明けない夜







                           ☆






 その巨大な物体が天空から落下し、大洋に沈んだのは、彼らが眠りにつく以前の出来事だった。直ちに調査団が派遣されたが、その巨大な人工物が何であるかわからなかった。やむを得ず、出来る限りの調査を終えた後、それは帝国の記録庫の奥深くに保存された。いつの日か解読されることもあるだろうと、位置確認されたまま。
 だが、彼らが眠りについて500万年後。そう、今から6500万年前、その物体を抱き込んだまま海は凍りついた。
     ------------南極大陸---------







  
 一隻の小型潜水艇が猛スピードで進んでいく。昏い海中。弱々しげに瞬くレーダーの光だけを頼りに。
 「ガリレイ長官!ガリレイ長官!!」
 切羽つまった声音が虚しく艇内に響く。答えは返らない。
 「ガリレイ長官、ガリレイ長官!!」
 ゴボ・ゴボ・ゴボ・・・・・・・・・・・
 海底の泥が、潜水艇のおこす風に巻き上げられ、濁った視界には深海魚の姿も写らない。
 --------------死 の世界-------------
  『ザーザーザー・・・・・・・・・・将軍・・・・・・ザーザー・・・・・・・将軍・・・・・・・』

 今にも途絶えそうな通信が入る。
 「ガリレイ長官!何処だ!何処にいる?!」
 「・・・・・・・・今・・・・・・レーダーに・・・・・・・」
 突然レーダーに鮮やかな光点が写る。
 潜航艇はその光を目指し、一気に速力を上げた。

 「間に合うか?!」
 「合わせてみせる!!すぐこちらへ!」
 雑然と複雑なチューブやらコイルやらの巡らせれた中央に、緑色の液体の入ったカプセルが置かれていた。
 大事に抱えられてきた「ソレ」は、カプセルの中に移された。
 「ソレ」はゼリー状の液体の中、ゆったりと、漂うように・・・・・・・・
 せわしなく様々なキイを叩いていた影が、やっと落ち着いたように振り向く。
 「これで後は。『時』を待つだけですぞ。」
 「ありがとう、ガリレイ長官、よくぞ見つけてくれた。礼を言いますぞ。」
 「なんの、なんの。貴殿が自分の危険も顧みずここまでお連れしたおかげです。こちらこそ礼を言わせてもらいますぞ、バット将軍。」

 「当然のことをしたまで。だが、これがもっと早く発見されておれば、あの憎っくきゲッターに倒されずにすんだものを!」
 悔しそうに歯噛みする。
 「言ってもせんのないこととはいえ。永い時間の間に氷に閉じ込められ、伝説でしかなかったのじゃ。その伝説を確かめたのは正しい。ただ時間がなかった。時間さえあれば、地上に出るまでに探し当てたものを。」
 「ゲッター線の照射量があれほど急激に増えなければ、まだまだ我らに準備の時間があったのだ。」
 無念の形相のバット将軍に、、
 「だが将軍。我らはまだ間に合いましたぞ。これから多少、時間はかかりましょうが。」
 カプセルに目を向ける。
 「その間、我らは帝国の力を取り戻さねばならん。」
 「この度の戦いで、多くの兵士やメカザウルスを失った。ここはひとつ、人間を利用してどうかと思うが。」
 「人間?人間が我らの命に従うと?」
 「人間の欲は限りない。うまくおだてて力を貸せば、思うが侭になるだろう。自分に力があると信じている者ほど扱いやすい。」
 フォッフォッフォッと笑う。
 「解った、ガリレイ長官。それでいこう。あの方がもとの姿を取り戻されるあいだ、我らは愚かな人間を奉り、力を溜めようぞ。」


    ・・・・・・・・・・・カプセルの中・・・・・眠りについた・・・・・・・・『首』・・・・・






         ☆
                  




 「博士、神です。」

 かるくノックの音がする。入ってきた青年に、
 「ああ、神くん。呼び出してすまなかったね。」
 穏やかな笑みを浮かべて招き入れる。橘研究所の所長室。

 あのニューヨークの惨劇。閉鎖された早乙女研究所。
 散々になった所員達。去っていった朋友。還らない友。
 思い出すのも辛い「あの時」から、すでに2年の月日が過ぎていた。日本国政府が国連・各国の圧力を受け早乙女研究所を封鎖し、ゲッター線研究を政府の厳しい管理下においた後、隼人は橘博士とともに新たなエネルギー開発に取り組んでいた。
 プラズマボムス。
 早乙女博士と助手であった橘博士が共同で開発していたものだ。高エネルギーで環境に優しいエネルギー。だが、それよりもはるかに効率が良く、無公害でずば抜けた高エネルギーのゲッター線が発見されたために、研究は一時中断されていた。ゲッター線が封鎖された今、新たに代わるエネルギーとして、研究が再開された。
 世界は平和で。
 勿論、破壊された都市の復興には時間がかかったし、多くの人々が犠牲になった痛手は計り知れない。親を失い、孤児となった子供達も多かった。政府の対応もまだまだ満足のいくものではなかったが、とりあえず社会は平和だった。


 「今日、政府の方から話があったのだが・・・・・」
 隼人に椅子を勧めながら、自分もゆっくり腰を下ろす。
 「今度南極に、世界統一の大プロジェクトを発足させるらしい。世界各国の大企業から膨大な資金、それに優秀な科学者や軍人・技術者を集め、来るべき新世界に備えて地球すべての科学・経済・軍事をひとつの場所で集約して開発するというものだ。」
 「・・・・・・・・それは、ドイツのランドウ博士の提唱しているものですか?」
 両手を胸の前で組み、少し考える様子で尋ねる。
 「ほう、さすがは神くんだ。すでに知っていたのかね。」
 自分が今日初めて聞いた話を、すでに隼人が知っていることに、橘は今更ながら驚いた。隼人の情報網は、世界各国、表も裏も張り巡らされている。
 「少し、耳にしていただけです、構想の段階でですが。社会が落ち着いてきたとはいえ、まだ先のことと思っていました。余程、力があるようですね。」

 「ふむ。正式な発表は来月になるらしいが、すでにアメリカやロシア、中国・ドイツ・イギリスなど、主だった国は参加に名乗りを挙げているらしい。確かにこれが実現すれば、地球は今まで以上の発展を遂げることができるだろう。互いに争うことなく、いままで戦争に向けていた力がすべてひとつになって平和に向かえば、これ以上の喜びはない。」
 「それで、日本もそれに参加すると?」
 少し皮肉っぽい笑みを浮かべる隼人。
 「いや、勧誘はあるが、今のところ参加は断っているらしい。日本はゲッターロボの開発や恐竜帝国との戦いで、ロボット工学は他の国よりはるかに優れているし。未知の敵との戦いのノウハウも心得ているから、是非参加してほしいと言われているようだが。」
 腑に落ちないようすで橘は首を傾げる。『博士は人が良いな』、と思いながら、
 「フッ。何もお手々つないでやらなくても、日本独自で充分開発できるといいたいのでしょう。わざわざ他の国に、こっちが莫大な金や人を掛けて得たものをおいそれと分かつ必要はない。それにゲッター線エネルギーの研究を無理矢理押さえ込まれた日本としては、少し、各国に意地を見せたいとでも思っているのでしょうね。
でも、結局は要請を受け入れるでしょうけれど。日本はもともと、仲間はずれを恐がる国ですからね。勿体ぶっているだけのですよ。」
 沈着冷静・頭脳明晰・眉目秀麗。武術にも優れ指揮能力も高い。黙っていれば礼儀正しい非の打ち所のない青年だ。黙っていれば。
 その実体は・・・・・・知らない方が幸せだ。
 「君の言うとうりかもしれないね。今日の高官との会談でも、個人的に要請があっても断ってくれというものだったから。」
 国と国との腹の探り合いは、学者である橘にとってはどうにも苦手なものだった。だが今、橘研究所は早乙女研究所に代わる重要な政府機関だ。
 「南極でのプロジェクトでは、エネルギーの開発が大きな妨害になっていたと思いますが、ランドウ博士は何か、新しいエネルギーを開発されたのでしょうか。」
 「詳しいことは聞かされていない。だが、確かに極地では膨大なエネルギーの輸送など困難を極めるだろうから、私たちの知らないエネルギーを開発されたのかもしれない。」
 隼人はランドウ博士の新エネルギーに興味を持った。プラズマボムスと同様、あるいはもっと力があるのだろうか。まさか、ゲッター線を超えるエネルギーがあるとは思えないけれど。
 「いずれにせよ、しばらくは今までどうりの研究を続けていくだろうが、だがそのうち我々も、プロジェクトに入らなければならないだろう。」



 世界は恐竜帝国との戦いを過去のものとし、
 新たなる人類の向上を目指していた。



        
            ☆        ☆         ☆




 1年後。
 日本は 南極の 「世界統一プロジェクト」に参加する。

 「これはこれは橘博士。日本チームの参加を心より歓迎しますぞ。」
 南極に建設された巨大な基地---------ベガゾーン---------のホールで、プロジェクトの最高責任者であるアルヒ・ズウ・ランドウ博士が満面の笑みで出迎えた。
 「この偉大なプロジェクトにご一緒できることを、心から光栄に思います。」
 橘博士も固い握手をかわす。
 「ロボット工学は日本に勝るものはありません。宇宙開発への大きな力となってくださることを確信しています。」
 大柄なランドウ博士は、人当たりの良い笑みを浮かべながら、
 「他のメンバーの方も紹介していただけますかな。」
 後ろに立つ長身の青年をジッと見詰める。
 「ええ、神くん。」
 橘博士が隼人を手招く。
 「ランドウ博士。これが私の心強い助手であり、研究所の副所長をしている神 隼人です。神くんは科学者ですが、日本政府の軍人でもあります。今回は軍事担当としても参加しております。」
 「おお、君が神くんか。」
 ランドウ博士は嬉しそうに隼人の腕を取り、
 「噂はかねがね聞いておる。一度ゆっくり会って話してみたいと思っていた。君の論文はいくつか読ませてもらったが、どれもなかなかいい着眼点で鋭いものがある。軍人でもあるというが、いや、細身なのになかなかの筋肉じゃないか。しなやかで、ムチのような弾力もある。」
 隼人の腕を嬉しそうに撫でさするのに、
 「こちらこそお会いできて光栄です、博士。私もこれほどの基地を動かすエネルギーについて、博士のご高説を伺いたいと思っていました。」
 言いながら掴まれたままの腕をするりと外すと握手に変える。
 「おう、もちろん喜んで説明させてもらうよ。この基地はマグマのエネルギーを利用しておる。わしの自慢の研究成果だ。そうじゃ、君達の宿舎は南のブロックだが、何なら君の部屋はこちらにするかね。わしのフロアにはいくつか空き部屋もある。」
 抱きこむように隼人の肩に左腕を回す。
 「いえ、ご厚意はありがたいのですが、私は日本チームの諸事をまかされていますから、皆と同じ建物にさせていただきます。」
 「・・・・・・・・そうか。少し残念だが仕方あるまい。まぁこれから先、一緒に研究・開発を進めていく仲間だ。楽しみにしているよ、神くん。」
 ポンと隼人の肩をたたいて離れると
 「では宿舎の方に案内させよう。明日、各国の主だったメンバーを紹介しましょうぞ。」
 ふぁっふぁっふぁっ、と高らかに笑い、取り巻きを従えて去っていく。(おい、他のメンバーの紹介はいらないのか?)橘博士をはじめとする面々は呆気にとられて見送るだけだ。
 「いや、何というか、ランドウ博士って・・・・・?」
 言って良いものか悪いものか、というふうに一人が呟く。橘はちょっと困ったふうで隼人を見遣る。確かにこの青年は各研究所や機関から熱烈な勧誘を受けてはいるが・・・・・・・・今のはちょっと・・・・・・
 皆の視線を一身に受けながら少しも表情を変えぬまま、隼人はひとつのことが気になっていた。
     『マグマエネルギー』
   それは
 警告だった。



 南極で日本チームは宇宙開発用ロボットを担当した。ゲッターロボを有していた日本のロボット工学は、他の国の技術を大きく離していた。
 日々は順調に過ぎていった。時折訪れるランドウ博士は、この巨大なプロジェクトを発足させただけあって大人物らしい。国籍の違う個性的な、自尊心の強い人材を揉め事一つなく纏めていた。基地が広大なため、各グループが交流することはめったになかったが、それでも各々が何の不満もなく研究・開発に勤しんでいることは伺えた。
 

 「博士。気になることがあるのですが。」
 「どうしたね、神くん。あらたまって。」
 夜。
 研究についての問題点にひと区切りついたとき、隼人が話をきり出した。
 「昨日、教えていただきたいことがあって、オースティン博士とディケンズ教授の所へ行ったのですが。」
 「ああ、あの犬猿の仲で名高いお二人か。」
 橘博士は思い出したように笑う。数学者として世界で1,2を争う二人は、その相性がまったく悪い。どんな重大で真面目なテーマであっても、最後は子供のケンカのように悪口雑言で終ってしまう。個々であればお互いひとかどの人格者なのだが。
 「あのお二人が共同研究をなさっているなど、少し前までは信じられなかったがね。やはりこのように世界的なプロジェクトとなると、お互い良い所をみるようになって、多少の感情は我慢するものなのかな。」
 面白そうに言う橘に、
 「私の見るところ、感情を抑えているというより、感情がないように見えました。」
 「えっ?」
 「アメリカ海兵隊にウィルソンという少尉がいるのですが。」
 唐突に話を変える隼人に、橘は黙ったまま先を促す。
 「一度、キング博士の護衛で早乙女研究所に来たのですが、こいつはリョウと気があった、というよりずいぶんリョウが気に入ったらしく、何度も遊びに来いと誘っていました。リョウが研究所を出てからも、仕事がないならアメリカに来ないかと連絡してきたんです。私はリョウは断っていると伝えましたが。
 1年前、アメリカがこのプロジェクトに参加すると表明したとき、奴が自分も行く事になったから、日本が参加するときは是非リョウも連れて来てくれと、凝りもせず連絡してきたのです。」
 「それで?」
 「今日、会ってきたんですよ。豪快に笑う奴だったんですが、別人のようでした。」
 「別人とは?」
 「私のことは、覚えている、というより日本チームの神隼人として、『知っている』という感じでした。リョウのことも知識としてはあるが、感情としてはないようでした。」
 「それはどういうことかね、神くん。」
 背中を冷たい汗が流れる。
 「今はどうとも言えません。だが、嫌な予感がするんです。」
 「君のカンは鋭いからな。この基地は各チームがそれぞれの研究に没頭できる反面、横の繋がりがほとんどないから、他の人達のことはわからなかった。」
 「私も、以前に何度かオースティン博士達に助手に誘われていなければ、わざわざ訪問することもなかったですから。」
 余程気に入られなければ、あの意固地な天才科学者たちは誘ったりしない。隼人はある意味、学会のフリーパスを持っている。
 「それで君は、どうすべきだと思っているのかね。」
 こういったことになると橘は、隼人に全幅の信頼を置いている。
 ゲッターチームの最後の一人。早乙女博士の後継者は橘ではない。
 「少し調べてみます。それで万一のときのために、博士にお渡ししておきたいものが。」
 腕時計を外す。
 「今、私たちが製作中のDT-2は月面輸送車ですが、キャタピラーをゲッター3と同じにしました。南極の海中でも平気です。万一のときは全員それに乗り込んで、基地から脱出してください。月面用だから南極の気象条件にも耐えられますし、砕氷用のドリルも両側に取り付けました。これはそのリモコンです。」
 差し出された時計を、橘は受け取ることを躊躇する。
 「これは・・・・・君にとって大切なものだろう・・・・」
 「常に持ち運びできる大きさでリモートコントロールできるほどの力を持たせるには、ゲッターエネルギーを使うしかありません。だが今、ゲッターエネルギーはこの時計にしかありませんからね。」
 「しかしこれは・・・・・彼を呼び出せる唯一のものだろう?」
 いつも、どんな時も、どんな場所でも、3人を繋いだ通信機。
 橘博士の言葉に、隼人は困ったように薄く微笑む。
 「だからこそお渡しするのですよ、・・・・・・・呼び出さないために。」
 この時計が沈黙して、すでに3年の月日が過ぎていた。このまま持っていれば、いつか望んでしまうだろう、再び鳴ることを。特に今。言い知れぬ不安がある現在。
 「・・・・・・預かっておくよ、神くん。」
 橘はゆっくり受け取った。
 「お願いします。何か異常が起きたらすぐに脱出してください。しばらくは昼夜問わず集団行動するよう、全員に徹底してください。脱出するとき、私がいなくても待つ必要はありません。」
 「な、なにを言うんだね、神くん。」
 瞠目して慌てる橘博士に、
 「私一人なら、どんな状況であれ脱出できます。心配いりません。それよりも皆が捕まって、人質とされるほうが危険です。」
 「しかし・・・・」
 「ゲリラ戦は、私の得意とするところですよ。」
 ニヤリと笑う。懐かしい、不敵な笑顔だ。
 「だが、ここは南極だ。脱出するにしても生半可なことでは凍死してしまうぞ。」
 「格納庫にはいろいろあります。かっぱらいも得意ですよ。手近なところからいただきます。」
 「君のことだから信頼はしているが・・・・・・・無理だけはしてくれるなよ。」



        
            ☆      
  ☆       ☆       ☆




 「さすがだな、神 隼人。わずか数ヶ月でわしの野望に気づくとは。だがお前にもわかっているだろう。地球に人間は多すぎる。お前はエネルギーの開発のみではなく、環境問題にも深い造詣を持っている。この美しい地球を守るために真に必要なこと、それは汚す者を減らすことだ。地球は60億もの人間を養えるほど豊かではない。それを無理に押し付けてきたから、もう大地も大気も海もボロボロだ。人手が必要だった時代はとうに過ぎている。機械を制御するためのわずかな人数で事足りる。人類が世界中に広がる必要はない。選ばれたものだけが、地球の恩恵を受けるべきだ。」
 「そのご高説は理解できますがね、ランドウ博士。」
 いつもと変わらぬ落ち着いた声が答える。
 「理解できても納得はできませんし、する気もありませんね。」
 「何故そう考える?お前ほどの才能を持つ者が。お前もこの基地で知ったはずだ。世界中から選りすぐられた学者、軍人、知識人ばかりのこの基地では、何の無駄もなく整然と合理的に、次々と難問が片付けられている。今まで何年もかかっていた発明も見事に成さている。優れた者達だけの世界、これこそが来たるべく未来、宇宙開発をも含めての人類の発展に他ならないものを!愚鈍な人間は存在の価値などない。」
 「生憎と俺は、あんたの言う愚鈍な人間が嫌いじゃないんですよ。それに独り占めしたいほどほしい物もありませんし。だいたい、貴方の意見に心から賛同しているのはほんの一部の者ではないですか、このエリート集団といえども。貴方の回りの取り巻き達は別としても、俺の見てきた限りでは・・・・・・・・・・手術、しましたね?」
 隼人の口元が冷たく歪む。眼は剣呑な光を発している。
 「ふん、ちっぽけな自尊心というのは厄介でな。ま、別にわしに対する忠誠心さえあれば、人格など無用だ。」
 ベガゾーンの中心部の地下。
 立入禁止とされた区間に延々と並んだカプセル。頭蓋骨を切られ、脳をむき出しにされた科学者達。他にも、戦闘用としか見えないロボット群。さらにその先、何重にも閉ざされた扉を開けようとして見つかった。手当たりしだい敵を倒したが、何しろ数が多かった。そして。
 「科学者や技術者達はロボトミー手術だけだがね。軍人の場合、特に腕の立つ奴はサイボーグ化してやったからな。いくらゲッターロボのパイロットとして名を馳せたお前も、コイツには勝てなかったみたいだな。」
 嬉しそうに、横に立つ大男を見る。顔半分の人工皮膚をめくられ、機械が覗く。もぎ取られた片腕の付け根からいまだ何本ものチューブがぶら下がっている。
 『ウィルソン・・・・・・』
 わずかに隼人の白皙が歪む。
 「コイツは暴れてのぅ。仲間を助けようと必死だった。その心意気に免じて特に強い体を作ってやった。おかげで逃げ出した仲間達をすべて片付けてくれたよ。」
 高笑いするランドウの横に立つ無表情なサイボーグ兵士。
 「で?俺もこうすると?」
 煮えくり返る怒りを少しも表さず、淡々と問う。
 「ふっふっふ。その冷静な自制心が気に入っておる。確かにロボトミー手術を施せば、お前もわしの言いなりになるが、その代わり言いつけられたこと以外は何もしなくなる。お前の豊かな独創性や鋭い感性がなくなるのは惜しい。お前がそのままでわしの配下になれば、わしの計画は一気に進むだろう。お前こそわしの右腕にふさわしい人材だ。それに・・・・・・・」
 隼人は狭い部屋に閉じ込められていた。廊下に面した鉄格子の入った小さな窓がひとつ。部屋の中央に置かれた手術台のようなベッド。
 作り付けの鉄製の手枷、足枷に体の自由は奪われているものの、その眼の強さは変わらない。
 「お前の戦士として鍛え抜かれたこのしなやかな肉体が、ただの鉄の塊になるのは実に惜しい。」
 ウィルソンとの戦いであちこち破れた服から現れた白い肌に、ランドウの固い武骨な指が這い回る。さすがに嫌悪の色を隠せない隼人を面白そうに弄る。その時、
 「博士!日本チームが脱出しました!!!]
 「慌てるな、この基地からは逃げ出せん。まわりは極寒地獄だ。」
 「しかし、奴らは月面輸送車で逃げ出したもようです!」
 「なんだと!おめおめと奴らを格納庫まで通したのか!」
 「いいえ、輸送車が勝手に。」
 ランドウは凄まじい顔で隼人を睨む。
 「何か起きたらすぐに逃げ出すよう、橘博士に頼んでおいたのですよ。人質にでもされたらたまりませんからね。」
 「お前を置いて逃げたのか?」
 「俺は皆の護衛を任されていますから。皆の安全が第一です。当然のことですよ。」
 「わかった。そのことについてはあとでゆっくり話し合おう。奴らは必ず捕らえる!」
 扉がバタンを閉じられ、隼人は一人になる。

 「・・・・・・・・・変人・奇人の博士との付き合いは慣れているがな・・・・(S博士とかS博士とか。)変態と付き合う気は毛頭ないぜ。」
 息を整え、右腕に気を集中させる。一気に力を込めると手枷の鋲が弾け飛んだ。
 「手枷を壊すとなると、武蔵ぐらいでないと無理だろうが、留め金を外すぐらいなら俺にも出来るさ。」
 もう片方の腕も自由にする。上体を起こし、靴のかかとに手を伸ばす。かかとをはずし、中から小さな工具を取り出す。
 「靴が脱がされていなくて助かったな。さすがに腕と違い、足首が固定されると力が入りにくい。」
 さっさと足枷を外す。不審な物音に、格子窓から部屋を覗いた警備員はカラッポのベッドを見て慌てて中に入ってきた。間髪入れずに天井に張り付いていた隼人が敵を倒し銃を奪う。空調ダストに入り、基地の心臓部・動力室に忍び込みエネルギー炉に弾丸をぶち込む。次々と襲ってくる兵士達の攻撃を交わしながら、倒した相手の武器を奪いつつ、次はコンピュータールーム、司令部を狙う。
 狂ったように警報機が鳴り響き、基地は大混乱の有様だ。ランドウの叫びが聞こえる。
 「ええい、探せ、あやつを倒せ!これ以上基地を破壊されてたまるか!!」
 ふわっ。
 「!!」
 突然目の前に降り立った隼人に、一瞬ランドウは固まる。その隙を隼人が見逃すはずもなく、銃で左眼を撃ち抜く。
「ぐわぁ!!」
 絶叫とともによろめくランドウ。それでも命令を下す。
 「殺せ!!」
 「チッ!」
 思わず舌打ちした隼人はすぐさま身を翻し駆け出した。『ランドウは、自分自身も改造していたのか?!』
 サイボーグ兵士が襲ってくる。こいつらは痛みを感じない。手や足が千切れようと、動ける限り襲ってくる。確実に動きを止めるために眉間、脳を狙う。
 確かに隼人はゲッターチームの中でもゲリラ戦はずば抜けていた。
 敵の目を逃れながらコンピューターをハッキングし、橘博士たちが追われないようレーダーを撹乱させる。そして基地で行われていた科学者たちの改造の映像を全世界に向けて発信する。
 巨大な基地のあちこちで爆発音が響く頃、日本チーム乗ったDT-2は氷の海を静かに、しかし全速力で進んでいた。橘博士は隼人の生死を危ぶみながらも自分に課せられた使命、日本チームの安全と南極基地の実態を伝えるべく、DT-2を進ませた。




    ☆      ☆      ☆       ☆       ☆





 さすがに隼人は疲労していた。
 何度かサイボーグ兵士と立会い、あばら骨も何本か折れているように思う。内出血もあるようだ。息をするとそれだけで咳き込み少量だが血を吐いた。本来なら飛行艇の一隻ぐらいさっさとかっぱらい、基地から逃げ出すべきなのだが、どうしても気になることが残っていた。
 『 マグマエネルギー 』
 あの厳重に封鎖されていた扉の向こうに、ランドウ博士がこれほど力を持つに至ったエネルギーの謎がある、そう思えて仕方がなかった。
 隼人は自分のカンを信じる。それが不吉なものであれば、なおさら。
 思い切り基地の地上部をかき回してきたから、今、この地下層にいる者はいない。先程から何度も繰り返し扉の解除を試みて、ようやく最後の1枚が開かれるところだった。
 重い扉が開かれた途端。
 南極とは思えぬ熱気が噴出してきた。鳴り響く警報。突如、怒り狂った悪意の感情が隼人にぶつかってきた。息が止まる。これ以上先に進むことを諦め、挟み撃ちを避けるため、きびすを返して脱出しようとしたとき-----------




 ブリザードが吹き荒れていた。炎上していた基地も、これでは炎も凍るだろう。どれほどの被害を与えることができたかわからないが、それでも次に力を貯めて襲ってくるまでの間、世界は時間を与えられた。ランドウ博士はそのときも指揮を執っているだろうか。たとえサイボーグ化したため命は長らえていても、ただの一兵士になっていないとは限らない。
 隼人はブリザードを見ていた。かろうじて脱出できたけれど、今は体が動かない。このまま氷上車が埋もれてしまったら、ちょっと自分でも自信がない。幸い、万一のためにと、靴のかかとに仕込んでおいたゲッター線増幅器。超小型だが暖房ぐらいは賄える。かなり体にガタがきているが、まだ死ぬわけにはいかない。あのとき----------眼の端を横切ったのは。


           
          恐竜兵士だった。



  ----------*----------*--------*---------*---------*------


    ゑゐり様4000番リクエスト
    お題は「ネオで北極(南極でも可)ベガゾーン脱出」   スパイ大作戦ふうに。

 いつも私の拙作にあたたかい感想を送ってくださるゑゐり様。
 ありがとうございます、貴女の一言が元気の元でございます。
 なのに恩を仇で返しそうなかるらです。(汗!!)
 なんだ、この長い前振り。肝心の脱出行はちょっとじゃないか!
 お許し下さいませ、「Saga」での「ベガゾーン脱出までにはもっと精進するつもりです。(・・・・・つもりです・・・)
 こんなことばかり言ってると、リクエスト貰えなくなってしまう!まだ、見捨てないで下さいませ。
         (2005.10.21      かるら)

またもや追記
 隼人の脱出につきましては、TV版「ゲッターロボG」最終回をご参考ください。
 ベッドに磔になった隼人が,手枷・足枷を弾き飛ばすあのシーン。
 あのとき、「そんな馬鹿力あったっけ。ムサシじゃないだろ!」と思ったのですが、
 枷を留めてあるネジなら弾け飛ばせるか〜と納得。
そのあとの動力室破壊とか、その前に、ヒドラーに背負われてたシーンが楽しかった。(病!)



戯言
 あのですね。奇人、変人でS 博士(敷島博士)とかS博士(早乙女博士)とか言っていましたが、スパロボのキャラ名鑑だと、隼人も神(じん)「シ」でサ行・Sなんですよね。なあ〜だ、3人ともSかあ。[ いや、S(サド)ではなくて、Mでも似たようなものだけど。(MAD) ]
 そういうネーミングだったのですね、I 先生!   (おい、なんて恐れ多いことを!お許しを!)