蒼き宙にて
    

諦めたらいいのにな、とリョウは思う。
諦めてもいいだろうに、と武蔵は首を傾げる。
諦めるしかないだろうよ、と弁慶はため息を吐く。

 もっとも、誰も口には出来ないけれど。


                                  





 「帰れ。」
 「嫌です。」
 これ以上はないといった不機嫌な顔に、これもまたこれ以上はないという上機嫌な顔が答える。
 地を這う絶対零度の声も、彼女の耳には天上の調べに聞こえるのだろうか。
 
 「帰れ。」
 「嫌です。」
 どちらか片方が感情に任せて怒鳴る、もしくは泣くタイプであれば、リョウ達も傍観しているわけにはいかないが、この二人の静かな抗争に入り込む余地はない。
 第一、リョウ達はここに戻ってきた時点で酷く怒られているのだ。
 地球での2ヶ月間の生活で、すっかり山咲の存在が当たり前になってしまって、『さあ、帰ろうぜ!』となったとき、山咲も一緒に帰るのが当然のように思えて。
 ケイやゴウ達も別れを惜しんでいたが、それが実に自然だったから、なんとなく4人で地球に来ていたようで。というより、最初に連れて帰ると約束した時点で、「問題終了」って思ったんだよな〜〜俺達は。ネオアースの中央司令部に転移してきたとき、
 「おっす、今帰ったぞ〜〜!!」
 「いや〜〜楽しかった。懐かしいもん、いっぱい食ってきた!」
 「お土産もしっかり持って来たぞ!ケイ達も元気でなぁ・・・・・!」
 あれ?
 指令室にいた全員が驚愕を張り付けた顔でリョウ達を見ていた。
 「お、おい、どうしたんだ?」
 「な、なんか俺達変になってるのか?」
 「えっ、転送、なんかドジってたか?」
 「・・・・・・・・リョウ・・・・・」
 低いおどろおどろしい声。
 「何、持ってきた・・・・・・」
 「えッ、何っていろいろ・・・・あ、でもナマモノは持ってきてないぜ!ちゃあんと言い付けを守って・・・・」
 そこまで言って皆の視線に気づく。視線の集中する先に。
 満面の笑顔を浮かべた軍服美人

 「あ〜〜〜!!」
 冷たい汗がだらだらと流れる。部屋の温度も10度は下がっただろう。

 「い、いやこれはな、あの、なんて言うか、そのさ、」
 3人必死に言い募るが。
  「言い訳も遺言も聞かん。」

 
 殴り飛ばされ窓から落下しながら3人は、転移先がネオアースでよかった、ゲッターロボだったら宇宙空間に放り出されるところだったぜと、安堵したのだった。


 そして戻ってきた指令室で、先ほどからずっと「帰れ」 「嫌です」が続いている。

 「何故此処に来た。」
 「司令がゲッターに搭乗されるときに私に与えられた命令の結果報告と、次の命令を頂くためにまいりました。」
 「了解した。報告後、速やかに地球に戻れ。」
 「そのご命令は聞けません。」
 「なんだと?命令を受け取るために来たと言っただろう。」
 「はい。ですが、帰還の命令だけは拒否いたします。」
 「俺の命令が聞けない部下はいらない。」
 「お、おい、隼人!!」
 慌てふためくリョウ達。だが山咲は平然と
 「はい。命令に背く重大さは存じております。死をもって償います。」
 「山咲!」

 さすがに隼人も絶句する。山咲の性格は熟知している。脅しやハッタリを言う人間ではない。
 






 「で、ここが食堂だ。この基地はデカイから、ここ以外にも10か所あるけど、中央司令部に詰めている奴はたいていここで取る。」
 「ちょっとした売店なら、あちこちにあるからな。」
 リョウ達は山咲に基地を案内していた。決して隼人が折れたわけではないが、口論中にも隼人への報告や指示要請は引きも切らず、「保留だ!」と半ば自棄のように隼人が仕事に戻った。「お前達の責任だ!」と言い残していったので、三人はさっそく案内を始めたのだ。その場にいた敷島博士も
 「よく来たのぅ。」とにんまり笑い、
 「お久しぶりです。これからもよろしくお願いします。」と山咲はにこやかに笑った。
 「この基地はネオアースの総括基地で呼称はネーサーだ。俺達がこの星にきたときの人口は5000万人だったけど、今は8億人が生活している。同盟を結んだ惑星も100以上だ。」
 香りのいいお茶を飲みながらリョウが説明する。
 「いろんな星の奴らがいるからな。見た目も変わってりゃ習慣も違う。だけどみんな、『ゲッター軍団』だ。それだけで理解しあえる。」
 「山咲さんなら、すぐ皆と仲良くなれるさ。隼人のやつはいつだって目が回るくらい忙しいからな。山咲さんがいたら助かるよ。」
 「はい、力の限り、お手伝いさせていただきます。」
 「あまり気張らなくていいぞ、先は長いんだから。」
 「そうそう、休養や息抜きも大切だ。基地の中には花の見事な公園もあるぞ。以前は緑と言うと周囲に農園があるだけだったが、アムルが世話するようになってからは『癒しの空間』ってやつだ。」
 「このお茶だってアムルが栽培しているんだ。ネオアースだけじゃなく、他の星にも出荷されている。」
 「そうですか。気持ちの安らぐ素敵な香りですね・・・・・・・・アムルタートさんは今どこに?」
 「さあな。隼人の側に居なかったから、公園か植物園かな。」
 『聖者の星』と呼ばれた惑星で、300年ものあいだ独りで時間を見つめていたアムル。自分の他に生命は無く、ただ植物だけが溢れる星。生きていくのに何の不自由もなく、生きていくことに何の理由も見出せない星の最後の一人。
 地球でアムルタートの説明を受け、山咲はその孤独を思ってゾッとした。いくら不老不死の種族とはいえ、孤独に慣れるなんて出来るものではない。ましてやアムルタートは、「いずれ訪れるかもしれない誰か」を待ち続けたのだ。広大な星の微々たる一点で。その狂気に飲み込まれぬ精神力に、山咲は感服した。
 「山咲さんの部屋は、アムルの近くにしよう。隣って空いてたかな?」
 弁慶が言う。さすが気配りの男?!
 「そうだな、女の子同士、気安いだろう。」
 アムルタートは両性体(雌雄同体)だが、なんといっても見た目は優しげな美人だ。一度「男になってみせてくれよ!」とリョウがバカなことを言ったが、「はい。」とすんなり頷いて変化したアムルは、そのぅ、なんというか、ナニが男になっただけで・・・・・・・・・・まあ、見た目どうりの女性でいてくれたほうがいいということになった。アムル自身にはこだわりがないようだ。
  兵士達の居住区は基地の敷地内にあるが、リョウ達は緊急出動が多いので司令部の建物内に住んでいる。隼人は指令室と研究室に住み着いているようなものだ。出動となったらゲッターロボそのものに私室と言っていい「仮眠室」がある。
 「今はまだ戦いの拠点はネオアースだけど、これからさき戦況が広がっていけば、ここは遠くて不便だ。なにしろ銀河の中心から離れているからな。同盟星に修理・補給の拠点はあるけどまだまだ足りない。それで隼人はこの星、ネオアースそのものを移動要塞にしようと考えている。」
 「ええ!?星をですか?」
 さすがの山咲も信じられないと目を丸くする。。
 「ああ。もちろん今すぐは無理だ。何十年、いや百年だってかかるかもしんねえ。星ひとつを動かすって、引力だのなんだの考えりゃ無理がある。だけど隼人は『おそらく「戦いの星」というのはそういう意味だ。動くんだろう。いや、かつてそんな星を造ったのかもな。』って。」
 「誰がだよ!!って聞いたら、『どっかのゲッターじゃないのか。』って、さらりと言いやがる。」
 「あれにはどっと力が抜けたな。」
 「俺達の知っている隼人は、決して神秘主義者でもないし御都合主義者でもない。山咲さん、アンタの知っている隼人はどうだった?」
 弁慶に尋ねられ
 「い、いえ。神司令はいつも正確無比なお考えをお持ちだったと・・・・・」
「だよな。ということは実際にこの星は動くようになる、というか、動かしちまう戦いが待っているということだ。今までだってぬるい戦争だったって言うわけじゃないけど、これからは考え付かないほど熾烈な戦いが待っているんだろう。」  リョウが静かに口にする。
 「おいら達が地球に行った理由は、確かにあのときケイ達に言ったとうりだ。隠し事もないけれど」
 武蔵が続ける。
 「たぶん何かのケジメだったんじゃないかな。隼人はけっしてそんなこと言わないけれどよ。」
 山咲はグッとくちびるを噛む。自分はかつて隼人の副官だった。自分の持てる限りの力で隼人を補佐してきたつもりだ。能力が足りないならばいくらでも努力する。少しでも役に立てたら、とここに付いて来たが、はたしてこの世界で自分は必要とされるのだろうか。ここではすでに50年以上が過ぎているという。その間、隼人を補佐する者たちは多くいただろう。今、現在も。自分の時間は少ない。数十年ならともかく、百年を単位とする戦いに、自分は何が出来るのか。
 「あれ、どうしたんだ?」
 リョウが心配そうに覗き込む。いつのまにか山咲は俯いていたようだ。
 「い、いえ、なにも。」 背筋を伸ばす。
 「だから山咲さん、あんたも俺達と闘ってくれ。俺達が地球についたとき、たまたまアンタがケイ達を連れて研究所跡にいた、そしてたまたまこっちの世界に来る方法があったから来た。なんて、俺達は思わない。あんたは一人だけ年を取るだろうって言われても迷わずに付いて来た。隼人は前に『ゲッターは無駄な事をしない』と言った。そうだろうな、俺達は確信している。山咲さんは、来るべくしてこの世界に来たんだよ。」

 穏やかな弁慶の言葉に、山咲は呆然とした。
 「車さん・・・・」
 山咲はゆっくりと視線を巡らす。リョウが、武蔵が、自分を優しく見つめていた。






                             ☆




 「優秀な補佐官が来て、よかったのぅ。」
 敷島がにやりと笑う。
 「リョウ達が何の問題もなく戻ってくるとは思っていませんでしたがね。」
 憮然としたようすが可笑しい。
 「まあ、来てしまったものはしょうがない。偶然も重なれば必然というからの。」
 ひゃっひゃっひゃという笑い声を聞きながら、隼人は手元のデータを見ていく。
 変化のない表情を見ながら
 「どうじゃ、リョウ達の体調は。」
 「まったく変化なしですね。あちらの世界に行っても、時間からは引き離されている。」
 「それをどう見る。不都合があるのか?」
 「いいえ。」

 そう答えたきり、何も言わず溜まっている仕事をこなしていく。
 敷島はしばらくその姿を見つめていたが、ゆるりと首を振ると自分の部屋へ戻った。
 あのとき。
 タワーの司令室のコンソールの前に立ち。
 限界をとうに超えたエネルギーを吸収させ続けた。
 そして。
 自分は確かに視たのだ。
 逆行していく生命の流れを。
 人類を。
 哺乳類からハ虫類へ。鳥類へ、魚類へアメーバへ。
 そして地球そのものさえが進化していく生命だと知った。
 記憶はそこまでで、次に意識が戻ったのは宇宙空間だった。自分は意識だけだったが、「敵」を見ていた。
 倒さなければという思いがいつのまに宇宙戦艦を乗っ取ったのかは知らない。なぜそれを「敵」と感じ取れたのかも。
 だが、自分は間違えることなく隼人達と合流できたのだ。
 隼人は時空を超えてリョウ達を地球に送り届けることが出来た。ということは時空を覗くことが出来るのだ。
 隼人が視たモノと自分が視たモノが、同じであるかは知らない。アレは感じるものだから。
 自分達は視た。リョウ達もいつか視るのだろうか。また、どこかの世界ではすでに視た者たちがいるのだろうか。
 その者達は・・・・・・・・どこに行くのだろう。 






                             


 

 「あいかわらず仕事が早いのぉ。」
 山咲が振り向く。
 「敷島博士。」
 隼人の補佐として、山咲は充実した日々を過ごしていた。
 「ちょっと手伝ってくれんか。」
 「はい、ここでですか?」
 「いや、わしの研究室に来てくれ。」
 敷島の部屋は相変わらず様々な武器にあふれていて、山咲は懐かしさに微笑んだ。
 「こっちじゃ。この機械を操作してくれ。」
 「これは?」
 MRI検査に使うような機器。
 「記憶チップの更新をしておこうと思っての。」
 ソレを聞いた山咲は意気込んで
 「あ、あの、博士。私のもお願いできますか!」
 敷島は驚く様子もなく、
 「そうじゃな。使う機会はないかもしれんが、保険代わりに記憶チップを作っておくか。」
 「え?使う機会がないとはどういうことですか。」
 「お前は自分の意志で此処に来た。隼人達と同じじゃ。」
 「いえ、私は司令達のようにゲッターに搭乗していたわけでもありませんし、早乙女研究所の所員でもありませんでした。」
 早乙女研究所に入りたいと渇望していたが、自分が大人になるまえに研究所は封鎖された。
 「人間の意志というものは、自分が思っている以上に強力なときもある。まぁ、これからお前の体がどうなるかはわからんからな。とりあえず、チップは作ってやろう。」

 ゲッターに勝手に選ばれた者達がいる。ならば


               ゲッターに自分を選ばせた者が、

                            いてもいい。
 
 
 

 
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またまたご無沙汰しております。
拙サイトも皆様のおかげで8周年を迎えることが出来ました!!
久しぶりに「蒼き宙にて」です。
「山咲さんがサイボーグになったり年を取るのは可哀想」とのお声を頂きましたので、とりあえず保留v

          (2012.5.31   かるら )