青き星にて 4
☆
宇宙から帰ったというか、時空から戻ったというか。
とにかく、リョウ達ゲッターチームが地球に着てから1ヶ月が過ぎた。その間、ゴウやケイ、ガイたちはそれぞれの軍の仕事があったし、山咲中佐は今まで以上に忙しく働いていた。なにしろゲッターチームが宇宙に戻るとき(無理矢理)くっついていく為、それまでに自分の仕事の引継ぎをすべて済まそうとしているのだから、その量はハンパじゃない。でもケイは、これほどまでに晴々と立ち回る彼女を見たことはなかった。ひとりの人間にそれほど想いを込められる山咲が、羨ましくもあった。
リョウ達は地球に影響を与えないようにと、ほとんど別荘付近から出ることはなかった。林の中の小川で魚を取ったり、廃墟となった早乙女研究所を懐かしげに歩き回っていた。
ケイは勤務日をいろいろ都合して、なるべくリョウ達と共にいた。今度別れたら、再び会うことはないだろう人達。ケイの記憶の空白にいた人達。決して忘れたくなかったであろう記憶。
-----------なぜ失ってしまったのか。
それほど自分は幼くはなかったはずだ。この3人の笑い顔に、時折、泣きたくなるような優しい面影が重なる。
ほとんど覚えていない姉・ミチル。
自分は皆に愛され、大事にされていたと思う。それなのにその記憶を失ってしまったことが、ケイに重い罪悪感と、やり場のない怒りを感じさせていた。
失ってしまった記憶を取り戻そうとするかのように、ケイはリョウ達に昔話をせがんだ。
リョウや武蔵、弁慶は争うように話してくれた。
研究所内でかくれんぼしてケイが迷子になって大慌てしたこと。 トレーニングルームの大型モニターにTVゲームを映しだし、訓練時間を丸々遊んで大目玉を喰らったこと。ミチルお手製のお弁当を持ってお花見に行ったり川遊びをしたり。
研究所がひとつの家族のようだった。誰もが自分の仕事の誇りと愛情を持って日々を過ごしていた、あの日。
「私、なんで記憶を失ってしまったんだろう。」
ボソリと呟くケイ。
ずっと考えていた。だけど、怖くてずっと口にできなかった「問い」。
思い出そうとすると意味もなく恐怖が襲ってきた。何を自分は恐れたのか。
皆の優しい腕に包まれてさえ、閉じられた心。
「ケイ・・・・・」
弁慶がそっとケイの肩を抱く。外見は25、6歳ではあるが、父親がわりとして13年間共に暮らした弁慶は、ケイにとって今でも無条件に甘えられる存在だった。
「親父は何か聞いてないの?その、隼人さんから・・・・・」
ケイは相変わらず弁慶を「親父」と呼ぶ。いくら若返ったとはいえ、「弁慶さん」なんて呼べやしない。再会したとき言いにくそうに呼ぶと、弁慶は、かまわないさ、と明るく笑い、武蔵はちょっと羨ましそうにそれを見ていた。
「隼人だって、すべてが解るわけではないぜ。」
どう答えて良いか迷っている弁慶に代わってリョウが応えた。
「お前があのとき何を見て、また何を聞いてショックを受け心を閉ざしたか、それは俺たちにはわからない。あの時は俺たちだって、哀しみとやるせなさで狂いそうだった。
だが俺には悲しみを分かち合える仲間がいたし、哀しみを追いやる仕事があった。そうでなければ、俺も正気を保てたか自信はない。」
「そうだぞ、ケイ。俺達だって苦しかった。派遣されていた軍でその一報を受け取ったとき、俺も武蔵も到底信じられなかった。『悪い冗談だ、ぶん殴ってやる!!』と、それだけで車を走らせた。」
弁慶が苦しそうに顔をゆがめて言った。
「・・・・・・・・真実を受け入れるには辛すぎた。元気、お前にとってミチルさんは姉であり、それ以上に母親でもあった。お前がどれほどショックを受けたか、それを恥じることはない。」
武蔵が静かに語りかける。
武蔵だけは『元気』と呼ぶ。この1ヶ月共に暮らし、ケイには少しわかってきた。武蔵はミチルに好意以上のものを抱いていたのだろう。彼にとって、ミチルと過ごした時間は何物にも代え難いものだったのだ。たとえ想いは報いられなくとも、決して失いたくない記憶。
「あのとき、ミチルさんが死んでしまった時点で、わかっていることは何もなかった。研究所のメモリーをみても、ミチルさんが合体解除する必要は何もなかった。俺も隼人も武蔵も弁慶も、何度も繰り返しチェックした。
だけどわからなかった。あんなところで合体解除するなんて、自殺行為以外の何ものでもなかったんだ。!」
思わず激昂する竜馬。何十年、何百年経とうと、あのときの恐怖は忘れられないだろう。
小刻みに震えるリョウを見遣りながら、弁慶が答える。
「ミチルさんの腕は確かだった。ゲットマシンの操縦という点だけでいえば、俺や武蔵よりも上だとさえ言える。そんなミチルさんがミスをしたとは到底考えられない。だが、それ以外の原因も考えられない。
俺たちはただ現実を受け入れるしかなかった。それにあの時、早乙女博士は研究所の所長としての仕事を放棄していて、リョウと隼人は超多忙だった。俺と武蔵は心を閉ざしたお前のことが心配だった。悲しみを少しでも紛らわすために、俺たちは前だけを見ていた。」
「・・・・・・・・・事故のとき、俺と隼人はしばらく気を失っていた。その間に早乙女博士がミチルさんの遺体を皆の目から隠し、お前だけにみせた。そしてお前だけに何かを告げた。お前にとっては重過ぎる何かを。
だがな、ケイ。それを自分の弱さだと責めなくていい。あのとき早乙女博士は少しおかしくなっていた。あとからわかったんだが、徐々にインベーダーに侵されていたようだ。どの時点からと問われれば推測でしかないが、ミチルさんの遺体をポセイドン号から抱きかかえた時じゃないかな。ミチルさんはインベーダーに喰われていたんだ。」
「ええっ?!」
言葉を失ったまま瞠目するケイに、リョウは、
「それがわかったのは、真ゲッターで早乙女博士達の操る真ドラゴン内で戦ったときだ。俺と隼人はミチルさんの死の幻覚を見せられた。俺たちがどれほど後悔してもしきれない、一番弱いところを衝かれたんだ。
俺たちが暗黒に飲み込まれようとしたとき、ミチルさんの想いが届いた。あたたかく、やわらかな光。いつも俺たちを包んでいてくれたあのやさしい光が、俺たちに真実を教えてくれた。(詳しくはOVAで!)
ライガーへの合体の瞬間を狙って、インベーダーが体内から表に現れた。ゲッターは合体の瞬間が一番無防備になる。外からの力に対して、そして何よりも内からの力に対して。
ゲッター線が走り、開放された3機はひとつになる。入り込んだ「毒」は動脈のようにゲッターの全身を巡る。あのままポセイドンが爆破されれば、回路を開いていたライガーもドラゴンも凄まじい合体エネルギーを逆流させ、完全に破壊されただろう。ミチルさんが瞬時に合体解除させたため回路は閉じ、ポセイドン一機の爆発で済んだんだ。
ミチルさんはインベーダーに殺された。それなのに、その最後の瞬間でさえ、ミチルさんは穏やかな顔をしていたぜ。俺と隼人を死なせずに済むと。」
ライガーに突っ込んでいくポセイドン。その中でミチルは、微笑みさえ浮かべていた。
「俺と隼人はずっと自分を責めていた。俺たちがミチルさんを死に追い遣ったのだと。俺たちがミチルさんを訓練に参加させさえしなければ、悲劇は起きなかった。あの時、他に恨む対象があればどんなに楽だっただろう。」
呟くリョウの低い声に、そのときの2人の苦しみがどれほど重いものだったかを知らされる。
「ケイ、思い出せないものを無理に思い出す必要はない。大体、子供の頃の記憶なんて、大人になったら薄れるもんだ。生まれてからの記憶をすべて憶えているなんてのは隼人くらいだ。」
「そのとおりだ、ケイ。おそらくお前はミチルさんのことを覚えていないことに、罪悪感を感じているのかもしれないが、ミチルさんはそんなこと気にする人じゃない。お前が自分なりに幸せに生きているのなら、何もいうことはない。それこそがミチルさんの望んだことだろう。」
「親父・・・・・・」
「ああ、そうだ。ミチルさんの手料理の味を思い出したい、というなら武蔵にメシを作ってもらうといい。武蔵の料理はミチルさんの味だ。」
「武蔵さんが?」
思わず聞き返すケイに、武蔵は照れくさそうに笑って、
「結構失敗もしたけどな。ミチルさんの味に近いものが出来ると、食べることに興味を失くしていたお前も、かなり食べてくれたんでな。」
胸がいっぱいになる。
武蔵や弁慶が自分にかけてくれた無償の愛。それが返せないことがケイには悔しい。
何故この人たちは、これほどまでに他人に優しいのだろう。
この2人の愛は、大地の愛に、似ている。
「あの〜〜、ちょっと、聞いていいですか?」
ガイが申し訳なさそうに口を挟む。
「ん?なんだ、ガイ。」
「月面戦争が終ったとき、インベーダーは全滅したって聞いていましたけど。いつのまに地球に来ていたんですか?それもどうやって早乙女研究所に。」
月面戦争において、人類は勝利を得たはずだった。
ゲッター線エネルギーを暴走寸前まで高めて放射した。ゲッターロボが自爆するギリギリのところ、まさしく紙一重の差で。
インベーダーは飽和状態を超え、破裂、消滅したはずだった。
「そのことについては、俺たちも気になってな。皆で考えた。」
☆ ☆
リョウ達が、インベーダーとの戦いの後、跳び込んだ異空間。
死んだとばかり思っていた武蔵との再会。
案内されたのは見知らぬ星系、見知らぬ惑星。
これは当たり前だろう。自分達が知っていた銀河系や宇宙図は、あくまでも地球を基としたものであったから。
たとえここが同一宇宙だとしても、知らない場所には変わりない。星座は地球から見た『絵』でしかないのだから。
リョウ達を迎えに来た武蔵にしても、詳しいことは何も知らなかった。ゲッター3の中でインベーダーの触手に体を貫かれた瞬間、意識は途切れ、気がついたらこの星に居た。地球と同じ大気、重力、よく似た自然。でも確かに地球とは違う星に。
武蔵はリョウ達よりも早くここに来たが、武蔵の感覚でいえば、それでも一ヶ月くらいしか経っていない。リョウが月に跳んだのと同じような現象が起きたのだろう。ここは「ネオ・アース」。
この星の大地に呆然と立っていた武蔵の前に、ひとりの兵士が現れて、
「武蔵指揮官、お迎えにあがりました。」と告げた。
「俺を知っているのか?」
と戸惑う武蔵に、「いにしえより、伝えられておりましたから。」
と当たり前のように言われ、基地に案内された。
「何が伝えられていたんだ?」
「ゲッターチームが来られる事です。」
たとえ、予言というものがあったにしろ、それを素直に信じていいものかどうか、さすがに武蔵でも悩んだのだが。
まわりを取り巻く兵士達は何一つ疑いを持たぬようで、武蔵には、上官に対する態度をくずさなかった。それでもかえって不安に思う武蔵に、
「もう1ヶ月もすれば、あとの方々もいらっしゃいますよ。」との一言。
「なら、いいか。」
と思った。(おい!)
どこであれ、どんな境遇であれ、あいつらと共にいるのなら何の不安も不満もない。
それから1ヶ月、のんびり基地の生活を過ごしていたのだという。
----------- 頭が 痛い ----------
と思ったのは隼人ひとりで。
リョウも弁慶も、「ああ、そうなんだ、そうだよな。」
と簡単に納得している。
たしかに空間を跳ぶとか、年齢が若返るとか、常識では理解できないことばかり起こっているが。少しでも理論的に納得できるような理由を求めようとは思わないのか、3人とも。
思わずつぶやくと、
「でも、今、この現実自体、理論からはずれてるだろ。」
こまかいことは気にするな、とリョウがいった。・・・・・・・これが『細かいこと』か・・・・・・・
「ということで、俺たちはすぐに日常生活というか、向こうの現実生活に追い回されたのさ。」
・・・・・・・・はぁっ・・・・・・
聞いていてケイはひとつだけわかった。人間が生きるにあたり、一番必要なのは適応能力なんだ。
「戦いの合間に、地球での疑問を考えてみた。」 (あっちの世界の疑問は到底、解明されそうにないので。)
『推測だが』
と隼人は言った。
「ゲッター線エネルギーの発見者は早乙女博士だが、共同研究者だったのがコーウェン博士とスティンガー博士だ。」
「コーウェン博士とスティンガー博士って・・・・・・」
「あのプロレスラーみたいにでっかいのと、小猿のようにくっついてた奴か?」
「早乙女博士と一緒に真ドラゴンを操り、最後まで俺たちと戦った?」
「そうだ。ちょっと変わった博士達だったが、とても優秀な、世界的に有名な博士たちだったんだ。」
隼人が「ちょっと変わった」という形容詞をつけるのは、身近な例では敷島博士だ。ふーん、敷島博士並みの人格かぁ・・・・・・「とても優秀」と、「とても○○」は同じなんだな、目の前のこいつも・・・・・俺は優秀な人間じゃなくてよかった・・・・・(誰の呟きだ?)
「月面戦争で俺たちは、マザー的なインベーダーを倒したと思っていた。だが、それはひとつの存在ではなくて、何か、分身のようなものを持っていたのかもしれない。月面戦争のあと、早乙女博士は地球に引き上げたけれど、コーウェン博士たちは月に残って研究を続けていた。おそらく、そのときにインベーダーに取り憑かれたのかもしれない。最初は力の弱い、並みのインベーダーだったかもしれないが、博士達はゲッター線研究をすすめていたから、途中で変異したのかもな。」
隼人は早乙女博士の助手として、何度かコーウェン博士たちと働いた。白熱した議論も交わしたり、一心に実験を見守ったこともある。科学者として、申し分のない才能に溢れた人物たちだった。
「もし、コーウェン博士たちが月面にいる間にインベーダーに乗っ取られていたとしたら、博士達が開発したゲッター線増幅器に何かが仕掛けられていたとしても、おかしくはない。」
「ゲッター線増幅器って?」
「何かあったのか、隼人。」
一息、間が あった。
「コーウェン博士達が開発したゲッター線増幅器。その試作品がポセイドン号に使用されていたんだ。」
「あの当時、俺は月面基地の再開に向けて、責任者の一人として派遣要請を受けていた。だから俺のかわりに武蔵か弁慶にライガーを託そうと思ったんだが、ライガーはスピード重視だ。2人には少し不得手な分野だ。それでライガーは地中専用とし、その分、ポセイドンの能力を向上させてバランスをとろうと思った。ちょうど、コーウェン博士達から、新しいゲッター線増幅器を開発したとの連絡が入ったので、試作品を送ってくれるよう頼んだんだ。」
送られてきた試作品は、今までの増幅器よりもはるかに強いパワーを出すことができた。機体を巡るスピードも上回った。その強さに、ゲッター合金で出来ている機体が耐えられるか懸念されたが、ポセイドン号は3機の中でも頑丈、かつ安定性に優れていたので、当分はポセイドン号だけに搭載して、様々なデータをとることになった。
「あとになって、俺が月でインベーダーとゲッター線エネルギーの因果関係を研究していたとき、発生のメカニズムはわからずじまいだったが、核となるもの、というか「親」とも言うべき固体は3体発生していたことがわかった。月面戦争で大打撃を受けつつ、ひそかに2体がコーウェン博士達に取り憑き、最後の一体が試作増幅器に潜み、ポセイドンに組み込まれたのだろう。」
苦々しく、辛そうな声をおとす隼人。研究所にまんまと敵の進入を許してしまった悔恨。
「俺たちが見た柩の中のミチルさんは、花に埋もれて眠っているようだった。顔にも傷ひとつなかった。安らかで、本当に、死んでいるなんて思えなかった。」
哀しげに語る口調は、それでもおだやかな韻を含んでいて。ミチルの死に顔の安らかさを推測させる。ミチルは、リョウと隼人を巻き込まずに済んだことに満足したまま眠りについたのだろう。
いつだって、慈母のような愛情で、ゲッターチームや研究所の人々を包んでいたミチル・・・・・・・・
--------ビクッ--------
「あん?」
一瞬、凍りついたような気配に、皆の視線が集まる。
「?!おい、ケイ!!」
両腕で自分の身を抱き込むように、ケイが体を固くしていた。見開かれた眼は何も映してておらず、小刻みに震えている。
「おい、ケイ!どうした、大丈夫か?!」
リョウ達の声を遠い耳鳴りのように感じながら、ケイは甦った映像に身動きできなかた。
はるか下から自分を見上げ、何かを口走る早乙女博士。
その前に横たえられた、姉・ミチル。
彼女の美しい肢体の腹部から、おぞましいインベーダーな残骸が溢れていた。
父が自分に向かって何かを叫んでいるが、元気の目は一点に絞られたままだ。スローモーションの映像のように、ゆっくりとミチルが体を起こす。開かれた一つの眼。気づかぬ早乙女。黒い触手がその背後に突き刺さる。瞬間、体を強張らせた早乙女。息を飲み、見詰めるだけの元気。
やがてニタリと向けられたその眼は、もはや父親のものではなかった。
「おい、ケイ、しっかりしろ!」
激しく揺さぶられ、ようやく焦点を合わせると、弁慶の心配そうな顔が真近にあった。
「どうしたんだ、ケイ。具合悪いのか?どこか痛いのか?」
「私・・・・・・・私・・・・・・」
首をめぐらせ、自分を取り囲む心配そうな面々を見回し、
「私、見てたんだ。父さんが、早乙女博士がインベーダーに取り憑かれるところを!!」
堰を切ったように泣き出すケイ。
幼い頃、母のように慕った姉のミチルの死に涙する間もなく、父が姉に悪魔に変えられる様を見てしまった元気。恐怖と悲しみを押し込むあまり、感情すらも閉じ込めた。あのとき流せなかった涙が、今、一気に溢れた。
「ケイ・・・・・・」
静かにゴウが、泣きじゃくるケイの背を撫ぜる。
「・・・・・ご、ごめん、ごめんね姉さん。・・・大好きだったのに。一番好きだったのに、泣いてあげられなくて、ごめん。忘れようとしてごめん・・・・・」
「誰も責めちゃいないよ、ケイ。そのときのお前にとっては、心を閉ざす以外に、こころを守ることができなかったんだ。」
「で、でも、私が父さんがインベーダーに取り憑かれたことを皆に教えられたら、竜馬さんが父さんを殺したとの濡れ衣をかけられなかったはずだし、研究所も封鎖されずに済んだかもしれない。重陽子爆弾が落とされることもなかったかもしれない・・・」
「それは、すべて、『かもしれない』という仮定だ。あれらはなるべくして成ったことだ。それに、俺が刑務所にぶち込まれたのはお前のせいじゃねえ。あれは隼人が悪いんだ。あいつのツメが甘かったんだ。いっつも偉そうなくせに、使えねぇ奴だ。」
「そう、はっきり言ったら隼人がかわいそうだぞ。あれでもそれなりに気を使ったんだ。」
「それでアレじゃあ、ざまぁねぇな。」
「大目に見てやれよ。頭のいい奴ってのは、どっか抜けてるもんだ。」
あの?何だか悪口言っているようなんだけど。私を慰めてくれてるっていうのはわかるけど、いつの間にか自分達で盛り上がっていません?隼人さんをダシにして。っていうか、あの人をダシにできるって凄い。
好き勝手に盛り上がっている3人を見て、ガイが、
「・・・・・・・・50年間、こんなんだったんなら、ちょっと隼人さんに同情しちゃうなあ・・・・・」
「50年で済まないところが特にな。」
ゴウ、さらりと恐いことを言ってはいけません。
「でも元気。記憶を戻せてよかったな。すっきりしたろ?」
にこにこと武蔵が言う。
「じゃあ、今度から元気って呼ぶのか?」
「いや、記憶というより思い出だろ。やっぱ、ずっと呼ばれなれたケイのほうがいいだろ。」
「まあ、オイラもそれでいいけどな。ちょっとでもミチルさんのこと、覚えてて欲しいなーって思ってただけだから。」
「あ、でも今日はちゃんとメシ作ってくれよ。ケイだって味までは覚えちゃいないだろ。」
「お前が食いたいだけだろが。」
「だってあっちじゃ、さといものにっころがしとか、ふろふき大根なんてねえもん。おふくろの味ってやつに餓えているんだ。」
「野菜の種ぐらいなら、少し持って帰ってもいいよな?」
・・・・・・・・・・山咲さんを連れて帰るくせに、タネぐらいなんだ・・・・・・・
思わず心の中で突っ込みをいれるケイだった。
☆ ☆ ☆
夕食後。
高原の夜はまだ少し肌寒い。大理石の暖炉にくべられた数本の薪の赤い炎が、泣きたくなるような穏やかな時間を紡いでいる。
取り留めのない話をしながらゆっくり水割りを口に運ぶ3人。遠い時空の彼方で、日々、命をかけて戦いに身を投じている戦士たち。終わりの見えない戦い以上に、終わりを知らぬ生命を与えられた人たち。戦うためだけに。
自分にはとても無理だろうな、とケイは思う。もし、ゴウやガイ達と一緒だとしても、終わりのない時間には耐えられない。
自分はやはりこの地球で、ゲッターチームから引き継いだ命を守り続けよう。
「おい、ケイ。何、難しい顔してるんだ?」
「ほんとにお前は悩んでばかりだな。」
「悩み多き年頃なんだよ、な、ケイ。」
せっかくのシリアスな気分が台無しになる。
「別に悩んでなんかいないよ、ただ・・・・・・」
「あん?」
「あのさ、今わたしやゴウ、ガイは、一応、軍の宿舎にいるんだけど。」
「うん。」
「2部屋あるけど、トイレや洗面所、お風呂・食堂は共同なんだ。」
「まあ、ふつう、寮はそんなもんだな。」
うなづく弁慶。
「嫌なのか?」
問いかける武蔵。
「ううん、とんでもない。これだって充分以上なんだ。他の一般の人たちは、いまだに体育館みたいなところで寝泊りしている人が多いもの。水道や電気の復旧も遅れているし、建築器材も足りない。食料だって十分じゃない。不自由な生活を強いられているんだ。」
「それで?」
「私はこんなすごい別荘をもらって、食べ物もあって。でも、わたし、隼人さんのこと、覚えていないんだ。」
「そりゃ、小さかったからな。別におかしくないさ。」
「でも、竜馬さんや武蔵さんのことは、初めて見たときだって、懐かしい感じがしたんだ。記憶を思い出してから、何となくだけど、皆と雪遊びしたことも憶えている。でも、隼人さんのことは、まるっきり・・・・・・・・」
「別におかしなことじゃないよな。」
「ああ、俺たちは時間があれば、よくお前と遊んだけど、隼人の奴はお前と遊んだことないだろう。というより、あいつは仕事以外の時間、なかったみたいだし。」
「たま〜〜に所内で顔を合わせる程度、だったんじゃないかな。所員は300人もいたから、お前が憶えられるわけないさ。」
「だったら、なおさら、こんなすごい別荘、もらえないよ!血の繋がったお姉さんもいるって言ってたでしょう。」
「あ〜〜そうか。」
「言い忘れてたな。っていうか、腹が立つので故意に忘れていたのかも。」
「は?」
「あのな、ケイ。お前は隼人の財産を受け取るのに、なんの遠慮もいらん。お前は、隼人の義妹だから。」
「ええっ!!」
驚くケイに、
「前に山咲さんが、隼人が何か祝い事をするために、いろいろと食材を手に入れてたって言っただろ。あれは隼人とミチルさんとの婚約発表のためだったと思う。」
「---------------」
「もちろん、俺たちも知らなかった。発表の前に事故がおきたからな。」
「水臭ぇんだよな、隼人は。そんな素振り、俺たちにちっとも見せなかった。」
「あれは水臭いというより、ムッツリすけべってんだよ。」
・・・・・・・・本人が目の前にいないからって、好き勝手言っている。まぁ、やっかみが半分以上、いや、ほとんどか。
タワーの司令室で、初めて( と思っていた。)隼人に会ったとき、じっと見詰められて戸惑った。『なんだよ、コイツ』と思ったけど、そのまなざしの深さに、押し込められた何かを感じた。
「そうなんだ・・・・姉さんと隼人さんが・・・」
つぶやくケイに、
「あいつも不器用な奴だからな。何でも上手にこなすくせに、人との繋がりには一線を画していた。」
「その分、一度受け入れた人間に対しては無防備でさ。おかげで結構、からかえるけどな。」
(もちろん、仕返しというお返しは、倍返しだが。)
「ケイ、お前は隼人にとって、失った夢の欠片(かけら)なんだ。少しでもお前のためになることがあれば、アイツは何だってやるだろう。別荘なんて安いもんだ。むしろ、他の誰よりも、お前に受け取ってもらいたいに違いない。」
日々があのまま過ぎていたら。
この別荘は、ときどき地球に戻ってくる隼人とミチルと元気、そして押しかけてくるリョウたちの笑い声で溢れていただろう。
「・・・・・・・・わたし、隼人さんのこと、少しでも知りたいな。姉さんが愛した人。全然憶えていないからこそ、どんなふうに笑ったかとか、怒ったとか。」
「笑った、っていうのは少しむずかしいな。俺達だってあまり知らねえもん。」
「ああ、そういや、正月で雪遊びやってたとき、珍しく笑ってやがったな。」
「あれは <笑った> っていうのか?ツララを投げつけられて、酷い目にあったぜ。」
「あれは、絶対、本気だったな。」
「ちょっと、隣にミチルさんがいると思って、カッコつけてさ。」
「おい、そういや雪遊びのときさ、途中でなにげなくあの2人の方を見たら、やけに『2人の世界』って感じで気にくわなかったよな。」
「ああ、だから雪玉ぶつけてやったんだ。」
「ということは、あのとき、もうプロポーズしてたのか?」
「おい、リョウ。俺と弁慶はしょっちゅう軍に出向して留守だったんだから、お前がちゃんと見張ってろよ!」
「無理だって。俺も忙しかったし、第一、隼人がそんな素振り、みせるわけねぇだろ、あの究極のポーカーフェイスが。」
「ミチルさんは、月面戦争が終ってからはずっと、隼人の秘書役だったしな。」
「早乙女博士は研究ばかりで、研究所のことは全部、隼人まかせだったからな。」
「2人で世界中の会議に飛び回っていたな。」
話が弾む。
「水割りの氷、おかわり持ってきましょうか?」
いつのまにか、山咲がリビングの入り口に立っていた。
「私もご一緒に、お話、伺いたいですわ。」
花のように あでやかな笑みを浮かべて
・・・・・・・それでも 眼だけが・・・・・・・
---------*----------*-----------*-----------*--------
ゑゐり様 5000番 リクエスト。
お題は 「 青き星にて 」 の続き
ありがとうございます、ゑゐり様。
おかげさまで、「青き星にて」 再開です。 (ほんと?続くのか?)
OVA「真」は、内容がわかりにくかったぶん、勝手に理由付けできて好きです。(お〜い)
さて、この先どうなるでしょうね。
ところで。
代理リクエスト権、余ってます。
よろしければお使い下さいませ。「ネタ」の切れ目が「サイト」の切れ目!?
(2006.1.29 かるら )