青き星にて

      
脆き器   ----- されど  したたかに








   
 インベーダーとの最終決戦から すでに2年・・・・・・・・・・


  あの後、地球はメチャメチャだった。
  地球どころか、太陽系まで巻き込んだインベーダー戦。
 月は欠けるし、冥王星は喰われ、木星は太陽化して・・・・・・
 何事もなく済む筈がない。
 ほんの少し海温が上がれば大洪水が起こる。地軸が少し傾けば氷河時代にすら逆戻りする。世界は、思っている以上に危ういバランスで成り立っている。
 13年前、真ドラゴンが現れたとき、早乙女研究所の周辺は見渡す限り、さながらジュラ紀の様相だった。巨大シダ類が生い茂り、恐竜が闊歩する。おそらく真ドラゴンを生み出すためのエネルギーの余波、漏れ出したゲッター線エネルギーが、あれほども自然を変化させたのだ。漏れた分だけで。
 ゲッター線が一体どういう意味を持ち、力を持っているのか、誰にも理解できなかった。理解しようとすること自体、おこがましいのかもしれない。絶対的な力は、ただ受け止めるしかない。
 だが、幸いなことに人類は、たとえ非常識で理不尽で不可解なことであっても、それが自分達を守るものであれば受け入れることができた。すべての謎を謎のままにして。 あの時も。、

   何と形容してよいのか、あの時。
     インベーダーとの戦い終了直後の、地球を。

 大きく崩された 太陽系のバランス。地球は震え火山は火を噴いた。大津波が人々に襲い掛かったその時。
 人類は目の当たりにしたのだ、はるか昔、置き去りにされた伝説を。

 海は割れた。伝え聞く『出エジプト記』 。
 モーゼに率いられた人々の目の前で海が割れ、道が現れたように、襲いきた大津波は寸前で数十メートルの壁となった。見えない何かにせばまれているかのように。
 溢れ出す溶岩も、割れた大地に引き込まれていった。大量に降り注ぐ粉塵、灰色の雨。それでも人々は生き延びた。
 『奇跡』という言葉を挨拶のように繰り返し、人々は日常生活に戻ろうとした。地球は季節を停めた。ただひとつの季節。
 生命萌える春。寒さに凍えることなく、酷暑に喘ぐこともない。植物は芽を出し、伸び、実を結ぶ。満足とはいえないまでも、餓えることは避けられた。『エデンの園』 『桃源郷』。かつて、人々の憧れを欲しいままにした世界は、確かに存在したのだ。
 2年目になると。
 自然は四季を取り戻し始めた。再び寒さ、暑さ、作物の不作などが身に沁みる。弱い者と強い者の差がじわりと現れ始める。
 世界は機能を回復しつつあった。国家機密連合は、世界政府と名を変えた。我を通しはじめた人類は、あちこちで集団をつくり、小競り合いもあったが、絶対的な力、スーパーロボット軍団を有する世界政府が地球を統一した。もっとも、スーパーロボットの主な仕事は復興のための力仕事だったが。
 司令部であったタワーはなくなったが、それぞれの部屋は分離独立していたから、必要に応じてあらゆる場所に移動できた。それが復興に大きな働きをしていた。移動研究室、移動工作室、移動医療室なのだから。

 ケイ、ゴウ、ガイの3人は世界政府に所属していた。後見人は山咲中佐。
 神 隼人の副官で中尉だった彼女は、世界政府において中佐の地位を得ていた。隼人が真ゲッターに乗り込む際に全権を移譲されていた彼女は、その後の混乱の中、事後処理に見事な手腕をみせた。女であることを侮られたりはしたが、情報のすべてを把握していた隼人の補佐をしていた山咲は、その正確で大胆な行動能力で自分を正しく評価させた。世界政府が新たに起動しはじめたとき、山咲は参事ののひとりとして入閣を要請されたが、彼女はそれを断り、日本支部の一員として働くことを希望した。

 「今日から、ここが俺達の家かあ〜〜」
 ガイが独り言のように呟く。
 この2年間、ゴウ、ケイ、ガイの3人は、タワーから分離した部屋のひとつに住んでいた。キャンピングカーのように、最小限度の設備しか備わっていなかったが、それまで地下の不自由な暮らしをしていたケイたちにとっては充分すぎる環境だった。分離した部屋のなかには、医療設備のあるものや工作室もあった。震災で怪我をおった人々や家をなくして孤立した人々を救助するため、移動部屋は大きな力となった。
 ケイが山咲中佐に言ったことがある。
 「タワーって凄いものだったんですね。部屋のひとつひとつが独立しているため、全員の脱出の時間も最小限に済んだし、そのあと空っぽになったタワーは、ゲッター線エネルギーを吸収するための、とてつもない容量をもつ貯蔵庫になる予定だったのでしょう?結局はゲッター線エネルギーの量が多くて、タワーは許容量を超えて爆発してしまったけれど。
 それでも分離した部屋が各々の機能を最大限に発揮できたから、復興が随分早くなりました。いくらスーパーロボットがあっても、整備する場所や」エネルギー補給、パイロットたちの居住場所がなければ、とても働けないですしね。」
 「洗練された合理性だな。」
 ゴウが呟く。
 「ええ、そのとおりよ、ゴウ君。」
 山咲が花のような笑みを浮かべる。
 「神司令のなされることに、何ひとつ無駄はなかったわ。
 13年前大怪我をして、それは常人ならばとっくに死んでいるほどのもので、万一助かっても植物人間か寝たきりであろうと誰もが思っていたけれど。信じられない回復力で、皆、奇跡だと騒いだわ。ろくにリハビリもしないまま戦列に復帰された。
 懸念されていた頭脳への損傷も全くなかった。ますます冴えわたって。体のほうも見た限りは以前どうりで、退院即、『反乱軍』という名の地球防衛軍の指導者のひとりとして働かれたの。実質的な戦闘については、あの方に勝る者はいなかったわ。もちろん科学者としても。
 私はあの方が復帰されてからずっとお側でお手伝いさせていただいたの。」
 知的でしなやかで、強い女性。彼女を妬む荒くれ者の雑言やネチネチした嫌味をものともせずに、いつも山咲は毅然としていた。軍の中でも、女性兵士たちの憧れだった。
 「神司令は、確かに兵士達に命を捨てさせるような冷酷な命令も下しはしたけれど、だれもそれを拒む者はいなかった。なぜって、必要なことだったから。誰かがそれをやらなければならない。そして、それを誰かにやらせることを一番辛く思っていたのは司令だと、部下の誰もが知っていた。共に生活していればすぐにわかったわ。あの方は、誰よりも人の命を大切にしていた。自身が命を投げ出して済む事ならば、きっと真っ先にご自分がやったでしょう。でもあの方を失えば、人類に未来はない。だから皆、争うように命令を受けた。たとえ死する命令だとわかっていても、人類にとって不可欠な死。自分の生きた証、誇り、何よりも、あの方の苦悩を減らしたかったから、笑って逝ったの。」
 信頼。憧憬。
 「あの方は、本当に生命を大切に思っていらした。生かせることができるなら、何としても生きさせたい。それがタワーに表れている。乗組員の命だけでなく、戦いが終わった後、おそらくは荒廃した世界の復興を少しでも早く成せるよう、死ぬ者がひとりでも減るようにと、医務室や工作室を多く作って。」
 敬愛。崇拝。
 「あの方の元で働くことができたことは、私の誇りよ。今はただ、あの方の部下であったことを、辱めずに生きることが望みだわ。」
 抑えることしか叶わなかった慕情を、全身全霊で捻じ伏せ、昇華させた彼女は、かつての名画の聖母のように微笑う。
 インベーダーとの最終決戦が終わってから、山咲はほとんど休みを取らずに働いていた。隼人に率いられていたスーパーロボット軍団は、躊躇いもせず彼女の指揮を受け入れた。命をかけて戦った者同士、何が必要で何が優先か知っていた。ケイやゴウたちも受け入れられた。山咲の配慮もあったが、戦士は互いを認めることができる。シュワルツは今も「俺は日本人が大嫌いだ!」と公言してはばからないが、ケイ達の技量は認めていたし、
 「早乙女研究所の者なんか、反吐が出るほど嫌いだが、それでも神 隼人はずば抜けた指揮官だったさ。」
 と、そっぽをむいて、つぶやいた。

 復興も軌道に乗り始め、ビルや道路も整備されていく。軍の宿舎も完成し、ケイ達も引越しの準備を終えた。もっとも、復興してきたとはいえまだまだ品不足のため、ケイたちの私物は制服と数枚の私服など、ほんの少ししかない。バックひとつを持って移動してきただけである。
 「俺達は何号棟なのかなあ。」
 整然と並んだ巨大なビル群を見上げながらガイが問う。
 「・・・・・・・なんか、息苦しいな、ここは・・・・」
 ぽつりとゴウがつぶやく。
 「仕方ないわよ、ゴウ。でも今までよりも設備は整っているし、部屋も2部屋あるんだから。」
 励ますように言いながらも、ケイも少し眉をしかめる。より多くの人員を収容し、機能を第一に優先させたその建物は、見るものに圧迫感を与える。ゲッター線の汚染とインベーダーとの戦いで地球の経済は疲弊した。物資も足りない。
 それでもやはり、一部、富を持つ者はいるわけで。一般の者たちは与えられた最小限で満足するしかない。新しい住居が与えられただけでもましなのだ。いつの時代でも平等は遠い。また、その欲、向上心こそが、発展の原動力なのかもしれないが。
 「俺は今までのほうがいいな・・・・」
 タワーの部屋は、望めばどこでも、----湖のそばや山の中----自然の中に飛ぶことが出来た。長く地下での生活を余儀なくされていたケイやガイはともかく、ゴウは太陽の光、自然を欲していた。照射されつづけたゲッター線のせいなのだろうか。ほとんど影響はなくなったと思っていたのに。
 「でも、あれは政府に返さなくちゃならないもの。緊急災害用として・・・」
 「うん、わかっている。」
 困った顔のケイに、それでも少し笑ってゴウが答える。
 「大丈夫だ。さんぽに行くから。」
 「そ、そうだよね。すこし歩けば緑も多いしね・・・まあ、一時間ぐらいかかるけど。あっ、自転車なら15分ぐらいでも行けるかも。」
 延々と続くアスファルトの道路とビルの群れを横目で見ながら、あせったようにケイが言う。だってここでなければ、住むところなどないのだから。

 「ケイ、ゴウ!」
 「あっ、山咲さん。」
 珍しく私服の山咲が立っていた。
 「引越しの荷物はそれだけ?」
 「はい。私たちの宿舎はどこですか。」
 「3人とも車に乗ってちょうだい。」
 言われるままに車に乗り込む。だいぶ遠くの宿舎なのだろうか。108棟あると聞いたけど。なんで煩悩の数と同じなんだ?おエライさんの考える茶目っ気は、到底理解できない。

 車は基地の居住区どころか、基地そのものを大きく離れていく。
 2時間ほどして、さすがにケイは変に思った。こんな遠くに宿舎があるわけはない。
 「山咲さん、どこへ行かれるんですか?」
 いつもは「山咲中佐」と呼ぶけれど、今日は私服だから「山咲さん」でいいだろう。
 「浅間山よ。」
 短い答えにハッとする。
 浅間山--------そこは。

 
 緑萌える中、4人を乗せた車は流れるように走っている。
 ケイは不安を隠せない。浅間山といえばただひとつ。すでにおぼろげにしか覚えていない、そこにある『早乙女研究所』
 --------廃墟と化した----

 何か口に出すのも憚られ、ずっと沈黙を通してきたけれど、ついに耐え切れず、ケイが話しだそうとしたとき、車は大きく脇道にそれた。少し行くと林が見えた。そこに入る前、山咲は車を止める。道の脇にある銀色のポール。それに触れるといくつものプッシュボタンが表れる。慣れた手つきでその上を指がすべる。小さな赤ランプが緑に変わる。
 車に戻り、林の道を入っていく。
 「山咲さん。今のは何ですか?」
 ケイが尋ねる。
 「バリアーの解除装置よ。」
 「バリアー?」
 「ええ、この林一帯にバリアーが張られているの。網目状のバリアーだから、自然体系に影響はないけれど、解除しないと中に入れないから。」
 「ここには何があるんですか。」
 それには答えず、車を走らせる。すぐにひとつのコテージが現れた。
 「さあ、降りてちょうだい。」
 3人はあたりを見回す。
 林の中といってもそこは明るく、清々しい木々のかおりが満ちていた。名も知らぬ小さな花が咲き乱れ、近く、小川の流れる音もする。
 「まだこんな所があったんだ・・・・・」
 長く地下で暮らしていたケイとガイ。暗い研究室の培養ポットにいたゴウ。戦い終了後の「奇跡の1年」と呼ばれた期間でこそ、自然は溢れていたけれど、それは生活のための自然。大多数が生きるために与えられた、生存のための自然だった。こんな穏やかなゆったりした、優しい空間があるとは信じられなかった。
 「地球は狭いけれど、けっこう広くもあるのよ。あんな戦争があっても、やはり私有財産は認められている。平等ばかりで生きていけるほど、人間は甘くは無いみたい。かつて財閥や名家と呼ばれた人々は、やはり今も世界政府で重きをなしているわ。」
 苦笑するように山咲は言った。
 「じゃあ、ここも、そんないやらしい金持ちのものなんですかあ?」
 ガイの言葉に、
 「いいえ、違うわ。ここは・・・・・・とにかくお入りなさいな。」
 一見素朴なコテージに見えて、でもそこはしろうとのケイ達がみても、良い材質を使った凝った造りとわかった。一歩中に入ると落ち着いた40畳ほどのリビング。中央の大きなテーブルやサイドテーブルも、マホガニー材の重厚なものだった。ゆったりしたソファも見るからに座り心地が良さそうだったし、大理石の暖炉は、冬になれば冷え込むであろうこの部屋をおだやかに暖めるだろう。無駄な装飾の省かれた壁には、どこか懐かしい風景画が一枚。広くとられた窓からのぞく新緑の木々がまぶしい。
 「キッチンとダイニングは奥にあるわ。2階はロフト付の寝室が6つ。とりあえず必要なものは揃えておいたけど、何しろ品物不足だから、好みは少し我慢して頂戴。」
 「え?山咲さん、どういう意味ですか?もしかして私たち、ここに住むんですか!」
 驚いてケイが叫ぶ。なんで私たちがこんな高級なところに。
 「そうよ、ケイ。ここはあなたのものよ。」
 いたずらを成功させた子供のように、山咲が面白そうに笑う。
 「どうして?!なぜここがわたしのものなんです?」
 「ここはもともと神司令の持ち物なの。別荘っていうか。司令のお母様のものだったと聞いているわ。」
 ゆっくり部屋を見回しながら答える。その瞳の中にいとおしむような、懐かしむような想いをみつける。おそらく山咲は、何度かここに来たのだろう。そのとき彼の人は、ソファにくつろぎながら書類に目を通していただろう。部下と上司。それ以上でもなく、それ以下でもない。それでも彼女にとっては」至福の時間だったのだろう。
 「神司令は、ご自分の遺産相続人にケイ、あなたと弁慶さんを指名されていたのよ。」
 「!」
 驚くことばかりで声が出ない。あとの2人も唖然としている。
 「い、いつ、そんなことを?」
 やっと口にするケイに
 「15年前、重陽子爆弾が爆発して、司令は大怪我をされた。動けるようになられてからすぐ、私は貴方たちの消息を探すよう頼まれたの。個人的なことを頼んですまんな、と言われたけれど、あの方に個人的な時間なんてなかったんですもの。当然だわ。幸い、行方不明になる前に弁慶さんからシェルターに避難するとの連絡があったから、探すのは容易だった。避難所は数も場所も限られていたし、1番近いところに避難するのが普通でしょう。特に弁慶さんはそのころ情緒不安定だったケイを連れていたから、そうそう居場所をかえないでしょう。あまり環境を変えないほうがいいから。
 私の調べでは、貴女は相変わらずカラに閉じこもっていたけれど、弁慶さんが必死で守っていて、何とか2人でやっていけそうだった。司令に指示を仰いだら、そのままにしておいてくれと。自分が会いに行ったら、思い出したくないことを元気に思い出させるだろう。「ケイ」と名を変えたなら、弁慶を父親と思って新しい人生を生きたほうが良い。あの2人は、ゲッターから離れられる人間だ。ただ、もし、俺に何かあったとき、俺の財産なんかはあの2人に譲りたい。いずれ地上で生活できるようになっても、ケイや弁慶には家がない。研究所は崩壊したし、早乙女家も全焼した。俺の家が幸い残っているから、あの2人に使ってもらいたい。そのときの手続きは、君に頼むよ、山咲中尉って。」
 つと立ち上がると、キッチンに消える。いつも冷たい無表情だった白皙が、そのときだけ穏やかな笑みを浮かべていた。思い出して泣きそうになった顔を、ケイ達には見せられない。
 やがて芳しい香りが部屋に漂う。
 「さあ、どうぞ。」

出されたコーヒーを見て、ガイが思わず叫ぶ。
 「わあ、コーヒーだ!本物ですか、これ。」
 山咲はクスッと笑って、
 「そうよ。珍しいでしょう。戦争で植物体系が狂ってしまって、なかなか以前の食物は手に入りにくいけど。一部の人々の間ではいろいろ出回り始めているわ。でもこれはそうじゃない。」
 「?どういう意味ですか?」
 「神司令は早乙女研究所にいるときに、月面基地への出向を要請されていたらしいわ。詳しくは聞かされていないけど、そのとき、食料の保存について考慮されて、試作品としてこの家に「真空貯蔵庫」とでもいうべき保存庫をつくったそうよ。もともとこの家はめったに使わないから、食物をおいていたら傷むでしょう。実験をかねていろいろ嗜好品なんかを保存しておいたらしいわね。私が今淹れたコーヒーも、インベーダー戦争前のものよ。でもかわっていないでしょう?」
 目を白黒させながら、ケイ達はコーヒーを飲んでみた。おいしい。なんといっても香りが違う。
 「山咲さんは、ここへ何度かいらしたのですか。」
 「ええ。司令は戦争の数年前に、この別荘をお姉さまに譲ろうとされたらしいわ。そのときお姉さまはパリに住んでいらしたから、別荘が荒らされないよう、バリアーを張ったそうよ。解除されないまま重陽子爆弾が発射されて、付近はボロボロになってしまったけれど、ここはほとんど影響を受けなかった。
 あの方は忙しすぎたから、休みなんて年に幾日もなかったけれど、それでもここには数回来られたわ。私は助手としてご一緒させていただいたの。」
 個人的なことは、ほとんど話すことすらなかった。それでも影のように従い、与えられた仕事を完璧にこなせたならば満たされた。だから今でも「司令」と呼ぶ。あの頃のままに。

 「ケイ。あなた達の家はここだけど、基地からだいぶ離れているから普段は基地の私の宿舎を使うと良いわ。2部屋あるから、ケイと私、ゴウとガイで眠れば良いわ。」
 「いいんですか、山咲さん。そんなに甘えても・・・・・」
 ケイは自分はともかく、ゴウやガイまで世話になるのはまずいんじゃないかと思う。何といっても、若い独身女性の部屋に・・・・・
 「私は仕事でオフィスのほうに泊まることも多いから気にしないで。それに、代わりといってはなんだけど、お願いがあるの。」
 「何ですか。何でも言ってください。」
 「これから先、私もときどきここに泊めてもらえないかしら。休暇のときにでも。」
 「ええ、もちろんです。ぜひ山咲さんもここをご自分の家だと思ってください。」
 おもいがけなく得た家。この自然の中でなら、ゴウの体調もいいだろう。
 ケイには早乙女研究所での記憶がほとんどない。ゲッターチームのメンバーについても、弁慶は父親がわりとして別格だが、あとのメンバーはおぼろげだ。流 竜馬と巴 武蔵。なんとなく覚えているような気もするが、神 隼人については全くといって良いほど記憶に無い。ここまで気にかけていてくれたのに。
 自分がなにが原因で自閉症になったのか、今もわからない。でも、自分がどれほど皆に愛され、大切に思われていたかを知るたびに、こころを閉ざした自分の弱さが疎ましい。失ってしまったかけがえの無い記憶。せめてこれからは、何事にも耐えられるよう、強くなろうと誓う。ゴウは何度も「お前を守る」と言ったけれど、私にだって、守りたいものもあれば、人もいる。

 「早乙女研究所を見たいのですが。」
 ふと気がつくと、ゴウが山咲に話しかけていた。
 「ええ、今から案内するわ。崩壊した早乙女研究所を中心に、半径10キロメートル四方は立ち入り禁止なの。だけど私は特別許可をもらっている。司令はどんなところでもフリーパスだったから、私も便乗して、結構顔がきくのよ。」
 にこやかに笑ってそう言うが、実力がなければ隼人の副官になどなれないし、彼のいない今、これほど他の官僚たちに頼りにはされまい。

 浅間山国立公園。
 中腹に黒々とたたずむ早乙女研究所。残骸となってなお、重苦しいほどの威圧感。ここからすべてが始まり、終局へと向かったのか。

 「私は、本当はここに住みたかった。小さな家でいい。トレーラーハウスでもかまわない。でもここは立ち入り禁止区域。だから、あなた達の家に泊めて欲しいのよ。」
 「なぜですか、山咲さん。なぜこんな所に?」
 「あの方が戻ってきたら、必ずここに来るでしょう?」
 やさしく微笑む。透き通る笑顔。
 「え?あの・・・・」
 言葉に詰まるケイに、
 「ここはあの方にとって、絶対譲れない、捨てきれない場所だもの。今は私も仕事があるから無理だけど、休みの日には一日中ここにいるつもりよ。いずれ退官したら、私はここの守部になるの。」
 おだやかな表情なのに、憑かれたような、ささやき。
 「でも、山咲さん。帰ってくるとは・・・・・・」
 「ガイ!!」
 思わず制止のことばを口にする。睨まれたガイは、気まずそうに目を背ける。
 「良いのよ、ケイ。」
 さやさやと風が流れる。
 「私にも、本当はわかっているわ。でもそうしないと、私が壊れてしまうのよ。」
 あきらめたような、それでも悲しくなるほどおだやかな声で山咲は言う。
 神 隼人の絶対的なカリスマ性を、タワーの乗組員やパイロットたちから何度も聞かされたけれど。才能のある者ほど、かえって囚われるのだろうか。
 無惨な姿を晒す研究所を、いとおしむかのように、じっと見詰める山咲を思う。わずか16歳で軍に入り、その才智で瞬く間に昇級し、18歳で少尉、すぐに隼人の補佐官になったという。
 はるか時空の彼方に消え去ったゲッターチーム。どこへ向かっているのだろう。まだ戦い続けているのだろうか、いつまで?

 15年前地球を荒廃させたゲッター線は、2年前には荒廃した地球の自然に奇跡をもたらした。悪魔の力と、神の力を同居させた、底知れぬ恐ろしさを秘めたエネルギー。不思議なことに、そのエネルギーはもはや地球には降り注がない。あの3人が持って行ったのだろうか。それとも、あの3人を生み出し、連れて行くためだけに、地球を進化させ続けていたのか?
 そこまで考えて、ケイは背筋がゾクッとした。あわてて首を振る。
 自分達が、人類が、命そのものが、そんな勝手な理由で淘汰されてはかなわない。もしゲッター線が意志を持つエネルギーで、何事かを企んでいたのだとしたら、地球から追い出したのは正解だ。多少の奇跡で誤魔化されるものか。失ったもののほうがはるかに多い。
 ケイは、真摯な瞳で研究所を睨む。もう二度と、大事なものを好き勝手に奪わせはしない。

 黒い瞳に強い光を秘めたケイの横顔を、ゴウは見詰めた。意識が覚醒する前からずっと、頭の奥底からいつも響いていた声。
 『俺はお前を守る』
 自分の望みなのか、押し付けられた願いなのか、ゴウにはわからなかった。今ならはっきり、自分の願いだと言えるけれど。
 自分は早乙女とミチルから生み出されたクローンだ。生み出された理由は知っている。だが、生きつづける理由はあるのだろうか。もはや、インベーダーもゲッター線もない。守るべきケイも立派な大人だ。あれ以来自分は、まるで普通の人間のように生きている。生み出された理由が消えたとき、造られたモノも消えるべきではないのだろうか。
 与えられた環境が心地よければよいほど、罪悪感がゴウを苛む。存在すべきではない、クローンである自分。不完全な。

 「しっかし、大将も竜馬さんも、どうしているかなあ!」
 間延びしたガイの大声。
 『これから先は俺達だけでいい。』
 そう言って、時空の彼方へ消え去った彼ら。
 彼らは満足しているのだろうか。納得しているのはわかる。誰一人、なんの躊躇いもなかった。
 だけど、今彼らは幸せだろうか。
 自分達は幸せ、といっていいだろう。今の生活は適度に緊張していて、それになんというか、楽しい。以前の地下生活に比べたら、明るい太陽の下、なんの遠慮もなく走り回れる。シュワルツたちと憎まれ口をききあうのも楽しい。
 物資だって、以前とはくらべものにならない。戦争前を知っている人たちは、まだまだ愚痴を言っているけれど。
 そう、この地球に、小競り合いはまだ続くけど、命を抹殺したがるような輩はいない。

 「きっと、相変わらずゲッターではしゃぎ回っているさ。」
 ゴウが答える。
 「あ、それ言えてる。とくに竜馬さん。嬉々としてゲッタービーム、撃ち撒くっているだろうね。」
 思い浮かべただけで笑みがこぼれる。そうだ、あの3人に、暗いイメージはない。あの3人が、3人でいられれば---------
 いつか、会えるだろうか。
 「おい、ここが研究所かよ。」
 「やー、まったく、おもいっきり、廃墟だな。」
 「なんだその言い方。もっと詩的に、感慨ぶかくいえねぇのかよ。」
 「うえっ、気色悪〜〜〜時空酔いか?」
 そう、こんなふうに言い合いながら。
 えっ?!





      逆光で見えない。3つのシルエット。






        **************************

    地球にて。 主にケイ視点かな?
  だけど、地球の自然を何事も無かったようにするには、いくらこじつけの得意なかるらでも、無理がありましたよ。木星が太陽化した時点で、きっと地球は爆発してたと思う。で、「嘘は大きいほうがばれにくい」、とのモットーで(ボカッ!!殴)無理無理、神話を呼び出しました。さらっと流してくださいませ。
 もう少し話を短くして、再会後も書くつもりでしたが、長くなったので次回に。科学的説明を考えていたら頭がこんがらがってしまったので。もっとも、結局は文学的説明(お馴染みのこじつけ)になりましたが。
 来月でサイト一周年です。ありがとうございます。変わらぬお話ばかりで恐縮ですが、まだ、お付き合いいただければ幸いです。
         2005.4.23     かるら