文化祭









 
浅間学園3年G組。明るい話し声や笑い声が響く他のクラスと異なり、重い空気が澱んでいる。ホームルームの時間。教室の一番後ろの席。青白い顔に何の表情も浮かべず、じっと前を見詰める生徒がひとり。
 「えー、今日の議題は文化祭の出し物だけど、模擬店の他にクラス毎の催し物、何か意見ないかな。」
 いつもは溌剌と会を進行させる流 竜馬も、どうにも落ち着かない様子で皆を見回す。普段なら活発な意見の飛び交うG組も、皆うつむき加減で困ったようにお互いをチラチラと見る。
 なかなか意見の出ないことに、苛立つよりも困りきった様子のリョウ。普段なら冗談を交えながらさっさと会を進行できるのだが。沈黙の重圧。
 『でも、この前のアレは俺のせいじゃないぞ。そりゃ、止められなかったのは悪いとは思うけど。そんなに睨まなくたって・・・・・』
 1ヶ月まえの体育祭のとき、不本意な種目を押し付けられたハヤト。3日間の連休が終わったあと、リョウやムサシ、クラスの皆に怒りを向けることはなかったけれど、教室の気温は確実に4度は下がった。10日ほどして恐竜帝国のメカザウルスが攻めてきたとき、ひとこと「俺がやる。」といったハヤトにまかせた2人は、戦いの最中、つい、敵に同情したのだった。だいぶ怒りは薄れているだろうとはいえ、今回の文化祭で怒りがぶり返さないとはいえない・・・・・・

 「私はエクスカリバー、やりたいわ。」
 重い空気を振り払うような明るい声が響く。もちろん、ミチルである。ミチルは学園のマドンナと呼ばれているが、G組、というかハヤトの怒りを恐れる者たちのとっては救世主である。なぜかハヤトはミチルに一目置く。(「マザコンだから」、と知っているのは読者だけである。)
 「エクスカリバーって、ミチルさん、アーサー王の?」
 リョウが尋ねる。
 「ええ。ちょうど今年は映画も作られているし。面白そうだと思わない?」
 「ミチルさん、エクスカリバーってなんなんだよ?」
 ムサシが目を丸くして尋ねる。
 「イギリスの伝説の騎士物語なの。岩に突き刺さったエクスカリバーという剣を抜くことが出来たものが王になるという話。王になったのがアーサー王。『アーサー王と円卓の騎士』っていって、有名なお話なのよ。」
 嬉しそうに話す。こうみえて、なかなかのロマンチストなのだ。新婚旅行は地底がいいというし。(地底がロマンチックなのかは私には理解できないが。)
 「どんなふうなのを考えているんだい、ミチルさん。」
 「なかなか抜けない剣を作って、抜いた人に賞品を渡すのはどうかしら」
 「いいなあ。そうしたら、オイラが賞品もらえそうだなあ。力なら任せとけ。」
 ムサシが嬉しそうに言う。確かに力ならムサシだ。
 「なかなか抜けない剣っていっても、どうやるんだい。錘をつけるのか?それとも接着とか・・・・」
 剣自体を重くするには随分大きなものになりそうだし、錘のついた剣というのも、いまひとつ、エクスカリバーのイメージにそぐわない。悩むリョウにかまわずミチルは
 「ハヤト君に頼みましょうよ!」
 ピシッ。一瞬クラスが凍りつく。全く気にしないミチル。
 「ねぇハヤト君。どうかしら、作ってくれない?」  にこにこ。
 「他に注文はあるのか。」
 無愛想に呟く。
 「そうね。全然動かないのもつまらないから、段階的に数センチづつ動くのがいいわ。賞品もそれに合わせられるし。でもって、抜けたときに派手に光るのがいいわ。抜けた時点で終了なんだから、ピカッて。ああ、もちろん剣の見た目も良くしてね。何といっても<聖剣エクスカリバー>ですもの」
 好き勝手な注文に、ハヤトよりもまわりがピリピリする。
 「ど、どうだハヤト。」
 リョウもちょっと口ごもる。かなり大変な注文だ。
 「俺がやるのはこれだけだ。」
 すっと立ち上がる。
 「あとは、なにもしないからな。」 断言する。
 「わかった、ハヤト。ソレを作ってくれるだけで充分だ。」
 ほっとしたように、リョウが言う。さっさと、教室を出て行くハヤト。
 クラス全員が大きく息をつく。あたりの空気が明るく、やわらかなものに変わる。あちこちからざわめきが聞こえる。
 「助かったよ。ありがとうミチルさん。」
 「あら、私は自分の希望を話しただけよ。」
 「あー、やっぱりミチルさんはマドンナ(聖母)だよ〜」
 ムサシが満面に笑みを浮かべてはしゃぐ。
 「それじゃ、次は模擬店のほうに移ろう。何がいい?」
 先程までとうって変わって口々に、皆が意見を出し合う。

 3日後。
 ハヤトが柔道場に持ってきたもの。
 みんな目を丸くしている。
 「こ・これは・・・」
 「・・・どうみたって、本物の岩だぜ・・・・」
 「おいハヤト。本物の岩、持ってきたのか?」
 問いかけるムサシに、
 『何バカなこと言ってるんだ、アホウ。』という眼でハヤトが応える。口ほど以上にものをいう眼ってあるもんだ。
 「しかしハヤト。剣も見事なもんだ・・・」
 他のクラスの者に見つからないように柔道場に集まった面々は、感嘆した。本物としかみえない岩に深々と突き刺さった大剣。重厚な造りの柄が、いかにも古い時代の厳めしさをあらわしている。
 『手先は器用だと思っていたが、美術も得意だったのか。こいつって、苦手なことがあるのか?』
 リョウはちょっと眉をしかめた。いかにももったいない。こんな性格でなければ・・・・だが、こればかりはどうしようもない。完璧な人間もいないだろう。
 「ねえハヤト君。使い方は?」
 無邪気にミチルが問いかける。
 「引き抜くだけでいい。」
 簡潔に答えるハヤト。ミチルは近寄り、柄に手を掛け、思い切り引き抜こうとする。
 「あ・・・・」
 少し剣が上がる。3センチほど上がったソレは、淡い赤い光を纏っている。
 「赤い光は10〜20キログラムの張力。あと段階的に張力と、光の色を変えている。今は80キロで抜けるようにしてある。ムサシ、やってみるか?」
 「おう!80キロなんて軽いものさ!」
 「垂直に抜かなければならないから、結構やりにくいぞ」
 少し笑っている。
 「うっ、う〜ん・・・・・くくく・・・・・!うりゃあ!!」
 ムサシの声と共に剣がだんだんと姿を現す。それに伴い赤やオレンジや紫や青の淡い光が移りゆく。息を詰めて皆が見守る中、ゆっくりと剣が抜かれた。瞬間。
 閃光がきらめき、思わず目を閉じる。おそるおそる目を開けると、ムサシの手に燦然ときらめく聖剣エクスカリバー。
 「す、すげえ・・・・」
 皆が一同に感心するなか、
 「案外、簡単に抜けたな。もう少し重くするか。」
 なんの感慨もない声でハヤトが呟く。
 「そうはいっても、簡単に変更できるのか?」
 リョウが不審そうに尋ねる。
 「磁力を利用しているからな、簡単さ。何も錘をつけているわけじゃない。好きな張力にできる。」
 「こんなの、どこで作ってたんだ?材料はどうした?」
 「研究所でちょっと分けてもらった。ゲッタートマホークと同じ材質だから、切ろうと思えば何だって切れるぜ。」
 おいおい、「切る」というより「たたっ切る」だろうが。
 「女の子用にもう少し軽くと、ムサシさんでもなかなか抜けないように、もうちょっと重くしてね。」
 マイペースなミチルさん。
 「わかった。」


 文化祭当日。
 たこやき・焼きそば・クレープ・揚げアイス(私は食べたことないのですが、おいしいって聞いて。ほんと?)
 模擬店も盛況だし、展示物もなかなかで。わいわいがやがやと騒々しく人で溢れる中、黒山の人だかりが一箇所。
 『あなたは選ばれし者か?!聖剣エクスカリバー』  幟が立てられている。
 引き抜く長さに応じて食券を賞品にしているソレは、大人気だ。力の弱い者も力自慢の者も、それなりに楽しめる。まだ誰にも引き抜かれていないことが、より大きな興奮をもたらしている。
 「いやー、すごい人気だな。」
 「やっぱ、本物らしく見えるのがいいよ。」
 「ちゃちな仕掛けじゃないからな。」
 近くで見ているリョウもひどくうれしい。自分が褒められているようで、誇らしい気持ちになる。
 「さあ、そろそろ、真打のご登場だ!!」
 ムサシが柄に手を掛ける。
 「なんだ、ムサシ。もうやるのか?」
 「一応、学園内の力自慢の奴らは挑戦済みだからよ。それにオイラ、腹へってもう我慢できないよ。早く食券手に入れないと。」
 「おやおや、抜ける気でいるな。」
 「あったりまえだ。たこ焼き5皿、焼そば5皿、フランクフルトにおでんまで貰えるんだ。抜かないでか。」
 リョウのからかいに、ムサシが大真面目で答える。
 『まあ、抜けるとしたらムサシぐらいだろうな・・・・ちょっと、アーサー王ってガラじゃないのがひっかかるけど。』
 さっき、自分が手に入れた食券3枚を手にして、リョウは辺りを見回した。『えーと、ミチルさんとハヤトは・・・・』
 少し皆から離れたところにハヤトが立っていた。なんとなく口元が笑っているように見える。『あとでハヤトに礼をいっとかないとな。食券1まいじゃ、ちょっとケチだけど。』クスッと笑う。ハヤトがクラスのために協力してくれたのがとても嬉しい。あいつはいつも無愛想で協調性のない奴だが、少しはみんなとも親しくしてほしい・・・・・
 「ぐっ・・・・ぐう・・・・むむむ・・・・」真っ赤になるムサシ。
 「おい、抜けそうだぞ!」
 「やれーやれー。そこだ!!」
 ムサシのまわりで、興奮してはやしたてる。
 ゆっくりゆっくり、剣が動く。
 あと少し・・・・もう少し・・・
 抜けた!!!と。 閃光。
 「うぎゃあああああ!!!!!!」
 太い悲鳴が響き渡る。感電したかのように、痙攣するムサシ。
 「ムサシ!!」
 思わず手を掴んだリョウもまた
 「うわあ!!!」
 2人とも引き攣っている。
 「な・なんだ?!」
 騒然とするなか、ひとりゆっくりと近寄り、ムサシの手から剣をもぎとるハヤト。
 リョウとムサシがゆっくりと崩れ落ちる。
 「ちょっと強すぎたかな。」
 呆然としているみんなにかまわず呟く。
 「ハヤト君、どういうこと!?」
 ミチルがキツイ眼で詰め寄る。
 「抜けたとたん稲妻が落ちた、っていうふうにしたかったんだがな。」
 なにげなさそうに口ではそういっているが、これが、1ヶ月前の体育祭の憂さ晴らしだと、誰の眼にも明らかだった。その証拠にハヤトが笑っている。めったに、どころかほとんど笑うことなどないのに。
 「でも、他の人が抜いたらどうなっていたと思うの?!この2人なら大丈夫だとしても。」
 あの、ミチルさん。お怒りが違うんじゃ? 2人のこと、心配しておやりよ・・・・
 「たぶん、ムサシにしか抜けないだろうけど、万一のときはここにスイッチがある。」
 ポケットから出したのは、小さなリモコン。
 「でも、やりすぎよ。2人とも気絶しているじゃないの。」
 「2人の身体データを基にしているから大丈夫だ。放っておいても気が付くさ。」
 剣を持ったまま、ゆっくり背を向ける。顔だけ振り向いて、
 「今日と明日、研究所の方に泊まるから。」
 去っていくハヤト。後に残された者たちは、一様に蒼ざめた顔をしている。
 「ほんとにハヤト君ったら、意地が悪いんだから。」
 ミチルが後姿を睨んでいる。意地が悪い、という範囲か、これが。
 「でも、これでこの前の怒りは消えただろうから、もう気にすることはないわね。」
 にっこり微笑む。その笑顔にちょっと後ずさりするクラスの面々。
 「あ、あの、リョウ君たち、どうするの、ミチル。保健室に連れて行ったほうがいいんじゃない?」
 すこし怯えている友達に聞かれ、
 「うーん、まあ、このままでもいいんじゃない?ハヤト君が大丈夫っていったんだから、すぐ気が付くわよ。あの人の計算は確かよ。」
 何事にも動じない、という点では、ゲッターチームでの最強はミチルかもしれない。


 「うっひっひっひ・・・・どうじゃったハヤト。いいデータは取れたかのう?」
 早乙女研究所の地下研究室の一室。ふざけてかけられたプレートは『閻魔庁』(元気作)
 「ええ、敷島博士。」
 ゆっくり剣の柄をねじり、開ける。中からちいさなディスクを取り出すハヤト。
 「130ダイヤルで試しましたが、このままの防御シールドですと、90ダイヤルの強さでしか攻撃できません。」
 「なぜじゃ?100ぐらいは行かんか?」
 「リョウやムサシなら100でも大丈夫でしょうけどね。」
 ニヤリと笑う。
 「俺はあの衝撃に耐える自信はありません。ムサシで120、リョウで100でしょう。」
 「なんじゃ。おまえさんが一番ひ弱なのか?」
 意地の悪い目つきでいう敷島に、
 「純粋に体力といったら、俺が一番弱いですよ。・・・・神経が緻密なものですから。」
 「図太いがのう、ひっひっひ。」
 楽しそうにディスクを受け取り、コンピューターに入れる。
 武器の更なる殺傷能力向上に燃える異能の天才科学者。
 なかなか気が合う敷島博士とハヤト。


    早乙女研究所、「最恐」と「最凶」の二人・・・・・・・
 



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  敷島博士と隼人のペアって、どうお思いですか?
  私はけっこう、好きなんですが。

     (2004・11・6 )     かるら