変わらないと思っていた。お互いに協力しあって、笑い合って・・・そんな研究所しか知らなかったからな。おだやかな空間

、そのままだと。だけど、5ヶ月過ぎて、俺はこっそり研究所へ戻ったんだ。というより、ミチルさんの墓参りに行ったというべきか。」

ミチルの墓は、もちろん早乙女家代々の墓におかれたけれど、それとは別にミチルの愛した研究所の裏手、研究所を見渡せる小高い丘にミチルの慰霊碑が建てられていた。やさしいフォルムのそれは所員たちの手でいつも花々に埋もれていた。

 どうしても急に必要になった薬品を手に入れに外出したついでに、隼人は花を抱いて慰霊碑に向かった。車は離れたところに置いてきた。人目を避けたわけではないが、誰かに会うのも疎ましく、すでに陽の暮れ始めた山道を歩いた。ふと立ち止まる。かなり遠くにある慰霊碑の前に誰かいた。たそがれどきで、顔はよくわからないが泣いているようだった。隼人はそっと近づき身を隠した。

 早乙女博士だった。唸るように泣いていた。隼人はじっとその姿を見つめていた。やがて幾ばかりか星座が移動したころ、隼人は戻ろうとした。ひとりでそっとしておくほうがいい。深いかなしみに背をむけたとき。

 高らかな笑い声。何事かと振り向いた隼人に目に映ったもの。

それは、髪を乱し、両手をひろげ、大笑いしている早乙女の姿だった。狂気そのものの哄笑。早乙女は慰霊碑に手をかけた、と思った瞬間、それを引き倒した。散らばる花々。「狂ったか?!」と駆け寄ろうとした、その足も止まる衝撃。

 早乙女の体からインベーダーが現れ、シルエットのように動きを合わせる。高らかに続く哄笑。やがて、動きは止まり、体の中に吸い込まれ、忽然と早乙女は姿を消した。呆然としたまま歩み寄る隼人。夢ではない証拠に、倒された慰霊碑。散らされた花々。

 「それで?!おまえはどうしたんだよ。何故すぐに研究所に駆け込まなかった!」

 顔色をかえて詰め寄るリョウ。おなじく弁慶。

 いつも見せていたように、口元にシニカルな笑みを浮かべる隼人。

「リョウ、おまえ、インベーダーの見分け方を知っているか?正体の暴き方も。」

「そんなもの。銃でぶっとばしゃ、出てくるだろが。あっ!」

「確かにな。結局俺はそうしたんだが。そのときはまだ研究所へ押しかけて、有無をいわさずぶっとばすわけにはいかなかったさ。俺は、おまえと博士がうまくいっていないどころか、いがみ合っているなんて知らなかったし。証拠を見せられないのに、俺を信じてくれなんて言えやしない。」

「言えよ、信じるのに!」

苛立たしげに叫ぶリョウ。瞳に辛そうな色を浮かべる隼人に弁慶が先を促した。

「俺は慰霊碑をもとに戻し、花を飾った。ようやく朝が明け始め、研究所が白く輝いた。ふたたび訪れることのない研究所。俺にとって、本当に大切な場所だった。」

 ふたたび怒鳴りそうなリョウを目で抑えて、

「敷島博士のところに戻り、早乙女博士がインベーダーに取り憑かれていることを話した。

 いつからかはわからない。だが、ミチルさんの事故の前ではないことは確かだ。おそらく事故の直後かその辺り。お前の話を聞いてみてもな。俺は敷島博士に何のクローンを創っているのか聞いた。早乙女博士がインベーダーになっているなら、この研究は良くないものかもしれないからな。クローンは早乙女博士とミチルさんの細胞で一体。そしてリョウ、おまえと俺のクローンが一体づつ。いずれ襲いくるインベーダーに対抗するため、ゲッター線を浴びせて進化させたクローン体が必要だと早乙女博士は告げたらしい。ミチルさんの事故の直後に。それは正論のように思えた。そうすると博士はインベーダーに取り憑かれても、最初のころは自分を失っていなかったのかもしれない。インベーダーを抑えることができたのかもな。そしてインベーダーの記憶を手に入れ、対抗するために新しいゲッターと操縦者を造ろうとしたのかもしれん。

 やはり博士は偉大な科学者だった。」

リョウも口を噤んだ。もともとリョウも博士を尊敬していたし、好きだった。

なにも憎みたくて憎んだわけじゃない。インベーダーに憑かれた事に気づかなかった責任は自分にもある。異常に思えた狂気も、‘かなしみ’の一言で処理していた。自分の怒りしか見えなかった。

「俺は敷島博士からマグナムを受け取った。以前リョウが研究所に潜り込んだハ虫人類を倒すために使ったアレだ。敷島博士は改造が好きだからな。あの銃も弾丸にゲッターエネルギーを込められるようになっていた。インベーダーを倒すにはすべての目をつぶすか許容量以上のゲッター線を浴びせることだからな。早乙女博士の中に入っていた奴は、目はひとつしかなかったし、俺だって博士を穴だらけにしたくはなかったからな。並のインベーダーだと思っていた。まさか首領格の一体だとはな。」


  <<激しい雨。近づいてくる雷鳴。教会の聖堂。倒れている男。

    稲妻が光る。繰り返しまとわり付く映像。見開かれたリョウの瞳>>


「俺は敷島博士にクローンの製造を託した。自分はもう戻らないと告げて。」

 

「どこへ行くつもりじゃ隼人。研究所には戻らんのか?」

「早乙女博士を殺して、そしらぬ顔で研究所に残れるほど、俺は図太くありませんよ」

「だが、早乙女がインベーダーに取りつかれていたと知ったら、誰もお前を責めたりはせんじゃろう。」

「元気がいますよ。父親を殺した男と一緒にいてはいけない。・・姉も亡くしたのに。リョウや武蔵、弁慶があいつを癒してくれるでしょう。研究所はリョウたちに任せます。研究所としての規模は小さくなるかもしれませんが、政府にとって軍事施設としても重要です。リョウたちならうまくやっていくでしょう。たぶん、橘博士が後見として。」

「行くところがあるのか?お前なら、どこの機関や施設でも咽から手が出るほど欲しがるじゃろうが。行きたいところはあるのか?」

「あまり、行きたいわけじゃありませんがね。」

 ちょっと苦笑して、

「月に行こうと思っています。」

「月じゃと?月面基地計画のことか。」

「いえ、それは断りました。月はインベーダーとの10年戦争で大打撃を受けたまま、まだ再興されていません。その復興に呼ばれていたけれど。

 いくつかの仮の観測所が、まだ月の裏側にも残されています。そのひとつを拠点にして、ひとりで調べてみようと思います。」

「何をじゃ?」

「インベーダーがどうなったかをです。滅ぼしたと思っていたのに地球に現れました。雑魚だけが残っていたのならいいけれど、もし、また親に進化するやつがいたら。最初にインベーダーが現れたのが月ですから、あちらで調べてみます。」

「ひとりでは、ちと無理じゃないか。設備も必要だ。」

眼の隅でほほえんで、

「敷島博士もずっとお一人で研究なさってきたじゃありませんか。月で穴でも掘って、こっそり研究しますよ。水や空気もなんとかなります。少し手を加えれば、最低限の設備はまだ機能するでしょう。」

「ふーむ。そうしたいんなら、そうすればいいじゃろ。だが、連絡手段はどうする?他の人間にわからぬよう、通信回線を作っておかねばな。」

「いえ、博士。通信手段は必要ありません。」声に影がさす。

「ん?」

「俺はもう地球に戻るつもりはありません。誰と会う気も。

月での研究でどんな結果が表れても、本当のところ、どうでもいいんです。途中で失敗に終わっても。俺が地球や人類を救うなんて大それたことは考えていませんし、そんな力もないことは知っていますから。」

「やけに弱気というか、捨て鉢じゃな。」ジロリと隼人を見る。

「研究結果によっては、何年後かに戻ってくるかもしれませんがね。でも出来れば俺はそのまま宇宙へ飛び立ちたいと思うのです。」そう、あの遥か彼方。

「・・・まあ、誰でも、自分のやりたいことをやるのが一番じゃがな。

もしくは、やりたくないことを、しないということがな。」

 変人の多い早乙女研究所のなかでも、一番偏屈で、性格異常といわれる敷島の、不思議と的を得た言葉に、隼人はちょっと笑った。

「では博士。お体を大切に。」

マグナムをホルスターにおさめ、背を向けかけた隼人に

「リョウ達には会っていかんのか?」

振り向いた秀麗な顔が苦しそうにゆがむ。

「会えば、言いたくないことも告げなければなりません。」

「黙って消えたら、奴らも辛いじゃろうに。」

非人間的な敷島の、やけに人間らしい言葉が、すこし、つらい。

「俺なんかいなくなったって、あいつらは大丈夫ですよ。変わらず陽気にやっていきます。俺があいつらを必要とした以上には、あいつらは俺を必要としちゃいません。かえって嫌味をいう奴がいなくなってせいせいするかも。怒らせてばかりいたから。

 そうですね。もし最後に奴らに会えたら、俺ときっぱり決別するように、

挨拶だけはしておきましょうか。」

『それを望む奴は一人もいないと思うがの。』

声に出さない真実。

数々の修羅場をくぐり抜けてきた敷島は、この異常なほど人に愛される青年が、

強い疎外感に縛られていることに気づいていた。

「月までの足はどうするんじゃ?ゲットマシンか?」

「いくら俺でも、もうとてもゲットマシンには乗れませんよ。月面基地計画の要請を受けたとき、小型UFOを試作しました。個人的に造っていたから、研究所には置いていません。ここへ戻ってくる途中、寄って持って来ました。

 水や酸素、非常食など、しばらく必要なものは積んでいます。もともとある程度の探検飛行を想定したUFOですから。

 終わらせたらそのまま行きます。お世話になりました。」

 雨が激しくなってきた。



 

「いいわけになるが、リョウ。俺はお前に罪をかぶせようなんて思っちゃいなかった。」

  

  ・・ 銃を早乙女にむける隼人。高らかに笑う早乙女、憎々しげに。

「ほう、わしをインベーダーだと言うのか。リョウを疑ったように、わしをも疑うというのだな。ただひとりお前を理解できるわしを、撃てるか?」

「博士、俺はリョウを疑ったことはありませんよ。それに俺のために、貴方に生きていて欲しいなんて思いません。皆を害する者は、俺は平気で撃てます。」

 冷たい瞳。憎しみの感情すらない。

「そうだな。お前はミチルをも殺せるのだからな。何の罪もないミチルを」

 嘲笑う早乙女。みにくくゆがむ口元。

「無駄ですよ、博士。俺に敵の言葉は堪えません。真実であってもね。」

「ふアはっはっは・・・そうだったな、隼人。お前は冷酷で、残酷な男だ。お前の後ろには、殺されていった者達が渦巻いているぞ。犠牲になった者達が。

 だが、わしを殺したらどうなる?インベーダーの証拠が残るとは限らんのだぞ。大科学者殺しとして、お前の将来は閉ざされる。誰もが望む名声も、財も、

華々しい栄誉も、手には入らんぞ。」

「やはり、貴方はもう、博士ではありませんね。俺が、一度だってそんなもの

欲しがりましたか。さようなら、早乙女博士だった人。」

 早乙女博士の口が大きく開かれ、黒いインベーダーが跳びかかってきた。

ただひとつの目を撃ちぬき、本体にゲッター弾を撃ち込む隼人。雷鳴が轟き、

稲妻が光る。

 暫しの間、動かぬそれをじっと見詰め、ゆっくり銃をおろす。確認しようと銃を床に置いたそのとき、駆けてくる靴音。

 

「俺はあの時、おまえが罪を着せられるなんて思わなかった。おまえは、俺が早乙女博士を殺したと信じるだろうし、(実際、そうだが)皆もそう思うと思った。

俺はおまえに対し、嫉妬したという罪悪感があったから、別れに際し、憎まれたほうがいいと思った。変に気を回して俺を探さないように。」

「馬鹿か、てめえ!」

 顔を紅潮させるリョウ。

「ああ、たしかに馬鹿だ。そのせいで、おまえが冤罪に。」

「そっちじゃねえ!」

 いらいらとリョウは叫んだ。さっきから聞いてりゃ、何だってんだ、こいつ。すでに済んじまった事だから、黙って聞いていたけど、どこまで後ろ向きな奴なんだ。サデイストだとばかり思っていたが、本質はマゾなんじゃねえか。それも極めつけの。

 弁慶を見遣ると、痛ましそうな眼で隼人を見つめている。過ぎ去ったことだけに、どうしようもないやるせなさが2人を襲う。

 リョウたちの気持ちにも気づかず、(こんなときだけニブイやつだ)

「偶然とはいえ、最後におまえの顔が見れて嬉しかった。素手で殴り合いしている時間もなかったので、ちょっとズルして刃物を使っちまったけど、かすり傷だったろ?おまえだから。」

 斬りつけてきたときに見せたあの憎らしい笑いは、『会えて嬉しい』だったってか?

「俺はそのままUFOに乗って月へ行った。まさか、おまえが犯人として逮捕されたなんて知らなかった。あんな状況証拠だけで。そこまで、お前と博士がいがみ合っていたなんて。そしてそれは、俺のせいだったんだな。」

 すっと伏せられた眼。わずかにそむけた白い顔。長い髪が陰をつくる。

「勝手にたそがれてんじゃねえよ。俺が、アホみてえじゃねえか。」

 どん、と床に腰を落としたリョウが、疲れたように呟く。

「ん?」

「俺は3年間、刑務所に入れられた。陽もささぬ、風も通らぬ一番地下の独房だ。でも、それは俺にも責任はあるさ。何度も何度も暴れたんだからな。最初はそれなりに、普通の牢だったんだ。もっとも、新入り苛めに手加減する訳ねえから、独房になるのは決まっていたがな。だが、おれは3年間、ずっとお前を恨んでいた。面会どころか、手紙すら寄越さねえ。武蔵や弁慶からの手紙や面会は、俺がまだおとなしいうちは時々許された。だが、ふたりからは、お前の消息は知れねえとの返事ばかりだ。俺の無実を証明し、ここから俺を出せるのはお前だけなのに。

 何故、お前がおれを裏切るのか、どうしても解らなかった。なぜお前が博士を殺したのかもな。いや、殺したろうとは思ったが、実際見たわけじゃない。

結局、謎ばかりだ。俺の頭には納まりきれねえ。あとは、正気を保つためには目標を持つだけだった。お前への復讐というな。

 だが、俺のそんな必死の想いも、結局は空回りだったわけだ。お前はおれを陥れるつもりもなく、裏切るつもりもなかった。ただ悪意の‘偶然’が重なっただけだ。おれのお前に向けた怒りは無意味だった。ひとり芝居のピエロじゃねえか。」

 吐き捨てるようにつぶやくリョウ。自信と生気に満ち溢れ、いつまでも少年のような無邪気さを持つ男が、頼りない影を引きずっている。ぬぐえぬ自己嫌悪。隼人は俺を一度も疑ったことがないというのに、俺は。

 どんよりと、とことん落ち込むリョウ。弁慶も、口を挟むことができない。

鉄格子の向こうから、何度も何度も繰り返し、無実を訴えたリョウ。    

隼人を探してくれ、見つけてくれ、連れてきてくれと懇願したリョウ。

度重なるうちに、苛立ちを抑えきれず、あまりの感情の激しさに面会を制限され、手紙もままならなくなった。何度も刑務所を訪れ、いろいろな人にも頼んで減刑を訴えたが、遂に特別独房に移され、2度と会うことができなくなった。

 武蔵と2人、自分たちの無力さを嘆く以外、何も出来なかった。弁慶は国連軍に入り、武蔵は元気を育てるため、各々違う道を歩んだ。苦い記憶。

「いや、リョウ。最初の2年間ほどはそうかもしれないが、後の1年は俺はおまえを裏切っていたよ。」

はっと顔をあげるリョウ。

「月で俺は、なにがどのように、ゲッター線によってインベーダーに変化するのか研究していた。月面基地の再興は、当面見合わされたようだ。人工衛星による定期的な観測しか行われていなかった。俺は壊れたままのあちこちの施設から必要な資材を調達してそれなりの研究室を作り上げた。

 リョウ、おまえが後に月へ飛ばされてブラックゲッターを作ったのは、そこじゃないのか。近くにビーム衛星があったと言ってただろう。作業確認はしていないが、一基、直しておいた。実験でインベーダーが活性化したら大変だからな。」

「なんで確認しなかったんだ?」

「地球のデータに記録されたら困るからな。バレてしまう。」

「でも動かなかったらどうするんだよ。」

「動くように直した。」  へいへい。

「どの種のバクテリアが進化するのか、なかなか解らなかった。前に俺が発見した高純度のゲッター線を使ってみたが、まだ足りなかった。

 だがある日、ゲッター線収集装置の収集能力が異常に上がった。方向を調べたら、地球、詳しく探すと早乙女研究所のあたりだった。嫌な予感がした。

あれから2年が過ぎている。普段の研究で、月まで届くなんてのは考えられない。敷島博士との連絡方法を作っていなかったから、実際に帰るしかない。

やむをえず月を離れたのだが・・・・俺は遅すぎたのだな。」

 後悔の念。苦しそうに歪む顔。もっと早くに、もしくは地球を離れる前に。

「済んじまったことを、いつまでもぐちぐち言ってんじゃねえ。それからどうした?」

「お前のことを聞いた。」

「へっ?」

「敷島博士が俺の顔を見て、真っ先に告げたのはお前のことだ。おまえが早乙女博士殺しの犯人として、A級刑務所の地下独房に入れられているとな。」

 すぐに自首してリョウを救おうとした隼人に、敷島は驚くべきことを告げた。

「早乙女博士は生きている。」

 早乙女博士はインベーダーだ。人類を脅かす何かを企んでいるに違いない。

しかし、早乙女はインベーダーに対抗するためのゲッターとクローンも創るよう指示した。人間としての感情も残っているのかもしれない。

 敵か味方か。

クローンは敷島博士の手にあるが、博士だけでは守りきれない。裏に手を回して、今はゲッターチームを離れた武蔵と弁慶に手伝わせるよう、軍に要請するのが一番だろう。その他にも、やっておかなければならない事が山積みだ。

今、隼人がリョウの変わりに、牢へ入るわけにはいかなかった。早乙女博士の生存が確認されれば、自ずから罪は晴れるだろう。だが今は、先に成すべき事を成せ・・・

「お前にとって、先の見えない1年は、10年以上の苦しみだっただろう。  だから、お前は俺を憎んで正当なんだ。」

 リョウは、‘運命’なんてものは信じていなかった。自分の道は自分で決める。

ゲッターの意志だの、宇宙の意志だの、地球の嘆きだの、目に見えないそんなものに左右されてたまるかと、たった今まで思っていた。

 だが、こんなにも歯車が狂わされるなんて。何かの‘意志’じゃねえ、‘悪意’だ。俺たちは、悪意に飲み込まれている。

 無力感に脱力する。俺の怒りはなんだったのか。俺の望みはなんだったのか。理由(わけ)わかんねえ・・・

 ふと、目の前に手が伸びてきた。白く細く長い指。女性のそれのようだが、決して弱々しくはない。

 顔を上げる。隼人の整った顔が真近にある。深い深い闇の色の瞳。

掴んだその手は思った以上に冷たくて、思わず力を込める。

 無言でリョウを立たせる隼人。

「俺たちは、なんでここにいるんだろう。」

 行っても詮無いこととわかっていても。

「何で、こんなところまで、来ちまったんだろうな。」

 愚痴、としか言いようのない声で、弱々しくつぶやく。。

「共に戦うためだ。」

 静かな声で、きっぱりと断言する隼人。その強さに、少し戸惑う2人。

「戦うって誰とだよ。」

「こっちにも、インベーダーがいるってか?」

「敵の姿は、まだわからない。」

「だったら、どれが敵かもわからねえじゃないか。ここには俺達が知っているものなんて、ないんだからな。俺たちを攻撃してくるもの全部が敵ってわけねえだろう。誤解、というのもあるし。」

「いや、敵だ。」

「おい」

「俺たちはゲッターによってここまで連れてこられた。ゲッターにとって、俺たちは必要なんだろう。そこまでして敵を用意していないなんて考えられない。たぶん早々に、はっきりするだろうよ。」

「だけど、それが本当に敵だなんて、どうして解るんだよ。」

「そうだ。だいたい、ゲッターが正しいなんて保証はどこにもないぞ。インベーダーみたいなのを養っていたし。」

「隼人、お前、ゲッターの意志とやらが、本当は悪なんだと、思ったことねえのか?」

 不安げに問いかけるリョウに、隼人はふっ、と微笑んだ。

「別に、俺はどっちだって構わない。」

「へっ?」

「ゲッターが善であろうと、悪であろうと構わない、と言ったのさ。善悪なんてものは、それぞれの立場によって感じ方が違うからな。

 俺は、自分の守りたいものは守る。それを脅かすものは倒す。」

「そ、それは正論・・・かもしれないけど、違うと思う、ぞ?」

「別に正論でなくてもいいさ。ただ俺は、今までずっとそうやって来た。数多くの人達を犠牲にしながらな。だから、変われない。

 やむを得ず戦いに巻き込まれた人々もいるが、自らの意志で俺に付いてきた奴らも大勢いた。あいつらは、俺の命令を拒むことがなかった。それが死の命令であってもな。あいつらと俺の望むものが、同じだったからだと思いたいが、少し違っていた。俺の望むもののために、死んでいったような気がする。

 皮肉だな。俺は、守りたいものを守るために、失いたくないものを失い続けたようだ。

 だが、もしも今『時』が戻っても、俺はやはり、同じ命令を下すだろう。」

かすかに笑う。

「やつらへの詫びは、地獄でするさ。お前たちの分も詫びておいてやるから気にするな。」

「馬鹿やろう、自分の尻拭いぐらい自分でするさ。俺がそんな情けない男だと思っているのか!」

おもわず襟首を掴む。と

「思っちゃいないさ。ただ、ひとりで済むんなら、その方がいいかと思っただけだ。」

 手を離す。隼人は外に目を向けた。広がる宇宙。

「でもヨオ、隼人が地獄へ行っても、他の奴らは天国だろうから、詫びても聞こえないんじゃねえのか。」

 本気か冗談か、弁慶の言葉。

「それに隼人だったら、地獄へいってもそこら辺の鬼どもみんな従えて、閻魔様に反旗翻して地獄を乗っ取ったりしてな。でもって、頼むから天国へ行ってくれって追い払われたりして。」

 ますます冗談に聞こえない。

「そこまでやる気力はないな・・・退屈だったら考えんでもないが」

おいおい。

「ところでなあ、俺たちはともかく、ケイやゴウたちはどうなっただろうな。」

 やはり3人の中では、弁慶が一番人間らしいようだ。

「真ドラゴンはだいぶ壊れていたみたいだけど、うまく地球に戻れたかな。」

「戻っても地球は無事かな。冥王星はなくなるは、木星は太陽化するは、メチャメチャじゃねえか。」

「おい、どうしよう。大変だぞ。」

「こんな所でどうしようたって、どうすることも出来ねえだろが。」

「隼人、何か方法はねえのか?」

 弁慶が心底、心配する。ケイの親代わりとして過ごした13年間が偲ばれる。

「多分に希望的考察だが、地球は大丈夫だろうよ。」

「なんでそう思う、隼人。」

「お前の得意なカンだ、リョウ。」

「・・・ケンカ売っているとしか思えねえ・・・」

「隼人オ、ちゃんと説明してくれよ、できれば解りやすく・・・」

 語尾が少し弱くなる。専門用語をいれられても、わかるわけがない。

「こればかりは、わかりやすく、というより、あるがままってことだな。」

「ん?」

「早乙女博士が最後に言っていた。地球はゲッターを手放せと。レールは自分が敷いたとな。どちらかというと、ゲッターが地球を手放してくれなかったんだと思う。

 ゲッターの意志とかいうやつは、全宇宙のあらゆる星々に進化を促した。

地球もそうだし、インベーダーだってそうだ。」

「インベーダー?インベーダーもゲッターの望みだっていうのか?」

「違う。ゲッターは力を注ぐだけだ。それによって進化していく諸々の中、己の必要とする進化だけを欲するんだ。

 ゲッターの望む方向に向かうものだけが、存在を許される。」

「許されるって、許されねえ奴はどうなるんだよ。」

「滅ぼされただろうが。ハ虫人類も、百鬼も、インベーダーも。俺たちにな。」

「俺達が、存在を許された者だっていうのか?!」

「そこまではわからん。いつまでかもな。少なくとも今は、俺たちはゲッターの望む方向に向かっているらしい。」

「そんな、勝手な言い草があるかよ!」

「確かに気分のいいものではないな。試されているのは。」

「なんだって、そんなに冷静なんだよ?!」

「見たいからだ。」

「なんだって?」

「知りたいんだ、ゲッターの往く最果てを。」

 リョウも弁慶も黙った。遥か宇宙を見遣る隼人の瞳に映る憧れ、渇望、それらを越えた、不可思議な想い・・・・

 『こいつは、ゲッターの意志とやらに、一番近いのかも知れないな。』

届かぬ何かを追い続ける・・・

「だけどよ、途中で俺達が見捨てられたら、どうすんだよ。」

「そのときは、ゲッターと戦うさ。」

 にべもなく答える隼人。呆気にとられる2人、

くすり、と笑う。

ああ、そうだ。こいつの本質はわがままで、陰険で、自己中だ・・・

「地球のほうだがな。」

2人が忘れていた質問に。

「地球はゲッター線によって数々の生物を生み出し進化させてきた。でも、ゲッターの勝手で滅ぼされていく生命に、いいかげん腹を立てていたんじゃないかな。生命を生み出す大地や海が、せっかくの生命を殺されて喜ぶものか。

ゲッターの力は借りたいが、生命は滅ぼされたくない。地球のジレンマだ。

 今回、ゲッターの意志は地球を離れた。地球はやっと自分と自分の上に居る生命のために進化していくことができる。それは今までと違ってゆるい歩みだろう。考えてもみろ。およそ一万年で、一個の種が、石器生活から宇宙に飛び出せるまで進化するほうがおかしいんだ。40億年の長き営みの中では異常だ。

 といっても、人類はここまで進化してしまっている。そのうち、やはり宇宙へ飛び出すだろう。でもそれは、地球のひとつの種にあった、無理のない成長だろうからな。

 太陽系の崩されたバランスも、まだ太陽系に残されていたゲッターエネルギーでなんとか不安定ながらも、安定に向かっていくんじゃないかな。」

「だけど、星がなくなるのって、すごくアンバランスなものだろう?太陽系に残ったエネルギーだけで足りたのかなあ。もし、不足してたら・・・」

「ゴウ達が残って、俺達がここに来た。

 足りなきゃ俺たちはここに来れていないだろう。ゲッターには意志があるが、地球にだって意志はある。自分を壊さない程度のエネルギーは捕っているだろう。永い付き合いだろうからな、ゲッターとは。」

「まあ、どうでもいいよ。ケイ達が無事で、幸せに暮らせるなら。」

 弁慶がためいきをつくように言う。

「実際、何がなんだか分からないけど、ケイ達が大丈夫っていうのは、なんとなくわかるな。でも、地球に戻ってから苛められたりしないだろうな。早乙女博士の娘だってバレちまったけど。」

 心配そうな弁慶に、

「たぶん、山咲がうまくやるだろう。俺の権限を渡してあるからそれくらいはできる。有能なやつだ。それにシュワルツたちもいる。あいつは偏見が強いが、一度仲間と認めたら頼もしい男だ。」

「へえー。お前がそんなにほめるとはな。そんなに有能か?」

 ちよっと、やっかんだリョウに、

「おまえと比べれば、事務能力は皆、上だがな。まあ、生活に心配はないだろう。俺の特許料や資産は、弁慶かケイにいくようにしてある。」

「えっ、おまえ、いつのまに?まさか、再会してすぐに?」

「そんな時間、あるわけないだろう。13年前、体が治ってすぐさ。俺の遺産相続人に指定しておいた。」

「なんで、おまえ、俺やケイがどこにいるか、知っていたのか?」

「当たり前だ。日本のどこにいるかぐらい、すぐ調べはつくさ。場所は限られている。」

「ほえー、さすが隼人だな。なあ、リョウ。」

「ああ、まったくお前らしいぜ。13年間、知らん顔できるなんてナ。」

 なんか、ヤバイ雰囲気・・・

「そうだ、ゴウの体はどうなんだ?普通人として暮らしていけるのか?」

 弁慶の問いに、一瞬翳りのさした隼人にかわり、

「ゲッターエネルギーですべてよしって事にしとけ。」

「そんなの有りかよ。」

「じゃあ、早乙女博士の遺志ってことにしろ。博士なら、それくらいのエネルギー、あるだろう。」

 

 2人の会話を背で聞きながら、隼人は外を見詰めた。星々の瞬く、遠く果てしない空間。

 自分は、何故これほどまでに彼方へ往きたいのだろう。人間としての、たかだか数10年の命では、誰だって何処へも往けるはずがないと判っていたのに、リョウならば往けるのだろうと、理由のない確信に嫉妬した。

 今、ここにリョウや弁慶と共にいて、自分の望んだ処へ往ける気がする。

もちろん、弁慶が言ったように、裏切られるかもしれないし、たどり着けないかもしれない。だが、それでもいい。そのときまでは3人で戦える・・・と?・・・

 

「おい、隼人。何ひとりでポーズつけてんだよ。」

 微動だにせず宇宙を見詰めている隼人にリョウは声を掛けた。

「なあ、いいかげん、俺たちの行くところを決めなくていいのか?」

「この宇宙艇は、とりあえず手動にもなるんだろ?どこかの星に着陸してみようぜ。」

「手動ったって、使い方、わかるのかリョウ。」

「こんなものは、ゲットマシンと似たようなもんだろ。」

 コンソールのところでごちゃごちゃやってる2人に、

「おい、お前達。」

「あん?」

「迷子になった時の、心構えを知っているか?」

「迷子?」

「ひとつ、動き回るな。ふたつ、目印の確認」

「?」

「?」

「みっつ。」おもむろに、

「ママの迎えを待つ」

「へっ?」

「はん?」

「なに言ってるんだ、隼人。お前のママは、こんな処まで迎えに来るってか?」

「ママじゃないけどな。」

 楽しそうに。

 透きとおるような笑みを浮かべて。

「ここは、先輩に任せよう。」


  

 隼人の後ろの宇宙空間に現れた一隻の宇宙艇。3号機に似たその艇の中で笑っているのはー

 ・・・・・武蔵 ?!・・・







 

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  へへエ、書いちゃった。多少(?)くどくて、暗くて、独りよがりな部分が

 鼻につく(目につくっていうのかなこの場合)かもしれませんが、OVA版

 で、明るく陽気でやさしいお話が書けるなら、書いてみてくださいよ。(って、

 ケンカ売ってどうする)ゴメンナサイ。

  ゲッターのお話でよいところは、話そのものもゲットマシンの合体のように、自由自在に変型、創作できることですね、むりを感じさせず。(私の文は無理ですか?)

 

こんな話もあったらいいな、こんな話だったらいいな。そんな気持ちで書いています。

 よろしかったら、またお付き合い下さいませ。

                     

                         (2004・5.30)