青き星にて   外伝 1















 小鳥の囀りで目が覚める。
 ケイは大きく伸びをすると、勢いよくベッドから飛び降りた。
 広く取られた大きな窓を思い切りよく開けると、初夏の眩しいばかりの緑が目に飛び込んできた。

   「う〜〜ん、いいお天気!さぁて、さっさと掃除、するとしよう!!」




 半日がかりで別荘の掃除をした。すべての窓を開け、空気を入れ替え掃除機をかける。布団を干し、シーツを洗い窓を拭く。久しぶりに3人で過ごす休暇を少しでも気持ちよくと。
 夕食の下ごしらえをしながら、ケイはホッと息をつく。
 半年振りだ、3人が顔を揃えるのは。
 ケイ、ゴウ、ガイ。
 共に世界政府日本支部に籍を置いているとはいえ、それぞれが責任のある仕事を任されている今では、以前のように頻繁に会うこともない。今回珍しく3人の休暇が合う事を知って、ケイが集合をかけたのだ。ケイは昨日仕事を終えたその足でここに来た。ガイは今日仕事を終えて来る。ゴウも今日の午後アメリカから帰って来る。夕食は3人一緒にとれるだろう。
 3年か。
 ケイはふと、遠くを見遣る。
 あれから3年経ったんだ。
 山咲が、竜馬達が時空の彼方へ戻って行ってから。




                              ☆




 

 花切り鋏を持って庭に出る。
 色とりどりのバラの花が、溢れんばかりに咲き誇っている。




 「この庭は、バラの季節はそれはもう見事なものよ。特にあのアーチの向こう、あの一角に咲く真紅の薔薇は、大きさといい形といい香りといい、最高のものだわ。開花はもう少し後だから私は見られないけれど、ケイ、貴女は是非、見に来てね。」
 
 リョウ達と旅立つ前日、山咲はそう言って微笑んだ。おそらく山咲は何度かその薔薇を見たのだろう。彼女にとってそれは人に話すのすら惜しい情景、その記憶だけで生きていけるほど大切なものだったに違いない。だが山咲はそれをさらりとケイに譲り渡した。思い出よりも何よりも、奇跡としか言いようのない再会を前にして。


 パチン。
 ケイは薔薇を切る。
 山咲が言ったとおり、確かに見事なものだった。鮮やかな真紅。形や香りもさることながら、その赤は生命力をイメージさせた。

 パチン。
 次々と切っていく。大きな花束が出来上がっていく。
 「この薔薇はな。」
 山咲が立ち去った後、まだ庭に立っていたケイに、いつのまにか近づいて来ていた竜馬が未だ蕾を付けていない花を指して言った。
 「『ミチル』って言うんだ。」
 「ええ?!」
 「俺たちがまだ早乙女研究所に入ったばかりの頃、武蔵がミチルさんの誕生日プレゼントで大騒ぎしてな。」
 4人でプレゼントを買おうって言い出した。服がいいか、バックがいいか、ネックレスがいいかさんざん迷って。ミチルさんは高価なものはいらないと言うから余計困っちまってな。結局小さな、でも上品なペンダントと、花屋で一番見事なバラの花を束にして贈ったんだが、「こんなんじゃつまんねぇよ!」と武蔵がごねて。あんまりうるさいんで隼人が言ったんだ。新種の薔薇を作れと。来年の誕生日に向けて、今からやればいい。品種改良は手伝うから、実際の世話はお前がやれってな。武蔵はすぐに研究所の裏に温室を造って、弁慶と一緒に一生懸命世話してたな。
 懐かしそうに目を細めながら竜馬が言う。
 「品種改良がどれくらい難しいかなんて俺は知らねえけど、隼人の奴、武蔵の細かい注文をうんざりしたような顔で、それでも律儀に付き合っていたな。」
 次の年。
 ミチルの誕生日に合わせたかのように開花した真紅の薔薇。
 凛とした美しさ、何よりもその生命力溢れる鮮やかさは、ミチルのイメージをよく表していた。満面に笑みを浮かべて花束を差し出す武蔵に、ミチルは一瞬目を瞠り、そして回りで見守る3人に順々と目を移すと。その大きな瞳から涙があふれ出た。突然泣き出され慌てるリョウ達に、ミチルはただただ 「ありがとう。」 と呟くばかりだった。
 その薔薇はその後早乙女家の庭に移し替えられ、ミチルの誕生日前後を鮮やかに飾った。
 「隼人のやつ、いつ、こっちに植えたのかな。」
 竜馬が淋しそうに呟いた。月基地に行く予定だった隼人。長期間無人になるこの別荘に植えたとは思えない。ミチルの死後2年間は月に居たという。密かに地球に戻ってきてからも、まさか元気や武蔵の暮らす早乙女家に忍び込んだりはしなかっただろう。隼人のことだから、再び造りだすことは可能だっただろうが、どんな気持ちでここに植えたのだろう。どんな気持ちで見詰めていたのか。13年間。
 俺は早乙女博士を殺したという冤罪で、3年もの間独房にぶち込まれた。博士を恨み、隼人を呪ったが、憎しみや恨みを持てた俺は、まだ幸せだったのかもしれなかった、と今は思う。少なくとも、俺は俺自身を疎まずにいられたから。隼人のように、清算するだけのために生きていかなければならない日々を過ごすより。
 ケイは黙って竜馬の側に立っていた。
 幸せになるはずだった隼人とミチル。笑いあって過ごすはずだった竜馬達。
 どこで何が狂ったのだろう。運命と呼ぶには、あまりにも悪意に近い。




 
 出来上がった花束を白いリボンで結び。
 ケイは赤いスポーツカーを走らせる。
 別荘の敷地内に建つ、研究室とも工作室とも格納庫とも言える棟にあったUFO。その傍らに置かれた1台の赤い車と黒のバイク。それは完璧に整備され、特殊コーティングされていてまるで新品のようだった。復興から2年が過ぎ、物資の流通も活発になったとはいえ、一般の者が個人的に車を手に入れることはまだ容易ではない。目を輝かせたケイとガイ (ゴウはUFOに気を取られていた。)の隣で、竜馬達は懐かしそうな、そして少し辛そうな目で見た後、
 「ケイ、お前が乗るといい。」
 と笑った。





 
 廃墟となった早乙女研究所の前に車を停める。立ち入り禁止区域ではあるが、山咲が手続きをしておいてくれたおかげでケイは立ち入りを許可されていた。
 早乙女元気。 車ケイ。
 二つの名前を持つケイは、どちらの名前を名乗るか迷ったのだが、「早乙女元気」は男の子だと思われていたせいで、人々はゴウが「早乙女元気」だと思い込んでいる。一応否定はしたが、クローン人間だといえばかえって混乱を招くだろう。第一、ゴウの体はケイたちと変らない。クローンの証明さえ出来ないのだから。
 戦争の混乱で戸籍等は自己申告に等しい、とはいえ。やはり軍などそれなりの機関では、身元確認は重視される。意見を通すにはそれなりの後ろ盾も必要で。
 山咲が後見になっていたときは戦後の変革期のせいもあって、特にあからさまに嫌味や侮蔑を言うものも少なかったが、政情が安定してくると能力のあるものは厚遇され、それにともない蹴落とそうと画策する者も出てくる。山咲は自分が去った後のケイ達への風当たりを考慮し、自分に代わる確たる後ろ盾、政界にも顔の効く、経済界の重鎮の一人にケイ達を託した。
 神 大造。
 世界でも有数の企業、「神 重工業」 会長。
 山咲に連れられて挨拶に行ったケイとゴウは、整っているが厳しい顔つきの大造に、少し畏怖を覚えたが、傍らに立っていた楚々とした美しい女性に突如抱きつかれ、目を白黒させた。


 「『姉さんに妹を二人、プレゼントするよ。』とあの子は言ったわ。」
 「世界で最高の妹たちだよって。俺はいまひとつ素直じゃなくて可愛げのない弟だったけど、それでもこれほどの妹をプレゼント出来るんだから、いい弟だろ?って笑って。あの子のあんな笑顔を見たのは初めてだった。妹のひとりは弟になったみたいだけど、私はとても嬉しいわ。」
 あふれる涙を拭おうともせず二人を抱きしめる美しい女性。隼人の姉ならば40歳を過ぎているはずなのに、10歳は若く見えた。やさしい香りがした。
 愛されていたのだと知った。
 姉ミチルのみならず、ケイ自身も。
 ミチルの記憶も、隼人の記憶もないけれど、愛されていた事実にケイは涙が止まらなかった。
 リョウ達は、研究所の所員全員が、ひとつの家族のような付き合いだったと言っていた。
 地球を汚染させたゲッター線。インベーダーとなって地球を襲った早乙女博士。諸悪の根源と言われ続けた早乙女研究所。廃墟となった威容を見るたびに、苦く重い気分になったものだが。
 本当は思いやりと慈しみと笑い声に満ちた、未来への希望溢れる場所だったのだ。ゲッター線だとて、最初は無公害の高エネルギーとして世界中に期待され、もてはやされたものだった。インベーダーさえ現れなければ、研究所は今も人々の笑いで輝いていたはずだ。
 研究所へのこだわりを捨ててみれば、見えなかった「愛」に気づく。ゴウも何かを感じたのだろう。やさしく微笑む隼人の姉・明日香に、幼子のような笑みを見せた。





                              ☆





 閉ざされた研究所の前に花束を置く。
 中に入れないことはないが、地上部分はほとんど崩れ落ち、地下部のいくつもある扉はほとんど封鎖され、あるいはコンクリートで塞がれていた。一度、竜馬達の案内でゲッターの格納庫まで入ったことがあるが、機器の残骸があちこちに散らばっているだけだった。


 
 音がした。


 風の鳴る音ではない。


 ケイは咄嗟に気を引き締めあたりを伺う。
 世人にとっては忌み嫌われた場所だ。立ち入り禁止でなくても入る者はいない。いまだゲッター線に汚染されているという噂のおかげで誰も近づかない。だが、悪意を持った者や、面白半分、肝試しにと訪れる者もいる。ケイにとっては大切な場所だ。そんな馬鹿者どもに汚されてはたまらない。そっと気配を忍ばせて中に入る。
 ウィ・・・ン・・・・・
 静かな機械音。たどって行くと、今まで閉ざされていた扉が開かれていて、奥へと続く通路が顕わになっていた。リョウ達が、 
 「この先に博士の研究室があったんだけどな。だけど扉はコンピューター制御だったから、メインがぶっ壊れた今は使えないし、手動で動かそうにも、どっかイジんなきゃなんね。爆薬でぶっ壊したらどこが崩れてくるか、わかんねえしな。そこまでして入ることもないか。」
 と、幾分、寂しそうに言っていた場所だ。
 誰がこの扉を開けたのか。
 早乙女博士は死んだはずだ。
 インベーダーと同化して、死後復活した父。
 まさか、また生き返ったのか?
 ケイの足が止まる。
 ガクガクと震えが来て歩けない。逃げ出したい。誰か、来て。ゴウ、ガイ!
 もし、早乙女博士だとしたらどうすればいいのか。今はゲッターロボはない。リョウ達ゲッターチームもいない。スーパーロボット軍団だとて、インベーダーの前では無力だった。地球を守る、戦士がいない!
 息苦しさに思わず胸を押さえようとしたケイは、そこに冷たい石の感触を覚えた。
 真紅のペンダント。
 3年前、弁慶がお土産だと言ってくれたカローン星の石。炎を閉じ込めたような赤。あの薔薇と同じ真紅。
 「ミチル姉さん・・・・・」
 ケイはぐっと歩き出した。地球は私たちが守らなければならない。私たちが託されたのだ。
 ケイは慎重に進んで行った。たとえ早乙女博士だとしても、自分の父だ。怖れはしない。父はインベーダーとなってさえ、私とゴウを気にかけてくれた。

 長い通路の先の開かれたドア。
 意を決して覗き込んだケイの目に写ったのは。

 自分を「 義妹(いもうと) 」と呼んで抱きしめてくれた、優しい美貌に良く似た白皙。



    「え??ま・さか・・・・・隼人さん?!」







 一度だけ会った。タワーの中で。
 そのときは誰なのか解らなかったし、あとで弁慶の知り合いで、元ゲッターチームのパイロットだと聞いてもなんの実感も湧かなかった。ただ最初に会ったときの自分に向けられた眼差し。言葉よりも雄弁に何かを語りかけていた。その漆黒の深さに落ち着かなかった。
 3年前、竜馬達から隼人のことを聞くにつけ、隼人がいかに姉を愛していたか、自分を妹として愛していたか、早乙女を父として敬愛していたかを知った。もう一度会うことが出来たなら、どうしても「ありがとう。」と言いたかった。


 ケイの記憶の中の隼人は、壮年の怜悧な指揮官だったから、今、目の前の、自分よりも少しばかり年上の隼人にひどく戸惑った。

 「ケイか。こんなところで会うとはな。」
 少し困ったように苦笑する隼人に、つい見慣れた面影を思い出し、
 「明日香姉さまにそっくりですね!!」
 と叫んでしまった。・・・・・第一声がこれかよ・・・・
 「・・・・・・・・ここで、ありがとう、と言わないと、姉さんに怒られるかな。」
 ふわっと笑う隼人。
 伝えたいことや聞きたいことはいっぱいあったはずなのに、ケイは隼人に抱きつき、わぁわぁと泣き出してしまった。




 ケイばかりがしゃべり続けた。ゴウがバイオ科学の研究者として海外でも認められていること。ガイが整備技術の腕を買われ、あちこちで重宝されていることなど。ケイ自身はまだ未熟だが、山咲の後を継ぐ者して着々と昇級していること。地球の政情と経済は安定してきて、日々は忙しいが楽しいと話した。
 隼人は最初に自分ひとりが来たこと、あれから向こうでは30年が経っている事、そして相変わらずみんな元気(?)で戦っていると言った後は、聞き役に徹していた。 ケイの話に頷きながら、ときどき口元にほのかな笑みを浮かべて。
 ケイが噂に聞いていた隼人は、沈着冷静、正確無比。鋭利な頭脳を持つ強靭な司令官で。必要とあらば一切の感情を排して命令を下す非情さにもかかわらず、部下たちがすべてに従うカリスマ性を持つ指導者だった。だが今、ケイと共に所長室の椅子に腰を降ろしている隼人は穏やかな目をしていた。やわらかな「気」を纏わせた白皙は、恋愛感情がなくとも見惚れるほどだった。


 「一つだけ教えていただけますか?」
 以前リョウが、隼人が何も言わないときは、「必要がないときか言えないときだ」。と言った。こちらの世界とあちらの世界は関係がないと思うけれど、隼人があちらのことを何一つ話さないのは、「必要がない。」よりも「言えない。」ほうの気がした。なにしろ繋がっているのだから、なにかしら影響が出るかもしれない。だから向こうのことはいい、こちらの世界のことで、是非とも聴いておきたいことがあった。
 「・・・・・・・」
 無言のまま、目だけで促され、
 「父は、早乙女博士は何を求めたのですか?」


 ゲッター線エネルギーを発見して、生涯の研究としたはずの父。それなのに最後はゲッター線を手放せと言った。レールは自分が敷いたと言った。ゲッター線をエネルギーとする知的生命体、インベーダー。私は敵はインベーダーだと思ったけれど、父はゲッター線だと思っていたように思える。何故なのか。インベーダーに乗っ取られていたからか?だが、インベーダーにとっては、ゲッター線は食料みたいなものだったはず。コーウェン博士たちはゲッターロボを破壊しようとするより、取り込もうとしたのではなかったか?
 最近、ときどきあの戦いを思い出し、何が原因だったのかと思う。過去を振り返ってもどうしようもないと思うのだけど。
 こんなことガイにも、勿論、ゴウにも言えない。誰にも言うつもりはなかったけれど、今ここで隼人と会えたのは、なにかの示唆かもしれない。
 じっと隼人を見詰めるケイ。
 隼人は暫しケイを見ていた。あの人と同じ、真摯な瞳。
 「理由がわかっても、わからなくても結果は変らない。また、憶測でしかない。それでも聞きたいのか。」
 「はい。父の行動が何故矛盾したものだったのか、父は後悔だけだったのかを知りたいんです。」
 「・・・・・・・後悔、と言う意味では別の者の責任だろうな・・・・・」
 聞き取れないほどの呟き。
 「え?」
 「ケイ。これは仮定だと思ってくれ。博士に直接聞いたわけではないからな。」
 隼人が静かに言った。 
 「地球は、ゲッター線を進化に使うべきではなかったんだ。」
 「え?じゃあ、やっぱり、父さんが間違いを・・・・・・」
 「いや、博士は地球に降り注ぐゲッター線を捕らえただけだ。博士が発見しなくても、遅かれ早かれインベーダーは現れ、対抗すべきロボットを持たない人類はさっさと破れ、地球は木星を主とした新太陽に飲み込まれただろう。」
 「・・・・・・・よくわからないんですけど・・・・・」
 天才は教師には向かないと誰かが言ってったっけ。なぜ理解できないかが解らないからって・・・・・
 「インベーダーは、ゲッター線で進化した生命体の、ひとつの究極の姿だ。月を喰らい木星を喰らい、冥王星まで食指を伸ばすほどの貪欲な進化の形態だ。」
 「あれが?あれが進化?ただのエネルギーの塊だったんじゃ・・・・」
 「宇宙を覆うほどの塊になりたかったのかもしれないな。で、博士が太陽系から放り出した。」
 ・・・・・・・・どうしてそう簡単に、結論が飛ぶんですか・・・・・・
 「早い話、癌腫瘍を取り出すのに、大手術が必要だったってことだ。この太陽系から放り出すためには、ビック・バンほどのエネルギーが必要だ。それが真ドラゴンだ。まだ他にそれぞれの思惑もあったろうが、博士の理由はそれだろう。博士はゲッター線を研究し、エネルギーとして活用しようとした。だが、インベーダーに取り付かれたとき、ゲッター線の本質を知ったんだ。その種族が願う、究極の進化を促す。」
 「・・・・・・・・・・」
 「こんな危ないものはないと思ったのだろうな。人類はいまだ小競り合いの続く未熟な種だ。器を越える力は害になる。ましてや、インベーダーに対抗する精神力も持たない。放り出すしか手はないと考えたのだろう。」
 「わかったような・・・・・わからないような・・・・・」
 隼人が嘘や適当なことを言うとも思えないが、話はケイの理解の範疇を越えていた。うまくあしらわれているような気もする。でも。
 「じゃあ、隼人さんたちがあっちの世界に行った理由もそれに関係しているんですか?だって、放り出されたのって、隼人さん達も一緒じゃ・・・・」
 ゾクッとした。
 一瞬、あたりを凍らせる強い「気」を感じた。
 「俺にも後悔することはある。」
 さらりと、何も無かったかのように言うが、その眼は闇よりも深く。
 確かに彼が「神 隼人」だと思い知る。
 「ゲッター線を呼び寄せたのは博士ではない。だが博士はゲッター線を利用することの危険性を知り、最小限の被害に留める為命をかけた。より大きなエネルギーが必要だったからゴウに取り纏めさせて。そして人類は大きな痛手を蒙ったとはいえ、短期間でここまで復興した。早乙女博士が人類に為した貢献は偉大だ。誰が知らなくても、おれは知っている。そしてケイ、お前もな。お前は父を誇っていい。」
 そう言い切った隼人。何かを隠しているのかもしれないが、この言葉だけは真実だろう。
 ケイは立ち上がって部屋の奥に進み、格納庫を見下ろす窓に向かった。真ゲッターが建造されていた格納庫。
 既視感があった。
 姉ミチルの柩に縋りながら号泣していた父。インベーダーと融合していたせいか、その暗い形相に怯えてケイは記憶を封じたが。
 父は熟考し、そして決意したのだ。科学者として、父親として。

 「さて、還るかな。」
 「えっ?!」
 さりげなく、なんの気負いもなく背を向けた隼人にケイは焦った。
 「ま、待って、隼人さん!帰るって、どこに。」
 「あちらの世界に決まっている。」
 「ええ!なんで?ゴウ達に会ってくれないんですか。もうすぐこっちに帰ってきますよ。それに今日は泊っていってくれると・・・・」
 「言ったか?」
 「あ、いえ・・・・」
 言われていないけど。でも普通、泊っていかないか?せっかく会えたのに。
 「俺が今日ここに来たのは、ここに用事があったからだ。別にお前たちに会いに来たわけじゃない。」
 そんな言い方ってある?たとえ本音だとしても、社交辞令というか、なんというか。アレ?じゃ、隼人さん。私がここに来なかったら、全く素知らぬ顔で還っていったわけ?
 「・・・・・・・ここに用事ってなんですか?!」
 ムカムカムカ。つい、大声が出た。
 喚かれるのはリョウ達で慣れているのか、隼人は平然と。
 「ゲッター線が地球に存在していないかの確認だ。博士の封印は機能しているようだな。」
 「封印って?」
 「願いとも言うかな。とにかく博士が全身全霊で拒絶したものだ。アフターケアは弟子の役目だからな。」
 「じゃあ、もし、ゲッター線が降り注いだら、隼人さんはそれをなんとか出来るんですか?」
 「さてな。」
 あの〜〜〜。
 「万一の確認に来ただけだ。気にするな。」
 隼人さん自身が気になるからわざわざ来たのでしょうが。でもいくら理由を聞いても答えてはくれないだろう。下手するとさっきの殺気を受けてしまう。あれはビビッた。だから話を変える。
 「隼人さんはいつでも来れるんでしょ。また来てくれますか?できれば親父たちも。」
 「弁慶たちはともかく、俺はここに来るべきでなないんだ、本当は。だからもう、ここには来ない。思いがけなくお前に会えて嬉しかったよ。だが、ゴウ達には言うな。」
 反論を許さない強い眼差し。
 だから納得してしまった。
 隼人さんはゲッター線を使い、時空を跳ぶ。ゲッター線を拒絶したこの世界に存在することを良しとしないのだろう。ただ一人でこの世界守り続けながら、万に一つ、自分の存在が悪影響を与えるかもしれないと知った途端、この世界に決別する。たぶん、そうする理由があるのだろう、この人には。
 だから笑って別れよう。
 「姉さんの薔薇、今年も見事に咲いたんですよ。」
 「ミチルさんはあれでジャムを作ったな。」
 「えっ、ほんと!どんな味?」
 「俺は甘いのが苦手だから知らん。」
 おい。
 「クッキーにも香料代わりに使っていたな。」
 「それも食べてないんでしょ。」
 「いや、あれは美味かった。」
 「・・・・・・・・・」
 「じゃあ、ケイ。外に戻れ。ここは再び封鎖する。」
 「あっ、そういえばここの封鎖、どうやって外したの?」
 「?」
 ・・・・・・ああ。わかりました。貴方にとってはここの封鎖なんて、ないのも同然なんだ。こんな人と付き合えたなんて、姉さん、やっぱり貴女は凄い。
 あさっての方向を見るケイに、隼人は不審そうな眼差しを向けていた。









 「たっ、だいま〜〜〜!!!」
 「お帰り、ガイ!」
 「ただいま。」
 「ゴウもお帰り。元気そうだね。」
 「薔薇が咲いたんだな。」
 「うん。花びら入りのクッキー、作ったんだよ!」
 「へえ?お洒落じゃないか、ケイ。どれどれ。」
 「あ、ガイ、つまみ食いしないでよ、デザートなんだから。」
 「もう腹減って。デザートもメインも一緒に喰わせてくれ〜〜〜」
 「うん、美味い。」
 「あっ、ゴウまで!」



         ねえ、姉さん、隼人さん。心配いらないよ。私たちはうまくやっているよ!






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      蒼月様 リクエスト
           お題は    「ケイが隼人と話し、ミチルへの想いを知る」

   だったのですが。ありゃりゃ、他の人の口から言わせてしまいましたよ。これもヤキモチですかね〜〜〜
     (正直に、力不足だと言えって?)
   申し訳ありません、蒼月様。お待たせにかかわらず、こんなモノになってしまいました。また次のリクエストに期待する、ってことで。(やだね〜〜、自分で自分の首絞めてますよ。)


                  (2008.8.17  かるら)